【閑話休題】
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【序章新序章・et cetera】

[くろいひとのはなし]

 

「キケンだから」と大昔に放り込まれ、ピカピカの建物が古惚けるくらいの期間、ずっとひとりで閉じ込められた。

真っ暗な中で暇な毎日。危険だからと監禁された日々。

厳密には私がキケンなわけではなく、単に私自身はヒトの秘めた想いを引っ張り出すきっかけになるだけなのだが。

私と接した人間は狂うと言われ、私は危険物扱いだ。あんまりじゃないか?

 

何日も何月も何年もつまらぬ日々を送っていたが、ある日突然私のいる塔に光が射し込んだ。

扉を開けたヒトは恐る恐るといった様子で塔の中をキョロキョロ見渡している。

驚いた、客人だ。どうやら幼い子供のようだが。

しばらく室内に視線を彷徨わせていたその小僧は、意を決したように中に足を踏み入れる。

いつの時代も好奇心旺盛な子供はいるのだなと私は笑い、少しばかり期待した。

こんな所にわざわざ来るような子供ならば、確実に私を手に取るだろう。

 

私の予想は見事に当たり、その子供は首を傾げながら私を見付け、思惑通りに手を伸ばした。

 

■■■

 

ふうと重い息を吐き、私は、俺は、ゆっくりと身体を起こす。

上手く乗っ取れた。

私の、俺の、影響を受けたからか、先ほどの少年の身体はあちこち伸びているようだ。

意識がまだ多少混ざるのは、彼の精神が強いからか、いや、ああそうか、彼は、俺は、ああ、なるほど。

混濁した頭のままに、私は、俺は、手足が無事動くことを確認すると、ゆっくり立ち上がり外へと向かった。

私は「外へ出たい」と願い、俺は「こんな所から出たい」と願う。

互いの意識が揃ったからか、身体は素直に足を動かし扉に手を掛けた。

扉を開けば久方ぶりの陽の光。

その明るさに安堵しつつ不快に思いつつ、光を喜び光を疎ましく思った。

俺は嬉しそうに外に出て、私は逃げるように影を探す。

相反する思いを混ぜ込みながら、私は薄暗い森へと向かって歩みを進めていった。

 

闇に慣れたこの体が憎い。

まだ消え切らない彼の心が鬱陶しい。

ああ本当に、面倒なものを乗っ取った。

 

森に着いた頃、徐々にだが彼の意識は眠っていく。ようやく大人しくなったようだ。

ほっとしたように私は、彼の記憶を辿り彼の名前と今の世の中を追ってみた。

どうやら今の世は平和そのもの。彼も純然たる好奇心からあの塔に入り込んだだけらしい。

それを識って私は首を傾げた。ならば何故、彼のような面倒なものが生まれているのか。

何故、救いを与える勇者なんてものが、この平和な世に生まれ落ちるのか。

まあ勇者の定義など、時代や世情に合わせて変わるものではあるのだが。

近い未来になにか愉快なことでも起きるのかと、私は薄っすら笑みを作る。

知識としてしか識らないが、古の帝も星屑も、いらん事しか考えない。いつか必ず何かが起こるだろう。

身体も手に入れたことだ、茶番の開幕を待とうじゃないか。

 

■■■

 

と、思ったんだ。傍観者として気楽に高みの見物を決め込もうと思ったのに。

突然現れた白い子供に、私の計画は全て狂わされる。

妙に眩しいあの白い子供は容易く私を追い出して、私は身体を元の持ち主に返す羽目となった。

軽く触れて感じた気はまたも勇者。なんだこれ何人産まれてんだよ勇者。

コロコロと元の形に戻った私は行き場のない怒りを抱きつつ木の影を目指し転がっていく。

まだ才覚が芽吹いてすらいないとはいえ、勇者2体なんざ近寄るのも嫌だ。

すぐさまこの場から離れたいが今の形ではそうもいかない。人の体は移動が楽だったなと失ったものに想いを馳せる。

見つからないようにと、私はしばらく影で潜み続けた。

 

