天馬†行空 四十九話目 蛙は井の中より出ぬままに
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 江津港より上陸を果たした荀攸達は、すぐさま江陵の制圧に取り掛かっていた。

 

「くっ! またあの床子弩か!」

 

「拙いですね。踏蹶箭やあの拡散する矢束を一度見ている為か兵達が怖気づいてしまっている」

 

「篭城しようにも……これでは兵の士気がもちませぬな」

 

 城壁には張允と?越の姿があるが、思ってもみなかった敗走の衝撃から立ち直れておらず、今も眼下より打ち上げられてくる矢の雨を辛うじて防いでいる状況。

 尤も、篭城という体を取ってはいるが最早二人とも江陵を守備するのは叶わないと悟り始めていた。

 

「軍師殿、ここは一旦((麦城|ばくじょう))まで退き、襄陽の援軍を得て迎撃すべきかと思いますが」

 

(姉さんは董卓軍の動きをやけに気にしていた。確かに、荀攸軍の水戦は目を見張るものだったけれど、それだけじゃない気がする)

 

 迎撃と口では言っているものの、その顔からは既に諦観が窺える張允を見て、?越は遅まきながら姉の危惧を思い出す。

 

「確かに……蔡勲殿がいる夷陵へ敵の目を向けさせるわけにはいきませんからね」

(とは言え、麦城は堅城とは言い難い。援軍が遅れればそこも抜かれ、襄陽までの道を取られかねない)

 

 その蔡勲率いる軍が今まさに壊滅的な被害を被っている事実を知らぬ両名の将は、互いに頷き合った。

 

「では襄陽へ急使を出します。張允殿、あと三日……いや、二日程持ちこたえられますか?」

 

「……正直きついところではありますが、なんとかやってみましょう」

 

 未だ矢の応酬が止まらぬ中、張允は無理矢理に笑みを浮かべて包帯が巻かれた腕で弓を引く。

 

 

 ◆――

 

 

「ハク先輩! 董卓様から使いが来たッス!」

 

「おっ、来たね」

 

 陳応、鮑隆らが羅県港を制圧したという報せを受けた?昭達一行は、郭図が上陸して姿が見えなくなってから港の守備に残された劉表軍五百が待機する洞庭港を押さえ、陳応らが扮する偽の輜重隊を迎え入れていた。

 

「潘濬さんから迎え撃て、って聞かされた時にはあの大軍を相手にするのかと思ったッスけど」

 

「承明殿はそう無理な注文を出すような御仁ではないよ。――さて、いよいよ私達の出番といったところかな?」

 

「例のアレ、準備は出来てるッス! いつでもいけるッスよ!」

 

「よ〜っし、じゃあ行きますかっ!」

 

 郭図ら五万の軍勢に比べれば少数ながらも、士燮より借り受けた交趾の精兵五千を率いて?昭達は意気揚々と進発する。

 

「……でもあまり急がずに、だったね。陳応さん達が火を放ってからが本番だからそれまでは静かによろしく」

 

「解ってるよ、ハク君」「了解ッス」

 

 戦場に赴くにはあまりにも自然体な三人の様子はごく普通なものらしく、兵士達は特に気にすることなく彼女達の後に続いて行った。

 

 

 ◆――

 

 

「こっちはもう大丈夫そうだな」

 

「お姉様ー! 残敵の掃討終わったよー!」

 

「おっしゃ! 蒲公英もお疲れ」

 

 夷陵から南進しようとしていた蔡勲らの水軍を制した翠と蒲公英は、周辺の敵兵を片付けると一息吐く。

 上庸で呂公率いる?良の斥候を討ち果たしてから一週間と経たず、彼女達は江陵の西にまで到達していた。

 討たれた蔡勲は呂公が討たれた事は知らず、また、益州が既に董卓軍によって制圧されていることも知らない。

 逆に翠は事前に風から策を授けられており、それに従って上庸と夷陵に現れた劉表軍を強襲出来た。

 偏に豊富な戦の経験、新鮮な情報を入手することの大切さ、そして軍師の差が如実に表れた結果である。

 また、馬騰がいる武威を発し、韓遂が西涼の馬を商人を通じて漢中に配していたこともあり翠達の行軍速度はこれ以上に無く速くなっていた。

 加えて張世平と名乗る馬商人が上庸で馬を手配していたこともあってか、二度に渡って馬を取り替えられたことで翠らは更に進軍を続ける。

 景山をかすめるように南下し、一気に夷陵まで到達して敵の渡河を阻止したのだ。

 電光石火、縦横無尽――まさにそれらの形容がぴたりと当てはまる神速の用兵を持って、西涼が誇る錦馬超は劉表の秘策を切り崩したのである。

 

