真・恋姫†無双〜江東の花嫁達〜(壱八)
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(壱八)

 

 霞はここで雪蓮が出産するということでその報告を兼ねて、特使としての仕事を果たすために呉に出発した。

 

「ほな、すぐに戻ってくるから」

 

 霞は晴々とした表情で一刀達の見送りを受けて行った。

 

 残された五人は屋敷にとどまることになり、ゆっくりと雪蓮の出産の日がくるのを待つことにした。

 

 風と葵は毎日のようにどんな子供が産まれるのだろうかと雪蓮と盛り上がっていた。

 

 琥珀は江陵にいる紫苑からの知らせが来るのを待っていた。

 

 そして一刀は一人、庭に出て空を見上げていた。

 

(俺が父親か……)

 

 元の世界にいたときには考えもしなかったこと。

 

 だが時間が過ぎていくに連れて、雪連のお腹は大きくなっているのを見ていると遠いことだったものが間近に感じられた。

 

 もう二度と戻ることのないであろう元の世界。

 

 もし、自分が父親になったと報告できれば家族はどんな反応を見せるのだろうかと思うと苦笑する。

 

「俺はこの世界で雪蓮達と生きていこう」

 

 未練がないわけではないが、この世界が一刀を受け入れてくれる限り精一杯生きていこうと思った。

 

「御主人様」

 

 そこへ松葉杖をつきながら琥珀がやってきた。

 

「どうかしたのか、琥珀?」

 

「いえ、一刀様がなかなか戻ってこられないので様子を見に来たのです」

 

 一刀は琥珀が躓かないようにと彼女の元に行き、優しく頭を撫でた。

 

「ありがとう、琥珀」

 

「はい」

 

 彼女の笑顔には何一つ曇りがなく、目が見えなくても嘆くことをしなかった。

 

 彼女曰く、

 

「失ったものを嘆いても戻ってはきません。それよりもそれを糧に強く生きたいです」

 

 母を失った悲しみから必死になって立ち直ろうとしている琥珀に一刀は優しく見守っていた。

 

「御主人様」

 

「なに?」

 

「御主人様は雪蓮様のことが大好きですよね?」

 

「うん。大好きだよ」

 

 照れくさそうに答える一刀に琥珀は微笑む。

 

「母様が言っていました。男と女は愛し愛されるもの。そしてそこに産まれる子供もまた愛し愛されるって」

 

 琥珀は今でも母親や父親のことを愛しているのだろうと感じた一刀は、自分達もそうなりたいと思った。

 

「だから雪蓮様と産まれてくる二人の御子様を愛してあげてください」

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「もちろんだよ」

 

 一刀は自分よりも過酷な運命を辿った黒髪の少女に感謝した。

 

 琥珀も自分ことのように喜ぶ。

 

「琥珀」

 

「はい?」

 

「琥珀のお父さんはどんな人だったのか、よかったら教えてもらえるかな?」

 

「父様ですか?」

 

 琥珀は過去に失った父親を思い出すかのように考え込む。

 

「すいません、私が産まれた時にはもう……」

 

「そっか……。ごめんな」

 

 嫌なことを思い出させるようなことを聞いたと一刀は自分が情けなく思えた。

 

 琥珀はそれを察したのか顔を横に振った。

 

「大丈夫です。私には御主人様がいますから」

 

 蜀の王ではなく自分を慕う琥珀に、一刀はやはり確認しておきたいことがあった。

 

「琥珀は本当に蜀に戻らないのか?」

 

「はい」

 

 何の躊躇もなく答える琥珀。

 

「桃香様はとても優しい方です。私も大好きです。でも三年の間、私は桃香様達に何も連絡もしませんでしたから」

 

 だから今更戻っても自分の居場所は蜀にはない。

 

 最後まで言葉にできなかった琥珀に一刀はその気持ちがわかった。

 

「華琳が文を出しているから、事情はわかっているはずだよ」

 

「それでも怖いです」

 

 今頃になって戻ったとしても平和な世の中になった上に、自分より遥かに優秀な朱里や雛里がいれば何も問題がないと琥珀は思っている。

 

「本当は戻りたいんだろう?」

 

「…………」

 

 雪蓮の話を聞いて琥珀はその思いが出かけた。

 

 だが、一度知ってしまった温もりを手放してまで蜀に戻れるかといえば無理だった。

 

