紅魔郷:銀の月、呼び止められる
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 紅い霧の蔓延した夜、一人の巫女が空を飛んでいた。

 巫女の顔は不機嫌そうで、大きくため息をついた。

 

「全くどこのどいつよ、こんなはた迷惑なことをするのは?」

 

 霊夢はそう呟きながら、自分の勘を頼りに先に進んでいく。

 そんな霊夢の前方に、なにやら人影が浮いているのが見えた。

 

「誰か居るわね。誰かしら?」

 

 霊夢はその人影が気になり、そちらへと向かう。

 よく見てみると、その人影は真っ白な服装をしているのが分かった。

 

「……こっちか。急がないと」

 

 人影はそう言うと、霊夢に背を向けて飛んでいこうとする。

 霊夢はその見覚えのある人影に声を掛けた。

 

「銀月? あんたこんなところで何やってんのよ?」

「あ、霊夢。ちょっと、この霧の原因を突止めにね」

 

 声を掛けられ、銀月は霊夢の方を向いてそう言った。

 そんな銀月に、霊夢は首をかしげた。

 

「あんた異変に関わるの禁止されてるんじゃなかった?」

「そうだけど、今回ばかりはそうも行かない」

 

 銀月はそう言って首を横に振る。

 その表情は深刻で、なにやら大変な事態が起きているようであった。

 

「何でよ?」

「この紅い霧……少しだけど父さんの力を感じるんだ」

「あんたのお父さん?」

「昨日から帰ってないんだ。そんな折にこの霧だろ? だから、きっとこの異変に関わってると思ってね」

 

 銀月はそう言いながら進もうとした方向を見やった。

 将志が長いこと帰ってこないため、捜しに出たようである。

 

「で、当てもなく探し回っているわけ?」

「いいや、意識すれば父さんの力がどこから流れてくるのか大体の方向はわかる」

「そう。それじゃ、案内頼むわよ」

「分かった。こっちだ」

 

 そう言うと、銀月は力を感じる方向へと飛び始めた。

 霊夢はその後ろにぴったりついて行く。

 その道中、妖精達が次々と現れては二人に向かって弾丸を浴びせてきた。

 

「甘いわね」

「遅い!」

 

 霊夢は人間離れした勘で悠々と先読みして避け、銀月は人間離れした機動力で素早くすり抜けていく。

 二人は躱しながら反撃し、妖精達を大人しくさせていく。

 

「妖精達が活発になってるな……普段は見境なしに攻撃はしてこないのにな」

「これも異変の影響じゃないの? とにかく、さっさと終わらせるわよ」

「そこの二人、ちょっと待ったぁー!」

 

 先を急ぐ二人に、横から声が掛かる。

 

「誰?」

「うっ、この声は……」

 

 そのソプラノボイスに霊夢はその方を向いた。

 一方、銀月は苦い顔をして冷や汗を流す。

 そんな二人の前に、闇色の服を着た少女が現れた。

 

「見つけたわよ、銀月。勝手に抜け出して悪い子ね」

 

 ルーミアは銀月を見てそう声を掛ける。

 どうやら、銀月を連れ戻しにきたようである。

 そんな彼女に、銀月は頭を下げた。

 

「ルーミア姉さん……頼む、今は見逃してくれない?」

「そう言われて見逃すと思う?」

「デスヨネー……」

 

 交渉が決裂し、銀月は乾いた笑みを浮かべる。

 そんなやり取りを交わす二人を見て、霊夢は銀月に話しかけた。

 

「銀月、知り合い?」

「知り合いと言うか、半分家族みたいなものと言うか……」

「まあ、とにかく邪魔しに来てるのよね?」

「いや、別に霊夢の邪魔をしに来た訳じゃないと思うけど?」

「変わらないわよ。だって、あんたが居た方が早く片付くじゃない。それを邪魔するんなら敵よ」

 

 霊夢はそう言うと、銀月の前に立ってルーミアを見据えた。

 それを見て、ルーミアはスッと眼を細めた。

 