「うっし、次――と言いたいところだけど流石に皆も疲れているだろうし、ここで一旦休息を取るぞ!」

 

「皆お疲れー! しっかり休んで次に備えてねー!」

 

 応、と兵士達から声が上がった。

 

 

 ◆――

 

 

 ここで一つ。

 翠と蒲公英が後にした上庸には今、

 

「新城への威力偵察、終了したぞ輝森」

 

「お疲れ様です竜胆ちゃん」

 

「風さんの言った通り、向こうは馬超さん達が通過したのには気付かなかったみたいだね」

 

 輝森、竜胆、蓬命の三人娘が詰めていた。

 

「どうやら向こうは劉璋が既に敗れていたことすら知らなかったようだからな」

 

「ま、僕達がいきなり現れたらびっくりもするよね」

 

「劉表の諜報が進んでいなくて助かりました。これで、作戦が始まるまではいい具合に敵の目をこちらに引き付けられそうです」

 

 今後の予定を思い返しつつ、輝森は地平の彼方、襄陽のある東の空を仰ぐ。

 

 

 

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 ――空に引かれるは空の青よりなお深く蒼い線。

 

 ――岸壁を照らすは夕焼けよりなお紅く揺らめく炎。

 

 一瞬の内に起こったそれらは、黄祖を含め、その場にいる全員の理解の範疇を超えていた。

 眼前で起こった出来事を信じられず、眼を擦る者や、何度も瞬きする者。

 敵味方の別なく戦場が黙する、それほどまでにかの刹那は目を疑うものだった。

 

「――へ?」

 

 それはこの事態を引き起こした一翼の雪蓮ですら例外ではなく、南海覇王を振り切った体勢のまま呆然と呟く。

 

「なにを呆けとるんじゃ、この阿呆が」

 

「誰が阿呆よ! ――ってあれ? おばさま?」

 

 なんでここに? と口にした雪蓮に、朱儁は呆れたように溜め息を吐いた。

 

「やれやれ、自分が何を成したかすら解らぬか。文台は初めて”それ”を成した時には笑っておったぞ」

 

 返り血で頬を真っ赤に染めておったがな、と肩を竦める朱儁。

 母の名が出たというのに、雪蓮はそれでも眼前で起こった――いや、自分がやったことをまだ信じられずにいた。

 

「おばさま…………これ、わたしが?」

 

「じゃからそう言っておるだろうが。お前以外にだれがおる?」

 

 両断され、散らばるは千を超す矢の残骸。

 断ち切ったは一振りの鉄。

 母の形見でもある孫家の魂を手に、現棟梁はその実感がじわりと己が身に浸透していくのを感じていた。

 

(ふむ、やはり文台とは違ったか。あやつは儂と同じじゃったが)

 

 両手で刀を握りしめ、愛刀を確りと見据えている雪蓮を見つめながら朱公偉は亡き戦友の姿を思い起こす。

 

(こやつは違う。――家に捉われておっても、魂は捉われておらぬ故か)

 

 孫文台もまた朱儁と同じ紅蓮の炎、だが雪蓮は――。

 

「風を吹かせたな、虎の子よ」

 

「え?」

 

 本人には見えているのか判らないが朱儁には見える。

 南海覇王を取り巻く風が。

 空を断ち切った剣閃、氣を乗せた鋭い風の刃が。

 知らず、朱儁の口元が笑みを描く。

 ゆっくりと雪蓮に近づき、

 

「ほれ、シャキッとせんか!」

 

「ヴぇ!? げほ、えほっ…………行き成り何するのよおばさまっ!?」

 

 思い切り背中を叩いて活を入れた。

 

「往くぞ、雪蓮よ」

(ようやく一歩踏み出したか。……さて、ここからが正念場だぞ雪蓮よ。儂や文台に追いついてみせい)

 

 文句を言ってくる雪蓮を背中に、朱儁は両の手から炎を揺らめかせて黄祖がいる陣を見上げる。

 

「黄祖を討ち、文台の先へ往くためにの」

 

 後方の道が開いたことにより合流してきた味方を一瞥すると、

 

「わ、わかってるわよ! おばさまこそ、ゆっくりしてると置いて行くわよ!」

 

