真・恋姫?無双 〜夏氏春秋伝〜 第六十九話
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一刀は凪と共に城への道のりを駆ける。

 

先程の場面にて凪が気付いたこととは一体何なのか、非常に気になることは間違いない事実。

 

しかし、今はそれ以上に華琳が”緊急”と銘打ってまで召集を掛けていることの方が問題であった。

 

「凪、軍議の概要はまだ聞いてないのか?」

 

「はい、一刻も早く皆を集めよ、とだけ」

 

「まぁ、二度手間にもなるしな。それにしてもこんなタイミングで緊急……嫌な予感がするなぁ」

 

大方、ここしばらくの懸念がそのまま現実になったのだろうと一刀も見当を付けている。

 

そして孫家との間に暫しの休戦協定を結ぼうとしている今、大きな問題となる可能性の筆頭は、蜀。

 

もしも今あちらが動いたのだとすると、ドタバタの中で未だ整いきっていない魏は苦戦を強いられるかも知れない、とそう考えていた。

 

下手に想像を働かせすぎるのも良く無いと判断し、それ以上は考えずに一刀も凪も足を駆けさせ続ける。

 

軍議室前まで辿り着くと、一呼吸置いてから扉を押し開いた。

 

「随分遅かったわね、一刀。ああ、ありがとう、凪。助かったわ」

 

「いえ」

 

「すまない、華琳。それだけ深刻か?」

 

「ええ、中々、ね。さて、ようやく揃ったわけだし。桂花、初めてちょうだい」

 

短く受けて華琳は桂花に進行を託す。

 

そこからは桂花が軍議の主導を担って話を進めていく。

 

「はっ。先日の軍議にて、ここ最近の国境線が騒がしいとの話を上げました。今回、それが一歩進んだ形となります。

 

 いくつかの諸侯に動きの予兆が見られました。近く、戦闘が発生する可能性が高いです。

 

 同時多発や頻発の可能性も考慮し、余程でない限りは一箇所の戦闘に派遣する将は2、3人を考えています。

 

 各将には暫くの間は常時出陣態勢を整えておくよう、ここに通達します」

 

桂花の報告と通達に内心でやはりと思いつつ、一刀が言葉を発する。

 

「孫家とのいざこざをどこかで嗅ぎ着かれたか。大方、こちらが敗走したとでも考えたんだろうな」

 

「ええ、そうでしょうね。まあ、実質敗走なのだから、そこは構わないわ」

 

ただ、と華琳が続ける。

 

「せっかく整えた統治体制が崩れかねないのは、仕方がないとは言えあまりに残念なことだわ」

 

「全くだな。だが、こればかりはどうしようも無いことだ」

 

「華琳様、その件についてなのですが、幸いなことに国境線付近以外では特に問題が発生することは無さそうです。

 

 それは冀州についても同様で、問題となる地域は誰ぞに何事かを吹きこまれたのではないかと」

 

一刀と華琳の会話に言葉を挟む形で桂花が一つの報告を放り込む。

 

その内容に華琳の口元が笑みを形作った。

 

「へぇ。それは僥倖ね。ならば、国境線付近さえ再度しっかりと治めれば予想よりも大分早く混乱から脱せられそうね」

 

「はい。ですので、当面の情報収集はその大半をそちらに向けることにしております」

 

「それで構わないわ。今回の件でこれ以上余計なケチが付かないように尽力なさい」

 

「はっ」

 

「他の者達もよ。さっきの桂花の話は聞いたでしょう?

