超次元ゲイムネプテューヌmk2 希望と絶望のウロボロス |
くらくてあかいやみのなか。
ひとりくるってわらうばけものなしょうじょ。
なみだをながしてそのてにだいたあたまをなでる。
こわれたせかいのなかでまじんはこどくにわらいつづける。
ぜつぼうしたひとみでうつるけしきはち、ち、ちがひろがるうみのなか。
このあくむをおわらしてこのやみよがはれるそのときを。
ずっと、ずっと、まっている。
◇
目が覚めて一番最初に見たのは白い天井だった。
三年ぶりのひと肌の温かみを感じながら安心して睡眠が出来た故なのか、意識が呆然として目の焦点が合わない。
突き刺す様な頭痛。目覚めて直ぐに誰とも知らない負が容赦なく流れ込んでくる。
眉を細めて痛みの所為で一気に覚醒した意識で周囲を見渡す。生活感の感じられない部屋。どこか分からず流れ込んでくる負に耳を傾け、簡単に分析するとここが医療施設だと分かる。思い出したのは勝気な少女が自分の手を握って声を掛けてくれたこと。
「デペア、ここはどこだ?」
『プラネテューヌの病室、あの少女達に運ばれたのは覚えている?』
「……うっすらと」
心の中で居座っている相棒は、紅夜の声に答え右手の甲から体の一部である黒い宝玉が姿を現して光の点滅と共に男の子供の様な低い声が響く。
『調子はどう?』
「街の中だから負の声が多くて大きくさっきから頭がガンガンする……」
少なくてもここより更に負が濃い冥獄界と比べれば精神的にはいくらかは楽だと感じている。
片言から普通に話せている時点で今の所は正常だと言えるだろうとデペアはとりあえず、と安心することが出来た。としても、あまり長居すれば紅夜の精神に大きく負担が掛かるので出来るだけ早くここか出るべきだろう。
「……なぁ、デペア」
『どうした?あの娘たちと別れあっちの世界で三年間ずっと戦って、久しぶり寝れて気持ちのいい夢でも見れた?』
「夢……ああ、あれは夢なんだろう」
血と屍が浮かぶ海の真ん中でブラッディハードのプロセッサユニットを身に纏い、首から下がない頭を抱き締め撫でる少女の姿。
壊れた顔で狂気に笑う魔神。
全てに絶望して、残ったのは膨大なる力のみ。
故に自身の破滅を女神に縋るように祈り続ける哀然の夢。
「……あんな結末は嫌だな…」
『何を見たのかは知らないけど、後悔だけはするなよ』
「後悔なんてしないむしろ……幸せだ。人が死ぬために生きるように、俺もあいつらの為に殺されるんだ」
ただそれだけの事。
この青空の向こうで囚われている女神を救うことが役目。
巻かれた包帯の手を見ながら諦めて様な自虐した声でそう呟く。
『(もう悟ったように言いやがって)……これからどうする?』
「どうするって……ギョウカイ墓場に特攻だろう?」
『おい、お前はバカか?ああバカなんだろう?ごめんねバカ!!』
「……流石に傷つくぞ」
元より死なない体なのだ。
冥獄界で無限に生まれるモンスターの相手をずっとしていた。
頭が切り落とされるなんて事は日常茶飯事だった。
不老不死のこの体を使えば負ける事はない。この意志さえあれば永遠と戦い続け、いつか勝利することが可能のはずだ。
「もう一度、あの男と対峙しても問題ない。今度はどんな事をしてきても倒せる」
『あの男って……無理無理無理!!あいつ破壊神並のチートがあるよ!?しかも今の紅夜じゃ勝ってもダメだし負けてもダメだ!』
「……そういえば、お前アイツのこと知っているんだよな」
『−−−ギクッ!?』
実に分かりやすいリアクションをありがとう。と内心呟く。
「相棒、お前は何かを隠しているな」
『あ、いや、そのぉ……(やべぇ、いまあの人の事を喋ったら何もかもが台無しだ!というか紅夜も一度会っているよ!?やっぱり女神と取り巻き以外の記憶はぐしゃぐしゃになっているか!?)』
もし体がそこにあれば全身に冷や汗を掻いていただろうデペアはその頭で何か他の話題を出す為に必死に記憶をひねり出す。