どうやらあの白い小僧は私の抜けたあの小僧を保護するつもりらしい。

早よどっか行け。

強い勇者の気に当てられ不機嫌そのものの私はこっそりと悪態を付いた。

ああしかし、この形では不便だ。ヒトの形は便利だったな、小回りが利くし手先で物を弄り倒せる。

幸いこの森は魔素を帯びた草が群生しているようだし、やってやれないこともない。

ヒトを乗っ取り形は覚えた。私ならばきっと創りだせるだろう。

ふわりと私は星と繋がり吸い上げて、あの形を、直前に触れたあの形を思い浮かべる。

 

気付けば私には手があって、足が生え、小さな身体と顔がある、ヒトの形になっていた。

形としてはあの白い小僧の黒い版。私が強く表に出たか。

 

ぎしと慣れていない身体を動かし、私は木を伝い身体を起こす。まだ自在に動くとは言えないか。

ふうと私は息を吐き、木に寄りかかった。

あんなものが複数いるならば、身を守るための武器が必要だ。

あまりあの場所には戻りたくないが、あそこには何かしらの武器があったはず。

なんせ私があるからと、あの場所には人間に危険と判断されたものが放り込まれていたのだから。つまりあそこはまあ、危険物処理場みたいなもんか。

やれやれと私はため息を吐き、気の進まぬままに不自由な身体に鞭打って故郷へと帰路に着く。

丁度いい武器を見付けたらすぐ出て行こう。

 

■■■

 

かなりの時間を掛けて住み慣れたあの古惚けた塔に到着し、獲物を漁りいい感じの長柄斧、ハルバードというらしい、を発見した。多少大きいがこれでいいだろう。

目的を達し一息ついていた頃、きちんと閉じたはずの扉がゆっくり開き始めた。

客人かと目を向ければ、そこには見覚えのある少年の姿。一度乗っ取ったことのある少年がまた訪れていた。

…なんであのガキは何回もここに来やがるんだ。

呆れたように私は彼の前に姿を表す。そこにいられると邪魔なんだ。私は外に出る。

私に気付いた少年は、驚いたように目を開き戸惑うように音を鳴らした。

 

「…"タンタ"?」

 

ああそういや私はあの時の白い小僧の形を模倣したんだった。そうかアレはタンタというのか。

私のその想いは素直に言葉となって喉を震わせ初めて鳴った。

 

「"私"はタンタ…」

 

名前だかを教えてくれたのは感謝する。が、そこどけ邪魔だ。出入り口に立ち塞がりやがって。ここは闇だのなんだの通り越してカオスだから嫌いなんだ。

というかアレは白で私は黒だ。このガキは白と黒の見分けもつかんのだろうか。

呆れたように私は彼に入手したばかりのハルバードを振るう。どけ。

ドカンと大きく振り下ろせば、彼は慌てたように私の正気を問うてきた。それお前にこそ聞きたいわ。

寝惚けてんのかとハルバードを再度振り下ろせば、彼はようやく泡を食って逃げ出した。よしそれでいい。

望まれない侵入者が消え去ったのち、再度一息ついてから私もゆるりと外に出る。

辺りは暗く、世界は真っ黒。

ああ、夜は心地よい。

 

■■■

 

しばらく悠々と過ごしていたが、ある日愉快な空気が世界を揺らした。

やっと世界が動きだしたと私は騒ぎの中心に足を運ぶ。

しかしどうやら遅かったようだ。騒ぎはすでに終わった後、瓦礫の山が私を出迎えた。

騒ぎの主は城と城下町を潰すだけで満足したらしい。生温いなと私は不満気に地上を見渡す。

すると私は視界の端に、動くモノを感知した。

 

それは時折声を上げ、ちまちまとそこら中を覗き込む。

ふいにそれは一番大きな瓦礫の山、元城だったであろうモノ、の前で立ち止まり悲しそうに顔を俯かせた。

王国の関係者かとよくよくそれを凝視すれば、それは白く幼い戦士だった。

驚き私はそれの前に身を躍らせる。

彼の姿は私が模倣した小僧とそっくりだった。

突然目の前に現れた私に驚いたのか、それは直様警戒の念を私に飛ばす。そして私の顔を見たのだろう、更に驚いた顔となった。

そりゃまあ己と同じ顔が現れたら、普通は驚き警戒するだろう。しかし何故かそいつは私の顔を見て、不思議と警戒をといた。

 

