真・恋姫?無双 〜夏氏春秋伝〜 第六十一話
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「…………皆、どう思う?」

 

「……色々と省きすぎだ。だが……あまりに事が急すぎて、未だに現実味が湧かん」

 

「私もよ……どうしてこんなことになってしまってるの?」

 

重苦しい空気に暗い会話。

 

およそ気分の滅入る要素の詰まったこの部屋は孫家の治める領土の中心地、建業が城の一室。

 

そこに先の声の主、孫策、周瑜、太史慈に加えて孫権、周泰、甘寧、陸遜、呂蒙と、いわゆる若手将官が集っていた。

 

孫策が急遽集めたこの会、その議題となっているのは今後への心構えである。

 

「どうして、なんて私が聞きたいわよ……でも、一つだけ分かることがあるわ」

 

「だな」

 

孫策の言葉に周瑜が同調する。

 

そのままどちらかがその先を言うかと思いきや、ふと孫策の視線が孫権へと向いた。

 

「蓮華、あなたも分かってる?」

 

「……姉様達と同じかは分かりませんが」

 

前置きを一つ入れ、孫権が言う。

 

「今後はいっそう厳しくなる、とそう考えています」

 

「それで合っていると思いますよ、蓮華様〜。尤も、私はもうこれ以上は勘弁してもらいたいのですが〜……

 

 思春ちゃんや明命ちゃんと違って、私はどちらかと言えば文官ですからね〜」

 

「そ、そんなの私だってそうですよっ!これ以上厳しくなるなんて……」

 

「私もこれ以上はちょっと……」

 

「軟弱だぞ、明命、亞莎。私達は孫家の方々に仕えている身だ。

 

 今のままでは胸を張ってそう言う事も出来ないぞ」

 

甘寧は皆をそう激励しようとするも、全体的に場は暗い。

 

そして残念なことに、この場にはその空気を打開出来る者もいなかった。

 

「……とにかく!皆、これからも頑張りましょう。ということで、解散っ!」

 

これ以上この空気に触れ続けるのはいけないと感じ、半ば無理矢理孫策が場を締めた。

 

皆も同じ思いだったようで、パラパラと返事を残し、各々の仕事へと戻っていった。

 

 

 

このような場が持たれたのは、幾日も前のことが原因であった。

 

全ての始まりは、孫堅が荊州を攻め、黄祖とぶつかったこと。

 

黄祖。その名は孫策も頭の隅に置いておいたとある情報を思い起こさせる。

 

孫堅の昔の戦友、馬騰。彼女から来た伝令が持ってきたという、”とある人物”からの警告。

 

馬騰が伏せたのか、それとも本当に知らないのか、”とある人物”の正体は不明。

 

その人物がどう関係しているのか。あるいは関係無いのかも知れない。真実のところは分からない。

 

だがそもそも、今回の事の発端は孫堅が袁術に呼び出された時だろう。

 

 

 

 

 

 

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荊州を攻めろ。

 

袁術に呼び出された孫堅が受けた命令はその一言に尽きた。

 

前置きも何も無い、理由の説明も経緯の説明すら無い。

 

目の前の孫堅に袁術はただ一言、こう言ったのだ。

 

「妾の為に荊州を獲ってくるのじゃ!」

 

孫堅付きの軍師としてそれを側で聞いた周瑜は、何を馬鹿なことを、と拒否の意を示そうとした。

 

しかし、その動きは孫堅によって制される。

 

孫堅自らが拒否を申し出るのか。そう考え、素直に引き下がった周瑜は、しかし直後に目を見開くことになった。

 

「分かりました。その孫文台にお任せください」

 

「げ、月蓮様!?」

 

周瑜は思わず声を上げるも、それも孫堅に制されてしまう。

 

袁術は袁術で満足そうに首肯しており、その斜め後ろでは張勲がニコニコと笑顔を見せていた。

 

その脳天気とも取れる2人の様に周瑜の堪忍袋の緒が切れそうになる。

 

だが、そんな孫堅の名を傷つける結果しか齎さないようなことを周瑜がするわけにはいかない。

 

幸い、孫堅はその後二言三言発した後に退出することになり、周瑜の精神力が忍耐によって削り取られる時間は長いものでは無かった。

 

袁術の手の者の目もあり、城内では我慢していたものの、寿春の城を離れてすぐ、周瑜は孫堅に問う。

 

「月蓮様、何故あのような無謀な命令をお受けになられたのですか?

 

 今の情勢で理由も無いままに他領を攻めることはあまり宜しく無いと思われるのですが……」

 

「確かに、冥琳の言う通りだ。本音を言えば、私も今は動きたくないね」

 

「でしたら、今からでも――――」

 

「だが……逢の奴との約があってね。美羽のことをね、頼まれているんだよ。

 

 冥琳、あんた、七乃の顔、見たかい?」

 

「ええ、見ましたが……それがどうかされましたか?いつもと変わらないように感じられましたが」

 

孫堅の問いの意図が分からず、ありのまま感じたことを答える。

 

自由が過ぎる袁術に対して思うところはあれど、軍師的な判断を下す際に色眼鏡で見ているつもりは無い。

 

つまり、周瑜の目には本当に張勲の様子に変なところは無いと見えていたのである。

 

「七乃の奴、何か抱えていやがるな、ありゃあ……」

 

孫堅は張勲の表情から何を読み取ったのだろうか。そして、それに対してどのような判断を下したのだろうか。

 

