解放者との邂逅 |
この世界に目覚め、解放者としての命を受けてからというもの、人々との魂を解放するためライトニングは奔走していた。輝力が足りているという手応えが十分に得られていないこと、そして、時の許す限りでなるべく多くの人の魂を解放してやりたいという思いから、大きな力を持った――かつての仲間たちの―魂を解放し終末の日を待つ今も解放者として人々の願いを聞き、救い出すことに明け暮れている。何かに困っている人、悲しんでいる人がいたら積極的に声をかけるような行動……この積み重ねがきっと人々のためになると信じて。この日も、朝から困っている人に声をかけ、話を聞くことから始めることにした。
歓楽の街、ユスナーンを歩く。この街は今日も世界の終末まで愉しんでいたい人々が集まっている。吟遊詩人が奏でる調べ、子供たちの歓声、笑い声。一見すると平和にも見えるが、この街のテンションの高さは少しばかり無理をしているようにも感じる。この街の太守スノウは己の混沌と共に街にはびこる混沌をも抱え込もうとしていた。人の心の光と闇。矛盾する二つの同居を実感させられる街だと思いにふけりながらも見回っていく。
“あ! あの人……どうやら困っているみたいです、話しかけてみましょう”
ナビゲーションをしていたホープがモニターから困っている人を発見したようだ。彼が指し示す方向を見ると、修行服のような衣服を身に纏った金髪の男が道端に座り込んでいた。壁にもたれ、手足を投げ出している様子から、疲れ果てていることが伝わってくる。金髪は胸までの長髪で、遠目に見ると女性にも見えたが、少し近づいてみると顔つきと骨格から男性だとわかった。だが、服装といい、目つきといい、周囲の人々と比べ少しばかり違った雰囲気を醸し出している。……ライトニングとしては他人のことは言えないと思いつつ。
「どうした。何か困っているのか。具合でも悪いのか?」
声をかけられたのが自分であると気づくと、男はこちらを向いてじっと見つめてくる。その視線には警戒心と、少しの疑念とが含まれていたが、一瞬ののち、その警戒は緩み、口元はぎこちなく笑みを見せた。見知らぬ人に話しかけられるのに慣れていないのだろう、とライトニングは思った。
「お前は、一体何者だ」
「ライトニング……今は解放者と呼ばれている」
ライトニングが名と現在の肩書を名乗ると、男は思案を一巡し、ライトニングの眼を覗き込み様子を窺う。そして何かに納得したのか、視線を正し、ゆっくりとかみしめるような調子で言う。
「解放者……か。ここに来てから噂は聞いている。良かったら頼まれてくれないか」
「それが私の仕事だ。……話してほしい」
「そうか。それは助かる。では早速本題だが…ある男をここに連れてきてほしい」
「どんなやつだ」
「……竜騎士だ。名はカインという。この世界では目立つはずなんだが」
どうにも見つからない――と、男は苦笑を浮かべる。
やはり、男はこの世界の住人ではないようだ。詳しい経緯は覚えていないようだが、竜騎士を追っていて気付いたらこの世界に来ていたという。それからかれこれ5日間ほど、ずっと竜騎士を探しているとのことだった。しかし、当然土地勘はなく、闇雲に歩き回り探すほかなかったという。人通りの多い歓楽街なら手がかりが掴めるのではとユスナーンへ来たものの、これといって有力な話にはたどり着けなかったようだ。
それでも…確証はないが、竜騎士もこの世界に来ている気配を感じる。とは男の談だ。
「竜騎士のカイン、か……わかった。探して来よう」
ライトニングは噛みしめるように確認し、この依頼を引き受けた。この近辺は依頼人の男―名前は捨てたとのことで教えて貰えなかったため結局こう呼ぶしかない―がくまなく探し回った様子だったため、別のエリアに移動することにした。まずは駅へと向かう。そういえば、依頼人の男は列車にも馴染みが無いようで、列車を使いこなすことが出来ず移動手段はすべて徒歩だったそうだ。チョコボの存在は知っていたが、この世界へやってきてから実物は見かけていないという。と、なると―――おぼろげながら見当をつける。
「ウィルダネスへ行く」
考えの確認を兼ねて独り言のように呟くライトニングにホープはわかりました、と返事をした。
“どうしました、ライトさん。考え事ですか?”