「…? タンタ?」

 

何故かそいつは自分の名前を呼び、何故か剣を納め、何故か此方に足を運ぶ。

私の知らない内に、人間というものはここまで豪胆な生物になったのだろうか。己と同じ顔の、明らかに怪しい物体に対して無警戒なまま近寄れるほどに。

それとも勇者の才というのは、恐怖感すら消し去るのだろうか。

…おや?

目の前にいるタンタを注視してみれば、このタンタからは勇者の気は感じない。あれは産まれながらに身に宿り、才覚を目覚めさせるか否かはあるが、消えることなど無いはずだが。

軽く首を傾げ、私はひとつの答えに辿り着く。

もしやこのタンタは以前のタンタとは別のモノなのではないだろうか。姿形はそっくりだから双子のようなものだろうか。

ならばこの反応も頷ける。己と同じ顔など見慣れているのだろう。

私が納得していると、近寄って来たタンタの足が突然止まった。気付いたのだろう、私が彼の知るタンタではないということに。

警戒の色を濃くさせて、タンタは私に「誰だ?」と問う。ああ前のタンタと中身はかなり違うのか、前のは確か突然斬りかかってきたような、あれ、私が先に襲い掛かったんだっけか。

ぼんやりと昔を反芻しつつ、私は問われたことに反応を返した。

 

「我は魔戦士…」

 

この言葉とともに、私はハルバードに力を込める。ついでだ、ただのヒトの実力を図ってみるか。簡単に勝てるようならば、半端に残されたこの王国を私が滅ぼしても良いかもしれない。

高々私ひとりに潰されるようならば、こんな王国必要ない。

 

振り上げたハルバードは地面に穴を開けるだけに留まった。やはり大振りすぎるのか、ちょこまか逃げるタンタには通じないようだ。

しかし得体の知れない自分そっくりな黒い何かが攻撃を仕掛けてきているのに、怯みもせず対応出来ているのだから結構こいつの肝は据わっているのかもしれない。

少し感心したのがいけなかったのか、不意を突かれてタンタの剣が私を襲う。

このくらいならたいしたことないだろうとタカをくくっていたのだが、その剣が私に当たった瞬間、ガキンと派手な音が頭を揺るがして、パキンとヒビ割れた音が耳に届いた。

兜が凹み目隠し部分が割れたようだ。

勇者でもないただのヒトが、ここまでの威力を出せるとは。

そもそも大半の人間は私に触れれば秘めた想いを引き出され、欲に取り憑かれ疑心暗鬼に苛まれ、ゆくゆくは正気を失うものなのだが、タンタにはその気配がない。

珍しい人間だ、まあ身内が勇者だからこいつにも微々たる力が宿り私の影響を退けているのかもしれないが。

それならば、先ほどの一撃も納得出来る。私にあれほどの害を与えられるのだから。

なればこいつは勇者の成り損ない。勇者に近いが勇者には成れないモノ。

ふむ、成り損ない風情がここまでの力を持つとはな。

目の前にいるそれに興味を惹かれ、多少気を抜いたその隙に、タンタは私のハルバードを弾き飛ばした。

あ、しまったこれヤベェ。

武器を失い丸腰になった私は命の危機を感じ取り、跳ねるように地面を蹴る。明後日の方向に飛んでいった己の武器を拾い上げ、脱兎の如くその場を去った。

 

■■■

 

敗北し逃げ出した私は、ヒトの気配がない方向へ足を動かす。敗北の味すら気にならないくらい上機嫌で。

あんな面白いものがここにいるのならば、近くで観察していたい。

ああこんな気持ちは初めてだ。

また闘いたい。

楽しそうに私は笑い、またこの身体を組み直す。光が不快だのなんだの言っている場合ではない。深い兜を創り上げれば光など簡単に遮断出来る。

フルフェイスの兜を身に付けて、身体をゆっくり創り直し、私は私にヒトの世界に馴染めるような調整を掛けた。

 