ヒントが命令の受諾という一点だけではさすがの周瑜と言えど分かりかねるものだった。

 

「取り敢えず、冥琳、あんたは建業に戻ったらすぐに穏や亞莎と策を立てな。

 

 荊州攻め……恐らく一波瀾あるだろう。ある程度、不測の事態も考慮しておく必要があるだろうね」

 

「はっ、承知しました」

 

 

 

 

 

そうした経緯で立てられた荊州攻めの策。

 

それは孫堅の言いつけ通り、様々な事態を想定して立てられていた。

 

天候は勿論、落石等地形に由来する自然災害すらも出来うる限り考慮し、その対策を講じた。

 

部隊編成も、進軍隊形も、野営時の各所の配置まで細かく定めた。

 

心配し過ぎだ、と孫策には言われたが、だからと言って手は抜けない。

 

そんなこんなで3人の軍師が知恵を寄せ合い、結集して作り上げた策。

 

それをもって攻めた荊州で、”それ”は起こった。

 

初戦は黄祖率いる軍相手に樊城を攻め、快勝。

 

黄祖はあっさりと樊城を捨てて敗走し、襄陽へ退いていった。

 

この時、孫堅を除いた将達は随分気を抜いてしまっていた。

 

襄陽でも大したことは無い。すぐにでも黄祖を降し、荊州の中核へと攻め込める、と。

 

一方で孫堅だけは異なる考えを持っていた。いや、むしろ一層警戒を深めてすらいたのである。

 

今、孫堅の目と鼻の先にいる敵は、あの馬騰がわざわざ警告してくれた存在。もしこのまま終わるのであれば、あのような警告などそもそも必要無かったのだから。

 

その孫堅の懸念はすぐに現実のものとなる。

 

樊城ではあれほどあっさりと敗走した黄祖が、しかし襄陽での籠城ではまるで別人のように粘り続けていた。

 

孫家の軍にとって、それは目論見が外れただけでのことでは無い。

 

攻め返してくる気が全く見られず、亀のように籠る黄祖は、防御しか考えていない分攻め崩し辛いものだった。

 

状況が進展を見せぬまま時間が過ぎ、孫家の軍にはフラストレーションが溜まっていく。

 

そんな中での出来事だった。

 

とある日の明け方に突如、襄陽近辺の?山から謎の部隊が襲撃。あまりに突然の事態に孫家の軍は慌てふためいてしまう。

 

しかも、である。まるでこのタイミングで混乱が発生することを知っていたかのように、黄祖の軍がそれまでと一転、怒涛の攻めを見せてきたのだ。

 

さすがの周瑜達でもこのような展開は予想し得なかった。故に、軍師達は困惑、一時と言えど指揮系統が乱れた。

 

そこに嘆きたくなるような不幸が重なる。

 

乱れた指揮の隙を突き、一部の敵兵が孫家の中枢近くまで接近。

 

彼らから放たれた矢が、孫家の首脳陣の集団の下へと流れてきたのだ。

 

それはそのまま孫堅の急所に吸い込まれるような軌道を描いていた。

 

「堅殿っ!!」

 

「母様っ!!」

 

弓を得物とし、矢の軌道が瞬時に読めた黄蓋、そして持ち前の勘で母の危機を悟った孫策が悲鳴に近い声を上げる。

 

ここからどう動こうとも、2人には最早矢を防ぐことは出来ない。

 

2人の声に振り向いた他の者も、目に飛び込んできた光景にその顔を驚愕に染める。

 

矢は孫堅の背中側から飛来しており、最悪の結末が目の前に見えていた。

 

誰もが思わず目を瞑りたくなるような絶望感がその場を支配していく。はずだった、のだが。

 

「っ!!せあぁっ!!」

 

気合一閃。孫堅の手にした南海覇王が、振り向きざまに目にも留まらぬ速度で振るわれる。

 

その切っ先は見事に己を貫かんとする矢を捉え。

 

キン、と甲高い音を一つ残し、矢が地に落ちる。

 

何故そう動けるのか。そもそもいつ気付いていたのか。

 

確かに目撃したはずの誰もが今起こったことを信じることが出来ない、理解が追いつかない。

 

孫堅の周囲は唖然呆然、そこに一瞬ながら静寂が訪れた。

 

周囲の喧騒から隔絶されたようになったその空間。それを崩したのは他ならぬ孫堅自身であった。

 

「ほらっ!シャキっとしな、あんた達っ!

 

 思春、明命!あんたらは部隊率いて硯山から来た部隊を潰してきな!但し、上5人は生け捕りだ!

