オリキャラ恋姫 悪タレ青葉とカタブツ紅花 ―第四章―
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 毎度おなじみ、このお話のみに登場するオリキャラの紹介。

 

 

 1、潘璋(はんしょう)

 

 真名:青葉(チンイェ)

 

 呉軍に所属する武将。貧民街の悪ガキが徴兵に応じた不良将校で、ガラが悪い。何よりも まず手柄を狙い、命令に服する気がない。巨乳。

 

 

 2、朱然(しゅぜん)

 

 真名:紅花(ホンファ)

 

 呉の名門出身お嬢様、これまで勉強漬けの真面目一徹で、軍に入ってからも他人との折り合いを知らない。それでよく青葉とは衝突している。全身鎧を常にまとっているためプロポーション不明。多分巨乳、もしくは貧乳。

 

 

 

 

 それでは本編をどうぞ。

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 長江沿岸の山岳地帯。

 そこは水源の近くにありながらも起伏の激しすぎる地形によって、人家どころか獣すらも巣を作らない絶地。

 急勾配の大地は壁のように隆起し、その斜面の上に根を張る木々は、さながら鉄格子のように連なって通過しようとする者を塞ぐ。

 そんな人跡未踏の異境が、今日の戦場だった。

 登るも降りるもできない急勾配の狭間に伸びる、僅かな間道を、虎の毛皮を肩に掛けた女将(じょしょう)の率いる一団が、一目散に駆け下りていく。

 

「クソ…、クソッ……!」

 

 青葉(チンイェ)は、みずからの騎馬に鞭を入れながら際限なく悪態をついた。

 

「なんでただの偵察隊に、あんなバケモノがいんだよッ?聞いてねーよ あんなのッ!」

 

 騎馬を全力疾走させるまま、青葉はチラチラと後方を窺う。

 すると彼女らが通過してきた道をたどって、今にも青葉らの乗る馬の尻尾に噛み付かんばかりに追いすがってくる鎧武者の集団が見えた。彼らのまとう鎧には、各所に髑髏の意匠がほどこされている、魏の偵察隊だ。そしてその一団を率いるのは―――。

 

「あーはっはっはッ!ツイとるなぁ!ウチ今日はバカツキやぁ!」

 

 飛龍偃月刀を振りかざし、羽織袴の侠客装束で風を切る女武者。

 

「暇つぶしに偵察に混ざったら、あないなオイシソーな獲物に会えたんやからな!待ったらんかい、ウチと遊んでいきーッ!」

 

 張遼。

 字を文遠。

 魏 最強と名高い不世出の剛者だ。

 乱世の初期から現れ、幾百もの いくさを踏み荒らしてきた彼の者は、その名を知らぬ者などないどころか、その名を聞いて震え上がらぬ者などいないほど。

 

 青葉の任務は、呉領内に入り込んだ魏の偵察隊を殲滅すること。それに従い この長江の国境付近で標的を発見し、すわ襲撃しようとした寸前に、偵察隊の中に あの張遼が混じっていることを認めた。その瞬間に転進し、一目散に逃げ出した。だからこそ こうして今も生き延びている、一瞬の判断が生死を分けた格好の好例だった。

 もしあのまま突っ込んでいたら確実に返り討ちにあい、青葉以下 奇襲隊は一人も生き残れずに全滅していただろう。

 誇張ではない、それこそが三国に名を響かせる張遼の実力なのだ。

 

「しかし姐さん、アンタよく張遼の顔なんて知ってましたね」

 

 一緒に逃げる兵のひとりが、逃げる速度をそのままに青葉に話しかける。

 

「………紅花(ホンファ)のヤツがな、マメに敵将の人相書きを集めてやがったんだよ。ソイツらの首を取れば大手柄だー、とか思って盗み見たことがあったんだが………」

 

「その中に、張遼のヤツの人相書きも?」

 

「こんな形で役に立つとは思わなかったよ、クソッ!」

 

 腹立ち紛れに馬に叩きつける鞭に力がこもる。しかし速度はもう限界以上だ、これでさらに鞭を入れれば馬体を酷使し、速度を落とすことになりかねない。

 

 ……この任務が自分の下に転がり込んだ時、やっと自分にも運が向いてきたと青葉は有頂天だった。

 役目を譲ってくれた紅花の好意に答えるためにも、彼女が「譲ってやるんじゃなかったー!」と悔しがるような手柄首を上げてやろうと気持ちを はやらせていた。

 そのためにも、敵にできるだけ名のある将が いればいいと思っていた。ただの偵察隊に名将が属しているわけもないが、それでも期待せずにはいられなかった。

 