 朱儁が獰猛な笑みを浮かべて走り出すと、雪蓮は慌ててその後を追う。

 最後の陣を目掛け、蒼紅の武人が駆け出した。

 

 

 

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 麗羽の失策は多けれど、一番の失敗は白蓮と彼女の軍を過小評価していたことだと、後の歴史家は語る。

 まあ、それ以外にも華琳との戦端が開かれた時点で相手をみすみす渡河させてしまったことや、要害である壺関の守備を厚くしなかったことなどもあるが。

 そして今、?にまた一つ凶報が齎された。

 

「な、なあんですってぇ!!!!」

 

「そ、それは真か!?」

 

 平原の陥落――しかも、華琳の軍が城外に現れて火矢を二度上げた時点で城門を開いて全将兵が降ったのである。

 今まで白蓮に幾度か苦渋を飲まされつつも余裕を保っていた麗羽とその取り巻き達もこれには驚いたのか、全員が呆然自失といった有様だった。

 

「こ、これは不味いですぞ」

 

「然り、これでは軍が満足に動かせませぬ……」

 

 平原自体は?や南皮に比べればさほど豊かな土地ではない。

 だが、戦略上では重要な意味を持っていた。

 

「南皮と?を、別たれた――っ!!」

 

 一人の武官が憤怒の表情を浮かべ、拳を近くの柱に叩きつける。

 そう、平原は南皮と?の中間にあり、双方に物資や兵を輸送する拠点でもあり、二つの都市を繋ぐ役割があった。

 これで、麗羽達は?、南皮の双方で個別に白蓮、華琳、官軍を相手取らなくてはならなくなったのだ。

 

「ぬぬぅ……平原を占拠されたとあっては、南皮の防備は((淳于瓊|じゅんうけい))殿に一任するしかありませぬな」

 

「幸いにも淳于瓊殿は元校尉、こちらの命令書が届かぬ状況でも上手く敵に当たれるでしょう」

 

「然り、相手は騎馬が主力の公孫賛。篭城し、防備を固めればこちらが曹操を打ち払うまでは持ちこたえてくれるかと」

 

 文官、自称名士達は武官程に事態を悲観してはおらず、次々に打開策を口にした。

 

「確かに危難ではあります。しかし、名家にして天子の相が出ている袁紹殿にはこの程度の障害はさしたるものではありますまい!」

 

「左様、先ずは?で官軍を抑えている内に平原を奪った卑しい宦官の子を討ち果たしてしまいましょうぞ!」

 

「天に燦然と輝く栄光の道は袁紹様にあり! さあ、我等にその道を指示してくださりませ!」

 

 歯の浮くような美辞麗句を連ねて麗羽を鼓舞し、名士達は萎れかけた士気を盛り返さんとする。

 

(ここで負けては洛陽の二の舞だ! こいつを焚き付けてなんとしても現王朝を潰さねば我等の面子は保たれん!)

 

(王允の耄碌爺がしくじった所為でこのような田舎くんだりまで落ち延びる羽目になったのだ――この屈辱、あの愚帝と御遣いを誅せねば晴れぬわ!)

 

(袁紹は馬鹿だが兵と金だけは潤沢に有る。我等が上手く有効利用すれば復権も夢ではない!)

 

 尤も、その心中はかつて彼らが蔑んでいた濁流派と同様に薄汚い我欲に塗れたものだったが。

 

「みなさん、よくぞ言って下さいました! ――そう、名家たるこのわたくしがここで挫ければ、栄光ある漢の歴史をあの天の御遣いを名乗る馬の骨とそれに誑かされた子供に汚されるところでしたわ!」

 

 そんな彼等の欲に塗れて濁った目の光に気付くことなく、麗羽は玉座から立ち上がると大きく胸をそらす。

 

「兵を集めなさい! 先ずはあのくるくる娘を討ってから、順々に敵を倒していきますわよ!!」

 

『ははぁっ!!!』

 

 ((麗羽|傀儡))の檄に、名士等は拱手して我先にと玉座の間を出て行った。

 彼等を満足そうに見送った麗羽は、場に残っていた二人の武官(内一人は先程柱を殴り付けた少女)に声を掛ける。

 

「では((張?|ちょうこう))さん、((高覧|こうらん))さん。貴女達には兵を二万預けますわ。それで官軍の足止めをなさい。だ・ん・じ・て、猪々子さん達のような失態は許しませんわよ?」

 

「はっ」「……了解」

 

