5話「我儘」
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名も無き村の南はただただ森が広がっていた。大橋まで距離はそう長くはないのだがこの森で時間を食ってしまう事をレイナは予測していたので早めに出発する事にしたのだ。

いつもの買い出しはガイとレイナの2人でこの森を越えて行くのだが今回はこの森はおろか、旅すら慣れていないジェリーダが一緒のせいか、彼が何度も休みたいと我儘を言って立ち止まったりするせいかいつも以上に時間がかかってしまっている。

「ですが王子、夜の森は日中以上に危険です。早く抜けなければもうじき日が沈んでしまいます」

「んな事言ったって、疲れたもんは疲れたんだからしょうがねぇだろ!」

レイナとジェリーダのやり取りを聞きながら深いため息をつくガイ。いい加減この世間知らずの箱入り王子の我儘に慣れたと思っていたがどうやらそうでもなかった事を思い知る。

「そうですよ。こうやって立ち止まってる事自体危険………」

言葉を紡いでいるうちにガイは魔物の気配に気付く。それは一見して魔物と判明できるものではなく、この森を知っているからこそ気付く事ができた、そんな種だった。

「うわあっ!!!」

緑の蔓がジェリーダの足に絡みつき、そのまま上へ引っ張り上げられた。

「王子!!!」

茂みだと思っていたものはそこから桃色の巨大な花びらを現した。いや、確かにその魔物の花びらなのだがそれはまるで刺のような無数の牙を持つ獣の口のような形をしている。そして4枚の花びらの中心には数本の蠢く雄しべがありその奥はこの魔物の口内となっている。

「食人花!!!」

レイナがその魔物の名前を叫ぶ。この魔物は森の茂みに隠れて通りがかった人間を蔓で捕まえて捕食する魔物「食人花」である。

「やめろーっ!!!放せーっ!!!」

食人花に足から吊るし上げられているジェリーダが恐怖のあまり流した涙をまき散らしながら暴れるが蔓はびくともしなかった。蔓はゆっくりと高度を下げ、ジェリーダを頭からその口に近づける。捕食しようとしているのだ。

「しょうがねぇなっ…!!」

ガイは剣を抜いて食人花へ駆け寄る。そんな彼を別の蔓が襲うもこの魔物の動きを知り尽くしているガイには脅威にもならなかった。自分に襲い来る蔓を全て切り捨て、地面を蹴って跳び上がりジェリーダの足に巻きついている蔓を切り落とした。

「ぎゃっ!!」

ジェリーダはそのまま地面に背中から落ちる。強い痛みは走るものの幸い下は雑草がクッションになっていたおかげで怪我をする事はなかった。

「ふぅ、気をつけて下さいよ王子…」

「気をつけるのはガイ、貴方よ!!!」

後方からレイナが叫ぶとまだ残っている蔓がガイの持つ剣に絡みつく。

「げげ!!」

蔓を殆ど斬られていても致命傷は与えていなかったためまだ動けるのだ。

「参ったわね…この距離じゃ……」

レイナは手が出せずにいた。確かにこの手の植物系の魔物は炎に弱い。しかしここで魔法を撃とうものならガイを巻き込んでしまう可能性は高い。

「このっ……!」

何とか絡みついている蔓を斬ろうと剣を振り回そうとするガイだが食人花の力も強く思うように動かせない。

「ったく…最終手段使わせるんじゃねーよっ!!!!」

と叫んだ瞬間、ガイの剣の刀身が光りだしそこから燃え上がるように炎が発生した。強固に巻きついていた蔓が燃え上がり後には塵と化す。

ガイは刀身が燃えたままの剣を右手に持ったまま左脇にジェリーダを抱え食人花から離れた。

「これなら思う存分撃てるわね……」

レイナが炎の魔法を撃つと食人花は全身燃え上がりその場には灰だけが残った。

「それ使うの久々じゃない?」

くすりと笑いながらガイの剣を見つめるレイナ。次の瞬間、剣から湛えていた炎がふっと消えた。

「まーな。旦那様に教わった技術が幸いしたぜ」

「何これ…」

ジェリーダがガイの剣を指差しながらまたも訝しげに見つめる。

「魔術剣とでも言っておこうか。俺は魔法をそのまま撃つ事はできねぇけどこうやって剣に宿して攻撃する事はできるんですよ。まぁこれも旦那様が編み出した技術だし俺に使える属性はレイナと違って炎、冷気、雷だけですけどね」

