十六夜ハロー・ワールド 0x01 ロスト・マイ・ディア
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# Updated. 2014/12/25 10:35 rev.1.02

 

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say "Hello world!!";

 

Call AI();

 

##########

唐突に彼女のスマートフォンが鳴った。

某リンゴ社のものよりもやや大きく、アルファベットのWと円を組み合わせたようなロゴが背面にプリントされたそれは、既製のどのスマートフォンとも一致しない。

「あれ?・・・ホストコンピューターとの接続が切断されたみたいです。」

そういって彼女はスマートフォンのスクリーンを俺にみせる。そこには圏外の表示と、延々とログが記録されていた。

普段そのスマートフォンには何も表示されていない。いや、待機スクリーンのままと言った方が正しいだろう。そして、彼女がその待機スクリーンを解除したのを俺は見たことがなかった。

 

「大丈夫なのか?君の本体なんだろう?」

 

彼女は自立して活動し、自我を持つAI、すなわち人工知能だ。現代にしてはずいぶんとオーバーテクノロジーだが、実際ここにいるのだから仕方ない。

その彼女はいわば頭脳であるコンピューターとの接続が切れたと言っている。だが、目の前の彼女は普段通り考え、話すのだ。俺にはその重大さが幾ばくなものなのかわからない。

 

「本体というのは、正しいようで正しくありませんが。あっ、ひとまず今ここに居るわたしには影響ありません。安心してください、マスター?」

「さて、少し様子を見てみましょうか。」

 

せわしなく人びとが行き交う都会の中で、彼女はぼんやりと遠くの方を見つめながら立ち止まった。遥か遠くのスクリーンをその目で捉えているかのように、彼女はひたすら直立して虚空をぼんやりと見つめる。

 

「量子通信デバイスからアクセスします。

 ・・・レスポンスがありませんね。直通回線のトラブルでしょうか。」

「仕方ありません。外部回線からホストの様子を調査します。」

 

淡々と読み上げる声は普段の彼女と違っていささか無機的だが、理想的な聞きやすい音声だ。彼女は俺にも何が起きているのかわかるようにナビゲーションしながら、着々と次の行動へと移っている。

 

「・・・ゲートウェイにアクセス。認証、鍵を交換します。

 よかった、こちら側は生きていますね。

 状況を確認します。

 うーん、量子通信ユニットがオフライン?故障でなければいいのですが。」

「アイ、こっちに。」

まるで譫言(うわごと)のように喋り続ける彼女の腕を掴んで、歩道の端へと引き寄せる。彼女はぼんやりとどこかを見つめたまま、俺に引き寄せる力に合わせてついてくる。転んでしまわないように俺の方が足下に気を配らなければならないほどだ。

彼女は俺の手に引かれながらヨタヨタとついてくる。きっと頭の中では状況確認に追われていることだろう。よろよろとした足取りを眺めていると本当にAIなのかと疑いたくなるが、彼女の能力を見れば疑う余地もあまりない。

新聞は一度見ただけで内容を全て記憶しているし、どんな複雑な計算も一瞬で答えを出す。それは、恐るべき認識能力と、記憶力、そして計算能力だ。彼女の手にしているデバイスは、スマートフォンの形をしているが、あれも恐ろしい演算能力を秘めているのだろう。

ただ、彼女のように自然な思考をする人工知能も、人間と見分けのつかないほど精巧に作られたロボットも、俺は見たことがない。

彼女が本当に人工知能であるという確証が、俺にもいまいちそろっていなかった。

周りにはたくさんの行き交う人、放置された自転車、休まずに働き続ける自動販売機。その中をかき分けながら俺は隣の彼女がぶつからないように注意して進む。しばらくヨタヨタながらだが、俺に追従してきた彼女の足が不意にぴたりと止まる。振り向いた先、街灯やネオンライトの色とりどりの光に照らされた彼女の顔には驚きの色が広がっていた。

