ALO〜妖精郷の黄昏〜 第33話 ユージオとアリス |
第33話 ユージオとアリス
No Side
ユージオが『青薔薇の剣』を、アリスが『金木犀の剣』を、2人がそれぞれ己の愛用する剣を振りかざし、剣をぶつけ合った。
「はぁっ!」
「くっ…!」
先制はアリスの一手。速さは彼女に分があるらしく、
ユージオは僅かに振り遅れながらも剣を交わらせることでアリスの先制を防いだ。
鍔迫り合いになるも僅かずつだがユージオが押し始めていく。
「ふっ!」
「うっ…!」
如何に整合騎士といえどやはりアリスも人間であることに変わりはなく、
彼女が人間として成長した時間はユージオよりも1つ下の年齢であるのだ。
加えてユージオが男であるのに対し、アリスは女性。
この世界の裏ステータスに設定されている根本的な筋力値の成長を見ても筋力はユージオが勝る。
鍔迫り合いは有利だと判断したユージオはさらに力を込めて剣を押し込んでいくが、
逆に不利だと判断したアリスはすぐさま剣を引き連撃を繰り出した。
彼女がそう仕掛けてくることを予想していたユージオは離されないようにしつつアリスが行う剣撃を防ぐ。
だが、当然のことながら全ての連撃を防げるわけもなく、
速さで分があるアリスの攻撃を受けて僅かにだが切り傷が増えていく。
それでもほんの少しの小さな切り傷、整合騎士の中でも騎士長を除けば最強と言われる彼女を相手に、
その程度で済ませているのだから彼の対応もかなりのモノと言えよう。
しかし、ユージオ自身なにも防戦一方というわけではない。
当然のことだが連撃においては次の攻撃に繋げる際に僅かな隙が生まれる時もある。
それが誘いの時もあるのだが、誘いではなく必然のものもあり、
ユージオは防御に集中していた中でその瞬間を何度も確認し、的確にその瞬間を反撃として強力な一撃を仕掛けていた。
(これほどとは……次席とはいえ、学院の修剣士と侮っていたのかもしれません…!)
そう考えながらアリスはユージオの強力な反撃を防ぎ、
その反動で自身が僅かに怯んだところに彼の連撃を許してしまい、それを捌いてから再び反撃にでる。
(やっぱり強いなぁ……村から連れ去られて、1年前に正式に整合騎士になるまで、
どれだけの修練をさせられていたんだろうか…?)
一方のユージオもそう考えながら、再び攻勢に出てきたアリスの剣撃を防いでいく。
先程よりも剣速が上がった事に気が付いた彼は集中力を高めると同時に1つの考えが過ぎる。
それはアリスの剣速はまだ上がり、さらに剣だけでの戦いに目途が立てば、
剣を先程の花弁に変化させる《武装完全支配術》を用いてくるだろうし、
そうなれば思考を働かせるのも厳しくなってくるというもの。
そうなれば果たして自分は勝てるのだろうかと考えるも、別に勝つ必要はないのだとも考えた。
(別に僕が生きようが死のうが関係無い……要は、アリスを取り戻せればいいんだ!)
その時、ユージオの闘気が増し、それに気付いたアリスは警戒心を高めながら攻撃の手を緩めない。
そんな中、高めた剣速を揮う内にアリスはあることに気が付いた。
(傷が増えない…いや、それどころか全ての攻撃を防がれている!)
間違いなく速くなった剣撃。それをユージオは最初とは違い、防ぎ、躱し、いなすことで全て的確に対処してみせた。
いくら防戦に徹しているとはいえ、剣速が増して攻撃の手数も増えたのだから普通は傷も増えるだろう。
対して攻撃を全て防ぎきるということはユージオの闘気が増したことが理由だろうとアリスは確信した。
(ならば、これはどうです!)
(剣速がさらに増した!?……けど、だからって…!)
剣速が増したことで防御に徹することを優先するユージオ、体には再び傷がついていく。
それでも致命傷にはさせず、重傷にもさせない辺りは冷静に見据えている彼の精神力ゆえだろう。
また、その傷も徐々に負わなくなっていく……その最中にさらに増したユージオの集中力は彼に恩恵を齎していた。
最速ともいえる速度で連撃を繰り出すアリス、
しかしユージオはそれを防ぎ、躱し、いなすことで再び戦闘を拮抗させていく。
さらに、連撃の繋ぎの隙を的確に突くことも忘れず、アリスの鎧を徐々に破壊してゆく。
(こんな、ことが……この者の実力は、整合騎士の物と変わらない…! 一介の学院生がどうしてこれほどの力を…!)
