誇りをもって 旗をたてよ |
旗をたてよ
トールン王国の名のもとに
たとえ、地の底に追いやられたとしても
誇りをもって旗をたてよ
トールン王国の名のもとに
薄暗い闇のなかに、明かりとりのたて穴から差しこむ光がもれる。
この湿っぽく、薄暗い世界がトールン王国のすべてだった。
オニールは、トールン王国に生まれた。
長老たちは「我々は、昔はひろい外の世界にいたのだ」と話していた。
だが、オニールには、ひろい外の世界がわからなかった。
生まれたときから、地下に掘られた横穴のつづく、この湿っぽく薄暗い世界しか見たことがなかったからだ。
ただ、オニールは、明かりとりのたて穴のむこうに見える、青いどこまでも続くものが好きだった。
オニールはあきもせずに、青のどこまでも続くものを見つづけた。
長老のひとりが、それが「空」というものだと教えてくれた。
ときどき、その青をよこぎり隠してしまう白いものは、「雲」というのだとも教えてくれた。
トールン王国も、昔はその「空」のしたで栄えていたというのだ。
「空」は、ひろくどこまでも続き「雲」は、形をかえ、色をかえ、とても美しかったという。
戦争に負けたトールン王国の人々は、地下の洞窟に逃げこんだ。
敵の王国は、洞窟のなかまでは追ってこなかった。
ただ、洞窟からでたものは、容赦なく斬り殺した。
まるで、雑草を刈りとるように。
だから、オニールたちトールン王国の人々は「空」の下にでることができず、ずっと、この湿っぽく、薄暗い世界で生きてきたのだ。
オニールは今日も、明かりとりのたて穴から「空」を見ていた。
「オニール」
そこに、凜とした、透きとおるような声がひびいた。
幼なじみのシンシヤが声を走ってきた。
オニールもシンシヤも、今年で16歳になる。
シンシヤは、端正な顔立ちと美しい黒髪で、同世代の男たちに人気があった。
「暗闇にさく、一輪の花」と、うわさされていた。
いつもシンシヤの気をひこうと、誰かが話しかけていた。
それどころか、大人たちも、シンシヤが「だれと結婚するのだろう」とうわさしあっていた。
そんなシンシヤが、いくら幼なじみとはいえオニールに話しかけるのを、みんな不思議におもっていた。
ときには、お節介な大人が、シンシヤにやめるように忠告することさえあるほどだった。
オニールは、子どもの頃からずっと、背が低かった。
それを、冷やかされながら育った。
ぼさぼさの髪と低い鼻で、決してよい顔立ちとはいえなかった。
いつも、明かりとりのたて穴から「空」を見上げていて、みんな変わり者とうわさしていた。
みんな、あまり近寄ろうとしなかった。
オニールの親ですら、最近は、オニールを遠ざけるようになっていた。
でも、オニールには、いっしょに「空」を見あげてくれる人がいた。
だから、それでいいと思えるのだ。
もともと、人といっしょにいるのは得意ではない。
ひとと話すのも緊張してしまう。
オニールは、いつも明かりとりのたて穴から「空」を見上げていた。
シンシヤはまわりの者たちを無視して、そんなオニールのそばにやってきた。
「今日も、本当。きれいな青ね」
明かりとりのたて穴からさす日だまりの中で、シンシヤはオニールの横に腰をおろした。
そして「空」を見あげた。
オニールも「空」を見あげていた。
ただ、だまってシンシヤの言葉にうなずいた。
「みんな馬鹿ばっかり。何で、この青がわからないの」
シンシヤは「空」を見ると、いつもこの台詞を口にするのだった。
「こんな小さな穴から青を見てるだけだから、おもしろくないんだよ」
シンシヤがいつものようにイライラしているので、オニールはなだめるように声をかけた。
「オニール。あんたまで、あんな馬鹿たちといっしょのこと言わないで。いつも、だれとだれがつきあっているとか、結婚するとか、そんなことばかり言ってる方がおもしろくないわよ」
シンシヤに怒鳴られて、オニールはどうしていいのかわからなくなった。
オニールは曖昧に笑顔をつくって、下をむいた。
しばらく、シンシヤはだまって「空」を見あげていた。
「オニール。青はきれいね。あなただけ。わかってくれるの」
