「ORANGE RONDO」 |
◆CONTENT◆
星の海と未来のキミと
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Flavor of xxx
紅茶のおいしい海賊船
恋と変の境界線
本気と浮気
正しい羊の数え方
初めての共同作業?
天上の至福
親孝行?
WANTED!
エスコート
星の海と未来のキミと
春島特有のやわらかい風が頬を通り過ぎた。グランドラインを進む麦わら一味の船サウザンド・サニー号は、食糧や物資を調達するため、航路上に浮かぶ島へ立ち寄る。
市場のある港から離れた入り江、そこにライオンマークの船が停泊していた。世間的には懸賞金のかけられた一味の海賊船だ。人目につかない場所へ錨を下ろす。
到着時はすでに夕暮れ、太陽は水平線の向こうへ沈もうとしていた。必要な情報を収集し、買い出しなどはまた明日。どのみちこの時刻だと市場は開いてない上、商店も営業を終える頃だ。明日の買い出し部隊の編成を決めると、今日は自由時間となった。
全員揃っての夕食が終わると、気の向くままに時を過ごす。海図を作成していたナミは、一区切りついたところでデッキに出た。街から隔てられた入り江は静かで、夜の景色にただ侵食されていく。澄んだ空気を吸い込んで大きく背伸びをすれば、天頂に小さな瞬きが映った。見渡せば漆黒のキャンバスに光がきらめいている。
「今日は星が綺麗ね」
感嘆の呟きをもらすと、不意に背後から声がかけられた。
「いや。この星空のきらびやかさも、ナミさんの美しさの前では薄れてしまう。だってナミさんは地上に舞い降りたステラ、おれにとって輝ける星」
当人からすれば本気で語っているのだけれど、受け取る側にとっては相変わらずの口説き文句。ナミは振り返りもせず、やれやれという表情で肩をすくめる。
「はいはい、わかってるって。今夜は見張り当番じゃなかった、サンジ君?」
「ちゃんと見張ってるよ、ナミさんを」
「わたしじゃなくて、船の周辺を見張るんでしょ!」
「今のところ異常なしだよ。それより――――」
サンジはナミの斜め後ろからグラスを差し出した。
「この美しい星空のお供に、カクテルなどいかがですか?」
「あら、気が利くわね。おいしそう」
オレンジ色のカクテル、それはナミの髪色と同じだった。作業明けでちょうどのども渇いていたため、グラスを受け取り口に運ぶ。
「ナミさんをイメージして作ってみました」
「…うん、柑橘系でさっぱりして飲みやすいわ。だけどちょっぴり刺激もあって」
「お気に召していただけて光栄です」
一滴残らず飲み干したグラスを、紳士らしい仕草で受け取った。
「もう一杯作ってくれる?」
「ナミさんのためなら喜んで」
上機嫌のサンジはクルクルと回転しながらキッチンへ。それを呆れ半分の眼差しで見送り、ナミは視線を夜空に戻した。
あの星たちの世界も銀河という名の海だ。自分たちが航海しているグランドラインより、世界の海よりもはるかに広い。その中で星たちは何千、何万光年離れた彼方から光を届けている。あそこに輝いて見えている星は現在、消滅してしまっているだろう。
漆黒の海を旅してきた光、それは終わりのない旅かもしれない。先の見えない航路、それでも前へ進みたくてただひたすらに進む。それは自分たちも同じだ。明日のことも分からない冒険の海。信じる道の先に叶えたい夢が、希う未来があるから。
(未来…か。未来のわたしって、どんなふうに生きてるんだろう?)
