主従が別れて降りるとき 〜戦国恋姫 成長物語〜
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11話 章人(8)

 

 

 

 

 

金を稼ぐ手段、それについて説明する前に、現状で章人が抱く最大の懸念について軽く話をしておくことにした。

 

「さて、一つ質問だ。結菜の手料理は美味しかったかい?」

 

「はい!! 私みたいな臣下が食べて良いのかわからないですけど、とても美味しかったです!!」

 

「何よりだ。ちなみに、結菜があの店みたいに料理屋やったら儲かると思う?」

 

「え? 結菜様がですか? 確実に儲かると思います。これだけ美味しい料理をつくれるわけですし……。ただ……」

 

殿様である信長の義妹である帰蝶が民衆に料理を振る舞う。木下秀吉からは全く考えられないことだった。

 

「売れるのは美味しいから、それだけ?」

 

「というより、あの“蝮”の娘で久遠様の義妹というものもあると思います。そんな方が民衆に料理を振る舞うなんてあり得ないです。ただ、私は殿様の家族である結菜様にそんなことしてほしくないですね……。あくまで個人的な願いみたいなものですけど」

 

純粋に料理が美味しいというだけではなく、付加価値がある。木下秀吉はそのことに気づいていた。世の中にはそれを求める人がとても多いということである。

 

「そう。要はそれをすれば“格が下がる”ということ。仮に金に困っているとしても、殿様の家族が店を出して庶民に頭を下げてまで家計を助けるようなことはしてほしくない、臣下ならそんな思いは当然ある。その関連なんだけど、今、私は久遠の家に世話になっている。しかし、あそこにはいわゆる“召使”だとか“侍女”という類の人がいない。率直に言ってかなり驚いた。家の雑事の大半は2人でやっている。どうしてだと思う?」

 

「そういえば……。気を許せる人がいない、ですか?」

 

「さあ? 本人たちに聞いてくれなければ本当のところはわからないし、私は興味がないのでなんとでも言えるのだけど、たぶん嫌いなんだろうね。特に結菜が」

 

章人はもちろん理由に気づいていたが、敢えて断定せずに言ったのだった。それが2人の耳に入って余計に考え込むことのないようにということも含めての配慮である。

 

「嫌い?」

 

「そう。一つは、“久遠の面倒を見ているのは私”という自負、あるいは自尊心。要は他の人に久遠の世話をされたくないということ。で、もう一つは、自分の領域が崩されるのが嫌なんだろうね」

 

「領域が崩される?」

 

「そう。たとえばそこの机を掃除されたときに、硯の位置を変えられたりすると嫌、ということ」

 

使い慣れたものの配置を勝手に変えられると不快に思う人はたくさんいる。そのことである。

 

「確かに……。ちなみに章人殿はそういうのどうなんですか?」

 

「有り。慣れたというのもあるけど、基本的に役立たずだと思ってればそこそこ許容できる。そこの廊下を掃いて雑巾かけろ、と言ってできない奴なんていないでしょ? あるいはそこの庭でこの草以外の雑草を抜け、とかね。その程度も出来なかったら解雇だ。ただ、やはり自分の机は一切触らせないよ。現実には分野ごとに人を雇うわけだけど。たとえば、馬の世話をする人、掃除をする人、料理をする人。一人で全てをこなすことなんで不可能だから。が、過去に一人だけできる奴がいたんだ。ちょっと想像してもらうと、他の人、つまり織田からすれば北条や武田だね。そいつらが『よこせ』と言って争奪戦を繰り広げかねない奴だ。その人物が武田と組んだ」

 

かつて章人の家に千砂がいたころ、それを知る財界の要人はとにかく引き抜きで躍起になっていたことがある。それほどに優秀だった。相手の心を掴む、それが一番難しく、また重要なのだが彼女はそれを容易にやってのけるのだった。

 

相手のしてほしいこと、してほしくないことが全てわかり、それを絶妙の頃合いでやる、それが彼女の気遣いの肝なのだろう、というが章人の認識だった。それに気づいているのは章人だけであった。千砂は自分の手の内を軽々に晒すような人物ではない。もちろん、自分が千砂のことを知り尽くしているのと同様かそれ以上に千砂も章人のことを知り尽くしているのだったが。

 

「え……? 武田晴信とですか!?」

 

「そう。ありがたくないことに我々は美濃と事を構えているから武田の処理をすることなど無理だ。戦の大半は情報で決まる。この間、今川義元を討ったのだって、義元の位置を知っていて一点集中で殺しただけだろう? つまり情報によるものだ。奴らの間者の質は桁違いだ。私はこれまで50人くらい処理してるけど、残念ながら織田の間者と比べると雲泥の差がある」