兄を想う弟を裏切るわけにはいかず、あたふたとしているデペアを目を鋭くして睨み紅夜。そんな二人の空気を壊すようにドアが慎ましく叩かれた。
『あ!お客さんだよ!紅夜!!ということで僕は引っ込むね!!』
「おい!……何を隠していやがる。空いている」
紅夜の声に暫くして扉が空けられた。
入ってきたのは、一人は十歳にも満たしていない幼女だった。
記憶の中で最も強いと思っている存在と重なる様に似た服装で、孤立感を醸し出す真白色のコートを身に纏い、腰まで伸びた色素の感じない髪。青空の様な澄んだ瞳で、まだ一桁にも満たしていない感情の薄い幼い容姿。まるで童話で描かれる少女のような神秘的な雰囲気な佇まいに上半身を起こしていた紅夜は身に覚えない少女に対して頭を傾げる。
「……部屋、間違っていないか。俺は君みたいな少女を知らな、い」
どこに出しても可笑しくない美少女。だが、記憶の中を探しても分かるのは初対面だったことだけ。
確認したわけではないが、微かに香る薬の臭いからここは病室であることは想像がつく。
だとすれば目の前は少女は誰かの見舞いに来た筈だ。それしか考えらない。不信を抱く紅夜とは対照的に深層心理に引き籠ったデペアは嘘…と呟いて動揺を隠せない震えた声で少女に声を掛けた。
『くうちゃん……なんで、この世界に…!?』
「デペアさん、お久しぶりです……」
ぺこりと上品に頭を下げる名も知らぬ少女。
『アザトースの原初の宇宙に預けられたはずじゃ…!?いや、どうしてこの世界を見つけられたんだ!?』
「ヨグ=ソートスさんの機能を一時的にコピーして…『穴』を片っ端探しまわった…学園の人にも応援を頼んだ……みんな先生の事、心配していたから…」
『……その様子だと【本体】に接触した?ティシフォネは?』
「何も喋ってくれなかったから放置…見つけたティー姉さんは封印されていたから会話できる状態じゃなかった……また後で行く予定……」
深淵の底にも届きそうな心底安心したため息を吐いた。もしティシフォネが復活していた場合は、それこそ血で血を洗う争いに発展しかねない。あれは子供が無邪気に昆虫の羽を毟るように世界を捻り潰す邪神すら畏怖する存在。蚊帳の外に放り投げされた気分の紅夜は、自分には関係ないことなど呑気に結論を出して、ベットに体を落した。デペアと会話するだけなら自身は関係ないと思ったからだ。その様子に少女は語ったように寂しげに眼を細め、震える拳を隠して紅夜に背を向ける形でベットに腰を下ろした。
「私は、空亡…だよ」
「……俺は零崎 紅夜だ」
『(……うわぁ)』
事情を知っている身のデペアは非常に胃がギリギリと鳴る構図だった。
「一ついいか?……君は俺が生まれる前の紅夜と知り合いか」
びくっと空亡と名乗った肩を震わせた。
どうしてだろうと紅夜はその様子に不思議な思いを抱く。
彼女を慰めないといけない。そんな、父性のような感覚があるのだ。決して寂しがらせていけないと決して泣かせていけないと、体が魂に語りかけているような理屈では説明できない衝動に混乱する。
「−−−うん、とても大切な人…!」
万感の思いを抑え込んだ苦し紛れの声にデペアの胃が更に軋む。早く帰って欲しいという気持ちとこのまま情緒不安定の状態で外に出したくない左右に揺れる想いの天秤。
「そうか、ごめん…」
「どうして、謝るの……?」
「今の俺には君との思い出とか一切ない。どんな関係だったのか、どんな出会いだったのか、何一つ……」
既知感はあっても、それは霧のようで掴めないただ見つめる事しか出来ない。
故に干渉できないのだ。目の前の少女の寂しげに肩に手を置く簡単なことが出来ない無力な包帯で隠された穢れた腕しかない。
権利などない。この空間の中では紅夜と空亡という関係は後者が一方的に知っているだけで二人の関係は他人に近いのだから。
「…ひ、ひぐっ……、う、うあああああ……!」
『くうちゃん……!!』
