真恋姫無双幻夢伝 第八章3話『夷陵の戦い 第一幕』 |
真恋姫無双 幻夢伝 第八章 3話 『夷陵の戦い 第一幕』
夷陵。現在の宜昌市に当たる地域である。西の山岳部とは変わって、長江に沿って大きな平野が広がっている。中国四大美人の王昭君や楚の詩人、屈原の出身地であり、その歴史は古い。荊州と蜀を結ぶ要衝であり、秦代は南郡と呼ばれ、赤壁の戦いの後に曹仁が守ったことでも知られている。
冬の冷えた青空が広がるこの大地に、鎧姿の兵士たちが整然と並んでいた。農民たちは逃げてしまった。これほどの大軍同士が戦う中で、どこに逃げればいいのか、分からずに悲鳴を上げている。
魏軍の左側、蜀軍にとっては右側に長江が流れている。上流側に蜀軍が位置する形で、睨み合う。そして魏軍の右側の小高い丘の上に、汝南軍が陣取っている。
蜀軍は紫苑の水軍を抜いて14万人。魏軍は江陵城への対策と襄陽城の守りに5万人の人員を割いて15万人。汝南軍を入れると18万人となる。兵力こそ劣るが、愛紗の奪還に意気込む蜀軍の士気は高い。
雑踏が鳴りやまない中で、魏軍側から騎兵が2人、蜀からも3人が、馬に乗って出てくる。彼らは、両軍の前で、離れた場所で対峙した。華琳は相手の顔を見てにやりと笑う。
「劉備玄徳!久しぶりね!」
遠くから聞こえてきた声に、桃香は視線を送る。その彼女に向かって、華琳は語りかけた。
「とうとうここまで来たわね、劉備!あなたの恵まれた運と人望は認めてあげる。でも、ここまでよ。我が軍門に下りなさい!」
「曹操さん!」
桃香の目に迷いはない。
「私たちは勝ちます!みんなが笑って暮らせる世界をつくるために!」
「やってみなさい!私がその夢を打ち砕いてあげるわ!」
アキラと、一刀と朱里も、口上を言い合う。
「李靖さん!あなたは漢に反抗しつづけ、皇帝陛下を苦しめ、我利我欲のために国を乱してきました。私たちはあなたをゆ…」
「諸葛孔明!」
アキラは、はっきりと言った。
「歴史は勝者が作る!くだらない講釈は後にしろ!」
朱里は口をつぐんだ。その代わりに、一刀が言い放った。
「李靖!愛紗を返してもらう!お前もここでおしまいだ!」
激昂する一刀。しかしアキラは、微笑みさえ浮かべていた。
「北郷一刀、いよいよ最後の戦いだ。お前と、お前の後ろにいるやつら、全てを倒させてもらう」
「後ろにいるやつら、だと……?」
彼は空に向かって、高らかと宣言する。
「聞こえるか?!どうせ見ているのだろう、貂蝉!お前が書いたこの悲劇、俺が幕を下ろしてみせよう!特等席に座って、この結末を味わうといい!」
話は終わった。両者は自軍へ帰っていく。これから数十万の人間が、この大地で、殺し合うのだ。
蜀軍の先鋒は星。第二陣の右側に鈴々、左側に焔耶といった重厚な陣を敷いている。
だが、春蘭は躊躇しない。彼女は大きく槍を振るうと、彼女は兵士達と駆け始めた。『魏』と『夏』の旗印が動く。
「怯むな!蜀の山猿どもに、魏の武を思い知らせてやれ!」
矢の雨が降る。それをくぐり抜けた春蘭の槍が、蜀の兵士を貫いた。
汝南軍も攻撃を開始した。先鋒は華雄。蜀軍の左翼に兵を進める。
丘から駆け下ってくる汝南軍に対して、桔梗は平然と床几に座って、その姿を眺めている。隣で立っていた焔耶は、体がうずうずして仕方がなかった。
「なあ、桔梗様。もう攻撃しても良いだろ?」
「ばか者、よく見よ。やつらは丘から下ってきておる。あんなのに突っ込んだら逆落としを食らうぞ。下り終わってから、迎撃するのじゃ」
