コードヒーローズ〜魔法少女あきほ〜
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第二十三話「〜準 備〜そなえあればウレシナシ」

 

 

 

 

 

 廊下に響く足音は2つ。滝下浩毅と新堀金太郎が足早に歩いていく。

 彼らは今タスク・フォースの基地にいた。足早に進んでいく滝下浩毅を金太郎が追いかける形になっている。

「新種のファントムバグの呼称だが、獣脚種に柱型光線種と巨人種となった」

「意外とまんまだな」

 隙かさず金太郎は返した。

「まあ、それしかつけようがないな……」

 彼は金太郎の言葉にうんざりとして見せる。金太郎は思い出したかのように話を続けた。

「あっちの方はどうだった?」

「あっち? ああ……なんとか公安側からの根回しのお陰で首の皮一枚繋がった感じだな」

「えらく絞られたことに変わりないか」

「ああ――」

 滝下浩毅は思い出すのも嫌だと、顔をしかめる。

 彼は先程まで査問会に呼ばれていたのだ。呼ばれた内容は今までの戦闘の説明という建前であった。だがその実、先日の戦闘を独断で開始したことへの追求である。

「――埼玉の再来にするつもりはなかったようだが、企業のご機嫌伺いに使いたかったようだ」

「相変わらず頭がお花畑ですこと。てか、企業の連中でアレとまともに戦える奴らって少ないだろう」

 金太郎の言葉は滝下浩毅の顔を更に渋くさせた。

「それは我々にも帰ってくる言葉だぞ。実際はオニキス達と彼女達がいなければ勝てなかった」

「そこは安心してくれ。俺と師匠が今新兵器を考案中だから、次はまともに戦えるようになるさ」

 滝下浩毅は短く「そうか」と答えると、渋い顔のまま歩く。

 彼らタスク・フォース単体では獣脚種や柱型光線種に対向する手段がない。フォトン・ライフルでは豆鉄砲。フォトン・ランチャーで傷を付けられればいいというのが、早乙女源一の見立てだ。

 滝下浩毅は立ち止まると、廊下の天井を見上げる。一呼吸すると、口を開いた。

「今我々にわかっていることは、ファントムバグもこの地を狙っているのは間違いない、ということだけだ」

 

 

 

 

 

「で? あの装備はどれくらいの時間で使えるんです?」

「身体への影響を考えると、長くて3分ね」

 黒い鎧を纏う優大に驚く者はもういない。また黒猫が喋っている姿に驚く者もいなくなった。彼らのその異形な姿に、皆慣れたのだ。

 優大とエイダは訓練室の外周で話していた。

 室内では打撃音が響いている。明樹保達だ。

 彼女達は目まぐるしく動き回りながら、互いに拳打をぶつけあっている。

 この数日は学校が終わると、ここで特訓や魔法の影響などの確認を行ってきていた。

「長いと見るべきか否か。ルワークとの戦いは絶対に長時間の連続使用が前提になるよ」

 エイダは声を低くして「そうね」と漏らした。

「魔石の影響が体に出てくるなんて、予想外だわ。いえ、想定しておくべきことだったわね」

「まだ影響は弱いし、今のところは大丈夫ですよ」

「また根拠の無い自信ね」

 優大はニンマリと笑う。

 明樹保達は先日の戦闘で自身達の魔力を強化する装備を得た。想定以上の強化に皆喜んだのだのも束の間。今度は別の問題が浮き彫りになったのだ。

「でも……髪の毛と瞳の色が戻りにくくなった程度で済んだのは幸いですね」

「ちょっと焦ったわよ」

 そう言いながらエイダは明樹保達を見やる。そこには変身する前の髪と瞳をした明樹保達。

「魔法少女として致命的よね」

「そうですね。スキルデータを打ち込んでいたり、遺伝した俺達は細胞異常やら遺伝子情報の改変で、髪の色や瞳の色が突発的に変わることがありますけどね。スキルデータも打ち込んでいない明樹保達は、バレちゃいますね。魔法少女は秘密であれ、ですしね」

 本人たちは至って平然としているが、周りの大人たちは大慌てで彼女達を検査していた。

「検査結果でわかったことは、わからないということだけ」

「魔石の影響が出始めているということだけですかね」

「そうね」

 彼女達にはそれしかわかっていない。それ以上の事もこれからのこともわからないでいた。

「まだゆったりとした変化ですし、この先魔石を使うようなことを極力減らせば、髪も瞳の色素が変化することもないでしょう」

「そうね。この先戦いがなければ幸いなんだけどね」

『タスク・フォース各戦闘要員、魔法少女チーム、超常戦士は至急ブリーフィングルームに集合してください。繰り返します――』

 明樹保達は動きを止め、スピーカーから聞こえてくる放送に耳を傾けた。オニキスは壁から背を離すと、エイダを肩に乗せて部屋から速やかに退出する。

「ヒーローとしての力を手に入れてしまったが故に、明樹保達はそうはいかなさそうですけどね」

 エイダは俯きながら「その時は頼むわよ」と懇願するようにつぶやいた。

 

 

 

 

 

 暗い一室に二十数人が一堂に会する。その中心に白いスーツに身を包んだ男が立っていた。目には隈があり、肌も病的にまでに白い。傍から見れば病人見えた。だがそんな様相に誰も気にも留めない。

 その人物は机に資料を広げる。瞑目すると、写真を一枚取り出した。ソコに映っているのは超常生命体と呼ばれている戦士である。

「漆黒の戦士か?」

 誰かの声に保志志郎はゆっくりと頷く。

「今の彼らの精神的支柱は間違いなく漆黒の戦士。いえ、オニキスでしょう」

 彼の言葉に反応したのはオリバーであった。

「なんと?! その様な名前であったか!」

 彼は名前を口中でつぶやくと、目を見開き握り拳を作る。瞳は煌々と輝き、今にも飛び出して行きそうな気炎が伺えた。志郎の隣で女性が口を開く。

「魔除け……随分洒落た名前ね」

 哀川奈々は皮肉交じりに言う。サイドにひとまとめに結った髪を撫でて、志郎に無言で続きを促せる。彼は小さく頷き、言葉を紡ぐ。

「彼を最初に倒すべきです。士気は大きく削がれ、彼らの連合は瓦解するでしょう」

「確かに、奴らの連携は強力だが、出来て間もない。繋ぎ止めているモノを壊せば、こちらが優位に立ち回れるな」

 オリバーの言葉に志郎は満足そうに頷き、続けた。

「暗殺などを考えましたが、正体は以前不明です。イクス殿が魔石を覚醒させた少年だというのはわかるのですが、それが誰なのかもわからずじまい。ので、その案は不採用」

「人質はどうです?」

 キョウスイは顎に手を当てる。志郎は首を振った。

「今眼の前の敵を考えればそれは有効です。ですが、我々にはその先があるのです。下手にこちらのヒーローたちを刺激するようなことはしたくありません。私も使いたいですが、それは最悪の状況までとっておきたい」

