「理想」のひと。
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ナルト、

サクラ、

サスケ。

 

この三人の愛すべき悪ガキ達の演習が終わった後は、なんともいえない疲労感に襲われる。

 

子供っていうのは、ほんっと、恐ろしく無邪気なものだと思う。

無邪気すぎて、時折首を絞め倒したくなってしまう程だ。

子供ってやつは、平気で人の傷つくような事を口にする生き物だと今のオレは身をもって痛感している。

今日なんか、ナルトのやつに「オヤジ臭い」なんて言われてしまった。

 

こう見えてもオレはまだ二十代だぞ。

まったく、失礼なもんだ。

 

そんなことを考えながら、今日も今日とて、オレはアカデミーの廊下をとおり抜けていく。

 

 

 

 

 

 

 

「理想」のひと。 前編

 

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「カカシ先生、お疲れ様です」

 

迷い猫を見つける、なんていう平和極まりない任務の報告書を手に受付に足を運んだオレは、受付に座って満面の笑顔を回りに振りまく男に声をかけられた。

彼は、ナルトたちのアカデミー時代の担任、うみのイルカという中忍だ。

 

忍びが任務をこなすと必ず報告書を届ける受付。

そこに、大概イルカ先生は座っていた。

普段はアカデミーの先生をしているのに、時間が空くと受付に座るらしい。

全くもってよく働く人だと思う。

 

俺の知る限り、イルカ先生はいつも真面目に働き、いつでも誰にでも笑顔を投げかけてくる。

彼の人柄が表れたようなやわらかい笑顔が印象的な『うみのイルカ』と言う人物は、里でもかなり評判のようだ。

真面目で潔癖な内勤の忍者で、アカデミーの教師のイルカ先生。

オレみたいに、子供のころから暗部に身をやつして手を血に染めていた人間とは、まるで違う。

 

「はい、確かに受け取りました。不備はありません」

 

にっこりとそう告げられ、オレは「そうですか」と笑顔を返した。

もっとも、口布と額当てに隠されていては、表情など判別できないだろうけど。

 

何でこの人はいつも笑顔なんだろう、と思う。

オレなんかとは比べ物にならない人数の子供の世話をしてその後ここに来ているんだろうに、よく疲弊しないものだ。

それに、笑顔によどみがない。

なんというか、本当に心の底から笑っているような笑顔なのだ。

 

だから。

オレなんかとは違う、お綺麗な心を持った人なんだろう、と。

勝手にそう思っていた。

 

 

数日後、オレはいつものように報告書を提出した後アカデミーの廊下を横切っていた。

今日はイルカ先生は見かけなかった。いつもあの笑顔を見るのが日常になっていたので、どこか物足りない気がした。

少しくさくさとした気持ちで歩いていたとき、廊下の向こうから聞き覚えのある声が耳をかすめた。

 

「こら、聞いてるのか?」

 

少し強めの、でも穏やかな口調だった。

 

声のするほうを見やると、中庭でイルカ先生がやんちゃそうな男子生徒を叱っているのが見えた。

その、イルカ先生と向きあってぶすくれている生徒の顔にも、オレは見覚えがあった。

三代目火影の孫、木ノ葉丸という子供だ。

ナルトに負けず劣らずやんちゃな子供だと聞き及んでいる。

そのやんちゃな子供がどんな悪さをしたのか気になって、オレはそっと二人の様子を盗み見した。

 

「花壇の中に突っ込むやつが居るか。花がボロボロに折れて、可愛そうだろうが?」

「だってだって、かけっこしてたら花壇に気づかなかったんだコレ! それに、花なんかまた植えればいいじゃないかコレ!!」

 

どうも、木ノ葉丸が遊びに夢中になって中庭の花壇に踏み込み、花を荒らしたらしい。

当の木ノ葉丸は、悪気はあるようだが引っ込みがつかないようだ。

しかられた子供っていうのは、大概ここぞとばかりに自分を正当化する。

これはもう、子供の性分みたいなものだ。

さて、イルカ先生はこの駄々っ子をどんな風にしかるんだろうと、オレは上忍らしく物陰に隠れて気配を消しながら様子を見守った。

 

「……オレは、花も痛みを感じると思うんだ」

 

静かに、イルカ先生はそう口を開いた。

その目は怒りなど含んではおらず、とても静かな色をたたえている。

 

「せっかくがんばって綺麗に咲いたのに、踏まれて折れてしまっては辛いんじゃないのかな。木ノ葉丸、お前はどう思う?」

 

背の低い木ノ葉丸の目線にあわせるようにしゃがみこんだイルカ先生は、噛んで含めるようにやわらかく問いかけた。

木ノ葉丸は数回左右に視線を泳がせたが、視線を足元に落として

 

「…うん。可愛そうだ、コレ……」

 

