仮面ライダーディケイド第X話〜クインテットの世界〜 |
窓の向こうは、見たことがあるようで、全く見たことがない不思議な街だった。
写真館のスクリーンには、五人組のクラシック楽団が描かれている。
それぞれピアノ、チェロ、バイオリン、クラリネット、そしてトランペット。
「楽団…?ここはライダーの世界ではないんでしょうか?」
「キバの世界とも響鬼の世界とも違うみたいだし」
夏海とユウスケはその絵の前で顔をしかめながら腕組みをしている。
9つの世界…全てのライダーの世界を廻る旅は終わった筈だった。
だが世界はまたも変化し、彼らを…士を弄び続けた。
今回は一体どのライダーの世界なのか…。
と、二人の背後の扉が勢いよく開かれ、士が姿を現した。
士は黒が冴え渡るディレクタースーツを身に纏い、革靴を鳴らして二人の前に歩を進める。
「士くん、今度は何です?その格好」
見慣れぬフォーマルな服装を目を丸くして見つめる夏海。
「見て解らないか?夏みかん」
士は溜息を吐きながら、手に持っていた細長いケースを開けた。
そこには一本の指揮棒。
それを手に取ると、スクリーンの中の“クインテット”を指し示した。
「俺は、大体解った」
***
「大変だぁあああ!!!」
スタジオの中に、焦燥感たっぷりの切なげな叫び声がこだまする。
次の瞬間、控え室からは何かが盛大にひっくり返されるような音が断続的に聞こえ始めた。
稽古場にいたスコア、アリア、そしてフラットは、何事かと控え室に次々に駆け込んできた。
三人が目にしたのは、控え室中をひっくり返して何かを探し回るシャープの姿だった。
「ない!ない!なーい!!」
がっしゃがっしゃとまるでブルドーザーが暴走しているかのように辺り構わず散らかしていくシャープを、三人は慌てて止めにかかる。
「ちょちょちょっとシャープくん!?やめてください!!」
「少し落ち着きなさい」
スコアとアリアが言い聞かせても、慌てふためくシャープには聞こえていないようだ。
そこでフラットが強引にシャープにしがみつき、その動きを止めると、無理矢理顔を上げさせて問い質した。
「ちょっとシャープくん、何を騒いでんの?」
シャープは今にも泣き出しそうな声で叫び返した。
「無いんです!!」
「何が?」
「見つからないんです!!」
「だから何が?」
「僕のトランペットですっ!!!」
「えぇぇーーーッ!?」
シャープ曰く、自分の商売道具であるトランペットが忽然と消えてしまったのだと言う。
音もなく、何者かの気配も感じられず。
「どこかに置いてきたってことは?」
「ありませんっ!」
「そもそもぉ、家に忘れてきたってことは?」
「ありませんってば!」
「本当に、部屋のどこにもないんでしょうか」
「もう全部探しました!どこにもないんですっ!」
にわかには信じがたい事実にいぶかしむメンバーに憤りながらも、シャープは控え室の中を立ち回って当時の状況を再現する。
「ここへきて、リュックを置いて、トランペットはケースごとテーブルに置いたんです。
それでちょっとお茶を淹れようかなって思って向こうに行って戻ってきたら…」
「なかったのね?」
「はい…」
最早焦って暴れだす気力も失せた、とシャープは肩を落として俯く。
他の三名はどうしたものかと黙ってそれを見つめる他なかった。
傍らのフラットが、シャープの肩を撫でながら言葉を捜しつつ慰める。
「きっとその内出てきます。だから元気出して、ね、シャープくん」
「その内っていつですか!今日の演奏はどうしたらいいんですか!!」
「えーと、それは…今日は予備のものを借りましょう?アキラさんなら多分用意してくれます」
「僕は僕の楽器じゃないと駄目なんですっ!」
フラットの慰めは逆効果だったようで、シャープは怒りながら控え室を飛び出してしまった。
どうしましょう、と目線で訴えかけるフラットに、アリアは溜息を吐く。
スコアはシャープの出て行った扉を見遣り髭を撫でながら、呟いた。
「とりあえず今日のステージをどうするか、アキラさんに相談するとしましょう。
あとは…手分けして他の部屋も見てみないといけないね」
***
胸にはいつものカメラ、手にはタクトケースを携え、士はあるビルの前にやってきた。
バイクから降り、下から見上げるようにしてビルを観察する。
街の掲示板で見たポスターが正しければ、ここが“夕方五重奏団”のスタジオ兼ステージで間違いない筈だ。
この世界での士は、どうやらその楽団の指揮者であるらしい。