 志郎は「それと」と続ける。

「藤の里のローカル・ヒーロー、タスク・ドライバーがこの周辺を嗅ぎまわっています。先だって、反ヒーロー連合の幹部が敗退し、その部下がタスク・フォースに捕縛されたという情報。そして前回のアネットでの戦闘でその捕まっているはずの彼らが戦闘に参加しています」

 ライタクは立ち疲れたのか、その場に座り込む。それをフウサクが笑い、オリバーが窘めるが、彼は立つ気配を見せない。

 そんな彼らの様子に志郎は多少眉根を寄せ上げた。態とらしく咳き込んで注意を自分に向けさせる。

「ご存知の通り、この基地はその敗退した幹部が使っていた施設です。つまり、その部下である彼らがタスク・フォースについたとなれば……後は言わずともわかりますね? 彼らはいつでも、こちらに踏み込める状況であると見るべきです」

「つまり戦えばいいだけだろう?」

 ソウエンは肩を回しながら、いつでも殴り込めるといった様子だ。

「小難しい。オニキスを倒せばよいのだろう?」

「その通りです。真正面からぶつかりに動けば、彼らはオニキスを倒されないようにするはずです。タスク・フォースの司令官である滝下浩毅は堅実な男。そこが狙い目です――」

 オリバーは「ほお」と相槌を打つと志郎の言葉を待ち構える。

「オニキスに戦力を割り振るでしょう。周りの雑魚を削りながら、他のエレメンタルコネクターを各個撃破していく形にすればいいのです。彼女達をおびき出し、一人ずつ確実に倒す。やりようはいくらでもあります。彼女達がやられてしまえば、オニキスを複数でたたき込めます」

「なるほどな」

 オリバーは腕を組んで考える素振りを見せた。

「オリバー殿には一番辛いでしょうが、オニキスと戦闘していただきたい。無理にオニキスは倒そうとせず翻弄させることを優先してください」

「その合間に、キョウスイ達が警察やらタスク・フォースの面々を削っていけばいいのだな?」

「はい。その他のエレメンタルコネクターはキョウスイ殿達にお任せします」

「また姫と一対一のダンスが出来るのですね」

「今度こそ顔面をぶっ潰してやるぜ」

「ぺろぺろしてやるんだな」

「……楽しみだ」

 オリバーは口元を大きく歪めた。

「そうと決まれば一気呵成に攻め立てるまでよ」

「決行は明朝です」

 

 

 

 

 

「以上が我々の作戦になる。各自準備を進めてくれ」

 滝下が短く言い終えると、皆ブリーフィングルームから足早に出て行く。彼らの表情はどこか険しいモノであった。明樹保や紫織には気負いも感じられる。

(無理もないか)

 彼らの背中はどこか悔しさを滲ませていた。特に警察。

 視線を彷徨わせると優大のところでピタリと止まってしまう。変に意識してしまっている自分に、内心溜息を漏らす。

(もう……変なコト言わないでよね)

 オニキスの姿の彼は全員が出終わるのを確認したところで壁から背を離す。

「早乙女」

 そこで滝下に呼び止められる。

 私も一言、いや二言ぐらいは文句を言いたいので、彼らに近づいた。

 近寄ると滝下の顔は悲哀を感じさせる。

「言うまでもないが、君が我々にとって重要な存在なのだ。だから、今からでも遅くはない。私の案に――」

「いえ、それだと敵の思う壺でしょう」

 私はたまらず割り込んだ。

「だからって、貴方無茶しすぎよ。いや、無謀もいいところよ。オリバーは魔力こそルワークより低いけど、純粋な戦闘能力ではルワークを超えているのよ」

 優大は振り返り、私を見下ろす。

 なんだかこの状況に腹が立ったので、元の姿に戻った。

 視線が高くなり、少しだけ優大を見下ろせる形になる。

「でも、これが一番確実です。明樹保達は強いです。ですがまだ経験も、覚悟も足りない。たぶん滝下さんの作戦じゃ明樹保達から潰されてしまいますよ」

 私の元の姿に滝下は最初こそ驚いていたが、溜息を漏らすと視線を優大に移し話しかけた。

「だからと言って、お前が無茶する道理はないだろう」

「俺は、俺に出来る無茶をするだけです」

「でも――」

「この話はここまでです。近日中に敵も来るのでしょう?」

 私の言葉は遮られてしまう。口惜しくて下唇を噛みしめる。滝下も苦虫を噛み潰したような顔で呻くように答えた。

「そうだが……」

「なら、出来るところまで準備をしましょう。滝下さんにしか出来ないこと、お願いしますね。エイダさんも……託しましたよ」

 優大はそっと手を差し出した。その手に包まれたモノを、受け取ることを渋る。

 我ながら子供っぽい抵抗だと思う。それでもなんとかして気持ちを伝えたかった。

 そんな私の様子にオニキスは笑う。

「アイツとは俺もサシで決着をつけたいんですよ。俺の……男の身勝手な意地です」

「そんな……」

 オニキスは私の手を掴むとソレらを手のひらに乗せた。

「これがないと貴方は……」

「なんとかなりますよ」

 声は朗らかだった。

「忘れるな早乙女。お前の作戦を採用はしたが、何かアレばすぐに俺の作戦に切り替えるからな」

「……肝に銘じておきます。じゃあ、明樹保達のところへ行きます。ルワークとまともにやりあっているのは俺だけなんで……ね」

 彼は素早く踵を返し、部屋の外へと消えていく。

 取り残されるような感覚に、平衡感覚を失う錯覚がした。

 私が黙って俯いていると滝下は態とらしく溜息を漏らす。

「やれやれ、頑固だな」

 その言葉に私の中で張り詰めていた何かが溶けるような気がした。

「そう……ね。桜にそっくり」

 私は手のひらに託された切り札を優しく握りしめる。

「絶対に死なせない」

「ああ、そうだな……」

 

 

 

 

 

 暁美が生み出した炎は燃え盛り、距離をとって見ていた人達も熱を感じて、少し身構えた。炎に向かって消防団員達は一斉に水を浴びせる。炎は長い間燃え続け、水を浴びせている消防団員達に動揺が走る。しかし炎は徐々に勢いを弱めていった。