 

 各自、命は速やかに実行するよう心掛けておきなさい」

 

『はっ!』

 

文官、武官ともに声を揃えて一声を上げる。

 

緊急の事態ではあれど、想定よりも深刻では無い、と。それは皆にも伝わっていたようで。

 

軍議室に集っている面々のどの顔にも、重いマイナスの色は見受けられなかった。

 

「それと、こちらは緊急というほどではありませんが、北方の五胡に少し妙な動きが見られる……かも知れない、とのことです」

 

「随分と曖昧な情報ね?もう少しはっきりしないのかしら?」

 

「すみません、何分多大な危険が予想されるとありまして。かと言いまして、あまりそちらに人員を割き過ぎるわけにもいかず」

 

「それもそうね。ただ、并州と幽州は直に接している分、防衛戦力に強化が必要と見たほうがいいわね」

 

「はい。そちらに要する人員計算等も零達と協力して先程の件と同時並行で行っていこうと思っております」

 

桂花の言葉に同意するように、零、風、稟、そして詠と音々音も桂花に続いて頷く。

 

これだけのメンバーが共に協力して事に当たるとなれば、異を唱える者はまずいない。

 

それは華琳も同様で、考えるまでも無く諾の応えを返していた。

 

その後、零や稟からの細々とした報告が2、3あった後、予定されていた報告が全て終わりとなった。

 

「他に報告はまだあるかしら?…………無いみたいね。

 

 では、これで本日の軍議を終了とする。繰り返しになるが、各自本日の軍議の内容に従ってそれぞれの準備を整えておくように。以上」

 

『はっ!』

 

 

 

 

 

 

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軍議を終えて部屋を出るや、凪が直ぐ様一刀に駆け寄ってきた。

 

「一刀殿。今朝方の件なのですが、今から第三調練場で、ということで大丈夫ですか?」

 

「ああ、問題無い。桂花と少し話すことがあるから、それを終えたらすぐに向かうよ」

 

「ありがとうございます。お待ちしております」

 

一礼し、凪は来た時と同じように駆け去っていく。

 

一刀もまた逸る気持ちをどうにか抑え、桂花に簡単な連絡事項を伝えておく。

 

自身の状態とそれを鑑みた出陣調整。勿論、可能な限り早く解消することも含めて。

 

武にあまり明るくない桂花は完全に納得したというわけでは無かったようだが、それでも承諾はしてくれた。

 

そのことに多大な感謝の念を抱きつつ、一刀は凪同様、あるいはそれ以上に、調練場へと駆けて行った。

 

 

 

「すまん、凪。待たせたか?」

 

「いえ、大丈夫です。お話する内容を整理するのに丁度よい時間となりましたので」

 

調練場に現れた一刀に、凪は姿勢を正して応じた。

 

一刀は凪の側まで駆け寄ると、早速本題に入る。

 

「それで、凪が気付いたことってどんなものなんだ?」

 

「はい、それなのですが……確か、えっと、坐禅、でしたか?一刀殿のあの鍛錬法に関してなのですが、あれは瞑想の一つの手法だと言っておられましたよね?」

 

「ああ、そうだ。尤も、もともと坐禅は仏教の精神修養の一つだがな。この大陸にも仏教は根付き始めているんじゃないか?」

 

「そうみたいですね。私も何度か耳にしたことがあります」

 

なぜ坐禅の話となるのか判然とせず、一刀は軽く首を捻る。

 

一方で凪は今の一刀との対話でより確信に近づいたというような表情を醸していた。

 

「一刀殿、以前に私も瞑想法の一つ、站?を行っていると言いました。しかし、私が行っている站?と一刀殿の坐禅は、求めるものが全く違ったようです」

 

「それは……どういうことだ?鍛錬としての瞑想はいついかなる状況においても揺れない心を作るためのものだろう?」

 

「站?の修行にそれも一端としてあるのですが、本命となる目的は別のところにあるんです」

 

「別のところ……?」

 

「はい。一刀殿ほど早くは無いのですが、私も毎朝欠かさず站?を行っています。行軍中も余裕があって時間が取れるなら行っています。

 

 それもこれも、その本命の目的のためです。そうして站?をきっちりとこなしておかなければ、まだまだ私も制御を失いかねないからです」

 

「制御……って、まさか!?」

 

凪との会話から一刀は凪が話そうとしていることに思い当たった。

 

だが、さすがにそれは信じられない、否、信じようとすら出来ない。

 