ケースの中に折り畳んで仕舞われていた楽譜は“トランペット吹きの休日”。
「この楽団でこの曲を指揮することが、俺のこの世界での役割、か」
士がビルの入り口に近づこうとした瞬間、勢いよくそこから飛び出してきた人影があった。
特徴的なツートンカラーの髪の青年、その姿をポスターの記憶と照らし合わせると、士は駆け寄って青年を呼び止めた。
「おい、お前」
「はい?」
顔色の優れない青年は、突然呼び止められて体勢を崩しそうになるのを堪えて振り返った。
士はその肩に手を置いてじっと目を見る。
「お前、そこの楽団のメンバーだな?」
「そ、そうですけど…」
見知らぬ男に凄まれ、青年は困惑の色を隠せない。
しかしそんな青年の気持ちなど考えず、士は話を進めた。
「俺は今日から“夕方五重奏団”の指揮者になった。ま、宜しく頼む」
「ええっ!?」
青年は驚きの声を上げると、士の姿をまじまじと見つめ始める。
歳は自分と変わらない、下手をしたら年下にも見える士に、青年は不信感をあからさまに表す。
「でもそんなこと、アキラさんから何にも聞いてませんけど…」
「聞いていようがいまいが、この世界がそう決めたんだから仕方がない」
「そんなの、ちゃんとした理由じゃないじゃないですか」
事情を知らない人間には大雑把過ぎる説明をする士を突っ撥ねて、青年はそこを立ち去ろうとする。
だが士はその腕を掴んで更に引き止めた。
「おい、どこへ行く」
「どこだっていいじゃないですか、しつこいなあもう」
「お前がいなくなったら、今日のステージはどうするんだ」
青年はその手を乱暴に振り解くと、大きく息を吐き出してから呟いた。
「…今日はちゃんとステージができるかどうかわからないし…」
「どういうことだ」
士が問うと、青年は嫌そうな顔を一瞬見せたが、俯いたままで言葉を続けた。
「僕のトランペットが、無くなっちゃって」
「無くなった?」
「ずっと一緒に練習してきたあのトランペットじゃないと、僕、演奏できないし…」
そんな弱音を訥々と語る青年。
どうやら演奏家としてはまだまだ若いようだ、と士は呆れ顔で青年を見た。
手癖で胸元のカメラのファインダーを開け、その姿をフィルムに写しとってみる。
「青年クン、君の探し物はこれかい?」
ここで不意に、士には馴染みのある声が背後から近づいてくる。
振り返ると、そこには黒いトランペットケースを手にした海東が不敵な笑顔で微笑んでいた。
「やあ士。似合ってるね、その格好」
海東は指先で作った銃を士に向け、「バン」と撃つ仕草をしてみせる。
と、その手の中のもの見た青年は、海東の手元に指を差して大声で叫んだ。
「あーーっ!!それ!!僕のトランペットーっ!!」
それを聞いた士は、フン、と鼻を鳴らして海東を睨む。
「海東…相も変わらず泥棒か」
お決まりの挨拶は最早聞き飽きたとばかりに海東は笑うと、士と、今度は青年に向かってもう一度指鉄砲で狙いを定める。
「士、悪いけど、この世界のお宝も僕が頂くよ」
そして海東は素早く踵を返して走り去り、まるで手品か何かのように、二人の前から姿を消してしまった。
「ちょ、ちょっと!僕のトランペット!!返してくださいーー!!」
「おい待て海東!!」
窃盗の主犯を獲り逃した青年は、頭を抱えてしゃがみこんでしまった。
「ああぁー…どうしよう、僕のトランペット…」
「さて、お前にとっては状況が変わったな」
士は困り果てる青年を一瞥すると、
「俺なら、アイツからお前のトランペットを取り返すことができる。どうだ?」
そう言って手を差し出す。
青年は暫くの沈黙の後、その手を取って立ち上がると、士をスタジオの中に招き入れたのだった。
***
稽古場に、バタバタと音階の違う足音が集ってくる。
「スコアさん、そっちはどうでした?」
「いや、ないねぇ。見つかりませんでした」
「こっちも全然。はぁ、シャープくん、ガッカリするでしょうねぇ…」
スタジオの中をスミからスミまで探し回った三人だったが、結局シャープのトランペットは見つからず終いだった。
アキラは一応予備のトランペットの用意はしていたが、とりあえず今日のステージの曲目は変更をしようと考えていた。
トランペットが無くても、シャープがパーカッションのみを担当する曲を宛がえば、とりあえずの体裁は保てる。
アキラの提案を、三人は了承した。
あとはシャープが帰ってくれば、今日のステージを始められる。
「困るな、俺に断りも無く曲を変えてもらっちゃ」
そこに突然聞いたことの無い足音がずかずかと踏み込んでくる。