「…こんなものか」

 

外に出た声は渋く重く暗い音。俺はこれで完成した。ああそうだこれでいい。

ふと重さを感じ己の手に目を向ければ何かが乗っている。

"私"の残りカスだと直ぐに気付いた。

これはもう、俺には必要無い。

いらないモノをどうしようかと考えて、棄てにいくことにした。

救われないモノが行く場所で、許されないモノが行く場所で、償いを終えぬモノが行く場所。

棄てるのならば煉獄が一番良いだろう。

嘆きの供物は炎に焼かれ、いつか消えていくだろうから。

思い立ったが吉日と、俺は私の残りカスを煉獄に放り込んだ。

 

 

…いつか近い未来、愚かな道化師が夢に狂い、黄金の舞台の上で棄てられた私を拾い上げる。

そのままそれは皇の元へ行き、私を落とし私は皇の手元に行くだろう。

そうしてきっと、私は戻る。

誰かを狂わせ黒く染めながら。

愛憎織り交ぜいつかまた、笑えぬ喜劇の幕が上がるのだろう。

それならばまあいい。棄てられるのも受け入れよう。

待つのは慣れていルのだカラ。

 

■■■

 

 

「…えっとつまり入団希望でいいのか?騎士を倒せば入団出来るとかそういう噂はあるし」

 

「別に入団する気はねえんだけど。そこの白いのと闘えれば」

 

俺は部屋の隅でバリバリ警戒している白い騎士を親指で示す。あいつを見付けた嬉しさで思わず斬りかかったらとっ捕まった。

そのまま俺は拘束されて城に運ばれている。

俺の言葉に金色の騎士はため息を吐いた。

 

「だそうだが、クフリンの知り合いか?」

 

「知らないって言ってるだろ…」

 

憔悴したように首を振る、タンタから名前変えたらしい、クフリンはうんざりしたような声を漏らした。

急に襲われた俺は被害者だと言わんばかりにクフリンは睨み付けるように厳しい視線を送っている。

クフリンの態度に金色の騎士は苦笑して、俺に顔を向け直した。

 

「あー、うん、…名前は?」

 

「名前…」

 

俺は一瞬固まり目線を逸らす。タンタと名乗るのは駄目だろう流石に。

名前、名前か。

なんかあったかな。

ああそうだ、たしかどっかの神だか英雄だかが持ってた武器の名前が、

 

「ゲ…ボルグ」

 

だった気がする。

思わず口に出した単語だったが、金色の騎士はそれを俺の名前と判断したらしい。

「ゲボルグ?濁点多いな」と首を傾げられた。放っとけ。

済し崩し的に己の名前が決まり、入団するか否かが話されていく。

クフリンは断固反対し、金色のは人手足らないし即戦力になりそうだしと理由を並べ立てていた。

そんな中、扉が開きまた新しい騎士が姿を現す。その騎士は手に何かを持っていた。

石のようなそれを見て「なんだそれ」とクフリンが問うが「よくわからない」と首を傾げる。わからないから調べようと持ってきたらしい。

ふとその石を持ってきた騎士が俺の方に顔を向け楽しそうに笑った。

 

「あ、その人が噂の"白騎士のライバル黒騎士"さん?」

 

「ちょっと待てクラン、なんだそれは」

 

クフリンが慌てて聞き返す。クランと呼ばれた騎士はにっこり笑いながら「今回がはじめてじゃないんでしょ?」と手をヒラヒラさせた。

そうなのだ。

幾度となく俺はクフリンに喧嘩を売っている。その度に見逃されてんだか関わりたくないんだか、多分後者だろうが、今迄クフリンは俺を捕まえようとはしていない。

今回運悪く捕まった理由は、まあ、横に余計なモノがくっ付いてたって話だ。

クランの影に隠れていたのか、その余計なモノが口を開く。

 

