真恋姫無双幻夢伝 第七章4話『長安攻防戦』
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   真恋姫無双 幻夢伝 第七章 4話 『長安攻防戦』

 

 

 空を覆っていた黒色が東から白色に変わってくる。暗い夜に隠れていた小さい雲の形が分かるようになってきた。もうすぐあの山の向こうから太陽が顔を出し、この平野や川を黄金色に染めてくれるに違いない。

 稟は朝の冷たい空気に身を震わせながら、長い階段を上る。まだ秋口のはずだが、涼州の風は冷たい。これから東に流れ込む風を蓄えているようだ。

 やっと登り切った城壁の上に、彼の姿を見つけた。白い息を吐いて忠告する。

 

「もうすぐ矢が飛んできますよ。そこは一番激戦が予想される城門の上です。危険ですからお下がりください」

「敵の姿が見えるところで指揮したい。これが俺の“スタイル”さ」

「“すたいる”とは天の国の言葉ですか?」

「そうだ。姿勢という意味だな。ともかく、稟が心配することではない。好きなようにやらせてくれ」

「分かりました…くしゅ!」

 

 くしゃみをした彼女を、アキラは自らの外套を着せた。彼の大きすぎる外套は彼女の身体をすっぽりと包みこみ、その端は彼女のくるぶしまで届いた。彼女の頬がほのかに赤くなる。

 鎧を着た彼は寒さを感じる素振りさえ見せず、黙って西の大地を見つめる。その時、風の中に馬の嘶きを聞いた。

 

「稟、時間だ。それを着終わったら、俺の部屋に投げ込んでおいてくれ」

「寒くないのですか?」

「すぐに熱くなるさ」

 

 山の輪郭が金色に輝いた。長い一日が始まる。

 

 

 

 

 

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 なるほど、これは壮観だ。アキラは感心して、城壁の上から彼らの姿を眺めている。

 様々な遊牧民が集まった10万騎の集団は、異なる色と服装の各民族の破片で成り立っており、黄緑色の平原と、岩石がむき出しになった黒と白の山肌と合わさって、まるで1つの絵のような光景を見せる。

 彼はこれから戦う強敵の姿を

 

「美しい」

 

と評した。

 その“絵”の中から、3人の騎兵が飛び出してきた。2人は護衛であり、もう1人は長い髪を後ろで束ねた女性だ。

 その女性は城壁の近くまで来ると、大声で彼の名を呼んだ。

 

「李靖!出てこい!」

 

 すでに声の中に険のある彼女とは違い、彼は悠々と返答した。

 

「俺はここだ」

 

 城壁の上に見えたその顔に、彼女は顔全体を紅潮させて再び叫んだ。

 

「お前が李靖だな!あたしが馬超だ!お前に殺された馬騰の娘だ!!」

「なるほど、お前が馬超か。噂に違わない“猪武者”だな」

「なに!?」

 

 彼は冷笑を浮かべて彼女を見下ろしている。翠は降伏勧告をする目的を忘れて、その姿にますます逆上した。

 

「お前を倒して母の仇を討つ!あたしの前に跪かせてやる!」

「お前ごときに落とせる城ではない。すぐに攻め込む勇気さえ持たなかったお前にはな!」

「り、李靖…!」

 

 翠は身を震わせる。彼女は彼を睨み殺すほどの視線と共に、言葉をぶつけるのだった

 

「お前は必ずあたしが斬る!あたしの勇気を証明してやる!」

 

 こう言い残した彼女は、自分の陣へと去って行った。するとアキラは、今まで浮かべていた笑みを止めると、傍にいた兵士に尋ねる。

 

「なあ、今の会話、やつら全員聞こえたか」

「はっ。おそらく集中して聞いていたと思われます」

「よし、月に言われた通りに演技できたな」

 

と言った彼は、大きく背伸びをした後、兵士たちに向かって号令をかけた。

 

「今日を耐え抜くぞ!敵を一歩も城内に入れるな!」

 

 

 

 

 