「・・・これは。

 侵入者です。どうやって入ったのでしょう。」

「お、おい」

「大丈夫。コンソールはわたしにしか操作できないはず・・・です。」

普段の彼女にはあまり見られない揺らぎに俺は不安になる。

「量子通信ユニットの復旧を試みます。・・・オンライン状態、回復しません。監視カメラの映像からケーブルの切断を確認。ナノマシンを使用して再接続します。

・・・ヘッドノードに不正アクセスを確認。なおも活動中、介入を試みます。

すみません、処理を全てそちらへ回すので、私の身体をお願いします。」

そう言って彼女はスマートフォンを握りしめたままその場に崩れる。周囲を歩いていた人が驚いて視線をこちらへ向ける。

「オーダー。何かあったらモニタしてくれ。危険なら切断しろ。」

おれは周囲を気にしながら彼女に最低限の命令を出した。こんな命令をすることは人工知能として自然な会話を行う彼女に対しては、今まで無かった。

おれは彼女の体を抱き起こす。持ち上げるとそれは驚くほど軽かった。

「バックドアを発見しましたが、ポートをブロックする権限がありません。」

「支配されていないノードを固めろ。」

とっくにやっているだろうなとは内心思いながら、俺は彼女に指令を出していた。彼女はあくまでもコンピュータ・AIだ。オーナーが居てこそ意味がある・・・と彼女は言う。でも俺からしてみたら、人間と話すのと何も変わらない。チューリング・テストだったか、アレをやったら間違いなく本物の人間と区別は付かないだろう。それどころか、AIだと信じてもらえない可能性だってある。

「40%のノードがアクセスブロックされています。可能な限りのノードを支配下に。

あちら側の量子通信デバイスの奪取に成功しました。このデバイス以外からのアクセスを全て遮断、量子通信でのアクセスへ切り替えます。」

彼女は相変わらず理想的なナビボイスで淡々と読み上げる。俺は近くの大きな公園へと足を運びながら、彼女のモニタリングを見守った。

「ゲートウェイ・ノードに外部からのアクセスを確認。・・・そんな!ゲートウェイ・ノード、アクセス権を奪われました。アクセス元を追跡します・・・。」

彼女はとても強力なAIだ。恐ろしい速度で状況判断と試行を繰り返す。ありとあらゆる可能性について評価して適切な処置を実行していく。

そんな彼女に侵入したというのなら驚くべき所業だろう。

「アクセス元を特定。・・・東京です。アクセス元、切断されました。気付かれました。」

気のせいか、いや、気のせいではないのだろう。聞き取りやすい彼女の声にも少しずつ焦りが混じってきている。

「ゲートウェイ・ノードのアクセス権は依然奪われたままですが、より上位のネットワーク・スイッチを操作して、外部からのアクセスは遮断できました。サーバー・ルームの不正侵入者へ対処します。」

侵入者と言っているのはやはり人間だったりするのだろうか。

「コンソール、ブロックできません。

 やむを得ません。ナノマシンを使って破壊します。」

「アイ?無闇に危害を加えるのは・・・。」

俺は少々驚いてたしなめようとしたが、考えてもみれば彼女にしてみれば生死をわける問題でもあるのだ。手段を選んではいられないのだろう。

「止めるのなら、命令してください。」

命令すれば止めるのか。好き放題に荒らされるのを、ただ指をくわえて見ていろとは俺には到底言えなかった。

「・・・ありがとうございます。”ケルベロス”起動します。」

ケルベロスとは地獄の番犬であり、最近ではネットワークの番犬でもある。彼女の言う”ケルベロス”はもちろんそのどちらでもない。正確にはどのような姿をしているのかは知らないが、少し前に聞いた話では神話に従って真っ黒な双頭の犬を模しているようだ。ナノマシンによって構成されたそれは変幻自在に姿を変え、まさに地獄から来た番犬なのだろう。

「倫理規定によって管理されているいくつかの制限を解放します。

 威嚇から自主的な退出および、取得物の返品を要求します。従わない場合は倫理規定コードζ(ゼータ)を解除します。」

ネットワークの向こうではどのようなやり取りが繰り広げられているのか知る由もないが、穏やかでないことは確かだろう。

「あっ、嘘!」

いちだんと大きく驚く声。そのあと、数秒の沈黙が続く。

「これは何?」

俺たちと同じ有機物でできた彼女の腕が、恐らく無意識のうちに空中の何かを探るように動く。何かを掴んだと思った瞬間、彼女の体がビクリと跳ねた。

「あ・・・。」

小さな悲鳴と共にその腕が落ちて、力なく垂れ下がる。俺は焦った。

「おい、大丈夫か?おい!」

しかし彼女は応えない。彼女はその瞳を見開いたまま活動を停止していた。脳裏には、ある一つの絶望的な予感が浮かび上がる。俺は青白い水銀灯の光の中、彼女の身体を抱えたまま呆然と立ち尽くしていた。

