真・恋姫†無双 〜夏氏春秋伝〜 第七十四話
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「…………うぅ……ん……んん?

 

 俺は一体どう……――――――は?」

 

目を覚ました一刀は辺りを見回して困惑する。

 

一刀の目に飛び込んできた周囲一体には”何もない”。

 

比喩でもなんでもなく、本当に何も無いのだ。

 

木々や山川は勿論のこと、近景も遠景も、空や地面すら何もない。

 

一面目が眩むような、ただただ”白”が広がる世界だった。

 

だが、不思議なことに、一刀には”横たわっている”という感覚はある。

 

境界が見えないだけで地面はあるのだろうか。

 

そう仮定し、まずは試しに立ってみようとした。が。

 

「うわっ!?とと……は、はは……意味が分かんねぇ……」

 

普段のように立とうにも手を突けずにバランスを崩し、しかしいつの間にか立った姿勢に収まっていた。

 

感覚的には先ほど仮定した地面よりも低い位置に立っているようである。

 

摩訶不思議なこの空間だが、一刀にはどういう場所なのか、見当もつかない。

 

「取り敢えず……どうしてこうなったんだ?」

 

現状に至った経緯がどこかに無いか、記憶を掘り起こしにかかる。

 

数日に渡る無茶を極めた行軍、目的地目前にして沸き起こった焦燥、流琉との合流、秋蘭の救出を経て得た安堵。

 

それらが一刀の頭を駆け抜け、そこで途絶える。

 

敵軍が退いて行ってからの出来事の詳細が思い出せないのだ。

 

それでもうんうんと唸りながら頭を捻っていると、ようやく少しだけ思い出す。

 

「…………そうだ。確か、突然胸が痛くなって……それで、そのまま……」

 

そこまで思い出して、一刀はサッと自身の胸部を確認する。

 

前面は視覚で確認し、背面には実際に触れることで触覚でもって確認する。

 

「前も後ろも傷は無い……?ならば、あの痛みは一体……?

 

 あ〜〜っ、くそっ!どれもこれも分からないことだらけじゃねぇかっ!」

 

自身に起きたこともその経緯も、そしてこの空間そのものも。何もかもが理解不能。

 

視界一杯に広がる真っ白な世界もまた一刀の不安を掻き立て、イライラが際限なく降り積もっていく。

 

と、そこでふとかつて小耳に挟んだ話を思い出す。

 

そういった怪しい噂も好きな友人の彼が言っていたこと。曰く、白一色の部屋に人を閉じ込めれば、人は精神崩壊を起こす。

 

事実かどうかは分からない。だが、一部ではまことしやかに囁かれているのだそうだ。

 

それに照らし合わせて考えてみると、どうだろう。中々に合致する状況ではないだろうか。

 

仮説その1。一刀は何らかの怪しげな実験に巻き込まれた。

 

ただ、そうなってくると、大きな疑問が2つ残る。

 

1つ、大陸のどこにこんな施設を作る技術があるのか。

 

1つ、そもそもそれではこの摩訶不思議な空間の説明には繋がり得ない。

 

となれば、この仮説は正しくない可能性の方が高い。何よりこの疑問には一刀は答えを持ち合わせていない。

 

次に一刀の心に引っ掛かったのは、ここで目覚めた時の状況が大陸に飛ばされてきた時の状況と似たところがある点だった。

 

仮説その2。再び一刀はどこかの時空間へと強制転移、その過程で失敗した。

 

しかし、こちらにも根本的に大きな疑問が1つ。

 

なぜ、何が切っ掛けで一刀に身にそれが起こったのか。

 

これもまた一刀だけではいくら考えても答えの出ない問い。

 

八方塞がりか。そう思った次の瞬間、一刀の耳が微かに聞こえる”何か”を捉えた。

 

ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ

 

「ん?何だ?風の音、か?」

 

しゅぅぅぅぅぅぅぅぅ

 

「それにしてはやけに……」

 

じぃぃぃぃぃぃぃぃ

 

「いや、風じゃないな。これは、まさか……」

 