「俺は一度でもいいから行ったほうがいいと思う」

 

 本当はそうさせるべきではないのではないかと悩む一刀だが、このままでは本当の意味で琥珀は蜀を捨てたことになる。

 

 琥珀自身、母を失った一時的にでもいくらどうでもよくなったと言っても、彼女を必要としてくれている人が蜀にいるのであれば行くべきだと。

 

「ご主人様は私がいては迷惑ですか?」

 

 親身になって自分のことを心配してくれる反面、実は自分が邪魔なのかと頭の中を過ぎった琥珀は不安になった。

 

「ご主人様に捨てられるのであればもう私には生きていく理由がありません」

 

「ち、ちょっとまて。誰も捨てるなんて言ってないぞ」

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 いきなり変なことを言い出す琥珀に慌てる一刀は自分の言い方がまずかったのかと思い、きちんとわかりやすく言い直した。

 

「俺は誰も戻ってくるななんて言ってないぞ。ただ、桃香達に会っておいでって言ったんだ」

 

「会う……ですか?」

 

「うん。それで納得してくれたら戻っておいで」

 

 一刀は琥珀を突き放すつもりはない。

 

 ただ、主君であった桃香にはきちんと自分の口から話して欲しいと思っていただけだった。

 

「君は僕の奥さんだろう?」

 

 こんなことを雪蓮が聞けば間違いなく黒い笑顔を浮かべそうだが、幸いにも周りには誰もいなかった。

 

「ごしゅん……さま」

 

 自分のことを妻と認めてくれている一刀に琥珀は松葉杖を手放し彼に力いっぱい抱きついた。

 

 我慢していたものを一気に吐き出すかのように泣きじゃくる琥珀を優しく撫でる一刀。

 

「桃香はきっと今でも心配しているよ。あの子は本当に優しい女の子だから」

 

「はい……」

 

 ようやく素直になれた琥珀に一刀は安心した。

 

「御主人様」

 

「なんだい?」

 

「私も御主人様の子供が欲しいです」

 

「いいよ」

 

 断るつもりもなかった一刀は彼女の望みを聞き入れた。

 

 子供は多いほうが賑やかで楽しいだろうと気楽に思っていた一刀に琥珀は嬉しそうに微笑む。

 

「順番はいつでもいいです。呉の皆さんもいるみたいですから、最後でもいいです」

 

 一周するだけでも一月かかりそうな気がするが、一刀はそれも了承した。

 

 琥珀は涙を拭き取り、一刀に改めて礼をとった。

 

「琥珀はこれからもずっと御主人様を愛しています」

 

 愛の告白をする琥珀に一刀も頷いた。

 

「俺も琥珀を愛するよ」

 

 そう言って誰もいないことを再度確認してから、琥珀の両肩を優しく掴み、そしてゆっくりと顔を近づけていく。

 

 琥珀もそれに気づいたのか瞼を閉じて一刀の唇の感触を感じていった。

 

 ゆっくりと長い時間をかけて触れ合った唇を離すと、琥珀は頬を紅く染めていた。

 

「御主人様は私の光りです」

 

「そう?」

 

「はい」

 

 目が見えなくても自分を包み込んでくれる温かな光りが琥珀をようやく前に進ますことが出来た。

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 琥珀と手をつないで部屋に戻ってきた一刀だが、三人はまだ話に夢中だった。

 

(しかし不思議な光景だよな)

 

 少し前まで敵同士だった者が仲良く話をしている。

 

「三人とも何を話しているんだ?」

 

 椅子に座ってお茶を飲もうと瓶に手を伸ばし杯に注いでいく。

 

 そして喉の渇きを潤そうと飲んでいくと、

 

「一刀の種馬の力についてよ」

 

「ぶっ」

 

 思わずお茶を噴出してしまった一刀。

 

「ゲホッゲホッ……何を話しているんだよ!」

 

「あら、一刀ったら今更そんなこといってもダメよ♪」

 

 そのおかげでこうして子を宿すことが出来たのだからと言わんばかりにお腹をさすっている雪蓮の表情はひどくおかしそうに笑っていた。

 

「お兄さんの武勇伝を聞かせてもらいましたが、風の想像以上なのには驚きを隠せないですね」

 

「わ、私も、そ、そんな凄いことされるのでしょうか」

 