ウィルダネスの平野を移動中のこと。きっと会話の間合いから何かを感じ取ったのだろう、ホープに尋ねられる。ライトニングはそれまで考えていたことをホープに話すことにした。
「あの男、夢に出てきた…かもしれない」
初めて会ったような気がしなかった。声……気配、がどこか懐かしく、どうしてか背筋が伸びるような感覚がした。一定の緊張感を保ちつつ、信頼関係を築いているような、そんな距離感がしっくりくる。とにかく初対面では感じ得ない感覚であった。解放者となってからというもの、会う人々の数は多くなっていたため、はじめは気にしていなかった。何処かで出会った人と似ていたのだろう。と。
しかし、竜騎士のカインの名を聞いた瞬間、解放者となる前の遙か昔の記憶が呼び起されたように感じた。ここではない、遠い別の世界での出来事。単なる既視感や夢という類のものなのだろうか。それとも実際にあったかもしれないパラドクスなのか。
「竜騎士のカイン、と言葉で言われただけなのに、想像できるんだ…姿も、声も。」
ひとしきりかいつまんで話したところで、ホープは少し間を置き――ライトニングに言葉を返す。
“もう500年も眠っていたんですよ”
“それだけの間眠っていたら、夢にでてくる登場人物も多くなりそうです”
「…まだ、寝ぼけているかもしれないな」
“寝ぼけたままじゃ困りますよ、ライトさん”
イヤーモニターからふふふ、と笑い声が聞こえた。これ以上ホープに夢で見た記憶の話をしたとしても、まともに取り合ってくれるような気がしなかった。記憶の糸を切れてしまわないよう丁寧にたどってゆくと、徐々に呼び起されるのは夢にしてはやけにリアルな、戦いの記憶。さらに神経を集中させると次第に映像は鮮明になっていく。力尽きるその最後の瞬間までともに戦った竜騎士の姿――私は彼に何かを伝えようとして――そこまでの映像が頭を過ぎ記憶の糸は途絶えてしまう。しかし、そこで出会った竜騎士の名はしっかりと憶えていた。これからその竜騎士と同じ名を持つ竜騎士を探しに行く。単なる偶然の一致とは思えなかった。
ザザザ、と耳元で音がしてライトニングは我に返る。通信が安定しなくなってきている。
「ホープ!聞こえるか?」
“ライトさん、気を付け…ください…強い混沌の…け…い…”
――ついにホープとの通信が途絶えた。混沌の、闇の気配を感じる。?
辺りを見回すと、森の中の大きな木の枝の上、混沌を身に纏う竜騎士の姿があった。手のひらの上で混沌を弄ぶかのような所作をしている。まるで、混沌から何かを探るかのように。そして、竜騎士が腕を掲げ手のひらを広げると、手の上にあった混沌が方々へ散らばっていく。ややあってこちらの気配に気づき、姿を認めると、軽い身のこなしで飛び上がりライトニングの目の前に着地した。
「何か用か」
「おまえがカインか」
「そうだ」
「おまえを探しに来た」
「…そうか」
竜を象った兜が、まっすぐにこちらを見る。その奥から向けられた鋭い眼光が、ライトニングを射抜く。カインは一歩ずつライトニングに近づいてくる。だが、足が竦み後ろにさがることもできなかった。背負っていた剣を取り、構えの姿勢をとる。
「そう、ピリピリするな。」
ライトニングを窘めるようカインが言った。相手がこちらに武器を向けない意思を示しているのなら、無暗に剣を向けることは無粋なことだ。戦いをせず、話をして目的が達成されるならそれが一番だと思う。ライトニングは剣を仕舞い、カインに歩み寄った。
「オレは……」
カインはライトニングの顎を掴み、顔を近くまで引き寄せる。兜で口元しか見えず、ライトニングからはその表情がはっきりとは伺い知れないが、片側の口角が上がっている。フッ、と自嘲にも似た笑いを浮かべると、更に顔を近づけてきて……近い、と思った瞬間、唇にあたたかい感触を感じる。
やがてその感触が離れると、カインはどこか遠くの方角を向き、溜息を洩らした。
「たった、これだけのことなのに。なぜ……」
カインの口元は苦悶に歪んでいた。
一方でライトニングは頭が真っ白になっていた。これを混乱状態というのだろうか。もはや相手を咎める言葉も刃を向けることも思いつかず、脳は状況把握に忙しい。状況把握が出来たら出来たで疑問符しかでてこない。なぜ、私に。そもそも今の感触は、まさか。
「……な、なにをした!」
「確かめただけだ……ゾットの塔で、ローザが…」
辛かったという。想い続けていた人が目の前で親友と抱き合い、口付けを交わしていたことが。目の前で繰り広げられていた光景が今もフラッシュバックのように蘇り、悲しみと怒りとがこみ上げ感情のやり場がない…と。
もしも、この口付けという行為が何かの意味を持っているとしたら。そんな思いで確かめたという。
心がやはり抜け落ちてしまっているようだ、不思議と怒りは湧いてこなかった。
「お前もいい女だと思う、抱きしめて、逃さないようにしてやろうかと思った」
「……それは、只の欲情ではないのか」
「ああ、それでも……だが、やはりローザが忘れられん。ローザを……オレのものに……!」
遂げられない苦しい想いを積み重ねてゆくと、次第に心に闇を住まわせてしまう。想いが大きければ大きいほど、反動で闇も大きくなってしまうのだろう。想い人や大切な人を求めるが余り闇に身を染めてしまう、そんな仲間の姿すら思い出す。ユールとの再会を願い続けて闇の狩人となり私を殺めようとまでしたノエル、セラを救えなかった後悔から馬鹿がつくくらい明るかった性格がすっかり変貌していたスノウ。まっすぐな思いが生み出す歪み。……強く狂おしい想いゆえに一人で抱え込み、闇を一層深めてしまう。