 司馬懿率いる一万の官軍など、平原の華琳に比べれば雑魚も同然。

 そう判断した麗羽は、頼れる名士達のような雰囲気の無い二人にそう命令し、自身もまた足早に部屋を出ていく。

 

「((儁乂|しゅんがい))……この戦」

 

「解っている、高覧」

 

 残された二人は一度目線を合わせ、言葉少なにその場を後にした。

 

 

 

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「歩兵隊前へ! 弓兵隊は後ろに続きなさい!」

 

「ここで劉表軍を迎え撃ちます! 御遣い様達の帰る場所、なにより私達の((街|いえ))を守る為に、皆さんの力を貸して下さい!!」

 

『ぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉっ!!!!!!!!』

 

 武陵の城門より東へ十里。

 簡素な陣を手早く築いた月率いる董卓軍の本隊は、詠の指示のもと整然と隊伍を組み、月の檄に心を奮わせる。

 その数は――

 

「く、くはははははっははははははははっ!!!!! これは笑止! 所詮は烏合の衆、辺境の田舎者、偽りの相国だった者!! 蔡瑁殿、あの卑小な様をご覧あれ!」

 

 腹の底から怪鳥のような笑い声を上げて董卓を罵る郭図は、蔡瑁のみならずその声を聞く者全てに嫌悪感を抱かせずにはいられなかった。

 

「マジでキモイわー……」

 

「同感ですな……これが敵なら即座に斬り捨てておるものを」

 

 そんな周囲の目すら気に掛けず――と言うか気付かない郭図を白い目で見ながら蔡瑁と蔡和は苦虫を何匹も噛み潰したような顔で吐き捨てる。

 

「……ん、でもまあ好機っちゃあ好機かなぁ?」

 

「思っていたよりも、いや思った以上に敵兵が少ないのが気にかかりはしますが……ね」

 

 未だ哄笑を続ける汚物を視界から除き、二人は疑念を抱きながらも敵の姿を確りと観察していた。

 こちらの数は五万、対して董卓軍は二万に届くかといったところ。

 しかも攻城戦ではなく野戦――蔡和ならずとも疑うほど攻める側にとっては条件が良すぎる。

 加えて今は呂布に張遼、華雄や徐晃といった猛将らが不在。

 その他の郡も今頃は郭図の策により賊徒が差し向けられており、多少の間は動きを封じられるだろう。

 

「まあ、あれで全軍ってわけでもないだろーね」

 

「城からの増援がある、ということですか」

 

「うん、郭図の策を考えればこっちで戦ってる時に城が賊に攻められるのは嫌でしょ。私が城主なら最低でも五千くらいは守備に残しとく――あ」

 

 ま、最低でもってだけであって、実際にはもう少し兵を残してきているだろうと蔡瑁は考え、

 

「そっか、ひょっとすると董卓は各郡に救援部隊を派遣したのかもねー」

 

「ははぁ……成る程」

 

「そう考えれば、あの兵の少なさにも納得がいくよ」

 

 その推測に行き着いた。

 

(であれば、なおのことだね。いけ好かない軍師だけど策は上手く行ってるみたいだし、ここは乗っからせて貰うとするか)

「んじゃ、攻めるよ。――軍師殿?」

 

「はははは…………おおっと、そうでしたな蔡瑁殿。あの愚物共には最早憐れみすら覚えますが……疾く消えて貰うとしましょうか」

 

「はいはい。全軍抜刀ならびに盾構え! ――突撃ぃー!!!」

 

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!』

 

 抜刀した蔡瑁が気だるそうな雰囲気から一転、鋭い声で檄を飛ばすと五万の兵は一斉に駆け出して行く。

 

 ――眼前にあると信じる、勝利へと向かって。

 

 

 

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「二の陣を退かせよ。これ以上は無益だ」

 

「しかし――っ!」

 

「作戦は既に破綻した。踏み止まろうにも、あんなものを見せつけられては意気も上がるまいよ」

 

 驚愕は一瞬。

 直ぐに冷静な将の顔に戻った黄祖は、眼下で噴き上がる紅と蒼の奔流に押し流される部下達を見て即断した。

 二番目の陣を抜ければ、曲がりくねった坂道はあれど本陣までほぼ一直線。

 であるが故に部下は撤退に難色を示した。

 

 ――自分たちはまだ戦えるのだと。

 かの孫堅と戦った折にも苦戦はあった。

 追い詰められ、幾多の命が散った。

 