シンシヤの声は、あいかわらず美しかった。
オニールが顔を上げると、シンシヤは笑顔でオニールを見つめていた。
シンシヤの機嫌は「空」を横ぎる「雲」のように、コロコロと変わるのだった。
「ねぇ、オニール。あなた設抗隊(せっこうたい)に志願するって、本当?」
シンシヤはオニールに、急にまじめな顔をむけた。
「うん。もう志願したよ」
オニールも、まじめな顔になってうなずいた。
「何でよ。みんながいろいろ言うから」
シンシヤの声のトーンが上がった。
「あんなの、好きに言わせておけばいいのよ。どうせ馬鹿ばっかりなんだし」
「違うんだ」
オニールは、曖昧な表情をして首を横にふった。
「なにが違うのよ。オニールになんか言ったら、わたしがみんな、爆破してやる!」
シンシヤは、いつもの冗談を口にした。
シンシヤは、火薬店の娘だった。
戦争中に爆弾の原料として使われていた火薬は、今はトールン王国の横穴を掘るのにつかわれていた。
地下でしか生活できなくなったトールン王国の人々は、洞窟をひろげ、横穴をほり、生活の場をひろげていった。
岩盤を爆破して横穴をほるのに、火薬はなくてはならないものになっていた。
シンシヤの家は、その火薬を製造販売する店であった。
だから、シンシヤはいつも嫌なことがあると「爆破してやる」と口にしていた。
「火をつけたら、みんな爆破かい」
オニールは聞きなれたシンシヤの冗談に、笑顔でいつも返事をした。
「そう、みんな爆破してやるの!」
シンシヤも、笑顔をみせた。
それは、オニールにしか見せない笑顔だった。
「オニール。設抗隊(せっこうたい)なんかやめなよ。ここにいたらいいじゃない」
シンシヤは、オニールの腕をつかんだ。
「うん。でも、行くよ。やらないといけないことがあるんだ」
オニールがはっきりと自分の考えをいうのは、はじめてだった。
シンシヤは、それ以上、言葉をつづけることができなかった。
トールン王国は、16歳になった男子を招集して設抗隊(せっこうたい)を組織した。
戦争に負けて地下に追いやられても、トールン王国の指導者たちは、それを受け入れようとはしなかった。
「すぐに敵を滅ぼし地上にもどる」と国民に訴えつづけた。
そして、そのために「地下から地上にトールン王国の旗を立てよ」と訴えた。「反撃ののろしをあげるのだ」と訴えつづけた。
旗をたてよ
トールン王国の名のもとに
たとえ、地の底に追いやられたとしても
誇りをもって旗をたてよ
トールン王国の名のもとに
トールン王国の指導者たちは、声を張りあげそう訴え続けた。
今まで、いくども設抗隊(せっこうたい)は派遣された。
しかし、現実に、トールン王国の旗があがったことはなかった。
設抗隊(せっこうたい)が、地上ちかくに横穴をほり、そこから旗をあげるためのたて穴を開けようと、地下から地上に杭を打ちあげると、地上の王国は容赦なくその杭を打ち砕いた。
何回、杭を打ち上げても、結果はいつもいっしょだった。
そして、設抗隊(せっこうたい)は落盤した横穴に、埋まっていった。
今まで、生きて帰ってきた設抗隊(せっこうたい)はいない。
それでも、トールン王国の指導者たちは設抗隊(せっこうたい)の派遣をやめようとはしなかった。
毎年、毎年、設抗隊(せっこうたい)を派遣しつづけた。
そして、オニールが参加する設抗隊(せっこうたい)の派遣の日が決まった。
出発の前日、オニールが参加する設抗隊(せっこうたい)の出発式が行われた。
人々は、トールン王国のはじまりとなった巨大洞窟に集まった。
もう洞窟とはよべないほど広げられ整備された空間は、トールン王国の中央広場になっていた。
広場の周囲はレンガでおおわれ城壁のようになり、広場の中には商店がたちならび、長老たちは「地下の宮殿」と自慢していた。
設抗隊(せっこうたい)は、この中央広場の上にまず横穴を掘り、そこから杭を打ち上げてたて穴をあけ、旗をかかげるのだ。
シンシヤの両親の経営する火薬店も、この中央広場にあった。
シンシヤは、店の二階の窓から設抗隊(せっこうたい)の列に並ぶオニールを見つめていた。