「まだいたのか」

 

滅茶苦茶嫌そうな声色で赤色の騎士が吐き捨てた。こいつはそう、昔俺が乗っ取った小僧。どうやら無事に成長し、騎士に成ったらしい。

捕まった理由も、俺があの時の小僧の成長体に気を取られ多少隙を見せてしまったからだ。

たしか名前はバーンとか言ったか。

バーンはクフリンが俺に襲撃される様を目の前で見ている。俺に対する警戒というか憤怒というか敵意を隠さない。

キシャアアアと擬音を付けたくなるくらい威嚇している。手を近付けたら噛まれそうだな。

 

「暴漢だろしかも王国騎士を狙ったんだぞ。敵だろ」

 

「それはそうだが被害自体は出てないからなあ」

 

金色の騎士はバーンの訴えを軽く流す。バーンの怒りの矛先は金色の騎士に移ったようだ、ギャンギャンと喚き始めた。

まあ実際クフリンの被害も擦り傷切り傷程度だ。やる気のない相手に本気で襲いかかったりはしない。

本気で、…ふむ。

 

「なあ、騎士団ってのは団員同士で闘ったりするか?」

 

「ああ、訓練の一環で大会みたいなものは開くが」

 

「あああなんで言うんだよ、闘いたくないから黙ってたのに」

 

俺の問いに金色の騎士は素直に答え、クフリンは慌てたように悲鳴をあげた。

ああなるほど、闘う大義名分が出来ちまうから俺の騎士団入りを反対してたのかこいつは。

ならばそうだな、入ってもいいかもしれん。

その旨を口に出せば金色の騎士は「そうか」と笑った。

それに反論してきたのはクフリンではなくバーンだ。「なんでだよ!危ないヤツかもしれない…、いや危ないヤツだろ!」と食って掛かる。

バーンが嫌に拒絶反応を示しているのはあの時のことを心の奥底で気付いているのかもしれねえなあと俺はぼんやり考えた。

あの時俺は石だったしこの姿で会うのは初めてだが、気配でなんとなく気付いているのかもしれん。

みゃーみゃー鳴くバーンに愛用のハルバートを突き付け、俺は言う。

 

「うるっせえぞ小坊主。お前らが出来ないシゴトを受け持ってやるよ、それでいいだろ?」

 

「っオレらに出来ない仕事なんて、」

 

「あるだろ。表沙汰に出来ない暗部を担当してやるっつってんだよ」

 

元より俺は闇そのものだ。そっちのほうが慣れている。そっち担当なら騎士団に入ってやってもいい。

んで入れば騎士団大会でクフリンと本気で闘える。一石二鳥じゃないか。

ふんと威圧すればバーンは押し黙った。

ついでとばかりに畳み掛ける。

 

「その石、レアメタルだろ。希少性は高いが加工利用できる奴は少ねーぞ」

 

「これレアメタルっていうのか」

 

古代の石だ。当時から希少性は高いが利用先が少ないのと加工のしにくさから微妙な扱いされがちな石。その上厄介なゴーレム系統の輩から採れるからか識っている者は少ない。

古代物の知識もあるんだぜアピールをしたらバーンは本格的に押し黙った。若干涙目で。

 

「つってもまあ、体質的なもんで昼間に屋外じゃあんま動きたくねーけど」

 

「ああそれは構わない。私も金色の鎧が太陽光に乱反射して暑苦しいと言われてから見回りは極力担当していない」

 

若干切なげな顔で金色の騎士は言う。全く行かないわけではないらしいが、ほぼ内勤らしい。こいつは泣いていい。

「私はアーサーだ。よろしく頼む」と金色の騎士はそう名乗り手を差し出してきた。

俺はその差し出された手を握り返し、短く返答して了承を伝える。

 

俺はこの時ようやく初めて

ヒトが私を指すとき使う「ダークマター」なる名称ではなく

俺のそのものの名前を呼ばれ

黒騎士ゲボルグに、成った

 

 

■■■

 