 それなのになんだよ張遼って。

 

 期待は一応裏切られなかったけれども、別の意味で裏切られまくりだ。あんなの大物過ぎる、大物過ぎて とても青葉の独力ではしとめられないではないか。

 

「…とにかく、あんなバケモノが出てきたからにゃ任務は失敗だ。これからは、どうやって無事逃げ帰るかを考えねーと」

 

 青葉が苦々しく呟く。

 

「………おい、テメーら」

 

 青葉が、自分の率いる兵たちに語りかける。

 

「もうだいぶ逃げてきたが、あちらさんの速度が衰える気配はまったくねえ。このままじゃジリ貧だ、こーなったら追いつかれる前に、陣を散らしてバラバラに逃げるぞ」

 

「姐さん!」「姐さん…」「姐さん」「姐御!」「姐さんっ」

 

 左右から、青葉を慕う部下たちの声が飛ぶ。

 彼らと青葉は、呉軍に参加する以前からの付き合いだ。街の悪タレどもとして、一緒に悪さもしたし、命を賭けたゴロ(喧嘩)もやった。

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 呉軍に入った自分の地位が上がらない限り、この舎弟たちにも みじめな思いをさせることになる。青葉が しゃにむに手柄を求めたのは そんな理由もあったが、今はただ、

 

「オレの合図と同時に、別々の方向に逃げて細かい山道に潜り込め、そうすりゃ最悪全滅は免れる、それから……」

 

 青葉(チンイェ)は、そこで一度言葉を飲み込み、こそばゆげな微笑を浮かべる。

 

「万が一があったときは、紅花(ホンファ)…、朱然を頼りな。窮屈な思いはするだろうが、きっと悪くはならねえ」

 

「姐さん!そんな縁起でもない!」

 

 部下の一人が泣きそうな声を上げるが、そう言うことで青葉自身が大いに安心することができた。

 それに あのスケベの天の御遣いもいる。

 彼らに任せておけば、自分は後のことを考える必要などない。

 

「―――よしッ、野郎ども散れッ!」

 

 青葉の合図をもって、今まで一丸となって走っていた奇襲隊が、瞬時にして蜘蛛の子を散らすように潰走する。

 

「おおっ」

 

 そのバラけざまを見て、後方から追う張遼は感嘆の声を上げた。

 

「合図一つで よう あないに散開できるもんやなぁ。たとえ軍隊行動でも、ちっとでも兵士に恐れの心があると算を乱した壊乱になるっちゅーのに、あの隊の散り方は まるで打ち上げ花火やないか。よっぽど将が 兵の心を掌握しとらんと、あーはならんで」

 

「張遼将軍、感心している場合ではありません」

 

 魏の兵士が、自分の乗る馬の鼻面を張遼の馬に近付ける。

 

「敵は散らばって山中の細かい山道に入り、我らを撒くつもりです。我らも隊を散じ、各自 敵を追いますか?」

 

「やめとけやめとけ、一応ここは呉の領内、地の利はあっちにある。ヘタに隊を散らして深追いすれば、逆に噛み付き返される恐れもあるで」

 

「それでは この辺りで追撃を止め、合肥に帰還しますか?」

 

 というか、そうするのが本当は普通なのだ。

 彼らは偵察が本分の偵察隊、敵と戦うのは任務の中に入ってない。だから相手が逃げ出すなら まったくそれでかまわないのだが、それを追いかけているのは100%、張遼の気まぐれからなのだ。

 将軍、もういい加減 気が済んだでしょう!さっさと帰りますよ!