「ふ〜ん、つまり私とやろうって訳?」

「あんたがやるって言うんならやるわよ」

 

 一触即発の空気を作り出す霊夢とルーミア。

 そんな二人の間に、銀月が慌てて割って入った。

 

「二人とも、ちょっと待った!」

「何よ銀月、あんたも邪魔をするの?」

 

 割って入った銀月に、霊夢はジト眼をくれる。

 銀月はそれを受けながら、霊夢の眼を見つめ返した。

 

「……霊夢、少しルーミア姉さんと話をさせてくれ」

「まあ、いいけど。さっさと終わらせなさい」

 

 霊夢はため息をついてそう言うと、後ろに下がっていった。

 

「ありがとう」

 

 銀月は霊夢にお礼を言うと、ルーミアに相対した。

 

「ルーミア姉さん。この異変には父さんが関わってる。理由は分からないけど、俺は父さんのところに行きたいんだ」

「銀月、自分のことは良く分かってるはずよね? それでも、そこの巫女と一緒に行くわけ?」

 

 ルーミアは霊夢に眼をやりながらそう話す。

 それに対して、銀月は頷いた。

 

「ああ。家族が関わっているのに、見て見ぬ振りは出来ない」

 

 銀月は真剣な表情で、訴えかけるようにそう言った。

 それを聞いて、ルーミアは俯いてため息をついた。

 

「そう……本当に悪い子ね。言うことを聞かない悪い子にはお仕置きが必要よね?」

 

 ルーミアはそう言って薄く笑うと、妖力で弾丸を作り出した。

 それを見て、銀月は手元に札を取り出した。

 

「……悪いけど、これだけは譲れない!」

 

 銀月がそう言った瞬間、銀色の弾丸がルーミアに向かって飛び出した。

 ルーミアの弾丸と銀月の弾丸が交差し、相手をめがけて飛んでいく。

 二人はお互いに相手の攻撃をするすると躱していく。

 

「この程度じゃ私は落とせないわよ? お姉さまの弾幕はもっと激しいもの」

「ああ、分かってるよ!」

 

 銀月はそう言うと、スペルカードを取り出した。

 

 

 白符「名も無き舞台俳優」

 

 

 銀月がスペルカードを発動させた瞬間、銀月の足元を埋め尽くすように銀の弾丸が現れた。

 その光景は、銀月が白銀の舞台の上に立っているように見えた。

 そしてしばらくすると舞台を形作っていた弾丸の列が崩れ、激しい弾幕となってルーミアに襲い掛かった。

 

「あはは、まだまだぁ!」

 

 ルーミアは笑いながらその銀色の雨の中をすり抜けていく。

 接近戦が得意な銀月から距離をとりながら、ルーミアは弾丸を放つ。

 

「そこだっ!」

 

 銀月は突如急加速してルーミアに接近していった。

 相手の弾幕に突っ込み、手にした札で弾丸の一部を切り払いながら相手に突っ込んでいく。

 

「おおっと!」

 

 ルーミアはそれを確認するや否やなりふり構わず上に飛んだ。

 すると、ルーミアが居たところを鋭く銀月が通過する。

 銀月の手に握られた銀に光る札が翻り、風切り音が聞こえた。

 

「……外したか」

 

 銀月は手ごたえが無いのを確認すると、無感情にそう呟いた。

 ルーミアが体勢を立て直す間に、銀月の足元に再び舞台が形成され第二波が放たれる。

 それを見て、体勢が整っていないルーミアは冷や汗を流した。

 

「うわっ、ちょっと危ないかな」

 

 ルーミアはそう呟くと、スペルカードを取り出した。

 

 

 夜符「ナイトバード」

 

 

 ルーミアが使用を宣言すると、彼女をめがけて飛んでいた弾丸が掻き消され鳥が翼を開くような形で弾幕が現れて飛んでいった。

 間断なく放たれるそれは、銀月のスペルを中断させるには十分だった。

 