ん〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「人がいるの―――――んなっ!?」

 

「さまぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

「うおおおぉぉぉっ!?」

 

音の正体を類推しつつ振り向いた一刀は、その方向から物凄い勢いで突っ込んでくる”それ”に悲鳴をあげてしまう。

 

一刀の目に映ったのは一言で言ってしまえば、『化け物』だった。

 

体中の筋肉はこれでもかと鍛え上げられ、それを惜しげもなく曝け出している。

 

身に着けているものは紐パンらしきもの一つのみ。

 

頭髪は剃り上げているのか、全体的に肌が見えている。ただ、両サイドにはおさげが結われていた。

 

極め付けに男らしい顎鬚まで生やしている。

 

はっきり言って変態なその人物は、どうやら一刀のことを認識しているようで、突っ込んできた勢いそのままに抱擁しようとしてきた。

 

それを一刀はどうにか身体を捻って避ける。

 

化け物はそのまま勢い余って数メートル進んだところでようやく止まり、そこで振り返った。

 

「んもうっ、ご主人さまったらん!この私のあっつ〜い抱擁を避けるだなんて、照れ屋さんなんだからん!」

 

「お、俺にはお前みたいな変態は知り合いにいないっ!」

 

両手で頬を挟んでうりんうりんと腰を振る化け物の悍ましさに、一刀は鳥肌を立たせながら必死になって否定する。

 

と、そんな一刀の様子を見て、化け物はグイッと顔を近づけると何かに気付いたような顔になった。

 

「んん〜?あら?あら!これはまた、随分と珍しいことになってるのねん。

 

 ”まだ終わっていない”ご主人さまがここに来るなんて、初めてのことじゃないかしらん?」

 

「…………お前は突然現れて一体何を言ってるんだ?そもそも、この空間のことについて、お前は知っているのか?」

 

化け物の理解不能な言い分に一刀は困惑を隠さずに問う。

 

一刀に問われた化け物は状況をうっかり忘れていたとでも言いたげな顔で説明を始める。

 

「あら、ごめんなさいねん。久しぶりのご主人さまにちょっと感極まっちゃったわん。

 

 教えてあげてもいいのだけれど……今のご主人さまにはちょ〜っと理解しきれないかも知れないわよん?」

 

「構わない。知っていることがあるのなら教えてくれ。

 

 ついでにその呼び方もやめてくれ。誰かと勘違いしているんじゃないのか?

 

 大体、お前は何者かも俺は知らないんだ」

 

「ええ、そうね。このご主人さまにはまだご挨拶をしていないのだものね。

 

 私の名前は貂蝉よ。大陸一の美人踊り子っていえば分かるかしらん?」

 

「はぁっ!?いやいや、ちょっと待て!お前が”あの”貂蝉だと!?」

 

「そうよん。よろしくねん、ご主人さま!

 

 それと呼び方のことだけれど、貴方もご主人さまも、別人であって同一人物だからねん、間違ってなんていないわん。

 

 さあ、それじゃあまずは何から話しましょうかしらん?」

 

頬に人差し指をあて、女の子らしいポーズで考え込む貂蝉。

 

その光景は異常の一言でしか表せないほどであったが、情報のためにグッと我慢する。

 

そもそも名前にももっとツッコミを入れたい気分なのだ。

 

心情的にはこのような化け物が『傾国の美女』とまで称されるあの貂蝉なのだとは認めたくないのだから。

 

やがて話すことを決めたようで貂蝉は指を下ろすと、スッと表情を引き締めた。

 

「ご主人さまも薄々は理解出来ているとは思うのだけれど……この世界は本当の世界――正史とは異なる世界、”外史”よ」

 

「……だろうな。だがその、外史?だったか、それは初耳だ」

 

「そうねん……正史って言葉の本来の意味としては、国家が編纂した歴史、ってことになるんだけど……

 

 この場合は、過去から遡って未来に至るまで、”現実”で起こった事象を並べた歴史、といったところね。

 

 対して、この世界。正史とは異なる、けれども正史に沿った事象を並べていこうとする世界。

 