感慨に浸っていると、革靴の足音が戻ってきた。
「お待たせしました」
「ありがと」
慎ましく進呈されるグラスを片手に、ナミはふと思い立って訊ねる。
「ねえ。サンジ君はグランドラインを一周したら、そのあとはどうするの?」
「グランドラインを一周したら…?」
唐突な質問に、サンジは顎に手を当てて考え込んだ。
「グランドラインにオールブルーはある。この船がグランドラインを制覇するってことは、おれの夢は叶ってるはずだよな。だったらとりあえず東の海へ帰って、バラティエに顔でも出すか」
少年の頃から一人前の料理人になるまで、長い時間を過ごしたバラティエ。幼少期から旅客船に乗り航海していたサンジにとっては故郷といえる場所だ。
「あいつらの顔なんぞ拝みたくもないが、クソジジイには報告しておかないとさ。てめえが見つけられなかったオールブルーを、おれは見つけたんだって。そのあとは…そうだな。どこかに自分のレストランでも開くかな」
「バラティエか、懐かしいわね。料理がおいしかったし、また行きたいわ」
ナミがうっとりと、当時の記憶からおいしい料理の味を回想する。しかも、あの料理はサンジをたらし込んでタダにしてもらったのだから、余計に味わい深いものだった。
「もちろん、ナミさんも一緒に決まってる。一応クソジジイに紹介しないと。なんだかんだいってクソジジイはおれの育ての親、みたいなものだから」
「はあ? どうして一緒に行くのが決まってるわけ? そりゃあサンジ君がいてくれたら、料理がタダになって助かるけど」
ある意味、自分の世界――というか妄想――に陶酔しているサンジは、怪訝なナミの問いに浮かれた様子で答えた。
「だから、クソジジイにとっておれは息子みたいなものだから、『この世界一美しいナミさんが、おれの結婚相手です』って報告するのは当然」
「なに寝言を言ってるの?」
勝手に一人で盛り上がっているサンジ、冷ややかにため息をつくナミ。
「あ、心配しなくても、ナミさんの故郷にはちゃんとご挨拶をするから」
たしかにナミも、航海が終わったら一度村に帰るつもりだ。それまでに描いた地図を持って、ベルメールさんに会いにいかなくちゃ。しかし、それがナミの旅の終わりではない。世界中の地図を描くためには、行ったことのない海を航海しなくては。
「サンジ君。グランドラインを制覇しても、わたしの夢は終わりじゃないの。まだ知らない海がある限りは航海を続ける。だから、レストランを開く人の結婚相手にはなれないわ」
下手な期待を持たせないよう、ナミはきっぱり断言した。それでショックを受けると思いきや、サンジは平然としたまま。
「なんだ、そんなこと。ノープロブレム。おれの開くレストランは、バラティエのような海上レストランさ。だから世界中、どんな海だって行けない場所はない。ナミさんはその特等船室から海や島を見て、そして海図を描いて、毎日おれの作った料理を食べてくれたらそれで充分」
脳内で完璧にイメージされた未来予想図を語るサンジだったが、言い終わったあとでハッと我に返った。これではまるでプロポーズではないか。勢いで告げてしまうとは、なんて軽はずみなことをしたのだろう。
(プロポーズっていうのはもっとこうカッコよく、バラの花束を抱えて颯爽と…)
描いていた理想のシチュエーションが脳裏を過ぎる。
(なんてうっかり口走っちまったんだ、おれ)
心の中で葛藤するサンジは、ナミの様子を伺った。よく考えれば、こちらがそう感じても向こうはなんとも思ってないかもしれない。常日頃からサンジの愛のささやきも、全力の愛情表現も、ナミは華麗にスルーしてきた。日々の告白を受け流しているのだから、きっといつものことだと思われている。だが、ナミは無言のまま思案顔。まだ口をつけていないカクテルを眺めながら。
「だけど、あちこちの海をさまよっているようなレストランで客は来るの? 経営が成り立たないレストランなんて、すぐに潰れちゃうわよ」
「人間なんて生き物は生きてるだけで腹が減る。腹が減ったらメシを食いたくなる。メシを食わずには生きられないんだから、どんな場所でも需要はあるさ。それに、どんな場所にあっても食べたくなる料理だったら、客がレストランを追いかけてくる。それだけの腕は自負してるよ」
料理人としての信念、誇りを感じさせた言葉に、ナミは「ふうん」と呟いた。そしてオレンジ色のカクテルを一気に飲み干す。
「いつでもおいしい料理が食べられる、至れり尽くせりの航海か。悪くないわね」
空になったグラスをサンジに手渡し、告げた。
「考えとくわ」
「へっ?」
「あくまで、将来の選択肢のひとつとしてよ」
承諾ではないのだと念を押し、誤解しないようナミは釘を刺す。けれど、スルーも拒否もされなかったこと自体がイコール受諾なのだと、すっかり思い込んでしまったサンジの耳に、その言葉は届いていなかった。