「っと、まだまだ!」

 

 銀月はスペルを突破されると、相手のスペルを回避することに専念する。

 狭い弾丸と弾丸の隙間を、銀月は縫うようにして躱していく。

 途中、何度と無く髪や服を弾丸が掠めたが、銀月は動揺することなく反撃の隙をうかがう。

 

「今だ!」

 

 銀月は弾幕が途切れた隙を逃さず、手にした札をルーミアに放り投げた。

 札は飛んでくる弾丸を切り裂き、ルーミアに吸い込まれるように飛んでいく。

 

「ぎゃふっ!?」

 

 銀月の札はルーミアの腹に直撃し激しい衝撃を与え、スペルを破ることになった。

 ルーミアは激しく咳き込みながら銀月を見返す。 

 

「っく……やっぱりこの程度じゃ崩せないか……」

「そりゃ、俺だって伊達や酔狂で普段修行しているわけじゃないからね」

 

 ルーミアは体勢を立て直すと、素早く二枚目のスペルカードを取り出した。

 

「一気に決めるわよ、銀月!」

 

 

 闇符「ディマーケーション」

 

 

 ルーミアのスペルが発動する。

 色鮮やかな弾幕が水面に広がる波紋のように押し寄せてくる。

 銀月はそれをスレスレで躱しながらルーミアに近づこうとする。

 

「ふふっ……迂闊ね、銀月!!」

「なっ!?」

 

 その銀月に、ルーミアは前方から大量の弾丸を集中的に浴びせた。

 至近距離まで近づいていて、とても避け切れる位置ではない。

 避け切れないと悟ると、銀月は即座にスペルカードを取り出した。

 

 

 好役「派手好きな陰陽師」

 

 

 弾丸が銀月の鼻先に触れる直前、スペルカードから発せられる衝撃波で弾幕が消し飛ぶ。

 それから銀月は一気に距離をとった。

 

「危なかった、なぁ!」

 

 銀月はそう言いながら手に持った札を投げる。

 投げられた札はルーミアを取り囲むように飛び、ピタリと空中に静止する。

 

「やばっ……!」

 

 ルーミアはそれを見て急いで札の包囲から脱出する。

 そしてしばらくすると銀色の閃光を放って轟音とともに爆発した。

 スペルカードの通り、もの凄く派手な効果であった。

 ルーミアはそれから何とか逃げ切る。

 

「あ、危なかった……」

「そこまでだ、ルーミア姉さん」

 

 その声を聞いて、ルーミアは凍りついた。

 気がつけば、いつの間にか背後に銀月が立っていた。

 先程の爆発を目暗ましに使って回り込んでいたのだった。

 

「はっ!」

「あ……」

 

 銀月はルーミアの首筋に手刀を入れる。

 すると、ルーミアは気を失って落ちて行く。

 銀月は落ちて行くルーミアを素早く回り込んで抱きとめた。

 

「……きゅう〜……」

「……ふう、楽しかったよルーミア姉さん。今度またやろうな」

 

 銀月は腕の中のルーミアにそう言って微笑みかけた。

 そんな銀月のところに、霊夢がやってきた。

 

「……結局私が勝負しても変わんなかったんじゃないの、これ?」

「あはは……そうかもな」

 

 霊夢の言葉に、銀月は苦笑いを浮かべる。

 すると銀月の腕の中でルーミアが動いた。

 

「あいたた……ううっ、銀月に負けたぁ……もう追い抜かされちゃった……」

 

 ルーミアは涙眼でそう呟く。

 どうやら銀月に負けたのが余程悔しかったらしい。

 

「大丈夫、ルーミア姉さん?」

「……そりゃあ一応スペルカードルールだから大丈夫だけど……」

 

 銀月の問いかけに、ルーミアは落胆した様子でそう返した。

 すると、銀月はホッとした表情を浮かべた。

 

「良かった。やっぱりルーミア姉さんには怪我して欲しくないもの」

 

