恋姫†無双 八咫烏と恋姫 1話 紀州人、冀州に舞い降りるのこと
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恋姫†無双 〜孫市伝〜

 

 

 

 

後漢末期に、乱れに乱れた世を正さんと天より八咫烏が舞い降り、乱世を平定の世へと導く。そう予言がされている。

八咫烏とは三本足の鴉であり、神話の生物である。勝利へと導く、王者を案内する、または迷い人を正しき道へと案内する神の化身と伝えられている。これを予言した管路は当たる気がする気が無くもない、と曖昧なことを述べているが今まで予言を的中させてきた実績があって、皆は半信半疑であった。

 

後漢末期。予言の日が来た。

だがどこに現れるかまでは予言していなかった為に八咫烏の力を利用しようとする諸侯は全国を見張っていた。財力や人材に優れた者は群の一町に間者を置き、または商人たちを利用して噂を集める者もいた。

そして中華の北の地、冀州の地に流れ星が落ちたという噂が、瞬く間に中華全土に広がった。鴉が舞い降りたか、廃れた漢王朝を正すために来たのか。各地に燻っている英雄たちはこの先の乱世を読み取り、道しるべを欲するように三本足の鴉を探すように将たちに命じた。

 

 

 

 

「藤吉郎・・・」

 

 

 

満点の夜空が広がる荒野の真ん中に一人の若い男が仰向けに倒れていた。寝ている訳では無い、行き倒れている風にも見えない。とにかく、巨漢。真赤な袖無し羽織、真白な革袴。僅かな月光が男の異様な風体を照らしている。そして時折、誰かを呼ぶようにうわごとが荒野に木霊する。

 

そんな男に三人分の視線が注がれている。恐らく気絶しているのだろうその男に、どこぞのごろつきと思われる男達が視線を送っている。頭の先から爪先までよく観察してこの男が何者なのか考える。

 

「こいつが例の八咫烏か」

 

背の高い男が両側の男たちに言った。よく肥えた横幅に大きい男は首を傾げ、子供のまま成長が止まったかのように小さい男は身体に似合わない凶相までとはいかないが鋭い目つきである。

 

「どうでしょう兄貴?」

 

二人の兄貴分である背の高い男は二人にその男を起こすように命じた。相手は気絶しているが空から落ちてきた異様な者だ。チビとデブはやや警戒しながらその男の傍に立ち止まった。改めてみると何とも異風な男である。普通とは見えない煌びやかな服装、その内に詰まっている巨躯の形が想像して取れる。

 

「ちょっと突いてみろよ」

 

「俺が?」

 

チビがデブに少し口調荒く言った。二人は深い仲であるためデブはそんな些細なことは気にしないがチビが明らかに動揺しているように見えた。自分も少し怖いがこっちは三人いるんだ、自分は自慢の怪力がある。何かあれば押さえつけることも簡単だと思っている。

爪先で軽く蹴るとその男は、先ほどから述べている人の名と思われる言葉を口から漏らした。どうやらまだ起きそうにない、今のうちに身包みを剥いでこの場を立ち去ろうとチビや自分の兄貴分の方を見た。

 

「藤吉郎!!」

 

二人は身体を跳ね上がらせた。男の大声が二人の縮めきった心を飛び上がらせたのだ。少し離れた場所の兄貴も肩をビクッと震わせた。しかし、それもうわごとだったようだ。男は起きそうにない、チビが仕返しとばかりに男の脇腹を蹴った。今度はうわごとではなく、苦痛の声を漏らすと脇腹を押さえて男は上体を起こした。状況が掴めていないようだ、チビとデブの顔を交互に見て、それから今が夜と気づいたようだ。

 

「なんじゃい、お前ら」

 

男がついに身を起こした。傍の二人は慌てて兄貴の方へと逃げるように走った。兄貴を先頭に再び、男の近くに寄って吠えた。

 

「おい、お前。良い服着てるじゃねえか。死にたくないなら裸で帰りな」

 

男は状況が掴めたのだろう、ぼさぼさと伸びて後ろで軽く束ねた頭を掻くとようやく口を開いた。

 

「ここはどこじゃ?」

 

「ん? お前ほんとに空から落ちてきたのか?」

 

「何ゆうとるんじゃいお前?」

 

「教えてやるよ。ここは冀州だ」

 

「紀州? ならわしのことを知っておるじゃろ。雑賀衆の元棟梁の鈴木重秀じゃぞ」

 

その言葉に三人トリオは首を傾げた。どこか言葉が違う気がする、兄貴がもう一度聞いてみると同じように男は続けた。

 

「だから、紀州雑賀の」

 