 ――だが、最後にはかの猛虎に勝利したのだ。

 だからこそ、今ある”これ”もあの時と同じなのだと。

 訴えかけるような部下の必死の眼差しに、黄祖はゆるりと横に首を振る。

 

「本陣にて敵を迎え撃つ。――武器庫より全てを運び出せ」

 

「っ!」

 

「事ここに至っては出し惜しみなどせん。――皆の者!!」

 

 そのまま一歩前に踏み出し、老将は腹の底から声を張り上げた。

 

「またも虎狩りに付き合わせることとなった!! ――今回は飛び切り若い虎に年老いた虎までおるがの」

 

 朱儁に聞こえていれば炎の渦が飛んで来そうなセリフをニヤリと笑って口にする黄祖に、周りの兵たちからも笑いが起きる。

 

「前よりも獲物が増えておる上に、若いのは親を殺され逆上しておる。――ふ」

 

 巌のような顔に笑みを刻んだまま語る黄祖がそこで言葉を切り、一拍置く。

 

「儂の下に配属されたばかりにまたヌシ等には貧乏くじを引かせる。――が、すまぬ」

 

 静かに、だが懐古と親愛が滲む声に部隊が静まり返る中、黄祖が頭を下げた。

 

「――此度も、皆の命を預からせてくれ」

 

 その声は部隊全員の心に沁み込み。

 

 束の間、彼等の耳に今も響く戦場の喧騒すら忘れさせ――

 

「仕方ないですね!」「やってやりましょうぜ!」

「やれやれ、また大怪我するはめになりそうだぜ!」「久々の虎狩りですなぁ、将軍!」

「命がけなのはいつものことでしょうや!」「おっしゃあ! 撃って撃って撃ちまくってやらぁ!」

 

 ――誰もが、笑みを浮かべて死地へと赴いて往った。

 

 

 

 

 

 それから半日ほど経ち。

 夏口の砦は孫策朱儁連合軍の手に落ちる。

 黄祖並びにその部下達は皆、砦を枕に討ち死にした。

 

 ――何故か皆一様に、その死に顔には安からな笑みを浮かべていたという。

 

 

 

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「ぐ、この状況下でどう士気を保てと言うのだ――ッ!」

 

 南皮にて。

 曹操軍に平原を占拠されたことで?と分断されたこの地を守るべく城壁に立つ淳于瓊は眼下の戦況を見、絞り出すように呻き声を漏らす。

 南皮以北は完全に公孫賛に抑えられ、南は曹操に取られた。

 孤立したこの機を逃さんと来襲した公孫賛軍は君主自ら陣頭に立っている為、恐ろしく士気が高い。

 加えて、

 

「顔良殿と文醜殿が向こうに付いた――この、最悪の状況下で!」

 

 袁家の二枚看板、その両名が揃って敵に寝返った。

 加えて文醜が率いる軍も丸ごと向こうに付いている。

 田豫に補給基地を落とされ、麗羽があらかたの物資と兵を?へ持って行ってしまった為に南皮の兵は少ない。

 それでも三万は残ってはいるのだが、その殆どが新規に徴兵された者達で更には平原から連れて来られた者達もいる。

 どこからか「劉備の援護を受けて曹操が街を解放した」という報せが齎されてからは平原組がいつ脱走するか分からない為、やむなく兵舎と厩舎に無理矢理押し込めているがそれもそろそろ限界だ。

 まともに戦える者すら少ない上に、その戦う者達までもが顔良らの旗を見て戦意喪失寸前といった有様ではいくら淳于瓊と言えど、最早打つ手が見当たらなかった。

 唯一、来るかも判らない?からの援軍をアテに篭城するしかないと判断しての開戦となったのだが、

 

「おらおらおらー!! 死にたくなけりゃ、今すぐあたしたちに降参しろー!!」

 

「最早大勢は決しています! 無駄な抵抗は止めて城を開け放ちなさい!」

 

 公孫賛の前を固める顔良と文醜の勢いとその言葉に早くも戦線は崩壊しそうになっている。

 謀反人を討たんと出撃を求めた淳于瓊配下の武将は、既に首と胴だけとなって地に転がっていた。

 

(そも、公孫賛は何故ここまで強い!? 何故、袁紹殿はかような強敵を侮って掛かっていたのだ!?)

 

 城壁前を往復しながら弓を射掛けてくる騎馬隊に対してまともな対抗策を見出せぬまま、淳于瓊の焦りは募っていく。

 

(何故、昔からの臣に見限られるような振る舞いをしたのだ!)

