銀の槍、訪問を受ける
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「……で、いったい何をしに来た、天魔?」

「そんなに邪険にすることは無いだろう? お前だって家に良く上がりこんでいるではないか」

 

 銀月が博麗神社に出かけているころ、畳張りの応接間で二人は面と向き合って話し合う。

 天魔と呼ばれた黒い翼の妙齢の女性の天狗は、出された緑茶を啜りながら会話に参加する。

 その彼女の言葉に、将志はジト眼とともにため息をつく。

 

「……俺は自分の意思でお前の家に行った覚えはない。大体は貴様が行かざるを得ない状況にしたんだろうが」

「はて、そうだったか?」

「……とぼけるな。貴様、何度うちの門番を拉致すれば気が済むのだ? その度に俺は取り戻しに行かねばならんのだぞ」

 

 首をかしげる天魔に、将志は少々語気を強めながら抗議する。実際問題、将志は自分の意思で天魔の家に向かったことはほとんど無かったのだ。

 しかし天魔は涼しい表情でそれを聞き流し、話題を転換する。

 

「……門番といえば、ここには門番は一人しか居ないのか? いつもあの十字槍の門番しか居ない気がするのだがね?」

「……そんなはずは無いのだが……確かにさらわれた経験があるのは涼だけだな……あいつは致命的に運が無いからな……」

「それから、その涼とやらは妖怪の山にトラウマでもあるのか? 連れて行くたびに顔が蒼ざめるのだが?」

「……鬼に玩具にされていたからな。ちょうど四天王と実力が拮抗していたのが運の尽きだ」

 

 天魔の質問に、将志は若干陰鬱な表情で回答する。

 それを聞いて、天魔は納得したように頷いた。

 

「成程、それで何度も連れ去られていたわけか。高々亡霊の身分でご苦労なことだ」

「……涼の能力も災いしていてな。何しろ涼の能力は『一騎討ちする程度の能力』、これほど鬼が好みそうな能力はあるまい」

「どんなに大勢で掛かっても必ず一騎討ちになる能力と言ったところか。鬼共が聞いたら嬉々として戦いを挑むだろうな?」

「……正確には、本人が望めば対多人数も出来るらしいがな。そういうわけで、鬼に気に入られた訳だ。地底にまで連行されるくらいだから、余程気に入られたのだろうな」

「ほう……まあ、亡霊ということは妖怪ではないから、ギリギリ地底に入れるか? たまには使いに出してやったらどうだ?」

「……涼がそれを了承すると思うか?」

「思わんな」

 

 そう言うと、天魔は茶を飲んだ。

 そうして一息つくと、再び将志が話を始めた。

 

「……話が逸れたな。もう一度訊こう、ここに何の用だ?」

「なに、大した用はない。名目としてはただの視察だ。ちゃんとうちの議会の承認も得てあるから、れっきとした仕事だ」

 

 将志の問いに、天魔はいたって真面目な表情で答える。

 それを聞いて、将志は怪訝な表情を浮かべた。

 

「……話が見えんな。何故今になってここを視察する必要がある? 特に目立った動きはしていないはずなのだが?」

「いや、議題に上ったのはお前ではない。お前が拾った人間の子供だ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、将志の眉が吊り上った。

 表情が少し険しいものになり、やや睨むような表情で天魔を見る。

 

「……銀月が?」

「神経質なうちの大天狗共がうるさくてな。槍一本で妖怪達を蹴散らした人の子が銀の霊峰に引き取られた、という情報を聞いただけで大騒ぎを始めたのだ。それで、腰抜け共の代わりに私が様子を見に行くことになったというわけだ」

「……成程、銀月が危険因子となりうるかどうかを確かめにきたというわけだ。何処からの情報だ?」

「スキマ妖怪だ。何でも、その人間の子供が暴れだした時の備えに妖怪の山の戦力も当てにしたいとの事だったのでな。一度説明に来ていたのだ。まあ、暴走しなければ特に問題は無いんだがな」

「……成程な」

 

 そう言うと、将志は表情を緩めた。

 少なくとも、天魔が理由も無く銀月を害することは無さそうだと判断したのだった。

 

「そういうことだ。で、その銀月とやらはどこだ?」

「……あ〜……言いにくいのだが、今日は帰ってこないぞ」

 