とつぶやく。

その様子にイルカ先生が小さく口の端を上げ、木ノ葉丸の頭をポンポンと叩いた。

 

「よし、じゃあ、出来るだけ花を元の状態に戻してやろう。添え木をして肥料と水をやれば、元気になるかもしれないしな。先生も手伝うから、一緒にやろう」

 

イルカ先生の言葉に、木ノ葉丸の目からじわりと涙が浮かぶ。

それをそっと拭いてやりながら、イルカ先生は木ノ葉丸の肩を抱きこんだ。

 

彼は木ノ葉丸に対して一度も声を荒げず、模範的な対応で反省を促した。

なんて良く出来た人間なんだ。むしろ良く出来すぎていて、この人の内心の感情はどうなっているのか気になった。

 

(こんなお綺麗な理想を持った先生と、オレはたぶん合わないだろうな…)

 

ふとそんな思いが脳裏を掠める。

それは、彼に対するオレの率直な感想だった。

 

 

「イルカ先生、終わったぞコレ!」

 

花壇の整備が終わって、木ノ葉丸は泥だらけになった手で自分の鼻をこすった。

とたん、鼻どころか顔全体が泥だらけになる。

その様子をほほえましく眺めていたイルカ先生が、懐から白いハンカチを取り出して顔を拭いてやる。

 

「よくがんばったな、木ノ葉丸。気をつけて帰れよ?」

「うん! もう、花は踏まないぞコレ!!」

 

無邪気な笑い声とともに、木ノ葉丸が駆け出す。そのまま校門をくぐって、やがて姿が見えなくなった。

木ノ葉丸の背中を見送りながら、イルカ先生はなんとも言えない笑顔を浮かべていた。

苦笑…とでも言うのだろうか。でも、苦笑とは違う気がした。

 

心の奥底で、何か痛みをこらえている様な。

そんな表情だったのだ。なぜそんな表情をしたのか、理由をオレは知りたくなった。

身を隠していた物陰からそっと抜け出すと、まるで今通りすがったかのように廊下を歩いて一人たたずむイルカ先生に歩み寄る。

 

「イルカ先生じゃないですか! もうお仕事は終わったんですか?」

 

我ながら空々しいとは思ったが、まるで今気がついたかのように声をかける。

イルカ先生がオレのほうに視線を向けて、

 

「あ、カカシ先生…こんにちわ」

 

と返事を返した。

その表情は、先ほどの痛みをこらえる様な表情とは違い、優しげないつも受付で目にする笑顔だった。

 

「ええ、今から職員室に戻って、それから家に帰るところです」

 

にっこり笑いかけるその笑顔の裏で、どんなことを思っているんだろう。

オレのような猜疑心は無いのか。

彼の心はいつも光の下にあるんだろうか。

 

 

「イルカ先生は、いつも笑顔ですね。それに、生徒の扱いも模範的だ。とてもお綺麗な精神をお持ちですね。悪意とか殺意とか、感じたことは無いんでしょう?」

 

つい、口をついた言葉だった。

イルカ先生がきょとんとした顔でオレを見やる。

 

「オレがお綺麗なんて、とんでもないですよ。悪さだってしょっちゅうするし、それに、人を殺したいと思ったことも何度もあります」

 

穏やかな顔で、イルカ先生はそう言った。

 

「それなのに、生徒の前ではあんなに清廉潔白な態度をとるんですか。それって偽善じゃないですか? そんな人が先生をしているなんて、意外だなぁ」

 

自分でも嫌味のこもったセリフだと思ったが、何故だか口から飛び出す言葉を止められなかった。

オレの言葉に不快感を感じたのだろう、イルカ先生の眉根が一瞬大きく寄せられた。

だがそれはすぐに苦笑に変わり、イルカ先生はオレに向かって「そうですね、偽善ですよね」と答えた。

 

「本当に良く出来た大人なんて居ないと思います。オレだって、色んな悪意を持って生きてます。それは、オレが人間である証拠だ」

 

オレの目をまっすぐに見据えて、よどみなく答える。

オレはどう答えていいかわからず、無言のままイルカ先生の目を見つめることしか出来なかった。

 

「それに、子供っていうのは周りの影響を受けながら成長して行くんだ。だからオレは完璧じゃなくても完璧な大人のフリをしてるんです」

 

何かにすがるような目で、イルカ先生はオレの顔を凝視した。

すう、と、大きく息を吸い込む。

 

「要するに、オレは子供を騙しているんですよね」

 

その言葉と同時にイルカ先生の表情が苦しそうにゆがんだ。

その表情は、先ほどオレが見た、何かの痛みをこらえるような表情と酷似していた。

 

「偽善でも良いんです。オレは、子供にとって完璧な教師でありたいんだ。嘘で固めた模範的な教師でも、それが生徒の道しるべになるなら」

 