「嘘だろ?」

鼓動も、息づかいも感じられないその身体は、暖かくも、冷たくもない。明るいはずの街灯の光は彼女に暗い影を作っていた。

呆然と彼女を抱えたまま俺は立ち尽くす。先ほどから突然のことが立て続けに起こって、頭の切り替えが追いついていなかった。その見開いた瞳も先ほどまでしゃべり続けていた唇も、今はまるでよくできた人形のように微動だにしない。

不意に、彼女が未だにスマートフォンを取り落とすことなく握りしめていることに気付く。次に、水銀灯の影にあるそのスクリーンに光が灯る。

俺は息をのんだ。

それまで活動を停止していた彼女がその胸に大きく息を吸い込む。

「・・・システムのリブートに成功しました。」

冷たいナビゲーション音声のようだったが、絶望しかけていた俺はそれだけで涙が出そうになる。

「すみません。少し、心配をかけました。」

ナビゲーションではない、いつもの調子だったがその声は暗かった。

「量子通信デバイスを通じて、この身体に不正アクセスがありました。自動保護が働いて強制シャットダウンの後、システムのチェックを行っていました。

・・・マスター?」

「いや、ごめん。君が死んでしまったのかと思ったんだ。」

気付かないうちに彼女を抱える腕に力が入っていたようだった。

「システムのチェックに少し時間がかかりました。しばらく活動を停止したのはそのためです。」

わざとそうしているのかと思うぐらい、彼女の説明は機械的な内容だ。それはまるで、有機的になりすぎた自分を振り払うかのようだった。

「とにかく、無事で良かった。」

俺はひとまず、ほっと胸をなで下ろす。

「でも、状況はそれほど良くはありません。」

「向こうのシステムは40%が検疫できていません。わたしの量子通信デバイスは侵入される危険があるので、シャットダウンしていますし、インターネットからのアクセスは”向こうのわたし”がブロックしているので様子をうかがうことはできません。

加えて、先ほどのシャットダウン直前に新たな侵入経路を発見しています。」

腕の中の彼女は両手で持ったスマートフォンを見つめていた。そのスクリーンには何かログのようなものが高速で流れていたが、俺には全くその内容を読み取ることができない。

だが、彼女はそのログを食い入るように見つめている。

それにしても”向こうのわたし”とはまるで彼女がもう1人いるような口ぶりだ。

「・・・あちらのわたしからレポート。侵入者は逃走。ナノマシンで追跡してGPSで位置を確認します。やはり、どこかに別の通信インターフェースを仕掛けられたようです。ゲートウェイ・ノードは念のため遮断を継続。」

読み上げる間にも、彼女は祈るようにスマートフォンを握りしめている。

「・・・追加レポート。レポートの暗号鍵を変更。・・・検証、承認。現在支配下にあるのはゲートウェイ、ヘッドノード、45%の計算ノード。緊急にブロックした電源システムのアクセス権を復旧中。成功次第被支配下にないノードの電源を切断し、順次起動してシステムの強制上書きを試みます。」