 将志は眼を宙に泳がせ、言いづらそうに頬をかきながら天魔にそう伝えた。

 それを聞いて、天魔は怪訝な表情を浮かべて首をかしげた。

 

「どういうことだ?」

「……まさかそんな真面目な理由だとは思わなかったからな……お前が何かしでかすだろうと思って、避難させてしまったのだ」

「やれやれ、お前は私を何だと思っているのだ? 私がそんなにいつもふざけているとでも思っているのか?」

 

 天魔は視線で抗議しながら将志にそう詰め寄る。

 それに対して、将志も視線と共に反論した。

 

「……お前の日頃の行いが悪いからな」

「くっ、反論できないところが忌々しい……」

 

 将志の言葉に天魔は悔しそうに唇を噛む。

 それを見て、将志は大きくため息をついた。

 

「……自覚があるのなら少しは自重しろ」

「だが断る」

 

 天魔がそう言った瞬間、応接間の戸が激しい音と共に勢いよく開いた。

 そして、燃えるように紅く長い髪を三つ編みにした小さな少女が飛び込んできた。

 

「天魔ぁ! 俺と勝負しろ!!」

 

 アグナは天魔の姿を確認すると即座に食って掛かった。

 そんなアグナを見て、天魔は首をかしげる。

 

「む、お前は確かアグナと言ったな……いきなりどういうことだ?」

「どういうこともくそも、あんだけやられてやられっぱなしでいられるほど俺は根性なしじゃねえんだよ。さあ、表に出てもらうぜ!!」

 

 以前、天魔が涼をさらった時にアグナは天魔を追いかけて戦闘を挑み、負けたことがあるのだった。

 アグナはそれが悔しかったらしく、再戦を申し込んでいるのだった。

 それを聞いて、天魔は首を横に振った。

 

「……全く、愛を語らう時間すらくれないのか、お前は?」

 

 呆れ口調で天魔がそう言うと、アグナは首をかしげた。

 

「はぁ? どういうこったよ?」

「どういうこともなにも、そのままの意味だ。私は将志に逢引の誘いを掛けに来たんだがね?」

 

 天魔は自分がここに来た理由を、含みのある微笑を浮かべながらアグナに告げる。

 もちろんこれは虚偽のものであり、本当のところは先程将志に話したとおりである。

 将志はそれを聞いて頭を抱えた。

 

「……おい、何を口走っている?」

「何をと言われても、ここに来た用件としか言い様がないのだがな?」

 

 将志の質問に、天魔は涼しい表情でそう答える。

 それを聞いて、アグナは大きくため息をついた。

 

「何だよ……兄ちゃん、また女を引っ掛けたのかよ……」

「……ちょっと待て。その話、詳しく聞かせてもらおうか?」

 

 アグナの言葉に天魔が身を乗り出して食いつく。

 すると、アグナは半ば呆れ顔で事情を説明した。

 

「んあ? いや、だって兄ちゃん滅茶苦茶モテるぞ? 俺が知ってるだけでも四人は兄ちゃんにゾッコンだぜ?」

「何、だと……」

 

 アグナの説明を聞いて、雷にでも打たれたかのような表情で大げさに後ろによろける天魔。

 そして、将志に詰めより襟首を掴んだ。

 

「おい、貴様……私とのことは遊びだったのか!?」

「遊びもへったくれも、貴様と恋仲になった覚えなどない!!」

 

 天魔の追求に、将志はそう叫びながら手を払いのける。

 その将志の言葉を聞いて、アグナは口に人差し指を当てて唸った。

 

「ん〜……でも、兄ちゃんはその気が無くてもそういう風に見えることすっからなぁ……」

「成程……つまり貴様はその気もないのに女を引っ掛けているということだな……この女の敵め、表出ろ」

 

 天魔はそう言いながら将志の小豆色の胴衣の袖を掴んで外に引っ張ろうとする。

 そんな天魔に、将志はこめかみを押さえながら反論する。

 

「……ええい、何の根拠があってそんなこと……」

「兄ちゃん……それ、俺だけじゃなくてみんなが思ってることだぞ? 正直、兄ちゃんが後ろから刺されても誰も不思議に思わねえと思うぜ?」

「……解せぬ」

 

 呆れ口調のアグナの言葉に、将志はがっくりと肩を落として呟くのだった。

 そんな将志の肩に、天魔が優しく手を置く。

 