 

「は?」

 

「そういえば言ってなかったかな。50人くらい。処理といっても脅して帰らせることしかできないんだけどね。連中もそれをわかってるからたまに潜入させてくるし、こっちはそれを帰らせる。向こうも怒ってはいると思うよ。表沙汰にはしていないけど」

 

「!?」

 

木下秀吉にとっては寝耳に水の話だった。知識として間者がいるだろうとは思っていても、それが尾張に侵入してきていて、実際に処理したと聞かせられるのは全く別の話である。

 

「殺すとたぶん攻めてくるから、情報だけ奪って帰らせているんだ。ちなみに美濃の間者は全員始末してる」

 

「そういうの、わかるんですか……?」

 

「わからなきゃ“頂点”は務まらないよ。ここでは頂点ではないけれど、“中枢”なのは変わらない。人を見抜くのは基本中の基本だ。といっても難しいものだけどね」

 

「武田に対抗する手段は何かないんですか?」

 

「ない。現状では南下すれば北から長尾景虎が攻めてくれるという希望しかないけれど、それだって例えば長尾と和睦して越後から西進する北陸道と甲斐から南下する東海道で手を組んでもおかしくない。そういう不可能を可能にする奴だからこちらができる現状はさっさと美濃を落とすことだけだ。何度となく川中島で戦っている両雄の和睦なんて普通は考えないけれど、そういうことを考える奴でね……」

 

他の人物ならば“恥”と考えたりすることを躊躇わず行って“実”をとる、そこが“不可能を可能にする”を実現する最大の方策なのだった。

 

「そんな……」

 

「それに関しては、今我々が動いて何かできるものではないから追々でいいよ。存在だけ知っておいて欲しかったんだ。現状で私直属の部下はひよだけだからね。

 

で、小金をもうける方法だけど、ここより日当たりのいい場所を借りて“おにぎりや”でも作ったらどうかな、というものだ」

 

「おにぎりや?」

 

「そう。水と漬け物が樽かなにかに入ってそれは自由に取れるようにして、売るのはおにぎりだけ。値段は一発屋の5分の1」

 

章人の世界で“手軽さ”の象徴ともいえる食事処であるファーストフード店、その元祖を作ってはどうか、というものだった。おにぎり以外は自分で欲しい分だけとる、要はセルフサービスである。

 

「そんなに安くできるんですか?」

 

「原価と人件費考えればそんなものだね。例えばだけど子供雇えば人件費はさらに抑えられるし。ひよなら行く?」

 

働き盛りの若い男性を雇うよりも、若い子供や女性を雇ったほうが人件費は安くまかなえる。章人にとっては常識だった。ましてやこの世界では年端もいかない子供を雇ってもとがめる者は誰も居ない。

 

「たとえばですけど、7日あったら2日は一発屋などの高めの店でちょっと贅沢して5日はそのおにぎりやで節約、みたいにすると思います。それだけ安ければ流行りますよ」

 

「なら、もし流行ったらどうなるか想像つくかな? そうすれば、一発屋の売り上げが10分の1になることもある。そうしたら一発屋は倒産の危機だ。そんなとき、一発屋はどうすればいいだろう。たた潰れるのを待つ? そこにこのやり方の問題があるんだよ」

 

「私なら、おにぎり売るだけならそれほど難しくはないですし、真似しますね。問題というのは他の人が真似るということにあるんですか?」

 

手軽で簡単にできる、それはつまり真似しやすいということと同義なのだ。

 

「というより、それによって引き起こされる事態だね。要するに薄利多売だ。安いおにぎりをたくさんの人に食べさせて回転率を上げることによって儲ける。つまり、他の店と競う要素はただ一つ“価格”だけ。そうなると、“いかに安くするか”の競争になってしまうんだよ。例えばだけど白米だけのおにぎりだったのを玄米にしてあわやひえといった穀類をまぜるとかね。とはいえ一番の問題は“人件費”を削る場面が必ず出てくること。女子供を雇う、給与を安くするとかね。勤勉で、途中で投げ出すのを良しとしない性格の人ばかりだから待遇が酷くても辞められない。

 

私としては儲かるからいいんだけど、久遠の考える街、都市とは正反対になるから、そこが問題だなあと思っているんだ。勿論、対応策はあるんだけど、そこには大きな問題がある」

 