少し遅れて、馴染みの足音も。
乱暴な足音は呆気に取られているメンバーの目の前で止まると、今度は真上の眼がじろじろとメンバーを睨みつけた。
「これでメンバーは全員か?」
「ええ」
男の背後から顔を出したシャープに、四人は何からどう問えばいいのかと二人の顔を交互に見遣る。
フラットがようやくシャープに向かって質問らしい質問を投げかけた。
「だ、だあれ?その人」
「今日からここの指揮者になる、士さんっていう人…らしいです」
「ええーっ!?指揮者ーっ!?」
シャープが傍らの「謎の男」を紹介すると、フラットはひっくり返りそうになって驚き、他の皆も一様にざわめいた。
フラットはアキラの元に視線を送るが、アキラも首を横に振って「知らない」とアピールをする。
士はアキラの姿を認めると、その傍に歩み寄って顔を近づけた。
「アンタがコンマスか」
質問に黙って頷くアキラ。士は言葉を続ける。
「大体のことは解ってる。俺に指揮をさせろ。曲目を変えずにだ」
その言葉に対しては、頷くことも首を振ることもせずにじっと士を見つめていた。
士はアキラのピアノの譜面台から譜面を奪うと、それを示してもう一度言い放つ。
「今日の演目は“トランペット吹きの休日”だろう?
俺はそれを指揮する為に来たんだ。それが俺の役割だからな」
あくまで自分の意思を曲げようとしない、強引で強情な“新たな仲間”に、明らかにメンバーは苛立っていた。
中でも短気なアリアは、今にも食って掛かりそうな表情でスコアに耳打ちする。
「なんなのアイツ!すっごいエラそう!私、ああいう男ってキライ!」
「落ち着きましょうアリアさん。今時の若い人は、みんなああです」
「スコアさん?それ、私が若くないって言いたいんですか…?」
険悪な雰囲気の中で、少し肩をちぢこめて、シャープが口を開いた。
「あのー皆さん、士さんのいうこと、今だけ聞いてもらってもいいですか?」
「何言ってるのシャープくん!」
士を肯定するような発言に、まずはアリアが怒声を上げる。
いつもならばここで萎縮するシャープだったが、今日は違った。
折れずに懇願するが如く前に出て、改めて皆に士の“役割”を果たさせて欲しいと懇願する。
「みんな、お願いします。士さんが“トランペット吹きの休日”の指揮をしなければ、色々とまずいことになるそうなんです。
それに、僕のトランペットを取り返すことができるのは…士さんだけかもしれなくて…」
「ど、どういうことなの?ねえシャープくん、解るように説明してくれない?」
「僕にもこれしか言えません、というか、士さんがこれ以上は話してくれなくて…」
フラットに迫られて、困ったように士を見遣るシャープ。
しかし士は相変わらずの仏頂面で目配せをするばかりだった。
停滞する議論。
そこに一石を投じたのはスコアの一言だった。
「士くん、と言ったかな?」
「ああ」
「君は、指揮がしたいんだね?それも“トランペット吹きの休日”の、だ」
「その通りだ」
「それなら、今ここでおやんなさい。別に、ステージにこだわる必要はないでしょう」
スコアが示した打開策は、今この稽古場で皆で演奏をし、士が指揮を執るという折衷案だった。
これならば士は指揮が出来、楽団はステージで別の曲を演ればいい。
スコアはメンバーの意思確認をする。反対する者はいない。
士にスコアの同意を求める視線が向けられる。
これで役割を終えることになるのかどうかは解らない。だが前に進まないよりはマシだと、士は頷いた。
「結構結構。じゃ、シャープくんも、予備のトランペットは用意しましたから、とりあえずそれを使ってください。士くんの願いさえ聞き入れれば、キミのトランペットも戻ってくるんでしょう?」
「…多分」
シャープは士をチラリと見遣る。士は「わかってる」とだけ呟いた。
話が纏まったとみると、アキラは少し埃を被ったトランペットケースをシャープに手渡す。
「随分と古そうですけど…使えるんですかぁこれ」
懐疑的なシャープの言葉に、アキラはOKサインを指で作って答える。
それを信用することにしたシャープは、軽く埃を払ってケースを開けた。
中に収められているトランペットを見たシャープは、首を傾げてそれを取り出した。
「随分と変わったトランペットだなあ…」
その様子を目にした士は、思わず身を乗り出してそのトランペットを凝視する。
「音撃管…!」
士は即座にそれが何であるかを見抜いた。
間違いなく、これは“響鬼の世界”の武器の一つ、音撃管・烈風だ。
