AEGIS 第八話「intermission〜生きるための戦闘準備〜」(4)
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AD三二七五年六月二六日午後三時〇二分

 

「暇だ……」

 ゼロは大欠伸をしながら言った。

 整備、全て完了。昼飯、もう食った。昼寝、してもしょうがないので却下。射撃訓練、弾丸の費用が半端ないほど高いのでボツ。筋トレ、もうやり尽くした。ルナに借りた本、もう読んだ、しかも今返した。

 暇だ。偉い暇だ。

 どうしよう、と彼は悩んでいる、ようには見えない。

 今彼は叢雲の中のリフレッシュルームのソファーの上でゴロゴロと寝っ転がっていた。観葉植物がいくつか生えた落ち着いた感じの施設であり、叢雲の中で唯一落ち着ける場所である。

「ねみ〜……けど今寝たら百パー夜寝られねぇしなぁ……。ったく、どうすりゃいいんだよ、なぁ、隊長さんよ」

 ゼロはそう言って上体を起こした。

 その視線の先にはあきれ顔のルナがいる。

「つーかよくわかったわね、あたしがいるって」

 ルナが呆れながら言うとゼロはだらけた声でこう言った。

「臭いでわかンだよ。てめぇから放たれる独特の臭いって奴でな」

「あんたは犬か。まったく、そんなだらしない態度でどうすんのよ」

 ルナは眉間を一本の指で押さえた。呆れられているらしい。

 ゼロの言う臭いというのは『雰囲気』の例えだ。確かにルナの言う通り犬みたいだなと、今の今になって気付いた。

 自分はどうやら割と鈍感らしい。

「そんなに暇だったらいっそ道場にでも行ってみたら? あそこなら退屈しないと思うわよ?」

「道場?」

 ゼロは目を丸くした。

 道場、訓練場ではなく、道場である。明らかに言葉の響きが違う。意外に退屈しないかも知れん。そんなことを思ってゼロは部屋から両刃刀を持ち出した後ルナについて行った。

 そしてたどり着いた場所は、リフレッシュルームより一階層下にある施設だった。確かに『道場』と物凄く濃い字で(と言うか筆で)重苦しい金属製の隔壁の上に書かれてある。

「ンだ、これ?」

 ゼロはルナに聞くが、その肝心の彼女はというとその隔壁のロックを解除した後、何故か一人でそそくさと退散した。

 ゼロはその行動に疑問を持ちつつも、重苦しい音を立てて開く隔壁を見た。

 しかし、開いてみると、何もない。何もない廊下が続いているようにしか見えない。ただ、ここから五〇メートルほど先に場違い極まりない襖がある。

 そう言えば、この船の名前も叢雲とか言う日本の刀剣の名前だ。誰がこんな名前付けたんだと思ったが、まぁ十中八九ルナだろうと、ゼロは思っていた。

 その襖まで行きゃぁいいんだろ。

 ゼロは一瞬そう思ったが、そのエリアに一歩踏み込んだ瞬間、突然サイレンが鳴り響き、襖の前に何か変なスイッチのような物が浮かび上がってきた。

 その直後鳴り響くマシンボイス。

『トラップモード、作動します』

 その声と同時に一歩ゼロは進んだ。

 直後、彼に向けて横から何かが降りかかってくる。

 ゼロの頭並みに巨大な太さの木だった。

 何処に閉まってやがったんだ、こんなもん。

 ゼロは呆れながら、それを避けつつ、進む。

 しかし、一歩進むやいなや、今度は木刀が雨のように降り注いだ。

「はい、そこでトラップ超えてね〜」

 ルナは物陰からゼロを応援しているが、当の本人にはまったく聞こえていない。

 ゼロは一気に疾走してそれを避ける。

 その後来るのは電気トラップだ。突然床の一部が放電を始めたが、走り込んで飛び越えた。

 だがその後、着地した瞬間横から斜め方向に降ってくるのは『くない』の群れ。

 ゼロは両刃刀を振るってその『くない』を全てはじき返した。

 あと少しだな。

 そう思っていた矢先だった。

 最強にして最後のトラップが待っていた。

 なんと艦内防衛用に開発されていた(侵入者、ないしは船内での反乱があった際に暴徒に向けて放つための防衛武装)ガトリングガン『G-CIWS-74』四門による一斉射撃だ。