 

「なに言ってケツかんねんボケッ!よぉ前見てみィ!」

 

 張遼が指し示した先に目をやると、散り散りに山間に潜り込んだ呉兵たちの中で、唯一いまだ間道を直進している一騎があった。

 左肩に虎の毛皮を掛ける、豊満な肉体の女武者。

 その者こそ、まさしく青葉。

 彼女はいまだ その背を張遼たちに向けて、右にも左にもブレる様子がない。真っ直ぐ逃げ続けている。

 

「あのネエちゃんが、奇襲隊の指揮官らしいな。部下どもが一人でも多く安全に逃げれるよう、ああして囮になっとるんや。泣かせるやないかぁ」

 

 チラチラと後ろを振り向く青葉、その視線が張遼の眼光とぶつかりあい、バチバチと火花を飛ばす。

 

「よっしゃあ!その健気な策に乗ったろうやないか!我は張遼、そこの毛皮のネエちゃん、アンタも名乗りぃ、この飛龍偃月刀に刻んだるさかいな!」

 

「潘璋!今はまだ無名だが、そのうちテメーら魏兵は オレの名を聞くだけで震え上がるようになるぜ!」

 

 青葉が答える。

 

「威勢がエエやないか、首だけになっても その大言壮語 吐けるかぁッ?」

 

「うっせぇ張遼!テメーこそ処女のクセに いちいちエラソーな言い方してんじゃねえ!」

 

「んなっ!」

 

 張遼は、一瞬言葉を飲み込んで頬を赤く染め、

 

 

 

「なんでウチが処女やて わかったんやぁーーーッ?」

 

 

 

「………よし、一矢報いた」

 

 小さくガッツポーズをとる青葉。しかし それが何になるのか、ただ無意味に怒らせただけではないのか?

 

「くぉら待て潘璋ぉー!こうなったら お前で処女捨てたるーッ!」

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 ホラわけわかんないこと言いながら追ってくる。

 だが、こうして張遼が青葉(チンイェ)一人を狙っている間は、彼女の部下に危険は及ばない。将としての最後の責任を果たそうとする青葉だった。

 幸い、彼女と張遼の間には、まだまだ距離的な開きがある。それを最大限に利用し、できうる限り相手をこちらへ引き付け―――、

 

「――――できるだけ、なんや?」

 

「んなっ?」

 

 真横から聞こえてくる声に、青葉(チンイェ)は心臓が止まるかというほど驚愕した。

 気付けば、張遼が すぐ隣にいた。

 なぜ?

 青葉と張遼の間には、一瞬前まで6馬身ほどの開きがあったというのに。

 

「さっきまでは団体さんでの追っかけっこやったからな、速さも他のヤツに合わさんといけんかったけど、アンタとのサシの勝負なら全速でいけるわ」

 

 張遼は自分の部下たちを置いてきぼりにして、瞬時に青葉との距離をゼロにまで縮めたというのか。

 これが張遼の神速の馬術。

 

「チクショ………ッ!」

 

 青葉が、即座に戦戈を振り上げる。それと張遼が自慢の龍の爪・飛龍偃月刀を旋回させるのは ほぼ同時だった。

 

 

 ガキィンッ!

 

 

 見る者の目を晦ませるほどの激しい火花が散る、青葉の振り下ろしと張遼の横薙ぎ、双方が中空でぶつかりあった。

 

「ぐあああああッ!」

 

 青葉は身を切られるような激痛に襲われる。

 武器同士が衝突しただけなのに…、青葉自身の体には何も触れてないのに…、なんだ この衝撃は?

 戦戈の柄を通して全身を駆け抜けて、血管も内臓もグチャグチャにしていったかのような衝撃。それはすべて、青葉の得物を したたか打った張遼の膂力によるものなのかッ?

 

「ほぉう、今ので倒れんとは、なかなかやな」

 

 張遼は、血を吐きそうな表情の青葉を眺め、気軽に言った。

 

「よっし、何処まで耐えられるか根競べや、次行くで」

 

 と彼女は刃を振り上げる。

 冗談じゃない、あんなもの何度も喰らっていたら、それだけで最後には死んでしまう。しかも、そう長く掛からずにだ。

 

(受けられない…ッ!)

 

 青葉は手綱を引いて、併走する張遼と距離をとった。相手の攻撃は とことん回避するしかない、それしか張遼を敵とした彼女の生き延びる術はない。

 

「なんや つまらへんな、まあええわ、とにかく凌いでみさらせ!」

 

 相手の対応などお構いなしというかのように張遼は攻撃を繰り出す。

 

「張遼 旋風斬!」

 

「うわっ」

 

「張遼 雷神撃!」

 

「ひっ!」

 

「張遼 関羽羅武剣!」

 

「ぜあっ!」

 

「おお、今のを避けるとは、なかなかやるやんけ!」

 

 くっそう、遊びやがって。

 両者の、絶望的なほどの実力差に、青葉は悔しげに歯軋りするしかない。

 

「ほうら、そないに他のことに気ィ取られて ええんか?」

 