 そんな世界を私たちは、”外史”と、そう呼んでいるわ」

 

「外史……それはつまり、パラレルワールド――――いや、すまん、えっと……なんて言えばいいんだ……」

 

「ええ、厳密には違うけれど、ほとんどその認識で合っているわ」

 

「そ、そうなのか。なるほど……」

 

突飛な話にもそうだが、外来語が通じたことにも軽く衝撃を受ける。

 

いや、そもそもこのような不思議空間で出会っている時点で大陸か現代かという固定観念は捨てておくべきだったのだろう。

 

ともあれ、貂蝉には言葉を選ぶ必要がなさそうだということは分かった。

 

ならば、と一刀は様々な疑問を思い切ってぶつけてみることに決めた。

 

「ただのパラレルワールド、ってわけじゃないんだろ?

 

 劉備、曹操、孫権に始まって有名どころの武将や、果ては皇帝までもが根こそぎ女体化しているんだ。

 

 その上、三国志に関連する大きな事件は時系列問わず条件さえ揃えば飛び出してくる。

 

 かと思いきや、行動次第で正史の歴史上の事実とは異なる結果を齎すことも出来る。

 

 でもまあ、ここまでは平行世界って意味ではありえなくも無いのかも知れない。

 

 だが、俺がこの世界に来たって事実。これは明らかにおかしいだろう?

 

 それに名のある武将の膂力には不可解なところが多いし、果ては”氣”なんてものまである。

 

 いくらパラレルワールドでも時系列は正史に沿うし物理現象もそのはずだ。

 

 タイムスリップや超常現象まで組み込まれたこんな世界観を俺は知らない」

 

一刀の疑問にも貂蝉は詰まることは無い。

 

質問の声が止むと、直後には口を開き、淀みなく答え始めた。

 

「さっき私が、厳密には違う、って言ったことを覚えているかしら?

 

 それはつまり、この外史というものは通常のパラレルワールドとは組成の仕方が異なるからなのよん」

 

「組成の仕方が、異なる?」

 

「ええ。通常、ご主人さまの言うパラレルワールドは歴史上の様々な点において選択や結果が変わっていたら、というポイントで分岐して発生するわ。

 

 けれど、外史は全く違うの。外史は”人々の想い”から組成される。

 

 強ければ強いほど、多ければ多いほど、人々の想いは形となり、やがて世界を形成するわ」

 

「人々の想い……?ちょっと待ってくれ、よく意味が分からないんだが……」

 

「ねえ、ご主人さま。ご主人さまは何かお話を読んでいる時、ここでこの人物がこうしていたら、或いはこんな人物がいたら、どうなっていたんだろう、って想像したことは無い?」

 

「そりゃあ、あるにはあるけど……」

 

「それが外史の素、”人の想い”よ。本当は他にもあるのだけれど、物語がベースになっている方が想い同士が寄り集まりやすいのよ。

 

 だから、外史として世界を形成するもののほとんどは物語なのよん」

 

あまりにあまりな説明の内容に、一刀は呆然としてしまう。

 

だが、どうにか咀嚼し、理解しようとしている間にも貂蝉の説明は続く。

 

「ここまで言えばご主人さまももう気付いているとは思うけれども、ここは『三国志』の物語から発生した外史から派生した世界よん。

 

 ご主人さまがこの世界に取り込まれてしまったのは、まあ予定調和みたいなものかしらねん」

 

「おい……おい、ちょっと待て。外史から派生した世界、って言ったか?それは一体……どういうことだ?」

 

「そのままの意味よん。当初、『三国志』から派生した世界はただ一つだったわん。

 

 ちなみに、そこでもご主人さまがその世界に取り込まれていた。そこでご主人さまは、その外史を管理者から守ったの」

 

「管理者?守った?」

 

「そうよ。世界には外史を管理する人たちがいるの。ちなみに私もその中の一人よん。

 

 それでその中には、『外史は正史に悪影響を与える。発生した外史は全て潰さなくてはならない』、ってそう考える人たちがいるのね。

 