 タスクレスキューの面々はデータを取っている。

「ガーネット。今のもう一度頼めるか?」

「あいよ」

 タスクレスキューの隊長は、特別な装備を持ってきた。それはガスのようなモノを噴出し始める。先ほどより断然早く、魔法の炎は消えた。

 須藤直毅の眼前で魔法によって顕現した炎が鎮火する。後に残ったのは白い煙。彼は立ち昇る煙の後を追いかけて、空の青さに目を細めた。

 須藤直毅の隣には背広を来た男がメモを取り出しながら、彼に話しかけている。だが、須藤直毅は上の空で話を全く聞いていなかった。

「――でも貯水槽とかやられているそうですからね」

「ああ……」

 杉原はメモ帳を取り出して、その中身に目を通す。

「思った以上に魔法に現代の科学が効いてなによりですよ。漫画だと効果がありませんでした。なんてオチもありますからね」

「ああ……」

 杉原は須藤直毅の気のない返事に気づく。そして妖しく笑い。

「この戦いが終わったら、おやっさんのおごりで飲み放題とか行きますか」

「ああ……ん?」

 杉原はガッツポーズを取ると、勢いそのままに叫んだ。

「おいみんな! この戦いが終わったらおやっさんのおごりで酒を飲み放題だってよ!」

 杉原の叫びに、周りにいた男たちは歓喜の声を上げる。

「おい! ちょっと待てよ! 俺は奢るなんて――」

「今言いましたもんねー! それにボケーッとしているおやっさんがいけないんですよーっだ」

「やりやがったな杉原!」

 彼は怒鳴る勢いそのままに杉原に掴みかかり、首絞める。が、本気ではない。杉原もそれがわかっていて、ふざけて「ころされるー」などと大げさに反応していた。

 それを眺めていた子供たちは気を緩めて笑う。

「おやっさん俺達で子供達を守りましょう!」

「言われるまでもない――」

 須藤直毅は何か言葉を続けようとして、口を閉じる。言うことを憚っているように見えた。

「直ちゃんの分も……ですよね?」

 須藤直毅は舌打ちして、今度は本気で杉原の首を締め上げる。が、すぐに入れていた力を抜いて空を仰ぐ。

「ああ……」

 

 

 

 

 

「絶縁性の強いゴムだと魔法の電気も通さないみたいね」

「うん。今ゴム製の網とそれを撃ちだす装置を、博士が作ってる。後は市内にある貯水タンクを集めているみたい」

 凪はぼんやりとした面持ちで濃緑色の輝きを放つ。次の瞬間アスファルトを突き破り、草木が顕現する。それを真紅の輝きが吹き飛ばす。鳴子の指には黄色と真紅の輝きをした魔石が指にはめられていた。

「ガソリンもなんとかなりそうです」

「水青のお父さんかい?」

 凪と鳴子がいる場所に水青と暁美が現れる。手持ち無沙汰で何をしたものかという様子だ。

「水青と暁美も練習しておいたら?」

 凪は濃緑色の魔石を見せつける。

「そう、だな」

「私はもう大丈夫です」

「お、さすがだな!」

 暁美の言葉に水青は自然と微笑んだ。

「じゃあ、あたしだけだな。よーっし、鋼の魔石とやらを試してみるか」

 灰色の輝きと共に鋼の柱が飛び出す。高さは暁美達を軽々と超えた。彼女はそれを片手で持ち上げて、どうしたもんかと考えこんでしまう。

 それを見かねた水青がいくつか提案する。

「盾などに変形できます? 後は鈍器などの武器など」

「お、やってみる」

 暁美は次々と顕現させた鋼の形を変えていく。

「フライパンは?」

 凪の突拍子もない言葉に暁美は、少し怪訝そうな顔をするが鋼の固まりをフライパンにしてみせた。

「どうだ」

 少し自慢気な彼女を、凪は鼻で笑う。

「笑ったな! お前がやれって言ったんだろう!」

「でも、これで汎用性が高いってわかったじゃない」

 暁美は「そうだな」と答えると巨大な手裏剣やナイフなどを生み出すと、指を鳴らしてそれらを全て消した。

「しっかし、ゆうは本当に大丈夫なのかね?」

 暁美の言葉に最初に反応したのは鳴子だ。

「大丈夫……だと思いたいけど……」

「ええ……私達の力不足さが口惜しいです」

 水青は自身の指輪を眺める。

「でも、大の言っていた事は事実よね。大も含めて私達の魔法での戦闘はまだまだ。あいつらの方が何枚も上手だし」

 凪は少し表情を暗くして、自分たちの実力を評する。

「私達の中であいつらに優勢で戦えるのが紫織先輩くらいだもんなー」

 暁美は壁にもたれかかり両手を後頭部に当てると、青空を眺める。

 エレメント体と呼ばれる状態になる事ができる相手。水青達はその状態の敵に、完膚無きまでに敗北を喫した。自分たちもその状態で相手と戦えば勝てるのでは? そう提案したものの、相手の方がエレメント体を熟知している上に、付け焼き刃すぎるので却下された。それにエレメント体の弱点は、水青がもたらした情報で知れている。

 エレメント体は攻撃、防御を飛躍的に上げることが出来る反面、弱点がモロに出てしまうのだ。魔石を守る手段が極端に減る。そこが彼女たちの狙い目であった。

「弱点がわかっていてもやれるかどうかね」

「強化装備がもっと使い勝手が良ければよかったんだけど……ごめん」

 鳴子は謝るが、皆は首を振った。そもそも彼女が気に病むことではない。それでも気に病んでしまうのが鳴子だ。

「ルワークと戦うまで間に合うか。それでなんとかあの人たちを倒すのはかなり厳しいですね」

「そこで俺達の出番じゃんじゃん」

 水青の背後から突然声が降ってくる。水青達が素早く振り返ると、新堀金太郎が胸を張ってそこにいた。

「ですが……」

「大丈夫大丈夫。君たちは言われたとおり時間を稼いでくれればいいのよのよ。俺達だって活躍したいし」

 新堀金太郎の様子に水青達の表情は少し緩んだ。それを逃さなかった新堀金太郎は笑う。

「そうそう。笑いなさんな。あんたら可愛いんだし、笑ってないともったいないぞ。せっかくの美人が台無しだ」

「色目ですか?」

「大丈夫大丈夫。未成年には手を出さない。たぶんだけどね」

 新堀金太郎はウインクすると、そのまま何処かへと歩んでいった。

「私達を気遣ってくれたのね」

「でもお陰で、少しだけ気が楽に」

「そうだね。やらなくちゃ」

「守るんだ。今度こそ……全部」

 