アリスは内心の動揺を押し隠しながらも表に出すことはせず、攻撃の手を緩めないようにする。
アリスは知らない…彼を育て上げたのが最高位の剣士であり、その者は彼の後ろでこの戦いを見極めている者であることを。
そして、遂に拮抗が僅かにだが崩れる時が来た。
アリスによる連撃の中でもほんの僅かな、しかし必然として訪れるべくして訪れた小さな隙をユージオは見逃さなかった。
力を込めた強力な一撃を繰り出し、アリスの左肩の鎧を破壊し、同時に彼女の肩に小さくはない裂傷を与えた。
アリスは痛みに顔を顰め、ユージオは大切な人に傷を与えてしまったことを悔やむが、好機を見逃すはずもなく攻勢に出る。
防戦を行っていたユージオが連撃を繰り出し始め、アリスはそれに対抗する。
ユージオの剣速はアリスに劣るがそこに大差はなく、いまのアリスは負傷していることもあり、
力で押してくるユージオの連撃とその剣速は脅威と言える。
それでも彼女は冷静に対処し、ユージオの剣撃を防ぎ、躱し、いなしていく。
そこで、なぜかアリスは斬り合いをやめて距離を取った。
「………すか…」
「えっ…?」
「なぜですか…? それほどの力を持ち、穢れ無き剣筋と邪ま無き心がありながら、
なぜ禁忌を犯し、混乱を齎し、騎士たちを傷つけたのですか…!」
強い意志の篭ったアリスの問いかけ…それにはユージオだけでなく、2人の戦いを見極めていたキリトも真剣な表情を強めた。
見極めたがゆえか、アリスはユージオと彼と共に居るキリトにも問いかけたのだろう。
そんな中、キリトは口を開くことはなく、ユージオだけが彼女に対し口を開いた。
「僕たちは…いや、僕は大切な人を取り戻しにきたんだ。
数年前、整合騎士によって故郷の村から連れて行かれた女の子を、彼女を取り戻す為だけにここへ来た」
「そんなことの為に、ここまでのことをしたのですか…」
「そんなこと、か……確かにキミたちからしたら“そんなこと”なのかもしれないね…。
だけど、僕にとってはそれこそが原点だ。アリス・シンセシス・サーティ…いや、アリス・ツーベルク。
僕はキミを必ず取り戻す!」
「なに、を…言って、いるのですか…? アリス、ツーベルク…?
私が、教会が連れてきた、その少女だとでも…? そんな、戯言……うっ…」
ユージオの語る言葉に怪訝な思いが浮かんだのも束の間、アリスの頭に僅かな痛みが過ぎる。
傷を受けてないにも関わらず、頭を過ぎったその痛みに彼女は不快感と同時に違和感を覚えた。
彼の言葉を否定したい……しかし、何かが自身に対して呼びかけてくる、彼女はそう感じている。
アリスの様子が変化したことでユージオは好機だと思い、再び彼女へ言葉を投げ掛ける。
「戦い始める前に言っただろう、キミの為だって……キミを取り戻すことが僕自身の為でもある。
アリス、キミの妹のセルカも、お父さんのガスフトさんも、お母さんだって…」
「違う! 私は、アリス・ツーベルクなどでは、ない! 私は整合騎士の、アリス・シンセシス・サーティ!
人界で生まれたことも、ましてや親兄弟がいたことなど1度もない!」
強くそう言い放つアリスの言葉にやはり無理なのだろうかとユージオは一瞬思った。
だが、あくまでも一瞬であり、諦めるつもりなど毛頭無い。
現に彼女は剣を持たず空いている手で額を抑え、痛みに堪えているような様子だ。
それはつまり、彼女の中にある『((敬神|パイエティ))モジュール』に影響しているのだと、考えることが出来たからだ。
「当然だよ、キミは最高司祭であるアドミニストレータから記憶操作を受けているからね。
キミの過去は全部別の物に作りかえられて、“アリス・シンセシス・サーティ”という人格を作られているんだから」
「そんな、はずはない! 最高司祭猊下が、守るべき民にそのような仕打ちを為さるはずがない!」
「そう思いたければそう思っていればいいよ。
だけど僕が言っていることは事実で、僕にはキミと過ごした記憶があって、キミに家族が居るのも事実だ」
「黙り、なさい…」
「黙らないよ」
「黙りなさい! その言葉で、他の騎士たちを惑わしてきたのですか……剣筋や心持ちから良き剣士だと思っていましたが、
どうやら見込み違いだったようですね。
いいでしょう、もはや剣での語り合いは無用ということ、私の全ての力を出しましょう!」
「話すだけなら誰にでもできる……だけど、やっぱり戦わないと伝わらないこともあるのかな」
まるで言い争うかのようにしていた2人だが、相容れない互いの考えにより、
やはり力でぶつかり合うしかないと判断したらしい。
アリスは金木犀の剣を強く握り締め、ユージオに向けると剣が黄金の花弁となった。
数多に舞う黄金の花弁、その1枚1枚が石を斬り裂き、地を抉り、
引き裂く物だという事は戦闘前の説明でユージオは理解できている。
ならば、ここからが本当の戦いなのかもしれないと考えるが、なにを今更とも思うようだ。
(戦いに本当も嘘も次もない。戦いは何時だってその時だけであり、同時に全ての時が戦いだから!)