 彼らはさっきの最初の外史に目をつけ、それを潰そうとした。

 

 外史を潰すというのは、その世界にいる人たちを全て殺すようなものなのよ。それをご主人さまはよしとしなかった。

 

 だから戦って……でも、その外史は保たず、弾けてしまったの」

 

現れてから初めて、貂蝉の顔が少し曇る。

 

それはその”始まりの外史”で起きた事態を知っていて、何か思い入れがあるからなのかも知れない。

 

だが、貂蝉はすぐに表情を戻すと説明を続ける。

 

「弾けたその外史の欠片はそれぞれが再び人の想いを寄せ集め始め、やがてバラバラの外史を語り始めたわ。

 

 つまりね、ここと同じような世界はここ以外にもたくさんあるわ。ほら」

 

貂蝉がパチンと指を鳴らすと、途端周囲にいくつもの大きな結晶のようなものが現れた。

 

どれも空中にフワフワと漂って落ちはしない。

 

一刀はその内の一つに寄って覗き込んでみた。

 

「っ!?華琳?!だが、これは……俺が、孫権と共に華琳と……戦っている?」

 

「それはご主人さまが呉の国に拾われた世界ね。他にもご主人さまが蜀に与した世界、袁紹ちゃんたちと放浪した世界、それに……

 

 曹操ちゃんと共に駆け抜けた世界もあるわ。様々な道があり、各々の結末がある。けれど、どれにも言えることが一つだけ。

 

 どの世界にもご主人さまがいる。

 

 それはきっと、始まりの外史の影響なのでしょうね」

 

「これは全部俺なのか……だけど、俺にはこんな記憶は無い……ってことは、パラレルワールドの俺がこれだけの数、外史に飛ばされた、ってことか?」

 

「……ええ、そうね。それでいいわ」

 

色々と問うことで一刀にも少しずつ理解出来てくる。

 

それでも不明なことがあった。一刀は考え考え、それを口にする。

 

「なるほど、外史とやらについては大体理解できた。

 

 だが、武将の膂力の問題は?”氣”に関しては?」

 

「それらも人の想いが原因よ。そしてその二つはある意味同じものなの」

 

「すまない、意味が分からない」

 

「せっかく好きに”物語”を語るのだもの、武将のみんなも”可愛く”かつ”強く”表現したいでしょう?

 

 けれど、多くの人が求める”可愛さ”には発達した筋肉は不要なものなの。残念なことにね。

 

 そこで外史は辻褄を合わせるために人の想いからある”もの”を生み出した。それが”氣”よ。

 

 武将のみんなは意識せずにこれを使っていて、膂力が筋肉に比例していないの。

 

 稀にこの”氣”を意識して扱える娘たちがいるみたいだけど、この根本を理解してはいないと思うわ」

 

「……ちょっと待ってくれ。それが本当なら、なんで俺の中にもその”氣”があるんだ?」

 

「それは……きっと外史に長くいたから、かも知れないわね。

 

 私たちみたいに利用の仕方を知ってるわけでは無いし前例も無いから、全ては憶測だけれどね」

 

長く謎だったことの一つが、またこの場で解けた。

 

尤も、それをすんなりと受け入れられるかは少し別の話だったが。

 

ここで一刀はふと最初の質問に立ち返る。

 

「ここまでの話は大体理解出来た、と思う。

 

 それで、それらが俺の最初の質問とどんな関係があるんだ?この空間も一つの外史だってのか?」

 

「いいえ、違うわ。ここは言わば、外史の保管場所よ。一つ次元が上、とでも言うのかしらねん。

 

 私たち外史の管理者の組織を形成することになる初期メンバーが偶然発見したそうよん。

 

 ご覧の通り、やり方さえ知っていればここでどんな外史でも見ることが出来るわ。

 

 それに権限と条件さえ満たせば、その外史へと入っていくことも出来るのよ」

 

「上の次元だって?なら、なんで俺はこんなところに来てしまってるんだよ?」

 

「それは私も気になるところだわ。えぇと……あ、これねん。ここをこうして……

 