「さて、じっくり話を聞かせてもらおうか、将志くん?」

「……話す事などない!!」

 

 将志がそう言って天魔の手を払いのけると同時に、誰かが廊下を走る軽快な音が聞こえてきた。

 その音は段々と大きくなっており、応接間に近づいてきていることが確認できた。

 

「お姉さまぁ〜!!」

「げっ、この声は……」

 

 聞こえてくる少女のソプラノボイス。

 それを聞いて、アグナはげんなりした表情を浮かべる。

 

「お姉さまあああああ!!」

 

 足音の主の闇色の服を着た金髪の少女は、応接間に入るなり手を大きく広げてアグナに飛び掛った。

 全力疾走のフォームから一切の勢いを殺さずに跳んだ、見事なジャンプであった。

 

「はああああああ!!」

「きゃいん!!」

 

 そんなルーミアを、アグナは顔面に空手チョップをかけて打ち落とす。

 衝撃波と共に部屋の中に鈍い音が鳴り響き、ルーミアは腹ばいに床に叩きつけられた。

 

「う〜、お姉さまのいけず……抱きつくぐらいいいじゃないの」

 

 ルーミアは眼に涙を浮かべながら顔をさする。

 そんな彼女に、アグナは怒鳴り散らした。

 

「うるせえ! 抱きつくにしてもお前はやりすぎなんだよ! 大体、服の中にまで手を突っ込んでくる奴があるか!!」

「少しでもお姉さまとスキンシップを取りたいって言う私の気持ちを汲み取ってはくれないの?」

「だから、ちったあ自重しろっつってんだよ!!」

 

 反省の色を見せないルーミアに、アグナは足元から炎を吹き上げながら地団駄を踏む。

 そんなアグナを見て、ルーミアは不満そうに頬を膨らませた。

 

「え〜……お姉さまはお兄さまに対して全然自重しないのに?」

「う……そ、それは……」

 

 ルーミアの追求に、アグナは言葉を詰まらせ冷や汗を流した。

 そんなアグナの様子に、天魔の琥珀色の瞳が光った。

 

「ほう? 詳しい話を聞こうじゃないか、あ〜……」

「ルーミアよ、天魔。それで、お姉さまのお兄さまへのスキンシップの話ね。実際に見たほうが早いわ。と言うわけでお姉さま、実演ごー♪」

 

 ルーミアは楽しそうに笑いながらそう言って、将志を指差す。

 そんなルーミアに、アグナは詰め寄って抗議する。

 それを受けて、アグナは顔を真っ赤に染めてうろたえ始めた。

 

「ばっ、あれは月に一回と決めて……」

「しなかったら、私がお姉さまに同じことをやるわ。あ、むしろその方が……」

「だああああ! 分かった、やりゃあ良いんだろ、やりゃあ!!」

 

 手をわきわきと動かしながら迫ってくるルーミアを押しやり、将志の前に立つアグナ。

 そして軽くジャンプして将志の首にしがみつくと、よじ登って視線を合わせた。

 

「……兄ちゃん……これ、不可抗力だから見逃してもらっていいか?」

「……月に一度と決めたのはお前であろう? 俺に訊く必要などはない。が、出来れば時と場合を考えてくれ」

 

 言いづらそうに問いかけるアグナに、将志はため息をつきながら答えを返す。

 それを聞いて、アグナは安心したように笑みを浮かべた。

 

「……ありがとな、兄ちゃん……んちゅ」

 

 そう言うと、アグナは将志の唇に吸い付いた。

 将志は抵抗することなくそれを受け入れる。

 

「なっ……」

 

 そんな二人を見て、天魔は絶句する。

 唖然とした表情を浮かべる彼女を他所に、アグナは将志の唇を吸い、舌を絡める。

 しばらくすると、将志の方から口を離した。

 

「……アグナ、もう良いだろんむっ!?」

 

 将志が止めようとすると、アグナは急いでその口を塞ぐ。

 舌で将志の歯茎を軽くなぞると、アグナは熱に浮かされたオレンジ色の瞳で将志の黒耀の瞳を見つめた。

 

「……!」

 

 その瞳を見て、将志の背中に寒気が走った。

 それは、まるで獰猛な肉食獣に狙いを付けられたかのような、とても危うい感覚だった。

 

「……悪い、兄ちゃん……ちっとスイッチ入っちまったみたいだ……ちゅっ……」

 

