第10話 刹那という種族 - 機動戦士ガンダムOO×FSS |
第10話 刹那という種族 - 機動戦士ガンダムOO×FSS
「やはり、ナイト・オブ・ゴールド……」
眩しさに目が慣れてきたミレイナは直立姿勢で係留されている巨人に目を奪われていた。
ここは創立記念パーティー会場の古城の地下格納庫である。営業担当であるソーニャ・カーリンに仕事の案件の説明として連れてこられていた。
ELSダブルオークアンタとヴェーダの記録映像から概要は把握していたとはいえ、実物の迫力に圧倒されていた。
「ディスティニー以外のMHもあるというの!?」
格納庫の奥に、記録にないMHが数騎係留されている事に気がつく。
意図的なのか奥の方は格納庫の照明を落されておりシルエットの把握は困難であったが異様な外見だという事は想像に難くなかった。
「これをメンテナンスしろと!?」
「はい。お願いしたいのはこちらのロボット、ナイト・オブ・ゴールドになります」
ミレイナは通路の手摺りによりかかると大きく溜息をつく。カーリンもミレイナの側で格納庫に係留されたそれらを見つめている。
「いかがされました?」
「……カーリン営業部長、いえ、ソーニャ・カーリンさん。貴方達は一体何者なのです? 我が社に取引を持ちかけてきたのはこれが目的だったですね?」
「いいえ、我が社としては御社の製品を気に入ったので取引をお願いしたというのは事実です」
「これを見せられた今としては、にわかには信じがたいです。でも、嫌な気分ではありませんです。私達に近づいた理由は、マリナ・イスマイールの関係者としてですね?」
「はい。」
カーリンはミレイナに向き合うと姿勢を正す。
「あなたたちの目的は? ここにあるMHだけで地球を侵略できそうですが、そんな((ベタ|・・))な理由ではないでしょう?」
「我々は、ある御方の命によりこちらの世界に派遣されています」
「こちらの世界? ある御方?」
「名前を申し上げることは出来ませんが、私のマスターであるログナーより上の命令系統で私達は動いております」
ログナーより上の命令系統、すなわちログナーの所属する組織の上位からの命令でログナーとカーリンをはじめとする組織は地球に来ていた事になる。
「(私のマスター?)あなたたちの所属組織は?」
「私達は組織という単位で活動していません。ある御方の依頼で地球に来ております」
「その御方の名前は教えて貰えないですよねぇ?」
カーリンは両手の人差し指で小さなバツ印をつくると
「もちろん駄目です」
ミレイナもダメ元で聞いてみたのだが、にこやかに返されてしまった。
「それでは質問をかえます。ラキシスさんとMHナイト・オブ・ゴールド・ディスティニーとあなたたちの関係は?」
「これは……まさかラキシスの名前をご存じとは驚きでした。もっとも、私が説明する前に『MH』という単語をご存じだったヴァスティ社長ですから、ナイト・オブ・ゴールドの事も、その搭乗者であるラキシスの事も知っていても何らおかしくありませんものね」
カーリンの指摘に「しまったですぅ」と心の中で後悔したが後の祭りである。
「ラキシスはさる理由により、ジョーカー太陽星団から離れ様々な世界を旅されています。我々はラキシスがジョーカー太陽星団に居た頃は主従の関係でした。我々の目的をお話しすることは出来ませんが、決してあなたたち地球人と敵対することが目的ではないと約束いたします」
ミレイナは唸ると今後の対応に悩んだ。
自分自身は地球連邦政府の代表者でも何でもないし、わざわざ通報してやる義理もない。
だが、これから自分の取るべき行動によっては地球全体の問題に繋がる事は明白であったからだ。
本当にカーリン達が我々地球人と敵対しないのであれば問題はないが、全てがデタラメで彼らが悪人だった場合だ。
今ここで地球連邦政府に連絡を取り、容易ではないが潰す必要があるかもしれない。
「言葉だけで信用しろと言われても困ります」
ソーニャ・カーリン自身の人柄については信頼がおける人物であることはわかっている。だが、組織となると分けて考えないといけない。
「それでは、分かりやすく友好関係を築きましょうか」
「それは?」
「御社と我が社の経営統合」
「はい!? それって乗っ取りですか!」
突拍子もない発言に耳を疑った。
「いいえ、対等条件での合併提案です。ヴァスティ社長をはじめ現経営陣にはそのまま当社の取締役に就任していただき、勿論旧ソレスタルビーイングのメンバー含めた従業員の方達の継続雇用は約束します。ですが、失礼ながら会社規模は当社の方が少しばかり大きいですので世間的にはそう見えるでしょうね」
歳を召してもたとえ二十四時間ぶっ続けてELSダブルオークアンタのメンテナンスをこなしても、決して弱音を吐かないミレイナであったが、今日のショッキングな出来事の連続には流石に目眩がしてきた。
「ちょっと、ヴァスティ社長! 大丈夫ですか?」
カーリンはすぐに折りたたみの椅子を用意すると、そこにミレイナを座らせた。
頭を抑えながらミレイナは考え込んだ。これは難しい判断であった。カーリンが我々を信頼しているのは間違いないだろう。それに従業員も零細企業から政府、軍関係にもパイプのある中堅企業の社員となれば社会復帰や福利厚生など色々な面で有利なハズだ。
「ヴァスティ社長。ご判断は難しいと思いますが、二社が統合すればログナー以下、ラキシスも含めてソレスタルビーイングの指揮下へ加わる事も出来ます」
「えー!?」
年甲斐もなく声を出してしまったミレイナは自分を恥じた。カーリンは、してやったり、という顔で笑っている。
「ご不満ですか?」
「いやいやいや、待ってくださいですぅ」
「双方にメリットがあると思ってのご提案です。どうでしょうか」
世間的にはソレスタルビーイングは壊滅したことになっているが、地球連邦政府からはスメラギを通してイリーガルな依頼を請け負っていた。
刹那が地球に帰還したことで今後は、地球外生命体との『対話』が主な仕事になるだろう、と予想はしていたが、この展開はミレイナも予想できなかった。地球外生命体の設立した企業との合併である。
「これから刹那様がジョーカー太陽星団に乗り込むにあたって、GNドライヴが異常停止した今、ELSダブルオークアンタに新たなパワーユニットの搭載が急務だと思います」
確かにそれは切実な問題であった。
先の戦闘で地球連邦政府に恩を売ってやったことでスメラギが『見返り』をたんまり奪ってきてくれたのだが、肝心なパワーユニットの入手に困難を極めていた。