 空薬莢の落ちる音と銃身の回転する音が艦内にやかましく響く。

 壁が様々な色に染まっていくと言うことは、実弾ではない。しかし、ペイント弾でも当たると地味に痛いし、何より服を洗うのが面倒くさい。

 ゼロはなりふり構っていられないとあれだけ使うのを渋っていたくせに、義手を展開してマシンガンから銃弾を放ちながら進む。

 しかし、相手は機械であるため怯むはずがない。

 こうなればと自分の足に賭け、ゼロは両刃刀を地面に捨てた後、その残り十メートルを疾走した。

 そして、G-CIWS-74をどうにか通り越す。

 だが、甘かった。砲塔が回転し追い抜いたゼロの方へとその砲塔が向かっていくのだ。

 そして、銃弾が放たれるかと思われたその寸前、ゼロは間一髪でスイッチを押した。

 その瞬間、今までのことが嘘だったかのようにそのエリアは静かになり、トラップが一斉に停止した。

 ゼロはスイッチの前で燃え尽きたようにバタリと大の字に倒れた。

「ね? いいでしょ、道場」

 後ろからルナが言った。

 そしてとことことルナはゼロの方に歩んでくるが彼女に対してはトラップが作動しない。

「初めてエリアに足を踏み入れる人、或いは希望した人がパスコードを入力してようやく作動するように出来てるのよ。さっきあたしがいそいそと隠れながらパス打ってたってわけ。ま、この場所に入るための儀式よ、これは」

 何とも厄介なことしやがってと思ったが、疲れて声が出ない。

「ついでにこれ、とっさの判断力や回避、運動能力、それに第六感を鍛える体力強化試験でもあるのよ」

 ゼロはむくりと起きあがっていつの間にか自分の後ろにいたルナに呆れながら言った。

「死人がよく出ねぇな……」

「何人か入院した人はいるけどね。偶然にも死んだ人はいないのよね〜。みんな打ち所よくてさ〜、はっはっは」

何が『はっはっは』だ。

 ゼロは頭が痛くなってきた。

 というか、何故俺はこんな変な奴らしかいねぇ部隊に自分の運命任せちまったんだ……?

 今更思うがもう遅い。

 というか入社一日目でここまで挫折する社員というのも何だかなぁという感じがする。

「さてと、とりあえずこれで道場入門許可よ……」

 その時、突然ブザーが鳴り響いた。

『システムエラーが発生しました。トラップモード、再起動します』

 その言葉を聞いた時、ルナは一瞬思考が停止した。

 え? 再起動?

 そう思った時には既に遅く、ルナの頭に見事なまでに物凄い勢いで横から飛んできた丸太が直撃した。その時の彼女の様はまるで除夜の鐘における鐘が鐘(しゅ)木(もく)によって叩かれている様とあまり変わりがなかったという。

 豪快に頭を打ち付けられ、豪快に横に飛んでいくルナ。そしてバタリと倒れた。

 この時彼女は三途の川の向こうで死んだ父と兄に会ったという。

 ゼロの話では『首がもげたかと思った』とまで言うのだ。衝撃は相当の物だったに違いない。

 しかし、それにもかかわらずルナはすぐさまガバッと起きあがった。

 凄まじいタフさだ、称賛に値する。ただし頭から凄まじい量の血を噴出しているが。

 彼女もまた、違った意味で、バカである。

「なんのこれしきぃ!」

 もう狂ったかのようにドクドクと血を流しながらトラップモードの設定のためすぐさま近くにあるコントロールパネルに行こうとするがG-CIWS-74が再びせり上がり、ルナに対してペイント弾を一斉に射撃する。