価格競争だけを追求すればどうなるか、それは誰よりもよく知っていた。なにせ労働者をからいかに上手く搾取するかを考えてきた人物なのだ。それが結果的には企業を“ホワイト”にして業績を右肩上がりにすることに繋がっていたが、真逆のやり方も存在する。自分はやらない、というだけであって、やれない、ということではないのだ。

 

「問題?」

 

「結局は規則を決めてそれに則ってやればよくて、私はその規則や法を全て覚えているし運用はそれほど難しいことじゃないんだけど、もしそうしたらどう思う?」

 

「早坂殿がその商売を最初に初めて、規則の運用も全てやっているとしたら、必ず『不公平』だと思う人が出てきますよね。実際はそうじゃなかったとしても、早坂殿に都合の良い法で運用されているんじゃないか、そう考える人は必ずいると思います」

 

「そう。もし商売やっててそう思わない人がいたらその人は商売には向いていない。そこをどうしたものかなあ、と思ってね。勿論、私が裏から回して麦穂に法の施行と運用を任せて店はひよに任せるというような手はあるけど、どうもねえ……という雑談」

 

信長の元で世話になって少ししか経っていないのにそこまでやるのはいかがなものかと思っていた。城の文官は掌握したし、柴田勝家と丹羽長秀という重臣や滝川一益ら若い衆からの支持は絶大だったが、家臣はそれだけではない。出る杭は打たれる。勿論打たれる前に打つのはさほど難しくはないが、そうすれば必ず軋轢がうまれる。それをどうやってなくすかというのは苦手な分野でもあった。個性と能力が高いというのは悪い面にも働くということである。

 

「それなら、安い店じゃなくて高級路線で勝負するというのはどうですか? 早坂殿ならできるんじゃ……?」

 

「私や結菜かそれ以上の腕を持つ熟練の料理人がいないとそれはできない。それ以前の問題として、残念ながらここでは勝負にならない」

 

「そうなんですか?」

 

「料理が上手な人といっても、それにはいくつかの要素がある。一つは、食材を無駄にしないこと。上手い人ほどごみが少ない。でもそれは難しいんだ。例えば皮を剥かないで調理してごみを減らしたとしたら、それは剥かないときよりも味が落ちてしまう。

 

二つ目は、素材を見極める。あるいは、声を聞く。といっても難しいことではないし、普通にやっていることでもある。ひよは“ぶり大根”って食べたことあるかい?」

 

「大好きです! 冬に食べると体が温まるし、美味しいですよ」

 

「そう。実はその“冬に食べる”というのが重要なことなんだ。大根は冬に旬を迎えて一番おいしくなる。ぶりも冬に一番脂がのる。その二つを一緒に煮ることで美味しくなり、冷えた体を温める。実は理にかなっているんだよ。そういうものを知っていて見極める。それはとても大事な能力でね。

 

でも、一番大切なのはそこではない。“独自の料理”であることが一番大切だ」

 

“旬”それを考えない料理はどうしたって美味しくならないということをよく知っていた。しかし、それより重要なこと。それは、完成された料理は芸術に近いということである。本当に尊重されるものは“オリジナル”ただ一点だけである。それは絵画や音楽、あるいは芸術品と同じなのだ。上達する過程では“模倣”も重要だが、同じものを出していても一切評価はされない、そういう世界である。

 

「独自?」

 

「そう。絵や工芸品と同じで、他の人が作ったものと同じでは一切評価されない。最初に作ったひとのものが一番重要視される。真似したところに価値はないんだ。例えれば壬月と一般兵みたいなものかな。そこらの料理人にはなれても、最高の料理人と賞賛を集めることは絶対に出来ない。

 

が、仮にそれができてもここでは無理だ。理由は単純に値段の問題。昼一食に一発屋10回分、あるいは夜に20回分出せるかい?それで利益を上げるにはおそらく堺のように桁外れの金持ちが沢山いるところでないと不可能だろう」

 

「料理人も厳しいんですね……」

 

「その店でしか食べられない料理、があるから行く。あるいは値段が安いから。当たり前だけれど、どの世界も難しい」

 

「なるほど……。ところで、早坂殿は結菜様と同じくらい料理が上手ということなんですよね? 今度何か作って貰うことってできますか?」

 

木下秀吉としてはちょっと対抗心を出してみた、つもりだった。あっさりかわされるのだが。

 

「もちろん。材料をたまたま揃えられたから厨房をきれいにしたら作ってあげようとは思っていたんだ。“わらび餅”だよ」

 

「わらび餅? そんなのどこにでも売っていますよね? そんなに貴重なものでもないし……」

 

「残念ながら、あれは本物のわらび餅ではない。葛粉を使ったにせものだ。しかも吉野葛でもないそこらに生えてる美味しくないものだね」

 