 

 

 

 

 黒い炎が大きな刃を象る。

 大剣が素早く三連撃を繰り出す。明樹保はそれらを寸でのところで躱すが、態勢を崩してしまい地面に転がってしまう。オニキスは容赦なくそこへ刃を振り下ろす。だが、その一撃は大きくずれてしまう。紫織が蹴りで強引にずらさせたのだ。

 間髪入れずに空気が切れる音が走る。紫織が飛び退く。黒い軌跡が紫織の鼻先を通り過ぎる。

 明樹保はがら空きになったオニキスの胴体めがけて体当たりをした。

 オニキスはその衝撃を利用して、そのまま距離を取る。余裕を持って明樹保と紫織を捉え武器を構え直す。

「大分動けるようになったね」

「でもまだまだ」

「せやな」

「そこは褒めてよ!」

 紫織は2人のやり取りに吹き出してしまう。オニキスは構えを解き、黒い炎を霧散させる。

「明樹保と紫織さんが連携を崩さなければ大丈夫だよ。問題は敵もそれをすぐに察知して崩しに来るだろう」

「それでも崩されないように、崩されても慌てずに対処ね」

 明樹保は地面に寝転んで、呻く。

「簡単に言うけどー」

「大丈夫よ。私もルワークとは少しだけ戦っているから、なんとかなるわ。ただ――」

「なりふり構わなくなったらまずいね」

 紫織の言おうとした言葉をオニキスは代弁する。

「銀の太陽。あれを使い始めたら大変だ」

 明樹保はポケットから黄金の魔石がはめられた指輪を取り出した。

「その時はこれで対処する! だよね」

「そう。太陽に対処にするには現状、月と封印だけ、2つあればなおいいけど封印はエイダさんに託しているから、エイダさんの合流までは月で耐えるしか無い」

「わかった」

 明樹保は満面の笑みで指輪を握りしめる。

「本当にいいの?」

 オニキスは「やれやれ」とつぶやくと紫織と向き合った。

「信頼してないわけではないけど、心配なのよ」

「ありがとうございます。死なない程度に無理はします」

 オニキスは穏やかに答える。

「大丈夫ですよ紫織さん。大ちゃんはやると言ったらやるんですよ」

「貴方が一番心配するべきなんだけど……明樹保さんがそう言うなら……」

「たぶん烈君も鈴木君もわかっているから、何にも言わないんですよ。私もそうです」

「強いのね」

 明樹保は微笑み、首を横に振った。

「違います。だって大ちゃんは大ちゃんだから、だから大丈夫なんです」

「それ答えになってないよ」

 明樹保達は誰からとも無く笑い出す。

「それはそうと、紫織さんこそいいんですか? 紫織さんと明樹保だって、かなり危険な橋を渡ることになりますよ?」

「ええ……大丈夫よ」

「そういえば、紫織さんもまだお母さんとお話がついてないって聞きましたけど……?」

 明樹保は思い出したかのように言う。彼女の言葉に紫織は無意識に俯かせていた。

「もってなんだ?」

「白百合ちゃんもまだ話ついてないらしくて、引きとめようとするのを魔鎧の力で強引に引き剥がしているとか……」

 優大は「やれやれ」と溜息混じりにつぶやく。2人の会話が終わるタイミングで紫織は口を開いた。

「まだよ。そっちは……追々わかってもらうしかないわね。きっと白百合さんもそう考えているとは思うけど」

「でも……」

「いいのよ」

 心配そうに覗きこむ明樹保を安心させようと、彼女は笑ってみせる。

「物凄く反対している反面、今この街の惨状を知っているから私が戦わなくちゃいけないってのは、わかっていると思う。だけど、感情がそれを許せないのよ。母からすれば私もいなくなったらたまったものではないし」

「え?」

 明樹保は彼女の言葉に驚く。

 今の言葉でわかってしまったのだ。彼女の家庭状況が。

 うっかりで知られてしまった紫織は少し苦々しく笑う。

「暁美さんと同じく、私の父もある日突然蒸発したわ。そういうところが似ているから、余計に突っかかってしまうのかもしれないわね。わかっているんだけど感情は抑えられなくて」

 紫織は「そういうところも母に似てしまったのね」と話を続ける。

 明樹保は黙って話を聞き続けた。

「同じ境遇なのにまったく逆。私は優等生で生徒会長に、彼女は町内で有名な不良に。魔法少女を続けることに関する反応もまったく逆。しかもこんなにも素晴らしい友達が、彼女の周りにはいるわ。正直、妬ましいほどに羨ましかったわ」

「そんな、紫織さんとも私達は友達ですよ!」

 明樹保の言葉に紫織は我に返るように目を見開く。

 あまりにも当たり前すぎて気付かなかった。それを言葉にされたことでようやく彼女はソレに気づくことが出来た。

「……ありがとう。心強いわ」

 紫織は花が咲いたように笑う。

「大丈夫です暁美ちゃんも私も、紫織さんこと好きですから」

 明樹保は勢いそのままに彼女に抱きついた。

 抱きついていた明樹保には見えなかったが、優大には一滴が溢れゆくモノを見逃さなかった。

 

 

 

 

 

「なるほど、わかりました。そういうことなら我々も彼女たちのことは口外しません」

 タスク・レスキューの隊長は笑う。

「理解を示してくれてありがとう」

 タスク・レスキューとの連携を取らざる得なくなったタスク・フォース。当初は喜んだが、明樹保達のこともあり、そう喜んでもいられなかった。連携して事に当たらねば勝利はない。だからこそ滝下浩毅は明樹保達、オニキス達の情報を先に公開した。

「満宮に関してはこちらも思うところがあります。それに我々は何よりも人命を尊重します。彼女たちもその対象だと私は考えます」

 タスク・レスキューの隊長は顔を渋くさせる。

「ぶっちゃけますけど、将来有望な子供たちの情報なんか汚い大人に渡したくないですし。それこそ未来を守れない」

 命は未来に繋がると彼らは考えていた。故に隊員一同、頷いて見せる。

「ありがとう」

「こちらこそ、ありがとうございます」

 彼らはタスク・フォースの面々と同じ技術で救助活動に当たるローカル・ヒーローだ。彼らもこの戦場に立ち、最前線で人々を救うことが出来る事に、使命感を燃やしていた。

「久々にヒーローらしいことが出来ますよ」

 「それに」と彼は続ける。

「色々といい経験を得ました。特に魔法の炎に対向する手段をここで得たのは大きいですよ。で、ですね。お願いがあるんですが?」

「なんでしょう? 我々にできることですか?」

「簡単です。空いているラボを貸していただきたいのです。先ほどの実働データから新型の開発したいのです。資材はこちらの手持ちで大丈夫です」

 滝下浩毅はすぐにラボの手配をした。

 