 ルナは必死になって避けようとするが、暴走したシステムは思いの外強敵で凄まじい反応性を見せつけルナをペイント弾まみれにしていく。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」

 年頃の女性とは思えない凄まじい絶叫と共に彼女はペイント弾に埋もれていく。気付けばルナはなんか色んな色に染まっていた。

 そして数分後、這い蹲りながらも必至になって移動し、かろうじてシステムの強制停止をルナが行い何とかトラップは停止した。

 しかし、自分は既にルナ以上に色んな色にあふれている。

 何が哀しくてこんなことにならにゃあかんのだ。

 その後彼らは医療班に搬送され医務室に行かされた。

 ルナは頭の様子をチェックされたが、信じがたいことにただ軽い切り傷が出来ただけで、縫うこともなくただ包帯を巻かれただけで終わった。

 しかし、ゼロの方はナノインジェクションの影響か、それとも無駄に強靱な体のおかげかは知らないが全く無傷だったという。

 そして、これ以降このトラップモードの設置は撤去されることになるのだが、それはまた、別の話。

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 エルルには少しばかり狭い路地が大量にある。石造りのマンションがそこかしこに存在し、そのマンションとマンションの間に位置する路地だ。まだ午後三時なのにその路地だけは少し暗い。

 ただこの路が基地へと続く一番の近道でもある。そんな路地にブラッドとレムがいた。

「付いてきてる奴らがいる」

 ブラッドは突然そう言った。レムは振り向こうとするがブラッドが止め、そのまま歩く。

 そして彼らは路地を曲がった。

 直後、ブラッドは何処かへ飛び、自分は食料を両手に持ちながら壁に気配を消してもたれていた。

 ちらりと影から覗くと、何人か柄の悪そうなのが出てくる。カツアゲ目的の強盗か何かだろう。

「何処消えやがった@」

 リーダーと思われし男が路地をきょろきょろと見渡すがその瞬間、彼の顔の上に誰かが降ってきた。買い物袋を両手に抱えたブラッドだった。

 見事なまでに彼は踏まれ、そしてコンクリートの地面にたたきつけられる。

 強盗の真後ろにトンと着地した彼はすぐに振り向き、呆れながら一言「殺気くらい消せ」と言い放つ。

 これが逆鱗に触れたのかそれとも相手が挑発に関して受け流すと言うことも知らないほどのバカなのかは知らないが群れを成して突進してくる。

 愚かだと、レムには思えた。

 ブラッドはそのまま動かず、まず突進してきた一人の股間を片足で思いっきり蹴り上げた。

 相手は悶絶している。相当的確とも言える技だが、当のブラッドはというと個人的にも相当嫌な技であったようでげんなりとした表情だった。

 だが、それでもこの男の力が街のチンピラ如きに負けるという程下がるわけではない。

 ブラッドは突然買い物袋を天高く放り投げた。それに気を取られ思わず相手は上に視線を送ってしまう。

 そして、彼らが顔を下げた時にはブラッドは彼らの目の前に立っていた。

「あ……」

 一人が思わず言ったその声がゴングとなった。ブラッドは問答無用で相手の顔面に右ストレートを決める。

 もうこうなったらブラッドのペースだ。彼は向かってくる相手に対して一撃でノックダウンできる鼻骨狙いの攻撃を繰り出し続ける。

 さすがに一般人が彼に勝てるわけなど無く、あっという間に十人いたはずのメンバーでかろうじて戦えるのは三人しかいなくなった。他の七人は顔面血だらけで路地に倒れている。