「しまっ……」

 

 その一瞬の気の乱れが命取りになった。

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「ぐあっ!」

 

 噴出す鮮血。腹部を斬られ、焼け付くような痛みが青葉(チンイェ)を襲う。

 

(くっそ…、だが内臓が飛び出るほど深くは斬られてねぇか……)

 

 それでも傷口からは、ドロドロととめどなく血が溢れ出す。

 傷口を押さえながらでは馬の手綱も上手く扱えず、ますます張遼の巧みな馬術から逃れることはできない。

 

「ここまでか………」

 

 鬼神・張遼の射程に捕らわれ、青葉からは出血と共に諦めの感情も滲み出す。

 

 このとき、思い出すのは軍議のこと。もし あの時、紅花(ホンファ)が自分に任務を譲らなかったら、こんなことにはならなかっただろうか。

 偵察隊の中に最強の武将がいるなどという理不尽に会わず、無事に呉の将を務め続けることができたろうか。

 いや、そんな想像は詮無いことだ。

 もし自分が任務に参加しなかったら、代わりに行くのは紅花になっていた。彼女こそ これからの呉に必要な人材、こんなところで張遼の餌食にしてしまうわけにはいかない。

 

「オレッちは、それを防ぐために身代わりになったのか?」

 

 そう思うと、不思議に悔しい思いはしなかった。紅花が無事でいてくれたことが、青葉にとって何故かとても安心できることだった。

 

「なんや、もう観念したんか?つまらんなぁ」

 

 青葉の様子を見て、張遼は そう判断する。

 

「も少し楽しませてくれると思ったんやけど、まぁええわ。手早く仕留めて合肥に帰って酒飲むとするかな!」

 

 張遼が飛龍偃月刀を振り上げる、青葉が馬を走らせながら目を瞑った。

 次の一撃で、青葉はすべての苦しみから解放されるはずだった。

 ブン、

 空気を斬り裂く大刃の音。

 死神の鎌が斟酌なく青葉の命を刈り取ろうとした、が、

 

 

 

 

「だめぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッ!!!!!」

 

 

 

 

「なんやっ?」

 

 前方からの体当たりに、張遼の乗る名馬の馬体が激しく揺れる。そのために振り下ろされた凶刃は、狙いを外して青葉の横を素通りした。

 

「なっ?」

 

 腹部の痛みと共に現実に引き戻されて、青葉は目を見張った。

 そこにいたのは、そこにいるはずのない人物。

 張遼に、騎馬ごと体当たりを喰らわせて青葉を救ったのは、青葉と犬猿の仲であるはずの紅花だった。

 

「紅花ッ、なんでここにッ?」

 

「青葉!よかった、無事なんですね…!」

 

「無事じゃねえよ、腹 斬られてスケェ痛ぇよ!……イヤそれより、なんで お前がここにいんだよッ?城で待ってたんじゃねえのかよッ?」

 

「青葉ッ、話は後だ、早くこっちへ…ッ!」

 

「なっ、一刀のダンナまでッ?」

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 俺と紅花が駆けつけたときは かなり際どい状況だったようで、青葉は単騎で張遼の追撃にさらされ、腹部に酷い傷を負っていた。出血の酷く、彼女の腰から下は赤一色に染められつつある。

 青葉ほどの使い手を ここまで痛めつけるとは。張遼のバケモノ具合が透けて見え、酸っぱいツバを飲み込む。

 

「やられたな青葉、これから三人で濡須まで逃げ込む、もう少しだけ踏ん張ってくれよ」

 

「三人って……、ダンナ!アンタと紅花 二人しか来てねえのかよッ?兵はッ?救援に来たんだったら一軍ぐらい率いてきてても いいだろッ?」

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「それが…、紅花(ホンファ)が、早く行きましょうの一点張りで、援軍を編成する暇もなかったんだ。最速で駆けつけられる最小単位で、俺と紅花だけが急行してきたってワケ」

 

 なんだそりゃっ、という顔をする青葉(チンイェ)。それもそうだろう、堅実がウリのカタブツ紅花が そんな大わらわを演じたというのだから。

 

「紅花ッ、お前何やってんだ……ッ、……て、なんだよ その格好?」

 

 青葉は、紅花の姿を改めて見て、そのおかしさに気付いたようだ。

 