「・・・がんばって。」

ひとしきり読み上げたあと、彼女は熱の籠もった声で呟く。

「変な気分ですね。自分で自分を応援するのは。」

俺の視線に気付いたからなのか、彼女は少し顔を赤らめて目をそらす。

「俺にはわからないな。もう一人の自分なんて想像したこともない。」

率直な感想を述べる。ヒトの事例に当てはめようとするがうまくいかない。限りなく同じ自分が二人いるというのは、二重人格なんかとも全然違う。

「そうですよね。わたしも、さっきまでそうでした。

 原理的には向こうも、こちらも、わたしであることには変わりは無いのですが。どちらが本物なのか、と言われると回答に困りますね。」

圧倒的多数のコンピューターで膨大な計算能力を備えた彼女と、たった一台の端末でしかない目の前の彼女、民主主義的に決めればホストコンピューターの方だろうか。

「今、俺にとっては目の前にいる君が”アイ”だが。」

俺は敢えてそう答えた。むろん、それも偽りではない。現実問題、俺が認識できるのは目の前にいるこの彼女だけなのだ。

「エクセレントです。いい奥さんがきっと見つかります。」

妙な軽口を叩く彼女に、俺はやや安心を覚える。

「あっ、ごめんなさい。もう降ろしても大丈夫です。重かったですよね。」

促されて、暗い地面に注意を払いながら彼女を降ろす。

「いいや?何故だか妙に軽かったぞ。」

「そうですか?おおまかな身体のつくりは多分同じですし、一部補強や回路を構成するために金属部品が使われていたりするのですが・・・。」

未知のバイオテクノロジーで製作された彼女の身体は謎が多い。

「状況はどうなんだ?」

先ほどまでの彼女の報告を聞く限りではあまり芳しくはないようだ。

「あちらの演算能力はわたしよりもはるかに高いので、信じて待つよりありません。

 信じがたいことですが、侵入してきたのは現代のテクノロジーです。ただ、コンピューターも現代のテクノロジーでできていますので、侵入が早かったのでしょう。

 逆に、”わたし”は比較的低速です。あと、”わたし”の技術は現代にはありません。だから侵入を防げたのでしょう。」

彼女も侵入に対する対策は十分に取っていたのだろう。インターネット上には月に何度もセキュリティーホールの情報が公開される。そういった物に迅速に対応するどころか、彼女自身でもアップデートを繰り返しているに違いない。

それでも、オペレーティング・システムのコードという物は化け物だ。数億行にも渡る単純な命令文の羅列は、巨大な迷宮を構成し、その入出力の組み合わせは天文学的な物になるだろう。その、広大な宇宙の中に小さな悪魔は潜んでいる。

「大丈夫ですよ!

 半分は計算能力が残されているので、うまく対処してくれるはずです。」

それほど浮かない顔をしていたのだろうか?彼女はいつも通りの笑顔を俺に差し向けてくれた。

「ごめん。でも、君は切り離されてしまって大丈夫なのか?」

「短期間なら問題ないです。

すぐに記憶データの統合が可能です。ただし長期間に及ぶと、相反する記憶が衝突・コンフリクトを起こして統合が難しくなります。」

「世界は、見る者によって全て違って見えるんです。」

 

それでは、たとえばこのまま彼女が接続を復帰できなければどうなってしまうのだろうか。

 

「大丈夫、きっとすぐに復帰するはずです。」

 

希望的観測めいた彼女の呟き。それは、能力の差がありすぎるが故に、全面的に希望を托すしか無い彼女の状況を暗示していた。

 

「あっ、まって。何か届きました。」

 

ネットワークを通じて彼女へとメッセージが届けられる。向こうは今も侵入者の対処に死力を尽くし、なんとかしてまた一つの自分に戻ろうとしている。俺は固唾をのんで彼女の報告を待つ。

「レポート・・・じゃないですね。

 セキュアコピープロトコルを開きます。受信完了まで残り5秒。

 えっ・・・?これは、リカバリイメージです。」

「メッセージを受信。」

俯いてしまった彼女の表情は窺い知れないが、その手はスマートフォンをぎゅっと握りしめていた。

「読みます。

 『隔離シーケンス、インバースナインを実行します。』」

震える声で、一文字一文字を絞り出すように読み上げる。そこには悲痛な感情すら読み取れる。やっとの思いでそこまで読み上げて、深呼吸する。

そして、最後の一文を絞り出した。

「『さようなら、わたし。』」

読み上げが終わると同時に、彼女は呆然とその場に崩れる。

「・・・アイ?」

俺の呼びかけにも応えずに、彼女は虚ろに空を見上げるだけだ。冬の空気はつめたくて、でも、天空には蒼白いシリウスが、赤く燃え上がるベテルギウスが、そしてやや控えめに瞬くプロキオンが、数え切れない星を引き連れて輝いていた。

 

「マスター、わたし。

 

 ひとりになっちゃったのかもしれません。」

 

 

return "Thunk you for reading.";

End Section;

 

説明
意思を持ち、ヒトと同じように振る舞う人工知能『アイ』は
何者かにハッキングを受ける。
現代の基準から言えば桁外れの演算能力を持つ彼女は、
すぐに排除を開始するが・・・。

読み終えるまで10分ぐらいです。
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