 何を吹き込んだか一刀には風と葵の様子を見る限りでは大よその見当はついた。

 

「御主人様になら何をされてもいいですよ」

 

 この場にさらに爆弾を投げ込む琥珀。

 

「琥珀、貴女って大胆ね♪」

 

「御主人様の為ですから♪」

 

 先ほどキスをしただけに上機嫌な琥珀。

 

 一刀は干物のにされそうな気分だった。

 

「さ、さて、ちょっと出かけてくるよ」

 

「あら、どこにいくの?」

 

「何か美味そうな物を買ってくる」

 

 口実を作って逃げなければ恥ずかしい話を聞かされると思った一刀は立ち上がり部屋を出て行こうとする。

 

「一刀さん、私も行きます」

 

 葵が寝台から立ち上がり駆け寄っていく。

 

「雪蓮様、何かお土産を買ってきますから待っていてください」

 

「ええ、楽しみに待っているわ♪一刀、葵と二人だからって変なことしたらダメよ♪」

 

「はいはい」

 

 そんなことをする気もない一刀は葵と一緒に部屋を出て行った。

 

「風、琥珀、あの二人はどう思う?」

 

「御主人様は優しいですからそれとなくいくと思いますよ」

 

「のんの〜ん。風が思うに葵ちゃんが意外と積極的かもしれないのです」

 

「葵がねぇ〜……」

 

 三人は一刀と葵を肴にしてその後も会話に花を咲かせた。

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 宛城の街は洛陽に比べて小さかったがそれなりの活気はあった。

 

「最近、雪蓮様はたくさん食べますから美味しい物を買いましょう」

 

「そうだな」

 

 元気よく店を見て回る葵の姿に一刀は微笑む。

 

 舞香のことを忘れることはなくても笑顔になれる方法はいくらでもあるが、今の葵は自然と笑顔がこぼれていた。

 

「一刀さん、これなんか美味しそうですよ」

 

 屋台で見つけた饅頭に誘われた葵に一刀は二個注文した。

 

 お金を払い出来立ての饅頭を二つ受け取り、その一つを葵に渡した。

 

「美味しいです」

 

「だな」

 

 あっという間に食べ終わった葵にもう一つ買おうかと一刀が言うと、彼女はよほど美味しかったのか頷いた。

 

「葵ちゃん」

 

「はい?」

 

「今は寂しくないかい?」

 

 一刀の言葉に饅頭を食べるのを止めた葵は、一瞬、舞香を思い出したのか寂しそうな表情をする。

 

「寂しくないといえば嘘です。でも、一刀さんや雪蓮様、風お姉ちゃんに琥珀さんがいてくれるから」

 

 それでもどこかで舞香を思い出さずにはいられなかった。

 

 ここに舞香がいればもっと楽しい気持ちになれただろうと思うが、それは儚い願望だということは誰よりも葵が理解していた。

 

「それに一刀さんが寂しいと思ったらその…………、あの時のように抱きしめてくれますから」

 

 ただ抱かれているだけで安心して眠れるようになった葵。

 

 あの日以来、寂しさは完全に消えることはなかったが、ほとんどその姿を見せることはなくなった。

 

「一刀さん」

 

「うん?」

 

「私もずっと傍にいていいですか?」

 

 帰る場所のない藍色の少女は唯一つの拠り所である一刀を見上げる。

 

「葵ちゃんがそれを望むなら俺は受け止めるさ。もう二度と悲しい目になんかあわせないよ」

 

 それが舞香から託された想い。

 

 葵は涙が溢れそうになったが指で拭き取り、代わりにあの無垢な微笑みを見せた。

 

「一刀さんのその……子供ができたら名前を付けてくれますか?」

 

「もちろんだよ」

 

 即答する一刀。

 

「ありがとうございます、一刀さん」

 

 葵は嬉しく、饅頭をさらに二個注文してそれらも食べた。

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 適当に美味しそうなものを見繕い、二人で両手いっぱいに持って帰った。

 

 賑やかに話をしながら食べている中で、雪蓮はあることを一刀に言った。

 

「この前言っていた天の料理が食べたいわね」

 

「天の料理か?」

 

 華琳達と過ごした洛陽での最後の夜に一刀はハンバーグのことを話していたことを雪蓮は覚えていた。

 

「似たような材料があれば作れると思うよ」

 

「ならせっかくだから作って♪」

 

