とある武術の対抗手段《カウンターメジャー》 第三章 G?1トーナメント:二 |
能力者を立て、自分は裏方に徹しつつ長点上機を勝利へ導く。『対抗手段《カウンターメジャー》』計画の縮小・閉鎖に繋がる岐路という意味で、非常に重要な任務である。一瞬たりとも油断は出来ない。
開会式が閉幕する。参加者以外の学生は下がり、空いたスペースで着々と準備が進む。
まずは棒倒しからだ。火炎に電撃、氷柱に念動力と、何でもござれの団体競技である。
勝利は当然。求められるのは勝ち方。隠然と暗躍し、母校を勝利させる。
とは言うものの、廷兼朗はそれほど気負っていなかった。只でさえエリート校の長点上機には、優秀な人材が揃っている。彼らの実力を最大限に発揮できるよう、廷兼朗はほんの少し手助けをすればいい。
それに、大覇星祭最終日には廷兼朗が楽しみにしているイベントが待っている。そのことを考えるだけでますます気息が高まり、今すぐにでも体を動かしたくて堪らなくなる。
「第七学区・高等学校部門・第一種目・棒倒し。競技開始まであと十分三十秒です」
アドバルーンから下がるスクリーンにメッセージが映し出され、勧告が響き渡る。白組の証である白帯を額に巻くと、自然と身が引き締まる。
「行こうぜ、字緒」
後ろからぱしんと肩を叩かれる。同じ長点上機学園の生徒で、風紀委員《ジャッジメント》でもある荒涼阿刀次《こうりょうあとじ》だ。強能力《レベル3》の能力者であり、自身もレスリングを習っている。その体つきは廷兼朗より一回り大きい。
彼は風紀委員として廷兼郎の教導を受けているため、先輩であり生徒であるという難しい関係だが、気さくに廷兼郎のことを慕ってくれている数少ない友人の一人だ。
「お前が本気出せば、ウチの首位は揺るがないだろ。頼むぞ」
荒涼が太い笑いを見せると、廷兼朗はそれを受け流すような淡い笑顔で返した。
「大覇星祭の主役は、荒涼さんみたいな能力者ですよ。無能力《レベル0》の僕はお呼びじゃない」
「ああ。そういやお前、カリキュラムも受けてないんだってな」
廷兼郎は参加している計画柄、能力開発カリキュラムを受講していない。
素手による能力者の制圧を掲げる『対抗手段』計画のモニターの条件の一つに、『無能力者《レベル0》であり、以前に能力開発を受けていない者』というのが挙げられている。
対能力者戦闘術の研究・開発をするにあたって、能力使用を前提とした戦闘術は、当たり前ながら普通の人間には行なえない。それでは汎用性に問題があるため、モニターは無能力者《レベル0》であることが望ましい。そう言った意味で、以前には学園都市外で暮らしていた廷兼郎は、適任であると言える。
「これからカリキュラムを受ければ、お前でも超能力が身に付くんじゃないか?」
「ははっ。そうですね。可能性はあります。可能性はね……」
軽口で答えたものの、廷兼郎は毛ほどもそんなことを思っていなかった。
廷兼郎は一度、長点上機学園への入学が決まった日、身体検査《システムスキャン》を受けていた。
結果は勿論無能力《レベル0》。その報告は廷兼郎にとって何ら驚きではなく、素直な気持ちで受け止めた。
元より自分に、超能力など備わっているはずはない。そんな才能らしきものは、生まれたときから根こそぎ取られてしまっている。
「まあ、要はお祭りですからね。僕みたいな普通人は、怪我無く過ごせれば重畳《ちょうじょう》です」
「どの口が言うんだか。相手はスポーツエリート校だと。あんまり凹ませるなよ」
「僕はスポーツマンじゃない。どちらかと言えば、武術家ですからね」
軽口を叩いている間に、棒倒しの競技が開始する。
開始直後からのもみくちゃな膠着状態を見て、思いっきり飛び蹴りをかましたい衝動に駆られた廷兼郎だったが、あまりに目立ちすぎるのでさすがに自制した。
「はいはーい。ちょろ〜っと通りますよ〜、すいませんね〜」
言うに早いか、蛇のような身のこなしで味方の人だかりを泳ぐ廷兼朗は、すぐに棒に触れられるほどの最奥部までたどり着いた。
そして両掌を宛がうと、軽く前足を上げ、短く息を吐く。