ユージオも剣を構え、己の中の迷いを振り払う。アリスを倒す為ではなく、アリスを取り戻す為に。
互いに睨み合う……そして、生い茂った草の露が小川に落ち、その音が鳴った瞬間にユージオが駆け出した。
当然アリスはそれを見逃すはずはなく、剣を持っていた腕を振ることで数多もの黄金の花弁を操り始める。
アリスに向けて直進するユージオを花弁が切り刻もうと迫り来るが、彼は体を捻らせて避ける。
彼を追うように花弁も方向転換し、今度はユージオの背後から襲い掛かる。
「ディスチャージ!」
花弁がユージオを飲み込もうとした瞬間、
ユージオは剣を持つ右手に『炎素』を、空いている左手に『凍素』を生み出したあと、言葉と共に手を打ち合わせた。
相反し合う炎素と凍素、それらが合わさるとどうなるか……当然、爆発が起きる。
「自爆!?…いえ、目晦ましですか!」
実際、その爆発は凍素が高温の炎素によって昇華され、
大量の蒸気になったためであり、その蒸気はユージオだけでなくアリスさえも包み込む。
それを目晦ましだと理解したアリスはユージオが何処から攻撃を仕掛けてくるかを警戒する。
その時、アリスが裂傷を負っている左肩、つまり左側から何かが近づき、アリスは花弁を操りそれを迎撃した。
迎撃したもの、それは土を包んでいるユージオの服の上着であった。
(囮ですか。子供騙しの戦術でしょうが、彼は侮れない…っ!)
警戒を解かずに周囲の動きを探っていると再び飛来してきた物があり、
今度も花弁でそれを切り刻むが、またも先程と同じで土を包んだ彼の服あった。
何を企んでいるのか不明瞭な以上、アリスは油断せずにしっかりと迎撃をこなす。
そして、周囲を包んでいた蒸気が徐々にだが晴れてきた。
アリスは晴れゆく蒸気の中に影を見つけ、そこを注意深く見た。
すると、そこにはユージオがいることが分かり、彼女は即座に彼目掛けて花弁で襲撃した。
花弁は確かにユージオを包み込み、その寸前に彼の顔が驚愕していることも分かった。
(獲った!)
「エンハンス・アーマメント! ディスチャージ!」
「えっ…」
倒した、そう思った直後……ユージオを包み込んだと思われていた場所のすぐ傍で彼の声が上がり、
足元を霜が覆いつくして周囲を冷気が満たし、鋭い霜柱が波打った。
さらに、ユージオは続け様に再び炎素と凍素を合わせて蒸気を発生させた。
その蒸気はユージオが発動した《武装完全支配術》の冷気により、空間ごと氷結させていった。
そのあまりの冷気にアリスは体の節々が冷え切ることで反応が鈍くなり、眼は痛いほどに冷えてしまった。
(くっ、まさかこれが狙いで……ですが、これでは彼も無事では済まないはず…!)