 アグナはそう言うと、将志の口に激しく吸い付き始めた。

 その勢いたるや、将志が呼吸困難になってしまうようなものであった。

 

「んくっ……あ、アグナ……」

「んっ……にいちゃん……ちゅる……とまんねえよぉ……はむっ……せつねえよぉ……んちゅ……」

 

 アグナはとろけた表情でひたすらに将志の口を貪る。

 舌を吸い出し甘噛みし、絡めあっては再び吸い付く。

 その度にアグナの脳髄にしびれるような感覚が流れ込み、まるで媚薬のように作用する。

 それによりアグナの感覚はどんどん敏感になっていき、唇に途切れ途切れに掛かる荒い吐息すら強烈な快楽を与えた。

 もはやアグナには周りは見えておらず、ひたすらに将志を求めることしか考えられなくなっていた。

 一方の将志は必死にそれから逃れようとするが、どこまでも追いかけてくるアグナからは逃げ切れずに成すがまま。

 おまけに頭をしっかりと抱え込まれてしまい、何も出来ない状況へと追い込まれてしまった。

 

「ああ……お姉さまのエロい表情がたまんない……」

「ふむ……見た目幼い子供になすがままにされる男とは、何やら背徳のにおいがするな……」

 

 その様子を、ルーミアはうっとりとした表情で眺め、天魔はニヤニヤと笑いながら眺めていた。

 発情した獣のような表情で幼女が青年に迫るその光景は、背徳的であるが故に眼を背けられない魔力のようなものが感じられた。

 二人は見ている心境こそ違えど食い入るようにその情事を見つめ、途切れ途切れの息遣いと声を聞き、自らの鼓動を早めていく。

 

「……おい……っむ、そろそろ良いだろう……?」

 

 将志は肩で息をしてそう言いながら、アグナから何とか口を離す。

 お互いの口に銀色の橋がかかり、溢れ出た液体が口の周りを濡らす。

 その橋が落ちる前に、アグナは小さく首を横に振って将志の口を塞ぐ。

 

「んちゅ……やぁ……やめたくない……にいちゃんと気持ちよくなりたい……んんっ」

 

 アグナは舌足らずな声で艶っぽくそう言うと、再び将志に口を付けた。

 口の周りの唾液を舐め取り、将志の首を下向きに傾けて口の中を舐めまわす。

 アグナにはその液体が甘露の様に感じられ、一滴でも多く飲み干したくて舌で掻き出そうとする。

 白く肌理細やかな肌の頬を、受け切れなかった唾液が伝う。

 上気し蕩けた表情の上で伝っていくそれは、アグナの表情をより一層淫靡なものへと変えていた。 

 そんなアグナを、将志は腕で無理矢理引き剥がしてとめることにした。

 

「んむぅ……分かった、後でしっかり構ってやるから今は勘弁してくれ……一応来客中なのだからな」

「あうぅ……満足できてねえのにおあずけなんて酷いぜ、兄ちゃん……」

 

 将志の言葉に、アグナは泣きそうな眼で将志を見つめる。

 そして、切ない声で将志に訴えかけた。

 顎から滴り落ちるしずくが、行為の激しさを物語っている。

 そんなアグナに、将志は首をゆっくりと横に振った。

 

「……それでもだ。これが終わったら幾らでも相手してやる。だからしばらく我慢していろ」

「……約束だかんなぁ……」

 

 ため息混じりの将志の言葉に、アグナはそう言って胸に顔を押し付けると、逃げるようにその場から去って行った。

 そんなアグナを、ルーミアが辛抱たまらんといった表情で眺めていた。

 

「く〜っ、涙眼のお姉さまも可愛い!!」

「……ルーミア、お前は後で折檻してやるから覚悟しておけ」

 

 将志が低くドスの効いた声でそう言うと、ルーミアは凍りついた。

 そして錆付いたロボットのような動作で黒いオーラを纏う将志の方を向くと、乾いた笑みを浮かべた。

 

「……や、優しくしてね、お兄さま?」

 

 ルーミアはそう言うと、一目散に逃げ出していった。

 その隣で、笑い声が上がった。

 

「くっくっく、面白いものが見れたな」

 

 愉快げに笑う天魔に、将志は疲れた表情で顔を拭きながら視線を送る。

 