「お前、鎧どうしたよ?いつもバカ正直に頭から爪先までビッシリ着けてるアレッ、コレ着てなきゃ軍人としての心構えができねーッて いつも言ってたじゃねえか?」

 

「鎧は、…脱いできました。あんなに重いものを着けていると馬の脚が遅くなるので……」

 

 紅花本人の言うとおり、彼女は常時身に着けている全身鎧の ほとんどを脱ぎ捨てていた。重りを捨て、身を軽くし、一刻も早く青葉の下へ辿り着かんがためだ。

 軍人としての硬い殻に覆われていた紅花は、今や鎧直垂としての薄手の肌着をひっかけるのみで、きめ細やかな白い肌も、女性ならではの くびれた体型も すべて外に晒していた。女性として もっとも特徴的な、あの部分も…。

 

「うわ…、オレより大っきい……」

 

「青葉、青葉!今はそんなこと気にしてる場合じゃない!」

 

「はっ、そうだった!…逃げろ、すぐ張遼が追いついてくるぞ!」

 

 青葉の激で、俺たち三人は一斉に濡須の前線基地へ向けて走り出した。濡須は、魏からの侵攻に備えて建てられた呉国の国境守備基地だ。そこまで逃げ込めば さすがの張遼でも追ってこれまい。

 

 張遼は、紅花の体当たりで馬体を崩しながらも、すぐさま体勢を立て直して俺たちのほうを睨む。

 

「…なんや、いきなり数が増えたなぁ。まあええわ、それだけ狩りが楽しくなるちゅうもんやッ!」

 

 

 ダンッ!!

 

 

 俺たちの後方で、雷の音が鳴った。けたたましい雷鳴、しかし、それが雷鳴ではなく、張遼が乗る名馬が後足を蹴った音とわかるのは、さらに一瞬後のことだった。

 

「なっ?」

 

 気付いた時には、張遼は既に俺たちのすぐ後方にいた。

 ウソだろ、体当たりでアイツが体制を崩している間に、少なくとも5馬身は遠ざけたはずだ。それだけの距離を一気に縮めてくるなんて。

 

「それだけの相手なんだよ張遼は!一瞬も油断するな、尻からガリガリ喰われるぞ!」

 

 張遼の恐ろしさが骨身に染みているのだろう青葉が振り返らずに叫ぶ。しかしその背中には、既に覆いかぶさる津波のように張遼が!

 

「…ッ!危ない青葉ッ!」

 

「バッカ紅花!受けるんじゃねえ!」

 

 振り下ろされる張遼の剣を、紅花は手にした戦戈で打ち返す。ガチィンッッ!

 

「きゃああああッ?」

 

 悲鳴を上げる紅花。それだけで張遼の一撃が、余人にとって どれだけの衝撃を与えるのかがわかった。

 あまりの衝撃に、紅花は武器をもつ手を放してしまったほどだ。紅花の手から離れて落ちて行く戦戈を、地面スレスレのところで拾い上げたのが青葉だった。

 

「バカヤロウッ!戦闘中にヤッパ放すヤツがどこにいるッ!」

 

「ご、ごめんなさい……!」

 

 武器を投げ返されながら紅花が萎縮する。

 

「大体よぉ紅花、なんで お前、ここに来たんだよ?お前オレのこと気に入らねえんだろ?嫌いなヤツのタマ救うために、テメエが死んじゃバカらしいじゃねえか。あのまま建業に残ってりゃ、命の危険なんてなかったのによぉ……」

 

「青葉……」

 

 青葉の口調は、本当に悔しさが滲み出ているかのようだった。

 自分などのために、紅花が生命の危機に陥るのが悔しくてならない、という風の。

 

「そりゃ私だって……、青葉のことなんか嫌いですよ……」

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 紅花(ホンファ)は、鬼神に追われながら言った。

 

「時間は守らない、規則は破る、軍隊の規律を乱すようなヤツは、一刻も早く呉からいなくなればいい と思っていました。………でも、それでも!青葉(チンイェ)が危ないって思ったら、居ても立ってもいられなくなったんです!自分の身の安全なんて 何処かに飛んで行っちゃう、こんな気持ち抑え切れようがないじゃないですか!」

 

「紅花の言うとおりだぞ、青葉!」

 

 俺も負けずに声を張り上げた。

 

「仲間を救うために、自分の身を顧みるヤツなんて呉にはいない!仲間の命のために、自分の命を捨てて危険へと飛び込む、それが俺たち孫呉の戦い方だ!」

 

「ダンナ……!」

 

 俺の顔を見詰め返す青葉の表情を見て、確信が持てた。

 お前も同じなんだろう青葉。

 きっと、張遼に襲われる自分を鑑みて、これが紅花じゃなくて良かったなんて思ってたんだろ?