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 ガンガンガンと馬超軍の攻撃の鐘が鳴り響いた。大地を震わす音に、城壁の上にいる兵士たちは息を飲んで身を縮ませる。何人かは恐怖に負けて、弓矢を構えようとする。それを見たアキラの叱咤が飛んだ。

 

「怖がるな!命令があるまで動くな!」

 

 すぐに彼らの姿が大きくなってくる。アキラは右腕を大きく上げて命じた。

 

「構えろ!」

 

 兵士たちが一斉に弓矢を構える。その矢の先端を敵に定める。

 

「まだまだ!もう少しひきつけろ!」

 

 兵士たちは息を止めて、その時を待った。敵の雄叫びよりも心臓の音が大きくなる。そして彼らの息がこれ以上持たないと思われた時、アキラが腕を振り下ろした。

 

「撃て!」

 

 何千本もの矢が凄まじい音と共に、上空から敵に降り注いだ。多数の騎馬がハリネズミのようになって地面に転がる。しかしその死体を乗り越えて、すぐさま新たな敵が押し寄せてきた。

 騎射が得意な彼らは果敢にも手綱を離して、見上げるほど高い城壁の兵士を矢で狙ってくる。彼らが撃ってきた矢を、剣で払いのけたアキラは、檄を飛ばす。

 

「ひるむな!奴らの矢がここまで届いたとしても、上から降り注ぐ矢には勝てん!撃ち返してやれ!」

 

 その言葉通り、城壁から撃たれた矢は命中率が悪いものの、次々と敵を倒していった。その様子に満足していた彼は、依然として攻めてくる敵の中央に、ものすごい砂煙を上げている一団を見つけた。

 

(おそらく、城門に打ちつける用の大木を引きずっている!)

 

 あれが打ちつけられたら、城門を壊されるかもしれない。その正体に気が付いた彼は、すぐに兵士たちの目標をあの砂埃に向けさせた。

 しかしなかなか倒せずに、城壁に近づいて来る。その大木に付けた綱を持っている騎兵たちの顔が見える距離まで来てしまった。

 アキラは隣の兵士に言った。

 

「弓を貸せ」

 

 持っていた弓と矢を奪うように借りた彼は、素早く一矢撃った。空気を切り裂いたその矢は、その大木の右側にいた騎兵の脳天を撃ち抜いた。大木を動かす速度が遅くなる。

 

「残りの矢も」

 

 隣の兵士から矢筒ごと数本の矢を借りたアキラは、すぐに矢を抜き出して構える。その矢も、右側にいたもう1人の騎兵の脳天を撃ち抜いた。城門の直前で完全に大木は止まり、左側にいた騎兵は右往左往としていたところを、城壁からの矢で倒される。

 

「お見事です!」

「まだだ」

 

 褒める言葉に耳を貸さず、彼は殺した騎兵の傍でウロウロしている馬の頭を撃ちぬいた。悲鳴も上げずに崩れ落ちた馬はその巨体を、大木を動かすための綱の上に横たえた。これであの大木を動かすことは出来ない。しかも城門の前に止まったことで、運良く敵を邪魔する形となった。

 

「あの木がそこで敵を邪魔してくれる限り、城門が破られることはない」

 

 アキラは隣の兵士に弓矢を返すと、再び周囲の兵士を激励する。

 

「俺がいる限りこの城は落ちない!馬超軍など、俺の敵ではない!」

 

 魏軍の雄叫びが響く。敵の騎馬の足音に怯える者はもういなくなった。

 戦闘開始から半刻(一時間)が経過しても、馬超軍の中に城壁をよじ登る者さえいなかった。馬に乗ったままではこの城は落ちないと、ようやく判断した彼らは馬を後方に置き、徒歩で攻め寄せて来ていた。盾を持って慎重に、じりじりと迫ってきている。

 だが、アキラはこれを好機と見た。歩兵の数が十分増えてきたことを確認して、指示を出した。

 

「恋に伝えろ。敵をかき回せ!」

 