嫌な予感が士の胸をざわめかせる。
「このトランペット、どこで手に入れた」
コンマスである眼鏡のピアニスト、アキラに凄む士。
アキラは少し驚いた素振りを見せたが、冷静にジェスチュアで返答する。
「馴染みの楽器店だったところが…写真館に…?そこで借りてきた…!?」
事態を把握した士は、慌てて携帯を取り出し連絡をする。
電話が繋がると、通話先の電話の持ち主である夏海が喋るよりも先に士が捲くし立てる。
「夏みかん!先刻、眼鏡を掛けた男がそこへ行かなかったか!?」
『えっ?な、何です急に!』
「だから!眼鏡の男だ!そこへきて、そしてトランペットを持っていっただろう!」
様子を察したか、電話の向こう側の声が栄次郎に変わる。
『ああ、士くんかい?もしかしてトランペットの事かな?』
「そうだ!そのトランペット、どこで手に入れ、どうやって渡した!?何故写真館にこれがあった!?」
『落ち着いてくれ士くん。私にも解らないんだよ、それがどうしてウチにあったのか』
「何?」
『ウチを楽器屋だと思い込んできたお客さんがきてねえ。トランペットはないかって、凄く困ってる様子で…。僕も力になりたかったんだけど一回はお断りしたんだ。だけどせめて一回探してみて欲しいって言われてねえ…。それで夏海と一緒に撮影用の小道具置き場を探したら、なんと出てきたんだよ!トランペットが!』
そこまで聞くと、士は電話を切って苦々しく歯軋りをした。
知らない間に、写真館にあった音撃管。
ライダーの世界ではないこの世界に、ライダーの武器が存在している。
世界が融合し、破壊されようとしている……その事実を改めて目の前に突きつけられた士は、小さな声で「クソッ」とごちて頭を掻き毟った。
スタジオの外、稽古場のあるフロアを見つめて、一人の男が佇んでいた。
「あの青年が音撃管を手に入れようとしている…この世界にあってはならない音撃管を!
おのれディケイド!この世界もお前によって破壊されてしまった!!」
帽子を目深に被った男、鳴滝は、忌々しさをこれでもかと表情に乗せて呪詛の言葉を吐く。
確かに世界は一層不安定さを増していた。
越えてはならない壁を越えてしまった士。存在する筈のない音撃管。
ただ音楽を愛していただけの平穏な街には、確実に何らかの歪を生じ始めていた。
***
「ちょ、ちょっとちょっと士さん!」
「なんだ!!」
あの後シャープから音撃管をひったくってケースに収め、目にも留まらぬ速さで稽古場を、ビルを出た士。
居た堪れなくなって士を追ってきたシャープは、バイクに跨る士に追い縋って引き止めようとする。
「どこ行くんですか!折角みんなが演奏してくれようとしたのに!」
「状況が変わった!悪いほうにな!」
キーを回し、エンジンを吹かして発信しようとしても尚、シャープはその手を車体から放さない。
士は舌打ちをすると、ヘルメットをもう一つ取り出すと、シャープの頭に乱暴に被せる。
「乗るなら早くしろ!後、これを持ってろ、絶対に離すなよ!」
音撃管の入ったケースを渡されたシャープは、メットの位置を直すとすぐにタンデムシートに跨った。
士は既に感じていた。
この音撃管が呼び寄せた良くないモノの気配を。
(この世界も、俺が破壊したっていうのか…)
自分の腰に捕まる青年も、自分や海東ががこの世界に来なければ…。
そこまで考えて、士はそれ以上を考えるのを止めた。
兎に角はこの世界に連れてきてしまった災いを振り払わねばならない。
大きな橋に差し掛かったところで、バイクの前輪擦れ擦れの場所に火花が散った。
士はバイクを横に払って回避する。シャープは急停車したバイクから、堪えきれずに転げ落ちてしまう。
「シャープ!」
士はケースを抱えたままごろごろと転がったシャープに駆け寄ると、メットを外して頬を叩いた。
「おい、大丈夫か」
その呼びかけに、シャープは「痛ぅ…」と呟きながらも力強く
「大丈夫ですっ」
と頷いた。
「お前はここに居ろ」
士は周囲に注意を払う。すると、橋の下で何かが蠢く感覚。
だが次の瞬間には、何か大きな手に薙ぎ払われ、士の体はは宙を舞って橋の下の河川敷へと転落してしまう。
「士さん!!!」
シャープは慌てて橋を戻り、土手を滑り落ちて、泥だらけになりながら士の元へと走る。
すると、そこに、見たことも無い、不思議な青い影の背中が立ちはだかった。
「遅いよ、士!」
その声にシャープの肩が跳ねる。
間違いない、あの時、自分のトランペットを奪った、あの男!