「……面白がっている暇があったら止めてくれ。幾ら慣れたとはいえどもああまで拘束されていると流石に苦しいものがあるのだぞ? いや、好意を示してくれること自体は嬉しいのだがな」

「断る。こんな面白いものが見れるというのに、何故止める必要があるのだ? お前のあんな情けない姿などそう滅多に見られるものではないからな」

「……覚えていろよ、貴様」

 

 ニヤニヤと笑う天魔に、将志は憎らしげな表情を浮かべて地の底から響くような声でそう言った。

 そんな将志の呪詛にも涼しい顔で、天魔は何か思い出したように手を叩いた。

 

「そうだ、珍しいといえば最近幻想郷三大宝玉と言う物が出来たらしいな」

「……何だそれは?」

「『博麗の陰陽玉』、『悪魔の翠眼』、そして『檻中の夜天』だ」

 

 聞き慣れない名前を並べられ、将志はキョトンとした表情で首をかしげた。

 

「……博麗の陰陽玉は聞いたことがあるが、後の二つは何だ?」

「『悪魔の翠眼』というのは正体不明の妖怪の眼のことらしい」

「……正体不明の妖怪だと?」

 

 将志はそう言って眉を吊り上げた。

 正体不明の妖怪がいるということは、銀の霊峰で調査をする必要がある可能性があるからである。

 

「見た者によって証言が違うのだ。曰く、右腕が異様に長い妖怪、小さな猫のような獣、人型の妖怪……その容姿のどれが正しいのか誰も分からないが、恐ろしく強いのだそうだ」

「……それは鵺ではないのか?」

 

 将志は天魔の話す特徴から、その姿を自由に変える妖怪の名前を挙げた。

 しかし、それに対して天魔は首を横に振った。

 

「いや、それがどうにも違うらしい。これらの証言をしたものは、皆一瞬しか見ていなかったり、恐慌状態だった者ばかりだ。それに、鵺本人もその妖怪に関しては知らないと言っていたぞ? 大体、それならば見た者によって見た目が変わってくるはずだが、この妖怪に関しては全員が一致する特徴を挙げている」

「……特徴だと?」

「眼、だ。その妖怪を目撃した全ての者が翠玉(エメラルドのこと)の様に輝く眼を特徴に挙げている。その緑色の光は力強く神々しくさえある光で、まるで悪魔に魅入られたように見入ってしまうような眼なんだそうだ」

「……それで、『悪魔の翠眼』か……」

「ああ。その妖怪が何者かは知らないが、その強さも相まってそう呼ばれるようになったようだな」

 

 そこまで聞くと、将志は腕を組んで考え込んだ。

 

「……調査の必要があるか……?」

「目撃情報が少ないから難しいと思うがね? そもそも、全員が何かと見間違えている可能性もある。まあ、被害がそこまで大きいわけではないし、ここ数年間その被害も出ていない。どうしても暇なときでいいのではないか?」

 

 天魔の意見を聞くと、将志は少し考えて小さく頷いた。

 

「……そうだな。もし被害が大きいようなら俺の耳にも入っているはずだからな。で、『檻中の夜天』とは?」

「む? お前の槍の黒水晶だが?」

 

 将志の問いに天魔は何とはなしに答える。

 それを聞いて、将志は唖然とした表情を浮かべた。

 

「……何?」

「まるで銀の蔦の檻の中に曇りのない夜空が閉じ込められているような宝玉、と言う意味だ」

 

 天魔が名前の由来を言うと、将志は少し嬉しそうに微笑んだ。

 

「……大層な名前がついたものだ。まあ、悪い気はしないがな」

「まあ、そこまで傷一つなく見事な真球の黒水晶など滅多にないからな。それに、激しく打ち合っても砕けぬとなればなおさらだ。宝玉に見えても不思議ではあるまい」

「……そういうものか?」

「そういうものだ。さて、そろそろ戻らないとうちの大天狗共がうるさくなるな。帰らせてもらおう」

 

 天魔はそう言うと立ち上がった。

 そんな彼女に続くように将志も立ち上がり声をかける。

 

「……天魔、少しいいか?」

「む、何の用だ……!?」

 

 天魔が振り返った瞬間、将志はいきなり天魔をやや強引に抱きすくめた。

 あまりに突然の出来事に、天魔は眼を白黒させている。

 

「……やはり、綺麗な眼をしているな」

 

