夏の夜空の真ん中で、AIに一途なやさしいキスを プロローグ |
プロローグ
16度目の夏。作業服の俺は、エレベーターのゴンドラに揺られながら、超巨大ロボットの故障個所へと向かっていた。
「みつきー。こちらりゅーこ。故障個所のチェックおわったよー。やっぱり腕の動力伝達部になにかはさまってる。どーぞ修理のプロ」
同級生の龍子(りゅうこ)が、管制室からのんきな声で通信を飛ばしてきた。俺はトランシーバーに向かって言った。
「だれがプロなのさ。故障の状態を確かめ次第、俺のアンドロイドを起動させる。さっさと終わらせちまおう」
「んー。なんだか自信なさそうだね」
「そりゃな。全長500mのロボットなんてよく分かんねえよ」
ラームと呼ばれるロボットの上体を見上げ、俺は首を傾げた。
馬鹿でけえなほんと。この旧ソ連製ロボットは、軌道エレベーターを建造した冷戦時代の遺産だ。
今は女王時代。このロボットは古さのせいで故障を起こし、八丈島から動かなくなっちまった。
この事態になぜか『女王陛下』は、単なる高専生である俺たちをラームに呼んだ。
「なんで女王さまは、俺らを小間使いに選んだんだろな」
「わたしに聞かれてもなー。機械の女王のみぞ、知るだよ」
今の地球は、龍子の言ったように『機械の女王さま』が統治している。
女王の出現は歴史上でもっとも意味不明な事故だった。二十一世紀を迎えた頃、とある計画で一つのAIが生まれた。それが女王だ。天候を操り、姿かたちを変える女王は、仮想空間を通じて世界中の政府と株取引所、国連やらなんやらを支配下に置いてしまい、人類の争いに終止符を打ってしまった。
そんなわけで今、女王の指示のもとで各国は宇宙開発のパシリをやっている。女王の治世では平和で好景気、だけどこれまで以上に自由とくれば、誰しも刃向おうとは思わないんだよな。
「下宿でバーベキューが待ってるよ。みつきのおごりで」
「割り勘で勘弁してくれ龍子」
「えー、あまのじゃく」
エレベーターから降りた俺は、果てのない太平洋を眺めながら、非常階段を上ってゆく。
水平線の果てに、女王が建造を命じた『軌道エレベーター』が見える。人間や資材を宇宙へ運ぶ無限のエレベーター。あれを使えばわざわざロケットを作ることなく、人類は宇宙へと楽に飛び出せるってわけ。
俺は、三百メートル地点にある、ラームの関節部を目指していた。どうもそこで歯車に詰りが生じている。それを直すのが今の仕事だ。通路の脇には直径数メートルはある歯車が、延々と並んでいる。
長い階段を上り切って顔を上げた時だった。彼女はそこにいた。
誰もいないはずの非常通路。そこになぜか、純白のカーディガンとロングスカート姿の少女が佇んでいた。その少女はこちらに気付き振り返った。
灰色がかった蒼銀色の長髪が円を描く。真っ赤な薔薇をあしらったカチューシャは黄金色。凛とした美貌が振り向いたとき、煌めく紫色の瞳が俺を射抜く。
「やあ」
と、涼しげに彼女は挨拶してきた。曇りなく研ぎ澄まされた二つの大きな瞳と、鋭い目つき。精巧に切り出された彫刻のように可憐な容姿は文句なしに綺麗だった。けど、どうみても部外者だった。ガードロボは何をしてたんだよ。
「作業員以外は立ち入り禁止ですが」
トランシーバーの警報ベルに手をやりながら、不愛想に彼女へ問いかけた。すると彼女は微笑み返してくる。包み込むような優しさへ、少しばかりの寂寞を加えた笑顔に、俺は二の句を見失った。
「きみの故郷はどこだい?」
彼女は囁くように、的外れなことを聞いてきた。
「ええと、埼玉の川越です」
あれ。自分でもわからないまま、馬鹿正直に答えてしまった。ヤバイ、主導権はあの娘のものになっちまった。彼女は空を見上げて言った。
