黄金の翼と銀の空 終章 |
終章 朝焼けに包まれて
「おい、フレド!あの飛んでくるやつはなんだ?俺には飛竜に見えないんだが」
「飛んでくるって……あれは、飛竜のシルエットじゃないな。翼獣だと思う」
唐突にロイが走って来たかと思うと、木が空を隠さないところにまで連れ出され、空を飛ぶ何かしらを指で示された。
あれは間違いなく翼獣だ。飛竜とは翼の大きさや、全体的にずんぐりとした胴体の形から見分けることが出来る。しかし、恐らくは敵側のものだろうけども、翼獣を所有しているなんて少し妙に思える。なぜならば、翼獣は必ず山岳部、それもかなり高いところに住むものであり、ここから南の敵国には彼等が住むような高山部が存在しない。では、他国から輸入されたか、先の戦争で我が国から鹵獲したものしかあり得ないということになる。
だけど、果たして頭が良くて気難しい翼獣が、敵に騎乗されることを潔しとするだろうか。動物である以上、エサによって手懐けられてしまえばあり得るけど、それにもかなりの時間と、専門的な知識を要する。飛竜もそうだけど、ああいった大きくて賢い生き物は中々飼い慣らせるものじゃない。
「ちっ、こっちに有効な対空装備がないってわかってて、悠々と高高度を飛んでやがるぜ。竜騎兵の経験者が一人でもいりゃ、その飛竜を借りて行くんだけどな」
「マルスは結構な暴れ竜だから、ちょっと危ないけどね。……ね、フレド。もしかしてあの子、レッグじゃない?なんか飛び方がすごくそれっぽいけど」
「えっ?でも、レッグが独りでに飛んで来ることは……」
それ自体が可能なのは、朝の前例が物語っている。だけど、彼女は今、街に繋がれているはずだ。更に言えば、さすがに彼女でもこんなに遠く離れていて、見通しも利かない場所にいる僕を追って来れるはずもない。そんなことはないだろう。
「ほら!やっぱりレッグだよ。こんな奇麗な金の羽の翼獣、他にいないもん」
鳥と同じ翼で飛ぶ翼獣は、その羽を無数に撒き散らす。その一枚がアイリの手の中に落ちて来て、その色は……レッグのものだと考えるのが自然だった。柔らかく美しい光沢のある黄色。レグホーンの羽毛だ。
「僕を探しているのか……?」
どうやら、さっきから翼獣は上空を何度も旋回している。着地点を探しているのか、さもなくば誰かの姿を求めているのか――羽毛を手に取ってみて、どうやら後者であろうということが、確信めいた予想だった。
「ロイ、このまま真っ直ぐ上に飛ぶだけだから、飛竜に乗って良いかな」
「あれは、お前の翼獣なんだな?じゃあ、ほんの一瞬だけ飛んで、すぐ戻って来い。あの翼獣が目立ちまくってるんだから、絶対に相手は対空砲火の準備をしている。すぐにでも撃たれるぞ」
「わかった。気を付けるよ」
急上昇、急降下は赤飛竜、それも特に素早いマルスにとっては得意中の得意のことだ。たとえ大砲で狙われたとしても、振り切ってみせる自信はある。
「大丈夫、すぐに帰って来るよ」
マルスの背へと跨ると、アイリは心配そうに無言で僕を見つめた。その瞳は少し潤んでいる。
「うん……約束だよ。マルス、フレドを絶対、守ってね。あたしの分も」
少し大袈裟であるように思えてしまったけど、飛竜乗りの最期は本当に呆気ないもので、上空で撃ち抜かれてしまえば、まず間違いなく地面に叩き付けられて即死することになる。陸、海に続いて人が歩み出した空の世界とは、自身に翼を持たない人にとって、どこよりも死に近い領域だ。だからこそ、空を取ることには大きな意味がある。
手綱を引き、急上昇を指示する。大きくジャンプするように飛竜が地面を蹴り、翼で空気をかき分けてぐんぐん空へと舞い上がって行く。すぐに大木をも見下ろす高さに達し、その二倍も行けばそれは、上空を舞う翼獣と同じ高さだった。
地上から見ているとわからなかったけど、翼獣の背には二人の人が乗っていた。竜観光の影響で人に慣れているとはいえ、レッグが完全に他人だけを乗せるだなんて。少し不思議だったけど、そこにいるのが軍服の女性と、もう二人は男性。その内の一人はついさっき僕が出会った男性だと気付き、なんとなく合点が行った。
「リンジーさん!」
風の音の中でも聞こえるように大声を出す。空に慣れていない彼女はその声を聞き、どうやら普通の声の大きさで言葉を返したようだ。まるで音は伝わって来ないけど、彼女と、レッグが僕に気付いてくれたことはわかる。