「それより王子、他にガイに言うべき事があるんじゃないでしょうか?」

レイナは厳しい表情でジェリーダに向き返った。言わなければならないのは助けて貰ったお礼、それはわかっているのだが

「…助けるの遅ぇよ」

つい毒づいてしまう。

「はぁ!?今のは俺の聞き違いですかねぇ!?」

「やめなさいガイ、大人気ないわよ。そして王子、貴方はお父様やお母様に人に助けて貰った時そう言えと教わったのですか?」

レイナの叱咤により黙り込む2人。この後誰も一言も発する事なく森を出た。更に南下し大橋に着いた時既に夜中だった。大橋の北広場には旅人向けに宿屋と回復薬を売っている店がある。この広場に旅の商人が露店を構えるのをよく見かけるのだが今は夜中、露店なるものは一切開かれていない。

3人は小さい宿屋で一泊し、翌朝出発する事にする。ずっと歩き通しで戦闘も何度かあったため3人の誰もが疲れがピークに達していたのだ。

宿は二部屋借りガイとジェリーダで一部屋、レイナで一部屋使う事に。

疲れのせいか3人共直ぐに寝入る事ができたが…。男子2人の部屋。その外の廊下からこつこつと小さい足跡が。そしてガチャリとドアが開けられ入って来るのは黒い影。その影はジェリーダの眠るベッドの前に立つときらりと光る短剣を逆手に持ち突きたてようと振り上げる……

「!!!!」

音に気づいたジェリーダがうっすら目を覚ますと黒い影と光る短剣が視界に入り突き刺そうとする短剣を間一髪の所で避けた。

「あ……あ……」

その拍子にジェリーダはベッドから転げ落ちる。その音で目を覚ましたガイが素早く壁に立てかけていた剣を抜いて影に斬りかかる。影もまた短剣でガイの振り下ろした剣を受け止めた。

「何なのこの騒ぎは…」

ランプを持ったレイナが部屋に入って来ると影しか見えなかった者の姿がはっきりわかる。黒いマントに身を包んだ目つきの鋭い男だった。目元に小じわのある小柄な男である。

「アンタ、ドゥルの刺客か?狙いはジェリーダ王子だな?」

鍔迫り合いを続けるガイと刺客の男。しかし男は後に飛んで避け、無防備なジェリーダを無視してガイに襲いかかった。しかし次第に部屋に人が集まると男はこのまま戦い続ければ自分が不利になると判断し窓まで駆け寄る。

「ルーヴルという町は我々ドゥルの支配下となった」

「!!!」

それが時間の問題とわかっていてもこの事実に3人は驚愕した。

「もうリーラは全て我々ドゥルの物だ。いい加減諦める事だな…」

男は3人に完全にダメージの残る発言と共に窓から飛び去って行った。

「くそっ……ルーヴルが……旦那様が…!!」

ガイは剣を手にしたまま集まる人々を押しのけて部屋を出ようとするがレイナがその腕を掴んで止める。

「どこへ行くつもり?」

「どこって…ルーヴルに戻るんだよ!!」

「…ダメよ。そんな事は許さない」

「何でだよ!!!」

怒鳴り散らすガイに対してレイナは冷静なままだった。いや、表面上だけなのだろう。わずかながらに表情に戸惑いの色が見える。

「お父様は私達に王子を守れと言ったのよ?このまま町に戻って王子を差し出すような真似でもするつもり?」

レイナの発言によりガイは我に返る。そうだ、コンラッドはこうなる事を覚悟の上で自分達に王子を託したのだ。ここで戻ろうものなら全てが水の泡となってしまう。

「そうだな。戻ったら三国同盟どころじゃなくなる…悪かった」

ガイ達は集まったギャラリーと宿屋の主人にお詫びの言葉をかけて人々も再度各々に部屋に戻って行った。その間ジェリーダは自分の置かれている立場を更に認識させられ恐怖に震える事しかできずにいた。

 