 そんな天魔の眼を見つめながら、将志はそう言って微笑みかけた。

 すると、天魔の頬が赤く染まった。

 

「っ、い、いきなり何の真似だ?」

「……ふっ、なに、少しばかりお前のその可愛い顔が見たくてな」

 

 天魔の問いに、将志はさらりとそう答える。

 その瞬間、天魔の顔の火が一気に全面に広がった。

 

「ば、馬鹿、いきなり何を言い出すのだ!? わ、私が可愛いなど世迷言を……」

「……ふふっ、そう言うところが可愛らしいよ、お前は」

 

 わたわたとする天魔の頬を、将志は指先で優しく撫でる。

 すると天魔の身体は一瞬ピクリと跳ね、ふるふると震え始めた。

 

「っ〜〜〜〜〜〜! ええい放せ、この女誑し!!」

「……それこそ断る。言ったはずだ、俺は覚えていろと」

 

 将志は胸を叩こうとする天魔の手を左手で掴み、動けないように強く抱きしめる。

 天魔はしばらく抵抗したが、動けないと分かると真っ赤な顔で将志を睨みつけた。

 

「た、ただの仕返しで抱きつくのか、貴様は!?」

「……おや、ただの仕返しなら俺はこうはしないぞ? それなら殴ったほうがずっと早い」

「じゃあ何故そうしない!?」

 

 将志の発言に、天魔はそう言って叫ぶように問いただした。

 それを聞いて、将志はため息混じりに笑みを浮かべた。

 

「……はっきり言わないと分からないか? これはお前に対する愛情表現だと」

「嘘をつけ! 単に私の反応を面白がってっ!?」

 

 一気にまくし立てる天魔の口を人差し指で塞ぎ、頬にキスをする。

 その瞬間天魔の時が止まり、一瞬の静寂が訪れた。

 

「……別に嘘は言っていないぞ? 確かにからかってはいるが、嫌いな相手に抱きついたりはしないし、好きでもない相手の頬に接吻などしない。お前に対して一定以上の好意はちゃんと持っているつもりだぞ?」

 

 将志は微笑を浮かべながら、天魔の口を塞いでいた人差し指をぺろりと舐めた。

 この一連の行為は完全に狙ってやっているものであり、どうすれば効率良く天魔をからかえるかを考えて計算されたものであった。

 

「あ、あう……」

 

 一方、天魔は将志の攻撃に耳まで紅く染めて沈黙し、俯いている。

 しばらくすると、天魔は深呼吸を始めた。

 

「……このっ!」

「んっ?」

 

 天魔は勢いよく顔を上げ、将志の口元にキスをした。

 不意を撃たれ、将志はなす術もなくそれを受ける。

 

「……ど、どうだ?」

 

 天魔は肩を上下させながら将志の反応を伺う。

 彼女にしてみれば、それは将志に対しての精一杯の仕返しであった。

 将志は天魔がキスをした部分を指でなぞった。

 

「……ああ。お前の好意、確かに受け取ったよ」

 

 そして、柔らかな笑みを浮かべて天魔にそう言い放った。

 その瞬間、天魔は金槌で打たれたかの様にガクッと項垂れた。

 

「っ……く〜〜〜〜〜っ! 馬鹿阿呆間抜け朴念仁の女誑し! 貴様本気で後ろから刺されて地獄に落ちろ!!」

 

 天魔は眼に涙を浮かべて怒鳴り散らすようにそう言うと、将志をがむしゃらに殴り始めた。

 

「……はっはっは、こうなると本当に可愛らしいな、天魔は」

 

 将志は天魔の攻撃を笑いながら避けていく。

 

「ええい、黙れ!!」 

 

 そんな将志を、天魔は腕を振り回しながら追いかけるのであった。

 結局、その追いかけっこは半刻ほど続き、将志がアグナに拉致されることで終わりを告げるのだった。

説明
銀の月の留守には、銀の槍の思惑があった。どうにも、これから来る訪問客が面倒を起こしそうだからである。
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コメント
…ん〜、天魔って他人をおちょくって遊びまくる割に、自分がされる側に回ると脆いと言う、実に物語を転がし易いキャラと言うか、作者さんとしても楽しく書けたであろう様子が想像出来ますな。…しかし、何気なく出てきた『悪魔の翠眼』が、あれほど重要な要素であろうとは、当時は露ほどにも…。(クラスター・ジャドウ)
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