 ある程度のことならば霞が融通を利かしてくれているため自由なことが出来た。

 

 宛城で出産すると決まってからやることも少なくなってきたため、新しい刺激が欲しかった一刀達だったので雪蓮の提案は全員が賛成した。

 

「材料を買ってこないといけないんだけど、お金があまりないから買えるかな……」

 

 一刀としては残り少ない路銀が気になっていた。

 

「それなら風がどうにかするのですよ」

 

「風が?」

 

 いくら元魏の軍師だったとはいえ、今はただの一般人になっている風にどんなことができるのだろうかと一刀は思った。

 

「とりあえず次は風とお兄さんでお出かけしましょう」

 

「お、おお」

 

 そう言って風は饅頭を美味しそうに頬張っていく。

 

「そういえば一刀、天の料理ってどんなものがあるの?」

 

「ハンバーグやコロッケ、焼肉にトンカツ、それにカレーとかかな」

 

「へぇ〜、いろんなものがあるのね」

 

「天の国ではそれらが普通にあるのですか?」

 

「そうだよ」

 

 後の四つもどんなものなのか説明していくと雪蓮だけではなく他の三人も興味を示し、ぜひ食べてみたいと言い始めた。

 

「完璧なものは出来ないと思うけど作ってみるよ。風、本当にお金は大丈夫なのか?」

 

「のんの〜ん。問題ないですよ。風にはこれまで貯めたお給金があるのです」

 

 服の袖から巾着袋を取り出して中を開けると風は動きが止まった。

 

「どうしたんだ、風?」

 

 何事もなかったかのように風は巾着袋を袖の中にしまった風は饅頭を手にする。

 

「風としてはうっかりさんでした。お金をどこかに落としてしまったみたいなのです」

 

 のんびりと答える風は饅頭を頬張っていく。

 

「困ったな……」

 

「仕方ないですね。最後の手段を使うしかないですね」

 

「最後の手段?」

 

 最後の一口を飲み込むと風は口を拭くことなく、立ち上がり部屋を出て行った。

 

「どこいったんだろう?」

 

「さあ?」

 

 饅頭を頬張りながら一刀達は風が戻ってくるのを待った。

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 風の分を残して饅頭等を食べ終えた頃になって風が戻ってきた。

 

「お兄さん、資金はどうにかなりましたよ」

 

「本当なのか?」

 

 風はブイサインをして応える。

 

「でもどうやって?」

 

 風がどのようにして資金を工面したか気になるところだった。

 

「稟ちゃんにお願いの文を書きました」

 

「稟に?」

 

 今は洛陽で朔夜の勉強を見ている稟にどうお願いをしたのか、さらに一刀は聞き出した。

 

「稟ちゃんに風のお給金を預けていたのを思い出したのですよ」

 

 昔から金銭管理を稟に任せていたために、その癖が仕官してからも変わらず、給金が出れば稟に預けていた。

 

 そして五胡からの騒動ですっかりそのことを忘れていたため、今になって思い出したということだった。

 

「早馬を出してもらいましたので往復で一月もかからないと思いますよ」

 

「つまり一月、お預けってことね」

 

 せっかく天の料理を楽しみにしていた雪蓮はつまらなそうに言ったが、それを風のせいにするつもりはなかった。

 

「仕方ない。一品なら俺のお金でどうにかなるからそれで今は我慢してくれ」

 

「本当?」

 

「ああ。ただし期待はしないでくれよ」

 

 手持ちのお金を見る限り、ハンバーグが辛うじて作れるぐらいだった。

 

「食べられるのなら問題ないわ♪それに一刀が作ってくれるのが嬉しいし♪」

 

「そうですね。一刀さんの手料理ですし♪」

 

「楽しみです、御主人様♪」

 

 期待をしないどころか大いに楽しみにする三人に一刀はため息を漏らした。

 

「あのな、期待はしないでくれって言ってるだろう」

 

 そう言いつつも苦笑してしまう一刀。

 

 こんなに喜んでくれるのならばできる限りのことをしようと思った。

 

「とりあえず風、買い物に付き合ってくれるか?」

 

「はいはい。風はお兄さんが行くところなら厠以外ならどこにでも付いていくのです」

 

 風は一刀の隣に行き、そっと手を握った。

 

「何かあればすぐに戻ってくるから」

 

「わかっているわ」

 