誰かを想うことは尊いことであるのに、どうしてだろうか。
「セシルさえ居なくなれば。殺してしまえば…」
カインは俯いたままで、呟いた。元々兜で表情など殆ど見えないのに、口元まで見えず、本当に彼が発した言葉なのか確認することもままならない。だが、その声は、明らかにカインのものだった。彼は、カインはそのような言葉を吐く奴であっただろうか。
戦いの記憶の中でのカインは、何を考えているのか解りづらい部分こそあったが、正義感に溢れ相手を思う気持ちがある奴であった。目の前にいるのは、その記憶の中にいるカインとは別物であった。どうやらカインはセシルという人物を追っているらしい。そして、セシルの名にもやはり聞き覚えがあった。
「セシル……?」
「そうだ、セシルは何処だ。……オレはセシルを探しているのだ」
「セシルとは……あの、銀の長髪のパラディンか?」
「そうだ。……お前、セシルを知っているのか。何処にいる!」
正直、セシルの居場所なんて知らない。この世界に居るのかどうかさえも怪しい。あの依頼人の男(とおそらくカインも)は別の世界から迷い込んできたのだし、セシルにしても別の世界の住人なのではないかと感じる。そもそも、私にしてもセシルという名を聞いて麗しき銀髪のパラディンが即座に浮かんでくることも不思議である。それでも、ここで引いてしまったら目的は達成されない。
「ああ、知っている。着いて来い、会わせてやる」
嘘も方便。というがここまで機転が利くようになったのはいつからだろうか。
?
「貴様は……!」
「待っていたぞ」
依頼人の男とカインとがお互いを認識した瞬間、辺りの空気が変化した。
一触即発の雰囲気で、睨みをきかせる。そして対峙した瞬間、曲刀と槍とが構えを見せた。
「私は、お前を倒す!」
依頼人の男は、カインの槍での攻撃を避けながら、間合いを詰めていく。そして、カインの首元へと、曲刀を突きつけた。が、カインは一瞬の隙をついて間合いから抜け出し空へ向けて跳躍する。
「危ない!」
剣を取り、助太刀に入ろうとするライトニングを、男は声だけで制した。
「来るな、これは私の戦いだ!」
依頼人の男は、降下してきた槍の矛先を、刀で流すようにして躱した。甲高い金属音と風を切る音が聞こえた。致命傷は防げたとはいえ、衝撃はかなりのものだったようである。槍はカインの手を離れ地面に突き刺さり、依頼人の男も肩に衝撃を受けたようだ。膝をつき、カインを見据える。カインの手に手元がないことに気付くと、依頼人の男はすかさず槍を奪い、曲刀と持ち替えた。
「くらえ!」
槍を左手に依頼人の男は飛び上がり、カインめがけて急降下してゆく。槍は、カインの鎧へと突き刺さった。低い呻きが聞こえた。
カインが膝から崩れ落ち、着地後それを確認した依頼人の男はカインに駆け寄り、声をかけた。やり取りが聞き取れなかったが、その瞬間、二人を強い光が包み込む。その強い光に目がくらみ、ライトニングは一瞬目を閉じた。やっとのことで目を開けると、そこには鎧を身に纏った依頼人の男の姿があった。頭についている飾りを見ると……竜騎士のようでもある。依頼人の男本人も格好の変化に驚いている様子であった。
「あいつは、私の心の闇が分離したものだったのだ」
「ということは…お前が本物のカインなのか」
「本物という言い方が正しいかはわからんが…そうだ」
「ローザのことは…忘れられないのか」
「彼女のことは今でも好きだ、だが…セシルと幸せであればそれでいい」
「助かった、礼を言う」
カインはライトニングの頭をぽんと撫でながら言った。そして、魂が解放された。
ライトニングが視線を上げると、カインは微笑んでいた。その眼は先ほどの苦しみに満ちたものではなく、とても穏やかなものだった。
想い慕っていたかつての気持ちが呼び起されていく。私は、ずっとカインと一緒に戦ってきた。信頼していた。そして、その信頼の気持ちはやがて…敗北の瞬間私はカインに――そのことは、今は胸の内に留めておくのが良いのかもしれない。
「またいつか…どこかで」
社交辞令のような、約束のような、そんな言葉をかけて、カインと別れた。
カインは私のことを憶えているのか、気にはなったが敢えて尋ねることはしなかった。記憶のなかで出会った人と再び会えるのならまた機会が巡ってくるだろう―そんなことを考える。
“きっと、ローザさんへの強い気持ちでカインさんが二人になってしまったのでしょうね”
ホープの声で我に返る。その声色にはどこか安心した気持ちが含まれているような、気がした。
「ああ」
またいつか、どこか別の世界で、巡り会うのかもしれない。そう信じて…
ライトニングは次なる魂の解放へ向けて、歩みを進めた。
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ピクシブ再掲。DDFFカイン*ライトニング カインがLRFF13の世界へ迷い込んでしまうはなしです。 |
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