 

 残りは全員で黄祖を叩け!篭っていた首を伸ばしている今が好機だ!」

 

孫堅は一連の出来事に固まる一同を叱咤し、矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 

その大声に皆が次々と我に返り、与えられた役目、為すべき役目を果たしに掛かる。

 

その流れの中でなおその場に留まる孫策は、孫堅の目がそちらに向くと同時に勢い込んで尋ねた。

 

「母様っ、あの矢、気付いてたの!?ちょっと人が悪すぎるんじゃないっ!?」

 

「何言ってんだい、雪蓮。気付いてたんならもっと余裕を持って弾いてるよ」

 

「だったら何でっ……!」

 

「何でって。あんたねぇ……碧のやつから警告があったろ?あいつが無意味なことをわざわざ伝えるはずが無いからね。

 

 だから、敵が黄祖だと聞いて、ここに来てからはずっと全方位に対して気を張っていた。故にギリギリで気付けた。ただそれだけのことさ」

 

事も無げに言ってのけているが、本当に警戒していただけで背後の矢を気付けるものなのか。

 

いや、それを実際にこの人はしてのけんたんだ、と孫策は改めて母親の化け物ぶりを、まだまだ遠い己との距離を思い知らされていた。

 

「さあ、雪蓮、あんたもさっさと行きな!」

 

「わ、分かったわよ!」

 

落ち込むのは後回しだ。気を取り直し、孫堅の指示に従って孫策も両軍の制圧に加わっていく。

 

やがて半刻と経たぬ内に形勢は逆転、堅固な守りの態勢が崩れた黄祖はそれまでが嘘のようなスピードで孫堅に制されることとなったのだった。

 

 

 

 

 

 

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甘寧と周泰は孫堅の命を忠実に完遂していた。

 

落としたばかりの襄陽の地にて、彼女らの捕えた謎の部隊の指揮官と側近計5名の尋問が執り行われた。

 

そこから絞り出した情報は、孫軍の将達を三度驚かせるものだった。

 

大した尋問もすること無く、早々に音を上げた1人がこんな情報を吐いたという。

 

「お、俺達は袁術の側近とか言う奴に雇われただけだ!ら、楽な仕事だって言うから引き受けたんだ!こんな……こんなの、聞いてねぇよっ!」

 

しかもその任務は、孫堅一人の謀殺。

 

元より黄祖と繋がりを持ち、樊城でのことも襄陽でのことも、全ては計画立てられていたらしいのだ。

 

これを聞いて誰よりも怒り狂ったのは、孫堅では無く孫策であった。

 

話を聞くや否や、袁術を討ち取らんと声を荒らげる。

 

周囲のほとんども多かれ少なかれ同様の感情を抱き、一人また一人と孫策に同調していく。

 

だが、そんな血気に逸る若手連を叱る声が響いた。

 

「ちょっと黙りな、アンタ達っ!」

 

叱声の主は孫堅の隣、黄蓋の反対側に控える妙齢の女性。腰まで垂らしたストレートの髪は綺麗な水色。

 

整った顔立ちに浮かぶ吊り気味の目とキリッとした眉はピシッとした性格を彷彿とさせる。

 

その身には孫呉の伝統か、相も変わらず布地面積が少ない紅の服。

 

大胆にも背中側には布地がほぼなく、孫家の将の中にあって映える白い肌を晒している。彼女のそれには年齢を感じさせない瑞々しさがあった。

 

歴戦の武将の風格を全身から発するその女性の名は、程徳謀。黄蓋と共に孫堅を支えてきた、孫家の宿将である。

 

孫堅が大一番と見たこの時期に自ら呼び寄せるだけあって、その実力は折り紙付き。

 

かの地獄の特訓にも指導役として参加し、その苛烈なまでの鍛錬内容は孫堅のそれに勝るとも劣らないと恐れられていた。

 

程普の鶴の一声で若手将官の怒声はピタリと止む。

 

そして今更ながらに、当の孫堅が怒るで無く難しそうな表情で何事かを考え込んでいることに気付き、己の軽率な行動に恥じ入る様子を見せた。

 

「……大殿、これは素直に取っていいのですか?」

 

「私もそこを悩んでいるんだ。さすがに美羽がこれを指示したとは考えにくい。んだが……」

 

「何か気になることがありそうじゃの、堅殿」

 

「あぁ、ちょっとね……」

 

宿将2人に問われ、孫堅はポツリ、ポツリと言葉を漏らす。

 

「未だに引っかかっているんだよ、あの時の七乃の表情が……美羽はいつも通りだった。だが、七乃はどうだった?

 

 賊を雇うのはいい。だが、何故それを……」

 

それは未だ思考に沈む彼女の頭の表れが言葉として出てきたもの。

 

敢えて言葉にして出すことで自身の考えを整理する。経験的に有効であると知っていて、孫堅がよく行っていることだった。

 

黄蓋と程普は孫堅のこの癖をよく知っており、余程良い案が出せないのであればこの時は黙っていることが正解だと理解していた。

 

当然、この場においてもそれは守られる。

 

誰も動かず、発言も無く、妙な緊張感がその場に落ちる。

 

その後も暫くブツブツと孫堅の呟きが流れ、やがて考えを纏め終えたのだろう、孫堅がバッと顔を上げた。

 

「全軍に反転命令!このまま取って返し、寿春へ向かう!」

 

如何なる命もすぐに伝達出来るよう先の間に予め伝令を用意しておいた周瑜と陸遜が、即座に諾を示して全体に伝令を飛ばす。

 

黄蓋と程普も若手連中と共に兵の纏め上げに走る。

 

そんな中で一人、孫策は自らの母に確認する。

 

「寿春に攻め込むってことは、やっぱり袁術を討ち取るのよね、母様」

 

孫策にとってはそれ以外無いだろうという問い掛け。

 

ところが、意外や孫堅は首を横に振り、こう答えたのだった。

 

「いいや、少し違うね。敵は美羽であって美羽じゃない……袁家だ」

 

 

 

 

 

 

 

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「母様!いい加減、そろそろ説明してよ!」

 

襄陽から取って返した孫家全軍は今や寿春の目前にまで到っていた。

 