 それが孫呉の将兵の気質なんだ。我が身を捨てて仲間を守るからこそ、仲間も自分を守ってくれる。仲間が守ってくれるからこそ、自分はためらいなく命を捨てることができる。

 それが孫呉の戦い方だ!

 

「盛り上がっとるところ悪いけどなァ、ウチがおること忘れてもらっちゃ困るで!」

 

「うわッ!張遼来た!」

 

 これぞまさに遼来々。

 

「んー?そこの男、もしかして、ほんごー かずと いうヤツんちゃうか?」

 

「え?そうですが、それが何か?」

 

「やっぱりかァ!間諜から聞いとったけど、ウチの大将が お前さんのことゴッツお気に入りやねん!いいモン見つけた、お前フン縛って華琳さまへの手土産にしたるわッ!」

 

 なにぃぃぃぃッ?

 ピンチ!まさかの俺ピーンチッ!

 

「となりゃあ、ザコの相手は仕舞いやッ!ほんごーかずと覚悟ォォォッッ!」

 

 俺 目掛けて振り下ろされる なんかスゴイ大刀。俺にはそれを受ける力も躱す技術もない。ただ背中を向けて、刃が俺を貫くのを待つばかりという その時―――。

 

 

「させるかぁぁぁッ!」

「させませんッ!」

 

 

 ガガキンッ!

 

「なんやてッ!」

 

 懇親の一撃を弾き返されて、張遼が僅かに後退する。受けられないはずの張遼の千鈞の重撃、それを受けきった者は誰か。

 

「簡単な こった、一人で受けきれねえモンは、二人で受ければいい」

 

「一刀様には指一本触れさせません!」

 

 俺の背後には、交差された二本の戦戈。青葉と紅花は二人同時に張遼の刃に反撃を叩き込んだのだ。

 一人では受けきれない衝撃も、二人で分ければ耐え凌げる。

 その二人の機転を目の当たりにし、張遼は不適に笑う。

 

「…へぇ、面白いことするやないか。なら何処まで耐え切れるか、試して見ようやないか!」

 

 飽くことなく襲い来る張遼。

 

「来るぞ紅花!息を合わせやがれッ!」

 

「ハイ!」

 

 ガキン!ガキン!ガキン!ガキン!ガキン!ガキン!ガキン!

 

 降り注ぐ大刀の雨を、二人は的確に捌いて防ぐ。

 二人が同時に防御することによって、一人が受ける衝撃を半分に減らすことができるが、それでもダメージはドンドン蓄積していく。

 特に青葉の方は、攻撃を受けるたびに腹の傷口から血がポンプのように飛び出していく。この状態、いつまでも続きそうにない。

 

「すまない二人とも…、俺を守るために…!」

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「うっせ!謝ってるヒマがあったら ちゃんと前見やがれ!アンタが先導してくれなけりゃ、オレらも後ろの張遼に全神経集中できないんだからよッ!」

 

「わ、わかった!」

 

 そして張遼の斬撃は、やむことなく続く。あれだけの威力の攻撃を何発も何発も、アイツの体力は底なしか。

 だが、その連撃を何度も目撃していくうちに、張遼のバカみたいな攻撃力の正体がわかった。

 彼女は、自分の乗る馬の踏み込みと同時に剣を振り下ろしているんだ。それによって騎馬の筋力を利用して、自分の力以上の威力を剣に乗せることができる。

 人間の何倍も強い馬の筋力をだ。

 まさに人機一体、あんな器用なことを人間ができるのか?

 

「クッソ……」

 

 青葉(チンイェ)が、腹の傷口を押さえる。

 

「青葉ッ!」

 

「まだ、まだだ……、濡須に着くまでは……ッ!」

 

 ああもうっ濡須にはまだ着かないのかッ!

