第3話 客~依頼者はクラスメート~
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同日 PM7:30

さて、九十九堂の住人たちの再会から、時が立つこと約3時間。日は暮れてしまい、もう夜といえる時間帯。このような時間帯なのに、九十九堂の前には2人の客の姿があった。

 

第3話〜依頼者はクラスメート〜

 

「ふぅ、今日はさすがに売上はなしか…」

 

緑色の和服に茶色の衣紋を着た龍真が、番台に座りながら呟いた。

今日のお客は、祖父が経営していた頃の顔見知り4名、好奇心で入ってきた龍真とは別の高校の女子高生が3名、色々と見て数日後に何か買いにくると言ったお爺さんが1名、計8名である。

しかも、顔見知りの内2名は『本業』の同業者の人間だった。結局、本日の売り上げは皆無。いくつか最近の『ここ』の状況を教えてもらった分、利がなかったわけでもない。

もともと、そうそう売れるものがおいてあるわけではないので、仕方がないといえば仕方がない。

龍真は帳簿から目を離すと、気を抜くように息を吐いた。

 

「龍真様、ご苦労様でした」

 

声をかけられて振り向くと、白幽がまだ湯気の立っている湯飲みを載せたお盆を持って後ろに立っていた。

龍真は湯飲みを受け取ると、まだ熱いお茶を一口啜る。

 

「あぁ、お茶がうまい」

 

そういって、目を細めている姿は、少々爺むさいものの、正に若旦那と呼ぶに相応しい姿である。枯れているとは間違っても思っちゃいけない。

龍真はそのまま茶を飲み干し、白幽の持っているお盆へと湯飲みを戻した。

 

「ありがとう白幽。一息つくことができた」

「いえいえ。あ、そろそろ夕食が出来上がりますので、居間にいらしてください」

 

白幽は立ち上がると、店の奥の方へと姿を消した。それを見届けると、

 

「さて、俺は店を閉めておくか」

 

龍真は立ち上がり店の玄関の前へと歩いていく。そして、玄関に手をかけ、今時珍しくかつ無用心なねじまき式の鍵を掛けようと少し身をかがめたときだった。

戸が盛大な音と共に、コレでもかという位に不必要な勢いで開けられ、

 

「夜分にごめんくださ〜〜〜〜いっ!」

「あの…、ごめんください」

 

これまた余計なくらいに威勢のいい声と、逆に消え入りそうな細い声が店内に響いた。

 

「え??????????????」

 

龍真の思考が、目の前に現れた突然の来客に一時停止した。少し身をかがめていたこともあって、目の前にあるのは濃紺のブレザーとそれを押し上げる双丘。

慌てて、視線を上げると今度は見知った顔が2つ。

 

「あれ?」

「あ……」

 

龍真を認識してか、来客者達の目が驚きに見開かれる。それは龍真も同じだった。彼の目も、その来客者たちの顔に驚き見開かれている。

それもそのはず、その来客者たちの顔は彼のクラスの悠里と春奈だったのだ。

 

「「龍真君!?」」

 

来客者たち――春奈と悠里の声がきれいに重なる。

 

「え? 何で龍真君がこの店に居るの? それにその格好…、もしかして……」

 

春奈はものすごい勢いで状況を整理し始めている。ちなみに、悠里はというと

 

「和服の龍真君…和服の龍真君…和服の龍真君…若旦那…若旦那…若旦那…」

 

壊れていた。今日、知り合った人間にここまで入れ込めるのはある意味賞賛に値する。

一方龍真は、掌で顔を覆うようにして顔をしかめていた。なるべくなら、この店の店主が自分である事は知られたくなかったのだ。

それがたった1日でばれてしまった、しかもクラスメートにだ。

 

「まぁ、とりあえず2人とも入ってくれ」

 

視線を向けた時計の針はもうすぐ8時を指そうとしている。

さすがに、こんな時間に女性2人だけで帰らせるのはまずいと思ったのだろう、龍真は着替える間だけ店内に二人を入れることにした。

 

「あらあら、お客様ですか?」

 

ちょうど、龍真が座敷に上がろうとしたときに白幽が姿を表した。彼女は2人の女子高生を見ると、にやーっと含みのある笑みを浮かべた。

その笑みから感じられる気配に龍真の体が硬直する。龍真は余計なことを言うな、と言わんばかりに白幽に視線をおくる。

だが、白幽はその視線にさらに深い笑みで返すと、2人へと、

 

「あら、龍真『様』のご学友の方ですか。どうぞこちらに、お上がりください」

 

と、『様』にアクセントをつけて言った。その台詞に、春奈と悠里は石化する。

 

(ま、まさか、既に様付けで女性に名前を呼ばせていたなんて…!)