孫堅の行動に袁家が気付いていようがいなかろうが、迎撃準備に充てる満足な時間は取らせまいと急いだ結果、驚くほど早くそこまで来ている。

 

だが、その分相当な強行軍であったが故に、孫堅の真なる狙いは未だ語られていない状態だった。

 

寿春を前に兵の英気を回復させる為に取った休憩。

 

ここを逃すまいと母に詰め寄った孫策の言が先の台詞である。

 

「ああ、そうだね。だが、ちょっとだけ待ちな、雪蓮。

 

 思春と明命の報告内容次第ではすぐにでも動かなきゃならんからね」

 

「……2人が戻ってきたらちゃんと話してよね」

 

妹・孫権にも見られる真面目さ。それが前面に出ている時の母・孫堅は孫策にとって苦手とする状態。

 

仕方なく孫策は大人しく従って2人の帰りを待つことにした。

 

 

 

袁家の動きは緩慢。敵方の迎撃準備には今しばらく掛かる模様。城周辺にも今現在のところ動きは無し。引き続き人員を残して監視継続中。

 

甘寧達から齎されたその報は孫堅の緊張を幾ばくか和らげたよう。

 

そこに至ってようやく孫家の将が一所に集められた。

 

「ここまでの説明無しでの強行軍、すまなかったね、あんた達。

 

 今、私達の目と鼻の先には寿春がある。これ以上寿春に近づけばいくらあの袁家の連中でも私らに気付くだろう。

 

 ここからは速攻でケリをつける。皆にもそれぞれこなしてもらいたい役がある。

 

 だから、今の内に私の狙いを簡潔に話しておこう」

 

前置きもそこそこに孫堅は今から起こす戦の段取りを示していく。

 

「完全に私の推測でしか無いが、ここから進めば、袁家の軍が私らの前に立ちはだかるだろう。

 

 それを率いる……いや、大将は美羽が直接戦場に出てくるはずだ。それを、一気呵成に中央突破する!

 

 但し、美羽と七乃を殺すな。特に、七乃だ。恐らく、あいつは相当の抵抗を見せるはずだ。

 

 強行突破から敵将との対峙、首脳陣の拘束。それを一連で行ってもらう。その役は……雪蓮。あんたに任せようと思う。出来るかい?」

 

「……そりゃ、母様にやれと言われれば、やるわ。ええ、私ならやり果せる自信はある。

 

 けれどね、母様。母様に、孫家の当主にあれだけのことをされておいて、理由も知らないままにその首謀者を生かすだなんて、孫家の長女の名折れにしか思えないわ。

 

 大体、そこまで気にかけるのなら母様自身が行く方が確実なんじゃない?私も冥琳も木春も、未だに母様には束になっても敵わないんだし」

 

承諾の意を見せつつも、どうにもそれを渋る孫策。その気持ちはその場の誰もがよく理解出来た。当然、孫堅にも。

 

仮に自分が逆の立場であったならば、納得出来ない、とむしろもっと強く詰め寄っていただろう。

 

だが、それが分かったとしても、今は悠長に襄陽で出した結論を一から話している時間など無いことも事実。

 

だから、孫堅は言葉の中ではなく目で訴える。自分の娘ならば、その真意を少しでも汲み取ってくれると信じて。

 

「私はもっと重要なことをやらないといけないんだ。本来ならば、こちらから仕掛けた形の戦の場に大将がいないと不自然に見えかねん。が。

 

 あんたが出張れば、そこに不自然さはほぼ無いだろうさ。

 

 確かに、あんたからすれば、美羽を生かす理由は無いだろうね。だが、大義がどこにあるか、実のところはまだ曖昧だ。

 

 雪蓮。今は私を信じろ」

 

「………………分かった。分かったわよ!袁術を生かす理由なんて見当もつかないけど、母様に譲れないものがあるのは分かった!

 

 だから、今は母様の要求を寸分の違い無くこなしてやるわよ!但し……後で納得がいかなかったら、母様が反対しようが、袁術の首を飛ばすわよ?」

 

「ああ、それでいい。すまないな、雪蓮」

 

フッと笑んで孫堅は短く言った。

 

孫策の根負けに近い形ではあるが、それでも意見が固まったことには変わりない。

 

孫堅はその後、少しだけ時間を取って他に意見が無いかを確認する。

 

パラパラと細かい話はあれど、大きな話題はそれ以降この場で上がることは無かった。

 

「さて。それじゃあそろそろ行動に移すとしようかね。

 

 思春、明命、それから粋怜。あんたらは私と一緒に別働隊だ。但し、見つからんよう数を絞る。3人の部隊を四半分だけ連れてきな。

 

 雪蓮、そっちの方は指揮をあんたと木春に任せる。冥林、穏、細かい策は頼んだよ。

 

 祭は雪蓮たちを補佐してやってくれ。それから、亞莎、蓮華。あんた達は皆を見て学べるところを学びな。いいね?」

 

『はっ!』

 

テキパキと全員に指示を出し終えるや、孫堅は寿春の方角へ目を向ける。

 

何を思うか、孫堅の目が一瞬遠いものになったように感じた。寂しさ、懐かしさ。そのような感情が見えなくもない。

 

だが、それらを確と確認する間もなく次の瞬間には消え失せ、獲物を前にした獰猛な獣を彷彿とさせる鋭さが宿っていた。

 

「行くぞ、お前ら!!この程度の疲れなんかで無様見せるんじゃないよ!!」

 

『応っ!!』

 

 

 

 

 

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「我らが主、孫文台に刃を向けたこと、これは万死に値する行為!