ガイ達を襲った刺客がリーラ城に居るクルティスに作戦の失敗を報告したのは翌朝の事だった。

「やはり数人つけるべきだったか。それで、私と同じ髪色の男がいた筈だ」

「はっ」

「その男の身体についている筈の『もの』は確認できたか?」

リーラ王モーリスが座っていた玉座には今、鎧を外し黒衣に身を包んだクルティスが足を組みながら座っている。そしてその傍らには参謀と思わしき黒ずくめの金髪の男の姿が。

「申し訳ありません…それが…」

それすら確認できなかった。男がそう言い切る前にクルティスには全て読めた。

「結局マルクに逃がしてしまったか…もう良い、下がれ」

膝まづく男がそっと立ち上がり深く頭を下げ、その場を去ろうとしたが

「クルティス様、任務に失敗した男に何の処分もなしとは随分甘いのではありませぬか?」

冷徹な笑みを見せ、去ろうとする部下の前まで歩み寄るのは参謀の金髪の男だった。

「く、クローチェ様…一体何を……」

怯える刺客の男。

「何の情報も得られぬままおめおめと帰って来るような弱卒はこのドゥルには必要ないのだよ…」

クローチェと呼ばれた参謀の男はその振り上げた右手からどす黒い煙のような球体を精製するとそれは次第に大きくなる。

「おい、やめろクローチェ!!」

クルティスが玉座から立ち上がりクローチェを止めようとしたが時既に遅く男は球体に飲まれ後には真っ黒に染まった骨だけが残った。

「使えんな…」

黒い骸骨を冷徹に見下すクローチェ。人の命など何とも思っていない、まるでゴミを見るような目つきだった。

「どういうつもりだクローチェ…!!」

クルティスがクローチェの肩を掴みこちらに振り向かせる。

「殺す必要がどこにあった!?我々は殺戮集団ではないんだぞ!?『殺す』のは必要な時だけだ!!!」

「今のは『必要な殺し』です。兵の数が減ってしまう事へのお叱りでしたらそれはお門違いというものでは?役立たずなどいても仕方ないではありませんか。それに兵力なら私にお任せ頂ければいい…この意味がお分かりですね?」

「まさかお前こいつ以外にも…!!!」

どす黒い笑みを見せるクローチェ。任務に失敗した兵が自分の知らない所でこの男に殺されている…クルティスはそう確信した。

「私は本国へ帰還する。クローチェ、お前も来い。それから例の娘を連れて行く」

「はっ」

2人が向かったのは謁見の間の奥、かつてリーラ王族が使用していたある部屋だった。

「入るぞ」

クルティスが軽くノックをすると中から返事をする少女の声。

「何の用ですの?」

扉を明けて2人が中に入るとそこにいたのはジェリーダの側近の少女ユーリスだった。

「クローチェ、娘に魔封じの手錠をかけろ」

この部屋にはクローチェの手により魔封じの結界が貼られていて入った者は魔法が一切使えなくなる。そして外側から鍵をかけユーリスを完全に幽閉していたがここから連れ出すのなら彼女が魔法を使えない状態にしてから出さなければならないためこの手錠が必要となった。

大人しく手錠をかけられるしかなかったユーリスはずっと親の仇を見るような目でクルティスを睨みつけていた。

 

ガイ達がマルクに着いたのは正午だった。城下町は都会でありながら所々に木々や緑があり自然に囲まれていた。

「いつ来てもまさに文字通りの『自然国』だねぇ」

この町を見慣れているガイも久々に気分を落ち着かせる。

「とりあえずお城へ向かいましょう。王子がその身分を明かせば王様はお会いになって下さる筈…」

レイナがそう言いながらジェリーダの方に目を向けようとしたが

「あれ!?いねぇ!!!」

そこにジェリーダの姿はなかった。先程城下町に入るまでは確かに一緒にいたのだが。周囲を見回すガイとレイナだったがやはり見当たらない。

「王子ーっ!!おう…もがっ!!」

咄嗟にレイナがガイの口を手で塞ぐ。

「安易に王子王子と連呼するのはまずいわよ。ここにドゥルの刺客がいないとも言い切れないでしょ?」

「んぐっ…むぐっ…」

ガイはそれもそうだな、と言おうとしているのだが口を塞がれ思うようにしゃべる事ができない。

「とにかく、二手に分かれて探してみましょう。話は王子を見つけてからだわ」

「おう」

ようやくレイナから解放されたガイはレイナと一旦別行動を取る事となった。

「うお〜いクソガキ〜!!!どこだ〜!!」

ガイは王子という言葉を使わずジェリーダの事を大声で呼びまわる。

 

ジェリーダは決して迷子になったわけではなかった。敢えてガイやレイナの傍を離れたのだった。そういえば1人になるのは久々な気がする…と、この平和な町を散策していた。やがて町の中央広場に出る。中心には噴水があり、その周辺で数人の子供が楽しそうに鬼ごっこをして遊んでいた。

他人が楽しそうにしているのを見るだけで以前の自分に当てはめては涙が溢れ出す。ジェリーダは近くのベンチに腰をかけ出て来る涙を必死に堪えようとしていた。

「お悩みですか?」

突如かかるのは優しげな男性の声。ジェリーダは涙のたまった目をごしごし拭き、声の主を見上げた。そこに立っていたのは砂漠を思わせるような服装の、それでいてたくさんの宝石のアクセサリーに身を包む若い男性だった。