 

 

 斉藤和也は白河白百合を力の限り投げ飛ばす。彼女は空中で錐揉みするが、上手く勢いを殺せずそのまま、厚さ10センチ以上もある鋼鉄製の壁に叩きつけられた。鈍い音が鳴り響くが、取り乱す者もいなければ白百合の様子を伺おうとする者さえいない。

 誰もが彼女が無事だと知っているからである。

 常人ならば死んでもおかしくない威力。だが、彼女は魔鎧を身に纏っている。それが衝撃を吸収して彼女自身の身を守る鎧となった。

 されど彼女の口からこぼれ出る言葉は――。

「痛いですわ!」

「痛くしないと訓練にならないだろう!」

 半拍も置かずに和也は白百合に反論する。

「痛いものは痛いと言っているのです! そもそも私後方支援ですし!」

「んなこと関係ないわ! いざという時のためにやっているんだろうが! 大体魔鎧の力技で雅人さん達をぶっ飛ばして訓練にならないから、同じような俺がやってやってんだろうが!」

「んなんですってー! 野蛮なア・ナ・タ・に! 力技ゴリラなんて言われたくないですわ! こんなんだったらお姉さまに手取り足取り教えていただきたかったですわ!」

「悪かったね! ってか! ゴリラなんて言ってねーから!」

「言ったようなもんですわ!」

「言ってないわ!」

 2人はひとしきり「言った」「言ってない」の応酬をした後、「ふん」と言い、勢い良くそっぽを向く。

 ちなみにこの状態になっても周りの人間は特に何も言及したりしなかった。ニヤニヤと笑うと黙って訓練室から出て行くだけである。

 2人は取り残されたと気づいても、自身の持つプライドから動けずにいた。また喋ることすら負けだと感じているのか、2人は黙りこんだ。

 それがしばらくの間続き、ついに和也が痺れを切らし、その場にあぐらで座り込んだ。小さいプライドから彼は彼女に背を向けた。

「ったく、お前はいつもそうだ。そうやって人の話を聞きやしない。お姉さまについていくと言ったり、後方支援だとか言ったり好き勝手言いたい放題で、お前は親御さん達とも話がついてないそうじゃないか」

 和也の言葉は白百合を動揺させるのに充分であった。

「な……なぜそれを……」

「あん? えーっと、うちに電話かかってきてだな――」

 彼はそこではっとなると口を噤む。

「そ、そんな……すいません……」

 先ほどまでの強情さはなりを潜め、突然しおらしくなる。あまりの豹変っぷりに和也は目を見開き、額に汗を滲ませ動揺した。ただし、白百合に背を向けているせいで、その表情は彼女には知れていない。

 和也は怖いものを見るかのように視線を後ろに向けた。

 そこには今にも泣きそうな白百合が力なく立っている。彼は溜息を吐き出すと、彼女と向き合った。

「悪かった。そこまで気にしているとは思わなかった」

 白百合は顔を俯かせ、表情を読ませない。

 和也は一瞬訝しんだ。演技だろうと考えたのだろう。しかし、涙がこぼれ始めたのを見て我に返る。

「わわっ。ごめん。ごめんなさい。いや、でもその――」

「――したら」

「え?」

「どうしたらいいのでしょう?」

「……その……どうとは?」

 白百合は忙しくなく手を動かす。

「父と母と、仲直りするには……今の私を認めてもらうには……」

「あー。そんなことかー」

「そっ! そんなことかーとはなんですか! こっちは真剣に悩んでいるのに!」

 白百合は突如和也に掴みかかり、腕をぐるぐる回しながら殴りかかった。

 傍から見れば威力の無さそうな攻撃である。だが、彼女には魔鎧があるのだ。当然力も入っているので魔鎧による効果で彼女の一撃一撃は重く。そして鋭くなっている。

 それらが和也を襲うのだ。もちろん同条件である彼もそれらを相殺する。

 それでも効いているのか顔を苦痛に歪めた。

「悪かった! 悪かったって! ごめんごめんなさい! やめて! 痛い! 参りました」

 殴り続けて落ち着いたのか、白百合は肩で息をしながらその場にへたり込む。

「まー。そんなことかと言ったのはだな。俺がほら、誰からも認められないような事してたし。そういうのって慣れっこだったからついな」

「つい。で、軽く言わないでくださいまし!」

「へい。すいやせん」

「本当に、本当に深刻なんですから……」

 今にも泣きそうな白百合に、和也はなるべく明るい声で問う。

「姐さんとかに相談したのか?」

「いいえ。お姉さまはすでにお母君にご理解されていますし……」

「そうか。引け目を感じたか」

「はい……」

「んー。俺はさっきも言ったが、認められない事だらけだったからな。今でこそこうしてヒーローの端くれみたいな事している。だけどヒーロー育成プロジェクトに選ばれなくて、その当時は選ばれなかったことにひどく落胆されてね。なんで? どうして? なんてよく言われたもんだ。兄貴達も何も言わなかったがフンイキで伝わった。子供ながらに――俺はいらない子なんだ。落ちこぼれなんだ――ってわかってな」

「それで不良になったとおっしゃいましたね」

「そんな俺を最初は止めてくれてたんだ。でもそれすら煩わしく感じてな。力で親の言葉。兄貴達の言葉を黙らせた。そんなことばかりしてたから、心も離れちまってよ。いつしか何にも言われなくなった。それを望んでいたはずなのに、あの時の脱力感と虚しさはハンパなかった。そこからまた荒れていって、最終的にいくとこまでいっちまってよ。そこで姐さんに会ったんだ」

「確か私にちょっかい出した時でしたわね」

「そうそう。お前が可愛く――げふんげふん」

「はい?」

「なっ! なんでもねぇよ! 姐さんと幸せにしてろ馬鹿野郎! それでだな――」

 耳まで真っ赤にした和也は声を荒らげて、大声で強引に話しを続ける。

 とは言え恥ずかしいのか、和也は白百合に背中を向けた。そのせいで彼は彼女も頬を少し赤くしているのに気づかない形になる。

「――そう。それでだな。ヒーロー候補生にもなった兄貴達にすら勝てた俺を倒した姐さんの拳に、惚れたんだ。なんていうか叱ってくれる感じがしてよ。そこにたぶん救いを見出しちゃったんだろうな。以降は姐さんに認めてもらうために頑張った。意外と早かったかもな。いや、どうでもいいんだ。その、俺が言いたいのは、差し伸べられる手ってのは強引に振り解くのは簡単だ。だけど、そういうのってのは俺みたいなダメな奴を作っちまう。だからなんだ。その、話せるなら話すんだ。何度でも。きっと姐さん達も、認められなかったら何度でも話をしたはずだ。そうでもしないと……直とかさ。そんな感じになっちまう気がしてよ。お前にそういう風になってほしくないっていうの? ほら、姐さんも悲しむしな」