 

 ついには城の外に出て背後を衝かんとしていた遊軍すらも顔良らの刃に倒れたのを見て、

 

「何故だ――ッ!? がっ!?」

 

「淳于瓊様っ!?」

 

 思わず絶叫した淳于瓊の胸を、鉄の鏃が貫く。

 この後、南皮は一刻と経たず公孫賛によって解放された。

 そして、ここでも袁紹の下から離れて公孫賛の軍へと入る者達が多かったという。

 

 

 

 

 

 ――落日が、近づいていた。

 

 

 

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「ははははははははは!! 守るだけしかできぬとは! やはり兵法の心得すら無い無能な田舎者よ!」

 

 月と蔡瑁の戦いは、蔡瑁が攻め、月が必死で守る(ように郭図には見えた)という構図になっていた。

 

「笑ってないで少しは敵の様子を細かく見てて下さいよ! ――ったく、固ったいなぁもう!」

 

「ぬ、く。守勢に徹されると――隙が無い!」

 

 だが実のところ、鋒矢の陣で一気に片を付けようとした蔡瑁の目論見は外れ、意外なほどに固い敵の守りに付け入る隙を見出せず攻めあぐねているというのが現状だ。

 それというのも――

 

「弓隊斉射! よし、すぐに次の用意を! ――重歩兵隊二の翼前へ! 押し返すわよ!」

 

 劉表軍の矢が届くか届かないかのギリギリの位置で、間断なく指示を出す詠の存在が大きかった。

 

(うっわ、厄介だなー。あの軍師の所為で殆ど攻められないし。ああもう、こっちの馬鹿軍師と替わってくんないかなー)

 

 指示どころか笑い声を上げながら敵を罵倒するしか出来ない馬鹿――もとい郭図を横目で睨みつつ蔡瑁は決して深入りしてこない敵歩兵に斬り付けるが、その刃は分厚い盾や鎧に防がれている。

 蔡和の部隊も今は離れて横合いから攻めているが、即応する敵の守りを突き崩せず、逆に重装歩兵に押し返されつつあった。

 呂布などの武官がいないという侮りがあったものの、数の差に任せて真っ正面から速攻を掛けたのは失敗だったかと蔡瑁は今更ながらに考える。

 

(突っ込んだ騎馬隊も勢いが完全に殺されちゃったし――つーか、突っ込んだ時に三割方は落馬して仕留められたし。ちくそー)

 

 流石に騎馬隊の運用には熟練している董卓軍に正面突破は無茶だったと後悔するも時すでに遅し。

 

「ふっふふふふふ。蔡瑁殿、もう遊びはよろしいでしょう。そろそろ本命をぶつけるとしましょうか」

 

「――もちっと早くその命令が欲しかったんですけど。……ハァ、今更愚痴ってもしゃあないかー」

 

「くくく。では、床子弩隊よ! いざ、華麗に進・軍!」

 

 蔡瑁の後方、今まで動きを見せなかった後衛が二つに割れて郭図の横を通り、台車に搭載された床子弩が十数台ほど姿を見せた。

 

「お待たせしましたな蔡瑁殿! では我ら袁家が誇る技術力の一端を御覧に入れましょうぞ! ――踏蹶箭、発」

 

 踏ん反り返って高笑いを続ける郭図が手を高く挙げ、振り下ろそうとしたその時、

 

「ぎゃああああああああああああああっ!!!???」「うわあああああああっ!!?」

 

 雷鳴のような音が轟き、その音に驚いて振り返った郭図が見たものは。

 

「――――――――は?」

 

 大岩に潰された十台の床子弩と、その周りで物言わぬ姿となった者、それを見て腰を抜かしている兵士の姿だった。

 青天の霹靂に、放心状態となった郭図と彼の配下の袁紹兵達。

 しかし、そんな暇すら与えぬとばかりに彼等の後方から鬨の声が上がる。

 

『ぅおおおおおおおおおおおおっしゃああああ!!!!!!』

 

「――命中ッス!!」

 

「よっしゃお見事コウちん! 後で北郷の寝込みを襲ってもいいよ!」

 

「な、なな何を言ってるんスかハク先輩ッ!!?」

 

「キミ達、漫才は後でね。――それより、陳応殿達の合図と同時に撃ってしまったけど良かったのかな? これは」

 

 ?昭ら、五千の援軍が油断していた背後より来襲した。

 

「うわあああああ火があああああっ!!!??」「ぐ、軍師様! 火、火が! 輜重が燃えて――っ!!」

 