《武装完全支配術》は確かに強力であるが、《記憶解放》と同様に扱い方を間違えればその牙は己に向くことになる。
今回の場合はそれが顕著であり、通常時であれば使用者であるユージオに被害が及ぶことはないが、
蒸気を発生させて氷結した空間の事象はユージオにも及ぶこととなり、結局は互いに傷を負っただけと言える。
アリスはそう考えていた。しかし、アリスが見た現実は彼女が思う以上の物だった。
ユージオは自身と同じ、いや蒸気と冷気の中心に居る彼の方が被害は上であるにも関わらず、
彼は剣を構えて堂々とし、瞳の力は揺らいですらいない。
アリスはユージオへの攻撃が失敗したことを悟り、花弁を自身の元へ呼び戻した……が…。
「な、ぜ…?」
アリスの許へ戻ってきた花弁は元の数の10分の2程度であった。
呆然とする彼女は要因を探ろうとし、すぐに気付いた。
残り8割の黄金の花弁、それらは全てユージオの背後で咲き誇る氷結の青薔薇の中に閉じ込められている。
「こんな、ことが…」
「上手くいくかどうかわからなかったけど、ちゃんと上手くいって良かったよ」
ユージオは冷気に凍えながらも声を震わせることはせず、堂々としながら言ってのけた。
彼がやってのけたこと…それはまず囮として自身の着ている服を破り、軽く土を包んで投げつけ、
さらにもう1つ作った包みを別角度から投げつけることでアリスの気を僅かに逸らさせた。
気を逸らさせている間に『鋼素』と『晶素』を用いて鏡を3枚作り出し、
2枚を空中に投げながら1つを手に持ち、自身の顔とアリスの視線が重なる場所でそれを持ち続け、
自身に気付いたアリスが黄金の花弁を仕掛けてくることに投げた鏡で気付き、落下してきた鏡を黄金の花弁が包み込む。
その瞬間に《武装完全支配術》を発動し、氷の蔓で花弁を絡め取りながら凍らせ、
ほとんどの花弁を青薔薇の中に閉じ込めたわけである。
さて…石を斬り裂き、地を抉る花びらであるが、それは動かすことが出来たらの話であり、
絶対零度の永久氷塊から生まれた青薔薇の剣による凍結は動かすことの出来ない花弁では内側から破ることは出来ない。
結果、アリスの操れる花弁は元の数の2割と少数になり、
加えて蒸気を冷やして空間に冷気を満たして自由を奪うことにユージオは成功した。
(この戦いの中でこれほどの策を弄するなんて……いえ、あの氷さえ破壊すれば花弁は回収できる。
いまここで術を解いて剣に戻すのは危険かもしれませんし…っ!)
そう思考するアリスだが、剣を構えていたユージオがついに動き出した。
かなりの速度で迫り来る彼に向けてアリスはすぐさま花弁で迎撃するが、
冷気によってか思うように体が動かず、思考速度にも影響が出ており、花弁の速度が鈍くなる。
それはお互い様であるにも関わらず、ユージオは先程とほぼ変わらぬ速度で駆けてくる。
何度も花弁を操るがそれが、彼は全てを避けアリスへとどんどん近づいていく。
「ど、どうして……アナタも、冷気の影響を、受けているはずなのに!」
「確かに冷たいし凍えそうだよ……だけど、こんなものはあの日、
ただ立ち竦んでキミを守れなかったことに比べれば、なんともない!」
「っ…違う! 私は、アリス・ツーベルクなどでは、ない! 私は、整合騎士の「違わない!」っ!?」
凍える冷気の中を自在に動くユージオに驚くアリス。
そんな彼女に対し、彼は自分の力を存分に揮うことができる理由を告げる。
それを否定しようとするも、力の篭ったユージオの言葉にアリスは口籠った。
「いまのキミは確かにアリス・シンセシス・サーティなのかもしれない!
だけど、それでもキミはアリス・ツーベルクだ!」
花弁を回避しながらやはり突き進んでくるユージオ。
しかし、アリスも次第に体が冷気に慣れ、体温も上昇してきたことで花弁の速度も増していき、
ついにはユージオの体を花弁が幾つも掠める。
花弁1枚1枚が巨人の一撃に匹敵するため、掠めるとはいえその一裂きの激痛は並のものではない。
それでも、ユージオの駆ける速度が緩むことはなく、アリスに向けて近づいてゆく。
誰もが恐れる整合騎士に立ち向かってくる彼のその姿に、アリスは次第に心を呑まれていく。
「なんで、どうしたら、ここまで…!」
「何度でも言うよ…キミのためであり、僕自身の身勝手な我儘のためだ。だけどそれは、剣だけじゃ伝わらないから…!」
なぜユージオがここまで戦うのか、アリスには理解できなかった。
彼の言う自身と同じ名を持つアリス・ツーベルクという少女、彼女は自身がその少女とは別の存在だと断言できていた。
いまもそう思っているのだが、頭に痛みが奔り、断言することができないでいる。
「伝えるためにも、決着をつけるよ…アリス!」