もうこれ以上、危険な飛行を続ける必要もない。後はレッグ自身が最適な飛行で降りて来てくれることを信じて、マルスを急降下させることとした。
最速で地上に向かうように指示すると、飛竜はまるで木の葉が落ちていくように回転しながら、きりもみ状態で“落ちていく”ことになる。そして、地表が見えて来たところで大きく羽ばたき、美しく着地するのだった。このちょっとしたアクロバット飛行は、飛竜乗りの必須訓練の中に含まれている。これで気分が悪くなったり、目を回してしまったりする訳にはいかない。
「フレド、よかった……」
「ただいま。やっぱりレッグと、リンジーさんだった。――ロイ、伝令っていうのは、海軍の人?制服がそうだったみたいだけど」
「ん?いや、当然、陸軍だぞ。子どもの拉致の問題に関わっているのは陸軍だけだからな」
「ああ、じゃあ、道中で服が汚れたりしたから、着替えさせられていたのかな。二十歳そこそこの金髪の男性だったよ」
「恐らくはそれだな。身だしなみに気を遣うとは、海軍らしいな」
ロイもまた、海軍のことはあまり快く思っていないようだ。どちらかといえば海軍と親しい僕には複雑だけど、今はそんなことを言っている場合でもない。静かにレッグが降り立ったので、それに乗っていた人達を出迎えにかかった。
「よう、ここの色男の相棒に乗って、海軍のお偉いさんを連れて来るとはな」
「曹長。必要な連絡は全て済ませ、自分はどうしても、と望まれたこちらのフィッシャー中尉をここに案内するため、この翼獣に同乗しておりました。しかし、上空からは中々味方側の位置を掴めず、お手数をおかけしました。本当に申し訳ありません」
伝令を買って出た勇敢な青年兵は、僕に向けて頭を下げた。民間人である僕にここまで丁寧に応対してくれるだなんて、妙な居心地悪さを感じてしまう。
「リンジーさん。ダードリーの街に戻って来ていたんだね」
「……どこかの誰かが、問題を起こしたという連絡が入りましたから。フレドさん、あなたはどうしてこうも危険なことに関わられるのですか。私は以前、私や父が戦いに巻き込まれるのは仕方がなくても、あなたにはどうか安全なところで生きて欲しい、という旨のことを話したつもりですよ」
「そ、それはそうだけども、仕方なく、と言いますか」
明らかにリンジーさんは不機嫌だ。少し恐縮してしまう。いや、不機嫌というより、気が張っているのだろうか。彼女にとってもこういった実戦とは、久し振りのことなはずだ。お父上を亡くした苦い思い出がつい最近のものとしてあるとしても。
「ビートン曹長。とりあえず、カムデン氏の護衛のため、私指揮下の海軍一個小隊を付けております。それから、陸海軍を合わせて百名ほどをこちらに向かわせていますから、数時間の内に到着することでしょう。その後、敵側からは何か?」
「いえ、何もありません。奇妙な話ですよ。未だに金の要求すらない。内部分裂でもしてるんでしょうかね」
「では、今は刺激せずに待つことが先決ですね。部隊が到着しても動きがなければ、突入も視野に入れますが」
「……そうですね。自分としては、今すぐにでも斥候を放ちたいところですが、やはり刺激するのは危険でしょう。中尉のご指示に従います」
さすがのロイも、上官には敬語なのか。なんとなく関心してしまった。
「それにしても、よくカブレイン氏のことがわかりましたね。陸軍の外には漏らさないようにしていたのですが」
「伝令の彼がうっかり秘密を漏らしてしまった訳ではありません。むしろ、彼は堅物過ぎるぐらいでしたよ。私がカムデン氏と、そのご子息の危機について知っていたのは、他でもない、彼から話を聞いていたからです。私の身の回りの世話をしてくださり、先ほど起きた攻防戦においては真っ先に負傷するほど果敢に戦った兵士。ディーン・カムデンこそが氏の長男なのですから」
リンジーさんは、僕達が街まで護送した若年兵に顔を向ける。同時にロイも注目したものだから、表情に困ったのだろう。曖昧な笑顔のようなものを見せて、とりあえずの愛想を示していた。
こうしてきちんとした意識がある姿を見ると、人懐っこそうな好青年のようだ。リンジーさんのお世話をするということは、従兵なのだろうか。兵士特有の野暮ったさが少ない彼には向いている役職に思える。