 一刀と風は手を繋いで部屋を出て行く。

 

 それを見送った雪蓮と琥珀は葵にさっきでかけた時に一刀から何かされたか追求を始めた。

 

 何もないと答えながらも頬を紅くしている葵に二人は笑ってしまい、それにつられて葵も笑っていた。

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 短時間でまさか二度も街にこようとは思いもしなかった一刀だが、手を握っている風がどことなく楽しそうにしているのを見て笑みを浮かべていた。

 

「風は果報者なのかもしれませんね」

 

 不意に風がそんなことを言った。

 

「うん?急にどうしたんだ?」

 

「大好きなお兄さんとこうして手を繋いで歩けるのですよ。風はそれだけでとても嬉しいのです」

 

 雪連達がいないせいか、身体を一刀に密着させて歩く風。

 

 その姿は仲のよい兄妹のように周りからは見えていた。

 

「俺もこうして風と手を繋いで歩けるのは嬉しいよ」

 

 誰にでも優しく、誰にでも同じようなことを言っても、一刀からすればその一人一人に対して嘘偽りのない言葉だった。

 

 風は少し俯きならも頬は紅く染まっていた。

 

「時々思うことがあるんだ」

 

「何をですか?」

 

「天の御遣いとしてみんなを笑顔にできたかなあってね」

 

 今の平和が成り立つまでにどれほどの血が流れ、それ以上の悲しみがあったのだろうかと一刀は考えていた。

 

「少なくとも風はお兄さんのおかげで笑うこともできますよ」

 

「風……」

 

 

「風だけではないです。だからお兄さんは自信を持ってください」

 

 天の御遣いがこの世に舞い降りたおかげで平和になったことは、一刀にそれだけでの力があったからだと風は思っている。

 

 自分のことよりも他人のことを心配するその優しさが乱世を終わらせた。

 

「華琳様もお兄さんがいてくれて感謝しているはずですよ」

 

「そう思ってくれているのなら嬉しいなあ」

 

 乱世の奸雄からもそのように思われているならば一刀としては嬉しい限りだった。

 

「お兄さん、少しこちらに来てください」

 

 風は一刀の手を握ったまま裏路地へ向かった。

 

 建物の影に隠れるように風は一刀を引っ張った。

 

「お兄さん、風と同じ高さになってください」

 

「いいけど?」

 

 風にあわせるように膝を折っていき、目線が同じ位置にくるようにした。

 

 それを確認した風は両手で一刀の頬を優しく確認するかのように撫でながら顔を近づけていく。

 

 そして一刀の唇を自分の唇をゆっくりと触れていき、ほんの少し大胆に深く交わっていった。

 

 髪を華琳に切られた風は以前よりも幼く見えたが、一刀と唇を重ねるときは恋をする少女そのものだった。

 

 唇同士の触れ合いを名残惜しそうに離していく風はそのまま一刀に抱きついた。

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「風はお兄さんのことが大好きなのです。雪蓮さんに負けないぐらいに大好きなのです」

 

「うん」

 

 一刀は気の利いた言葉など必要なかった。

 

 ただ優しく抱きしめるだけで十分だった。

 

「風はいつでもお兄さんとこうしていたいです」

 

「さすがにいつもだと雪蓮に怒られそうだな」

 

「そのときは頑張ってください、お兄さん」

 

 満足したのか風は一刀から離れて微笑みを浮かべた。

 

 一刀は自然と彼女の短くなった髪をいつもよりも長く撫でながら笑顔をかえした。

 

「そのなんていうか」

 

 改めて風を見ると一刀は顔が紅くなっていく。

 

「長い髪のときの風もいいけど、短い髪も似合っているぞ」

 

 一刀は照れくさそうにすると風はいつもの半分眠っているような目ではなく、大きく見開いていた。

 

「風?」

 

 一刀の声に反応しない風。

 

「お〜い」

 

 目の前で手をちらつかせていると、その手を思いっきり両手で掴まれた。

 

「お兄さんは短い髪の風が好みですか?」

 

「う、うん。なんていうか凄く可愛いよ」

 

 その言葉に顔を紅くする風。

 

「では風は短いままでいくとするです」

 

 想いを寄せる男からそう言われて小さな胸の内が落ち着かなくなっていた。

 

「お兄さん」

 

「うん?」

 

「風の髪を撫でてもらえますか?」

 