「そのパワーユニットを含めて必要部品、かかる費用の一切合切をこちらから提供する用意があります」
「まさか!?」
ミレイナはカーリンの言う『パワーユニット』および『必要部品』について察しがついてしまった。そして、それの技術提供の一環としてナイト・オブ・ゴールドのメンテナンスの依頼をしてきていることも。
「ですが、貴方たちのメリットは!?」
ミレイナの疑問ももっともである。
パワーユニットとなれば最高機密も良いところだ。コピーされれば新たな争いの火種になる恐れもある。ソレスタルビーイングで言うならばGNドライヴと関連技術の一切合切の提供と同じだ。
「それは大きく二つあります。我々はこの任務が終われば地球を去らないと行けません。その時に我々の技術を御社であれば厳重に管理、封印して貰う事が出来ます。次に我々のMHをソレスタルビーイングの『ガンダム』として運用出来ることです」
その一言で合点がいった。
ソレスタルビーイングのガンダムであれば神出鬼没は当たり前、そして何か問題を起こしたらソレスタルビーイングに全て責任をおっ被せてしまえば良いのだ。
ミレイナは心の中でやはりカーリンは食えない女だと思った。スメラギと同類のタイプですぅと。
「……ソレスタルビーイングの指揮下に入るのも『ある御方』の命令からなのですか?」
自分でも意地悪い質問だと思ったが、カーリンは嫌な顔一つせず即答する。
「いいえ。ただ私は、ソレスタルビーイングとの交渉についての全権を委ねられております」
「あ、ああ、あ……」
ラキシスは、その惨状に言葉を失っていた。
今、床には刹那『だった物』が横たわっている。
刹那はログナーが繰り出した大技、MBT(マキシマム・バスター・タイフォーン)を喰らったのだ。
ELSの力を借りてモビルスーツの機体構造を自分に体に再現させてみせたのだが、MBTはモーターヘッドすら一撃で倒す剣技である。モビルスーツの1/10サイズの大きさの刹那が喰らえばどうなるか想像は難しくはなかった。
胸に大きな穴が開き、衝撃で手足はバラバラになっていた。
「……司令」
カーレルも青ざめた顔でログナーの方をみた。上司であるログナーを信じていたが、まさか刹那相手にMBTを繰り出すとは思ってもいなかったからだ。
「……ログナー司令! 私との約束を忘れたのですか?」
ラキシスはログナーを睨みつける。しかし、当の本人は気にもとめず涼しい顔で言ってのけた。
「姫。まだ模擬戦は終わっておりません」
「なっ!? まだそんなことを! 刹那・F・セイエイが死んだ今、模擬戦は終わりです」
「あっ」
ラキシスはカーレルが腰にぶら下げていた光剣を奪うとログナーに斬りかかる。しかし、どういうわけか光剣はログナーの首筋ぎりぎりで止められていた。
「……どうして、避けようとも受け止めようともしないのです?」
ラキシスは、今でも直立不動で刹那の方向を見ているログナーを疑問に思った。
彼が命乞いをするような騎士でもないが、その姿勢はまだ戦いが続行中だと言わんばかりのものだった。
「姫様、それはまだ模擬戦は続行中だからです。ティータ、後何分だ?」
「は、はい。後4分30秒です」
「……司令は、まさか刹那さんがまだ戦うと思っているの?」
「棄権の意志表示がない限り模擬戦は終わりません」
「何を馬鹿な事を! 刹那は貴方が殺したではありませんか!」
「確かに刹那が死んでいたら、私が殺したことになるでしょう」
「司令は、あの状態で死んでいないとも言い張るつもりですか!?」
「はい、姫様」
ログナーは実剣の鋒を刹那に向けると続けた。
「そもそも、姫は刹那・F・セイエイ、いや『刹那』を誤解されていらっしゃる」
「私が刹那さんを誤解している?」
「刹那は人間ではありません。『刹那』です。そして、同時に彼はマリナ・イスマイールの唯一人の『ガンダム』です。この程度の攻撃で死ぬようならばサタン達からマリナ・イスマイールを守ることは出来ないでしょう」
「ログナー司令、貴方、まさか? だけど、刹那はすでに、え?」
ラキシスはバラバラになった刹那の亡骸を見て驚いた。
バラバラになったはずの手足がいつのまにか体に繋がっていたからだ。
「な!? 姫様、彼の剣も見あたりません!」
「え!」
刹那が握っていたメトロテカ・クロム鋼の剣が消えていた。MBTを喰らったときも決して離さず右手に握っていたものだ。
「ティータ、残り時間は?」
「後2分28秒です」
「……早くしろ刹那」
「ログナー司令……」
ログナーから不意に発せられたその一言から、ラキシスはログナーの真意を理解した。
ログナーが刹那をジョーカー太陽星団に派遣することを賛成した理由、そして模擬戦を私に提案した理由。
ラキシスは光剣をおさめると、ログナーから離れて再びカーレルの側に戻る。そして、カーレルに光剣を返すのだった。
「ラキシス姫様?」
「これは不要になりましたのでお返しいたします。私もこの模擬戦の結末を見届けることにいたします」
「……はい、姫様」
「む?」
無惨にもバラバラになっていたはずの刹那の亡骸が、いま再び一つの個体に修復されようとしていた。
「残り時間!」
「後1分9秒です」
「チッ!」
いつまでも立ち上がろうとしない刹那に対して、ログナーは苛立ちはじめていた。そして剣を上段に構えると一気に振り下ろしたのだ!
ログナーが放った激しい無数の衝撃波(ソニック・ブレード)が刹那を襲った。しかし、衝撃波は刹那に直撃せず目の前の床を吹き飛ばすだけで終わった。
「……立て、刹那!」
「……お、おれ、は」
「貴様はそれでもガンダムか!」
「お、俺は……」
「うそ、あのバラバラの状態からどうして?」
「マスター、ELSにも自己修復能力があるとは聞いていましたが、ここまでは修復できないはずです」
ラキシス達は、立ち上がろうと床の上を這いずり回る刹那に驚いていた。勿論、ジョーカーの騎士でもこのような事例はない。
「お、俺は」
「刹那、お願い立ち上がって!」
「刹那様!」
「刹那・F・セイエイ!」
ラキシス達もいつの間にか立ち上がろうと必死の刹那を応援していた。
刹那はついに肘を立て上半身を起こし始めていた。MBTの攻撃により、損壊した胸部も修復されつつある。
「立て、刹那! 貴様はガンダムだろう?」
「お、俺が、俺が」
「ティータ、残り時間は?」
「あと23秒」
刹那は片膝を付き、いよいよ立ち上がり、
「俺が、俺は……」
「あと12秒」
「刹那、早く立って! お願い」
「あと8、7、6」
その時、刹那の膝が床から離れ再び二本の足で立ち上がった!