「海軍にご子息がいるとは聞いていましたが、なるほど。そこで海軍との共同戦線が開かれた訳ですか。我が陸軍の生還兵は、その辺りの事情をよく理解していなかったようで」
「無論、それだけではなく、私は軍として当然のことをしているつもりで兵を出す決定を下しましたが……。一因としては大きなものでしょう」
それから二人は、より専門的な兵の運用や、指揮の話に移っていった。その内容は複雑にして知的で、あの感覚的に生きているようなロイがする話とは思えなかったけど、それは僕が見くびり過ぎていた、というものか。僕とアイリの二人は少し距離を取り、さっきまでと同じように待機を続けることにした。ただし、新たにやって来た翼獣のことは無視出来ない。
「もう、怪我は大丈夫ですか」
負傷した兵士に声をかける。あの怪我は決してすぐに動ける類のものではなかっただろうけど、彼は手を挙げて応えてくれた。
「はい。あなた方は恩人です。しかも、中尉のご友人だったなんて」
「目には見えない縁がそうさせたのでしょう。ご無事で何よりです」
「それにしても、この翼獣は素晴らしいですね。我々の内に乗りこなせる者はいませんでしたが、方向を示すだけで驚くほど賢く、僕達をここまで導いてくれました。他の翼獣もそういうものなのですか?」
「どうでしょう……。僕が知るのは彼女だけです。一般に、翼獣の知能は飛竜のそれの二、三倍はあるとされますが」
「なんと。飛竜ですら頭の良い動物というのに、それではまるで人と同じぐらいの賢さなのでしょうね」
兵士は馬から降りる要領のつもりだったのだろうか。不格好にレッグから降りると、輝く瞳で彼女の体を、それから顔を見つめた。僕が初めて彼女に出会った時、ひいては初めて飛竜に乗った時のような反応だ。思わず、微笑ましい気持ちで見てしまう。
「人、かぁ。確かに、そうかもしれないよね。今朝もさ、フレドのことが恋しくて飛んで来たんじゃないのかなー」
「恋しくて?……もしそうなら、これほど主人冥利に尽きることもないな。ありがとう、レッグ」
「レッグも女の子だし、あたしの立派な恋敵だね。妬けるねぇ、このっ、このっ」
「アイリ。もう、リンジーさんの次の標的はレッグなの?」
「あはは。だって、レッグの方があたしより長くフレドと一緒にいるでしょ?強敵だよー、彼女は」
僕とアイリが笑い合う傍ら、負傷兵――ディーンさんは、今のやりとりで僕等の間柄を察したようだ。薄い笑みを見せながらも、少し気まずそうにしている。さすがに人前でノロケ過ぎたか。いや、そもそも一触即発の場で不謹慎だ。
だけど、アイリが暗い表情でいるよりは、空気を読まないぐらい明るくいてくれる方が僕は幸せだった。また、命のやりとりが交わされる場でも笑顔でいられる強さは、彼女が僕の傍にいてくれるという決意が言葉だけのものではない。確かな強さを持ったものだということの証明に思える。疑ってはいなかったけども、彼女は本当に気丈で素直だ。
それから、士官達の会議は伝令やディーンさんを含めた大規模なものへと育っていった。さすがに僕等が口を挟んだり、あまり込み入ったところまで聞いたりする余裕はなくなったので、部外者は部外者らしく、二頭の空を翔ける生き物の世話に専念することとなった。
ちなみに、マルスはその雄々しい名の通り、雄の飛竜だ。更に実は結構な年配で、飛竜の寿命が長いとはいえ毎日の飛行はそろそろ厳しくなって来るかもしれない。レッグについては――どうだろう。まだまだ働き盛りな気はするが、彼女は野生のものを捕まえて騎竜にしたのだし、その見た目からは年齢はもちろん、性別の特定だって出来ていない。彼女と呼んでいるのも、もしかすると間違いかもしれないのだ。……だとしたら、すごく悪いことをしているな。
エサは携帯していないけど、手で羽毛をさすってやると、気持ち良さそうに目を細める。翼獣はワシやタカのような声を出すが、今は静かにするべき時だと察したのだろう。無言で親愛の情を示してくれる。本当に、僕ですら驚かされるほど利口な子だ。同じく賢い動物と言えば馬が挙げられるが、彼等が人に変身するという故事があるのだから、翼獣が化身してもおかしくはないだろう。そんな気持ちにすらなってしまう。