ユージオが断言した瞬間、彼の闘気がいままでとは比べられないほどに増大した。
彼の眼は覚悟を決めた男のものであり、その瞳に宿る強い輝きにアリスは何故か胸が高鳴ることに気付いた。
首を振りそれを気のせいとして、花弁でユージオに再度攻撃を仕掛ける。
高速で動く花弁を掻い潜り、ついにはアリスのすぐそばまで辿り着いた。
青薔薇の剣を振り翳し、アリスへと剣を振るった。
「ぐぅっ!?」
振るわれた剣はアリスの鎧を砕き、腹部が布一枚となる。
衝撃で僅かに後退したアリスに対し、ユージオはさらに踏み込む。
しかし、彼の背後には幾千もの花弁が迫っていた…それはアリスが僅かな花弁で氷を破壊したことで解放された花弁であった。
高速で戻り来る花弁がユージオの背中を捉え、彼の背中を抉る。
これにはアリスもさすがにもう進む事は出来まいと判断したが、ユージオは背中に与えられた一撃を利用した。
「うぐぅぅぅ……ぉぉぉおおおおおっ!」
「そ、そんなっ!?」
背中に受けた一撃、それは巨人の一撃を上回る衝撃であり、その衝撃を利用して前へ加速するには十分だった。
衝撃によって加速し、アリスの目前へ辿り着いたユージオは空いている左手を拳にし、
強力な一撃をアリスの腹部に叩き込んだ。
「かはっ!?」
その一撃でアリスの意識は持って行かれそうになるが、なんとか耐えきるアリス。
しかし、ユージオは青薔薇の剣の柄で同じ箇所に強烈な打撃を与え、
今度こそアリスは己の力が抜けていくことを僅かな意識で悟った。
意識を失う寸前、彼女は自分に向け優しい表情を浮かべるユージオと、
黄金の花弁を飲み込む漆黒の奔流を目にし、意識を手放した。
ここにおいて、ユージオはアリス・シンセシス・サーティを打ち倒した。
No Side Out
ユージオSide
「はぁっ……はぁ、はぁ…。アリ、ス…」
意識を失ったアリスを抱きかかえながら、僕は床に座り込む。
体中の掠り傷が冷気で沁みるし、背中は強烈な衝撃と抉られたお陰で滅茶苦茶に痛いし、というかとにかく疲れたし。
「勝ったみたいだな、ユージオ。ほら、カーディナルから受け取った薬を飲め」
「あぁ、ありがとう……はは、死ぬ気でやったけどホントに死ぬかと思ったよ…」
「良くやった。短剣で眠らせることなく、意識を刈り取らせて勝利したか」
「キリトが鍛えてくれたお陰さ」
デュソルバートさんから受け取ったカーディナルさんが用意した薬で傷も疲れも回復した。
本当なら短剣を突き刺してアリスを眠らせることが最短だったけど、彼女をただ眠らせるだけということが嫌だった。
過去の自分を忘れて、最高司祭と教会を信じて疑わず、
そのくせアドミニストレータが民を傷つけて思うままに従う存在にしていることを知らないで忠誠を誓っている。
それが気に入らなくて、大切な彼女がそうなっていることが余計に気に入らなくて、
だからアリスを眠らせずに僕は思うままに戦った。
「俺が鍛えたのはきっかけに過ぎない。それを自分の力に出来たのはお前自身の想いの力だ。誇っていいぞ」
「ありがと、キリト」
キリトはそれでも僕の力だと言ってくれて、その言葉が嬉しいと思った。
これまでは彼の後ろを離れたところから追いかけることが精一杯だったけど、
いまは少なくても彼のすぐ後ろまで追いつくことが出来たのがわかった。
整合騎士中に2番目に強いと言われているアリスを倒せたことでそれが証明されたから。
「っと、アリスの治療も済ませようぜ。左肩の裂傷と切り傷を治さないといけないな」
「うん。自分でやっておいて難だけど、彼女に傷痕が残ってほしくないし…」
精神的にも余裕のあるキリトが肩の裂傷を治療して、僕はそれ以外の切り傷を治していく。
当然だけど彼女の金木犀の剣はこっちで預からせてもらっているし警戒は怠らないつもりだ。
治療を終えてから5分、治療時間を含め10分が経った頃に彼女が目を覚ました。
「うっ……わたし、は…敗れたのですね…?」
「ああ。キミが戦ったユージオは修剣士ではなく、紛れもない剣士だったということだ。
勝者はユージオだから、騎士アリス…キミには彼の話を聞く義務がある。
俺はしばらく離れているから、2人で話すように」
「あ、うん…」
僕と目覚めたアリスにそう言ったキリトは微笑を浮かべながら近くの小川まで離れた。
僕たちの間に沈黙が流れるけど、このままでは何も進まないと思って口を開くことにした。
「アリス、いまから話すことはキミにとっては到底信じられないもので、戯言だと考えると思う。それでも聞いてほしい」
「……あの者が言った通り、敗者である私にそれを拒否する権利はありません…」
彼女がそう言ったことで聴く態度を取ってくれたと理解して、僕は彼女に話し始める。
キリトから聞いた整合騎士の生まれ方、その過程で人の記憶を奪って作り替え、