ながいながい、トールン王国の指導者たちの演説がつづいていた。
シンシヤは、あれから、何度もオニールをとめようとした。
しかし、オニールは、設抗隊(せっこうたい)に志願することをやめようとはしなかった。
ながい式典が終わった。
設抗隊(せっこうたい)に志願した若者たちは、家族や友人とのわかれを惜しんでいる。
だが、だれからも声をかけられないオニールは、中央広場のはしに座っていた。
オニールは、親とのみじかい別れもすませていた。
「オニール」
ききになれた、透きとおるような声がした。
「シンシヤ」
オニールが顔をあげると、シンシヤが立っていた。
「どうして行くの。だれがなんと言ってもいい。オニールは、青を見ていればいいのよ」
シンシヤが泣きそうな顔を見せるのは、はじめてだった。
「オニールは自分のやりたいことを、すればいいのよ。人がなんと言ってもいい。意味なんかなくてもいい。オニールがやりたい、青を見ていればいいのよ。何で、みんなと同じことをしようとするの。設抗隊(せっこうたい)に行こうとするの」
オニールは、シンシヤの手をとった。
「違うんだ、シンシヤ。ぼくは、みんなと同じことをするために行くんじゃない」
オニールは立ちあがった。そして、シンシヤの手をしっかりと握った。
「ぼくは、でっかい穴を開けに行くんだ。シンシヤに、たくさんの青を見せてやるんだ」
出発の日がきた。
整列した設抗隊(せっこうたい)は、行進をはじめた。
オニールはおもい荷物を背負い、よろめきながら、列の一番うしろを歩いていた。
「オニール!」
シンシヤの声がした。
見送りの人をかき分けて、シンシヤが走ってきた。
「シンシヤ!」
思わず、オニールも振りかえる。
「いつもの3倍、用意したわ」
シンシヤが、意地の悪い笑顔をつくった。
「みんな。爆破してやって!」
シンシヤの言葉の意味が、オニールだけに伝わった。
シンシヤの火薬店が設抗隊(せっこうたい)のために用意した爆薬を、シンシヤはいつもの量の3倍にしたのだ。
「火をつけたら、みんな爆破だね」
オニールも、意地の悪い笑顔でうなずいた。
「こらぁ。さっさと歩かんか」
設抗隊(せっこうたい)の隊長が、怒鳴り声をあげた。
オニールはシンシヤに向かってうなずくと、またよろよろと歩き出した。
シンシヤも、だまってうなずいた。
そして、いつまでもその場に立ち続けた。
設抗隊(せっこうたい)の活動は、困難を極めた。
隊員たちは、休むことも許されずに横穴をほった。オニールも、隊長に怒鳴られ、蹴られながら、穴を掘りつづけた。
そして、隊長は横穴ができるとすぐに、杭を打ち上げるように命じた。
隊長の怒鳴り声に合わせて、5人がかりで持ちあげた大きな杭を、横穴の天井にむけて打ち上げるのだ。
しかし、打ち上げるたびに、杭は打ち砕かれた。
毎年、同じ場所、同じ時期に杭を打ち上げるているのだ。
地上の王国は、いつも待ち構えていた。
杭が打ち砕かれるたびに、横穴の天井がくずれて、設抗隊(せっこうたい)を埋めていく。
1人、また1人と、埋まっていく。
それでも、隊長は怒鳴り続けた。
「何をしている。しっかりやらんか」
設抗隊(せっこうたい)の隊長は、もう戻れないことを知っていた。
毎年、だれも戻ってないのだ。
トールン王国の指導者たちは、そのことを認めようとしなかった。しかし、国民には周知の事実だった。
設抗隊(せっこうたい)の隊長は、任命されたときから戻れないことを覚悟していた。
そして、旗をたて自分の名誉を残すことしか考えていなかった。
「しっかり杭を持て。旗を絶対にたてるんだ」
設抗隊(せっこうたい)の隊長の、金切り声がひびいた。
隊員たちは杭を必死にもち、横穴の天井に打ちあげる。
しかし、杭は打ち砕かれ、隊員はくずれた土砂に埋まっていく。
ただ、絶望的な作業が、くり返された。
だが、オニールだけが、1人ちがっていた。
「空」を見せるんだ。シンシヤが「空」を見あげる、でっかい穴を開けるんだ。
悲壮な行為の繰りかえしの中で、オニールだけが、上を見あげていた。