 そして後ろから来た八人目にブラッドは振り向きもせず鼻骨にエルボーを決めた段階でさっき放り投げた買い物袋が降ってきた。

 彼はそれを片手でキャッチする。上手く放り投げたらしく袋の中身は全く漏れていない。もはや大道芸とか神業に近い。

 相手が悪かった、その一言でしか言い表せない状況である。

「あ、兄貴……こいつやべぇよ!」

 鼻血を出してフラフラになりながら何とか立ち上がった一人がそう言った矢先だった。

 レムに突如として頭痛が襲いかかった。レムは頭を抑える。

「どした?」

 ブラッドが後ろをちらりと見た瞬間、レムは叫ぶ。

「さっさとここから逃げろ!」

 その直後、目の前にいた強盗達の体にヒビが入った。

 いや、体にヒビではない。彼等のいた空間そのものにヒビが入った。その証拠に彼らの頭上を通り越して空にまでヒビが入っている。

 その空間はガラスのようにヒビの入った箇所から割れ、そこはまるでブラックホールのような状態と化す。

 しかしその直後、その空間だけが分子が集まっていき再構築された。

「なんだ……?!」

 ブラッドはさすがに呆然としていた。

 これ程にまで特殊な現象、アイオーン以外に起こせない。

 しかも空間の破壊と来た。これ程特殊な技が使えるアイオーンなど上級アイオーン以外あり得なかった。

(このパターン……まさか!)

 ブラッドの脳に声が振動する。セラフィムの声だ。

 だが当のブラッドは完璧に混乱していた。

「な、なんだ、これ@ 誰だ、てめぇは@」

 確かに人間の場合、音は全て聴覚を介して聞こえてくる。その聴覚を介すと言うことなく直接脳に振動するのだ。確かに変かも知れない。

 だが、そんな様子にもセラフィムはうろたえない、というか意に介さないようですんなりと自己紹介をした。

(あ、まだ自己紹介してませんでしたね。私はセラフィム、この子の中に住まわせて貰っている者です)

「やたらと礼儀正しいな……」

 ブラッドは呆れかえるように言った。

(初めての人に対していきなりため口とかはすごく無礼じゃないですか)

「は、はぁ……。なんか、アイオーンにこんな事言われるとは思わんかったわ」

 ブラッドが呆れながら呟いた直後、セラフィムは突然焦ったような口調でブラッド達に逃げるように指示する。

 しかし、さすがに空間を割ってしまうような相手だ。逃げようにも恐らく追いかけてくる。ならばここで叩きのめした方がいいかも知れない。

 レムとブラッドはそう思い、護衛用に持っていたサバイバルナイフを展開し、周囲を見渡す。

「せっかくわらわが空間存在確率制御などという気怠いことまでして援護してやったのになんじゃ、その殺気は」

 突然声がした。だが、その声は直接脳を振動する物ではなく聴覚を介した声だった。

 上から声がした。その声のした方をレムは向く。

 そこにいたのは、一四〜五歳前後の銀髪の少女だった。だが、その気配は明らかに人間の物とは違う。

 そして、その目を見た瞬間、レムはハッとした。赤い瞳、そして獣のような瞳孔。その瞬間にレムは把握する。目の前の相手は、まさにアイオーンなのだ、と。

 その少女の外見を持つアイオーンは静かにふわりと大地に舞うように着地した。

 その後、礼儀正しく「初めまして、というべきなのじゃろうかの。わらわはイントレッセと申す」と挨拶した。

 少女に似たアイオーン-イントレッセは少し微笑を浮かべた。

 レムにはこの微笑から来る気配が読めなかった。殺気を持っているわけでもないし、かといって友好的という感じでもない。

 警戒を崩さず、相変わらず武装を片手に持ちながら目の前の相手を見つめる。

 明らかに今までのアイオーンとは桁違いだ、それこそあらゆる意味で。間違いなく、目の前のイントレッセと名乗るアイオーンは『上級』に区分されるアイオーンである。

 アイオーンは種類の他にも強さに応じて下級、中級、上級の三種にランク分けされている。大概のアイオーンは中級から下級に属しているが、上級アイオーンは数こそ限られるもののその強さは桁違いになる。