教会への忠誠心を埋め込むこと、その所業を最高司祭が行い元老院も認可していること、
公理教会の禁忌目録や掟により理不尽な苦痛や不幸を下級貴族や平民が受けていること、
僕とキリトが連れてこられる前にアリスも会ったロニエとティーゼが、
その理不尽な目録と掟のせいで性的暴行を受けそうになったことも、全て彼女に話した。
アリスはそれを無言で聴きながらも信じられないという表情をして、それでも反論しようとしては言い淀んでいる。
「キミがどれだけ僕の言うことを嘘だと思っても、真実だよ。
エルドリエさんもデュソルバートさんも、術が解けたいまは僕たちに協力してくれている」
「エルドリエが…? それに、デュソルバート殿まで…?」
「そうだよ。あの2人は自分の記憶を取り戻すために自分に出来ることをしている」
再び信じられないという表情をしたけど、アリスは反論もしないで額を抑えている。
まるで痛みを堪えている様で、多分だけど心に引っ掛かるものがあるのかもしれない。
それなら、話すべきなのかもしれないな。
「アリス、キミは知るべきだ。キミが知らない…いや、キミが忘れているキミ自身の過去を。
幼馴染である僕が、知っていることを全て話す」
僕がそう言うとアリスは沈黙したあとで小さく頷いた。
それを確認してから、僕はアリス・ツーベルクのことを話し始める。
「キミの本当の名前は『アリス・ツーベルク』。
ノーランガルス北帝国、その北方の辺境地にあるルーリッドの村が僕とキミの故郷だ。
アリスのお父さんの名前はガスフトさん、お母さんはリアッカさん、妹はセルカだよ。
キミの天職は修道女で当時は見習いだった。
シスターから神聖術を習っていたキミは凄く優秀で天気の予測もやってのけて、明るく て優しくて、村の人気者だった。
僕とは幼馴染で僕はいつもキミに助けられて、それに憧れていた。僕もキミも村で平和に過ごしていたよ…。
だけど平和に過ごしていたある日、僕とキミは『ダークテリトリー』との境界線である『最果ての洞窟』に行った。
そこでキミはダークテリトリーの領域に手を付いてしまい、禁忌目録を破ったとされてこのカセドラルに連行された。
その時にキミを連れて行った人がデュソルバートさんだ。
連行されたキミがどうなったのかは分からなかったけど、
キミは1年前に正式に整合騎士になって、この前僕たちと対面した……アリス?」
アリスのことを話し終わった時、彼女がなにも言葉を話さないことに気付いて窺ってみると、彼女は涙を流していた。
「セルカ……思い出せない、顔も声も…。でもこの名前を呼ぶのは初めてじゃない……私の口が、喉が、心が、覚えている…。
何度も呼んだ…毎日、毎晩、呼んであげた…」
「アリス…」
「本当なのね…私に、父が、母が、妹が……血の繋がった家族が、この世界に居る…」
「そうだよ。キミのことを愛して、いつか帰ってきて、また会いたいと思っている家族が、キミにはちゃんと居る!」
セルカの名前を呟いたアリスは少しずつだけど話して、自分の消え去っていない心の奥の記憶に触れているみたいだ。
だからこそ僕は彼女に家族が居ることを断言した。
すると、アリスは僕を見つめて口を開いた。
「不思議です……戦う前まではお前の、貴方の言葉に何も感じなかったのに、いまは心地良く感じる。
剣士、ユージオ……うぅっ!?」
「アリス? アリス!」
その時、アリスが頭を押さえて苦しみだした。これはまさか…!
「ユー、ジオ……あなたの、なまえが…ここち、いいのに……なのに、なぜ、こんなに、あたまが…!
これが…さいこう、しさい、さまが……わたし、たちに…かけた、じゅつ?」
「そう、キミたちの記憶にかけた封印術の1つだよ…」
エルドリエさんやデュソルバートさんと同様に苦しむアリスの額には三角柱が半分以上浮かび上がっていて、
僕は何も出来ないでいることがただ悔しい。
そう思っていたら、アリスが僕の手を握った。
「ユージオ…このいたみを、たえしのげば、いいのですね…?
そして、わたしが…あなたたちに、きょうりょく、すれば……きおくを、
とりもどして…セルカに、も…あえるの、ですよね…?」
「会えるよ! 飛竜に乗って行けば、1日や2日で村に着くから…セルカもみんなも、キミに会いたいと思っているはずだ!」
「ならば、わたしは……きしの、しめいを、すててでも……っ、あぁっ!?」
今度は右眼を押さえたアリス。
「アリス、良く聴いて。それは最高司祭がキミたちに仕組んだ教会への反抗を防止する為の術だ!
このままいくと、キミの右眼は吹き飛ぶ……でもそれに耐えきったら、キミはもう操り人形なんかじゃなくなる!」
「わかり、ました……そのまえ、に…ユージオ……きいても、いいです、か…?