本物のわらび餅は黒、あるいは琥珀色で深みのある色合いをしているものであり、章人は見る、あるいは香りだけで判別できるのだった。

 

「葛粉……?」

 

「そう。本物のわらび餅は“わらび粉”といって、山に生えている蕨の根からとるものをいうんだ。手に入れるのはものすごく大変で、葛粉の比じゃない。その中にも格がある。そして、これはその中でも最高級と言って差し支えないわらび粉だ。この間行商人が売っていてね。つい買ってしまった」

 

いつの間に戸棚の一角にそんなものがあったのか、木下秀吉はそう思った。章人が取り出したそれは木箱に入れられた粉だった。もちろん湿気が少ないところで、保存性は完璧である。

 

「これが……。早坂殿の世界でも貴重なものなのですか?」

 

「勿論。お菓子の世界で頂点に位置するとある店は、上質のわらび粉が手に入らなくなったからもう作っていない、と言ってしまうほどの品物だよ。現状、私が認めるわらび餅は京都にただ一つだけ。それも一発屋二食分ほどの値段だから推して知るべしだ」

 

和菓子界に燦然と輝く名店が二つ。現代では東京と京都に存在するが、この時代では京都にあり、既に御所、つまり天皇家に和菓子を献上していたと記録されているほどの店である。京都に行く機会があったら――信長は恐らく京都に存在する足利幕府と手を繋ぎたがっているのでかならず行く機会はあると思っていたが――かならず訪れたい店である。そのうち一店では実際にそうなっているのであった。徹底したこだわり、それが今日の名声をもたらしているのだと章人は考えていた。京都が世界に誇る旅館。創業300年を越え、日本はもとより世界中の要人を虜にしてきたそこでは、最初にわらび餅を振る舞うのだった。章人の常宿でもあった。宿泊せずとも近くのカフェで同じ物が食べられるため、章人は京都を訪れる度にどちらかには必ず顔を出していた。

 

「わらび餅がですか……。」

 

子供の頃から慣れ親しんだ味。木下秀吉にとってはそれがわらび餅であり、超高級品とはとても思えなかった。

 

「さて、それを今度作ってあげるかわりにある和歌の感想を聞かせて貰おうかな」

 

どうしても“木下秀吉”に聞かせたい和歌があった。

 

「和歌ですか!? 私、そんな教養はないですよ……」

 

「教養なんていらないからただ感じたままに聞かせてくれればいいよ。

 

“つゆとおち つゆときえにし わがみかな なにわのことも ゆめのまたゆめ”

 

どうだろう?」

 

「……。なんとなく辞世の句みたいですね……。激動の人生を送った人なんでしょうね……。でも、そんな人生も面白いかもしれません。一度きりの人生。山あり谷ありでもいい気がします……」

 

なぜか、それは全くわからなかったが、その和歌は木下秀吉の心にくるものがあった。もちろん、これは豊臣秀吉の辞世の句である。それを潰して良いのかとも思ったが、どうしても聞いてみたくなったのだ。

 

「和歌にずっと心をはせていたいのだが、残念ながらそうもいかない。どうしてもひよと話をしなければならないことがある。墨俣だ」

 

「墨俣……」

 

章人がその単語を口にすると、木下秀吉の表情は一気に曇った。聞きたくなかったとでも言うように。

 

といっても章人は、ひよの考えていることが手に取るようにわかっていたので何の心配もしていなかったが。

 

 

 

 

 

 

後書き

 

戦国恋姫プレイして、そういえば侍女とか使用人の類がいなかった(と思う)なあと思いましてそんな話を少し入れようかと思いました。恋姫は月ちゃん詠ちゃんがいますが戦国恋姫にはいなかった。

 

 

次回はようやく墨俣。恋姫とどちらが先になるかはわかりませんがお待ちください。

説明
第2章 章人(1)

恋姫の合間にこちらをupしてますが石投げないでください。恋姫と違って国としてはどちらも無双じゃないのもあってこちらはこちらで書き甲斐がありますので。
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コメント
未奈兎様>いつも感想ありがとうございます! そうですね。金策というか商売を成り立たせるには「需要があるけど供給がない(足りない)分野を見つける」しかありません。しかし真似をすることは誰でも考えるし、消費者の立場からすると真似して競争が生まれれば安くなります。それ自体は素晴らしいことですが、しかし問題も出ますので難しいものです。(山縣 理明)
需要と供給がなければどんな金策も成り立たないんですよね(´・ω・`)(未奈兎)
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