(あ、姉さん女房!?)

 

凍えてしまいそうな沈黙の後、石化が先に解けたのは春奈だった。胸ポケットから手帳とペンを取り出すと、早速ネタを書き込み始める。さすがは新聞部部長、用意がいい。

龍真はそれを止めようともしない。というのも、彼も白幽の一言に石化しているのだ。

 

(これは…、マズすぎる。なにか、何か話題転換を!)

 

龍真の第六感が、現在の状況に対して警告を放つ。危険だ、この状況は生死に関わる、と全神経が緊張状態に入る。

ちなみに、原因の白幽はこの時点でお茶と茶請けを取りに台所へと戻ってしまっていたりする。まるで、敵が危機的状況を回避して自分に迫るのを楽しみにしているかのようだ。

 

「そ、そうだ…。2人は何を買いにきたんだい。クラスメートだし、安くするよ」

 

どこか引きつった笑みを浮かべながら、龍真は2人に話し掛けた。一縷の希望を胸に話題転換にチャレンジ。

 

「あ、そうだ!龍真君、その格好からして君、ここの店長だよね」

「一応は…」

 

チャレンジ成功。心の中でガッツポーズをとる龍真。だが、その次の言葉に別の意味で緊張をする事になった。

 

「じゃあ、『拝み屋』もやっているの?」

「!!」

 

『拝み屋』、その単語を聞いた龍真の表情が一瞬強張りもとの表情に戻る。

 

「ちょ…、春奈、単刀直入すぎるよ!」

 

一瞬とはいえ、明らかに雰囲気の変わった龍真の表情を察してか、慌てて悠里が春奈をとがめる。

 

「龍真君、答えて。悠里の身の安全に関わるの」

 

春奈は悠里の注意を黙殺し、真剣な表情と口調で龍真に問い詰める。

 

「…………」

 

しばらくの沈黙の後、龍真がすっと眼を閉じた。

 

「龍真君!」

「お、落ち着いて春奈」

 

じれた春奈が思わず怒鳴り声を上げる。そのまま、つかみかかりそうな勢いの彼女をあわてて悠里が止める。

 

「落ち着いてって、悠里。アンタの命に関わることなんだよ!」

「それはそうだけど…」

 

2人の口論が始まりかけた。しかし、そこに龍真の声が割って入った。

 

「2人とも落ち着いてくれ」

 

その静かで落ち着いた声に、悠里と春奈は龍真に視線を戻し、はっと息を呑んだ。

 

((龍真君……?))

 

2人とも、わが目を疑った。彼女たちの目の前に居る人物の姿形は間違いなく転校生、剣杜龍真のものである。

しかし、その雰囲気がまるっきり違う。特に目が違う。今日1日、学校で浮かべていた穏やかな目とは似ても似つかない、まるで波紋1つたっていない湖面のような冷静な雰囲気をたたえる目をしている。

 

「まず、佐伯さん。君の問いに答える。君の言ったとおり、俺はこの店『骨董店・九十九堂』の店主であり…、『拝み屋・九十九堂』の店主でもある」

「やっぱり!」

 

龍真の口から出た『拝み屋』の単語に、春奈は喜びの声を上げる。龍真はその喜びの意味する所を考えながら続けた。

 

「まず依頼内容を聞く前に言っておくけど、俺が引き受けるのは、基本的には警察では取り合ってもらえない、また法でどうしようも出来ない事件だけだ。

そちらの力でどうにかなるのなら、『拝み屋』なんか頼るべきじゃない。和泉さん、佐伯さん、2人の依頼はこの条件に当てはまっているのかい?」

「うん……」

 