「冀州さいかの?」

 

「雑賀衆の元棟梁」

 

「さいかしゅうの元棟梁?」

 

「鈴木重秀」

 

「名が鈴木? 字が重秀?」

 

両者は困ったと言う風に顎を触り、互いの顔を見合わせた。こいつ頭が狂っているのか、四人ともそう思ったが口に出さずに互いに目の前の男を見る。

 

「ここは日ノ本の紀州ではないのか?」

 

「ここは冀州の勃海だ」

 

勃海、重秀と名乗った男は聞き慣れない言葉に三人の前で腕を組んで頭の中にある単語の山を調べるが記憶にもない名だ。酒にでも酔ってどこぞで寝てしまったのだろう、いつもなら酔えば見知らぬおなごと共に寝ているのだが自分も年なのだろう。しかし、何か忘れている気もする、男は深く考え込んでしまい三人の前で足を組んで座ってしまった。

 

「おい、寝ぼけるのもいい加減にしろよ。面倒くさいから、もう殺して身包み剥いじまえ!」

 

兄貴がそう喚いて腰の剣を抜くと、チビが槍を構えてデブが斧を掴んだ。重秀は少し狼狽したが三人の身なりと言葉遣いをみて野盗と判断したのだろう、やや冷静に言葉を交えながら立ち上がった。

 

「お前ら野盗か。もう少し話を聞きたいのじゃが・・・」

 

「うるせぇ!!」

 

兄貴が剣を振り下ろすが既に彼はそこに居なかった。軽い身のこなしで後ろに飛んだのだ。

 

「身体が軽いのう、若返ったみたいじゃ」

 

軽口を言う男にチビとデブが挟み込むように追撃する。それさえも軽くあしらうと手振りおかしく舞い始めた。舞うと同時に三人の身体が跳ねあがって地に叩きつけられた。どうやら放り投げたようだ、三人は重秀の背を見上げる。

 

「鴉?」

 

真赤な袖無し羽織の背には三本足の鴉が羽ばたいていた。投げられて戦意を喪失した三人に重秀が詰め寄った。ここは一体どこなのか、それが先ずであったが説明されても重秀という男は全く理解できていなかった。困ったのは男たちの方である、ここまでこの地のことを知らないとなると本当に天から降りてきた八咫烏ではないのか。しかし、この男は鴉ではなく人間だ。そういえば八咫烏も何かの神様が変化したものらしいが、本当にこの鈴木重秀という男が予言の八咫烏。乱世を平定へと導く者なのか、漢王朝は衰退して自分たちのような賊が世に蔓延っているが、戦争という大きな物は起きていない。

 

三人はどう説明したらいいのか分からず、逆に彼に何処から来たのか聞いてみた。

 

「わしは紀州、日ノ本と言う所の紀伊国出身じゃ」

 

「いや、わからん」

 

「なんでじゃ!? ここは日ノ本ではないのか?」

 

三人は黙って頷いた。掛けてあげる優しい言葉は持ち合わせていないし、分かりやすく説明してあげる学もないのだ。

 

「しかし、あんた八咫烏なんだろ?」

 

兄貴が呟くように言った。予言の八咫烏なら、神様なのだからなんでも知っているだろうという意味合いも込めている。その言葉を聞くと彼は胸を張った。

 

「ああ、われは神武天皇を大和へ案内した八咫烏の後裔じゃ」

 

「鴉がご先祖で」

 

「うむ」

 

三人は笑った。この男は狂人だ。いやそんな優しい表現ではない、もっと直球的に狂っている。なぜ自分たちが笑っているのか忘れるまで笑うと目尻の涙を指で拭い、兄貴はこう聞いてみた。

 

「あんた真名って知ってるか?」

 

「真名?」

 

「親しい者同士が呼び合う名前だよ」

 

「あだ名みたいなものか?」

 

「いや、違う。真名というのはその者の全てが詰まった名前だ。許していない者が呼べば斬られても文句は言えないほど大事な名だ」

 

「おかしな文化じゃの。何やら別の国に来てしまったみたいだ。じゃが、真名とは違うがわしと古い仲の者はわしを孫市呼ぶ」

 

「「「孫市?」」」

 

三人は口を揃えて繰り返した。

 

「そうじゃ、雑賀の孫市じゃ。本当に聞き覚えないかのう?」

 

この男は自分たちに真名らしきものを言った。許している訳ではなさそうだがそう軽々しくいう物ではないと教えたが彼は、これがわしの本名と言ってもいいほど長く付き合った名だ。父から受け継ぎ、子に託したが心は孫市のままだ。そう言って夜空を見上げた。

 