「つっ、つかっ、士さん!!コイツ、コイツ!!」
カラッカラの口と喉をどうにか奮い立たせて、眼前の士を呼ぶシャープ。
士はようやく起き上がると、尻餅をつくシャープと自分を隔てるように立つディエンドを見遣った。
その眼差しに、ディエンドは「違う違う」と川の方を指差した。
「僕らが倒さなくちゃならないのは、あっちだよ」
彼方を見るまでも無く、どんどん迫ってくる足音と咆哮。
覚悟を決めて振り向くと、川を荒海の如く波打たせて此方へ向かってくる一頭の巨大な獣が視界狭しと飛び込んできた。
体は薄汚れた白と緑の体毛で覆われている。一見巨大な犬の用な風体だが、口元から覗く牙の鋭さはどう考えても人間に懐きそうにない。
「フン、どうやらあれは魔化魍だ。彼が持ってるアレと何か関係あるのかな?」
「ゴチャゴチャ煩いこそ泥だ。アレを倒す方が先だろう」
「君のそういう言い方、実はキライじゃないよ、士」
ディエンドが先に敵の方へと走り出す。
ディエンドライバーにカードがスラッシュされ、轟鬼と斬鬼が現界する。
士もディケイドライバーを取り出すと、裏面のカードを抜き、その腰にセットした。
この世界では誰も見たことがないそのベルトは、これから彼の身に変化を起こそうと唸っている。
腰が抜けたか、一歩も動けずにへたり込むシャープには、一連の二人の挙動がTVの中かはたまた夢の中の出来事のようにしか思えなかった。
しかしこの擦り傷の痛みも衣服に沁みてくる泥水の冷たさも全部本物だ。
震える声で、シャープは士に問う。
「士さん…あなた一体?」
士はニヤリと笑い、カードをドライバーにセットした。
「通りすがりの…仮面ライダーだ!」
『KAMEN RIDE!D・D・D…DACADE!!』
士の周りにオーロラのカーテンが現れ、様々な戦士の影が浮かんでは消える。
それらが一つになり士を覆い、その額に突き刺さるようにして10の赤い光が飛び込んでいく。
幻想的な風景の後、そこに立っていたのは、一人の赤い戦士“ディケイド”だった。
***
「あれは…」
「魔化魍じゃないでしょうか?」
やがてアキラから連絡を受けたユウスケと夏海、そしてシャープを追ってきたスコアとアリア、フラットも姿を見せた。
巨大な怪物と戦うディケイドとディエンドの姿を認めると、ユウスケと夏海は急いで河川敷へ降りる。
“クインテット”の三人も、その戦いをすぐそばで見ているシャープの元へと急いだ。
フラットは滑る橋下の地面にもたつきながらもシャープの元へ誰より早く飛んでいく。
そして呆然と座り込むシャープの肩を抱いて揺さぶった。
「大丈夫ですかシャープくん!」
「は、はい…」
自分に触れているのがフラットだということに気がつくと、シャープの体からようやく緊張が解ける。
フラットに寄り掛かるようにして体を預けるシャープ。
アリアが眼前で繰り広がられている特撮映画のような光景に息を飲んで呟く。
「あれは…一体…」
今まで様々な経験をしてきたスコアですら、この有り得ない出来事に言葉を失っている。
「あれは仮面ライダーです」