「俺は、俺が、俺達がガンダムだ!」
「よくぞ言ったガンダム!」
ログナーは剣を構え刹那に斬りかかった。
「ゼロ!」
「刹那!」
「司令!」
斬りかかったログナーの剣を刹那は緑色の刃の剣で受け止めていた。
「貴様の勝ちだな」
不敵な笑みを浮かべたログナーであったが、手にしていたメトロテカ・クロム鋼の剣は静かに折れると、床に突き刺さった。
正確には折れたのではない。刹那が構成した緑色の刃の剣が、メトロテカ・クロム鋼の剣を斬ったのだ。
緑色の刃の剣、ELSが取り込んだメトロテカ・クロム鋼の剣を元に再構成した剣だった。
「……俺は勝ったのか?」
刹那はよろめくとログナーにもたれかかる。
「あぁ」
「そうか、これでマリナを、助けに行ける……な」
「フン、調子に乗るな。おい、ティータ!」
「は、はい、司令。えーっと、勝者、刹那・F・セイエイ!」
「ぼさっと見ているな。こいつを介抱してやれ。男に抱きつかれる趣味はない」
しかし、ティータが駆けつけるよりも早くラキシスが今にも倒れそうな刹那を抱き留めるのであった。
ラキシスは静かに床に寝かせると、頭を自分の膝の上に、そしてMBTの直撃を受け再生途中の部位に静かに手をおくのだった。
カーレルもティータも無事に模擬戦が終わったことで胸をなで下ろすのだった。
「まったく、無茶なことをやる奴だ」
ログナーはラキシスの膝の上で横たわる刹那に向かって言い放った。
その周りにはカーレルもティータも集まっていた。
「どういう事ですか?」
「姫様、刹那は我々騎士との能力差を埋めるべく、自分の体の構造をモビルスーツのそれに似せて再構築したのです。恐らく刹那が選んだモビルスーツ、となればガンダム」
「そんな、まさか!?」
「ああ、そ、のとおりだ。」
刹那は力なくこたえる。
「ログナー司令、そんな事が出来るのですか?」
「ELSと同化した刹那ならではと言ってしまえばそれまでですが、マリナ・イスマイールを助けるためにELS達も力を貸したのでしょう」
ラキシスは今では刹那にマリナを諦めるように言い聞かせていた自分に後悔していた。
もっともラキシスが諦めるように言ったのは他にも理由があったのだが。
「だが、GNドライヴ搭載機を再構築するなんて無茶もいいところです」
「司令、それは?」
ラキシスとログナーのやりとりを見ていたカーレルが初めて口を挟んだ。
「答えは簡単だ。刹那にGNドライヴは搭載されているか?」
「……ああ、確かに」
「そうなると、GNドライヴに代わる動力源が必要になる」
「……まさか!?」
刹那はラキシスの膝の上からピクリとも動かなかった。いや、動けなかった。
「姫様、これで刹那をジョーカー太陽星団に派遣することをお許しいただけますね?」
「……刹那・F・セイエイは実力で模擬戦に勝ちました。私ももう反対できません」
「姫様ありがとうございます。それではこれを」
ログナーは折れた剣をラキシスに差し出す。
「どういう意味です?」
「この度の模擬戦、刹那が自己修復できたから命は助かりました。しかし、私はあの時刹那を本当に殺すつもりでMBTを放ちました。これでは姫様との約束を破ったも同然です。どうか厳正なる処分を」
折れたとはいえ、殺傷能力は十二分にある。ラキシスに自分を斬れ、という意思表示なのだ。
「ログナー司令……わかりました」
「姫様!」
「や、やめろ。ラ、キシス。……許してやってくれ」
カーレルも止めようとするが、刹那も意識が朦朧としているなかラキシスに手を伸ばしやめさせようとするのだった。
そんな刹那の手をラキシスは優しく握り微笑むと、すぐに真剣な顔で顔でログナーに向き合った。
刹那とログナーの文字通りの死合があったことを知らないミレイナは、カーリンと共に地上階を目指していた。
全権を委ねられているというカーリンとの交渉は一応合意し、細部については今後詰めることになった。
その際にカーリンから受け取った、一冊のバインダーを大事に胸に抱いていた。
「交渉締結の証です。」
カーリンはカバンから分厚い封筒を取り出すとミレイナに差し出した。
「メンテナンスの発注書が入っているわけではなさそうですが?」
「どうか開けて中を確認してください」
ミレイナが封筒を開けてみるが、開けた瞬間に体に電流が走ったような感覚を味わった。
「な、これは!?」
封筒には白い一冊のバインダーが入っていた。表紙や裏には何も書かれていなかったが、背表紙にだけ菱形の図形が一つだけ描かれていた。
ミレイナは恐る恐るバインダーの表紙を捲るとその内容に息をのむ。食い入るように数ページ捲るとすぐにバインダーを閉じた。
「私がこれを見ても宜しいんですか?」
「依頼主よりお渡しするように預かってきた物です」
「貴方たちは私が悪用することを考えていないのですか?」
「ヴァスティ社長がそのような事をなさらないのは我々は存じ上げています」
「まったく、カーリンさんの名演技には降参しましたです。全てこうなることを計算済みなのですね」
ミレイナはバインダーを再び封筒に戻す。
「あら? 私はそのようなつもりはないのですが」
「もう良いです。これは確かに受け取りましたです」
「確かにお渡しいたしました」
その後、ミレイナはカーリンとナイト・オブ・ゴールドの輸送について算段を行うと格納庫を後にした。こうして再び地上階へのエレベーターに乗り込んだわけだ。
「カーリン営業部長は、やっぱり謎の女性ですね」
「あら、そんな事を言ったらヴァスティ社長だって十分謎の女性だと思いますが」
「それは、どうかしら?」
「まぁ?」
「ウフフ」
カーリンの表情にも再び笑顔が戻る。それを見たミレイナもつられて笑顔になった。
一方その頃、死闘を演じた刹那は古城の一室に運び込まれソファーに寝かされていた。模擬戦が終わった後に刹那は気を失ってしまったのだ。
「……誰か、そこにいるのか?」
今の刹那は瞼一つ動かす力も残っておらずマリナと同じく光を失った暗闇の住人であった。だが脳量子波が外の世界の異変を察知したのだった。
どこかの個室に寝かされている事はすぐに把握できたが、見知らぬ侵入者の気配が刹那の意識が覚醒させたのだ。
「(ミレイナやログナーでもない。ラキシスやメイドでもない……一体誰だ!?)」
「まあ、今は大人しく寝ていなさいって」
「(脳量子波!?)」
侵入者は言葉ではなく刹那の脳量子波に直接伝えてきた。しかし、その姿形までは掴む事は出来ない。強力なジャミングが出ているのか侵入者の容姿を脳量子波で掴む事は出来なかった。女性のような感じがするがそれ以上はわからない。