 

「あーはっはっは!もう諦め!この張遼様から逃げおおせるなんて最初から不可能なんやッ!」

 

 張遼は高らかに笑いながら、またも騎馬の呼吸に合わせ、大剛の一撃を俺たちへ叩き落とさんとする。もう青葉と紅花には、それを何度も耐え切る体力は残ってない。

 

「来るぞ紅花(ホンファ)ッ!振り絞れ!」

 

「ハイッ!」

 

 二人もそれを わかっているのだろう、次の攻防を最後と決め、残る全力を出しつくして刃を突き出す。もはやこれ以上は防ぎきれない、だからこそ この一撃だけは完全に防ぎきる!

 

 

 ガガガガガキィィンッッッッ!!!!!

 

 

 白色の閃光が火花となって舞い散る。その激突に、周囲の空気が弾けた。

 

 ブォン、ブォン、ブォン、………ザクッ!

 

 中空に大きな旋回音を立てて、地面に突き刺さる。

 その弾き飛ばされたモノの正体は、刃。龍の頭を模した、二十八斤の大刀。それは間違いなく張遼の飛龍偃月刀だった。

 

「なんやて……ッ?」

 

 そうだ、今の激突で、青葉と紅花の共撃が 張遼の刃を弾き飛ばしたのだ。

 張遼は信じられぬという風に、空になった我が手を見詰める。

 

「ウソやッ?いくら二人掛かりいうたかて、あんなヒヨッ子どもが、ウチの剣を弾き飛ばすなんて、ありえへん!」

 

「………ならば、三人ならどうだ?」

 

 誰だ、今の声は?

 

「一刃で受け切れぬものなら二刃で、…二刃で受け切れぬなら、三つの刃で受ければいい」

 

 と、誰かが言う。

 その面前には、張遼の刃を防ぎきった、交差されし武器があった。

 一本目は青葉の戦戈、二本目は紅花の戦戈、そして三本目は、牛刀のように肉厚な、川族の扱う湾刀。それを手にしているのは―――、

 

「………思春、なんで?」

 

 青葉と紅花の交差に刃を添えているのは、呉にその人ありと言われた猛将・甘興覇こと思春だった。

 チリン、彼女が剣を収めると、鈴の音が鳴る。

 

「思春殿だけではありませんよ、一刀様!」

 

 そう言いつつ、新たな影が俺の隣に着地する。

 

「明命まで、一体どうして!」

 

「どうしても こうしてもありません、これが孫呉の戦い方です!一刃がダメなら二刃、二刃がダメなら三刃、そして三刃がダメなら、この明命が四刃となるために やって来たのです!」

 

「四刃でダメなら、ここに五刃目がおるがのう…」

 

「祭さんまで!」

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 続々と現れる、呉の勇将たち。

 

「では…、私は六刃目を務めさせていただきます!」

 

「シャオは ななばーん!」

 

「じゃあ、私は八番ですねぇ〜」

 

「そして私は九刃目というわけだ、………張遼、いくらでも掛かってこい、お前がどれだけ凶刃を振るおうと、孫呉の意気は尽きはせぬぞ」

 

 俺たちは、俺たちの逃げようとしていた前方を見詰めて、息を呑んだ。

 そこには大挙の軍勢を率いて居並ぶ、俺の良く知る人たちが いたからだ。

 思春、明命、祭さんだけじゃなく、

 亞莎、

 小蓮、

 穏、

 冥琳、

 みんな、みんな揃って俺たちの前にいる。呉のみんながそこにいる。

 

「みんな……、どうして…………?」

 

 俺が呆然として呟くのへ、冥琳が当然のように答える。

 

「どうして、だと?くだらないことを問うな北郷、皆同じだ、お前と同じ理由で、ここまで駆けてきたのさ」

 

「一刀様たちが飛び出していった後、明命が大騒ぎして私たちに知らせてくれたんです」

 

「ぶー、ひどいよ一刀ーッ、ケンカするならシャオも連れてけばいいのにーッ」

 

 亞莎も、小蓮も、頼もしげに答えを返す。

 そうか、みんな、俺と同じ理由で ここまで来てくれたのか。

 

「オレを……助けるために?ウソだろ……?」

 

 青葉(チンイェ)も呆然と呟く。

 

「いいえ、みんなアナタを助けるために ここまで来てくれたんです。そうですよ!そうなんです!」

 

 紅花(ホンファ)が、熱っぽく興奮した。

 そして、俺たちと同じように、呆然と この孫呉の勇将たちを見詰める人物が、もう一人。

 張遼だった。

 