 恥ずかしさのせいもあってか、和也は早口で一気にまくしたてた。

 その言葉は白百合に届いたのか。彼女は泣き出した。声を出して泣き出したため、和也は更に慌てふためく。

「な、何か悪いこと言っちまったか? ああ、その悪気とかそういうのは無くてだな」

「違いますの。嬉しくて……嬉しくて涙が……」

「あ、ああ。そ、そうか。わかってくれたか。ま、まあ今はこんな時だし、今すぐ話すのも無理かもしれない。けど、最後の戦いの前に話しておいて損はないと思うんだ」

「そうですわね」

 白百合が笑ったのを確認して、和也は意気込む。

「よし! 訓練の続きと行こうか!」

「いえ、それはいいです」

「訓練は大事なんだぞ! 何よりお前自身を守ることに繋がる」

「いえ、大丈夫です。私が危機に陥ったら守ってくれるナイトがいます」

「いやだから姐さんは前線に出るから――」

「守ってくださいますよね?」

「――は?」

 そこで和也は白百合が自身に眼差しを向けていることに気づく。

「ガードチーム筆頭で、私のナイトの和也さん」

「うぇ! う、あ、あああ! あああああああッ!」

 和也は慌てふためき、部屋から飛び出してしまう。後に残された白百合の顔は耳まで真っ赤になっていた。

 

 

 

 

 

 なんでこんなことになったのかさっぱりだ。思えばあの日、姐さんとあのクソババァに襲われてからだ。あの日を堺に全てが変わった。念願だったタスク・フォースの雑用係とはいえ、ローカル・ヒーローになったし、しかも特別な能力のお陰で他のメンツより、俺は頭ひとつ抜けている。

 いや、そうじゃない。なんで俺は今――

「あの白百合さん」

「はいなんでしょう?」

「話しておいた方がいいとは俺は言いましたよ?」

「はい。言いましたね」

「即日実行なのはいいです」

「はい」

「なんで俺まで?」

「必要だからですわ」

「あ、はい。ですよねー」

 俺は今、白河白百合に首根っこを掴まれて地面を引きずられている。途中まで頑張って抵抗したが、魔力の量では白百合に勝てず、魔力つきて今はなすがままになっている。

 ああ、空が青いです。夕暮れ時ですけど。

 女の子に安々と引きずられている光景は、なかなかに面白いらしく。道中すれ違う人達に笑われる。

 数えきれないほど笑われたので、すでに無我の境地だ。あれ? 夕日が歪んで見える。なんでかな。

「ほら、いい加減諦めて、自分の足で歩いてくださいまし」

「はい。無駄な抵抗はやめます」

「それと涙はふきなさい」

「俺……泣いてたんだ……」

 ふと視界の端に見慣れた顔を見かけた。俺の視線に気づくと電柱の影に隠れた。いや、隠れられてない。

 俺の視線の先には姐さんと、愉快な仲間たち。

 はっはっはっはっはっはっ。この大変な時期に、なんでか知らないけど、オールスター大登場だ。うけるー。

「じゃ! なぁあああああああああああああい! 何してるだか!」

 電柱の影に隠れられてない姐さんを始め、魔法少女組、タスク・フォース、そして早乙女に鈴木もいた。早乙女や鈴木に至っては隠れる気すらない。

「和也さん言語おかしいですわ。私の父と母に会うのですから、気をつけてください」

「はい気をつけます。って、何ぃいいいいいいい?!」

「大声を出さないでください。耳が痛いですわ」

「待て待て待てよ。待ってくだひゃい。噛んだ。あのじゃな。聞いてないよそんなの!」

「言ってませんでしたからね」

 「おほほ」と笑う白百合。

 あーでもちょっと可愛い。じゃない。じゃなくて、なんでそうなった? いやここまで連れて来られて、おまけにオールスターにみはられている状態ですよ。逃げられない! 決して逃げることなど許されない状況。ふははは。今日のお昼のカレーおかわりもしておけばよかった。死ぬ前に腹いっぱいうめーうめー言いながら食っておけばよかった。今日が命日なら腹いっぱいになって死にたかったわー。

 すでに逃げ道はない。いやむしろ前にしか逃げ道がないと思えばいいんだ。

 俺は意を決して、白百合と向き合う。

「何をすればいいんです?」

「お話するだけです。事前打ち合わせなどはしても対して効果はないでしょう。その場で思ったことを口に出してくださいまし。ただ、私の味方ではいてくださいね?」

「あ、はい」

 俺はただただ流されるばかりで、周りの景色に意識がいっていなかった。そのせいもあってか俺が高級住宅街と呼ばれる場所に入り込んでいることに気づくのに時間がかかる。

 いや、気づいた時には――

「お前んちデケェな」

「お金だけは貯めこんでいますからね」

 白百合がインターホンを鳴らす。すると、玄関両端のカメラが白百合と俺を舐めますように観察し始める。

 しばらくすると、低い声で「男はその場で待て。白百合は入れ」短く言われた。

 言われたとおり待とうとしたら、耳根っこを掴まれてお構いなしと連れ込まれる。

「お、おい! 今待てって――「いいから行きますわよ!」――あ、はい」

 ああ、なんと情けない俺。もうすでに尻に敷かれているぜ。親父がお袋の言いなりになっていたのが少しわかった気がする。俺も女性にはめっぽう弱いんだな。あははは。

 引っ張られていく最中。視線を後ろへ流すと、オールスターはちゃんとついてきており、何やら散会しはじめる。

(おいおいマジか? マジでそこまでしてついてくる気? マジで?)