 開くはずがないと思っていた城門が、ゆっくりと動いた。不思議そうにそれを眺めていた彼らは、やがてその隙間から見えてきた旗印に、顔色を変えて叫ぶ。

 

「りょ、呂布だ!呂布だ!」

「やつが来た!飛将が来た!」

 

 恋が騎兵集団の先頭に立って進み始めた。彼女の騎馬は敵中を走り抜け、風のように進む度に血しぶきが彼女の周りで上がった。

 

「に、に、逃げろ!!」

 

 董卓軍と争ったことがある彼らは、董卓軍はおろか、中華一の武人の恐ろしさを骨の髄まで知っている。ましてや、彼らは最大の武器である馬に乗っていない。恐怖に負けた彼らは、彼女と遠く離れている者ですら、旗も盾も投げ捨てて逃げて行く。

 

「逃がさない」

 

 冷徹に宣告した彼女は部下達と共に、逃げて行く敵を追っていく。先ほどまで雄叫びが轟いていた大地が、今度は悲鳴に包まれる。

 恋は悪鬼の如き恐怖の象徴となった。無表情のまま、逃げる敵の背中や首筋を切り裂く。

 その彼女の前に、1人の武将が立ちはだかった。

 

「呂奉先!あたしが馬超だ。これ以上、お前の好きにさせない!」

「…邪魔するなら、殺す」

 

 翠と恋が対峙する。周囲の兵士たちは逃げる足を止めて、2人の様子を見物した。ここ一帯だけ静けさを取り戻す。

 翠は槍を構えると、手綱で馬を打った。

 

「行くぞ!」

 

 馬と一体となり凄まじい速さで迫ってくる翠。その勢いのまま上から振り下ろされた槍を、恋は難なく受け止めた。

 

「やるな!」

「………」

 

 翠はすぐに槍を構えなおすと、今度は突き刺してきた。しかしそれも打ち払われてしまう。

 

「まだまだぁ!!」

 

 動きを止めることなく彼女の攻撃は続く。その槍さばきは目で追えないほど鋭い。それでも恋は一歩も馬を後退させることなく、それらを防ぎ切った。

 さすがの翠も息が切れてきた。それを恋が見逃すはずが無い。打ち振るってきた翠の槍を弾くと、彼女の胸目がけて一直線に突き刺す。

 

「だぁらっ!」

 

 うめきに似た声を出しながら、翠は身をよじってかわす。しかしすぐに薙いできた彼女の攻撃に対処できずに、彼女は馬から落ちた。

 

「ぐわっ!」

 

 地面に背中を打った彼女の叫びに混じって、周りの馬超軍の兵士のどよめきが聞こえてくる。翠が顔を上げたその目に、恋の姿が逆光で映し出された。

 

「おしまい」

 

 恋が槍を振り上げる。翠は目を瞑った。

 

「「「あっ!」」」

 

 周りの兵士たちがまたどよめく。翠が恐る恐る目を開けると、槍を振り上げていた恋の腕に矢が突き刺さっていた。

 矢を放った先を見ると、輿に乗った義叔母の韓遂が弓を番えていた。

 痛みに苦悶する恋は、唖然として地面に座っている翠に言い放った。

 

「卑怯…」

「ち、ちがう!」

 

 彼女の言い訳を聞くことなく恋は、周囲の兵士の囲まれながら城へと戻っていく。韓遂はその姿を目で追うと、すぐに命令を下した。

 

「奴らを逃がすな。手負いの呂布を必ず捕まえろ」

「義叔母上!なにをするんだ?!」

 

 韓遂は詰め寄ってくる翠を無視して、動揺する兵士たちに命じる。

 

「呂布はいなくなった。さっさと盾を持って、あの城を落として来い!」

「義叔母上!!」

 

 韓遂を問い詰める一方で、翠は見た。巨大な長安の城ではない。不安げにこちらを見つめる兵士たちの目が、彼女の脳裏に焼き付いた。

 

 

 

 

 

説明
アキラと翠の戦い、第一戦目です。
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