しかし、凪は一刀の言葉に続けて、一刀にとっては衝撃となる情報を口にした。

 

「站?、つまり瞑想の主たる目的は、氣の制御のためにこれを整えること、です」

 

「いや、待ってくれ、凪。確かに凪の站?はそうなのかも知れない。

 

 だが、坐禅にはそもそもそんな目的は無いんだ。純粋に精神修養のためのもの。だから北郷流の正式な鍛錬内容にも入っている」

 

「そうなのですか?ですが、今朝方に見た坐禅中の一刀殿は……」

 

「坐禅中の俺が?どうしたんだ?」

 

一度間を置き、凪は息をつく。

 

そして思い切った様子で一刀に”それ”を告げた。

 

「今朝方の一刀殿は、氣が整い、滞り無く体中を巡っていました。すぐにでも氣を扱えるほどに、です。つまり――――」

 

「ちょ、ちょっと、待ってくれ、凪……」

 

凪の宣言に一刀は混乱する。

 

この世界では現実世界では起こり得ないようなことが幾多も起こっている。それは認める。

 

だが、それも周りで起こっているからどうにか認められる、認めざるを得ないだけであって、一刀自身に不可思議な力などが宿ったというような事実はない。

 

これまでに一刀の身に起こった不可思議な出来事は一番最初のタイムスリップか異世界ワープのみである。

 

それも十分に常識はずれではあるが、そこさえ飲み込んでしまえば一刀だけは通常の存在であり続けてこられた。

 

ところが、である。

 

凪が言いたいことはつまり、一刀は無意識のうちに氣を使っていたのでは無いのか、とそういうことである。

 

確かに、氣の扱い方について凪からいくらか聞いたものの中に身体能力向上はあった。

 

だからと言ってそれをすんなりと受け入れることなど一刀には出来ない。

 

現代人である自分が氣を扱うなど、それこそ夢物語もいいところだと考えてしまう。

 

こんな状態でいくら考えても答えは出ない。出ない、が。

 

「仮に……仮に、だ。凪が考えた通り、俺が無意識に氣を扱っていたとして、あそこまで爆発的に膂力が増すものなのか?」

 

「やはり一刀殿には既に私の言いたいことは伝わっていたのですね。

 

 誰もがただ氣を扱うだけでそうはならないと思います。ですが、氣を十分に整え、瞬間的に集中させれば出来ないことは無いかと」

 

「つまり、可能だということか……」

 

状況証拠らしきものだけはどんどん集まる。

 

一刀の心情としては、どちらかと言えば否定したいのだが、むしろ否定材料の方こそ見つからない。

 

「……俺は今までも坐禅を行ってきた。だけど、あんな風に氣らしきものが発動したことは一度も無かったんだが……?」

 

「私もそこが疑問でした。それで先程の待ち時間に考えていたのですが……」

 

何事かを思案するような顔となった凪は、顎に指をやりつつ自身の推測を口にする。

 

「華佗殿の治療に氣を用いたと聞きます。他人の氣が体内に入ることの影響には詳しく無いのですが、あるいはそれが原因なのでは?」

 

「華佗の?だが、俺は洛陽でも――あ……」

 

その時、ふと一刀は思い出した。

 

それは華佗との会話の中で確かにあった一幕。華佗は会話の中で洛陽で行った治療とは違うものだと言っていた。

 

建業での治療は五斗米道の奥義を用いたこと。治療の際に一刀の中に華佗の氣が残ったこと。そして、それが何らかの影響を及ぼすかも知れないこと。

 

思い出すほどに、これがその影響なのかと思えてきてしまう。

 

一刀が思考に沈んでいる間、凪は黙ってじっとその様子を見つめていた。

 

苦悩している様子の一刀に、凪の視線にも心配の色合いが混ざっている。

 

いつまでも凪にそんな状態で居させるわけにもいかない。

 

一刀は一旦時間を置くことを提案することにした。

 

「凪、すこし考えを整理する時間が欲しい。明日か明後日、空いている時間はあるか?」

 