 ……………………ふむふむ……あらあら、まぁ……」

 

貂蝉は近場の欠片を無造作に探るとその内の一つを手に取る。

 

そして手元で何やらコソコソやった後、欠片を額に当てて目を瞑った。

 

直後、ぼやっとした光が欠片を包む。それはまるで何かに呼応し、伝えようとしているかのようであった。

 

更に、その欠片から薄らと一回り小さな欠片も近くに現れかける。

 

が、こちらは明確な像を結ぶ前に現れた時同様フッと消えてしまった。

 

その間もその後も、時折納得したような声を出す貂蝉以外は音の無い静かな時間が過ぎる。

 

やがて貂蝉が欠片を額から離すと、先ほどの一刀の質問への答えを口にし始めた。

 

「なるほどね……この世界のご主人さまは色々と苦労してきたのね……

 

 さてと、原因はいくつか考えられるのだけれど、一番大きな要因は、外史の意思、でしょうね」

 

「外史の、意思……?それはどういうことだ?外史ってのは世界そのもののことじゃないのか?」

 

一刀の頭上に疑問符が躍る。

 

いよいよ理解が難しくなってきているが、それでもここからをより理解しなければいけない。一刀の直感がそう告げていた。

 

質問を重ねる一刀にも、貂蝉は嫌な顔一つせずその都度答え、説明を更に続けていく。

 

「今この辺りに無数にある外史は、始まりの外史の欠片に人の想いが寄り集まって形成された、ってことは覚えているわよね?

 

 この時みたいに外史自体が弾けてしまうことは稀だけれど、外史から欠片が零れることは割とあることなの。

 

 欠片に近しい”人の想い”が多ければ、それらはまた欠片に寄り集まって新たな外史を形成するのよ。

 

 その欠片から形成された外史は、始めこそ素となった外史に沿おうとする。けれど、集まった想いの数が非常に多か、或いは強ければ、その内容は想いの方に引き寄せられるわ。

 

 そうなると、どちらの歴史を歩むかはその外史に住む人々に委ねられる。

 

 それを繰り返う内に、その外史自体が独自の歴史を刻みだすようになるわ。それが、『外史の意思』。

 

 時折、その意思がとても強い外史が現れることがあるの。それこそ、管理者の介入をすら全く受け付けないほどに、ね」

 

「…………つまり、俺は外史に管理者とやらと間違えられた、ってことか?

 

 それで世界から弾き出され、ここに来た、と?」

 

「正確に言えば、”外史の外の人間と認定された”、かしらね」

 

「それはどういう意味なんだ?」

 

「どう言えばいいのかしらね……」

 

貂蝉は言葉を選ぶためか、少し悩む様子を見せる。

 

が、それも束の間で、またすぐに再開した。

 

「さっきも言ったけれど、多くの想いを集め、強く固まった外史は”意思”を持って自ら歴史を刻みだすわ。

 

 そうなった外史の”意思”はね、とっても”頑固”なの。

 

 一度こうと決めたら、そうなるように外史の人々を無意識の内に動かしちゃうほどに、ね。

 

 ご主人さまもその内の一つに向き合っているわ。分かるかしら?」

 

「……まさか、零の”体質”のことか?!」

 

「正解よん。さすがはご主人さま!

 

 簡単に解説すると、司馬懿ちゃんは今の外史の元となった世界にはいなかったのよ。

 

 今の外史が新たな歴史を刻み始めても、そういった理由から活躍の機会を外史自体が奪ってしまっていたの。

 

 それでもご主人さまは世界を騙して司馬懿ちゃんを魏の重鎮にまで押し上げちゃったけれどね。

 

 ご主人さま、最近はこうも思っていたんじゃないかしら?