どんどん足音と敵の雄叫びが近づいてくる。桔梗はポンと膝を叩いて立ち上がった。
「そろそろ頃合いじゃろう。ほれ、暴れてこい」
「よっしゃ!行くぞ!」
焔耶がはしゃぐように駆け出していく。桔梗も楽しそうに満面の笑みをこぼしていた。彼女は豪天砲を構えた。
「さあ!祭りじゃ!」
豪天砲が火を噴き、蜀軍が汝南軍と衝突した。
最初に攻め込んだのは魏軍と汝南軍の方だったが、蜀軍も強固に反撃してくる。正面と左翼の二方面から圧力を受けてはいるが、蜀の猛将たちは全く動じてはいなかった。
硬直状態が続いて半刻(一時間)が過ぎる。魏軍は第二陣の秋蘭、汝南軍は霞と凪を投入した。
ところが、朱里と雛里はそれを穴とみた。彼女たちの指示が飛ぶ。
「星!」
「鈴々か!」
最前線で槍を振るっていた星の元に、鈴々が馬でやってくる。鈴々は朱里たちからの指示を伝えた。
「夏候惇は鈴々に任せるのだ。星はその隙に魏軍の右から攻め込むのだ」
「承知した!」
星の軍勢が一気に転回する。春蘭は当然その動きを察知した。
「待て!」
「夏候惇!」
駆け出そうとした春蘭の前に、鈴々が立ちふさがる。
「ここから先は行かせないのだ!この張益徳が相手なのだ!」
「邪魔するな!」
2人の馬が駆け出し、互いの槍が火花を散らした。
その頃、鈴々が移動したことで蜀軍に大きな空隙が生じた。秋蘭は星を抑えるよりも、そこから攻め入ることが重要と考え、自分の部隊を率いて進軍した。
ところが、彼女たちは今まで“見たことがない”ものと遭遇することになる。
「なんだ…これは?!」
秋蘭が目を点にする。灰色の巨大な動物が、群れを成してこちらに襲いかかってきた。その動物が太い足で地面を踏み鳴らすたびに、魏軍の馬が騒ぐ。
その動物の背中の上には、奇妙な格好をした少女たちが陽気に騒いでいる。
「行くのにゃー!」
「「「にゃー!」」」
魏軍の兵士たちは恐怖におののいて、逃げ出してしまっていた。少女たちが笑うたびに、魏の兵士が悲鳴を上げる。何とも奇妙な光景だ。
これが、魏軍が南蛮王と象に初めて会った時であった。
「おい!こんなに突っ走るなよ!ちゃんと後ろを見ろ!」
白蓮が馬を走らせながら、象の上にいる美以を見上げて忠告する。だが、調子に乗った美以は言うことを聞かない。
「でも、いっぱい敵をたおしたら、いっぱいおかしをくれるって、にいが言っていたのにゃ?」
「それは、そうだけどよ」
「だったら、もっとたおすのにゃ!」
「「「にゃー!」」」
「お、おい!…くそう、なんだって私はこいつらの子守り役なんだよ!?」
白蓮の叫びもむなしく、美以の快進撃は続いていく。
右翼に星、左翼に美以と、魏軍の両翼から崩れてきていた。華琳の命を受けた風は、その乱れを立て直そうと、第二陣まで出張ってきていた。馬車の上から次々と指示を出していく。
「落ち着いて対処するのですよー!疲れてきたら、後ろに下がって…」
「風」
呼びかけられた声に振り向く。星が、彼女の目の前にいた。
「久しぶりだな。はてさて、いつぶりだろうか?」
「……お久しぶりですね、星さん」
ここまで入り込まれたことに、うっかり気が付かなかった。彼女では星を相手に勝ち目はなく、この距離では逃げ切れない。
風の背中に冷や汗が伝う。頭の上の宝ャをかぶり直した。
「風、降伏しろ」
彼女の焦りを見透かすように、星が話しかけてくる。