「はい。でしたら後ほど詳細をお伝えします」

 

「ああ。すまないな、凪。今日も時間をくれたというのに」

 

「いえ、そんなことは。一刀殿のお役に立てるのでしたら光栄ですから」

 

凪の優しさが今は非常に嬉しい。

 

それ以上この話題を掘り下げること無く、この日の議論は終了となった。

 

 

 

 

 

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凪と別れた後の一刀はその後、長年の実務で身に染み付いた無意識による行動だけで仕事をこなしていた。

 

何をしていても今の一刀の思考領域の大半を占めるのは先程の凪との一連の会話。

 

いくら落ち着いて考えてみても自分が氣を扱えるようになったなど、到底信じられないし、実感出来ないことに変わりはない。

 

氣について少し考えてみようとしては一刀にとって現実感が無いためにすぐに停滞し、かと言って他の事象に解決の活路は見出せない。

 

思考は堂々巡りし、ただただ長時間の思考による疲労だけが蓄積するのみであった。

 

それでも午前の仕事も午後の仕事も恙無く終えられたのは、普段からそれだけしっかりと仕事をこなしているという証左だろうか。

 

兎にも角にも、夕方にはこの日の仕事を全て終え、目的も無くフラフラと考え事をしながら街を歩いている時だった。

 

「あ、一刀さん。お仕事お疲れ様です。この辺りまで出向いていらっしゃるのは珍しいですね」

 

「え?あ、菖蒲と零か。珍しいって……っと、いつの間にか街の端まで来ていたのか」

 

「まるで気付いていなかったような口振りね。それも一刀にしては珍しいじゃない」

 

菖蒲と零から声を掛けられ、ほんの一時とはいえ数刻振りに悩みを横において受け答えをする。

 

あまり周囲に心配を掛けるのもアレだろうと、何でもないフリをしようとした結果だったのだが。

 

「菖蒲から聞いたことが関係しているのかしら?その様子だと随分と調子が悪いみたいね」

 

「ですが、今朝の軍議の後、凪さんと何かお話されていませんでしたか?

 

 てっきりあの事の原因の手掛かりか、そのものが判明したのだとばかり思っていたのですけれど」

 

「む……よく見ているな、菖蒲。いや、確かにそうなんだが……」

 

そもそもの発端の現場に立ち会った菖蒲は随分と気にかけてくれていたようで、一刀の細かな動きをも把握していた。

 

殊更に隠すほどのことでも無いのかも知れないが、悩み続けている張本人たる一刀はどうしても言い淀んでしまう。

 

その様子に零が物申した。

 

「何よ、歯切れが悪いわね。何か問題でもあるの?」

 

「問題……と言えば問題か。どうにも俺自身、素直に受け入れられなくてな……」

 

「一刀さんがそこまで言われるなんて……もしよろしければ、私達にもお話していただけませんか?」

 

「ああ、そうだな。出来れば菖蒲と零の意見も聞いてみたい。

 

 ただ、初めに注意しておいてもらいたいのは、これは凪の推測というだけであって、裏付けはまだだということだ。その上で聞いてくれ」

 

そう前置いて、一刀は凪と話した一部始終を菖蒲と零に話して聞かせる。

 

話が氣の下りに差し掛かると、やはりどちらも驚きを隠せず、表情に出ていた。

 

そこまで長い話でも無いため、一刀は一気に全てを話しきる。

 

「――――というわけだ。まあ、いきなりの出来事過ぎて、朝からずっと悩んでいる、ってわけなんだが……」

 

一刀が語り終えると、その場には暫しの沈黙が落ちた。

 

魏の将、軍師として華々しい活躍を上げ始めている2人と言えど、氣について多くを知っているわけでは無い。

 

むしろ凪以外の魏の面々の氣に関する知識など似たり寄ったりと言って良い。

 

明確に想像しにくいそれが話題の中心となった今、まずはしっかりと話を噛み砕くことから始めているのであった。

 

しかし、そこはさすがに頭の回転の早い零のこと、5分もすれば彼女自身の意見も含めて状況を整理し終えたようだ。

 

「それが本当なのだとしたら、凪が真っ先に気付いたことにも確かに納得がいくわね。

 

 菖蒲の話と今の話を聞く限りだと、まだまだ自覚的に制御出来てはいないようだけれど、それでも戦力が増すのであれば喜ばしいことでは無いのかしら?

