真恋姫無双幻夢伝 第七章2話『華佗の薬』
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   真恋姫無双 幻夢伝 第七章 2話 『華佗の薬』

 

 

 雲雀が鳴いている。

 まだ鋭い日の光が注ぐ中で、編笠をかぶった農民たちが小麦の収穫を行っている。彼らが持っている鎌が日光に反射して眩しい。

 そうした光景を傍目に見ながらアキラたち4人と、もう1人は、許昌への道を急いでいた。

 馬車に座っている風が、屋根を避けて入り込んでくる光に対して眩しそうに手をかざしながら、隣で馬を走らせるアキラに声をかけた。

 

「あの〜、お兄さん?」

「なんだ?」

「彼女をどうするつもりですか?」

 

 そう言って彼女は対面に座る小蓮を見た。きつく縛られた彼女は口轡をはめていないが、その可愛らしい口からは言葉一つ出てこなくなった。昨晩ずっと罵声を上げていたことが堪えたようで、うつらうつらと瞼が重くなっている。

 彼女の隣には飛将・呂布こと、恋が座っており、たとえ彼女が縄につながれていなくて元気な状態でも、何もできないであろう。ただし彼女もこの陽気に眠りこけているが。

 出発する直後まで恋が座っていた御者席には、月が座っていた。涼州出身の彼女は恋に頼んでその席を代わってもらい、幼い頃のように楽しそうに4頭の馬を操っている。

 彼は少し間を開けてから、こう答えた。

 

「涼州に着いてからゆっくり決めるさ。先は長いんだ」

「お兄さん、のんびりしてますねー」

 

 そんな口調の風には言われたくは無かったが、判断を先延ばしにしていることは事実だ。彼は自分の優柔不断さを嗤った。

 風はふと彼のたもとから白いものが風にあおられていることに気が付いた。

 

「それはなんですか?」

「うん?」

 

 指摘されたアキラはそれを取り出す。手紙のようだ。

 

「おかしいな。昨日は何も入れていないはずだが」

「読んでみたらどうですか?」

「ああ。月、速度を落としてくれ」

「はい、分かりました」

 

 馬車と彼の馬が人の歩く速度まで遅くなる。彼は手綱を離して手紙をめくった。しばらく沈黙が続く。

 

「どうですか、お兄さん?」

 

 彼は答えることなくその手紙をたもとにしまい込むと、また月に指示を出した。

 

「月、全速力で行くぞ。付いてこい」

「は、はい!」

「どうしたのですか?」

「道中で話す。揺れるから舌を噛むなよ」

 

 アキラが手綱をピシリと叩き、月が馬たちに鞭を入れた。風が「あ〜れ〜」という声を出して、馬車と馬が勢い良く走っていく。彼らは一直線に許昌を目指す。途中で小蓮が舌を噛んだようで、「いったー!」と叫んで目に涙を浮かばせていた。

 

 

 

 

 

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 許昌城に着いた彼らは足早に馬車を降りると、慌てる兵士たちを後目に一目散に華琳の部屋を目指した。馬車に取り残された小蓮が「待ってよ!どこに行くのよ!」と喚いているのを無視して、彼らは急ぐ。

 息荒く走ってきた彼らの姿を見て、秋蘭が驚きながら出迎えた。

 

「そんなに急ぐ必要はないのだが、ともかくはるばる来てくれたことに感謝す…」

「秋蘭!華琳はどこだ?!」

「えっ…ああ、華琳さまなら自室だ。今、華佗の診療を受けているが……ちょっと!どうしたのだ?!」

 

 アキラたちは華琳の自室へと急ぐ。珍しく足早に動く風が、部屋の位置を示す。

 

「華琳さまの部屋はその階段を上って真っ直ぐ進んだところにあります。私に構わず行ってください」

「分かった。月もここで待っていてくれ。恋、行くぞ!」

 

 2人は風のごとき速さで走り始めた。そして階段を駆け上がり、廊下を抜け、部屋の扉を開けた。

 部屋の中には華佗と華琳の姿があった。華琳は寝床から上半身を起こした状態で、華佗は彼女の寝床の隣に椅子を置いて座っていた。2人とも、急な珍客の登場に目を丸くして驚いている。

 そして華琳の手には薬が入っていると思われる湯呑があった。

 

「おい、診察中だぞ!」

「アキラ!なによ、急に!」

 