 内心「もうどうにでもな〜れ」という心境になった俺は夕暮れの時の空を眺めることにして、心の平穏を――

「ほら、余所見しない!」

「はい……」

 ああ、なんと情けない。本当にあの日から変わったんだな……。

 

 

 

「ふざけるな!!!!」

 腹に響く怒号が和也と白百合を襲う。白百合は慣れているのか、澄ました顔で涼しそうに流す。対照的に和也は目を白黒させていた。その度に彼女に腕を掴まれては、なんとか気圧されないようにしないでいる。

 今彼らは白百合のご両親と対峙していた。

 赤い絨毯が敷かれ、縦長のテーブル。その上にはちゃんと端に刺繍のされたテーブルクロスが豪華さを際立たせていた。が、彼らはそこに座っていない。

 何故かその横にちゃぶ台を用意して、4人は対峙していた。

「君は一体何なんだ!? なぜここに来た!!」

「いや、俺も聞きたいんですけどね」

 和也の返答は白百合の父を怒らせるのに充分だった。そもそも自分の大切な娘がいきなりどこの馬の骨とも知らぬ男を連れ込んでいるのだ。怒ってもおかしくない。

「ふざけんなオラ! 大切な話があるって聞いたから飛んで帰ってきたら、男を連れ込みやがって!」

 ここまでお膳立てされればボーイフレンド的な紹介だと思ってもしょうがないことだ。

 しかし白百合の父とは対照的に、母は嬉しそうに眺めている。時折「女の子にしか興味のない子なんじゃないかって心配しててね」としきりに「よかった」と何度も言っていた。

「あ、いえ。オトウサンオカアサン違うんですよ。そういうお話でもなくてですね」

「君にお義父さんなんて言われる筋合いはない!」

 和也はなんとか訳を話そうとするが、火に油。余計白百合の父は顔を赤く染め上げていく。

「いえ、ですから違うんですよ」

「はい。私を守ってくれるそうです」

「はいそうなんです。……って、おい何言ってやがるですかー?!」

「キ・サ・マァ〜」

 白百合はわかってやっているのか、妖しく笑い。自身の父を煽っていく。煽られた父の矛先は和也に向くので、彼はさらに冷や汗をかいて、しどろもどろになっていく。

「あ、いえ。そうは言いました。言いましたけど――」

「貴様ぁああああああああああ!!」

 胸ぐらをつかまれそうになるが、和也はとっさにそれを受け流す。白百合の父は勢いそのままに床に転がってしまう。

「あ、すいません。つい――」

「このぉおお!」

「ああ、もう和也! お父様! 話がすすみませんわ!」

「いやそもそもお前が親父さんを茶化すからだろう?」

「いいから少し黙ってなさい」

「お前、俺が思ったとおりに喋っていいって言っただろうが!」

「だ・か・ら! 話が進まないから少し黙ってなさい!」

 首根っこを捕まれ、和也は白百合の隣に無理矢理座らされる。肌と肌が触れ合いそうな距離に、たまらず和也は上半身をなんとか離そうと傾けた。が、肩を捕まれ引き寄せられる。

「じっとしてなさい!」

「へいへい」

「返事は一回」

「はい……」

 すでに形無し情けなしで、和也はうなだれるようになすがままの気配を漂わせた。

「それで話とは?」

「わかっていらっしゃるでしょう? この前のお話です。わかっていただくために今一度お話に来たのです」

「何度も言う。認めん」

 言いながら立ち上がり、白百合の父は彼女から目を逸らした。

「そうはまいりません」

「だから――」

「まあ、頭ごなしに否定しないでやってください。聞くところによると話をろくすっぽ聞いてないらしいじゃないですか」

 和也は隙かさず否定の言葉を潰す。言ってその場を立ち去ろうとした白百合の父は、足を止めてしまう。目を見開くと凄みを聞かせて彼を睨みつけた。

「君には関係ないだろう!」

 本人は意図していたわけではないが、和也の横槍により白百合の父は娘と向き合う形となったのだ。

「ありますよ。俺も白百合と、ごほん。失礼。白百合さんと一緒に戦っています」

「何?!」

「申し遅れました。俺は斉藤和也って言います。タスク・フォースガードチームに所属しています」

 そこから彼は今まであったことを、自分たちなりに感じたこと考えていたことをまくしたてるように話し始めた。和也自身の事、白百合の事を彼は話す。

 白百合の父は最初こそは聞き流すようにしていたが、彼の真摯な姿勢に次第に聞き入るようになった。

 そこで手応えを感じた彼は、白百合自身の身に起きたことを話させるように仕向ける。

「魔物っていうのがいて……いましてね。これが結構大変な相手で、魔物になった奴は……被害者は短時間で浄化の力で元に戻さないと、死んじま……亡くなってしまうのですよ」

 和也の視線に気づいた白百合は、父親に真っ直ぐな視線を送った。

「以前お話したとおり、私も魔物になりました。幸い、友人のお陰で魔物になって間もなく元に戻ることが出来、今もこうしてお父様とお母様にお話ができています」

「それは聞いた! だからこそ、そんな目に二度と遭ってほしくないんだ」

「ご心配ありがとうございます。ですが――」

 自分の娘が一歩間違えば死んでいかもしれない。だからこそ、彼らは二度とそんな場所に行ってほしくない。そんなことをしてほしくないと願い。彼女を引き止めているのだ。

 それを白百合は痛いほど理解している。

「――ですが、それを経験したからこそ、私は守りたいのです。あんな恐ろしい事は、私で最後にしたいのです。お父様とお母様にもその危険が振りかかるかもしれない。それから守れるのは経験した私だけ。私以外にはおりません」

「そんな馬鹿な……嘘を言うならもう少し上手く言え!」

 和也と白百合は「違う」と言おうとして、突如現れた人物に視線を奪われる。

「貴方方お2人にもその魔の手が振りかかる可能性は極めて高いです」

 そこに現れたのは女性であった。否、それは女性ではあるが、人ではない。誰もが彼女の体の一部。耳へと釘付けにされた。

「その声は……エイダ……さん?」

「ええ、そうよ。こっちの姿では初めましてね」

 スラリとした体躯。金色の髪は長く、歩く度に虹色の光沢が光って見え、肌は白く透き通っていた。エメラルドの様に輝く瞳は見る者を魅了す。そして最大の特徴は尖った耳である。

 そこにいたのは誰もが物語などで触れたことにあるエルフだった。

 彼女は一度両耳を上下に少し動かしてみせる――

 それは自分が人ではないと知らしめるため。

 ――そして若草色の光を瞬かせる。光は実態となって白百合の両親の肌を撫でた。

 それは決してこれが泡沫の夢ではなく、現実なのだとわからせるため。

 そこに現れた理由は唯一つ。

「私は彼女達を導く者。エイダと申します。結論から言いましょう。貴方方も我々が戦っている敵に標的に足りうる才能をお持ちです」

 彼女達の言質を嘘偽りにさせず、確固たるモノとするため現れたのだ。

 和也と白百合は慌てて視線を彷徨わせると、部屋の入り口に明樹保達が立っていた。

「お、お姉さまに、皆様!」

「まさかの乗り込んでくるとは……」

「え? あ、うん。そだな」

 和也達の言葉に暁美の反応は鈍い。それは無理からぬ話。彼女達もまた、エイダの真の姿を初めて目の当たりにしたのだ。浮世離れした美しさに見入っていた。

 白百合はエイダに気を取られそうになりながらも話を続ける。

「お姉さまが襲われた時、怖くて逃げました。でも、近くにいるお姉さまは毎度大変そうで、私達の学校の教師も犠牲になり、そしてついに友人も犠牲になりました。須藤直。直さんが襲われ、助けられなかった時、私は初めて後悔しました。力を持ちながら、事件のことを知りながら何もしなかったことを」