龍真の問い掛けに、暗い表情で悠里が頷いて答えた。その様子を見て、龍真の目はさらに真剣なものへと変わっていく。

 

「じゃあ、まず依頼を聞こうか」

 

龍真は着物の袖に手を入れると、何処からとも無くメモ帳とペンを取り出した。

 

「依頼内容はあたしが話すわ」

 

さっきの喜びの声を上げたときとは一転して、どこか重々しい口調で春奈が話し始めた。

 

「あたしと悠里が依頼したいのは、悠里の身辺の警護」

「警護?」

「うん、悠里が殺人犯に狙われてるの。最近、この街で猟奇殺人が続いているんだけど――。知ってるでしょ?

4月に入ってから、7人の女性がまるで食い散らかされたかのような死体で発見されてるって事件」

「あぁ、今日知り合いから聞いたばかりだがな。ついでに言うなら、犠牲者の正確な数は11人だ」

「っ!? そ、そこまで知っているなら、話が早いわ。実は1週間前、悠里がその犯人と出くわしたのよ」

「なぜ、彼女があった人間が犯人とわかる?」

「悠里が出会った場所で次の日に6人目――、一般的に報道されているほうで6人目の被害者が見つかったのよ」

「ふむ…。それで、顔を見られた犯人が、口封じに殺そうとしている、と」

 

龍真はわずかに思案した後、悠里の方を見る。悠里はそのときの恐怖を思い出したのか肩を抱くようにして震えていた。だが、龍真は彼女たちが望む答えを返さなかった。

 

「最初に言ったが、その内容なら警察に言った方がいい」

 

ただのストーカーなら、確かに拝み屋というよりも警察に言った方がよっぽどマシだ。なにせ、向こうは無料なのだから。

春奈は思わず絶句しかけて、すぐに言い返そうとしたが、

 

「警察じゃ…駄目なの……」

 

それは悠里の震える声にさえぎられた。龍真のほうは、それをある程度予想していたのか驚くようなそぶりも見せず、ただ静かに悠里の声に耳を傾けている。

視線は、真っ直ぐに悠里を見てそらそうとはしない。その真剣な視線が、悠里を勇気付けたのか震えを噛み殺すと、ゆっくりと言葉を続けていく。

 

「私、見たの」

「何を?」

「1週間前、男の人が紙をお化けに変えて人を殺した所を…。それからなの。

家の木に変な引っかき傷が出来たり、夜中に家の中から犬の唸り声みたいなのが聞こえてきたり、変な生き物に襲われたり……」

 

『紙をお化けに変えて…』のくだりで、龍真の表情が一気に鋭くなった。

紙を媒体としてこの世ならざるものをこの世に定着させる術。それは式紙の術である。つまり、犯人は人外の力を扱うということだ。

確かにそれでは普通の警察は取り合わないだろうし、普通の人では護衛など出来るはずがない。

龍真は視線を悠里からはずし思案する。

 

(こちら側の人間の犯罪か…。ならば、引き受けないわけにはいかないか)

 

人外を相手にするには、当然相手する側もヒトという規格から外れた力が必要だ。つまり、龍真の言った条件に当てはまることになる。

心は決まった。龍真は視線を戻した。

 

「その依頼、引き受けよう。依頼料に関しては事件が終わってから、成功報酬という形で支払ってもらえればかまわない。当然、額のほうも学生ということで相談にのろう」

「ほ、ほんとう…?」

 

怯えて引きつっていた悠里の表情が安堵でほころんでいく。

 

「っ!!?」

 

その表情の移り変わりを見た龍真の脳裏に、何か懐かしくて甘酸っぱい記憶が陽炎のように浮かんで消えた。

残ったのはどこか気恥ずかしい感情。その感情を隠そうとする龍真の意思を無視して、体ははっきりと表に出していた。

 

「おぉ? 龍真君、顔がなにやら赤くなってませんかぁ?」

「む……」

 

春奈が顔を赤くしている龍真を茶化し、龍真は気まずそうに押し黙る。

その古くからの友達のやり取りを思わせる光景に、悠里は気恥ずかしさと安堵を感じていた。今ここは日常なんだ、と感じることができていた。

だが――、

 

