その人、大型犬につき。 |
「十二時になったでやんすよー!」
にぎやかながら、どこかそわそわとした空気を見せるクリスマス会場に、茶助ののんびりとした声がかけられた。
このパーティーに設けられた、「真夜中の十二時に、隣にいる人に口付け」というルールのもと、隣の人を確認した人たちからは驚きや戸惑い、阿鼻叫喚、あと本当にたまに嬉しそうな声もした。
さて、ふらりと料理を取りに歩み出ていた鶯花は茶助のアナウンスを聞いてキョロキョロと辺りを見回した。隣といわれても、料理を取りにふらふらと歩み出てきてしまったためにすぐに隣が誰なのかが判断が付かなかったのだ。
しばらく待って、茶助君に聞けば教えてくれるだろう。そう悠長に構えて辺りを見回した。少し離れたところで、鬼月さんの額にキスをしてから、相手を間違えていると聞かされた涼が羞恥で顔を覆うのが見えた。
そちらに気を取られていると、勢いよく頬に柔らかいものが降ってきた
「……よし!」
何故かガッツポーズを決めたのは音澄寧子で、鶯花が戸惑ったのに気付くと「ほっぺ以外が良かったのかにゃー?」とからかわれた。あまりこういったことを気にしない性質なのだろうか。
「あ、寧子さん。キスの相手、茶助君に聞けば教えて貰えそうでしたか?」
「ん?教えて貰えたのにゃー。茶〜助くーん、鶯花のおにーさんがキスの相手、教えて欲しいらしいのにゃー」
言いながら寧子は茶助に駆け寄りすぐに戻ってきた。聞きに行ってくれたらしい。
「涼ちゃんだにゃー」
「すみません、ありがとうございます、寧子さん」
言うだけ言って、寧子は跳ねるような軽快な足取りで元々話していたらしい十助の隣へと戻っていった。当の十助は何故か突っ伏しているが、何かあったのだろうか。ちょっと心配だが、寧子さんが話しかけているから後からにしよう。
さてと……
「俺は涼さんですか…」
お世話にもなっているし、感謝の意味でも良いかもしれない。あまり悩むこともなく、鶯花は少し微笑んだ。
「涼さん…ちょっとこちらへ来てくれますか?」
『隣にいる相手』と聞いていたから、ちょうど隣にいた鬼月さんの額に祝福の意味を込めて口づけを送った、しかし、直後に茶助君から相手を間違えていることを教えて貰い……
何というかもう羞恥で消えたいくらいだが、さすがに消えることはできずに涼は両の手で顔を覆った。
鬼月は「ご利益ありそうだからうれしい」ということを言ってフォローしてくれて、それはありがたいが恥ずかしさは消えず、曖昧に、ごまかすように返事をしていた。その時、周りのざわめきの中から自分を呼ぶ声が聞こえた。
「涼さん…ちょっとこちらへ来てくれますか?」
「え?、な、なんですか?鶯花さん」
この場を離れる口実ができた。内心で感謝しつつ鬼月にすみません、と一言ことわって歩み寄る。
会話をするのにちょうどいいくらいの距離で立ち止まり、自分よりずいぶん背の高い鶯花を見上げる。……と、鶯花の新緑の衣が視界いっぱいに広がった。
簡単にに言えば、抱きしめられた。
思考回路が追いつく、前に、ちゅ、とかわいらしい音を立てて額に口付けられる。
「ひゃっ!?」
驚いて一瞬肩と髪が跳ねるが、少ししてキスのルールを思い出し、離れようとした手を止める。するのはまだ勢いでいけたが、されるとなるとまた違った気恥ずかしさがあった。
「涼さん。いつも貴方には感謝しかありません。貴方に会えたことは俺の幸せです。だから、涼さんがいつも幸せであって欲しいんです」
キスされたドキドキが収まる前に、鶯花は頬笑みながらこんなことをのたまった。ちょっと状況が違えば睦言か愛の告白にも聞こえかねない内容に、涼はただただ赤い顔でたどたどしく返事をする。
背に腕が回され、体が密着し、部屋の暖房の温かさとは違ったぬくもりが伝わってくる。
鶯花が顔を寄せ、涼の癖っ毛の感触を楽しむように頬をすりよせた。