いくど、杭が打ち砕かれたことだろう。
オニールは、横穴のすみに倒れていた。
杭が打ち砕かれた弾みで飛ばされ、気を失っていたのだ。
オニールが意識を取りもどすと、設抗隊(せっこうたい)は数名しか残っていなかった。
隊長は相変わらず金切り声をあげて、隊員たちを蹴りとばしている。
そのとき、ひとりの隊員が叫び声をあげた。
「もうイヤだぁ」
その隊員は近くにある松明をもつと、横穴の出口へむかって走りだした。
「貴様。またんか」
隊長が、すぐにその隊員を追って走りだした。
横穴の出口ちかくで、隊長はその隊員に追いついた。
そのまま、隊長は隊員をけりとばした。
逃げていた隊員は、松明をもったまま地面を転がった。
そして、横穴の入り口におかれた、資材の中に倒れこんだ。
「ダメだぁ!」
オニールが叫んだ。
資材の中には、爆薬がある。
シンシヤが、3倍の量を用意した爆薬が。
火がついた。
すべてが、はじけた。
オニールの叫び声が、かき消される。
爆薬が、すべてのものを吹き飛ばした。
どのくらい時間がたったのだろう。
今まで感じたことのない、ここちよい風だった。
その風にほほをなでられて、オニールは目を覚ました。
まわりが、信じられないくらい明るかった。
オニールが顔をあげた。
そこには、青がひろがっていた。
どこまでも、どこまでも「空」がひろがっていた。
そこには、美しい白が、うかんでいた。
本当に、美しい「雲」だった。
オニールは立ちあがった。
体中が痛んだ。
傷だらけだった。
でも、オニールには、そんなことは気にならなかった。
「シンシヤ。青だよ。こんなに広いんだ。こんなに美しいんだ」
今まで聞いたことのないような、爆発音だった。
シンシヤは自宅の二階から、中央広場の天井を見あげていた。
ただ、オニールのことだけを考えていた。
そのとき、はげしい爆発音と爆風が押しよせてきた。
シンシヤを、爆風が部屋の奥までふき飛ばす。
シンシヤは、壁にたたきつけられた。
なにが起こったか、わからなかった。
シンシヤは、いたむ体を引きずりながら身をおこした。
窓から、外を見あげた。
「オニール。青だよ」
シンシヤはさけんだ。
中央広場の天井がくずれ落ち、大きな穴が開いていたのだ。
まばゆい光が、トールン王国にさしこんだ。
くずれ落ちたがれきをかき分け、人々が家の外にでてきた。
長老のひとりが叫んだ。
「空じゃ。何ということじゃ。空が見える。空が見えるぞ」
長老の目から、涙があふれていた。
シンシヤは、空を見あげつづけていた。
「オニール。あなたが見せてくれたのね。こんなに、すばらしい青を」
シンシヤは、ただ空にむかって話しかけた。
草原の草が、風にゆれていた。
オニールは、爆風に飛ばされて地上にでた。
草の上におちて助かったのだ。
オニールの前に、巨大な裂け目が地面にできていた。
「シンシヤ。青が、たくさん見えるかい」
オニールは、ただ「空」を見あげていた。
向こうから、人が走ってきた。
地上の王国の兵士だろう。
オニールは覚悟を決めた。
「大丈夫か」
しかし、その兵士は、オニールに手を差しのばした。
「俺たちは、命令で、地面からはえる杭を砕いていただけなのに。下に人がいたなんて」
その兵士は、オニールを座らせると、キズの手当てをはじめた。
「おい。救護班をよべ。下の人たちも助けるんだ」
その兵士は、ほかの兵士に叫んでいた。
オニールはただ「空」を見あげいてた。
「空」どこまでも広がっていた。
「シンシヤ。見えるかい。たくさんの青だよ」
「オニール。こんなにきれいな青だよ」
空は、どこまでも美しかった。
そして、見渡すかぎり青く青く、どこまでも広がっていた。
説明 | ||
美しいと思った。2人だけが。 その思いが、世界を切り開いていく。 |
||
総閲覧数 | 閲覧ユーザー | 支援 |
320 | 316 | 0 |
タグ | ||
孤独 救い | ||
共在けんじさんの作品一覧 |
MY メニュー |
ログイン
ログインするとコレクションと支援ができます。 |
(c)2018 - tinamini.com |