「―――っ!?」

 

その安堵は全身にはしった強い悪寒で消え去った。その直後、全身を針で刺すような激痛が彼女を襲った。

 

「―っ、あ…………」

 

そのあまりの激痛に、悲鳴を上げることすら出来ずに彼女の意識は真っ白になった。

 

「ちょ、ちょっと悠里…。どうしたのよ――? 冗談でしょ!?」

 

突然倒れた悠里に、春奈が呼びかける。しかし、悠里はまったく反応を示さない。

何の前触れもなく、急に倒れ、反応もまったく返さない。あわてる春奈をよそに、龍真はすばやく悠里の側により脈を計る。

 

(脈は…若干弱め。さらに、気に乱れ――いや、精気の枯渇か。吸精というよりは、散精の術を受けた後の状況。しかも、術式は条件発動型の術か)

 

脈と同時に全身の気の状態をみて、悠里の症状に見当をつける。精気の枯渇、言ってしまえば生命力の枯渇である。

当然、これがなくなるということは死を示すことになる。だが、これは術などの方面をもつものであれば、比較的簡単に対処の出来る症状だった。それ故に不自然であった。

 

(条件付きでの術の発動は、条件付けのロジックそのものが難しい。事件の話をするだけであれば、佐伯さんに話しただけで術は発動しているはず。

なのに、俺に話した後に発動したということは『力』を持った人間という限定が必要になる。条件発動型の術式と察知型の術式の混成。

複雑な術式になるはずだが、なぜここで散精程度の術なんだ?これくらいやる連中なら、相談者もろともに吹き飛ばすくらいはするはずだが…)

 

違和感は拭えないが、龍真はその思考を隅においやった。今するべきことは、依頼人の救助である。

龍真は慣れた手つきで、悠里のブレザーのボタンを外していく。濃紺のブレザーを脱がせたあとは、下のカッターシャツのボタンと動きには迷いがない。

 

「ち、ちょっとアンタ何する気よッ!?」

 

いきなり脱がせ始めたことに驚いた春奈の声を無視して、龍真は悠里のカッターシャツの前を完全にはだけさせた。

そして、純白の下着に包まれた豊かな胸の谷間――の少し下に手のひらを重ねて触れさせた。そこはちょうど心臓の位置。鼓動を確かめながら、龍真は己の呼吸のリズムを変えていく。

それは、力を引き出すために編み出されたひとつの方法だ。馬の呼吸を行えば馬のような脚力を発揮し、獅子の呼吸を行えば獰猛な膂力を発揮する。

ならば、龍真が行っている呼吸は何か。陰陽五行における気を発揮するための呼吸だ。焦らずにかつ速やかに呼吸をきざみ、

 

「神気発勝、小陰白色、金気――活剄!」

 

声と共に、重ねられた両の掌から、強く輝く白い光があふれ出す。その光に押し出されるかのように、悠里の全身から黒い霧のようなものが立ち上り、そのまま文字通り霧散して消えた。

続けて龍真は二度深く呼吸をし、へそと恥骨の間、俗に言う丹田へと気を集中させる。呪を払った次は失われた『精気』を、補充してやらなければいけない。

一般的に他者から精気の補充を受ける場合は肉体的な接触が必要不可欠である。これを最も如実に表している術がある。男女の交わりを持って精気を補充する、所謂房中術である。

だが、さすがに現在ではここまでやる人間は少なくなっている。ならば、どのようにするのが効率がいいのか?