七メートルの棒が、一メートルほどズレた。問答無用で迫る棒に押され、敵陣営が崩れる。既に棒を支えられる状態ではなくなった。その後は取り付いていた長点上機生徒の重みを受けて、棒は横倒しになった。
震脚の音は、能力者が放つ攻撃に紛れるので気にしないでもいい。多くの人が取り付いた七メートルの棒を弾くという所行も、念動力《テレキネシス》の仕業と思われたことだろう。
廷兼朗が棒の倒壊を確認した時点で、競技の終了を知らせるアナウンスが流れた。長点上機高校の完封勝ちである。
相手校が一様に項垂れる中を、長点上機の生徒は特に感慨もなく撤収する。昨年に続いて学校部門首位を目指しているのだから、初戦ならばこんなものだろうと、皆喜ぶことすらしない。それが却って相手校の気持ちを貶める。
廷兼朗にも次の仕事が控えているので、一喜一憂している場合ではない。用意していた細長い棒を携え、彼は長点上機の陣営に走る。
「字緒、何してんだ?」
廷兼郎の姿を見つけ、荒涼が近づいてくる。
「あ、荒涼さん。早く並んで並んで!」
「だから、それ何?」
廷兼朗は長い棒を持って、何やら長点上機の生徒にストレッチを施しているようだ。よく見れば彼の他にも、スポーツトレーナーのような人間が同じようなことをしている。
「スタビライゼイションです。ただのストレッチじゃないですよ」
スタビライゼイションとは、複数の筋肉を同時に収縮させ、筋肉のバランスを整え、姿勢を正す訓練である。人間の体は疲労や筋肉痛などで背骨などが曲がり、正中線が歪んでしまう。それを整え、肉体的な疲労や筋肉痛を治し、ストレスの解消にも効果を持ち、さらに高いパフォーマンスを引き出すことの出来るトレーニングである。
廷兼朗は淀みなく講釈を垂れながら、真っ直ぐの棒を使って、荒涼の姿勢の歪みを客観的に捉えて正している。
「それは分かったけど、何でお前がやってるの?」
「トレーナーの人だけじゃ、手が足りないんですって。それにこの訓練、僕は毎日やってますから。あ、腰はもっと右にずらして、そう、その辺りです。首までぴったりと棒に貼り付けるような感じで」
正中線を整える訓練を徹底している廷兼朗にとって、他人の正中線を整えることなど朝飯前だ。ある意味でこれも、点数稼ぎの一環と言える。
次の競技に備え、本職のトレーナーに混じって生徒の体調管理も行う。そのための知識も『対抗手段』計画で得たものであれば、計画自体の評価となるのは自明の理だ。
「やばッ! もうこんな時間!? ああ忙しい忙しい!」
荒涼のスタビライゼイションを終えると、わざとらしく携帯の画面を見て慌てだし、廷兼朗は棒に鞄を括り付け、逃げるように会場を後にした。
今度の競技は借り物競走。ライバル校の常盤台も出場している以上、長点上機としてはぜひとも勝っておきたい競技だ。
とは言うものの、やはり廷兼朗自身にはこの競技で勝利する意図はない。
相手に気取られぬよう黒目を動かさず、出場選手の顔を見渡す。
廷兼朗以外で、長点上機から出場するのは三人。そのいずれとも面識はない。間違っても面が割れることはないだろう。
こちらはどの生徒がどの競技に出るのか、独自のルートから情報を仕入れている。顔どころかパーソナルデータまで把握済みである。
借り物を書いた紙を受け取り、開始線に並ぶ。長点上機の生徒の後ろに忍び寄り、さりげなく借り物の内容を覗く。
廷兼郎が三人のそれを確認し終わると、競技開始のアナウンスが掛かった。
皆が一斉に会場を飛び出し、学区内へと向かう。
出遅れてしまった廷兼郎だったが、慌てる様子は無い。
「さてと、必殺仕事人の時間だ」
愉快そうに呟き、一足遅れる形で、廷兼郎は雑踏の中に身を投じた。
説明 | ||
東京西部の大部分を占める学園都市では、超能力を開発するための特殊なカリキュラムを実施している。 総人口約230万人。その八割を学生が占める一大教育機構に、一人の男が転入してきた。 男の名は字緒廷兼郎(あざおていけんろう)。彼が学園都市に来た目的は超能力ではなく、武術だった。 科学と魔術と武術が交差するとき、物語は始まる |
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