全てを忘れた大切な人の言葉に空亡は耐え切れず病室へ飛び出した。
デペアの静止の言葉は届かず、紅夜の心を住処しているが故に手も伸ばせない。紅夜はただ静かに天井を見つめていた。その様子に怒りに燃えるデペアの声が大きく木霊する。
『このバカ野郎が!!!』
「あっちは俺は知っている。俺はあの娘の事を何一つ知らない。知ったかぶりは墓穴を掘るし、下手に干渉すれば傷つくのはあの娘だ…。……もう会いたくないな」
『それでも……!それでも……!!」
例え血という誰もが頷くような確かな印がなくても、確かに繋がっている絆はそこに合ったんだ。
時に喧嘩もして、直ぐに仲良くなって、温かな場所で宝石の様な輝いていた日常は空亡がもっとも大切にしていた場所だった。
それは木端微塵に破壊された。空亡を姉と慕っていたとある少女の誘拐事件が全てを変え、誰もが傷つき、その終末は殺戮で終わり、後に今まで通りの日常に帰れる訳なく最後には精神的に鬱となっていた空は操られ、破壊神として彼の精神を破壊した。あれは相談一つで解決できたかもしれないすれ違いだったかもしれない。だが、現実としてあの日常は欠片が散らばり原型はもう残っていない。一番大切な中央の欠片はそれを一番大切した者が誰も見つからないように隠してしまったからだ。
『(……畜生が!!)』
嘗て、死の天使と恐れられた堕天使のドラゴンはなにもない空間に自身の腕を叩きつけた。楽園を守護する為のその力程度では、何も出来やしない。盟約によりこの居場所を許され、外の様子をただ眺める事しか出来ていない。
この紅夜は最早生きた死体だ。あの怨嗟と憎悪の世界で殺し、殺される事を定めとされ受け止める人柱となっていたのに不完全の形でここに戻ってきてしまったのだ。
『(キャプテンと連絡が取れれば…!)』
結局、他人の力に縋ることしか出来ない自分に嫌悪感を抱きながらデペアは祈るしか出来ることは無かった。
◇
ラステイションの街の一角は不自然なくらい静かになっていた。
流れる川のような群れを作り出している人間に差し込む刃の様な美しく恐ろしい女性。
誰もが無意識に彼女の行方を避けていたのだ。かつかつと下駄特有の木と地面の接触音はその場にいる全ての生物への脅迫であった。
『気に障ることをしたら殺す』そう語っている訳ではない。そう意識しているだけで周囲の生物は原初に刻まれた防衛本能が自動的に彼女に対して最適された行動を取るのだ。故に誰一人として彼女に振り向くこともなければ、誰一人として彼女を認識することすら出来ない。
鬱陶しげに輝く太陽を砕こうかと悩みながら、見上げたのはこの町を見下ろすように立っている教会だ。
広げるように設置された太陽光パネルがまるで大空の羽ばたく鳥のように見えるのが特徴的だ。その中で彼女は確かに感じるこの世界に本来ありえない存在、異物に、それが標的だと断定して呪いを口にする。
「やっと、見つけた。……見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた」
淡々と壊れたラジオのように何度も何度も語り、憎しみと愛が混ざった瞳は狂気を燃え滾らせる。
五年間という一瞬の刹那、だがそれはどんな地獄すら生温い長い時間だった。
どう調理してやろうか。否、どれだけ貪り、殺し、犯しても意味はない。必要なのは、あの時と同じ絶対的な自身の無力差に絶望する姿へ戻す事。
この嵐のように荒々しく螺旋を抱く思いを晴らすためにはそれが一番いい。そうに決まっている。
「きひひひひひひひひ」
狂気を孕んだ卵は、今か今かと誕生のその時を待っていた。
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さぁ、ヒロイン(狂者)が来ましたよ | ||
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