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【1章新1章・After】

[あおいひとのはなし]

 

朝からピィと一緒に街中を散歩。とてもとても、ボクの中で一番、幸せな時間。

いつも通りのルートでいつも通り川辺に向かう。水馬のピィは朝イチの水浴びが一番お気に入り。

ボクがピィの水浴びを手伝えば気持ち良さそうな顔をしてくれる。その顔を見て、ボクも同じように嬉しくなった。

最後にプルプルと体を振るい水を弾き落とせば終わり。

「帰ろうか」とボクはピィに声を掛け、ついでに近くの森から果物を数個拝借し帰路に着いた。

魔王も退け落ち着いた今の世の中、ボクたちはのんびり平和に過ごしている。

平和、ではあるが、ボクたちの戦いはまだ終わらない。

魔王によって滅ぼされたボクらの国を立て直す。そこがゴール。

今は滅んだ国の生き残り、ボクの友人で王子だったフロウを中心に少しずつ国の基盤を作り始めている。

魔王を退けたのはフロウだ。だから大陸の人たちもフロウに対して友好的でいろいろ協力してくれている。

…協力というかむしろ、魔王を退けた英雄が造る国、と期待されまくっていた。プレッシャーがすごい。

そんなプレッシャーをものともせず、クスクス笑いながら「頑張りましょうね」と微笑みを絶やさないフロウはもっとすごいと思う。

 

森から拝借した果物をつまみ食いしつつ、ボクは周囲を見渡した。まだ暴れまわる獣や妙なものは存在するが概ね平和。

その証拠に、朝から奥様方が集まって井戸端会議をしている。

 

「おはようごさいまーす」「お早うございます」

 

ボクとピィが声を掛けると奥様方がこちらに気付き、笑みを浮かべながら挨拶を返してくれた。

フロウ様はお元気かしら?と問われたので、昨夜夜遅くまで仕事してて今日は寝坊してますよ、ということを話せば奥様方からは可愛いと黄色い声が上がる。

確かこの前朝から仕事してますよと言ったら同じような黄色い声が流れたので、もはやなんでもいいらしい。ただしイケメンに限る的な、イケメンなら何しててもいい的な。

友人がどんどんアイドルのようになっていく…、とボクは遠い目を空に向けた。

 

「あ、そうそう最近変な噂があるのよー」

 

「どんなのですか?」

 

それがねー、と奥様方は楽しそうに噂話を話してくれる。毎日散歩するのはこれが目的でもあった。

なんだかんだで世情を知りたければ奥様方の噂話が一番早い。

奥様方の話を聞いたボクは、驚きに目を丸くし、慌ててピィに乗り込んでフロウの所へと駆け出した。

 

■■■

 

流石はボクのピィ。脚が早い愛してる。

さらりと愛の言葉を混ぜ込んだら器用にも尻尾で後頭部を叩かれた。こういうことするから愛の言葉を囁く男が減るんだ。

叩かれた後頭部を軽く撫でながら走り続け、ボクたちはフロウの家へ飛び込んで行った。

 

「あ、おかえりなさい。おはようございます、…どうしました?」

 

ボクたちが散歩に出ている間にフロウは起きており、のんびりと茶を啜っている。

飛び込んだ勢いそのままに、ボクはフロウを問い詰めた。

噂話を聞いた、と。

その内容は、こうだ。

『魔王のいた神殿に人がいる。

そいつらは魔王の子供』

そこから色々な尾ひれがついていたが、あまり良いものではなかったと思う。

あいつらが親の後を継ぎいつかまた街を襲撃するために潜んでいるだの、魔王は死んでおらずあいつらが看病してるだの、いつか魔王親子揃ってまた街を襲いに来るだの、化け物を造っているだの、子供たちは親を倒され復讐しようと化け物じみた力を得るため神殿に立て籠もっているだの。

これは、あの時、魔王退治に行った時、出会った女の子のことだろう。

ボクはよくわからなかったけれど、フロウは何かしら察していたようだった。

つまりこの噂話の発端はフロウのはずだ。

それを言えばフロウは笑い、変わらずのんびりと茶を啜った。

 