 白百合の父の視線はエイダに釘付けになる。当然横にいた白百合の母は物凄い剣幕で睨みつけた。

 咳払いすると、表情を渋くする。

 今となってはその渋さも、エイダの美しさからしかめっ面で誤魔化すためか、娘の話を聞いたが上で承服しかねている表情なのか、どちらの意味での渋さかわからなくなっていたが。ここは彼の名誉のために後者であると願いたい。

「優しさからだけで決めたわけではないのです。私自身が友をそして何よりも父と母を守りたくて、戦うことを決意したのです」

 まだ表情は渋く。承服しかねると態度から滲ませていた。

「オトウサン大丈夫ですよ。白百合は後方支援ですし、俺が必ずお守りします」

「だから! 君にお義父さんと呼ばれる筋合いはない!」

 怒鳴った後に溜息を漏らす。先ほどまでの拒絶の気配は弱くなる。

「私も巻き込んだ責任があります。ご息女は守ります」

「当たり前だ。とはいえ、憎むべきは君ではなく敵……なのだろうな。わかった認めよう。斉藤和也と言ったな」

「はい」

「可愛い大事な娘だ。傷ひとつでもついたら許さないからな!」

「その時は俺が責任を取ります」

「え?」

「え?」

「はい?――」

 白百合と彼女の父は和也を見つめた。そこでようやく彼は自分の発言した意味に気づく。

「あ! いえ、違うんです。違うんですよ。そういう意味ではなくてその拳とかそういう意味での責任とかで」

「そう……ですか」

「え? あれぇ? ちょいと白百合さん? あっれー? あ! 姐さん助けて!」

 暁美は満面の笑みで首を横に振る。

「男に二言とは情けないな」

「いやだから、そういう意味ではないんですよ」

「勘違いさせたほうがいけないんですわ!」

「うちの白百合が気に入らないと言うのか!」

「いや、可愛いです。すごく可愛いと思います。あーいやーその。えーっとですね。可愛いというのは――」

 彼らはそのやり取りをかなりの間、することとなった。

 

 

 

 

 

 和也は疲労感をそのまま顔に出しながら歩いて行く。その少し先に明樹保達は歩いていた。

「さっさと基地に戻って準備するべよ皆。今日も泊まりこみだぜ! 22時から男子は俺の部屋に集合な!」

「またえっちぃビデオ見るんですか?」

「違う! 生と死の神秘の光景をだな――」

「はいはい」

 新堀金太郎の熱弁は明樹保によって一蹴される。

 道中の彼女達の話題はやはりエイダであった。彼女は話が着くと即座に猫の姿に戻り、今は明樹保の肩に乗っている。

「すごかった〜」

「くそぅ! 俺も中に入っていればよかった」

 新堀金太郎は心底悔しそうに顔をしかめた。

「エルフって初めて見たわ」

 凪の言葉に鳴子は頷き同意する。

「違うわよ。私はエルフじゃないわ」

「え? 違うの?」

「エルフほど私達は人と交流が盛んじゃないわ」

「やはりハイエルフ」

「そう」

 優大の言葉にエイダは首肯する。

「どう違うの?」

「能力的なもので唯一違うのは、魔石の類がなくても魔法を使えるところかな。後は外交的じゃなく、排他的だわ。とにかく余計なものは入れないってのが、鉄則だった。そんな窮屈なところが嫌で、飛び出て冒険に出たんだけどねー。まあ、見てくれはあんまり変わらないから、あっちではエルフってことで通しているけどね」

 沈黙が流れた。彼女の言葉にはどこか自嘲めいたものが含まれており、それ以上踏み込むことが出来なかったのだ。

 沈黙に耐えかねた明樹保は話題を振る。

「白百合ちゃんが鍵開けといてくれてよかった」

「そういやすんなり中に入れたのって……」

「ええ、実は念話の方で軽く打ち合わせしておりまして、最悪の場合踏み込んでもらおうかと」

 和也は「マジかよ」と肩を落とす。

「あの……紫織さんのほうもお話つけた方が……」

「大丈夫よ。さっきも言ったでしょ。感情が許さないだけで、わかってはくれているわ。だから大丈夫。後は私が無事に帰るだけよ」

 明樹保は心配そうに紫織を見つめるが、彼女は笑って見せる。

「大ちゃんよ。本当にいいんだな? 俺としてもタッキーと同じく承服しかねるぜ。アイツお前がヘマしたら怒るぞ〜」

 新堀金太郎は冗談交じりに釘を差した。対して優大は一瞬だけ表情を暗くし――首を振る。

「ええ……肝に銘じておきます」

 

 

 

 私はその様子をよく知っていた。

 

 

 

 私は優大を呼び出し、人気のない所へと向かう。周囲に人払いの魔法を展開し、2人だけの空間を作った。

 まさかここまで似ているとは……直の事だけじゃない。何か大きなモノを抱えている。そんなことを私は直感した。

「辛そうね」

「そんなことはありませんよ」

 優大は笑う。笑って誤魔化す。彼女もそうだった。

「やめなさい。桜もそうやって全部背負い込んでいったわ」

 顔だけじゃなく仕草、癖、表情までも似ているのはもはや笑い事ではない。

「似ていますか。なら隠しても仕方がないですね」

 こういう潔さもだ。

「何度でも言うわ。驚くくらいに瓜二つよ」

 彼は「そうですか」と言うと苦笑いをする。話したくない内容なのだろう。それでも吐き出さないと、それはいつしか優大自身を苦しめる楔となりかねない。

「お願い。話して……」

 私はダメ押しとばかりに、元の姿へと戻った。

 それでも彼は首を振る。

「どうして?」

「この痛み。この想いは俺だけのモノなんです」

 そう言うと彼は驚くぐらい清々しい笑顔で言った。

 

 

 

 

〜続く〜

 

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備えよ。最終決戦はすぐそこだ
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