「なんか、大きく動きそうだね」
「そうだね……。誰もそれを望んでいるはずないのに、戦いが起きてしまう」
「この事件も、大戦の時に起きていたら、日常の一つだ、なんて捉えられてしまったのかな。そしたら、ここまで多くの人や、大きな人が関わることもなく、一人の子どもの命や、莫大なお金が不当に奪われてしまってたのかも。……色々と、戦後ならではこそ起きたことなんだね」
この小さな種火が、再び戦の業火にまで成長することは考えられない。そして、考えたくはない。だけど、僕は心地良いアイリの声を聞きながら、それでも恐ろしげな響きを持ったその“戦後を生きる人”の言葉に、戦慄を感じたのだろう。
気付けば僕はレッグに体を預け、呆けたように空を見上げていた。かつて僕が飛び、かつて僕が見上げて空への希望を高めた空を。
今日の空は、次第に曇っていくようだ。僕や、この国自身の未来のそれを重ね合わせるのは、行き過ぎた悲観ではないように思える。
「フレド、おはよー」
「おはよう、アイリ。今日は良い天気だね」
「秋晴れってやつだね。でも、そろそろうっとうしくなって来るんだって。風が強くて斜めに降ると、フード被ってても濡れちゃうから嫌だなぁ」
「体には気を付けてね、本当。僕はそういう天気なら休業にするけど」
「うへぇ、さすが、自営業の人は余裕が違いますよ。あたしは毎日、死ぬ気で働いて、それはそれは身も心もボロボロになってるのに、お給料はちょっと本を買い過ぎたらもうなくなるぐらいなんだから。その分、しっかり稼いでよ、フレド」
「いやいや、だから僕もそんなに変わらないって。むしろ少ない月の方が多いと思う」
「はぁ……いつになったら結婚出来るのかな、あたし達。――貧乏はどんな悪よりも憎むべき敵だー!あたしは、労働者賃金の引き上げを断固主張する!」
「まあまあ。皆必死に豊かな国を作ろうとしている時なんだから。それに、アイリは仕事の上で、お金をもらってるだけじゃないんでしょ?」
「まーねー。運んでいるのは手紙だけど、それを受け取る人は生身で、本気で喜んだり、悲しんだり、時には怒ったり。そういった心をちょっとだけお裾分けしてもらって、ついでに結婚式の招待状なんか配達した日には、なんか嫉妬しちゃって……!あーもう、心だけじゃお腹は膨れないし、式は挙げられないんだよ!ドレスも着れないし、フレドと一緒に暮らせもしない!」
「ア、アイリ。どうか落ち着いて」
季節は夏から秋へと移り、高高度の飛行には寒さが増して来た。
アイリは早速、毛皮のコートを制服の上から重ねるようになり、僕は僕で内にもう一枚、ベストを着込む必要性が出て来た。
夏の一日のあの事件について、一応の説明は必要だろう。だけども、最後はあまりにも呆気なかった。あれだけの人が動き、様々な思惑が交錯し、その中で僕はアイリとより親密になれた気がするけど、あの事件は表沙汰にはならなかった。だからといって、何の影響も人々に与えなかったのではなく、民間には知れ渡らなかったというだけのことだ。軍部にその情報は駆け巡り、その結果、晴れて僕もアイリも空へと戻ることが出来た。
いくつもの謎がある事件だったが、その内で大きなウェイトを占めるであろう、どうして身代金の請求が遅れた――いや、最終的には行われなかったのかという謎。あれには僕も関わっていたので、特別な説明が必要となる。
あれには内部分裂などは関係しておらず、より人間的な感情の問題が原因としてあった。つまり、空を都合二度、横切ることとなった飛行動物の存在である。つまり最初に僕とアイリが乗って来た赤飛竜マルス。次にリンジーさん達を乗せ、自発的に飛来した翼獣レグホーン。それぞれがアイリ、そして僕の空の相棒を務める生き物だが、あれが相手方の感情を大きく揺さぶった。
つまり、こちらの持つ機動力の問題だ。相手が二頭もの騎竜を持つと知ってしまった彼等は、途端に臆病風を吹かせることとなってしまった。首尾よく全ての取引が終わった後、逃げる自分達を空から捕捉、襲撃されると考えたのだった。そして、それは十二分に可能なことだった。マルスは僕が乗るとして、レッグは兵士を乗せて独力で飛ぶことが出来る。そして相手に対空装備がなければ――後は蹂躙されるだけの戦いとなるだろう。