 銀月がそう言うと、ルーミアは不機嫌そうに頬を膨らませた。

 

「む〜……私の心配するなんて、銀月の癖に生意気ね……それっ!」

 

 ルーミアはそういうと、銀月の顔をがっちり掴んで顔を舐め始めた。

 突然のルーミアの行為に、銀月は後ろに仰け反った。

 

「うわっ!? 何するのさ!?」

「悔しいからペロペロしてやる〜っ!!」

「わ〜っ!?」

 

 ルーミアは銀月にしっかり張り付いて顔を舐めまわす。

 銀月は抵抗するが、ルーミアが離れる気配は無い。

 

「何遊んでんのよ、銀月。ほら、さっさと行くわよ!」

「きゃん!?」

 

 そんな時、業を煮やした霊夢がルーミアを強引に引きはがした。

 ルーミアは落ちそうになり、慌てて空を飛ぶ体勢を整えた。

 霊夢はそれに構わず、銀月の襟首を掴んで引っ張り出した。

 

「あうっ、ちょっと霊夢引っ張らないでくれ! まだ話は終わっていないんだ!!」

「……早く終わらせなさいよ」

 

 霊夢は不機嫌そうに銀月の襟首から手を放す。

 銀月は衣服の乱れを直すと、ルーミアに向き直った。

 

「ルーミア姉さん、俺はもうみんなが思っているほど弱くはないんだ。無理だと思ったらすぐに帰るから、お願い!!」

 

 銀月はそう言うと、ルーミアに向かって頭を下げた。

 するとルーミアは大きくため息をついた。

 

「……どうせ止めたところで行くんでしょ? なら私が言っても無駄じゃない。気が済むまで行って来れば良いわ」

 

 ルーミアは投げ遣りな態度でそう言った。

 それを聞いて、銀月はルーミアに笑いかけた。

 

「ありがとう。大好きだよ、ルーミア姉さん」

 

 銀月がそう言うと、ルーミアは一瞬あっけに取られた表情を浮かべた。

 そしてしばらくすると俯いて銀月に近づき、抱きついた。

 その力は強く、銀月を失うことを恐れている様でもあった。

 

「……帰ってこなかったら、承知しないからね」

「ああ。必ず帰ってくるよ」

 

 耳元で囁くルーミアに、銀月はそう答えて優しく頭を撫でる。

 しばらくそうしていると、ルーミアはそっと銀月から離れた。

 月明かりに照らされたその顔は真っ赤に染まっていた。

 

「……それじゃ、帰るわ」

「うん。行って来るよ」

 

 銀月の言葉に頷くと、ルーミアは銀の霊峰に向かって飛び去って行った。

 銀月がそれを見送っていると、霊夢が後ろから声を掛けた。 

 

「話は終わった?」

「ああ。さあ、早く終わらせて帰るとしよう」

 

 銀月はそう言うと、将志の力を感じる方向へを飛び始めた。

 霊夢はその後ろにぴったりついて行く。

 

「……随分と仲良いわね、あの妖怪と」

 

 ふと、霊夢が銀月にそう声を掛けた。

 それを聞いて、銀月は笑みを浮かべる。

 

「そりゃ家族だし、可愛い姉さんだもの。俺は好きだよ」

 

 銀月は霊夢に臆面も無くそう答えを返す。

 それを聞いて、霊夢は盛大にため息をついて首を横に振った。

 

「……ああやだやだ、あんたの言葉聞いてるとこっちが恥ずかしくなってくるわ」

「え、俺そんな風になるようなこと言った?」

 

 霊夢の言葉に、銀月はキョトンとした表情を浮かべる。

 それを見て、霊夢は軽く頭を抱えた。

 

「無自覚なのね……まあ良いわ、早く行くわよ」

「そうだな」

 

 二人は頷きあうと、速度を上げて飛んで行った。

説明
紅い霧が広がる夜、巫女はその解決に向かい銀の月はその力に家族の気配を感じて外に出る。その二人の前に、声を掛ける者が一人。
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