「誰だよアンタ…」

男性を睨みつけるジェリーダ。何度もドゥルに殺されかけたため側に来る全ての人間を警戒している。

「この町で占い師をしているスピネルと申します。その服装…君は僧侶ですか?」

「あ、ああ…」

「よろしければ名前を教えていただけませんか?」

「ジェ…ジェイク…」

名前を聞かれジェリーダは咄嗟に一度使った事のある偽名を使った。やはり本名を明か事はできなかったためである。

「ジェイクくん、ですか。余計なお世話かもしれませんが君が今、どうすべきか占って差し上げましょうか?ああ、勿論話したくない事は仰らなくて結構ですよ」

「え…でも俺、金持ってねぇぞ?」

「お代は要りません。気休めのようなものですしね」

苦笑する占い師―スピネル。ジェリーダは考えた。本当の事情は話せないけど少しでも気が晴れるのなら…そして口を開く。

「うん、頼む。俺さ…わけは言えないけど家族を失ってどうしていいかわからねぇんだ…」

「わかりました。では私の店へいらして下さい。私の占いはタロットを使いますからそのテーブルが必要なんです」

スピネルは綺麗に優しく微笑み、ジェリーダを自分の店に招待した。

とはいっても店は大きめのテントでその中に紫のタロットクロスが敷かれた小さい木製のテーブルと椅子が2つあるだけだった。

「さぁ、どうぞ座って下さい?」

「ああ…」

ジェリーダが案内された客用の椅子に座るとスピネルは占い師用のもう一つの椅子に座りカードのシャッフルを始める。

「ところでジェイクくん、君はタロットの絵柄について詳しい方ですか?」

「意味とかはよくわかんねぇけど大アルカナなら知ってるぞ」

「では好きなカードはありますか?」

「そうだなぁ…『戦車』なんかかっこよくて好きだな」

「ふふふ、そうですか。私の所に来るお客様で君くらいの年頃の男の子は皆戦車が好きだと仰るんです。中には乗ってみたいという子もいるんですよ」

など、話が弾んでいき、ジェリーダはこのスピネルという占い師に対する警戒を次第に弱めていった。

 

ずっと走り回っている。ずっと連呼している。のにも関わらず一向に見つからない。

「はぁ…はぁ…あのガキ、自分からはぐれやがったんじゃ……」

近くの壁に手をつき項垂れながら息切れするガイ。体力に自信はある方だが流石にこれ以上走り回るのはしんどい。嗚呼、今頃レイナが見つけてるかもな。アイツ要領いいからな…。

「君、さっき町の入口で王子がどうとか言ってた子でしょ!」

ガイの背後から明るい女性の声がかかる。振り返るとそこに立っていたのは金髪のショートボブにパーマをかけた髪型で銀縁の眼鏡をかけた小柄な女性だった。

「何の話っすか?てかアンタ誰?」

何だか面倒そうな奴が出てきた…ガイは息を切らしながら心の中で呟いた。

「あたしはチェリカよ。この町で新聞記者をやってるの!で、ちょっと君に色々聞きたい事があって…」

やはり面倒そうな奴だ…ガイが心の中で再認識する。

「ね、ね、ね!その『王子』ってリーラのジェリーダ王子の事でしょ!この大陸で王子なんて彼くらいですものね〜♪」

「いんやぁ…何の話してんだか…すいません、俺急いでるんでこれで…」

「その王子って金髪ベリショで白い法衣に黒い半ズボンの男の子じゃない?」

新聞記者―チェリカの言葉にガイは露骨に反応してしまった。彼女の言うジェリーダの特徴があまりにも事細かすぎたのだ。

「そいつ、どこで見たんです!?」

そして物凄い勢いでチェリカの肩を掴んで揺さぶる。

「きゃー!落ち着きなさいよ!!見たのはついさっきだけど…中央広場でなんかエスニックな感じの占い師に声かけられてついて行ってたわねぇ。でもあの占い師、見ない顔なんだよなぁ…」