「…ウソやろ?コイツら全部、たかが奇襲部隊のヒラ隊長を助けるために ここまで出張ってきた言うんかい?こんなそーそーたるメンツが雁首揃えて?………ありえへん、こんなの絶対ありえへんて!」

 

「魏の将兵にとって ありえないことでも、孫呉の勇者にとっては ごく当たり前のことがあるのよ、張遼」

 

 居並ぶ呉兵の間から、毅然たる表情をうかべる一女が現れる。その女性の名は―――、

 

「―――蓮華」

 

「我ら孫呉の勇者は、仲間のために命を捨てることを少しも ためらわない。守るべき仲間がいるからこそ我らは命捨てることを厭わず、その仲間もまた命を捨てて自分を守ってくれる。その捨身の信頼こそが我ら孫呉の力となるのだ。……張遼、生きて帰れたら よく覚えておくがいい」

 

「―――あー、蓮華さん、それに似たような意味のこと、既に俺もー言った」

 

「ええっ、ウソッ?」

 

 でも充分カッコいいぜ蓮華。

 張遼は、呉の将たちが放つ気迫に圧倒されそうになるが、そこは三国最強の誉れも高い名将、すぐに自分の呼吸を取り戻し、

 

「…はっ、ご高説ご苦労さんや。でもな、よく考えたらコレ、ウチにとってもゴッツええ機会やないか?敵国の王様が、手を伸ばせば届くところまでノコノコ来はったんやからな。…ちょうどええ、そこのザコの代わりにアンタの首貰おうやないか孫権!」

 

「げげーッ!張遼将軍なにやってるんですかッ?」

 

 やっと追いついた後続の張遼の部下たちが、孫呉オールスターズに特攻かけようとする張遼を寸前で押し留める。

 

「やめてください将軍、逃げましょう!あんな凄いメンツに将軍一人で敵うわけないじゃないですかッ!」

 

「何言うとんねんッ、それでもオマエら張遼麾下の精鋭かッ!最後の一人になるまで敵陣に突き刺さり、孫権の喉笛 食いちぎったるんやッ!」

 

「ムリですッ、あっちには鈴の甘寧や美周朗がいるんですよ!素直に退却しましょう!」

 

「イヤや!離せーッ!ってか オマエどこ触っとんねんっ!」

-10ページ-

 張遼は部下にムリヤリ押さえ込まれながら元来た道を退却していった。危機は、俺たちの前から去ったのだ。それを見届け、蓮華が厳かに下知をする。

 

「思春、明命、亞莎、……張遼を追撃せよ、呉の鋭兵に手を出したこと、たっぷりと後悔させてやるためにもな!」

 

「御意!」「了解ですッ!」「は、はひッ!」

 

 呉の若き将たちが、各自の軍を率いて張遼を追っていく。俺はもう体力が尽き果てて、それを放心したまま見守るしかなかった。俺の隣の、もう二人も同じ、二人が背中を合わせて ぐったりとしていることこそが、この戦いの無事なる終了を何より告げていた。

 

続く

説明
オリキャラ恋姫伝、クライマックスです。

はたして潘璋こと青葉は、霞の脅威から逃れることができるのか?
そして朱然こと紅花の決断は?

お楽しみください。
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コメント
ブリューナク様>それは言ってはいけない約束w孫呉の意気ですw(のぼり銚子)
だめぱんだ♪様>しかし それでこそ霞、傾いてこその人生や!(のぼり銚子)
cheat様、jackry様>このお話で書きたかったシーンの一つですw(のぼり銚子)
munimuni様>兵士「サー!あの時は必死で、何処を触ったのか わかりませんでした、サー!」(のぼり銚子)
ルーデル様>けっこう熱い展開だと自画自賛したいです、いや自重(のぼり銚子)
Poussiere様>結局のところ、霞の処女は魏の一刀のものなのです、合掌w(のぼり銚子)
孫呉の意気はもっともだが、さすがにこのやりすぎフルメンバーはどう考えても一刀まで出ばったせいだろうwww(ブリューナク)
霞暴走しすぎwフルメンバー相手に突撃はwww(だめぱんだ♪)
フルメンツktkr ( ̄□ ̄|||(cheat)
てか蓮華のセリフで三銃士思い出したw(ルーデル)
毛利の三本矢じゃねーけど・・・いいねΣd(ルーデル)
霞wwwww 駄目だwww 俺がそれをもr(ry)  さて・・・・・今後どうなるのやら・・・愉しみです^^w(Poussiere)
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