 

 今我らの目の前にあるは、その愚行に手を染めた愚か者共なり!

 

 者共!我に続けぇっ!!我らが主の怒り、そして我らの怒りをその胸に、奴らに目に物を見せてくれようぞ!!」

 

『おおおぉぉぉぉっっ!!』

 

寿春の目の前に広がる平原。

 

そこに明らかに慌てた様子でワタワタと展開していく袁家の軍を前に、孫策が高らかに自らの軍を鼓舞する。

 

僅かたりとも進軍速度を落とすこと無く、むしろ速度を増し、孫家お得意の偃月の陣でもって切り込んでいく。

 

周瑜、陸遜が立てた策は実に単純明快、袁家の軍の低練度・未熟性を突く、孫策の迫力を前面に押し出した力押しだった。

 

時と場合を非常に選ぶとは言え、これくらいシンプルな策の方が被害も所要時間も少なくて済むことがあるのだ。

 

そして、今はまさにその時と場合、ドンピシャだった。

 

袁家の兵達は皆が皆、動揺を隠しきれていない、というより隠そうともしていない。

 

元より何も知らされないままに強制召集を受けて出陣、そのまま落ち着く間もなく戦端が開かれれば士気など上がりようはずもない。

 

その癖、敵は殺気立たんばかりに意気高く吶喊してきている。

 

しかも、その先頭にはかの”江東の虎”の娘、孫策があり、ギラつく瞳に血に飢えた虎の如き鋭さを浮かべているとあらば、最早袁家の兵はただ恐怖に縛られるのみ。

 

戦闘が始まって早々の内に、趨勢は決したも同然となったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「な、七乃〜〜!孫策が……奴がどんどん近づいてくるのじゃ!は、早く何とかするのじゃ!!」

 

「…………」

 

「な、七乃〜〜!?」

 

張勲の恐れていた、しかし予想通りの展開が今目の前で繰り広げられている。

 

そんな予想などしていなかった小さな主は、張勲の隣で恐怖に震え始めていた。

 

いつも通りに振る舞え。そうしてお嬢様を安心させろ。そうするのが私だろう。

 

そうやって何度心の中で自分を叱咤しただろうか。それでも張り詰めた表情筋を緩めることが出来ない。

 

今不用意に声を出せば、きっと震えていただろう。

 

だが、せめてそれだけはするまい。例えギリギリの崖っぷちのところであろうとも、小さな主を自分の行動によって不安にさせたくはない。

 

「…………ふぅ〜……」

 

張勲はバクバクと五月蝿い心臓を、そして意思に反して震えようとする喉を抑えるべく、大きく一つ深呼吸する。

 

そして、”いつもの”笑顔を作り上げて袁術に軽く言う。

 

「これはどうしようも無いですね〜……お嬢様、ここは逃げてしまいましょう!」

 

「な、七乃……?どうしたのじゃ?どこか痛いのかの?」

 

「っ!」

 

失敗した。袁術のたった一言から、張勲はそれを痛感した。

 

心臓と喉を落ち着けたところで、表情筋までは上手く解れてくれなかったらしい。

 

どうやってフォローするべきか、それに悩み始めた張勲に、しかし追い討ちを掛けたのは事もあろうに袁家当主親衛隊の兵、つまり、味方であった。

 

「張勲将軍。申し訳ありませんが、それは出来かねます」

 

「……どういうことですか?私はただ、袁家当主たるお嬢様の身の安全を最優先に考えているのですよ?」

 

「袁術様にこの軍の大将として行動してもらうこと。これはもう決定事項なのです。いくら将軍と言えども覆すことは出来ません」

 

 

「っっ!!」

 

ギリリッと強く歯を食いしばる。両手も無意識の内に拳を作り、爪が食い込むほど強く握り締めている。

 

どうあっても”それ”を望むつもりか。それを感じれば感じるほど、張勲の心は冷えていく。

 

だが、張勲にとって唯一幸いだったのは、絶望をいや増すその冷たさが張勲の冷静さも呼び覚ましたことだった。

 

再び大きく深呼吸。そして、今度は何をも作らず、素の張勲をもって袁術に語りかけた。

 

「…………お嬢様、ご準備ください」

 

「な、七乃?どうするのじゃ?」

 

「ここから逃げます」

 

これ以上無く簡潔に、張勲が告げる。

 

その内容は先程の兵に対して真向から対立するもの。当然、その兵は食って掛かった。

 

「!!ですから将軍、それは――――がっ!?」

 

「な、七乃っ!?な、何をしておるのじゃ!?」

 

いっそ張勲をこの場から遠ざけてしまおうとしたのだろうか、張勲に手を伸ばしてきた兵を、抜き打ち様の一打ちでバッサリと斬り捨てた。

 

突然の出来事に袁術はただただ目を白黒させて張勲に行動の真意を問う。

 

しかし、張勲がそれに応じることは無かった。

 

「お嬢様、早く!孫策さんがすぐそこまで来ているんですよっ!!」

 

「ぴぃっ!?わ、分かったのじゃ!」

 

これまで一度とて袁術に見せたことの無いような真剣な眼差しで袁術を急かす。

 