夏海が四人に向かって笑顔で答える。
「仮面ライダーディケイド…大丈夫、彼なら、士くんなら、みんなを守ってくれます!」
「士くん!?ちょっとまって、今あの怪物と戦っているのは、あの指揮者の士くんだって言うの?」
アリアが少々混乱している様子で夏海に聞き返す。
それを聞いたユウスケは、少し悪戯っぽく微笑むと、
「酷いな夏海ちゃん。僕も居るんだけど?」
と、腰に手を当てて念ずる。
ユウスケの中に封じられたアマダムが呼応し、ユウスケの腰には先刻の士とは違うベルトが装着される。
「変身!!」
光に包まれたユウスケが、“仮面ライダークウガ”に変身した瞬間だった。
アリアとフラットは声にならない叫びを上げ、スコアは唸りながら顎に手を当てている。
シャープは「増えた…」とだけ呟いて、後はもう、笑うしか出来ない。
ライダー三人の戦いは、魔化魍一匹に思った以上に手こずらされていた。
大きさのハンデもあるが、何より狂人のような暴れぶりにてを焼かされる。
ディエンドが召喚した轟鬼と斬鬼も、その力を失い消滅していた。
「魔化魍のプロだと思ったけど、上手くいかないものだね!」
『ATTACK RIDE!BLAST!』
ディエンドは魔化魍の大振りの攻撃を素早くかわしてディエンドライバーで銃撃を加える。
「なら、俺もプロを呼ぼうか!」
『FINAL ATTACK RIDE!H・H・H…HIBIKI!!』
ディケイドは素早く響鬼のカードをセットすると、仮面ライダー響鬼を傍らに召喚する。
そしてヒビキオンゲキコに変形させると、それを魔化魍に向かって放つ。
音撃鼓が張り付いた魔化魍の動きが止まる。ディケイドはディエンドに向かって指示を出した。
「まだ召喚できる鬼はいるか!?」
「ああ、歌舞鬼くんがいるね!」
「そいつを呼べ!そしてそいつの鬼石をふんだくって、お前の銃撃でアイツに撃ち込め!」
「ハッ、ムチャを言うね!士じゃなかったら、聞かないよそんな頼みは!」
ディエンドは歌舞鬼のカードをセットしトリガーを引く。
現界した歌舞鬼の音撃棒に輝く緑色の鬼石。ディエンドは二本の音撃棒を取り上げると、今度はファイナルアタックライドのカードをセットした。
空中に放り投げた音撃棒、その鬼石部分を正確に狙い、ディエンドはトリガーを引く。
銃撃はそのまま鬼石を飲み込み魔化魍の腹、ヒビキオンゲキコの中心に撃ち込まれる。
鬼石と音撃鼓の力が、魔化魍に浸透していく。
動きが止まった。…今しかない。
「さあどうするんだい士、ここまで従ってあげたんだ、当然トドメも任せるよ」
ディエンドが「どうぞ」と手を広げてディケイドを見る。
ディケイドは「俺じゃないさ」と事も無げにいうと、背後の人物に叫んだ。
「おい、シャープ!!」
「はっ、はい!?」
突然名前を呼ばれたシャープは、座りながらも身を乗り出してディケイドを見る。
ディケイドはシャープを引っ張り起こし、その腕にずっと抱きかかえられたままの音撃管に視線を映す。
「吹けるな?」
「えっ?」
「お前、トランペッターなんだろう!?それはこいつら化物を倒す為の武器だ!