「そう。じゃあきみを構成する元素の故郷はどこだったんだろな」
なんだって? なんかめんどくさいぞこの娘。
「寡聞にして知りませんね。それはともかく!」
「全ての知性はコスモの殻を破らなくてはならないのさ」
俺の警告を遮って、彼女は超然として言い放つ。
俺は白けた。なんのこっちゃ。
とにかく彼女をここから追い出さなくては。そう考えた俺がトランシーバーの周波数を、警察へ振り向けようとしたとき、彼女は突拍子もない行動に打って出た。
少女は、ぴょんと非常通路の手すりに飛び乗りやがった。俺は思わず叫ぶ。
「おいぃ、やめろ! 危ないぞ!」
「危ない? そうだね。ボクの最終目的は危機に瀕しているんだ」
危ないのはあんたの頭じゃねえのか? ブザー押しても遅いよな? どうしたらいいのかさっぱりわからず、喉が嫌に乾く。
平行棒を渡るように、彼女は白い裸足で手すりを渡り始めた。俺はそのあとを浮き足で追っていく。
「だから、ボクはあなたを呼んだ。ラームの修理なんて口実さ、あなたたちに未来を守ってほしい。期待し
ているよお兄さん」
焦りばかりが先立ち、彼女の言葉はさっぱり耳に入ってこない。とうとう手すりの終わりに彼女は辿り着いた。眼下には荒れ狂う太平洋しかない。
「やめろ、まだ考える時間はある」
と、俺は必死に引き留めようとする。そんな俺と打って変わって、少女は朗らかな笑みを浮かべ、もう一度振り向いて言った。
「ねえ、神話の神さまはどこにいると思う?」
「歴史の中……か?」
「違う。いま、ここにいる」
そう言い残して、少女は宙に跳んだ。
彼女の裸足が、虚空にムーンサルトを描く。
銀髪はふわりと回り、無垢なロングスカートは、潮風を受けて大きく羽ばたいた。
永遠に思える時間はすぐ終わり、なんの音も立てずに彼女は俺の視界から消えた。
思わず叫んだ。目の前で人が飛び降りた。彼女は数百メートル下の太平洋へ、真っ逆さまに落ちちまった!? 反射的に手すりから乗り出して、青い太平洋を見下ろした。
が、予想していた惨劇はどこにもなかった。太平洋の青いパレットがあるだけだ。
その代わり、なにか白いものが、海面近くでひらひらと舞っている。目を凝らしてその正体を見分けようとする。と、その物体はぐんぐん俺目がけて上昇してきた。
「うわっ!」
尻餅をついた俺を飛び越えて、それは水色の空を目指して飛んでゆく。
それは、真っ白なフクロウだった。でも、フクロウが太平洋にいるはずがない。
幻なのか。いや……あれはまさか。俺は女王の特徴を思い出した。女王は、姿かたちを変えて人々の前に現れる……
呆然としていたその時、ラームの動力伝達機構が突然噛み合い、歯車が再び動き出す。轟音を響かせて、巨大な機械は何事もなかったように生き返った。
「みつき、うまくやったじゃんか。オンボロが直ったよ」
トランシーバー越しに、龍子が上機嫌に言った。違う、俺はなにもしていない。ヘルメットを外した俺は額の汗をぬぐって呟いた。
「あれが、女王」
これが最初の女王との謁見だった。
この後、俺は何度も女王と出会い、不思議な神話へと巻き込まれてゆくことになる。
そうだ、新たな神話はここから始まったんだ。
説明 | ||
昔書いた作品を、修正しながら載せようかと。 AI(人工知能)の女王を巡る、SFライトノベルです。あと男の主人公が女性型アンドロイドになったり、やたら登場人物がキスしたりします。 つぎ → http://www.tinami.com/view/856126 |
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