真恋姫無双幻夢伝 第六章7話『祭りの前夜』 |
真恋姫無双 幻夢伝 第六章 7話 『祭りの前夜』
動かない釣り糸の先に、突き抜けるような青い空と大きな青い川が広がる。じりじりと照らす太陽に、体のあちこちから汗がにじみ出る。それを拭う布を持つ手は動かし続けているのに、それでも浮きは微動だにしない。
胡坐をかいてつまらなそうに顎を手に乗せたアキラは、思わず悪態をつく。
「なーんで動かないんだ」
「焦りは禁物じゃよ。ゆっくり待つべし」
はっはっはっと白髪の爺さんが隣で笑う。彼と同じように釣り糸を垂らしている。説教しているくせに、彼もまた全然釣れていない。釣り仲間になってからいつもこんな調子だ。
それでも爺さんは口だけは良く動く。
「若い兵士さんよ、もうすぐ漁師から逃げてきた魚が上ってくるころじゃ。じきに大漁じゃわい」
「本当かよ?」
爺さんはアキラのことを、仕事をさぼっている兵士だと思い込んでいるようだ。こんなに抜け出せるはずもないことはすぐに分かりそうなのだが。
そんなとぼけた爺さんではあるが、天気と魚の動きを読む力は確かだ。アキラは釣りの師匠に尋ねる。
「爺さん。来週はどうなんだい?」
「来週、儂は来ないよ」
アキラが不思議そうにその顔を見た。この数週間、雨の日も欠かさずに毎日釣りに来ていたというのに、一体どうしたというのか。
「そんなに天気が悪いのか?それとも一匹も魚が来ないっていうのか?」
「……そうさな、お前さんには教えておこうかね」
その頃、華琳と詠は部屋の中でここ一帯の地図に書き込みながら、両軍の最終調整を行っていた。それは来週に差し迫った総攻撃についてである。?沢など呉からの投降者を回収した後、それに動揺している敵を一気に攻め立てるのである。この件について、まだ少数の者しか知らない。
「?沢らが黄蓋を捕えて降伏してきた夜の翌日に、総攻撃を仕掛けるのですか?」
「そうよ。もう船の準備は整った。鎖もしっかり繋いだ。風が逆に吹いていようとも負けることはないわ」
詠の質問に、華琳が答える。詠は顎に手を当てて数回頷いた。この兵力差である。相手が動揺しているのであれば、必ず勝てるだろう。
「?統が確認できなかったのは残念だったけど、良く考えてみたら当然だわ。彼らは?統がこちら側だって知らないから、接触のしようが無いもの」
「そうですね、華琳様」
詠の口調に、華琳は苦笑いを浮かべた。
「敬語を使わなくても別にいいのよ。真名も与えたし、あなたは私の部下ではない」
「そうであっても、あなたは漢の丞相です。それに…」
クッと眼鏡を上げる。
「もし両国が合併したら、あなたは私の主君です」
華琳は詠に向かって笑みをこぼした。頭の切れる人材との会話は、彼女の最も好む行為だ。
「私がまだ狙っていたこと、やっぱり分かっていたのね」
「当然でしょう。この陣中でも数々の交流会が設けられ、合同演習も数日に一度は行っている。凪たちに至っては春蘭たちに弟子入りしそうな勢い。そして私には真名すら与えた。この戦いの先を見据えた戦略です」
「ふふふ、やはりあなたが欲しいわ」
見抜かれたにもかかわらず嬉しそうに笑う華琳に、詠はもう一歩踏み込んだ質問をした。
「吸収合併をお望みですか」
「いや、対等合併でもいいと考えているわ」
意外な答えに詠は目を丸くしたが、何か思い当たったことがあったように、次の瞬間には苦笑いに表情を変えた。
彼女はずばり指摘する。
「あなたが望んでいるのは“結婚合併”ですよね」
思わず背筋が伸びてしまった華琳は、彼女らしくもなく恐々と聞くのであった。
「き、気付いたの?」