わたしは、あなたの、なんなの、ですか…?おさな、なじみとは、いえ…なぜ、ここまで、わたしのこと、を…?」
その問いかけに僕は驚いたけど、逆に決心がついたのかもしれない。
いや、本当は昔から、この想いがずっと僕の中にあったんだ。
「好きだからだよ、アリス」
「す、き…? わたし、を…?」
僕は自分の中にあるアリスへの想いを告白した。
あの日、キリトに問われた答えが整合騎士になった彼女に再会するまで定まらなかったけど、いまはハッキリと分かる。
僕は、アリスのことを1人の女性として好きになっていたんだ。
「あぁ……キミのことが好きだから、だからここまで来たんだ。
失いたくなくて、忘れたくなくて、取り戻したくて、傍に居たくて…。
アリス・ツーベルクでも、アリス・シンセシス・サーティでも、どっちのアリスのことも大好きだから!」
「……すき、だいすき……ただの、ことばの、はずなのに……あたたかくて、うれしい///」
アリスは苦痛に耐えながらも微笑みを浮かべて、僕の手を握っている。
「ユージオ……わたしが、きおくを、とりもどして……せいごう、きしの、まま…でも……すきで、いてくれる…?」
「うん。アリスが好きだから、そんなの当然だ」
「それなら、だきしめて……がんばって、たえきる、から…!」
「わかった!」
僕はアリスの体を起こしてから強く強く抱き締めた。彼女の痛みと苦しみが少しでも紛れるように。
そして、アリスの小さな悲鳴と共に額から三角柱が抜け落ち、彼女の右眼は吹き飛んだ。
ユージオSide Out
To be continued……
あとがき
というわけで、ユージオVSアリスは見事にユージオが勝利しました。
キリトから学んだ技術と自身の《武装完全支配術》、そして想いの強さの勝利です。
本作においてはアリスの抜かれた大切な記憶は彼ですのでユージオが話すことで、
アドミニストレータとの決別になっております・・・なお、アリスの母親の名前はオリジナルです。
改めて思いましたがやはり戦闘は苦手ですね、もっと上手く書けるようになりたいですw
というわけで最後は思いきりユーアリな展開でしたが、まさに自分得w
次回は原作の展開とは違いキリトVSベルクーリとなります。
キリトが封印していた《二刀流》を解禁しますので彼の無双をお楽しみにw
それでは・・・。
追記(8月4日)
小説サイト「ハーメルン」において、イバ・ヨシアキ様が本作の三次創作を再び書いてくださりました。
今回もR-18になっており、内容は前回の「第四十九・五技 キミのために」のキリトサイドです。
前回がアスナサイドなのに対し、此度はキリトサイドで前後半にわかれています。
お読みになる方々は前回と同様に「ハーメルン」においてユーザー検索で「イバ・ヨシアキ」様を検索してください。
内容は前述のとおりR-18ですので、18歳未満の方はご遠慮くださりますようお願いします。
前回同様、素晴らしい作品になっていますので是非読んでください。
説明 | ||
第33話です。 ユージオVSアリス、ぶつかり合う2人だが果たして勝者はどちらになるのか? どうぞ・・・。 |
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kachidokibatler様へ キリアス含めて最終章最終話、並びにそれに準ずる話しに出す予定です(本郷 刃) キリアス以外のカップルの子供たちは黒戦最終章で出るのでしょうか?(kachidokibatler) 雨音 奏様へ 言わせなくてはならないと思いました(本郷 刃) ユージオ!よく言った!!!(雨音 奏) アサシン様へ キリアスもオリ原作のCPも好きですがユーアリも好きなのです!(本郷 刃) アサシン『オロロロロロr・・・・・・・(砂△糖)』血盟騎士団経済部「団長!一部で空気を読まないヤツがまた砂糖を大量に!」ヒースクリフ「・・・・・・・またか」(アサシン) 肉豆腐太郎様へ アスナ「それに関してなんですが…」 キリト「ノーコメントということにさせてもらいます」 刃「理由なんですが最終章で明らかになりますので」 ユイ「ですので最終章を待っていてくださいね♪」(本郷 刃) 関係ないことですがキリトさん、明日菜さん、ユイさんに質問です。ユイさんの名前を漢字にしたらどんな字になりますか?(肉豆腐太郎) セルア様へ 自分もなんだかんだで書きたかったんですw(本郷 刃) わーいわーい! 待ち望んでいたユーアリがついにきたぞーーー!