侵入者はズカズカと刹那の傍らまで来ると、そっと刹那の額に掌を置いた。
「すっごい熱があるじゃない! まったくもう。ちょっと待っていなさい」
刹那は容器に何か固形物を移す音を耳から感じ取った。視覚は回復していないが聴覚はどうやら回復しているようだ。
「これでどう?」
「な、何をする!?」
身動き一つ出来ない刹那の額に非常に冷たいモノが置かれたのだ。さらに目元も濡れたタオルのようなもので塞がれてしまった。
「冷たくて気持ちいいでしょう? で、そこに更に」
刹那は頭上に別の物体の存在を感知した。しかし、今の状態では何も対処する事が出来ない。
トットットットと何かを注ぐ音と共に額の上の冷たい物質の重量が増大していった。
「まさかコップか?」
「大正解。下手に動くと零れてしまうから気をつけてね」
コップ自体は侵入者の女性が固定している様子だったが、下手に今動けば自分の顔に液体がかかるのは間違いない事だけは理解した。
少し離れたところで再び液体を注ぐ音が聞こえたと思うと、再び頭上でチンッ!っとガラス同士が軽くぶつかり合う音がした。
「模擬戦勝利おめでとう! の乾杯に来たんだけど、その様子では無理そうね」
侵入者はグラスを置くと、空いた手の人差し指で刹那の唇に栓をする。
「お前は何者だ!って定番の台詞は良いから、怪我人は大人しく寝ていてなさい。それが怪我人への対応か?って。一応、看病してあげているでしょ。マリナとはえらい違いだぁ? こんな美人に看病して貰っているんだから光栄に思いなさい!」
刹那が頭の中で思った言葉を侵入者は次々に答えていく。端から見ていれば独り言のように見えるだろうが当人同士では立派な会話として成り立っていた。
しばらく刹那と問答をしたかと思うと、唇においた指を胸に滑らせ手を止めた。
「(……これは、まずいわね)」
ふいに額のコップを持ち上げて代わりにもう一度自分の掌を置いた。
「どれどれ〜、私の特製冷却グラスのおかげで熱も下がったみたいだし、次もあるから行くわね。来週からの((再|・))特訓も応援しているから頑張って生き残ってね」
熱を冷ました終えたコップの液体をグイッと飲み干すと侵入者は部屋の出入口を目指して踵を返した。
「ま、待ってくれ!」
刹那は渾身の力を振り絞ると上体を起こして目を見開いた。
ごちんっ☆
「いたっ!」
「だ、大丈夫ですか、お姉様?」
刹那は目を開けると、額を手で押さえながら床に尻餅をついたメイドと、それを心配そうに手をさしのべているラキシスの姿がそこにはあった。
「あの女は!? どこに行った?」
刹那も自身の額を手で押さえながら二人に問うた。
「あの女って!?」
「女性ですか?」
ラキシスとティータはお互いの顔を見合うと首を傾げた。
「刹那、この部屋は鍵をかけておいたから誰も入る事は出来ないわ」
「はい。気を失った刹那様を模擬戦会場からこのお部屋にお連れしましたが、凄い熱だったので私達は医療キットを取りに行っていたところです」
「俺が熱を!?」
ティータは上半身を起こした刹那の額に手を伸ばすと熱を確認すると、先ほどまでの高熱は失せていた。
「あら? 熱が下がっています」
「本当!?」
「信じられませんが、平熱かと思います」
額に掌を当てられたまま刹那もティータも考え込んだ。しかし、二人とも考えている事は全く違うのだが。
「(あの女は本当に俺の熱を下げていったというのか……!?)」
深く考え込んでいるといつの間にかラキシスとティータに両肩を掴まれていた。
「せーの!」
グイッと一気に再びソファーに寝かされてしまった。凄いパワーである。
「グァッ! 何をする!?」
押さえつけられるように寝かしつけられた刹那は二人に訴えるように文句を言ったのだが、相手が悪かった。
「刹那様、いけません。熱が下がったとはいえ、そのお体で無理をしたら大事になります」
「そうよ。いくらELSと同化しているとはいえMBTを喰らえばMHでも破壊されてしまうのよ。それなのに貴方は!」
腰に手を当てて聞き分けのない子供に諭すような仕草の母親のような女性が二人もそこにいたからだ。
「わかった。だが」
「だが!? 何かしら?」
チラリとラキシスの方に目を向けたのだが、その背後に魔女のような巨大な影を見てしまった。
「……いや、何でもない……」
「わかれば宜しい、です」
「(マリナもああ見えて怒ると怖かったが、ラキシスも逆らわないでおこう)」
「刹那、何か言ったかしら?」
「それは気のせいだ」
「……それなら良いけど」
刹那とラキシスのやりとりを見て、ティータは微笑ましく思った。
自分の妹であるラキシスがジョーカー太陽星団から行方不明になってから何千年、何万年経っただろうか。地球という星で再会してから、ラキシスにどれだけ宇宙を彷徨っているのか、あえて尋ねる事はしなかった。
しかし、今日一日刹那やログナーとのやりとりをみて、一人の女性として強く生きてきた事を感じ取る事が出来た。
「すぐにお茶の用意をいたしますわ」
「お願いします、お姉様」
パーティの参列者を一通り見送り終わるとログナーは執務室の窓から帰路につくクルマの灯りを眺めていた。
「刹那とヴァスティ『博士』は帰ったようだな」
「はい。ヴァスティ社長に連れて行かれました」
ログナーはカーリンからの報告を受けていたが、カーリンは先ほどのミレイナに引きずられていった刹那の姿を思い出したのか苦笑していた。
それはカーリンがミレイナを伴って刹那の控え室を訪れたのだがタイミングが悪かった。
そこにはラキシスの玩具にされ、無理矢理ケーキを食べさせられていた刹那の姿があった。ティータも巻き込まれて刹那の口元を拭いている所に踏み込んだ格好だった。
地下格納庫から言葉の端々で刹那を心配していたミレイナであったのだが、わずか数時間ぶりに会ってみたらどうだ。絶世の美女達を侍らせて優雅にケーキを食べていらっしゃる。
「ほう、良い身分ですぅ」
その一言で場の空気は凍り付いた。
来たるべくマリナとの予行演習だとラキシスの弁であったが、どう擁護しようにも美女二人を侍らせているのは弁解の余地はない。
カーリンが何とかミレイナを宥めてその場を納めたのだが、ラキシスとの挨拶もそこそこに、刹那はミレイナに首根っこを掴まれ連れて行かれたのであった。合掌。
執務室には今現在、ログナー、カーリン、そしてカーレルの三人が詰めている。
「『刹那』という種族には驚かされました。自己修復する生命体が地球にいるとは」
まだ少し興奮が冷めやらないのかカーレルは先ほどの模擬戦を振り返りながら呟いた。