「な、なんじゃとぉおおおおおおっ!!!???」

 

 それと殆ど同時、劉表軍最後方の輜重隊から火の手が上がる。

 

「あの子ら、早過ぎなんだけど……」

 

「見事に先手を取られたな、陳応」

 

 こちらは劉表軍に偽装していた陳応、鮑隆が率いる三千。

 呆れる陳応に、鮑隆が苦笑で応えていた。

 

「――ってやっば!? 囲まれる! 蔡和! 直ぐにそこから離脱して――!?」

 

「させると思いましたか?」

 

 戦場にぽっかりと空いた一瞬の間。

 一体いつの間に、と蔡瑁が驚愕した時にはもう黒衣の将――潘濬――が率いる軽騎兵隊が蔡和の側面、つまり南の方角より肉薄していた。

 その先頭を走るは、腰まで届く癖だらけの碧の髪を風に靡かせ、鈍い赤色の瞳を持った褐色の肌の少女。

 両の((腕|かいな))に走る、雷のような入れ墨。

 その両手に携えるは鉄の棘を無数に埋め込んだ長柄の棍棒。

 

「ハァアアアアああアアアアアアアアっ!!!!」

 

「ぐ!? ――ぅ、ぐああああああぁぁっ!!??」

 

「っ!? ――蔡和ぁッ!!」

 

 電光の如き勢いで蔡和に迫った少女が振り下ろす棍棒を、蔡和は手にした戟で一瞬だけ受け止め――押し切られ、肩口から縦に抉られた。

 ぐらりと傾ぎ、落馬する蔡和を見て絶叫する蔡瑁。

 

「敵将っ! この沙摩柯ガ討ち取っタ!!」

 

 蔡和の体が地に落ちたのを見届け、武陵蛮の王が名乗りを上げる。

 

「沙摩柯殿、お見事。残敵の掃討に入ります。――掛かれ!」

 

『応っ!!!』

 

「ひっ!?」「く、来るなァッ!!」「に、逃げろっ! 逃げるんだっ!!」

 

 間髪入れず、潘濬が檄を飛ばすと騎兵は素早く包囲を始め、蔡和の兵達は悲鳴を上げて逃げ惑い始めた。

 

「――――ち、っくそ!! 全軍退却っ!!」

 

「さ、蔡瑁様、退却と申されても!?」

 

「北はまだ包囲が完成してない! そっから逃げるよ!」

 

「ぐ、軍師殿が立ち尽くして居られますが……?」

 

「ほっとけ!!」

 

 蔡和の死に我を失ってはいけないと、蔡瑁は一軍を率いる将としての冷静さを無理矢理に呼び戻して断を下す。

 一刻すら経たぬ内に起きた逆転劇を信じられぬまま、驚愕の表情で凍り付く郭図を最早見もせずに蔡瑁は馬を走らせる――が。

 

「甘いわ」

 

「――なっ!?」

 

 前方――地中より突如出現した(実際には予め掘っておいた穴に身を潜めていただけだが)董卓軍に驚いて動きを止めた。

 

「ホント、始めから終わりまで思った通りに動いてくれたわ。――いっそ、滑稽に思えるくらいにね」

 

 後方から追ってきた董卓軍本隊より、詠は立ち尽くす蔡瑁の後ろから酷く無感動に声を掛ける。

 

「で、貴女はどうするの? 蔡瑁」

 

「…………降るよ」

 

 続く詠の最後通告に、蔡瑁は天を仰いで一言だけ呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひっ!? く、くくく来るな来るな来るなああああああああ――――ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!???」

 

 

 

 

 

 ――最後まで、自身が道化であったことを知らぬまま逝った((郭図|おろかもの))の断末魔を背後に聞きながら。

 

 

 

-8ページ-

 

 

 あとがき

 

 お待たせしました、天馬†行空四十九話です。

 前回の宣言を違え、今回では劉表と麗羽のどちらかとの戦を終えられませんでした。

 申し訳ありません。ですが最後まで郭図――じゃなかった、書くと文章量がちと多くなりそうだったのでこんな感じになりました。

 次には決着といきそうです。

 

 

 では、次回天馬†行空五十話でお会いしましょう。

 それでは、また。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 超絶小話:闇に葬られた紙片、一枚目

 

 

 え? お酒ですか? はあ、まあそれなりには飲みますけど……。

 え? どんな感じ、ですか?

 いや、それは皆それぞれ違いますよ? は? え、でも皆の……許可は取ってあるんですかそうですか。

 あ、記事にはしないんですか? ……なら良い、のかなあ?