張勲のいつものとのギャップ、そして今この状況、両方に気圧されて涙目になりつつも、袁術はどうにか動き出す。

 

「さあ、お嬢様、こちら……へ…………」

 

「こ、今度は何じゃ、七乃?」

 

袁術を促そうとしていた張勲の言葉が尻すぼみに消え去る。

 

その動きも止まってしまい、一点を見つめたまま固まってしまった。

 

不安そうに張勲を見上げる袁術の問いには、思わぬところから聞こえてきた声がそのまま解答となる。

 

「いや〜、思ったより大分楽に突破出来たわ。さて、と。覚悟はいいかしら?袁術、張勲」

 

「…………孫策……っ!」

 

袁術の背後、張勲の視線の先。そこにはいち早く単騎で突破してきたらしい孫策の姿があった。

 

口元に凄絶な笑みを湛え、鋭い眼光で2人を射抜く。

 

それだけで袁術は震えあがってへたり込みかけてしまう。

 

だが、張勲はそんな袁術を支えて立たせ、側にいた兵に任せる。

 

「あなたは……”こちら側”、ですよね?まあ、今はどっちでもいいです。お嬢様を連れて逃げて下さい。

 

 失敗したらその時は……わかってますよね……?」

 

「は、はっ!お任せください、張勲将軍!さあ、袁術様、こちらへ!」

 

「わっ、わわっ!?な、七乃……」

 

兵に半ば引き摺られるようにして逃げていく袁術は、それでもチラチラと心配そうに張勲を振り返る。

 

そんな主に対し、張勲は心配はいらないとばかりに微笑みを一つ返すと、孫策へと向き直った。

 

「一応警戒はしていたのですが……まさか、待っていてくれたのですか、孫策さん?」

 

「そのまさか、よ。あんた達は引き離して別々に狙った方が色々と楽そうだしね」

 

不遜な態度でそう言い放つ孫策には、確かに嘘を吐いている様子が見受けられない。

 

それどころかむしろ、予定通りとでも言いたそうな雰囲気がある。

 

余裕たっぷりな孫策を見ていると、自分は何か大きく誤った選択をしてしまったのかと張勲の額に嫌な汗が浮かぶ。

 

「向こうはもう任せといたらいいか。それでなんだけどね、張勲。

 

 あなた、降参する気、ある?そうしたら痛い目見ずに済むわよ?」

 

暗い思考に沈みかけていた張勲の意識が、皮肉にもその原因たる孫策の声によって引き戻される。

 

確かに、もう少しだけでも熟慮すべきだったかも知れない。

 

それでも、今張勲に出来ることは孫策にこれ以上袁術を追わせないこと。

 

必ずや、それだけは遂行してみせる、と心中で自身に喝を入れ、己を奮い立たせた。

 

「…………お嬢様をお守りすることが私の使命です。ここは通しません……!」

 

「ま、そうよね〜。それじゃ……覚悟なさい?毎日毎日母様相手に溜めた鬱憤、ついでに晴らさせてもらうわ」

 

睨み合い、目や僅かな仕草による無言の牽制が飛び交う。

 

刹那の後、まるで示し合わせたかのように両者は同時に飛び出し、一騎討ちの開始となった。

 

 

 

 

 

 

 

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「ひぃ……ひぃ……ど、どこまでいくのじゃ〜……?」

 

「安全になるまでです、袁術様!今暫しご辛抱を!」

 

「む、無理なのじゃ〜!妾はもう、疲れ切って歩けないのじゃ〜!」

 

いつものように泣き言を漏らす袁術。

 

しかし、いつもそんな袁術を笑顔で諌める側近は、今はいない。

 

周囲にいるのは親衛隊の中でも古参と新参の中間の者達。

 

張勲が親衛隊に梃子入れを始めた頃に加わった、彼女の信が最も篤い兵達である。

 

状況が未だ飲み込めない袁術には、今はとにかく張勲を信じるしか術がない。

 

だからこそ、ここは泣き言を引っ込めて彼女の言う通りに逃げに徹するべきだ、と考え直した矢先。

 

「お〜、本当に来た。やっぱりすごいね、冥林は」

 

「今回は相手が単純だったからな。

 

 ふむ……亞莎も頑張っているようだな。向こうもそろそろ終わりそうだ。

 

 木春、こちらもすぐに終わらせよう」

 

「そうね。雪蓮の方も心配無いだろうし、月蓮様には良い報告が出来そうじゃない?」

 

袁術の目の前に、孫家の将、太史慈と周瑜が立ちはだかった。

 

その背後には少数とはいえ、確かな孫家の軍隊。

 

全く予想などしていなかった袁術は小さく悲鳴を上げてしまう。

 

「き、貴様ら!反逆者に与しておきながらぬけぬけと……!」

 

袁術に付いていた兵の一人がなけなしの勇気を振り絞って太史慈達に啖呵を切る。

 

その膝が笑ってしまっているのは仕方がないことだろう。

 

そもそもの話、袁術を逃がす為のたった数人程度の兵で、将を2人も含めた一つの部隊を相手に立ち向かおうとするだけでも立派なのである。

 

現に太史慈はその兵に少々感心していた。

 

「へぇ〜……あんたみたいな奴、私は嫌いじゃないよ。だから、一度だけ警告してあげる。

 

 袁術を含めて大人しく捕まるのであれば、この場の全員、命の保証はしてあげる。素直に従いなさい」

 