「いくら自己修復が出来ようが、奴にも限界もあるし弱点もある。それに実戦では相手は修復まで待ってくれない」
「確かにその通りですな」
地球に来てから毎日暇をもてあましていたカーレルが興味を示したことにログナーもカーリンも内心驚いていた。
「貴様は今日の奴をどう評価する?」
そこでカーレルに現役ミラージュとしての刹那の評価を聞いてみたくなった。
「我流の剣ですが残像を繰り出したときは驚きました。正直申し上げますとイノベイターは、良くて((騎士警察|ナイトポリス))が務まるかどうか、その程度の実力だと考えていました」
「それで、評価が変わったか?」
「いいえ。今日の彼の姿を見て私の評価は正しいと確信しました」
「ほう」
カーレルは一瞬だけログナーが目を細めたような気がしたが、あえてそのまま持論を続ける事にした。
「彼はイノベイターという枠から大きく外れすぎています。先のサタンとの戦闘では彼はELSダブルオークアンタ一騎でサタンを撃破しました。我々ミラージュですら、L.E.D.のライドギグによる集団戦闘に持ち込まないと手を焼く相手です。はじめは機体性能が大きな要因を締めていると分析していましたが、彼自身の実力も相当なものだとわかりました」
刹那への意外な高評価にカーリンは驚く一方、その横でログナーはさも当然だ、と言わんばかりの表情を浮かべていた。
「それで評価は?」
「実はそれが難しい。((宮廷騎士団|テンプルナイツ))級とも簡単には言い切れません。現時点の評価は並の騎士程度ですな」
「手厳しいな」
「彼はまだ実力を出し切っていない。実際に手合わせしてみないと未知の要素が多すぎます。それに彼が生身で、それも実剣を握って戦うのは今日が初めてはないと感じました。その証拠に一振り毎に動きが良くなっていく。まるで」
「わかった、もう良い。貴様の評価は良く分かった」
「は!?」
カーレルの言葉を遮りように突然、ログナーは割り込んで打ち切らせた。
その態度にカーレルは軽い不満を覚えたが、自分が飲み込んだ言葉とログナーの態度が繋がったように思えた。
「(やはり、クリサリス家の騎士は侮れんな)」
ログナーもまたカーレルの分析力に舌を巻いた。
「それで、司令。彼を、刹那・F・セイエイをどうやってジョーカー太陽星団に送り込むお積もりで?」
ログナーとカーリンは互いの顔を見合わると、カーリンが頷いた。
「それに関しましては私から説明いたします。調査の結果、サタンとの戦闘中に発生した次元回廊ですが、完全に閉鎖していないことがわかりました」
「まさか、そこから!?」
「クリサリス様、察しが良くて助かります」
「お前達もそこからジョーカー太陽星団に帰っても良いのだぞ?」
「何を馬鹿なことを! 司令でも言って良い冗談と悪い冗談がありますぞ」
いつも通り不敵な笑みを湛えるログナーとは対照的にカーレルは背筋が凍る思いだった。
ログナー流のジョークとはいえブラックもブラック。真っ黒黒助もドを超していた。
それは次元回廊とは名前はついているものの、誰独りその回廊を通ったことはないからだ。まったくの未知の空間であり、途中どのような危険が潜んでいるのか皆目見当がつかないからだ。
「お前達も次元回廊を通ってこの銀河に来たのではないのか?」
「それは……。我々は確かに哨戒任務中にブラックホールのようなものに吸い込まれこの銀河に流れ着きました。しかし、私もティータも気がついたときにはこの惑星に墜落する寸前でした」
カーレルとティータは彼らの母艦『ウィル』の航路上に出現したブラックホールの調査に向かうため、可変MHヴォルケシェッツェを駆り出撃したのだが、逆にブラックホールに吸い込まれこの地球に降下することになった。
幸運な事に『偶然』戦闘機インターセプターの試験飛行を行っていたログナーが突如大気圏内に出現したヴォルケシェッツェ発見。地球連邦政府よりも先に回収に成功したのだった。
「それよりも、司令達こそどうやってこの惑星に!? 我が母星デルタ・ベルンも亡き今、どうしてこのような惑星に駐屯しているのですか? いい加減我々にも教えていただくことは出来ないのでしょうか!」
カーレルもティータも地球に来てから暇潰しにログナーの『お願い』を多々聞いてきたが、核心部分については今日まで知らされていなかった。その不満をぶちまけるように少しだけ声を荒げるように詰め寄った。
流石にカーリンもこうなると手に負えない。そこでログナーの顔色を伺うのだが、今度はログナーが頷いた。
「貴様に渡さねばならないものがある」
ログナーは鍵がかけられていた机の引き出しから一通の封筒を取り出すとカーレルに投げて渡した。
封筒には厳重に封印シールが施されていたがカーレルが手にした瞬間、シールは粉々に消えてしまった。
「(この封印は陛下の仕業か!?)」
怪訝に思いながらもすぐに開封すると中の書類を取り出し目を通してからログナーに尋ねた。
「……司令はこの内容を?」
「知らんよ。私も『陛下』から預かってきただけだ」
「……そうですか」
カーレルはログナーとカーリンの顔を交互に見た。
ひとつ、大きな溜息を吐き出すとカーレルは書類をログナーに手渡した。
「俺が見ても良いのか?」
「恐らく構わないと思います」
カーレルの手元から引ったくるように書類を奪うとログナーも目を通す。カーリンにも書類に目を通すように促した。
「クリサリス、それで貴様はどうする? この命令に従うか?」
「どうするも何も、陛下の勅命は絶対です。我らミラージュは陛下の命令に従うだけです。たとえ『いかなる時代の陛下』であっても」
「……わかった。貴公の協力に感謝する」
その後、命令書はカーレル自身の手により燃やされ処分された。
「それでは、私もティータとの打合せがありますので、この辺で失礼いたします。いや〜短い休暇でしたな」
カーレルは、やれやれと半ば呆れ顔で愚痴の一つでも溢すかと思ったが、最終的には憑きものが落ちたような表情で退室していったのでカーリンは内心ホッとしていた。腹を括ったのか、諦めたのか、それはティータのみが知ることになる……。
カーレルが退室した執務室にはログナーとカーリンの二人だけであった。
カーリンの煎れたコーヒーを啜りながらログナーはリーサ・クジョウこと、スメラギ・李・ノリエガの調書とドウターからあがってきた報告書の束に目を通していた。
「明日からの予定だが」
「はい。リーサ・クジョウ様へのアポはすでに取ってあります。恐らく今日中にミレイナ社長からリーサ・クジョウ様へ今回の件は連絡されるはず」