 

 

 星ですか? 星とは割と静かに飲みますよ。城門に上って月とか眺めながら。

 ああ見えてリミット――じゃなかった、どれだけ飲めば酔っぱらうかどうかをお互い判ってるから、楽しく話しながら飲めるんですよね。

 …………まあ、つまみの八割がメンマですけど。

 

 

 風と稟? ん〜……お酒を飲むよりはお茶を飲んだりすることの方が多いんで。

 それにお酒の場合でも直ぐに終わりますから、後に引くような飲み方はしないですね。

 …………まあ、その、告白した後からは油断してると風が(自主規制)を触ってきたりしますけど。

 あと、稟は前に二人で飲んでた時に眼鏡を外した時があって…………で、珍しく素顔が見れたな〜、って思って見てたら行き成り鼻血吹かれましたけど。

 

 

 月と詠ですか? 益州戦前の宴以外では飲んだことないですけど……え、それでもいい?

 はあ、なんかお酌したら二人ともすぐに赤くなっちゃって。どうもそんなに強くはない――え? 違う?

 でも、月は首まで真っ赤になってましたし、目とかやけにぽやんとしてましたよ? ――ええ? なにが鈍いんですか?

 いやだって、詠も同じ感じでしたし、慌てて介抱しようとしたら呂律が回ってない喋りで拒否されて――は? いやいや韓玄さん!? 押し倒したりなんかしたら拙いですって!

 いやそれは確かに二人とも可愛いですけど………………でも、そういうのは出来れば本当に好きな人が出来た時にやるのであって――って何するんですか韓玄さんなんで圧し掛かってくるんですかうわああああああぁぁぁ!!???

 

 

 

 

 

「ふむ、偶には一刀の好きな物でも用意してやるか――――さて風よ。お前は一刀に一体何をしているのだ」

 

「ナニですがー?」

 

「ぶふぉっ!!??」

 

「……へぅ」

(も、もっと積極的にならないと駄目なのかな……)

 

「……う、ううううう〜!! か、一刀の馬鹿ぁぁあー!!」

(ボクの馬鹿! あ、あそこでもっと積極的に攻めてれば――――って、出来れば苦労しないわよー!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キイイイイイイエエエエエエエアアアアアアアアアッッ!!!!!!!! 世の為恋する女子の為朴念仁を糾す編集長! この膨らみを受けて改心するがいい御遣い様もとい鈍感魔王めが! というか本気で気付いてないとか瓶底少女や建築少女らに申し訳ないとか思わんのかー!!!!!!!!!!!」

 

「いや誰ですか瓶底少女や建築少女ってわぁぁああああああ!!?? 何で服を脱がそうとするんですか!? ちょ、ちょっとそれは不味いってわああああああああぁっ!!!??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

説明
 真・恋姫†無双の二次創作小説で、処女作です。
 のんびりなペースで投稿しています。

 一話目からこちら、閲覧頂き有り難う御座います。 
 皆様から頂ける支援、コメントが作品の力となっております。

 ※注意
 主人公は一刀ですが、オリキャラが多めに出ます。
 また、ストーリー展開も独自のものとなっております。
 苦手な方は読むのを控えられることを強くオススメします。
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コメント
>陸奥守さん 可能な限り早めにいけたらと思ってます。出来れば年内にもう一回投稿できたらなぁ……(赤糸)
お疲れ様です。年内もう一回くらい更新あるかもと思ってたけどまさかこんなに早くとは・・・。はっ、まさか!めがっさ期待してます。(陸奥守)
>PONさん 大丈夫、一刀がどれだけフラグを立てていたのか自覚させる為の編集長ですw そして墓穴を自ら掘っていた道化、味方にすら嫌がられるあたりが本当に酷いが割と自業自得。 (赤糸)
鈍感無自覚ハーレム主人公は本当に爆発四散するといいよ。ほんっとイライラするんだよね(#^ω^)ビキビキ 道化の死に様は酷かったですねw(PON)
>いたさん ご指摘、ありがたく。しかしながら「棟梁」は「統領」、「頭領」と同じ意味で、常用外の単語ではありますが、武家をイメージさせる&私個人の好みで「棟梁」の方を使っております。(赤糸)
更新お疲れ様です! 早速ですが……誤字報告を。 現『棟梁』→現『頭領』だと思います。 (いた)
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真・恋姫†無双 北郷一刀   オリキャラ 天馬行空 

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