瞬間、オレの胸をクナイでえぐられた様な鈍い痛みが襲った。

それから、この人は真面目に自分自身と向き合い、そして戦っている人なんだと瞬間で理解した。

オレは受付での彼の笑顔や、ナルトたちに接するときの人格者的な態度しか見ていなかった。

けれど彼はその裏で常に自分の行動を反復し、悩み、苦悩してきたのだろう。

 

なんて、哀しい人なんだ。

なんて、愛しい人なんだ。

 

この人は、こんなにも人間じゃないか。

お綺麗とか良く出来たとか、そんな言葉で飾ってはいけないくらい迷い苦悩している等身大の人間だ。

 

「ゴメンナサイ、イルカ先生。オレ、あなたに嫉妬してたのかもしれません」

 

オレの言葉に、イルカ先生がほんの少し戸惑いを見せた。

オレは目を細め、にっこりと笑いかける。

 

「初めて受け持った3人の子供は、毎日あなたの話をするんです。特にナルトは、いつも笑顔で『優しいイルカ先生』について必死で語るんですよ」

 

そうだ、オレはイルカ先生に羨望と嫉妬の感情をぶつけていたんだと思う。

ナルトやサクラが嬉しそうにイルカ先生のことを話し、感情をあまり表に出さないサスケですら、彼の話を聴くと頬を緩ませる。

今はオレが奴らの上忍師なのに…という黒い感情が、心の奥底にこびりついていたんだろう。

 

「そんな…! オレこそ、ナルト達に会う度に「カカシ先生は凄い」って言われて、ああオレってもう用無しだなぁって落ち込んでたんです」

 

イルカ先生があわてたようにオレにそう答えた。オレは思わずぽかんとした表情でイルカ先生を見返す。

瞬間、口布と額当てがあって良かったと本気で思ってしまった。

 

「ナルト達、そんな事を言ってるんですか? 本当に??」

「本当ですよ。特に下忍に合格した時、ナルトは「カカシ先生は本気でオレと向き合ってくれたんだってば! オレ嬉しかった」って言っていました」

 

言って、イルカ先生はゆっくりとうつむいた。

イルカ先生の表情が見えなくなる。

 

「オレは結局、ナルトと本気で向き合っていなかった気がします。他の生徒の前では冷静に『良い先生の仮面』がかぶれるのに、ナルトの前ではそれが出来なかった」

 

しゅんとうなだれるイルカ先生の頭を、オレはポンポンと撫でながらゆっくりと声をかけた。

 

「それって、ナルトに対してムキになってるって事ですよね。要は、ナルトと本気で向き合っていたって事なんじゃないですか?」

「そうでしょうか? オレは、わけ隔てなく生徒に接することが出来なかった。駄目な教師です」

 

オレを見上げるイルカ先生の瞳が、泣きそうに揺れる。

きっと彼は、教師としてナルトを教えている間、色々な葛藤や後悔と戦ってきたのだろう。

 

「イルカ先生は一人でがんばり過ぎですよ。生徒の道しるべ役なんて、自分ひとりでやろうとせずにほかの先生にも任せちゃって良いんですよ」

 

そこまで言うと、オレはニッコリと笑って自分自身を指差した。

 

「たとえば、オレとか…ね。イルカ先生が一人で背負おうとする必要なんて無いんです」

 

オレの言葉に、イルカ先生は潤んだ目を何度かしばたかせて、よどみの無い黒い目でじっとオレの眼を覗き込んできた。

ついさっきまで、『欠点の無い理想の先生』だったはずの彼は、今、ただの不安を抱えた一人の人間だった。

けれど、この『うみのイルカ』と言う人物ならば、腹を割って、肩を並べて付き合えるような…そんな気がする。

 

「ナルトたちのこと、どうか、よろしくお願いします」

 

どこか吹っ切れたような笑顔で、イルカ先生は淀みの無い言葉をオレに投げかけた。

ふと気がつくと、アカデミーの校舎は緩やかに夕焼け色に染まり始めていた。

オレに向けられたイルカ先生の笑顔も、夕焼けでうっすらと紅くそまっている。

 

「ハイ! オレ頑張って、ナルトたちの理想の先生をやりますよ!」

 

ニッコリと見えている眼を笑ませながら、オレは答えた。イルカ先生がフフッと笑う。

最近知り合ったばかりなのに、まるで昔から見知った親友のような…そんな不思議な感覚がオレと彼の間にあった。

 

「頼りにしてますね」

 

そう言ったイルカ先生の笑顔は、今まで見た彼のどの笑顔より、ずっとずっと輝いて見えた。

 

 

 

 

 

 

*** おしまい * 2009/02/01

 

 

説明
NARUTOのカカシ先生とイルカ先生でほのぼの。
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