「老いてもなお、ソレスタルビーイングと地球連邦政府とのパイプ役を任されているだけのことはある。なるべく早く今後の計画について打合せをしておきたい」
ドウターからの報告書には、スメラギが最近関わったある事件について記されていた。
今回のサタン襲来による地球連邦軍の被害は公表を保留にした。
外宇宙へと新たな生命体とコンタクトをとるためにイノベイターを乗せた「スメラギ」が地球を旅立ってからまだ一年しか経っていない状況で、地球外生命体の可能性がある異形の大型生物が悪意を持って地球に攻めてきたのだ。
それも最新鋭MS・MAはまったく歯が立たず壊滅。
報告書にはスメラギが地球連邦政府が被害の全容を明かさない事を逆手にとってある謀略を実行した恐れがあると記されていた。
『恐れがある』というのはドウターが導き出した推測であって証拠はない。
まして、ヴェーダ上で改竄を行っているため同じくヴェーダを利用している地球連邦政府は検証する方法はアナログな方法しかなかった。
それは紙媒体の書類に書かれている数と、連邦政府のロジスティックにある何千、何万種類の部品の在庫数が一致するか数える方法である。
「私達も人のことは言えませんが、すべてヴェーダ任せというのも考えものですわね」
「何体分のMS・MAのパーツがミレイナ博士の手元に渡った事か見当がつかん。それにELSダブルオークアンタの改修用パーツとしては多すぎる。戦艦でも造るつもりか?」
「ティータに探りを入れるように伝えます」
「(ティエリアから聞いてはいたが、うちの陛下並に機械いじりは好きそうだな)」
ログナーとカーリンが全ての書類を片付け終わったのはそれから1時間後であった。
「まず、これで第一段階は終了だな」
「はい。技術移転および、刹那・F・セイエイとELSダブルオークアンタを送り込む段取りは整いました。ですが、ミレイナ社長が技術をモノに出来るか未知数です」
「博士に期待するしかあるまい。それよりも『援助物資』の姫様への偽装は? 感づかれまいな?」
「お嬢様が『昔の父様や母様が見ても絶対に気がつかないよう変更しておいた』と自信たっぷりに仰っていました」
「陛下の予想ではソレが裏目にでるようだな」
「そのようですね」
二人とも大きな溜息をしかでなかった。
「GNドライヴが使えない今の状況では、ミレイナ博士だけが頼りだな」
「はい。そのバックアップも兼ねて陛下はクリサリス様と妹のティータを地球に寄こしたんだと思います」
この計画の首謀者である約一名の頑張りすぎで、ミレイナとラキシス、そしてティータは非常に調整が難しいエンジンに悩まされることになった事を件の首謀者が知るのは、遥先の未来である。
「ところで」
「なんだ、イエッタ。その目は?」
「久しぶりに刹那・F・セイエイと『再会』してどうでした? ラキシスが独り占めしてロクに話を出来なかったのは残念でしたね。刹那さんも聞きたいことが山のようにあったでしょうに」
「フン、そんなことか。奴とはこれから嫌でも毎日顔を合わせることになる」
「(こればかりは刹那さんに同情します)」
「何か言ったか?」
「いいえ。それにしても、実戦形式でMBTを手ほどきした事を聞いた時は驚きました」
「誰があの馬鹿に手ほどきなんてするか。それに、無様にも喰らいやがって。何度目だ!?」
模擬戦が終わってラキシスから、がっつり怒られたにも関わらず、つい本音を言い切ってしまった。
「マスター!?」
ログナー自身も今の発言がまずいと思ったのかプイッと後ろを向いてしまう。
カーリンはそんなログナーを愛おしく思った。
確かに、手ほどきとは言うにはあまりにも乱暴だったであろう。しかし、ログナーは刹那という個人を理解した上で、あえてMBTを繰り出したとカーリンは考えた。勿論、その理由も理解していた。
「(刹那・F・セイエイ、そしてティエリア・アーデ。マスターが貴方達二人と出会ってもうどれだけの年月が経ったかしら、ね。)」
ソレスタルビーイングは今も((宇宙|そら))に((地球|りく))に秘密ドッグを所有していた。
その数こそは最盛期に比べて減っているとはいえ、地球連邦政府も実態を掴んではいない。その数ある秘密ドッグのひとつでELSダブルオークアンタの修理は行われていた。
クアンタは現在、MSサイズのメンテナンスハンガーに固定されていた。
作業性を考慮して肢体は分離されて各々で作業が行われていたが、緊急時には自ら胴体に再融合する。それも瞬時に行われるという。
ハンガー内にはスメラギの戦利品とも言える最新鋭MSの補修パーツが所狭しと積まれておりクアンタへの((融合|・・))が待たれていた。
本日は刹那はともかく、ミレイナが不在のためELSダブルオークアンタの改修作業は終了していた。
ミレイナが居れば昼夜問わずGNドライヴの停止の解析にあたるのだが、今日はミレイナ直々に作業を早めに切り上げて各自英気を養うよう指示が出されており、秘密ドッグには作業員もサポートメカであるハロやカレルの姿はなかった。
今は無人警備システムだけが作動していたのだが、この秘密ドッグは完全な無人状態ではない。
そう、ELSダブルオークアンタという金属生命体と、対話の道中で刹那やELS達と意気投合し一緒に旅をすることになった未知の宇宙生命体が秘密ドッグにはいるからだ。
だがクアンタも宇宙生命体も物静かで独り言を呟くような性格ではない。ドック内は静まりかえり最低限の照明だけを残して灯りも消されていた。
ELSダブルオークアンタのコックピットは当然ながら無人だ。
いつもはミレイナがコックピットに乗り込んで愛用のメンテナンス端末のキーボードを神速の如きスピードで叩いている。だが、今は出張中のため端末だけが放置されていた。コックピット内のモニター類は全て消灯しておりクアンタも眠りについているかのようだった。
不意にコクピット内のモニター全てに火が入った。
ミレイナが鋭意改良中である『QUANTUM SYSTEM』の起動ロゴが表示されている裏で、様々な情報が同時処理されはじめた。
クアンタの警戒システムが何かをキャッチしたからだ。
ドックの警備システムには検知されていないのだが、オカルト的な性能を誇るクアンタのセンサーが侵入者を捉えていた。
何者かがキャットウォークを歩いて近づいてくる。
クアンタは自らドッグの警備システムに接続して、各種センサーの情報を確認するが異常は見られない。監視カメラにも侵入者は映ってはいなかった。