「涼さん、ふわふわですね〜」
「きゃ、わ、くすぐった……!……お、鶯花さん、小さい子供みたいですよ?」
そのこそばゆさに、慌てて制止するが、鶯花は不思議そうに「子供っぽいですか?」と聞き返した。
「その…すり寄るのが、いえ、…そうですね、子供というよりも大型の犬というか…」
「わん!」
何かをひらめいたように顔を輝かせて犬の泣き真似をして涼を抱きしめる腕を少し強くした。妙に泣き真似が美上手い。
無邪気にじゃれついてくるのを何と例えたらいいのか…いや、その前にくすぐったくて声が上ずってしまうから止めて欲しい。
「え…えっと…ま、待てです!マテ!」
失礼かもしれないと考える暇もなく、犬をとめるならこの言葉だと、とっさにマテを言う。何故か止まらないといけない気がしたらしく、すり寄るのをとめ、腕を緩めてくれた。今は二人の間にも少し間が開けられ、腕が肩にひっかけるように乗せられ、下された。
「涼さん…だめですか?」
「だめ…といいますか…」
……そんなにしょんぼりされると…
弱いのだ。頼られたり必要とされてしまうと応えたくなってしまうのが自分の弱いところだと思う。何か出来ることをしてあげたくなって、そして流されてしまうのだ。
「 逆に聞きますが…鶯花さんはなんでこんなに抱きつきたがるんですか?」
拒否しているわけではない、と、手を伸ばして鶯花の髪少し撫でる。涼の髪よりも少し固い、ふわふわしている。さっきの今ではどこか犬を撫でている感触を思い出してしまう。
撫でられるのを少し嬉しそうに享受し、追うかは少し目を細めた。涼の質問の答えを探しているのだろう。こういう質問は、自分の欲求の根本を掘り下げるため、自分と向き合わせてしまうから、答えを探すのは大変なものだ。
コミュニケーションの一つとしてか、ここのつ者が集まる屋敷でも鶯花から何度か抱きつかれたことがある。いつも自分は恥ずかしくて離れようとしてしまうが、何か理由があるのなら…
鶯花はしばらく涼よりも遠くを見透かすような目で思案していたが、数度瞬きをし、困ったように笑った。
「よく…考えたことないですね……。あまり人と離れたくないんですよ。んーあったかいからでしょうか?安心するからでしょうか…?」
自分でもよくわからないといった様子に、涼は少し申し訳なくなった。
(さみしい…?不安…?なんでしょう、何か声をかけたいですが…言葉が…)
自分はまだそこに踏み込めるほど鶯花さんのことを知らない。が、それでも出来ることはあるだろう。まっすぐ、紫の瞳も見つめる。
「……もし、鶯花さんが安心したいなと思った時なんかがあったときは、こんな風にしてくださっても良いですよ?…抱きつく前に声をかけていただければ…ですが。」
最後に付け加えたのは、予告なしで抱きつかれたときに自分の心の準備ができないからだったが、実際事前に聞かれた方が恥ずかしくなるのでは…とそこまで考える余裕は涼にはなかった。
一方の鶯花は抱きつくことに許可がおりたことがうれしかったのか、きらきらという効果音が付きそうなくらいの明るい笑顔に変わっていた。
そして両手を広げて。
「抱きついてもいいですか!!」
早速、ですね。なんて言いながら、涼も抱きつきやすいように軽く腕を広げた
「どうぞ。」
加減された力で抱きしめられ、涼もなぜか大きなわんこを撫でるような心境で鶯花の髪を撫でた。
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クリスマスっぽくないタイトルですが。 クリスマス企画での鶯花→涼のキス小説です 登場するここのつ者:黄詠鶯花 魚住涼 音澄寧子 ちょっとだけ登場するここのつ者:蒼海鬼月 猪狩十助 |
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