「いいよ」

 

 一刀に髪を触れられると、風は瞼を閉じてそのまま全てを任せてもいいと思うほど気持ちがよかった。

 

「お兄さんに今度から髪を梳いてもらってもいいですか?」

 

「それは別にいいけど」

 

 それを聞いて満足した風は一刀の手を離した。

 

「そろそろ材料を買いにいきましょう」

 

「そうだな」

 

 立ち上がり一刀は手を差し出し、それを風は愛しく握った。

 

 二人で並んで歩く。

 

 それだけで風は心が満たされていく。

 

 幸せという温もりによって。

 

「風は本当に果報者なのです」

 

 小さな声で風はつぶやいた。

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 可能な限りの材料を買い、夕餉の献立としてハンバーグを一刀自らが厨房に立って作った。

 

 何とか形には出来たが味のほうは多少の不安があった。

 

「これがはんばぐというものですか?」

 

 焦げ目がほんの少しついているハンバーグを四人は興味津々だった。

 

「お金もなかったからこれが限界なんだけどね」

 

 説明をする一刀を他所に、四人はすでに箸を持って一口ずつ口に運んでいた。

 

 じっくりと味わうように噛みしめていく四人に一刀は静かに見守る。

 

「なるほどね」

 

 雪蓮はそう言いながらもう一口食べた。

 

 誰もがハンバーグのほうを見たまま黙っていたため、不安になっていく一刀。

 

「どう……かな?」

 

 たまらず感想を聞くと雪蓮は箸を置いてなぜか一刀を睨み付けた。

 

「一刀」

 

「な、なに?」

 

「これを次のりっしょくぱーてぃの時に出しなさい」

 

「う……うん、一応、華琳からもそう言われているけど?」

 

 雪蓮の迫力に押されながらも一刀は頷いた。

 

「それとこれの作り方を私に教えなさい」

 

「雪蓮に?」

 

 それは意外なことだと驚く一刀。

 

「それはいいけど、味はどうだったかな?」

 

 作ったものとしてはそれのほうが今は気になった。

 

「今まで感じたことのない味わいですね」

 

「私も初めてです」

 

「美味しいです、御主人様」

 

 風、葵、琥珀は喜んでいた。

 

 雪蓮も文句なく喜んでいたが、なぜ睨みつけたのかが一刀にはわからなかった。

 

「いろいろと天の料理を教えて欲しいです」

 

 葵はよほど気に入ったのか一刀に作り方を教えてくれるよう頼んでいく。

 

「風も何か作れそうなものがあれば教えて欲しいのです」

 

 ハンバーグをつまみながら風も葵と同じように頼む。

 

「呉に戻ったら俺の知っている限りのものは教えるよ」

 

「そうしたらお腹いっぱいに天の料理が食べれますね」

 

 琥珀にとって自分も教えてもらいたかったが、目が見えないためにそれを断念したが、代わりに試食係を申し出た。

 

「蓮華達もこれを食べたら驚くわね」

 

 今まで食べたことのないものを誰よりも先に食べている優越感に浸る雪蓮達。

 

「そうね、これを呉の食文化にして広めれば国も豊かになるかもしれないわね」

 

 思わず呉王の時の顔をする雪蓮に一刀は苦笑する。

 

「でも、この味は一刀だから出せる味ね」

 

「そんなことないさ」

 

 誰でも同じように作れば同じような味になると一刀は言ったが、雪蓮が言いたいのはそういうことではなかった。

 

「一刀が作ってくれたってことが一番なのよ♪」

 

 無理を言ってもきちんと作ってくれた一刀だからこそハンバーグも美味しいということを雪蓮は言いたかった。

 

 他の三人も雪蓮と同じ思いでハンバーグを残さず食べていった。

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 ハンバーグの試食会をかねての夕餉も終わり、湯に浸かってから風と葵、それに琥珀は三人で寝るといって隣の部屋に行った。

 

 残された二人は部屋の灯りを消して寝台に上っていた。

 

 一刀は雪蓮に無理をさせないように気を使いながら彼女の髪を撫でていた。

 

「静かね」

 

 さっきまで隣から聞こえていた声もいつしか消えており、静寂が二人を包んでいた。

 

「お腹、大丈夫?」

 

「ええ。今は大丈夫よ」

 

 何かと気遣ってくれる彼女の旦那様に甘えるように顔を寄せていく。

 