 

 菖蒲はその時の一刀を見ていなかったのだっけ?」

 

「あ、はい、そうですね。一刀さんと凪さんからお話を聞いただけで」

 

「ならそれがどの程度のものかはよく分からないわね。それじゃあ――」

 

「いや、ちょっと待ってくれ、零」

 

彼女の中で出た結論に従って話を進めようとしていた零に、一刀は待ったを掛ける。

 

そのやり取りから、恐らく肝心要の部分に認識の違いが発生しているであろうことが予想されたからだ。

 

「氣を制御出来れば、って簡単に言うけど、そもそも俺の元いたところでは”氣というものそのものが存在しなかった”んだ。

 

 東洋医学だとか鍼灸だとかでは”気の流れ”を重要視していたようだけど、少なくとも武術において攻撃に用いられたりするようなものでは無かった。

 

 当然俺の流派もそうだ。知る限りの他の流派全てを含めても”氣による攻撃”なんて技は聞いたことも無いんだよ」

 

「それでも一刀にその可能性らしきものが発現していることは確かなのでしょう?」

 

「だが所詮は”らしきもの”だ。全く異なる可能性もまだまだ残っている。

 

 何より……俺自身が氣を扱えるようになる、なんてこと自体が信じられないし想像も出来ない。有り得ないよ」

 

一刀のその言葉を聞いた途端、零の表情が険しいものに変わった。

 

何か、今の話の中に零の気に障る事柄があったのかもしれない。だが、一刀には思い当たらず、困惑してしまう。

 

その一方で零は深い溜め息を一つ吐いてから、言い聞かせるように言葉を紡ぎだした。

 

「…………一刀、貴方って普段はあれだけ凄いというのに、時々とても馬鹿なんじゃないかと思う時があるわ。

 

 存在しないはずだから自分にも使えない、なんて、どの口が言っているのかしらね、ほんと」

 

「……どういう意味かな?」

 

「少なくとも貴方、梅に交差法を中心に色々と教えているのでしょう?その教えている内容の根幹は、貴方の天の技術のはず。

 

 それって今までの大陸にあったものだったかしら?いいえ、無かったわ。”存在しなかった”。

 

 けれど、梅は貴方に師事し、その教えを守り、完璧とまでは言えないようだけれど、”扱えるようになった”わ。

 

 その梅の状況と今の貴方の状況、一体どう違うのかしら?」

 

「梅に教えた技術は完璧を求めなければ誰にでも出来るものだし、何より理論的な裏打ちもされている。

 

 だけど、氣はそうじゃない。そもそもとして体外に氣を放出出来ること自体が否定されていた。

 

 俺の意識の根底には、既にそういうものとして刻まれているんだよ」

 

「貴方ね……それを乗り越えたのが梅でしょう!?そして貴方はその師なのでしょう!?

 

 梅だけじゃ無いわ。貴方が魏にいることで、文官武官問わずどれだけ皆を変えているか、本当に自覚が無かったのね。

 

 武将としての”一刀”、文官としての”北郷”。貴方の存在は私達の常識を悉く覆してきたわ。

 

 この常識というもの、今の貴方が言った”意識の根底に根付いているもの”では無いのかしら?