 更に特殊なことに『それら』は人語を解することが出来るほか、姿形が通常のアイオーンとはまるで違う(現に目の前にいるアイオーンは人型である。人型は極希にしか存在しない。ちなみにセラフィムは『接触型』と呼ばれる人間を筆頭とした動物に接触し取り憑いて初めて真価を発揮できるタイプであるが彼女もまた上級アイオーンである)上、通常のアイオーンには付いていない様々な特殊能力を扱う。

 先程言っていた『空間存在確率制御』とやらもその一つだろう。恐らく空間の存在確率を制御して次元を歪める技なのだろうと、レムは勝手に解釈した。

 イントレッセは目の前で武器を展開している二人に対して首を横に振った。

 どうやら本当に戦う気がないようだ。

「今日は挨拶代わりじゃ。それでちっくら興味を惹かせるためにこうやったんじゃよ」

 レム達は思わず「はぁ?」と聞き返した。

 人間に興味のあるアイオーンなど実に珍しい。大概のアイオーンは『下等生物』と見くびっているはずなのだが、このアイオーンはそういう気配がまるでない。

「わらわの趣味はあくまでも人間達を観察するためじゃからの」

「どゆこと?」

 レムはイントレッセの言葉に顔をしかめた。

「わらわは、人間という生き物が何故これ程繁殖するのかに興味を持ったのじゃ。人間、限りなく絶対に近いようでいてもっとも不完全な生き物。それでありながら力は強い。だからアイオーンの中でも優れた者達は人の形をしておる。それにしてもお主ら若いのぉ。わらわに後れを取るようではまだまだだぞえ」

 二人とも思いっきりへこんだ。

 いくら年齢が千歳以上行っていたとしても形は自分たちより若いのだ、そんなヤツに若いなど言われたくない……。彼らの思いはそこに集約される。

 そんなへこみ具合に対してもイントレッセはその名の通り、『興味』を持って鑑賞するのだろう。

「まぁ、そういった感情もまた人間の面白いところではあるのじゃがの。そんな興味を持つが故にわらわはあそこの陣営には属さないのじゃ。潰してしまえばわらわの興味対象がなくなってしまうからの。だが、人間に付く気も起こらぬ。わらわはあくまでも自由でありたいのじゃ」

「呆れたヤツだな……。つーかよぉ、ここにいたチンピラ共はどうなったんだ?」

 ブラッドが呆れながら呟いた。

「すぐに戻せるぞえ」

 イントレッセは指を一度鳴らした。その直後、先程割れて修復された空間が再度割れて、まるで映像データを巻き戻したかのように強盗達は消される前と全く同じ状況で止まっていた。

 殴りかかってきそうなのに、まるで時が彼らの周囲だけ流れていてそれ以外は停止しているようだった。目の前の相手は全く微動だにしない。

 レムとブラッドがそれをじっと見ていた隙にイントレッセはすぐさまジャンプして、上のビルの方へと移る。

 レムはとっさに上を向いたが、そこには相変わらずの微笑を浮かべるイントレッセの姿があった。

「挨拶はこれで終わりじゃ。ついでに旧知の者にも会えたしの。もっとも、そっちの方がメインだったんじゃがね。いずれ会う時もあるじゃろ。というわけでさらばじゃ」

 そう言った瞬間、彼女は先程と同じように空間を割り、そこに出来た虚空の中へと入っていった。

 そしてイントレッセがその中に入った段階で再びその空間は構築し直され、今までと全く変わりない光景が広がっていた。

 ただ、強盗達の動きが止まっていることを除けば。

(行っちゃったわ)

 セラフィムは呆れるように彼女を見送る。だが、その口調には少しホッとした感情があった。

「なんなんだ、あいつ?」

 ブラッドはまたも呆れるように呟いた。そしてバタフライナイフを閉まった後、我慢できなくなったのか、それとも苛ついたのか、スーパー16を出して火をつけ吸った。

(戦闘にならなかったのは救いよ。でも、変わったわ、あれ。昔はもっと最前線で戦っているような存在だったのに)