その答えは口移しである。龍真は悠里の背に手を回し上体を起こさせ、空いたもう片方の手で頭部を固定する。そして、ゆっくりと顔を近づけていく。

 

「ちょっ…、龍真君! 気絶してる悠里にいったい何する気なの!!」

 

春奈が慌てて龍真と悠里の間に割って入ろうとする。

彼女からすれば、龍真が急に倒れた親友にキスを迫ろうとしている変態にしか見えないだろう。反応としては至極当然である。

だが、龍真のほうが一拍早かった。龍真の唇と悠里の唇が重なる。呼気に丹田に溜めた気をのせ、悠里へと吹き込む。

 

「んんっ――………」

 

悠里は顔をそらし逃げようとするが、龍真が頭部を固定しているためにそれはかなわない。

龍真は1度唇を離すと、先ほどと同じ呼吸を行い再び悠里に口付ける。今度は嫌がるようなそぶりを見せなかった。

むしろ受け入れるかのように、動こうとはしなかった。

 

「………ふうっ」

 

龍真は悠里から唇を離し、そのまま寝かせ膝枕をする。悠里の表情は落ち着き、全身にも生気が満ちているのが容易に見て取れた。

 

「これで問題ないな」

 

処置は成功したのだ。龍真は周囲におかしな気配がないことを確認すると、緊張を解いていった。

だが、その安心した空気をぶちこわすように、なにやらあわててかけてくる足音が聞こえてきた。

 

「龍真様っ! 今の暗い霊気は何事ですか!?」

 

白幽が、急に感じた呪の霊気に驚いて、慌てて居間へと駆けつけてきたのだ。

 

「あ…………」

 

そして、目の前の光景に絶句する。どこか疲れたような雰囲気のある龍真。その前には、先ほどやってきた龍真の学校の女子。

しかも、上半身は半脱ぎのシャツに下着のブラ一枚、あまつさえ龍真に膝枕までされている。その、瞬間白幽の頭の中で、男女2人の若さゆえの過ちがはっきりと描かれた。

それはもう、モザイク無しでは語れないくらい過激なやつが。

 

「不潔ですっ! 不潔ですわっ、龍真様ァッ!!」

 

何処からともなく白幽は、純白の柄に鞘に金糸で龍の刺繍の施された美しい刀を手にする。そして、その柄を掴んだと思えば、すらりと刀身を引き抜いた。

 

「あなたとその女性を殺して、私も死ぬぅ〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

 

昼の連ドラ張りの台詞をさけんで、泣き喚きながら刀を大上段に構える。

 

「あ、あれ本物!?」

 

一瞬の出来事に呆気に取られていた春奈は、刀身の輝きを見て、ここに来て初めて身の危険を感じた。

 

「えぇ、本物ですわ! 本物と書いてモノホンと読み、本気と書いてマジと読むのですわぁ〜〜〜〜〜〜〜!!」

「いや、待て、早まるな! 俺は何もしてない! 第一服着たままする気はないし…じゃなくて! あぁぁぁぁ、とにかく落ち着こうっ!?」

 

真っ直ぐ、唐竹割に振り下ろされた刀身を前にして、龍真が叫ぶ。その叫びに呼応するかのように、彼の体が動きを見せる。

動いたのは上体、両腕のみ。腰から下は悠里を落とさないために微動だにしていない。そして、残像さえ残さぬ速さで振り上げられた両手は、白幽の振るう刀を正確に捉えていた。

風船を割ったような破裂音が店内に響き、静寂が訪れる。

 

「落ち着け、白幽」

 

刀身を、自分の正面で白刃取りしながら、龍真が優しい声で白幽に語りかける。声は優しいが、刀身を受け止めている手はプルプルと震えている。

優しい声と表情で語りかけながらも、首から下は死の一線を越えないために渾身の力を込めている、なかなかシュールな光景だ。

 

「俺は、和泉さんには何にもしていない」

 

諭すような口調で龍真が語りかけると、白幽はさめざめと泣き始めた。

 

「うぅ……、じゃあ、何で龍真様はその人を膝枕してるんですかぁ…。そのままじゃ、龍真様も危険なのにぃ…」

 

なんか、喋り方が子供っぽくなってきている。

 

「そりゃ、急に動いたら彼女が頭を打ってしまうからな。第一、依頼人だ。依頼人を危険に合わせることは極力避けて当然だろう。それに、白幽の力くらいだったら、受け止めるのは訳ないさ」

 

その答えを聞くと、白幽は脱力したかのように刀から手を離した。龍真は、ふう、と溜息をつくと、刀を脇のほうにどける。

しかし、これで終わりではなかった。

 

「私も……」

「うん?」

「私も龍真様に膝枕してもらいたいぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

 