「主と桃香様の下で一緒に働こう。ともにお2人の天下を作ろうじゃないか!」
「………」
「頼む。お主を斬りたくない」
彼女の願いが通じたのか、風はにっこりと笑った。星は安心してほっと息をつく。
「さあ、ともに…」
その時、星と風の間に火炎瓶が投げ込まれた。目の前が火の海となり、星の馬が驚いて暴れ出す。
「風、これは!」
「星さん、油断しましたね」
先ほど宝ャを直していたのは、この合図であった。去り際、星に言い残す。
「星さん、あなたが北郷さんたちの夢を叶えたいように、風も華琳さまとアキラさんの天下を見てみたいのですよー」
「風!」
「それではーおたっしゃでー」
風の馬車が走って逃げて行き、星は火の壁に遮られて追うことが出来なかった。
それでも風が逃げ出した意味は大きかった。指示を出していた彼女がいなくなったことで、いよいよ魏軍右翼の混乱が大きくなる。焔耶と桔梗の軍は汝南軍が抑えているが、星の軍勢が深々と魏軍を切り裂いてしまっていた。
アキラと詠が、丘の上からその様子を眺めている。
「まずいわね。このままだと、華琳の本陣まで達してしまうわ……って、アキラ、どこに行くのよ?!」
詠が振り向いた時には、アキラはすでに馬上の人になっていた。彼は詠に指示を出す。
「ここの指揮は任せた。俺がくい止めに行く」
「ちょっと!待って!」
アキラは、詠の制止を聞かずに、剣を振りかざして本陣の兵に命じた。
「俺に続け!趙雲の首をとる!」
アキラを先頭に、汝南軍が星の部隊に横やりを入れた。星の部隊はすでに疲労が蓄積されていたこともあり、たまらずにその勢いを止めて、次の瞬間には敗走を始めた。
その一方で、魏軍の左翼でも異変が起きていた。
秋蘭が美以を敵の大将だと見破り、弓で狙いを定めた。そして放たれた彼女の矢は、美以の左肩を突き刺す。
「に゛ゃあああ!!」
「「「だいおーさま!!」」」
象の上でうずくまった美以を心配して、象部隊全体が動きを止める。
美以の両目からボロボロ涙がこぼれでた。左肩から腕にかけて、真っ赤に染まっていく。
「い、いたい、いたいのにゃ…」
「「「だいおーさま!!」」」
目の前の敵よりも、美以の命が大事だ。美以を失えば、せっかく平定した南蛮の安定も危うくなる。そう判断した白蓮は、彼女に代わって命令を下した。
「いったん退くぞ!退け!」
去っていった象の後ろ姿を見て、秋蘭はふうと息をついた。
星と美以が敗走して、魏と汝南軍に勢いが傾くと思われた。
ところが、ここまで孤立無援で戦ってきた春蘭の部隊が、とうとう崩れる。続いて、桔梗たちの猛攻を防いできた華雄と凪の部隊も、兵力差が仇となって疲労困憊になり、退いた。その穴を霞が必死に塞いでいる。
象に踏み荒らされた秋蘭の部隊は立て直しが難しく、星にかき乱された魏軍中央の陣容はめちゃくちゃだ。華琳は渋い顔をして決断した。
「今日は引き上げるわ。撤退の準備をしなさい」
蜀軍も攻め込む気力がなく、両軍は自陣へと退却していった。
戦闘時間は二刻(四時間)。両軍合わせた死傷者は1万人を超える。
こうして夷陵の戦いの一日目は、幕を閉じた。
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アキラと一刀の最終決戦。第一回戦です。 | ||
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