「セラフィムも?」

 レムの言葉をセラフィムは否定しなかった。

 だが、あくまでも(昔の話よ)と言ってそれ以上は語らなかった。

 その後ブラッドは頭をガシガシと掻きながらスーパー16を吸った。

「……俺疲れた。とっとと帰ろうぜ」

 レムはそれに同意し、止まっている強盗達を無視してとっとと帰っていった。

 ちなみに彼らが動き出し始めたのはブラッド達が去ってから三分くらい後だったと言うが、特に物語には関係ないので省略する。

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「ったく、何で俺だけで行かなくちゃなんねぇんだよ……。何がカレー粉とタマネギ買って来いだ、ふざけやがって……」

 ゼロはぶつぶつと愚痴を言いながらエルルの市場をぶらついていた。

 私服は適当に見繕った。ジャケットは今洗濯している真っ最中だ。あれだけのペイント弾を浴びたのだ、当面は乾くまい。

 先程からヤケに人が自分のことを避ける。やはり鋼鉄の義肢をむき出しにするべきではないのだろうかと思ったが、実際にはただ単に自分が怖いだけだと言うことにゼロ自身は気付いていない。

 ちなみにルナはと言うと責任取らされ現在始末書をロニキスによって書かされている。泣きそうな表情だったと言うが、まぁ、わからないでもない。

 人通りがかなり激しい活気ある市場だ。石畳で出来たその舗装路には幌で出来た屋根の露店が並び、そこには様々な物が売られている。食材、郷土品、博物館行きの代物としか思えないLCMD等々、その種類は数知れない。

 カレー粉とタマネギを買ってこいと言われた。どうやらレム達に買い物を頼むのを忘れたらしい。

 エルルのカレー粉は結構名物品で観光客は訪れたらほぼ間違いなく買っていくという人気商品だ。しかしタマネギはと言うと、別にありきたりな代物である。とりあえず切れたから買ってこいと言うお達しだ。

 だが、運悪く何処の店も品切れ状態だ。カレー粉は手に入ったのにタマネギは手に入らない。

 そんな中、一店舗だけ置いてある店を発見した。

 残り一袋、買うしかねぇ!

 ゼロはそう思って手を伸ばした。

 だが、何故かそのタマネギをもう一つの手が触っている。その手の甲にある刻印だけで、ゼロは誰なのか察知した。666αなどという酔狂な刻印を施してある奴などただ一人。

 村正・オークランドだけだ。

 顔を上げると実際にその男はいた。

 赤の瞳、滅茶苦茶逆立て後ろ髪をちょんととめた金髪、こんな酔狂な人物、他に類がない。

 いつの間にか店の前で喧嘩腰になっていた。

「なんでお前がここにいる?!」

「そりゃぁこっちの台詞だ! つーかそりゃ俺の取ったタマネギだ! 渡しゃしねぇ!」

「なんだと?! それはこっちの台詞だ! 姐さんが夜食にオニオンリング作ってくれるって言ったからなぁ! 例えそれが酒の肴に消えようが、食いたい物は食いたいんだよ! 残り一個、意地でもこいつを持って帰る!」

「こちとら持ってこねぇと間違いなく俺がボコられンだよ! おやつなんざぁどうでもいいからよこしやがれ!」

 本当にこんな様子では彼らが元歴戦の傭兵と現シャドウナイツ隊員かどうか疑わしい。大人げなさ過ぎだ。

 しかしもう高齢の店員は生やさしそうな目でうちわを仰ぎながらその戦いを見入っているだけだ。

 男二人共に身長は高いし風体は威圧感の塊のようだから周囲の客は遠目に物を見るだけで引く一方なのにこの店員だけはノホホンとしている。

 なんと度胸の据わった爺さんか。

 その時、突然ゼロの後ろに女性が現れ、ゼロの頭を一発、コンと叩いた。

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「喧嘩するな。もう、いつまでも子供なんだから」

 居ても立ってもいられなかった。

 何故こんな街のど真ん中で村正と得体の知れない男とが喧嘩腰になっているのか。しかも喧嘩の理由がこれまた恥ずかしい。何が哀しくてタマネギ買う理由まで言わなければならんのか。