(セルア) ガルム様へ どうなるかは今後次第ですがねw(本郷 刃) フラグを受信した・・・ このチートキリトがユージオとアリスをこっち側に連れてきそう・・・ キリトとカーディナルがいれば可能だろう・・・ データ化してALOで自我をもつNPCとして・・・(ガルム) ディーン様へ キリト「リーファにはドンマイとしかいえないな(苦笑)」 ユイ「和菓子美味しそうです♪」 アスナ「相合傘は定番だよね♪」 刃「夜の水族館はまた幻想的でしょうね・・・評価はAAです!」(本郷 刃) これから映像を送ります、内容は「ルナリオが翠さんにリーファの恥ずかしい話をしている所にリーファが来る」と「シャインとティアとクーハとリンクが和菓子の名店に来ている」と「ケイタとサチが相合傘して雨の中を歩く」と「ハクヤがリズを連れて真夜中の水族館に行く」の4作品です、評価お願いします。(ディーン) ディーン様へ キリト「大人しくしてくれよ(黒笑)」 アスナ「は、はい…///」 クライン「こいつは驚いたなぁ…」 カノン「えぇ、本当に…」 ハジメ「……(なでなで)」 ピナ「きゅ〜♪」 シノン「ユイちゃん♪(ぎゅ〜)」 ユイ「シノンさん♪」 ヴァル「ハジメさんなら任せて大丈夫だよ」 シリカ「うん…///」(本郷 刃) 今から写真を送ります、内容は「キリトがアスナをコスプレをさせる(キリトが着替えを手伝う)」と「クラインとカノンの桜が一年中咲いている島に行く」と「ハジメとシノンがユイちゃんとピナを可愛がる」と「ヴァルがピナを心配しているシリカを抱きしめている」の4枚以上です。(ディーン) クロス様へ ウチのキリトさん分がユージオにも加わったために彼のイケメン度が増しました(本郷 刃) ユージオがイケメンすぎて泣ける(男泣き)(クロス) ボルックス様へ ユージオの活躍が書けました! お褒めの言葉、ありがとうございます!(本郷 刃) ユージオカッコいいぞ!!この活躍が見たかったんですよ(^^)そして、告白のところで感動しました♪ 今回も素晴らしい話しありがとうございました!(ボルックス) 観珪様へ みなさんキリトの二刀流を楽しみにしていらしたようで・・・書く自分もですがww(本郷 刃) キリトさんの二刀流解禁ww これは草木一本残らないですなww(神余 雛) 弥凪・ストーム様へ むしろそれも狙い目でしたのでww(本郷 刃) 何というか最後は甘々な展開でしたねwww(弥凪・ストーム) イバ・ヨシアキ様へ リーファ「あたしもルナくんは中型犬だと思うな〜・・・1人は、絶対に欲しいです/// えっと、ルナお兄ちゃん///♪」 ルナリオ「うはぁ、きゅんってきたっす///」(本郷 刃) ルナリオさんありがとうございます。次はリーファさんに質問です「ルナリオさんを動物に例えたらなにが思い浮かびますか?」「将来子どもはなん人希望ですか?」「ルナリオさんにお兄ちゃんと一言どうぞ!」 (イバ・ヨシアキ) やぎすけ様へ 夢の一戦叶えちゃいます!(本郷 刃) 今回に引き続き、次回も原作になかった夢の一戦(しかも二刀流)、非常に楽しみです!(やぎすけ) タナトス様へ そこは次回でご確認くださいね(本郷 刃) キリトはどの剣を使うのかな?(タナトス) 肉豆腐太郎様へ 次回も戦闘です・・・甘い部分も書くつもりですがw(本郷 刃) サイト様へ 建前と本音が逆になってますよww(本郷 刃) ↓やっとのことで会えたのだから良いではないですか、あ、俺も当分糖分とってないんでそのままいちゃついていてください(肉豆腐太郎) まったくもってけしからん!もっといちゃつけwww糖分欲しいんだ!?(こんな非常時に何してるんだ君たちは!)(サイト) 肉豆腐太郎様へ 動かせなければそれまでということです(本郷 刃) 影図書様へ 整合騎士アリスはツンデレ・・・もし彼女が元に戻れば・・・(黒笑)(本郷 刃) ディーン様へ この世界との別れも近づいております・・・(本郷 刃) Kyogo2012様へ ようやくとも言うべきですが逆を言えば騎士長はキリトに《二刀流》を使わせることができるということです(本郷 刃) ユージオ、凍らせるとは考えたな……(肉豆腐太郎) 次回からユージオとアリスのラブラブ臭の気配が…… 来週までにコーヒーと壁が必要かもしれません(影図書) ユージオがアリスに勝ちましたね、そしてユーアリですか、次回はキリト無双の幕開けですか、もうそろそろ、この世界ともお別れですかね、次回を楽しみにしています、(ディーン) ふはははははははは。やっとか。キリト無双が待ち遠しな。その辺のボスなら、触れた瞬間に吹き飛びそうだな。ケケケケケケケ(Kyogo2012) |
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