落ち着いたかと思いきや、再び泣き始める。手をバタバタと振って、泣き喚く様は子供っぽいではなく、正に子供そのもの。

ついでに言うなら駄々っ子そのものの姿だった。駄々をこねるには年増すぎる、などとは言ってはならない。それに、こういう女性が好きな人がいるかもしれないから。

それは置いといて、これには春奈はもちろんのこと、龍真も呆気に取られてしまった。

 

「あ…、その……白幽?」

 

恐る恐る龍真が問い掛ける。

 

「私も、龍真様に膝枕されたいぃ〜〜〜〜〜!」

 

聞いちゃいない。

 

「龍真様に抱きしめてもらいたいぃ〜〜〜〜〜〜〜!」

「内容変わってる!」

 

しかも、話が別の方に飛んできている。

 

「昔みたいに龍真様と一緒にお風呂入りたいぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」

「もう、腕も動きますし、大人なんで却下します!」

「なんですって!?」

 

急に始まった妙な漫才が、龍真の過去の話に絡まっていることに気付いた春奈は、常備しているペンとメモ帳を取り出した。

そして、早速今の問答をメモする。さすがは新聞部、抜かりない。

 

「これは…、思わぬところで特ダネよ!」

 

春奈が思わずガッツポーズをとる。おいおい、友人の心配してここ来たんじゃないのか?

 

「すぅすぅ……」

 

心配されていた筈の彼女は、もはや忘れ去られて安らかな寝息を立てている。そして、

 

「龍真様と一緒に寝たいですぅ〜〜〜〜〜〜! それで、ぎゅっと抱きしめたいぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」

「それは、過去何度か窒息死しかけているので却下!!」

 

2人の漫才はまだ続いている。

 

「それじゃあ…、龍真様と夜伽を……」

「しおらしく言っても駄目! それは全力で却下させていただきます!! というか、いつからそんなこと考えてるんですか?」

「龍真様が、まだ私にそうやって丁寧語使っていた頃!」

「初めてあった頃からですか!? って、10年前!?」

「逆光源氏計画だったのにぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

「あの頃から、俺は貞操狙われてたんですかっ!?」

 

続いているというより、収拾がつかなくなっているだけかもしれない。だが、そんな混沌とした状況に1人の人物が入り込んできた。

 

「あら、なにやってんの、お二方? って、あ………」

 

190近い長身に、野性的な雰囲気のある顔立ち…のはずなのだが、龍真の打撃を受けたせいか、どこか冴えない表情の男が再び顔を出す。

もう1人の九十九堂における人間の住人、北神大希だった。彼の目も白幽と同じく、上半身をはだけさせられ半裸の状態の悠里で止まり、絶句。

次に駄々をこねている白幽にむいた次の瞬簡に叫んだ。

 

「あ、あの朴念仁の龍真が修羅場だとッ!!?」

「だまれ、この阿呆ッ!!」

 

龍真の着物の袖から、苦無、棒手裏剣、飛針に飛刀、果てはチャクラムと、これでもかという量の投擲武器が姿を表す。

故人曰く、『雉も鳴かずば撃たれまい』。

 

「へ? まさか………」

 

龍真がその数本を手に持ち…、投擲! 投擲武器は次々と当たったスロットのメダルのように出現し、龍真はそれを片っ端から宙でつかみ投擲していく

 

「こういう仕置に入りますーーーーーーーーっ!!?」

大希の叫び声が引鉄となり、龍真の八つ当たりともいえる特別(スペシャル)私刑(リンチ)投擲(スローイング)武器(ウェポン)形態(モード)が始まった。

 

「俺はこういう役割じゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇ!!!」

 

近所迷惑な大希の叫び声を周辺地域にばら撒きつつ、九十九堂の夜は更けていくのであった。

 

説明
予定外の訪問者は予想外の人物。告げられたのは、拝み屋への依頼。龍真は尋ねる、それが自分が動くだけの内容たり得る理由を。拝み屋九十九堂に依頼が来るとき、事件が動き始める。人外の法がなしえる事件が・・・。
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タグ
伝奇、コメディ、シリアス、拝み屋

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