 

 改めて言わせてもらうわ。ここ魏の地で他の者達に対してそれを成し続けてきた貴方の、『どの口が言うのかしら』?」

 

零に捲し立てられた言葉に、一刀ははっとなった。

 

朝に聞かされた話のあまりの衝撃に、今零に指摘されるまで本当に自らのことしか頭に無かったことに気付いたのである。

 

少し考えてみれば、確かに零の言う通り。それは一刀が今まで幾度か疑問を持ったことでもあった。

 

未来の知識・技術を取り入れるにあたって、現代と昔の常識の違いがどう作用するかが分からないということ。

 

多少なり大陸に合うように調整を入れたところでその不安が払拭された訳ではない。

 

それでも今に至るまでしっかりと機能し続けているのは、一重に魏の皆が少しずつでも今までの常識を覆していってくれていたからなのだろう。

 

ようやく周りに思考を向けられるようになった一刀に、菖蒲が静かにこう言った。

 

「一刀さん。私達武将は、皆一刀さんに感謝していますよ。

 

 一刀さんは武に関して特に博識で、実力もありますから私達にとっては目から鱗なことが多々あります。

 

 今まで知らなかったことを知り、自分でもやってみようと実践を試みて……

 

 私も一刀さんのおかげで技をより高みに引き上げ、強くなることが出来ました。それはとても喜ばしいことです。

 

 ですから……いつもは教わる側の私達ですが、もし一刀さんのお力になれるのでしたらなりたいのです。

 

 どうやら今回は私に出来ることは何も無いようで少し悔しいのですけれどね」

 

「…………そうか。そうだな。無理だと決めつける前にまずは試みる。武に限らず大切なことを完全に失念していたな……」

 

零と菖蒲に諭されて、一刀はようやく心の霧が晴れた。

 

改めて考えてみれば、もともとここに一刀がいること自体が超常現象の極みのようなものなのだ。

 

こんな世界だったら、何が起こっても不思議では無い。そう考えると一気に一刀の気は楽になった。

 

意識の持ちようでこうまで事象の捉え方は異なってくる。

 

その事実に一刀自身が直面することでより理解することが出来たのだった。

 

随分とすっきりとした顔で一刀は2人に礼を言う。

 

「ありがとう、零、菖蒲。目が覚めたよ。

 

 どうやら俺は随分と小さな範囲でウダウダと思考が右往左往していたようだ。

 

 2人に相談して本当に良かった」

 

「ふ、ふ、ふははははは!当然よ!この私を誰だと思っているのかしら?

 

 我が名は司馬仲達!名門司馬家の次女たる私にかかればこんなものよ!」

 

「ちょ、ちょっと、零さんっ!いつもの癖が出てますよ!」

 

「あ……ん、ぉほん。

 

 ま、まあ、私達に感謝するのなら、それをすぐにでもものにして魏の戦力向上に貢献することね」

 

「私も期待しております、一刀さん。一刀さんに追いつくことがより難しくなってしまいますけれど、喜ばしいことに変わりはありませんから」

 

「うん、本当にありがとう。期待に応えられるように頑張るよ」

 

再度感謝の意を示し、一刀は頭を下げた。

 

思い立ったが吉日、一刀は早速凪の下へ明日の予定を伺いに行くことにした。

 

菖蒲と零は用事があるそうで、その場で別れの挨拶を交わす。

 

日は少し前に沈み、今は残照が街を照らしている。

 

時間に気付かないほど随分と長く悩んでいたことを改めて思う。

 

今日一日を無駄にしてしまったことは、明日からすぐにでも取り返しにかかろう。

 

そう決意して一刀は一路城に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

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翌朝、一刀は凪を探して各所を歩き回っていた。

 

昨日も今日も凪に出陣の命が降っていないことは桂花に確認済みである。

 

となれば毎朝站?を行っていると言っていた凪のこと、今日もどこかで站?を行っているのだろう。

 

朝の定例軍議があと半刻まで迫ってきた時、ようやく探し求めていた姿を城の中庭に見つけることができた。

 

凪の集中を乱さぬよう気配と足音を殺して近くまで寄ったところ、くりんと凪の顔がこちらを向いた。

 

「一刀殿でしたか。どうかされたのですか?」

 

「ああ、いや、ちょっと凪にお願いがあって来たのだが……凄いな。気付かれるとは思っていなかったよ。

 