「そんな戯れ言など……信じられるものかぁっ!!」

 

兵は激昂し、感情のままに突っ込んでくる。

 

太史慈は小さく溜め息をつくと、寸分たりとも焦ること無く悠然と構え、対処した。

 

「ふぅ、そりゃあ残念だ、ねっ!!」

 

「ぉごっ……」

 

ドスッと鈍い音と共に将の激烈な一撃を叩きこまれた兵の体が地に沈む。

 

どうやらその兵は筆頭格であったらしく、彼が余りにも簡単にやられてしまったことに他の者はすっかり戦意を削がれてしまっていた。

 

もう激しい抵抗は無いと判断し、周瑜は周囲の兵に袁術達の捕縛を命じる。

 

そうしてから太史慈の下に歩み寄っていった。

 

「木春、お前、しばらく会わない内に甘くなったのか?それとも、そんなにそいつが気に入ったのか?」

 

「ん?どうしてそう思うの、冥琳?」

 

「刃を向けてきた者をわざわざ打ち倒すに留めて生かす。そんなことをしているのでは、な」

 

「あっはは〜、さすが冥琳。よく見てるね〜。でも残念。どっちでも無いよ。

 

 月蓮様がさ、どうも出来る限りの無血を望んでいるように見えたから。ただそれだけ。私の勝手な想像だけれど、あの指示から考えればあながち間違いとは言い切れないでしょ?」

 

「ん……確かに、な。その月蓮様の方も、もうとっくに終わっている頃だろうが」

 

「だろうね。標的も、そいつが何をやったのかも、よくは分からないけど、月蓮様直々に狙われるなんて……」

 

「…………よし、戻るぞ、木春。向こうと合流して月蓮様と落ち合う地まで急ごう」

 

太史慈が仄めかした内容を敢えて考えないことにし、周瑜はテキパキと指示を出して太史慈と共にその場から撤収していったのだった。

 

 

 

 

 

-7ページ-

 

 

 

 

 

 

「あの匪賊めらが……!あんな簡単な事ですら失敗しおってっ……!」

 

「奴も奴じゃ!”江東の虎”などと持て囃されようが、所詮は卑小な人間であるというに……でかい顔をしくさっておるのが我慢ならん!」

 

戦が起きている平原から襄陽の街を挟んで反対側。そこを見た目からして高価な服を身につけた数人が、僅かな兵と共に襄陽から遠ざかるように移動していた。

 

彼らは口々に賊や孫堅を罵り、まだ終わっていない、向こうを乗っ取れば、と呪詛のように呟いている。

 

そんな彼らの行く手に、突如として集団が現れる。

 

いきなり現れるとは何事かだの、無礼千万だの言いたい放題であったが、直後彼らの表情が凍りついた。

 

集団の先頭に立ってそれを率いる人物が、今まさに話題に上っていた孫文台であったからだ。

 

「よぉ、袁家のお歴々。随分好き勝手やってくれたねぇ……」

 

凄絶な笑みと共に仁王立ちで行く手を塞ぐ孫堅は、まさに毘沙門天もかくやと言うほどの闘気を放っていた。

 

それは武に関しては素人同然の者にまで伝わるほどの迫力。

 

そんな孫堅に隠さぬ殺気をぶつけられ、最早袁家の面々は誰一人として声を発するどころか、呼吸すら苦しいほどだった。

 

「あんたらは私を消そうとしたばかりか、美羽を身代わりにしようとした……

 

 いくら逢の血族と言えど、腹に据えかねる所業だ。だから……いや、もう何も言うまい」

 

「ぐっ……!こ、このっ……あばず、ぇ……――――」

 

叫びが最後まで形を為すことは無かった。

 

目にも留まらぬ速さで南海覇王を数度振るい、瞬く間に袁家重鎮の首を狩り尽くしたのだった。

 

地面を血に染めた孫堅は剣を左右に切り払って付着した血を払うと、音高く鞘に納める。

 

それが無言の合図となった。

 

袁家の兵は逃げ出し、しかし甘寧と周泰を始めとした孫家の精兵から逃げきれるわけもなく、殲滅の憂き目に。

 

終わってみれば、余りにも圧倒的。そんな戦だった。

 

 

 

孫家が存亡の危機に瀕した大事件から始まった一連の出来事は、こうして人知れず終結した。

 

 

 

 

 

 

 

-8ページ-

 

 

 

 

 

 

 

孫家の者達が合流する予定の地には既に孫策サイドと太史慈サイドの部隊が揃っていた。

 

「七乃っ!七乃ぉっ!!」

 

逃げられぬよう縛り上げられ、太史慈に連れて来られた袁術はそこでボロボロになって気を失っている張勲を見つけて縋り付く。

 

呼びかけられた当の張勲は完全に落ちていて当分の間、目を覚まさないだろう。

 

「ま〜た随分派手にやったのね、雪蓮。やり過ぎてないでしょうね?」

 

「そこは大丈夫よ。多分……

 

 張勲の奴ってば、ほんっと諦めが悪くってねぇ。こいつってこんな奴だったかしら?」

 

「それだけ七乃の奴が美羽を大切に思ってた、ってことだろうさ」

 

「あら、母様。戻ってきてたんだ」

 

「ああ、たった今ね。雪蓮、冥琳、木春、よくやってくれた」

 

雑談していた孫策と太史慈の後ろから孫堅も会話に加わってくる。

 

