ミラーズウィザーズ第二章「伝説の魔女」12
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「何よ馬鹿にして」

〔いやいや、馬鹿になぞしておらぬ。そうじゃの、無知な主の為に、まずは『投影』について教えてやろう〕

「なにそれ、なんか学校の授業みたい……」

〔くくく、我が教人じゃと。それもよかろう。とくと聞くがよい。『投影』という魔法があるということぐらいは聞いたことがあるじゃろ?〕

「ええ、こう何もないところから物を取り出す魔法でしょ?」

 エディが手元の空間をグルグルとかき回す。そんな何もなく空中から物を取り出すのが『投影』だと、エディは言いたいのだ。

〔主も魔法使いならそんな庶人のような言い方をするでない。確かにそれは『投影』という魔法の見た目を表してはおろうが、如何(いかん)せん魔術的見知がなさ過ぎるの〕

「見た目?」

〔そう、『投影』とは現世だけを見れば何もない所から物を創り出したように見えんこともない。じゃが何も無ければ何も生まれん。何かある所からしか何かは生まれんのじゃ〕

「はぁ、よく意味がわかんないんだけど、それ謎かけ?」

〔違うわい。言葉通りの意味じゃというのに。ええぃ、理解のない奴じゃ。『投影体』とは真なる本体から映り落ちた影。言うてしまえば『投影』という魔法は、今、世界のどこかにあるモノの一部を別の場所に写し取って再現する魔法じゃ。十あるモノのうち、十を再現すれば『複写』じゃが、これはかなり難しい。ある種『創造』に近い難儀な法じゃ。しかし十あるモノのうち二しか再現せねばどうじゃ?〕

「そりゃ、『十』全部よりも、その五分の一の『二』だけならそっちの方が簡単でしょ」

〔そう、じゃから魔法で何か作り出すときは大概の場合『投影』となる〕

「そうなの? その割には投影って言葉あんまり聞かないけど」

〔それは主の勉強不足じゃな。原理が『投影』であっても別の言葉に置き換わっているだけじゃ。上位のモノを模倣して下位を生じる。魔道の基礎じゃろ。全く魔法学園とやらもどのような教えを説いているのやら〕

「えっと、私どっちかっていうと実践主義みたいな?」

 嘘ではない。確かにエディは魔法制御が苦手で魔法を使えない。だから比較的座学の方が得意なように見える。しかしエディは魔法試行の特訓を毎晩繰り返して魔法が使えるようになろうとしている。エディは魔法を使いたいという思いの方が強い。言い換えればエディは魔法実践を重視しているのだ。

〔その割には魔法が上手く使えんのじゃろ?〕

「どうしてそれをっ!」

 まさか地下に封印されている魔女にまでエディの落ちこぼれさが知れ渡っているとは驚きだ。

〔噂を聞いたまでじゃ。それでじゃ『この世』自体が『天上界』を投影した『星辰界』と言われているぐらいじゃし、錬金術における『金の精製』も、全てを内包する存在(プリマ・マテリア)である『賢者の石』から『金』の存在だけ抽出して『投影』するものじゃからの。『投影』自体、魔道としては珍しくはない〕

「はぁ」

 相づちを打っては見るが、エディはこの講義にあまり付いていけていない。学園の授業で似たようなことを習った覚えはあるが、エディが習得しようとしている呪言(スペル)魔法の基礎では扱わない分野でもあるので、エディの理解度も進んでいないのだ。

〔この『投影』という魔道現象は、別に物だけに限らぬ。人でも出来る〕

「あっ、そうか。じゃあ今のあなたは、地下で眠っている本体の『投影』ってこと? 十分の二なんだ」

〔そうじゃ、正確には我の幽星体(アストラル)の『投影』じゃ〕

「ん? でもそれじゃあ、結界の外に出れてる説明になってないんじゃない?」

 エディが首をかしげ指を口元に当てて言う。その様子はまるで、マリーナに質問するように自然な受け答えだった。

〔いいところに気が付いたの。確かに我が投影体を作っても、それを結界の外に出すことは普通は適わぬ〕

「じゃあどうして?」

〔それは結界の特性の利用した裏技かの。先程引き合いに出した『賢者の石』の話でもう一度たとえるなら。全存在である『賢者の石』を造るのは難しい。人の手ではまず実現不可能じゃ。じゃがそれよりも劣る『金』なら『賢者の石』より比較的簡単じゃ、じゃがそれでもまだ難しい。更に『金』より劣る『硫黄』『水銀』『塩』のような物なら一介の錬金術師でも扱える。魔法に限らず、世の法は完璧を追求すれば実現が難しく、劣るものほど簡単になるのが原則じゃ。あの結界は現体も普通の幽体も隔てる強力なものじゃ。じゃが完璧ではない。完璧な結界は実現不可能じゃからの。逆に言えば、強い結界というのは必ず『隔てられないもの』がある〕

「隔てられない? 結界なのに? それって変じゃない?」

〔こう言うとわかりやすいかの。全てを隔てたければ弱い結界を張るべきじゃ。弱い結界なら隔てる力は弱くても、あらゆる種類のものを隔てることが可能となる〕

「逆っぽいんだけど……」

〔そうじゃの。それが普通の感覚じゃ、じゃから裏技という言い方をしたのじゃ。あの結界は強力がゆえに、隠遁され普通の人には認識することすら適わぬ。見付けられたところで破るなど到底無理じゃ。じゃがこの投影体のような薄い霊子は素通りさせてしまう。そう出来ている。我の幽体自体は封出来ても、幽体からありとあらゆる力をそぎ落として『投影』された我は通してしまうのじゃ。そういう短所を作らなければ、あそこまで強力な結界は実現出来ぬ〕