また、相手が拉致を速やかに行えなかった理由として、やはり伝達の不十分があった。わが国を脅かせた“飛竜狩り”の部隊と、拉致のために動いていた部隊は、元々は同じ志の元に集った軍の残党によって構成されていたが、完全に統率が取れていたかと言えば、そのようなことはない。そもそも団結する必要がなかったのかもしれないが、飛竜狩りが拉致組の行動に支障を来たしていたのは、先の通りである。
しかも、目的を同じとする部隊中でも、次々と位置を移す子どもの捜索の中で分離が起き、ついに襲撃するに至った時には、部隊は三分されていて、その内の一つのみが事に当たった。そのために、外部からは不可解としか思えない作戦を展開することとなってしまった。元々は優秀な参謀もいたのだろうが、きちんと練られていた作戦だったからこそ、崩れる時には見るも無残なものとなったのだろう。
長い時間が経った後、ついに武力衝突が起ころうとした。陸軍は元から数頭の馬を持っていて、更に増援が追加で何頭もの軍馬を連れて来たため、強襲に勝算あり、と判断されたのだった。
その判断の場には、駆け付けた退役軍人であるカムデン氏もいて、かつての名将である彼は「正義」と「戦が終わったことを敵国の若人にも知らせるため」に、己が息子を危険にさらしかねない作戦の遂行を明確に命令した。リンジーさんには思うところがあったようだが、当然のように従い、ロイは心からその命を受け入れたようだった。
そして、先発の者が敵軍と激突する。その直前になって人質の解放が行われた。もちろん、当初は罠かと当惑し、本人かの確認が父自らの目によって行われたが、間違いなく本物であると判明。武器を捨てた敵兵は大人しく捕縛され、一連の事件は収束を迎えた。
この全面降伏には、もちろん理由がある。いつまで経っても別働隊や、飛竜狩りを行っていた部隊との連絡が付かない。これは尋常ならざる事態と判断して、敵方は街へと馬を送ったところ、海軍の手によって航空界隈を騒がせていた賊が捕らえられ、彼等が他にもこの国で暗躍している者がいる、と自白したことから連鎖的に賊は全滅。残されたのが、あの林にいた部隊のみとなった訳だ。
もちろん、人質を抱えているというのは、状況としては悪くない。それを活かす方法はあったのだろうが、そこでもこちらに機動部隊(に見える二頭の航空勢力)がいたのがガンとなったのだろう。下手に抵抗して討ち取られるよりは、静かに刑死することを望んだのだろう。
――最も、賊の多くは重罪に問われたものの、処刑される者は出なかった。
戦が終わった今の時代に、更に殺人を重ねる必要はない、というのが軍部――正確にはカムデン氏の意見で、彼の影響を少なからず受けている現役軍人も、その言葉に大きな声で異議を申し立てはしなかった。ただ、終始リンジーさんの表情が険しかったのは、カムデン氏と大佐に何かしらの因縁があったからなのだろう、と考えることが出来る。
また、もう一人この結果に良い顔をしなかった女性がいる。言うまでもなく、アイリのことだ。
彼女と同業者。あるいは同じ局に勤めていた郵便配達人もかもしれない。幾人かの人々の命は確実に失われていて、結局はロイの同僚や二名の海兵も物言わぬ姿での発見となった。しかし、ロイはこの事実を特別のこととは受け取らなかったようだ。
秋が過ぎれば冬が来て、また一年が経つ。終戦から四年となっても、やはり僕は何かをきっかけにあの頃のことを思い出し、表情を曇らせてしまうことだろう。それは、僕等の世代が背負う宿命なのではないかと思う。
だけど、それでも僕の隣にいることを望み、支えてくれる人がいる。僕は今日の日も彼女の笑顔に救われ、空へと飛び立つ。何が起こるかわからない、だからこそ飛んでみたくなる先の見えない空へと。
「じゃね、フレド。お仕事頑張って」
「うん、アイリも気を付けて。また、夕方にね」
彼女に別れを告げ、胸いっぱいに朝の空気を吸い込む。身も心も引き締まる思いがして、今日も一日頑張れそうな気がした。
終わり
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これで終わりになります。ありがとうございました | ||
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