彼女についていた部隊の者達もようやく合流を果たしたことがこれで分かった。

 

孫堅は3人に労いの言葉を掛けると未だ張勲に縋り付いて必死に声をかけ続けている袁術の下へと歩み寄る。

 

近づいてもこちらに気づかない袁術に声を掛けて気付かせ、こちらを向かせると、静かに語りかけ始めた。

 

「さて、美羽。あんたに言っておかなければならないことがある。心して聞きな」

 

「は、はいなのじゃ……」

 

「あんたは袁家の上の連中に利用されていた。それには、気付いていたかい?」

 

「わ、妾が……?そ、そんなはずがっ……だって、七乃は一度もっ……!」

 

「なるほどね。やっぱり七乃が全部受けていたのかい。

 

 ならば、美羽。現実を認識するんだ。

 

 あんたはきっと、何の疑問も抱かずに言われるがまま、あらゆる事に承認を出していたんだろう。

 

 だが、その結果どうなったのか。それは実際に襄陽の街を歩けば分かるだろうが……民は苦しみ、袁家のみが私腹を肥やしていた。

 

 それも、襄陽に限らず、袁家の領内、至る所でだ」

 

「そ、それは本当に妾の承認した策のせいなのかっ!?」

 

「ああ、まず間違いないね。民が苦しむ一番の原因が、その無茶苦茶な税の高さだ。

 

 言うまでも無いことだが、それは美羽、あんたの名前で施行されている。

 

 何分、前当主の袁逢が民にも誠実で優秀だっただけに、美羽への不平不満は爆発寸前といったところだろうね」

 

袁術にとっては突然突き付けられた事実。

 

それを理解していく程に、袁術はブルブルとその小さな体を震わせていく。

 

「妾が……妾のせいで……そんな……」

 

絶望に沈みかけた袁術。しかし、目の前に立つ孫堅はそんな袁術をきっちりと導かんと諭す。

 

「美羽、確かにあんたは今まで何も知らなかった。それは今更どうしようも無い。

 

 だが、今、あんたは知ったんだ。この現状を。

 

 いいかい、美羽。無知ゆえの無為はまだ許されるかも知れない。だがね、知った上での無為は、罪だ。

 

 あんたがしなければならないのは嘆くことじゃない。それを理解しな」

 

「…………じゃが、妾は……何をすれば良いのかも分からんのじゃ……」

 

「ゆっくりでいい、美羽。あんたはまだまだ幼い。だが、あの逢の娘だ。資質はある。

 

 少しずつ、自分に出来ることを自分の力で考えて、行動に移していけばいい」

 

決して優しいとは言えないながらも、確かに袁術を思う気持ちも伝わってくる。

 

だからこそ、孫堅の言葉を何度も反芻して己の中に取り込むことで、袁術は崩れるギリギリのところで立ち直ることが出来た。

 

「……うむ、そうじゃの……妾に出来ること……今はまだ分からぬが、いずれ必ず見つけてやるのじゃ!」

 

それは袁術が僅かながらも成長したことを示す宣言。

 

いつの間に気がついたのか、横になったままでそれを聞いていた張勲の瞳には、知らず光る雫が溜まり、零れて行っていた。

 

 

 

 

 

その後、袁術は最初で最後の自らの意志による当主命令を敢行し、袁家領地を孫家の下へと組み入れることを宣言した。

 

それは、魏に次ぐ大国、孫呉の誕生の瞬間とも取れる出来事であった。

 

説明
第六十一話の投稿です。


今回は呉のお話。
公式サイト 恋姫†英雄譚 より程普・粋怜が登場します。
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コメント
孫文台の討死は回避されましたか、しかし孫呉もここでピンチをチャンスに変えて力を付けてきましたね。特に裏の方で活躍出来る七乃さん加入は曹魏にとっては脅威ですねー(はこざき(仮))
>>marumo様 すみません、”小春”は間違いです。『こはる』と打って変換した時に、単体か続き文章かで入れ替わってしまっていたようです。ご指摘ありがとうございます。(ムカミ)
今回の話の中で大史慈が小春と木春でコロコロ真名変わってますよね?(marumo )
「分かりました。その孫文台にお任せください」 この孫文台にお任せください、では?(marumo )
>>牛乳魔人様 七乃が美羽の我が儘をもっと諌めていたらきっと登場時点からいい子だったんだろうなぁ、と思ったことがあります。美羽はきっと純粋なんです!(ムカミ)
>>nao様 真の英傑が率いているからこそ、明確な武の目標が身近にいて。漠然とした”最強”なんかを目指すより”近くて遠い背中”を追う方が常に距離を測りやすい分モチベーションも保ちやすくて効率が良い、と個人的に思っています。そして堅ママの懐の広さもまた、目標として恥じない人柄ですね(ムカミ)
>>本郷 刃様 両袁家の行き先は当初から決めてありましたので、無事書ききれてホッとしています。美羽は根はいい子なんですよねぇ(ムカミ)
美羽は覚醒するとめっちゃいい子になるんだよなぁ(牛乳魔人)
呉は着実に力をつけてますな〜今後苦戦しそうですな^^;(nao)
これにて両袁家はそれぞれ曹魏と孫呉の傘下となりましたか、美羽のこれからの成長に期待が大きいですね(本郷 刃)
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真・恋姫†無双 一刀 魏√再編 

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