 彼は黙ったまま急いで駆け寄ると、華琳からその湯呑を奪った。そしてそれごと窓の外から投げ捨てる。窓の外でガシャンと砕ける音がした。

 

「なにやっているんだ、お前?!貴重な薬だぞ!」

 

 華佗の怒鳴り声が響く。アキラは額にかいた汗を手で拭い、呼吸を整える。そして憤る華佗を鼻で笑った。

 

「“貴重な”か。確かに医者にとっては貴重で、使うことが珍しいものだ。“毒”だからな」

 

 恋が矛を構える。華佗は一瞬言葉を失い、そして恋に怯えるように手を上げて無抵抗を示す。しかしすぐに反論した。

 

「何言っているんだ?!俺がそんなことをするはずがないじゃないか。どこにそんな証拠が…」

「これを見てもか?」

 

 アキラはたもとにしまっていた手紙を華佗に投げた。受け取った彼はその手紙を開いて読んでいく。

 そこには左慈や于吉からの忠告が書かれていた。

 

『気を付けろ!華佗もグルだ!曹操を暗殺しようとしている!』

『孫策と同じように彼女を失いたくなければ、すぐに彼女の元に行きなさい』

 

 華佗は観念したように鼻を鳴らして笑った。そして手紙を投げ捨てて、アキラに向き直った。

 

「なるほどな。奴らの仕業ってことだ。忌々しい奴らめ!まだこの世界に介入できたとはな」

「俺もすぐに気が付くべきだったよ。雪蓮も途中まで回復していたらしいじゃないか。それが急に体調が悪くなって最期を迎えた。お前の“診察”のおかげでな」

「おっと。俺が直接手を下したわけじゃないぜ。“手助けをした”だけだ。“あの人”の指示でな」

「ちょ、ちょっと!一体、何の話よ?!」

 

 華琳が困惑した表情で2人を交互に見る中、華佗は着けていた手袋を脱いでいく。

 

「お前も奴らの一味だな」

「ああ。研究員の1人で、この世界の管理者だ。もっとも、アラスカにいる奴らと同じように下っ端だがね」

 

 華佗がゆっくりと歩き出し、窓へと近づく。アキラはその進路を塞ぐように、窓の傍に立った。

 立ち止まった華佗は、彼に不敵な笑みを見せる。

 

「1つ忠告しておく。あの“ババア”は焦ってきている。お前が一刀を倒して、賭けを台無しにするかもしれないと考えているんだ。俺はお前を邪魔してこの世界を修正する“第一歩”ってところだ。賭け主に分からないようにこっそりとしかできないが、必ず介入してくるはずだ」

「急にどうした。左慈たちのように俺に味方してくれるのか?」

「いや、そいつはごめんだ。俺が持ち合わせているのは正義感じゃない。あるのは強い者に付く自衛本能と、お前らが絶望していく過程が見たいっていう好奇心だ!」

 

 そう言った途端、彼は脱いでいた手袋をアキラに投げつける。中に仕込んでいた白い粉が部屋中にまき散らされて、アキラたちの視界を塞いだ。

 

「あばよっ!」

 

 華佗はその隙に窓へと走った。しかしその一言が余計だった。声の出所に反応した恋が視覚に頼ることなく、彼の背中を切り裂いた。

 

「がはっ!」

 

 白い視界の中に赤い血が飛び散る。華佗の悲鳴を聞いた次の瞬間、窓の外から何かが落ちた音がした。せき込むアキラは腕で白い粉末を払いながら窓から外を見渡した。室外へ出ていく白い煙の向こうに、逃げて行く華佗が見えた。

 そばに寄ってきた恋が、アキラに告げる。

 

「…追う……」

「待て。それは外にいる奴らに任せよう。それよりも…」

 

 アキラは部屋の中を振り返る。段々と視界が開けてきたその中に、扉から飛び入ってきて驚愕している秋蘭たちと、寝床の上で腕を組む華琳の姿があった。

 華琳は少し苛立っている様子で、彼につっけんどんに尋ねる。

 

「……で、説明してくれるのでしょうね」

「分かっているよ。まったく」

 

 

 

 

 

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 この世界が作られたものであり、北郷一刀の行動の成否が駆けの対象になっている。

 彼が説明し終えた時、言葉を発する者はいなかった。当然であろう。彼は言った。

 