「あれだけ仲睦まじく…というよりもあなたがアキラに甘えているのを見るとねぇ。それに、汝南城での一件は全員に筒抜けですよ」
華琳の顔がほのかに赤くなる。自分の情事を明かされたのだから、仕方のないことである。彼女は苦し紛れにこう反論した。
「あなただって彼のことが好きなのでしょ?!」
「はあっ?!!」
「だってアキラに文句を言う時のあなたの顔、とても嬉しそうだし、体擦り寄せるぐらいに近寄っているじゃないの!?」
「それを言うのだったら華琳だって!」
延々と大声で指摘し合う2人。いつの間にか詠は敬語を使わないようになっており、まるで小学生の言い争いのような喧騒を見せていた。……決して見た目が、と言うことではない。
「あの……華琳様?」
当たり前と言うべきか、声を聞きつけた秋蘭が駆けつけてきた。彼女の登場に口論は中断する。
「まあいいわ。惚れていることは事実だから」
と、華琳は結論として言った。詠は「だから違うっていうのに」とぶつくさ言っているが、華琳は彼女にこう言った。
「同じ男に惚れたもの同士、仲良くしましょ。敬語もダメよ」
「くっ!わ、わかったわよ!話はこれでおしまい?!ボクは帰るからね!」
詠は入り口に立つ秋蘭を押しのけて、逃げるようにして去っていく。色ごとに関しては、どうあがいても分が悪い。道すがら、彼女はいら立ちを吐き出すように1つため息をついた。
いよいよ今夜だ。
日が傾き始めた頃、一刀は自室でその時刻をひたすら待っていた。
先ほどようやく朱里から知らされた計画に、彼の心は躍った。自分が読んだ物語の一員となり、そして歴史を変えるのだから、興奮するのは当然だ。
何回目か分からない、武具の点検をまた行う。慣れているはずなのに手先が不器用になる。結んでいる紐が切れそうになるほど、手に力が入っている。
「ふう」
大きなため息を吐き出す。計画が上手くいけば自分は戦うことはない。それなのに、胸の鼓動が治まらない。ついつい座っている足が貧乏ゆすりを起こす。
「焦るな、焦るなよ」
と、一刀は自分に言い聞かせた。そして長い時間をかけて点検を終えた。
でも心配だ。もう一回、点検しようか。
その時、彼は違和感を持った。隣にある寝床の布団がこんもりしている。
「誰だ?」
星か?こんな時でも不謹慎なぐらい余裕だな、と彼は苦笑しながら布団をめくった。
彼の予想は最悪の形で外れた。
「うふっ?お久し振り、ご主人様?」
「うわあああああ!」
一刀は腰を抜かして床にへたり込む。そして全身から筋肉が盛りあがっている相手に向かって怒鳴り声を上げた。
「貂蝉!なにしているんだ、こんなところで!?」
「ご主人様のこと、ずっ〜と待っていたのよ。でも遅いから、ご主人様の寝床に潜り込んでくんかくんかしていたわ」
最悪だ。もう本当に、最悪だ。
うな垂れる一刀のことを、貂蝉はうふふと微笑みながら見つめていた。
彼はまだ知らない。貂蝉がこのゲームの主催者であることを。そして雪蓮を殺害して、この戦争を引き起こした張本人であることを。
「それで、今日はどうしたんだよ?」
やっとの思いで椅子に座り直した一刀は尋ねた。貂蝉は一段と白い歯をこぼす。自分が世界をコントロールすることがどれだけ快感であるか、知り尽くしていた。
雪蓮を殺害したように、彼を有利な方向に導くのだ。貂蝉は顔をしかめる一刀に言った。
「あのね、実は……」
説明 | ||
どちらの策略が勝るのか、緊張感が増してきました。 (注)この物語のみの設定が関係します。しつこいかもしれませんが、この話のご拝読の前に、??話と第三章8話をお読みください。 |
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