「へ〜。そうなんだ。なんか為になった。エクトラ師の講義よりわかりやすいかも」

 本当に教師のように教えてくれるユーシーズにエディはにこやかに笑った。

「でも、そんな『投影』って、なんか反則っぽい。どこにでも入っていけるんじゃない? 盗み見とか盗み聞きし放題じゃない」

〔確かに、魔道が効きにくいというのはあの結界に限ったことでもないがの。今の我はあらゆる魔法に反応しにくいのじゃから〕

「それって、察知系魔法も効かないってことでしょ? マリーナの水晶にも映らないぐらいの。めちゃくちゃすごい状態じゃないの? どうやっても今のあなたを防げないってことじゃない」

〔それはある意味正しいの。今の我を魔法で攻撃しても倒すことは出来ぬ。投影体を消すことは出来るかもしれんがな。じゃが逆に、この状態の我も世界に干渉がほとんど出来ぬ。何も触れぬしこの状態で魔法も使えぬ。何より誰にも見えんし話も出来ん。こんなもの、宙を漂う霞(かすみ)以下の存在じゃ〕

「…………」

 魔女が何を言いたいのかを察してエディは黙り込む。

〔わかるかの。今の我を視て、話をしている存在がどれだけ型外れなのか〕

 ユーシーズはエディの異常性を指摘しているのだ。こうして魔女と話をするエディはあきらかに普通ではない。落ちこぼれ魔法使いのはずのエディが出来る芸当ではないはずなのだ。

「……言いたいことはわかるけど、それを納得するのはちょっと。でも、私以外にもあなたを見た人いるじゃない。今日、私のいない場所で私を見たって話、全部あなたでしょ?」

〔見られたというなら、たぶんそうなんじゃろ。どれだけ世界への干渉を減らそうと、ここにこうして投影体がいるのは確かじゃ、何かの拍子に霊媒(チャンネル)が合って、一瞬見えた気がしたのじゃろ。じゃがそんなもの、明日地震が起きる気がしたら本当に起きたといった偶然のようなもの。主を知っている者が、一瞬主がいたような気がしただけじゃ。それは主を知っている分の無意識の補正がかかったのじゃろうな、それでは真に我を認識は出来てはおらぬ〕

「でもそれって、誰でもあなたが見える確率があるってことでしょ」

〔そうじゃ、更に逆に言えば、我が見えぬ確率は九十九%以上あるのじゃぞ。人はそれを『見えない』と言うのじゃ〕

「う〜ん、なんだかなぁ」

〔そういったことを理解するのが魔学ぞ。主は魔法使いを何じゃと思ってるのじゃ〕

「う〜。本当に先生みたいなこと言うね。色々詳しいし」

 流石に魔女相手に失礼な言い口であった。特に魔女ファルキンといえば、魔術の祖とまでいわれる存在である。彼女がいなければ今の魔道技術の発展はなかったとまで伝えられている。

 ユーシーズ・ファルキンは、また空を見上げ月を見た。

 エディは「魔女は月が好きなのかな」、と見当違いなことを考えた。

〔我の知識など、所詮数百年前のものじゃ。今を生きる主の方がより先の技術を知ってなくてはならんのではないかえ?〕

「ご、ごもっともです。昔は魔法学校とかなかったって聞いたけど、よくそんなにいっぱい知ってるね」

〔我が魔学を学んだのは……。いや、少し饒舌過ぎたの。我も歳をとったということか……〕

「なんだ。あなたのこと教えてくれないの?」

 エディは本当に残念そうに言った。それにユーシーズは鼻を鳴らす。

〔ふん。どうして我が主に身の上話をせねばならん〕

「いいけどさ。それでまだ聞いてないんだけど」

〔何がじゃ?〕

「どうして結界の外に投影……、ってよくわかんないからもういいや、どうして結界の外に出てきたのかって理由。昔から時々外に出てたとは聞いたけど、何十年も出てこなかったのに出てきた理由。私と洞窟で会ったからってことでいいの?」

「……そんなところじゃな」

 ユーシーズは渋々に認めた。なぜ答えるのに躊躇わないといけないのかエディにはわからなかった。

「だったら私と同じ顔している説明になってないじゃん」

〔そんなこと知らぬわ〕

 ユーシーズは顔を背ける。幾度となく聞かれる質問に嫌気が差しているようだ。

「ふ〜ん……。で、どうだったの?」

〔どうとは何じゃ?〕

「今回外を見た感想よ。何十年ぶりなんでしょ?」

〔変わらぬな。この学園が出来たときから知っておるが、ほんに変わらぬ……〕

「そうなんだ。魔道技術とかずいぶん発展したと思うんだけどな」

〔くくく、いや何。人というものは直ぐには変われぬものよ。いつの時代も同じような間違いを起こす〕

 にやついた笑いだった。どんな間違いかは知らないが、良くないことで笑うあたりは魔女なんだ、とエディは少し納得した。

 

説明
魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。
その第二章の12
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魔法 魔女 魔術 ラノベ ファンタジー 

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