とある武術の対抗手段《カウンターメジャー》 第三章 G?1トーナメント:七 |
廷兼郎は会場へ入り、ぐるりと辺りを見回した。
観客は全部で三千人程だろうか。それでも根を入れて向き合わねば気圧されるような熱気が会場に充満している。
試合場に上がる。既に相手選手が立っている。香山昭次《かやまあきつぐ》。空手の有段者であり、異能力《レベル2》の念動能力者《テレキネシスト》でもある。
試合場は二十メートル四方の舞台である。遠距離攻撃を得意とする超能力者のために、広めの設計がなされている。
一度試合場の中央まで行き、主審のチェックとルールの説明がなされる。主審は万が一攻撃を加えられても大事がないよう、警備員も兼ねている屈強な教師が務める。
それを終え、ようやく開始線へ戻る。開始線は中央から五メートルほど離れた場所だ。つまり、互いに十メートル離れた場所で向き合うことになる。
「ジャッジ! ジャッジ! ジャッジ! レディ……、ファイ!!」
カーン!!
小気味よい鐘の音が、試合の開始を告げた。
香山はアップライトに構えながら軽くステップを踏んでいる。空手だけではなく、キックボクシングなども学んでいるのだろうか。リズムと言い重心と言い、とても安定している。
五メートル程まで近づき、廷兼朗も構える。左手を肩から緩く伸ばし、右手を臍の辺りに添えた自然体。
念動力ならば広い射程を持つはずだが、未だ動きはない。どうやら香山は、廷兼朗の出方を伺う気でいるようだ。
そんな静かな立ち上がりを、観客は水を打ったように大人しく見守っている。野次の一つでも飛ぶかと思っていたが、意外に心得ているようだ。
それではなおのこと、盛り上げないと申し訳がないだろう。
廷兼朗は、いつものように力みを感じさせぬ動作で一気に踏み込む。ぎょっとする香山だったが、すぐに反応し、前蹴りの体勢に入った。
「はッ!」
下腹部を狙う蹴りを、廷兼朗は跳んで避け、前方宙返りから蹴りを浴びせかけた。
真上から降り注ぐ蹴りを、片足で立った状態で防いだ香山は、バランスを崩して後方に転がる。
一拍置いて、会場から歓声が沸き上がった。
空中からの胴回し回転蹴り。隙が大きいため、滅多に見られる技ではない。
「うおお! いいぞレベル0!!」
「調子乗んな! 香山、ブッ殺せ!!」
廷兼朗の派手なアクションを受けて、観客が盛り上がる。
いい感じに会場を暖めることが出来た。人と人とが戦う様を見せているというのに、大人しくされては選手も冷めてしまうというものだ。
しかし、当の香山は静かに立ち上がり、何事もなかったかのように構え直した。
(あわよくば逆上してくるかと思ったが、会場の雰囲気にも飲まれていない。虫が良すぎたか)
それでも、これ以上黙ってお見合いなどという真似はしないだろう。
軽いステップから左が走る。空手の突きではない。ボクシングのジャブに近い動きだ。
廷兼朗も前に出してある左でジャブを捌き??
??顔面に衝撃が走った。
ジャブは防いだはずだったが、まるで衝撃だけが突き抜けたかのように顔を殴られた。
的確に鼻頭を殴打され、僅かに血が滲む。
香山のコンビネーションは止まらず、ジャブで距離を測り終えてから右の正拳突きを繰り出す。今度は防ぐのではなく、廷兼朗はウェービングして、拳の軌道から完全の体を逃がしながら横へ移動する。
香山が足を入れ替え、回り込まれるのを防ぐ形で左中段蹴りを放つ。
「ッ!?」
蹴り足が命中した後、それを追うように同じ場所へ衝撃が来る。蹴り二回分の衝撃を食らい、廷兼朗は体勢を崩しながら大きくバックステップする。
(それが、あんたの能力か)
「二重影撃《ダブルエフェクト》か。実際に見るのは初めてだわ」
白井たちと合流し、一緒に試合を観戦していた網丘が頷きながら漏らした。
「ダブルエフェクト? そんな能力がありますの?」
「香山選手の能力よ。念動力の一種なんだけど、その性能が限定的なの」
念動力は、手を使わずに遠くにある物を動かす能力である。時には実際の手よりも器用に、そして力強く作用する。
「よく能力者は、手や体の動きと合わせて能力を発現させるけど、それはもっとも意識しやすい、つまり演算しやすい方法だからだと言われているわ。二重影撃の場合、自分の繰り出す攻撃と合わせた状態じゃないと発現しないのよ。そして多くの念動力者のような、掴むなどの器用な動きは出来ず、単に押すだけ。レベル自体は低いけど、単純な分、出力が大きい。恐らく通常のキックと同じ衝撃を発生させているはずよ」
網丘の説明を聞いていた錬公老人は、好々爺とした顔で面白そうに笑った。
「この街には、こんな連中がゴロゴロ居るのか。こりゃあ字緒は退屈せんわな」
ほっほっほと笑いながら、攻め立てる香山をじっと見据える。彼も武術家である以上、敵との対戦した場合というものを必ず考えてしまうのだろう。
廷兼朗は、追い打ちを掛ける香山の攻勢を、丁寧に外していた。防御はしない。受け止めれば二重影撃で否が応でも動きを止められてしまう。念動力が飛んでくる打撃の軌道上から、完全に体を移動させるしかない。
打撃が当たるほど近くにいるのに、当たらない。拳、蹴りを満遍なく繰り出しているにも関わらず、その合間から敵がすり抜けていく。
外れていく打撃が、当てねばならないという香山の気持ちを加速させてゆく。
一度体勢を整え、今度はいきなり右から入る。左ジャブからの組み立てだったコンビネーションのリズムを変える。
それは理想的な打突だった。香山にとっても、廷兼朗にとっても。
繰り出される右拳を、廷兼朗は飛びつくように迎えに行く。
放たれた右腕を引き込み、両足で捕獲する。そのまま香山を仰向けに転がし、廷兼朗は下腹部に力を込める。
バンバン、と香山が床を叩く。ギブアップの合図である。
カンカンカンカーン!!
静まり返った会場に、空しい鐘の音が反響した。腕拉ぎ逆十字固めを解き、もう終わったのかと聞きたげな香山に手を貸しながら立たせる。
香山は自身でタップしておきながら、狐に摘まれた表情を廷兼朗に向けていた。
主審が廷兼朗の勝ち名乗りを上げ、彼は一礼して会場を後にした。
説明 | ||
東京西部の大部分を占める学園都市では、超能力を開発するための特殊なカリキュラムを実施している。 総人口約230万人。その八割を学生が占める一大教育機構に、一人の男が転入してきた。 男の名は字緒廷兼郎(あざおていけんろう)。彼が学園都市に来た目的は超能力ではなく、武術だった。 科学と魔術と武術が交差するとき、物語は始まる。 |
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