 思わず村正の耳をつねっていた。

 だが、何かおかしい。

「あれ? あいつ……こんなに髪の毛、派手だったかしら?」

「姐さん、そっち違う。俺こっち」

 ソフィアは声のした方を向いた。

 村正が、二人いる。

 そして自分が耳をつねっているのは、村正にそっくりな男の方だった。

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 ゼロには赤の他人に耳をつねられる理由が分からなかった。

 しかもそのつねっていた女の顔がみるみる真っ青になっていく。何となく雰囲気が似ていたから間違えたのだろうが、気付くのが遅すぎだ。

 するとどうだ、あろうことかこの女、道ばたで自分に向けて土下座しだしたではないか。

「す、す、す、すみません! な、何とお詫びしていいか……! あ、あの、『死んで詫びろ』というなら、すぐにでも……」

 さすがのゼロも引いた。態度もしどろもどろだし、言っていることも混乱の極みに達している。余程焦っているのだろう。

 最初のうちは殴り殺そうかとも思ったが、さすがにここまでやられるともう怒りを通り越してしまう。

 このまま行くとこいつ、切腹などもやりかねん。しかもこの絵面、俺の方が悪役っぽくね?

 そう思ったゼロは女をまずは落ち着かせることにした。

「い、いや、そ、そこまで謝ることねぇから。ていうか誰だ、てめぇ?」

 その言葉で女はようやく顔を上げた。

「ソフィアと申します。あの、ご迷惑をお掛けしたことですし、お茶でもおごりますけど……」

 女-ソフィアは少し不安そうな声で言うが、当のゼロはと言うとなんだか疲れていた。

 村正がいる、それを知っている人物、つまりはシャドウナイツである。

 それも先程まで気付かなかったがソフィアの横にはもう一人銀髪の男がいる。気配の消し方が他の二人とは明らかに違う。

 何か、裏でやっていそうなそんな雰囲気がこの男からは出ている。だが、恐らくこいつもシャドウナイツだろう。

 シャドウナイツが三人もいる。果てしなくまずい状況だ、おちおちとお茶など飲んでいては飲食物に一服盛られる危険性もある。

 それに、ついこの間までの傭兵生活中ならまだしも、今の彼はベクトーアに超長期雇用されている身だ。フェンリルのシャドウナイツは敵なのだ。

 敵と茶を飲むなど、下手な誤解をされたら『国家反逆罪』にも問われかねない(求刑は極刑(銃殺刑)以外何もない)。

 それだからゼロは丁重にお断りした。

 それを聞いたソフィアは少しガッカリした感じの顔だったが、「縁があったら会いましょう」とだけ言った。

 ただ、最後に「鋼さん」と言ったところから自分の正体はばれていたようだ。

 結局ゼロはソフィアにタマネギをおごって貰った。

 その後少し離れた路地にて念のため発信器などが取り付けられていないかどうかチェックしたが付いていなかった。どうやら相手方、観光気分でいたようだ。

 その後、ゼロはその路地裏で一つ、凄まじく大きいため息をついた後、手に持ったタマネギを見つつ疲れた顔をしてこう言った。

「何でタマネギ一袋でこんなに疲れけりゃならんのだ……」

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「いた?! また?!」

 叢雲へと帰還したゼロから事の一部始終を聞いたルナから最初に出た言葉はこれだった。

 叢雲内部の会議室にいる。オフィスの一角にある部屋のような感じの会議室に居座っていた。レムとブラッドもいる。

 しかも彼らの話も総合した結果、相手方はほぼ間違いなく襲撃する機会を狙っていると言うこと、そして相手にするのはシャドウナイツの所属するフェンリルと謎のイーグがいる華狼、それも華狼は偵察隊によると二年ほど前にロールアウトした新造艦である陸上空母『帝釈天』級が一隻配備されているらしいということまでわかった。