吹け!お前がその音撃管…トランペットを吹くんだ!」
あろうことか、ディケイドがトドメを刺す役目を与えたのは、魔化魍が、仮面ライダーが何なのかもわからない一人の普通の青年だった。
これにはディケイド、クウガも呆れた声を出す。
「士!何言ってんだよお前…」
「士、彼は一般人だ。音撃戦士ならまだしも、単に楽器が演奏出来るだけの人間なんだ。それを解ってるんだろうね?」
「確かに何の力もないかもしれない、だが、この世界で音撃管はコイツの手元にやってきた!なら意味と役割がある筈なんだ!コイツには!」
二人の声に反論をし、ディケイドは尚もシャープの肩を強く掴んで離さない。
シャープは震えながら後ずさりしようとする。
「でっ、で、できないですよ!そんなの!!」
「できる!お前なら、今はお前にしかできないんだ!!」
「っ…!」
シャープの体がカチコチに強張る。
視線の向こう側では、徐々に動きを取り戻しつつある魔化魍の姿。
「まずいよ士!」
ディエンドが叫ぶ。
ディケイドはシャープの肩を一つ叩くと、
「俺を、…違うな、お前自身を信じろ」
と呟いて、踵を返した。
「僕…自身…」
シャープはケースを開けて音撃管を取り出す。そしてその感触を確かめる。
同じだ。いかな武器とはいえ、形状は慣れ親しんだトランペットに変わりないらしい。
シャープはゴクリと唾を嚥下する。
「シャープくん…」
切なげな瞳でフラットが見つめている。その手を夏海が力強く握る。
「大丈夫。士くんができるって言ったんですから、大丈夫です」
シャープは深呼吸をした。
頭を振って思考をクリアに。
目の前の大きな化物のことは忘れよう。
僕はただ、演奏をしたいだけ。
大好きな音楽を、奏でたい、それだけのこと。
シャープは音撃管を口元に寄せる。
そして、自らの息吹を思いのままに吹き込んだ。
聴こえてきたのは、“クインテット”のメンバーも聴いた事のないメロディ。
力強く、猛々しく、そして優しい。
シャープが奏でた旋律はそのまま魔を穿つ旋風となって駆け抜け、魔化魍を一気に取り囲んだ。
魔化魍が苦しみの声を上げ始める。
「いいぞシャープ!!」
「嘘だろ…」
「流石、士が見込んだだけあるってことだね」
シャープにも、何故自分がこんな旋律を奏でているのかは解らない。
でもこのトランペットが、音撃管が伝えてくるのだ。
そろそろ清めの音は終わりに近い。破裂寸前の魔化魍を見ても、それは明らかだった。
最後の一音、高らかな音。
魔化魍は断末魔の声を上げて、爆散した。
「やっ…た?」
シャープは先刻までは確かに存在していた魔化魍が姿を消していることに気付くと、再び地面に膝を付いて崩れ落ちた。
「シャープくん!」
まずフラット、スコアとアリアが駆け寄ってシャープの肩を抱く。
三人のライダーも変身を解除して“ヒーロー”に労いの言葉をかける。
「やるじゃない、君、修行したら鬼になれるんじゃない?」
「まさかまさかだよ。凄いじゃん!」
シャープは疲れきった笑顔で返事をすると、三人の中央に立つ士を見上げた。
「…頭の中、ゴチャゴチャですよ、もう」
「だろうな。…助かったぞ、シャープ」
士が手を差し出すと、シャープは今日出会ったばかりの時の光景を思い出して少し笑い、その手を取った。
「あっ」
シャープが己の手元を見ると、持っていた筈の音撃管がどんどん存在を消し、遂にシャープの手から跡形もなくなってしまった。
「元の世界の元の持ち主に戻ったんだろうな」
「ってことは、この世界が元に戻った証拠だね」
安堵する士とユウスケの間に、海東が割って入る。
「あーあ、音撃管は消えちゃったか。勿体無いねえ」
そしてシャープの目の前に躍り出ると、
「じゃあ、僕も戻そうかな。元の持ち主さんに」
と、どこからともなく、シャープのトランペットの納まったケースを取り出した。
「海東」
「どうやら僕としたことが、今回は見当違いだったようだ。お宝じゃないものに興味はないからね」
「僕にとっては、宝物ですっ!」
シャープはその言い草にムッとして、海東からトランペットケースをふんだくる。
子供っぽい仕草に海東は思わずくすくすと笑うと、むくれるシャープに顔を近づけた。
「そうだね、君がこの世界で一番のトランペッターになって、そのトランペットがホンモノのお宝になったら…また頂きにくることにしよう」
海東はそう言って微笑むと、颯爽と歩き出してまたどこかへと姿を眩ませる。
「僕の為にも、頑張ってよね」
士はどこまでもキザな海東に苦笑すると、夏海とユウスケを促す。
「さあ、帰るぞ。やるべきことはやった」
「士さん」
バイクの方へ向かう士を、シャープが呼び止めた。