「なにやら若返ったみたいじゃ」

 

「何言ってるんだあんた。俺たちより若そうじゃないか」

 

「わしは四十だぞ?」

 

「いや、あんたは二十だな。お前らもそう思うだろ?」

 

チビとデブは孫市の顔を見て頷いた。孫市は頭を抱えたまま夜空を眺めた。

 

「あんたがどこの誰だか知らないがそこの物は忘れずに持って行けよ」

 

襲って負けたのに偉そうだ。孫市はそんな態度の男たちを歯牙にもかけずに指差された方を見ると布に包まった長物が落ちていた。あれは自分が荷物を入れるのに使っていた風呂敷だと孫市は気づいて封を開けると中には見慣れたものが三挺と小さな革袋や小物が幾つも入っていた。

 

「種子島と弾に火薬。それに愛山護法じゃないか」

 

火縄銃。量産された物と堺商人が最後にと作った名銃・愛山護法。自分は山狩りにでも行こうとしていたのかと思っていると、兄貴が覗きこんで呟いた。

 

「この筒はなんだ?」

 

「!? お前ら鉄砲を知らんのか?」

 

「天の道具か? はははは!!」

 

「兄貴、もうこんな男ほうっておきましょうぜ」

 

「んだ」

 

チビとデブが兄貴の背を引っ張り、せがむと軽く孫市の背を叩きながら別れの言葉を述べた。

 

「鴉さんよ。今度会ったら酒でも奢ってやるよ、もう賊からは足を洗ってどこぞの軍にでも入ろうと思ってたんだよ。あんたに負けて吹っ切れたよ、もう官軍や諸侯の兵が賊を討伐しまくっているっていうしな。あばよ」

 

三人が孫市に背を向けて今後の生活をどうするか話し合っていると孫市の声が彼らの足を止めた。

 

「近くの町はどっちじゃ?」

 

「西の方に袁紹が治めている町があるぜ」

 

と言って兄貴が西の方角を指差す。

 

「そうか、あと金も貸してくれ」

 

「・・・昨日商人を襲って幾らかあるから貸せない事もないが。約束を守らない奴は嫌いだぜ?」

 

野盗風情が、と思ったが孫市は白い歯を見せて笑い、風呂敷を結びながら答えた。

 

「わしがこの天下に名を高くしたときにわしの元へ来い、倍にして返す」

 

「出世払いかよ。いいぜ、鴉さん。あんたが天に羽ばたいた時には倍で払ってもらうからな」

 

懐の金の入った袋を孫市に差し出し、兄貴は笑った。今まで何にも人を殺してきたがこの狂った男は強くて、何か強い意志を感じた。将来性を感じる、とても雄大な物。例えるなら空、空を飛んでいる鴉。自由で、強く、興味のない物は眼中に無いといった男だ。

 

「八咫烏じゃ。ただの鴉とは格が違うわい」

 

この男と友達になると面白そうだ。だが命が幾つあっても足りない、そうとも思った。涼風吹いたような顔とは対照的に野生の獣を身の内で飼っている。

 

「いや、あんたは鴉だよ。また会えたらその時はよろしくな」

 

三人はその場を去って行った。孫市はその背が見えなくなると西と指差された方角に歩を進めた。旅に出るのは何時振りだろうか、若いころを思い出す。いや、自分は若返ったのだろう、これが夢でも何でもいい。空は広い、自分はどこまでも飛べる。

 

「笑いが止まらんわい」

 

ガチャ、風呂敷を上げると中の鉄砲同士が当たり鈍い音を鳴らした。この世には鉄砲が無いのかのう、まさかな。夜が明ける前に町に着くだろうか。孫市は夜空をまた見上げた。紀州とは違う空だ、星の位置が違う。そもそも今はいつだ。そんな事は町に着いてから考えるか。

説明
天下一の色男にて戦国最大の鉄砲集団、紀州雑賀衆を率いる雑賀孫市は無類の女好きにして鉄砲の達人。彼は八咫烏の神孫と称して戦国の世を駆け抜けた末に鉄砲を置いたが、由緒正しき勝利の神を欲する世界が彼に第二の人生を歩ませた。

作者自身、自分の作品を良くしたいと思っておりますので厳しい感想お待ちしております。

Arcadia、小説家になろうでも投稿しています。

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コメント
ヘイロンさん 八咫烏という名前は生まれていなかったと思いますが、三本足のカラスなら伝説として存在はしていました。まぁ、恋姫なので時代錯誤は多分に含まれます。 (紀州人)
ヤタガラスって三國志の時代じゃ、まだお話作られてないんじゃ?卑弥呼の後の時代のはず(ヘイロン)
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