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「お手入れ完了。しっかりおいしい実をつけてよね」
故郷から一緒に旅してきたみかんの木を、ナミは愛おしそうに頬ずりした。航海において、柑橘類は貴重なビタミン源だ。みかんがおいしくたくさん実るように、常に手入れは欠かさない。
サニー号の甲板にある畑での作業を終えたナミは、背筋を伸ばして空を見上げる。進行方向、そして全方位を見渡しても嵐の気配はなく気圧も一定。しばらくは問題ないだろうと判断し、陽射しが降り注ぐデッキから船室へ入った。キッチンではサンジが夕食の準備を始めている。
「サンジ君。なにか冷たい飲み物ある?」
青空の下でみかんの木を手入れしていたので、のどが渇いていた。体内の熱をクールダウンしようと潤いを求めるナミ。
「少々お待ちを」
サンジは野菜の皮をむいていた手を止め、バーテンダーのような仕草で応じる。自分の城であるキッチンをスマートに動き回り、アイスティーを差し出した。
「どうぞ、レディ。ペパーミントをアクセントにしたアイスティーです」
冷蔵庫で冷やされていたグラスが、ナミの手の内側から身体に冷気を浸透させていく。
「ありがとう」
グラスを手渡す瞬間、サンジは好機とばかりに五感をフル稼働させた。汗ばんだ肌に浮かぶ雫は清流の湧き水のように、健康的な女性の匂いが芳しい。それらをしっかり記憶すれば、今夜はいい夢が見られそうだ。
サンジの邪な胸中など知らないナミは、アイスティーを一気に飲み干した。水面が勢いよく下がり、ストローを動かすと残った氷が音を立てる。皮膚の表面から汗が引いていく感覚がした。ペパーミントの香りが相乗効果になる。
ナミが満足したのを見て取ると、サンジは作業に戻った。タバコを一本くわえると、慣れた所作で火をつける。その様子を眺めていたナミは、ふと思いついて訊ねた。
「そういえば、うちのクルーでタバコを吸ってるのってサンジ君だけよね」
「ああ、そういやそうだな」
じゃがいもをクルクル回して、長細い皮の帯を生み出しながら頷く。
「十代後半から三十代後半までいるのに、喫煙者はおれだけか。なんか肩身が狭いな。もしかしてサニー号を禁煙にする予定が?」
「そういうわけじゃないわ。嗜好品なんてものは個人の自由でしょ? わたしだって『お酒やめろ』って言われたら絶対嫌だし」
「ならよかった。やめろと言われて、簡単にやめられるものじゃないからさ」
微苦笑しながらサンジは安堵の息をもらした。すっかり自身に馴染んだ深い味わい。特に食後の一服は格別だ。十年以上も習慣となってしまっていることなので、容易に断つことは不可能。
「銘柄はいつも同じよね? 街に寄ったとき買ってるの?」
「そうだよ。食材の買い出しへ行ったときに。当初は決まったタバコなんてなかったけど、吸い続けてるうちに、いつの間にかこの味が口から離れなくなって今に至ってる」
「へえ、そういうものなんだ」
ナミが頬杖をついて、サンジを見据えた。
「じゃあ、喫煙歴は長いわけね。いつから吸ってるの?」
「いつからって…まあ、ひねくれたガキだったからな。ありがちな反抗心っていうのか」
「つまりは子どもの頃からってこと?」
「十歳の頃には一人前に吸ってたよ。悪いことに惹かれる時期ってあるだろ。大人の真似をすれば大人になれると思ってた。背伸びしたい年頃だったんだよ」
サンジは当時を思い返す。少年時代、バラティエに子どもは自分だけだった。まわりはみんな大人で、料理人としての腕や技術も未熟な時期。少しでも一人前に扱ってほしくて、大人として見てもらえる手段を考え、大人のやっていることをやろうとタバコに手を出した。
「クソジジイは絶対吸わなかったけどさ。舌が狂うからって」
「たしかに、ソムリエの人はタバコを吸わないって聞くわ」
「おれも料理の味つけをするときには吸わないよ。舌や嗅覚が鈍るから。味覚を壊すほど嗜好品にのめり込まないのが、料理人としての矜持だと思ってる。こういう下準備のときは、どうしても手持ち無沙汰なんで吸っちまうけど。なんでも度を越さなければいいんだよ。たしなむ程度なら」
己においての論理で語ったサンジだが、あることに気づいてハッとした。
「もしかして…ナミさん、タバコは嫌い?」
タバコを吸わない人間、特に女性はタバコを敬遠することも少なくない。仲間として長く航海してきたのに、今さらそんなことに思い至るとは。不安げな眼差しでタバコを手放そうとするサンジに、ナミは首を横に振った。
「嫌いじゃないわよ。そりゃあ自分では吸わないけどね」
「でも、タバコの匂いが受け付けないって女の人もいるだろう?」