クアンタはこの事態を人間達にもわかる形で知らせようとした。ドッグ内の警報装置を鳴らせば人間達もわかるはずだ。しかし、そうクアンタが((思った|・・・))次の瞬間、警備システムからも切断されてしまう。
クアンタは強制切断されたことで矢継ぎ早に次の手段に切り替えるのだが、同時に同化しているELS達も脳量子波で刹那や他の個体への通信を行おうと試みる。
だが、何故か外部と連絡が取れない。
クアンタは最終手段としてメンテナンスハンガーの固定用ロックを解除し、『戦闘形態』に移行する方法を取ることにした。これならば、警備システムが異常を感知し警報を鳴らすはずだ。
しかし、固定用ロックもなぜか解除できない。
それならばと、引き千切るか同化吸収してしまえば身動きが取れるはず! とクアンタが行動を起こそうとした矢先
「クアンタも私の顔を忘れるなんて酷いわね」
侵入者から語りかけてきた。
ついに侵入者は軽やかな足取りでキャットウォークからクアンタの胸部に飛び乗るのであった。
同時にクアンタは己のメインカメラで侵入者を捉えた。
外見から女性であることはすぐにわかったが、地球上ではなかなか見かけない容姿であった。
すぐに映像から『人物』を割り出そうとするのだが……。
侵入者は左手でフェイスガードの表面を撫でると優しく話しかけてきた。
「あ〜ごめんごめん。私のデータはティエリアがロックしているんだったね。それなら思い出せなくても仕方ないわ」
事実、クアンタのシステム内では多数の『アクセス不可』メッセージで埋め尽くされていた。
クアンタはすぐに別の手段を講じるのであった。一つは極めて単純な方法。それは別の生命体に聞けば良いのだ。ELS達である。
「残念。ELSも背中の君も、私たちに関する記憶は綺麗さっぱり消してあるから無駄だよ。そうお願いしたのは刹那だからね」
ところがぎっちょん! クアンタも諦めない。もう一つの方法。それはティエリアがロックしたと言われいる自分自身の記憶回路へのアクセスコントロールを書き換えることだった。
それはミレイナが置いていったメンテナンス端末である。使い方によっては強力なクラッキングツールにもなり得るからだ。
あとでミレイナに大目玉を食らうのは間違いないが、メンテナンス端末が接続されたポート経由で端末の同化をはかり、自身のアクセスコントロールを書き換える作業に取りかかり始めた。
しかし、侵入者の言葉が正しければティエリアがロックしていることになりプロテクト解除には時間が必要だ。
一方、そんな事は知らない侵入者はお構いなしに胸部装甲の上で片膝をつくと、今度は右手で優しくクアンタの装甲をなで回しはじめた。クアンタにとって刹那やマリナは別格として、ミレイナをはじめとするソレスタルビーイングのメンバー以外に触られるのは心外であった。しかし、触れているうちにELSがクアンタにあることを伝えてきた。過去にも同様に触られた時の感触が記憶として残っていたと。
「やっぱり。刹那に触れたときに感じたあの異常な感触、リンクしていたのね。はぁ〜、ガンダム馬鹿も度が過ぎるわ!」
侵入者は胸部装甲の上で何やらブツブツと言っている。
「それでも、これで刹那の胸の怪我とGNドライヴの異常停止が繋がったわね」
ヴォン!
ついにクアンタのツイン・アイに光が灯った。アクセスコントロールの書き換えが終了したのだ。
クアンタは先ほどから自分の胸の上で好き勝手触っている侵入者を睨みつけた。
クアンタの視線に気がついた侵入者は、物怖じせず睨み返すとこう叫んだ。
「ダブルオークアンタ! 貴方も刹那も時間がないわ。早くマリナさんを見つけないと大変なことになるわ。貴方のGNドライヴは故障じゃないのよ!」
彼女は案内された部屋のベッドに潜り込んだものの、この高揚した気分をコントロール出来ずに焦っていた。
反対にこの船室の主である女性はすでに寝息をたてており、余計に己の気分を制御できない苛立ちに拍車をかけることになった。
「(はぁ〜この程度の話を聞いただけで感情をコントロール出来ないようでは間者失格かもしれない……でも、こんな話を聞かされたら誰だって無理だ。ボスの馬鹿ぁ)」
随分前から身体だけは小さくなった上司の愚痴を言ったので、多少のストレスは発散できたが根本解決には至らなかった。
「(墓の下まで持っていかないといけない機密が((また|・・))増えてしまったわ……可哀想な私)」
少しだけ悲劇のヒロインを入れてみたが寝付けないことには変わりがない。
「……間者は間者らしく、とことん調べてみるか。こんな機会は滅多にないことだし」
同室者の女性に気づかれないように音を立てず静かにベッドから抜け出すと船室のドアをあけた。
彼女はこの小型宇宙艦には自分を含めて三人しか乗艦していない事を理解していた。
そのうちの一人が自室の空きベッドを提供してくれた女性だ。そして、もう一人は先の上司との戦闘でゾンビの如く生き返ったあの男だ。あの男も流石に今は自分の部屋で死んだように寝ているはずだ。
動くなら今しかない。
「私にも見せて貰おうかしら、噂のガンダムを」
そう言い残すと部屋のドアを開けて通路に出た。
右と左どちらに行くか? 予想はついている。格納庫は左のはずだ。
エレーナ・クニャジコーワ、彼女はまだ知らない。そして大きな誤解をしていた。
ミレイナがセキュリティも禄に施さずに艦内に招き入れた理由を。
話の舞台は、再びジョーカー太陽星団『惑星デルタ・ベルン』バビロン王国首都ファルス・バビロニアの宇宙港に戻る。
「はぁ〜どうしてこんな事になったんだろう」
エレーナは自身に降りかかった不幸な境遇を夕方からの振り返ってみることにした。
今日も只飯ご馳走さん。
おっと、食後に上司から緊急指令だ。
面通し? 楽勝楽勝。今日もイージー任務です。
そんなわけで上司の命令で刹那・F・セイエイを会わせる。
面通しも簡単に終わるだろうから、今日は早く帰って寝よう。
いやいや、貴方達なにいきなり真剣勝負が始めています?
ボス、その一撃は必殺でしょ!
急いで医療チームを呼ばなきゃ!
私が焦っている側で「水ぶっかければOK」って冗談も時と場所を選んで言って下さい! ボス。
って、上司の必殺の一撃を食らっても死なない!?
それどころか蘇生までしやがった……。
え、ボス、全然驚いていない!? イエッタ様まで「クスッ」とか笑っているし。
その笑顔でうちのボスを落としたって噂本当ですか!? じゃなかった。今は目の前のことに集中しなくちゃ。
ボスと刹那、何少年マンガみたいなノリで戦っているのよ!