 

 司馬懿ちゃんの”体質”がここ最近起きていないのは、時間を掛けて十分に名を売れたからではないのか、って。

 

 それ、概ね正解よん。外史は司馬懿ちゃんが活躍することを認めちゃったみたいね。

 

 その代わり、と言っては何なのだけれど、ご主人さまへの風当たりが強くなったみたいねん」

 

「そこまでは何とか理解出来た。が、それがどうしてさっきの話と繋がるんだ?」

 

「言ったでしょう?外史はそこの人々を無意識の内に動かす、って。

 

 でも、ご主人さまはそうならなかった。つまり、外史の”意思”を跳ね除けたってこと。

 

 そんなことが出来るのは、外史には元々居なかった人間だけだ、ってことになるのでしょうね」

 

「なるほど……風当たり、というのは?」

 

「さっきの司馬懿ちゃんの話然り、ご主人さまは外史の定めた道を幾度も逸れさせてきたわ。

 

 恐らくその度に、外史はご主人さまをどうにか修正しようとしたんじゃないかしら?

 

 けれどそれを受け付けないご主人さまの体は、それを痛みとして変換していたと思うの。

 

 その痛みが”夏侯淵ちゃんを定軍山で救った”時にご主人さまの限界を一度超えた。

 

 けれど、外史自体からご主人さまを消すには至らず、その弾みでこの狭間の世界に飛ばされてしまったのだと思うわ」

 

「修正……痛み…………」

 

一刀は貂蝉の説明の一部に強烈な心当たりを覚えてた。

 

貂蝉の言う通り、秋蘭を救い出した後の胸の痛みは唐突すぎる上に原因が不明なものだった。

 

それ以外にもまだまだ心当たりがある。

 

一番最初の”修正”は天和達の救出を決めた時だろう。

 

あの時は軽い頭痛だからと流していたが、今にして思えばあの時既に始まっていたのだろう。

 

次は春蘭を矢から守った時。

 

恋に斬られた背中の痛みかと思っていたが、それでは痛みは背面のみだろう。

 

胸部にまで貫く痛みが走るはずもない。

 

その次は月と詠を洛陽から連れ出す算段を付けた時だろう。

 

これもまた先ほどのケース同様、恋による傷だけが原因では無いようだ。

 

確かに恋に斬られた胸の傷も大きかったようだが、それでもあの場面で突然あれだけの痛みを発するかと問われれば、首を傾げざるを得ない。

 

これも、”修正”の力故、と考えた方が自然だと言えた。

 

恐らく、この時には既に零は外史に認められていたのだろう。後に聞いた話では、一刀の弄した策が嵌まり、零は連合戦で活躍出来たらしいのだから。

 

ただ、痛みが強くなってきていたからと言って、この時も気を失ってしまったのは体力・気力共に限界だったことによる不幸だろう。

 

目覚めた後も流れのまま馬騰の治療を華佗に頼んでいる。

 

華佗の承諾を得た直後の胸の痛み、あれもまた”修正”による力なのかも知れない。

 

そして極め付けが今回、秋蘭の命を救った時のことだ。

 

あの痛みには全く為す術が無かった。数分と持たずに意識が断ち切られてしまうほどに。

 

『一個人』を救うことでこれだけの影響があるというに、その対象がもしも『一国』となるとどうなってしまうのか。

 

それは考えるだに恐ろしいことだが、だからと言って目を逸らしていいはずも無い。

 

他にも”修正”を疑えるような事例は無かったか、と一刀は己の記憶を遡る。

 

大陸が慌ただしくなって以来関わってきた様々な事件。

 

それを色々と思い出していた一刀は、ふとあることを思い出す。

 

(確かあれは、華琳の陣営に参入した後、ごくごく初期の頃の……)

 

「どうやら心当たりはあるみたいねん。

 

 さて、ご主人さま。あなたには一つ、選んでもらわないといけないことがあるわ」

 

「選ばなければいけないこと?それは何だ?」

 

「ご主人さまの居た外史に、戻るか否か」

 

「っ!?」

 

思ったよりも衝撃的な選択肢に、僅かに思い出しかけていた一刀の記憶に再び蓋が落とされてしまった。

 

というのも、一刀はその問いへの答えに迷っている自分に気付いてしまったからである。

 

一刀の本心は一も二も無く『戻る』と答えたい。

 

だが、理性が待ったを掛けてくる。

 