「わたしは平気。ベルメールさんが吸ってたから、慣れてるわ」
ナミを育ててくれた養い親のベルメールはヘビースモーカー。タバコを吸ってない時間が五分とないほどの愛煙家だった。なので、幼い頃からタバコの匂いは生活の一部として身体に染み付いている。
「それに匂いっていうのは、往々にして好感度によって印象が違うっていうか…好きな人の匂いなら気にならないし、嫌悪感を持ったりしないと思うけど」
曖昧さを含んだ説明を聞くと、突如サンジの目がキラリと輝いた。
「それって、ナミさん。つまりはおれのことが好きってこと?」
「どうしてそんな結論になるのよ。ベルメールさんがそうだって話。サンジ君のタバコの匂いは嫌いじゃないけど、いきなり飛躍しすぎ!」
あらゆるナミの台詞を『イコール自分のことが好き』につなげるため、脳内ではどんな回路が作動しているのだろう。サンジの前では曲解も誤解もあったものじゃない。
「ナミさんったら、素直じゃないなあ。照れなくてもいいのに」
「ああ、もう、はいはい。相変わらずの常春思考ね」
「おかげで安心して、一生タバコ吸える」
「どうして?」
怪訝に問えば、願望が集約された未来の妄想がサンジの脳裏に浮かぶ。
「将来おれとナミさんが結婚したとき、問題になるかもしれないだろ。衣類やカーテンや匂いがつくからタバコやめてって話になったら、夫婦関係に大きな溝が――――ハッ! ナミさん、離婚だけは考え直して!」
「まだ結婚すらしてないわよ! 勝手に空想の世界を夢見ないでくれる?」
果てしなくリアルな想像を描くサンジに、ナミは唖然と突っ込みを入れた。
「やだな、ナミさん。真っ赤なバラの花束を贈ってプロポーズすると、『サンジ君、わたし嬉しい』って泣いて承諾してくれるんだろ? 結婚式は海賊らしく船上で、ライスシャワーを浴びるドレス姿も綺麗だし、新居の屋根の色も、寝室のカーテンの模様も、子どもの名前も決まって――――」
「寝言は寝て言え!」
サンジが耽って語る夢想に辟易したナミは、近くにあったフライパンで強打する。野菜も包丁もタバコも落とし、サンジは頭部を抱えた。無防備な状態での攻撃はひどく精神にこたえる。
「目は醒めた?」
「…はい、すいません」
仁王立ちで見下ろすナミ、平謝り一辺倒のサンジ。口に出したことはすべて、常にサンジの脳内でシュミレーションされていること、やがて現実に起こると信じていることだから、スラスラと出てくる。しかし、細部にまで渡る未来予想図には、さすがのナミも黙殺できなかったようだ。行き過ぎを反省したサンジは今後、妄想は極力口に出さないようにしようと思った。
「わたしはただ、サンジ君が吸ってるタバコが嫌いじゃないって言っただけ。種類にもよるけど、粘膜に張りつくような暑苦しい匂いは好きになれない。まあ、そのタバコはそうじゃないから気にならないけど」
「それならよかった。問題ないってことか」
勘違いしないようにナミが解説すると、サンジは懲りない笑みを浮かべる。ゆるゆるとダメージから立ち直り、野菜と包丁を拾い上げた。タバコだけは床に落ちなかったらしく、引っかかった脚の上で服を焦がしていく。
「問題ないってなにが?」
「キスするとき、タバコの匂いで嫌がられたら困るからさ」
「………どうしてキスする前提なのよ?」
問うのも面倒な口調で訊いた。答えは分かっているのになぜ訊ねてしまうのか。ナミは自身にも呆れながら、毎日飽きもせず愛の言葉をささやく相手を見つめた。
「そりゃあ、おれとナミさんの仲だからさ」
「どんな仲よ!」
「ヤニ臭くないように注意するから。男のエチケットは心得てるよ、おれは。だけどほんの少し、移り香でタバコの匂いが女性から薫るのもいいなあ。ナミさんをおれの匂いに染めたい――――なんちゃって」
浮かれ気分でサンジは飾ることのない本音をもらす。その愚直と思える純粋さとひたむきさは、ナミの心に細波を立てた。
「…バカ」
ナミは小声でささやく。気恥ずかしさを覆い隠し、認めたくない感情を閉じ込めるかのように。きっとそれは『仲間』としての範疇から外れることだろう、けれど――――。服と皮膚を焦がすタバコに慌てたサンジが、その表情を目にすることはなかった。
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コック×航海士。ほのぼの日常の恋愛風景。ゾロ×ロビン要素あり。 ダウンロード版同人誌のサンプル(単一作品・全文)です。 B6判 / 068P / ¥300 http://www.dlsite.com/girls/work/=/product_id/RJ166121.html |
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