強敵と書いて友と読むとか今時古すぎなのよ。
イエッタ様、二人とも悪ガキなんだけど憎めないのよね〜みたいなそんな微笑ましい目で見ないで下さい。
……ひょっとして、私だけ仲間はずれ?
あ〜あ、ボスとイエッタ様、先に帰っちゃった。こりゃ((面倒な事|後始末))は全て私に押しつける気ね。
とりあえず、どういう事なのか刹那を吐かせてやるわ。
上司であるワルツ・エンデいや、ファルク・ユーゲントリッヒ・ログナーから直々に剣の指南を受け生き延びた男、刹那・F・セイエイ。
姫様のナイト・オブ・ゴールドや未知のミラージュマシンのメンテナンスを行っていたという女性、ミレイナ・ヴァスティ。
「((あんなもの|上司との死闘))を見せられた後で、この話を聞かされれば嫌でも受け入れなければなるまい」
細心の注意を払いながら通路を進む。そう簡単にセキュリティシステムなどが見つかるわけがないが、不思議な視線なようなものは肌で感じていた。
「彼らは異なる宇宙、地球という惑星からやってきた。そして地球で未来の姫様やボスと出会っていたという……」
一応、瀕死の重傷を負ったはずなのに蘇生した刹那を連れて格納庫に戻ってきたのだが、ミレイナから入れ違いで浮遊城から((超VIP|姫様))が来ていたと聞かされて二度ビックリする事になった。
「正直、今日は驚き疲れた」
格納庫に戻った際に、プトレマイオスに招かれてミレイナから簡単ではあるが経緯を聞くことが出来た。
「一部の核心部分はぼかされていたのは間違いないが、彼女の話自体は本当だろう」
エレーナはぼかされた理由の一つはわかっていた。優しいミレイナの事だ。自分のことを気遣って、わざと話をぼかしていたのだろう。
ミレイナもGNドライヴやELSは当然として、刹那とELSダブルオークアンタの素性について伏せていた。
ELSダブルオークアンタの性能についてもMHよりも数段劣ると伝えてはいたが、それがかえってエレーナの好奇心を煽るかたちになってしまったことはミレイナの誤算だろう。
「ボスと姫様が一枚も二枚も噛んでいる『ガンダム』という機動兵器がMHよりも劣るなんて簡単に信じられない。とんでもないビックリどっきりメカに違いない」と踏んでいたのだ。ELSダブルオークアンタがジョーカー太陽星団((でも|・・))『ビックリどっきり』なのは間違いないが、『メカ』と言われるとそれは間違いである。『彼』が聞いたら心外だと言うかもしれない。
「私は彼らの信頼を裏切ることになるかもな」
刹那もミレイナもエレーナという人物を信頼して話をしてくれたこともわかっていた。だから今晩はプトレマイオスの外ではなく、艦内に招き、さらに泊まって行けと自分の部屋のベッドまで提供してくれたのだ。
恐らく頼めば彼らの『ガンダム』という機動兵器も見せて貰うことも出来たかもしれない。
だが密偵としてのプライドが今はそれを邪魔していた。
「それにしても、もう格納庫に辿り着いても良いはず」
はじめてプトレマイオスに招かれたが、外部から艦内をある程度は想像していた。
しかし、いざ内部に入ると自身の距離感がおかしい。
通路を左折して隔壁のドアを一つ開ける。特に電子ロックなどは施されていないが、短い通路の先にはまたドアがあった。
「もう4枚目のドアだ。こんなに進んだら艦の外に出ているはずだ!?」
気がついたら背中に冷たいモノがつたっていた。
知らず知らずに罠に嵌められてしまったのではないか!?
「刹那とミレイナに限ってそれは無いハズ。だが、しかし」
首を左右に振り疑いの気持ちを払拭する。しかし、自分の中の不安と疑念が少しずつ肥大化し始めていることは分かっていた。
10枚目のドアがエレーナの前に立ちはだかっていた。
9枚目のドアを開けると短い通路で結ばれた10枚目のドアが出てきたのだ。
その前に立ち尽くすと、呼吸さえも乱れていることに気がついた。
ここに辿り着くまでに狭いはずの艦内を紆余曲折を繰り返してきた。彼女の常識では艦の大きさを優に超える規模の内部構造だ。
「ハァハァ。落ち着け、エレーナ。バビロンの騎士がこんな事で狼狽えてどうする」
エレーナが開閉ボタンに手をかけると静かに10枚目のドアは静かにスライドした。
「ここは!?」
そこは抜け出してきたはずのミレイナの自室だった。
「そ、そんな馬鹿な……」
恐る恐る足を踏み入れる。二つあるベッドの片方は抜け出してきたベッドである。そしてもう片方のベッドで寝息をたてている人物がこの部屋の主であるはずだ。
エレーナは顔を覗き込んだ。
「確かにミレイナ・ヴァスティだ。わ、私は一体何をしていたのだ!?」
ハッと気がつくと、今入ってきたドアを開けてみた。
そこには今通ってきた直線の短い通路ではなく、先ほど部屋を抜け出したときと同じく通路は左右へ延びていた。
「……は、はハ、ハハハ」
「クニャジコーワさん、どうしたですぅか?」
引きつりながら乾いた笑い声しか絞り出せないエレーナの背後から、これまた寝ぼけた声が聞こえてきたのはその時だった。
「ひぃ!」
不覚にも一瞬だけビクついてしまったが、軽く咳払いをしてすぐに平静を装うとするのだが
「い、いや、お、お手洗いを借りようと思ったのですが、その、ば、場所がわからなくて……」
「あぁ! 大事な事を教えていなかったですぅ。ごめんなさい。今、ご案内しますぅ」
「す、すまない」
言うが早いか、もそもそと起きたミレイナの腕にすぐに縋るように絡みつかせるのであった。
「(こ、ここはお化け屋敷なの!?)」
同時刻。刹那の部屋。
「……お前達。少し悪戯が過ぎるぞ」
ELSダブルオークアンタから脳量子波で報告を受けて目を覚ました刹那であったが、((仲間|ELS))が起こした小さな騒動に頭を抱えていた。
後書き
最後まで読んで頂きまして、誠にありがとうございました。
2013年中に投下が出来なかず誠に申し訳ありませんでした。
物語は一気にデルタ・ベルンへと戻りました。
刹那とログナーの関係、ELSダブルオークアンタの魔改造の結果は追々と。
不定期掲載ですが次回もよろしくお願いします。
説明 | ||
西暦2365年、地球。 ドウター社の創立記念パーティーは刹那とミレイナを呼び寄せる罠だった!? 最強最悪の騎士ログナーとの模擬戦を繰り広げる刹那。ミレイナは地下格納庫でカーリンから仕事を依頼されていた。ソレスタルビーイングのプロフェッサーとして。 |
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