 陸上空母とはその名の通り、陸上を航行する空母のことだ。ホバークラフトタイプの空母で空中戦艦に比べて廉価で作れる上砂漠の航行も出来る。しかも空母自体が強襲揚陸艇的な役割も果たしている。

 確かにこの地形に置いては空中戦艦よりむしろ陸上空母の方が役に立つ。

 更にこの基地にいる兵士の一人がどうも気に掛かることを言っていた。レヴィナスがこの基地のどこかに隠してあるというのだ。

 しかもそれが大々的に知れ渡っているらしいと。どこで漏れたのかはさっぱりわかっていない。

 仮にこれが事実だった場合、数日前のアシュレイ戦で華狼が取った行動と全く逆のパターンが実現するハメとなる。

 戦術理論に基づいた法則では攻撃を掛ける側は防御する側に比べ三倍の戦力を持たなければならない。

 ベクトーアの所有している戦艦は全て空中戦艦であるため戦闘は少々厳しい。基地の全戦力を使っても、相手の戦力の方が今回は圧倒的に上だ。

 フェンリル側はプロトタイプ一機を含むエイジス三機とM.W.S.多数、華狼側はエイジスが最低一機とM.W.S.多数に陸上空母、これ程きつい防衛戦もそうそう無い。

 しかも信じがたいことに次の任務のためにドゥルグワントは先程飛び立ってしまった。つまり残っているのは自分たちだけである。

 こっちの装備、基地CIWS群、M.W.S.一二機、プロト二機を含んだエイジス六機。

 はっきり言って厳しい。そんな状況だからこそ情報が少しでも欲しいのだ。

 情報はどんな武器よりも強いというのは、何度か経験している。

 まず指揮するのが誰なのかが問題だ。シャドウナイツの三人が果たして誰か、ルナはゼロに問うた。名前は非公開だが、どんな指揮をするかは知っているかもしれない。

「一人はあの怒髪天バカだ、もう一人はなんか滅茶苦茶地味な銀髪の野郎だ。最後の一人は女だ。なかなか面白ぇヤツだったな。ヤツと間違えて俺の方の耳つねったからってだけで『死んで詫びる』とか言ってやがったんだぜ? あんな女見たことねぇ」

 なんか事実が凄まじくねじ曲げられている気がするのは気のせいだ。

 最後の方は明らかに誇張表現ね……。

 ルナは一瞬で見破ったが、そんなことどうでもいいと黙っていた。

「で、外見的特徴は?」

「髪は青紫、目は琥珀色。右目の下にホクロがある。俺より二、三上の感じだ」

 その瞬間、ルナはハッとした。その時に頭の中に思い浮かんだ人物と、あまりにもよく似ているのだ。

 しかも実際に生きていたとすれば年齢はゼロより二個上だ。

 条件的には合致している。

 だが、あり得ない。その人物は、死んだはずだ。

「姉ちゃん、どしたの?」

 レムの声でようやくルナは我に返った。

「……ん? あ、いや、なんでもないの」

 そう言ってルナは平静を装った。少しばかりの違和感を抱え込んではいたが、それでもそれを表に出さずに自分を落ち着かせる。

「知り合いか?」

 ブラッドがルナに問いかける。

「昔知り合いで似た人がいたから、つい、ね。まさかそんなことないだろうし」

 彼女はそう言って割り切ることとした。

 あまりにも似すぎている。

 まさかとは思いたい、いや、だがあの時に助けられていたとすれば考えられる。

 しかし、それならば『その名前を使う理由が分からない』。別に意味はないはずだ。

 そう、ルナにとって、最初の師匠であり、最初の友達であり、幼なじみであり、そして、過去を知っている人物。

 今のルナの頭には、その人物しか思い浮かばなかった。

 その人物の名は、『エミリア・エトーンマント』。ローレシア事件で、死んだはずの人間だった。

 

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