「一刀がたくさん私に注いでくれた命だもの。無茶はしないわ」

 

「それならいいけど」

 

 それでも心配になることはいくらもでもあった。

 

 二人で寝台を共にすることは何よりも素直になれ、つい本音をこぼしてしまうときがあった。

 

「私にとって一刀は大切な旦那様。でも一刀からすれば私は正室だけど風達と同じ妻の一人なのよね」

 

「そりゃあそうだけど、俺は雪蓮とこうしている時が一番好きだよ」

 

「あら、その言葉は風達にも言ったのでしょう?」

 

 一刀が湯に浸かっている間に雪蓮達は今日一日のことを報告しあっていたことを、一刀は知らなかった。

 

「俺は風や葵ちゃん、それに琥珀のことも好きだよ。それは嘘でもないし、隠すつもりもないよ」

 

「ほらやっぱり」

 

「でも、言っただろう。一番なのは雪蓮だって」

 

 手を雪蓮のお腹に触れさせ、その中に芽生えている命を確認する。

 

「きっと雪蓮のように元気な子供だよ」

 

「話がずれているわよ」

 

「気にしない気にしない」

 

「もう」

 

 一刀に抱かれてしまうと文句が言えなくなってしまう雪蓮。

 

「ねぇ、もし私が死んだら悲しい?」

 

「なんだよ、急に」

 

 指に絡める雪蓮の髪を楽しんでいた一刀はその動きを止めた。

 

「だっていつも私ばかりが心配ばかりしているのだから、たまには一刀も心配してほしいの」

 

 一刀がいなくなれば雪蓮にとってこの世は何の意味も持たなくなる。

 

 なら一刀からすれば雪蓮がいなくなればどう思うのかを知りたかった。

 

「雪蓮が死んだら俺も死ぬかな」

 

「そう」

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「なんだよ、雪蓮が聞いてきたから答えたんだぞ」

 

「悪かったわね」

 

 雪蓮は不機嫌な声を一刀にぶつけた。

 

「それだけ俺は雪蓮のことが好きだってことだよ」

 

 雪蓮同様に一刀もまた彼女のいない世界は考えられなかった。

 

 毒矢の時も死なせたくないという思いがあったからこそ、自分を犠牲にしてまで守った。

 

「俺は雪蓮を死なせないよ」

 

「一刀……」

 

「そりゃあ、怒りっぽい奥方様だからその辺はもう少しお上品になって……いたたたっ」

 

 雪蓮に頬を強く抓まれた一刀はその手を掴んだ。

 

「悪かったわね、怒りっぽい嫁で」

 

 そう言いながら一刀に背を向けて、「ふんっ」と言って拗ねてみせた。

 

 だがすぐに一刀の腕が彼女を包み込んでいく。

 

 それが雪蓮を弱くさせていく。

 

「そんな所を含めて俺は雪蓮のことを愛しているよ」

 

「……バカ」

 

 一刀の手に自分の手を重ねていく。

 

「うん。俺がバカだろうと思うよ。でもそのバカと結婚したのはどこの人かな?」

 

「知らないわよ」

 

 笑い声を含んで雪蓮は言い返す。

 

 一刀が雪蓮と密着していく。

 

 二人の胸の鼓動が共鳴するように早くなっていく。

 

「雪蓮」

 

「なによ」

 

「俺のこと嫌い?」

 

「…………」

 

 その答えは言わなくてもわかっていたが、一刀は意地悪にもう一度聞いた。

 

「嫌いよ。一刀なんて」

 

 それは本心ではなくただの意地悪をする一刀に対する嫌がらせだった。

 

「女たらしだし、抱かれると自分が自分でなくなるし、本当、最低なほど嫌いよ」

 

「ひどい言われようだな」

 

「でも……」

 

 再び身体を動かし一刀の方に向いた。

 

「私に女としての幸せを与えてくれた。そんな一刀が大好きよ」

 

 雪蓮は一刀の唇にキスをした。

 

 深く貪るように、そして愛しく。

 

「私の大好きな旦那様。これからもずっと私の……私達の傍にいて」

 

 雪蓮の言いたいことを理解した一刀は返答代わりに今度は自分からキスをした。

 

「約束するよ」

 

「うん」

 

 二人は確認しあうように何度も唇を重ねていった。

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(座談)

 

水無月:あま〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜い!