 それでも凪の鍛錬を中断させてしまったことには変わりないな。邪魔をしてしまって悪かった」

 

「いえ、そこは全く問題ありません。站?中は尤も氣が充実していますので、周囲の氣の流れや存在も敏感に感知出来るだけですから。

 

 あの、それでお願いというのは?」

 

站?――瞑想と氣にどこまで深い繋がりがあるのか、まだまだ一刀には分からない。

 

だが、今の凪の察知能力を目にすれば、パッシブな能力まで氣によって強化出来るらしいことが分かる。

 

そんな考察も入れつつ、一刀は凪に正面から向かい合うと勢い良く頭を下げた。

 

「頼む、凪!俺に氣の扱い方を教えてくれないか?」

 

「え、ええっ!?か、一刀殿!?ちょっ、あ、頭をお上げください!

 

 一刀殿は私の師ですし、そんな――」

 

「いや、今日は凪に教えを請いに来たんだ。となれば、普段の立場なんて関係無い。

 

 人に物を頼む時は頭を下げる。それが当たり前のことだから」

 

「わ、分かりました!分かりましたから、どうかもう止めてください!し、心臓に悪いですっ!」

 

あわあわとしながらも凪は一刀の願いを聞き入れる。

 

立場が上の者が下の者に頭を下げることなどまず無いこの大陸において、一刀の行動はまさに型破りと言えた。

 

それが故に凪もここまで取り乱した面がある。

 

だが、今の一刀の心境はそんな些細な事に気を遣っている余裕は無い。

 

昨日の菖蒲と零との会話で心機一転した一刀は、今や氣という全く新しい技術、あるいは技を習得出来るかも知れないことに心躍らせていたのだった。

 

身体能力強化、攻撃補助、治療。一刀がこれまで見聞きしただけでもこれだけの可能性を秘めた”氣”。

 

更には、噂でしかないが五胡の連中が用いる妖術も、あるいは氣によるものの可能性もある。

 

紛うことなき現代人の自分に一体どこまで出来るのか、久々に完全な挑戦者の気持ちを持って事にあたろうとする一刀の表情は、凪の気合まで入れ直す。

 

凪曰く、この時の一刀の表情は、今まで見てきたどんな表情よりも活き活きとしていたそうだ。

 

 

 

かくして、一刀は凪の指導の下、氣の修練に励むこととなるのだった。

説明
第六十九話の投稿です。


やはりと言いますか、この辺りは凪の出る場面が格段に増えますね。


私事ですが、4月から自分の生活リズムがどうなるかがまだ分からず、
今後の投稿において現在のペースが保てるかどうか分からない状態です。
ご了承いただければ幸いです。
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コメント
>>marumo様 考えずに、ですね。はい、脱字です。ご指摘ありがとうございます、修正いたしました。(ムカミ)
下手に想像を働かせすぎるのも良く無いと判断し、それ以上は「感が図に」一刀も凪も足を駆けさせ続ける。  「」の中の意味が自分には良く解らないのですが、もしかして「考えずに」ですかね?   しかし医者王のお陰で気に目覚めるか、ハンターハンターの念の強制覚醒みたいですね(marumo )
>>nao様 果たして一刀くんはきっちりと強くなれるのか、それとも結局使いこなすことが出来ないのか。今後徐々に明らかにしていきますので乞うご期待!(ムカミ)
>>本郷 刃様 共に教え教わり、それを繰り返して強くなっていく。それが自分の好きなパターンでして、この作品にも取り入れたいなぁ、と思った結果こうなりました。まさに本郷様の仰る通りですねw(ムカミ)
気だったか〜なんか副作用がある状態じゃなくてよかった!気がなくても強いのに気を覚えたら一刀どこまでいくんだ?w(nao)
ついに一刀が氣を扱うための修練に入りますか、いままでは恋姫の成長回でしたが今度は一刀の成長回ですね(本郷 刃)
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真・恋姫†無双 一刀 魏√再編 

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