振り返った士の方へ、シャープは一歩進み出る。
「指揮、やって貰えませんか」
そして自分のトランペットケースを示しながら、背後のメンバーを見遣る。
他の三人も、一転して笑顔でシャープの意見を肯定するように頷いていた。
「それがあなたの、この世界での役割だったんでしょ?」
士は「そうだったな」と、シャープに歩み寄って、あの情けない顔が嘘のように晴れやかになったのを認めて口角を上げて笑う。
「ギャラは高いぞ」
***
チケットカウンターには「SOLD OUT」の赤文字の札が下がる。
会場の照明が落ちて、赤い幕が引かれると、ステージにはドレスアップした夕方五重奏団の面々が現れる。
そのステージは演奏だけでなく、歌やミュージカル調の演劇を挟みながら小気味よく進んでいく。
招待された夏海とユウスケは、終始笑顔でそのステージを楽しんでいた。
「すごい面白いですね。私、こういうの見るの初めてです」
「俺も俺も」
そしてオーラス、いよいよ“トランペット吹きの休日”の演奏が始まる。
いつもとは違い、指揮台が設置され、そして舞台袖からより精悍に整えられたスーツ姿の士が姿を現した。
ユウスケが思わず「馬子にも衣装」と呟くと、夏海が「静かにしてください」と肘で小突く。
客席に向かって一礼した士が壇上に上がり、タクトを持ち上げる。
振り下ろした瞬間に、シャープの甲高いトランペットの音が弾けて演奏が始まった。
今日の演奏も完璧だった。
それ以上に、観客は初めて見る指揮者の姿にも感嘆の声を上げている。
士の指揮は、一体どこで覚えてきたのか、至極完璧だった。
「士くん、すごいです…」
「夏海ちゃん、惚れ直しちゃったんじゃない?」
「なっ!何を言うんですかッ!!」
演奏が終わると、観客からの拍手がわっと巻き起こり、それは幕が閉じられても止む気配は無かった。
***
「士くん」
控え室に赴いた夏海が入り口から声をかけると、すっかりと私服に戻ってしまった士が「ああ」と短い返事をする。
そして“クインテット”の面々は一様に士の指揮を褒め称えた。
「凄かったわ〜っ!最初からこうだって解ってたら、私だってあんなこと言わなかったのに」
「んもう、アリアさんってば調子がいいんだから」
「若い男に相変わらず弱いですな」
「ス・コ・アさーん!?」
士の元にやってきたシャープ曰く「いつものこと」というどたばた劇を横目に、士は一つ息を吐いてシャープを見つめた。
「これからもせいぜい頑張ることだな」
「はい。士さん、今回は色々お世話になりました。あ、あと海東さんって人にも」
「世話?したか?」
士は頭を下げるシャープを通り過ぎ、出口に向かって歩き出す。
そして去り際に振り返ると、
「俺は何もしてない。やったのはお前だ」
仏頂面のままで呟いてそのまま出て行ってしまう。
「も、もう士くんってば!ごめんなさい、士くん、ああいう人なんで…」
「それじゃ、俺たちも行きます。また、どこかで!」
その後を夏海とユウスケが挨拶もそこそこに飛び出していく。
「来たのも突然なら、帰るときも全く慌しいですな」
「また、どこかで会えるといいですねぇ」
しみじみと話すスコアとアリア、それに黙って頷くアキラ。
「士くんって、本当に素直じゃないのね」
フラットがくすくすと笑い、シャープの傍らに寄る。
シャープは自分の手に馴染むトランペットを掌でくるりと一回転させると、目を細めて士の、ディケイドの言葉を思い出した。
「僕自身を信じろ、か…」
***
写真館に戻った三人は、早速士のフィルムを現像する。
浮かび上がったのは、楽しげにステージに立つ五人の姿。
「わぁ…士くん、この写真いつ撮ったんですか?」
「舞台袖だ」
「凄く楽しそうだ。士、いい写真撮るじゃん!」
じゃれ付くユウスケを払い除けると、士は写真を机から掬い取って自らの手に収める。
そこに写るシャープの姿にふっと笑みを零すと、窓の外に向かって小さく指で四拍子を刻むのだった。
またスクリーンが変わる。世界が動く。
仮面ライダーディケイド。世界を巡る旅は、未だ終わらない……。
【仮面ライダーディケイド第X話〜クインテットの世界〜】
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5年前くらいに書いてサイトで公開していたSSです。 仮面ライダーディケイドがゆうがたクインテットの世界に行くだけの話です。 ゆうがたクインテット、本当に大好きなんですけど、二次創作の仕方を間違っていた気がしないでもないです。 |
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