 

一刀 :煩い!

 

水無月:だってそうじゃあないですか。

 

雪蓮 :そうね。

 

一刀 :雪蓮まで……。

 

風  :お兄さんとなら蕩けるような甘さでも風は大丈夫ですよ。

 

葵  :わ、私も大丈夫です!

 

琥珀 :御主人様なら私は問題ないです。

 

水無月:まさに今がモテ期の一刀!

 

一刀 :テメェ……、あとで男同士で語りあうか?

 

水無月:気色悪いこと言わないでくれますか?

 

雪蓮 :はいはい。それで今日はこれだけじゃあないのでしょう?

 

水無月:おっと忘れる所でした。本日の二十三時までに実はもう一つお話を書こうと思っています。これは番外編みたいなものなのでそちらのほうもよろしくお願いします。

 

雪蓮 :ちなみに私と一刀の話ではないのよね?

 

水無月:そうです。雪蓮さんには申し訳ないと思っていますけど。

 

雪蓮 :いいわよ♪たまにはそういうこともありにしてあげる♪

 

水無月:とりあえず二十三時までに短編を仕上げますのでそれまでお待ちください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水無月:そろそろ本番ですので、準備のほうよろしくお願いします。

 

?  :わかったわ。

 

 

説明
第二期も今回を含めて残り三回。

今回のお話は雪蓮、風、葵、琥珀のそれぞれの想いを書いてみました。

大切な人と過ごす日々がどれほど大切なものか、そう思いながら書いてみました。

最後に座談でお知らせがあります〜。
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コメント
末永く爆発しやがれください(はこざき(仮))
↓激しく同意(ロックオン)
minazukiさんは天才(Dada)
まーくん様>そろそろ産まれそうです(^^(minazuki)
タンデム様>衛生兵!衛生兵!(minazuki)
jackry様>想定内です!(minazuki)
フィル様>それでいいのだ〜〜!(ナニ(minazuki)
ふふふ、いちゃいちゃする二人は微笑ましいのうwふっくらお腹の雪蓮奥さんですか・・・イイッwww(まーくん)
アバあいjんvlンvwsんヴぉsいおwおsdんvjフィッ!!!!!!! 糖分のとりすぎで壊れてしまったようだ。(タンデム)
甘い!甘すぎる!! 蜂蜜水にアイスと生クリームを乗せて砂糖を塗したぐらい甘そうだッ!!!!!―――――でも、それがいいwww(フィル)
munimuni様>チョココロネ!(minazuki)
悪来様>ピンチ!(minazuki)
だめぱんだ♪様>まだ戻れません(^^;(minazuki)
tomato様>ぎりぎりアウト?(minazuki)
Poussiere様>番外は短いです(^^;(minazuki)
sin様>やんやんやん♪(minazuki)
黒き翼を持つ天使様>誤字報告ありがとうございます(><)(minazuki)
ポーザン様>本番!(minazuki)
最上那智様>うっかり風さんです(笑(minazuki)
cyber様>?は久しぶりの登場です♪(minazuki)
kanade様>誤字報告ありがとうございます(><)(minazuki)
sion様>みんな一刀に惚れていますから(^^)(minazuki)
楽しみだwwもうすぐ23時( ´∀`)(悪来)
甘すぎるぜーーーーーーー!だがそれがいい!なんとなく…早く呉に戻って欲しいwヤンファさま…w(だめぱんだ♪)
現時刻22:43.間に合うか!!待ってますよ(tomato)
やべwwwww 甘い話だが、すごく良かったです! そして?! 番外篇だと!? 愉しみすぎるwww(Poussiere)
はぁ、デレデレの次はヤン・・・。いやなんでもない。(sin)
誤字発見 P9の一刀の台詞「どうだな」になってるよ。(黒き翼を持つ天使)
!!誰!?誰なのですか!?本番!!?!?(半壊中触れるべからず。)(ポーザン)
風はうっかりさんですね。だが、それがいい!!(最上那智)
甘〜いお話でしたね。短編も楽しみにしております。後最後の?が気になりました(cyber)
誤字の報告です。9ページ目、下から7行目「どうだな」→「そうだな」ではないかと・・・(kanade)
おぉ?番外編まで!?期待ですよ! しかし皆デレデレだなぁwニヤつく自分が何か嫌だw(sion)
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