「信じてくれなくていい。頭のおかしい話さ。たわごとだと思って聞き流して「面白いじゃないの」

 

 全員が振り向くと、華琳が満面の笑みを浮かべていた。彼女は続けて言う。

 

「言い換えるなら、私たちの敵はこの世界の“神”ってことよね。やりがいありそうだわ」

「おいおい、信じるのか?自分で言うのは何だけど、変な宗教よりも頭のおかしい話だぞ」

「理解できないと思った?私を誰だと思っているのよ」

「しかしだな、普通は「それに」

 

 華琳はアキラの目をまっすぐ見つめた。

 

「あなただから信じるのよ」

「…華琳……」

「ゴ、ゴホン!ゴホン!」

 

 いい雰囲気になりかけたところで、桂花の大きな咳払いが聞こえてきた。彼女はアキラに鋭い視線を浴びせつつ大声で宣言する。

 

「私は、お前の言うことなんてちーっとも信じられません!でも、華琳さまが信じるなら信じるしかないわけにはいきません」

「私も信じよう」

 

 今度は秋蘭が発言する。

 

「正直に言うと、まだよく分からない。だがアキラが言っているのだ。信用に値する」

「いいのか、そんな単純で?」

「姉者ほどじゃないさ。ただ信じるかどうかはその話の信憑性よりも、その話をした人への信頼で決めることにしている」

 

 後ろで聞いていた風と稟も頷いた。

 

「お兄さんはスケベですけど、こういう嘘はつきませんからねー。信じますよー」

「私も信じましょう。ちなみに、この際どうでも良い話になりますが、つまりアキラ殿は」

「“天の御遣い”ってことだな」

「では信じる代償として、天の国の話でもしてもらいましょうか」

 

と言うと彼女は、さっそく桂花や風と天の国について議論を始めた。彼に質問する事項をまとめるために、彼女たちは真剣に討議を始めている。

 頭の血の巡りが良い部下の様子に、華琳は満足そうに頷いた。彼女たちの姿を見ながら、華琳は独り言のようにこぼした。

 

「いよいよ一蓮托生ね」

「迷惑か?」

「私たちは生まれた時から与えられた境遇の中で戦うしかない。ちょっと条件が変わっただけよ」

 

 華琳は彼に視線を向ける。その顔はほのかに赤い。そして不敵に笑うと、永劫変わらない自分の信条を言い放った。

 

「勝てばいい」

 

 その自信たっぷりの表情を見て、アキラは苦笑いを浮かべた。相変わらず大胆不敵な御嬢さんだ。

 華琳は微笑み返しながら、彼に質問する。

 

「あなたの部下には話したの?」

「いや、信じてもらえそうにない話だからな。それに余計なことで混乱させたくない」

「それはそうだわ。秋蘭、この話は春蘭にはしたら駄目よ」

「分かっています。まあ、したところで無意味だと思いますが」

 

 アキラは隣にいた月と恋に話しかけた。

 

「大丈夫か?」

「はい……でも、怖いです。自分が作られた存在だったなんて…」

「そうだな。でも、これから変えていく。奴らの思い通りにさせない」

「……信じていいですか?」

「ああ、必ずやり遂げる。任せろ!」

 

 ドンと自分の胸を叩く彼に、月が微笑んだ。その隣にいた恋が矛を強く掴んでアキラに告げる。理解できたかどうか分からないが、彼女のやるべきことは決まっている。

 

「アキラを…手伝う…!…」

「頼んだぞ、恋!」

 

 部屋が盛り上がってきたその時、寝床から上半身を持ち上げていた華琳が、ふらりと倒れ込んだ。

 

「華琳さま!!」

 

 桂花の悲鳴のような声が響く。駆け寄った秋蘭が、彼女の額に手を当てた。

 

「ひどい熱だ。すぐに他の医者を!」

「華琳さま!華琳さま!」

 

 先ほどとは異なる騒々しさがこの部屋を包んだ。バタバタと走り回る音。華琳を呼びかける声。その中で彼は彼女を心配すると同時に、自分を信頼してくれたことについて静かに感謝の念を抱いていた。

 

 

 

 

説明
華佗の正体。そして物語の根幹へと進んで行きます。
(注)この物語のみの設定が関係します。何度も申し訳ありませんが、この話のご拝読の前に、??話と第三章8話をお読みください。
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コメント
華佗が敵として出る作品って、中々無いですよね。珍しい。(5963)
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