「頼む!!!!その占い師って奴の所まで連れてってくれ!!!!三国の存亡がかかってるんだ!!!!」

ガイはさらに強くチェリカを揺さぶる。

「きゃー!!!!だから落ち着けって言ってんでしょ!?こっちよ、ついて来て」

チェリカの案内によりその『占い師』の店についていく事となる。道中、ガイはチェリカに問い詰められ、時にはカマまでかけられ事情を全て自白するハメになった。

「なるほどねぇ、そんな事があったのか…そりゃあたしだって国がドゥルに取られるのは嫌だわ。わかった、王子の事はトップシークレットって事にしたげる」

「それは助かる。で、チェリカさんは記者なんだろ?ドゥルについてどこまで知ってるんだ?」

「そうねぇ、ドゥルの皇子クルティスは冷酷無比の黒騎士って言われてるところまでは知ってるわよね?中々信じられないと思うけど自国では優しい皇子らしいわよ?」

「へぇ…」

チェリカは暫く声を唸らせた後

「実はこれ、トップシークレットなんだけど…」

そっとガイに耳打ちし出した。

「ドゥルには行方不明の第二皇子がいるそうよ」

「は!?」

突拍子もない話で思わずガイは驚きの声を上げる。

「声がでかい!…まぁ未確認情報だから信憑性は低いけどね」

「根も葉もない噂ってヤツかい…」

そんな会話をしながら占い師の店があるとされている場所までたどり着いた筈だが…

「おい、ここか?店なんかねぇじゃん」

ガイが周囲を見回すもそれらしい店は一切見当たらない。

「おっかしいわねぇ…確かにここにテントがあったんだけどねぇ。店じまいかしら?」

チェリカもまた訝しげな表情で周囲を見回したがガイとは目的が違い、近くにいる中年男性に声をかけた。

「ねぇねぇあなた、ここにあった占い師のテント知らない?」

「占い師?あのテントの人、占い師だったのかい?何やらガラの悪そうな連中と一緒にいたけどねぇ」

「そいつ、どこに行ったんですか!?」

ガイが2人の間に割って入る。

「どこかはわからないけど西の方に向かって行ったかな。ここから西といえばマルク港くらいしかないけどね」

「港…!?まさか!!!!チェリカさん!!マルク港まで案内してくれ!!!嫌な予感しかしねぇ!!」

ガイが完全に血相を変えるとチェリカもまた同じような考えを持っていた。王子はきっと…。2人は港へと急ぐ。

「ん…?」

「どうしたチェリカさん?」

「…気のせいかしら」

誰かに尾行されているような気がする。しかし今はそれどころではないと気にしない事にした。

 

「う…ん……?」

これは一体どういう状況だろう。ジェリーダは今自分が置かれている状況を把握できずにいた。確かスピネルと名乗る占い師に気晴らしに今後の事を占ってもらおうとして雑談で盛り上がった。そして適当にアドバイスを受けてお茶を出された事も覚えている。お茶を飲んだら急に眠くなって………

「むぐ!!」

気づけば両手を後ろ手に縛られ足も拘束され、口には布を巻かれて大声を出せない状態にある。そして周囲は薄暗くここがどこなのかはまったくわからない。

「気がつきましたか?ジェイクくん…いえ、リーラのジェリーダ王子?」

コツコツとこちらに寄ってくる足音と聞き覚えのある声。その主が姿を現す。

「むっ……んぐぅ〜…!!」

スピネルと名乗った占い師だった。そしてその後に5人程の柄の悪そうな男が集まる。

「兄貴、本当にこいつが…?」

男の1人がスピネルに声をかける。

「ああ、間違いねぇ。ドゥルはコイツを欲しがってるからな。あの世界一の軍事大国だ、高く買ってくれるだろうよ」

今目の前にいる男は先程の優しい占い師とはまったくの別の人格だった。いや、あの優しい占い師は演じていただけだった。ジェリーダを信用させ騙して誘拐するための。

「まぁそういう事だよ。お前さんに直接恨みはねぇが俺達の富のためだ。まぁドゥルのクルティスって皇子は敵を嬲り殺す趣味はねぇと思うし、大人しくしてりゃ楽に死なせてくれるんじゃないか?」

「んっ…んっ…んうぅ〜!!」

ジェリーダはぼろぼろに涙をこぼしながら拘束されたまま出口を思わしきドアに向かって地を這う。

「無駄だっつてんだよこのガキ!!」

完全に優しい占い師の仮面を脱ぎ捨てたスピネルは逃げようとするジェリーダの頭を踏みつけた。

「うぅっ…!!」

後悔しかできなかった。1人で行動なんかするんじゃなかった、知らない奴について行くんじゃなかった。全て自分勝手な行動が招いた結果だった。

「泣くのは構わねぇが小便だけはちびるんじゃねぇぞ?」

「おっと、そこまでにしてもらうぜ」

突如、この部屋のドアが勢いよく開かれる。

「何だテメエは!!!」

その場にいた全員がドアの方に向き直った。

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