貂蝉のここまでの説明を聞けば、なるほど外史とやらは想像したようなパラレルワールドとは異なるようである。

 

だが、正史と互いに影響しあっているのであろうことは、管理者の中にまで外史を消そうとする輩がいることから読み取れてしまう。

 

案外、外史の意思とやらも正史が大きすぎる影響を受けないための予防線なのかも知れない。

 

では、既に外史から弾き飛ばされてしまうほどに影響を与えた自分は、今後どうなってしまうのか。

 

少なくとも、外史に戻ったとすれば、”あの戦”の結果だけは絶対に変えようと動くだろう。

 

その時に外史から受ける”修正”が一体どれほどのものになるのか。正史への影響は如何程のものなのか。

 

そもそも、外史と言えどそうやって簡単に歴史を変えてしまってもいいものなのか。

 

そんな自問自答が一刀の中ではグルグル回っていた。

 

それでもすぐに貂蝉の問いへの答えを出さなくてはならない。

 

であれば……

 

「さ、ご主人さま。どうする?」

 

「………………俺は、戻る。まだまだ、やり残していることが多いんだ、ここで投げ出すわけにはいかない」

 

再び問いかけられた一刀は、口の動くままに任せてそう答えた。

 

結論としては本心に従ったもの。理性は未だどこかで異を唱えてきている。

 

だが、不思議と一刀にはそう答えたことに後悔は無かった。

 

そしてそれは表情にも表れていたようで、真剣な面持ちで尋ねてきていた貂蝉も、一刀の顔を数秒眺めてからフッと破顔した。

 

「分かったわん。それじゃあ、今からご主人さまを元の外史に戻すわね」

 

「そんな簡単に出来るのか?俺は外史に弾き飛ばされたんだろう?」

 

「私を誰だと思っているかしら?管理者の一人、貂蝉ちゃんよん?

 

 ご主人さまを外史に戻すことくらい、どうってことないわ。

 

 それと、ただ戻すだけだと、またご主人さまが外史に悪戯されちゃうかも知れないわ。

 

 だから、ちょっとした”おまじない”を加えてあげる。ある程度、外史の目をすり抜けられるように、ね」

 

それ以上詳しい内容は語ってくれようとしないが、それでも、一刀のために利することをしてくれることは伝わった。

 

サッと準備を済ませた貂蝉は一刀を手招き、外史の欠片と一刀の距離を詰めさせる。

 

そして貂蝉が外史の欠片に手を向けると、そこから”氣”の渦流が溢れ出した。

 

始めは小さかったそれは次第に大きくなり、すぐに人ひとりが飛び込めるほどになる。

 

「あとはここに入れば元の場所に戻れるわ。

 

ちなみにご主人さまは今、言わば霊体みたいな状態になっているようだから、倒れた場所に戻ることになるわね」

 

「分かった。色々とありがとう、貂蝉。助かったよ」

 

「気にしないでいいわよ。私が好きでやっていることなのだから。

 

 でも、とっても嬉しいわん!」

 

しなを作って笑みを浮かべていた貂蝉だが、ふと真面目な顔に戻る。

 

「あ、そうそう、ご主人さま。ここまでの話で分かったとは思うけれど、これは言っておいてあげるわね。

 

 この世界は本来の世界、”正史”とは全く異なった次元にあるものよ。

 

 だからね、歴史改変の是非だとかその許容量だとか、そういったことは考えなくてもいいのよん。

 

 私が何を言いたいか、もう分かるわよねん?」

 

「…………ああ」

 

「そ。良かったわ。それじゃあ、”頑張って”ねん、ご主人さま。

 

 私は傍に居てあげられないけれど、ずっと応援しているわ」

 

ポンと背中を叩かれる。

 

その勢いに乗って、一刀は渦へと飛び込む。それと同時に不思議な暖かみが体を包んでいた。

 

直後、一刀の意識はまたもや急速に薄れ出す。

 

今度は外史の外から中へ。皆の下へと向かって。

 

 

 

 

 

「…………行っちゃったわね。

 

 さて、と。このご主人さまは一体どんな外史を見せてくれるのかしら?

 

 ……………………ほんと、色々と楽しみねん」

 

 

 

 

 

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徐々に意識が覚醒してくる。

 

「――とっ!」

 

と同時に傍から声も聞こえてくる。

 

「にい――!」

 

そうだ、今は起きなければ。早々に許昌に帰り、整理したいことがたくさんあるんだ。

 

そんな思いが明確に浮かぶと、一刀の意識は完全に覚醒した。

 

「一刀っ!」 「兄様っ!」

 

一刀の目が開くと、四つの声が同時に耳に届く。

 

見回せば、春蘭も秋蘭も、恋も流琉も、皆が心配そうに一刀を覗き込んでいた。

 

「すまない、皆。心配掛けた。もう大丈夫だ」

 

「兄様、本当に大丈夫なのですかっ?!」

 

「一刀、無理をしていないか?」

 

流琉と秋蘭が即座に問い返してくる。

 

一刀はそれに笑顔で返した。

 

「ああ。ちょっとここ数日の無茶な行軍が響いただけだと思うよ」

 

よっ、と声を出して立ち上がりつつ返したその言葉に、皆自然と安堵の溜め息を吐いていた。

 

「とにかく、今はすぐに許昌に帰ろう。

 

 華琳に色々と報告しなければならないことが多いしな」

 

「うむ、そうだな。流琉、疲れているところ悪いが、部隊を纏めるのを手伝ってくれ」

 

「はいっ!」

 

「春蘭、恋。俺たちも行こう。麓に待機させておいた部隊と合流しないと」

 

「おう、そうだな!」

 

「……ん」

 

それぞれがそれぞれの部隊を纏めにかかる。

 

解散の間際に一刀は秋蘭に声を掛けた。

 

「纏め終えたらこっち側の麓まで降りてきてくれ。

 

 皆色々あって疲れている。帰りはゆっくり行くとしよう」

 

「うむ、そうだな」

 

 

 

一波乱あった定軍山での一幕が、ようやく終わりを迎えた瞬間だった。

 

説明
第七十四話の投稿です。


言い訳のしようもないほどに持論展開&説明回です。
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コメント
>>marumo様 ご指摘ありがとうございます、修正いたしました。 傾国(物理)ですねw(ムカミ)
八方塞がりか。おう思った次の瞬間、一刀の耳が微かに聞こえる”何か”を捉えた。    八方塞がりか。そう思った次の瞬間、では?    確かに貂蝉は国を傾けられるなぁ違う意味で(marumo )
>>心は永遠の中学二年生様 初めは管理人、後で管理者に変えたのですが、どうやら初めの方を修正し忘れていたようですね。ご指摘ありがとうございます(ムカミ)
ところで、管理者と管理人が混同してるっぽいです(心は永遠の中学二年生)
>>まひろ様 >>アルヤ様 はい、すいません、ミスです。ご指摘ありがとうございます、修正いたしました。(ムカミ)
>>本郷 刃様 傾国(物理)ですねw 応援ありがとうございます!今後も楽しんでいただけるよう、がんばっていきます!(ムカミ)
ここ数日の無理な紅軍→行軍(アルヤ)
「ああ。ちょっとここ数日の無茶な紅軍が響いただけだと思うよ」→行軍では?と突っ込んでみる(まひろ)
恋姫の貂蝉は『傾国の漢女』ですねw 物語は紡ぎ手であるムカミさんと主役の一刀の意志、貂蝉の意思次第ということなのでこれからも応援しています!(本郷 刃)
>>nao様 貂蝉さんと一刀くんには、そういう意味でも頑張ってもらいたいものですね(ムカミ)
>>アストラナガンXD様 貂蝉の”おまじない”の効果は既に決めております。これからどうなるのか、是非色々と想像しながら読んでみてください(ムカミ)
この外史では一刀が最後に消えることはなさそうだね!(nao)
別離エンド回避フラグ的な話と捉えてOK?(アストラナガンXD)
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真・恋姫†無双 一刀 魏√再編 

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