「…彼らが大人しくしているならば、何も言いませんでしたよ」

 

それに、とフロウはカップを置いてボクに顔を向けまた笑う。

フロウは少し前に相談を受けたらしい。「神殿に人がいる。それが魔王に捕まった子供なら助けたほうが良いだろうか?でもあそこにはまだ魔王の残党がいるかもしれないし」と。

だからフロウは答えたそうだ。

『あそこにいるのは魔王の子供ですよ?』と。

フロウが言ったのは、それだけだそうだ。

 

「別に、魔王の子供だから殺せとか何か企んでるのではとか、そういった類のことは一切言ってません」

 

「じゃあなんで噂話が物騒なものばっかなのさ…」

 

ボクが困ったように眉を下げれば、フロウは軽くため息を吐いて頬を掻く。

「そんなの、未だに魔王襲撃の傷痕が癒えていないからに決まっているじゃないですか」と、呆れたような口調で語った。

 

「…僕たちは魔王軍によって親や兄弟、家族や友人、恋人、住む所も国も何もかも失ったんですよ?

それなのに、当の魔王が神殿を乗っ取り住処をキープ。それどころか子供作ってのうのうと生きてた、と知ったら怒りのが勝るでしょうに」

 

憎んでたモノが、殺したいほど憎いモノが、勝手にこちらのものを奪い壊したクソ野郎が、子供作って住処に子供を匿って、その子供はへらへらと生き残っている。

親を亡くした可哀想な子供だと。子供が育つまで見守れなかった哀れな親だと。

被害者側からしてみれば堪ったもんじゃない。

何故あんたらが被害者ぶるのか。何故謝罪も反省の意も見せずへらへら顔を出すのか。

フロウとしても父親を殺したのはフィスカだが、指示をしたのは魔王のほうだ。

フィスカも許せないが魔王はさらに許せない。

だから、街の人たちの言い分は理解していた。

 

だから街の人たちはこう思ってしまう。

同罪だろう、と。

子供も嫁も。魔王に従った輩全て。

ムカつくから血縁者関係者全て根絶やしにしたい。

だから、噂に尾ひれがついて悪い内容ばかりになっているのだろう。

いつでも、そいつらを殺せるように。無意識に大義名分を作っている。

 

「だから外に出さないよう妹のほうにああ言ったんですがね。兄のほうが親に似て自分勝手なのかフラフラ出歩いたらしく、目撃されたようです」

 

噂話では"あいつら"と複数形だったから、妹のほうも自分勝手に出歩いた可能性があるが。

放っておくとこちらの人間が加害者になりそうだったので、余計な被害を出さないためにも止めてはいるのだが、いつまで持ちますかね、とフロウは笑う。

 

「しかしケルーがそこまで気にするとは思いませんでした」

 

教えておけばよかったですね、とフロウがしれっと言い放つ。

ボクとしてはあの子に兄がいたのかとかフロウは既に知ってたのかとか初耳なことばかりだ。

脳の処理が追いつかずぽかんとするボクに、フロウは苦笑しながら首を傾げる。

 

「まあ、可愛らしい子ではありましたが…。深入りしないほうがいいですよ、あの子は魔物の血が流れてます。可愛らしさで男を誘い人生を狂わせる化け物の血が」

 

「ボクにはピィがいるから、…じゃなくて、なにそれ」

 

また新情報が出てきた。やだもう。

ボクが若干涙目になっていると、フロウは「聞いた話ですが」と前置きして語り出す。

あの兄妹には「人魚」という魔物の血が半分流れているらしい。

今はもう絶滅してしまっているが、十数年前までは生息していたという。

 

「実際、人魚に目を付けられた海賊が狂いに狂って魔王になったらしいですし。あああの人魚は死んでも呪うのか今度は息子を狂わせ苦しめてるみたいですね。男ならなんでもいいんでしょうか」

 

「まって、待って? なんかもうどこから突っ込めばいいのかわかんない」

 

あの魔王は元人間なの?人魚ってそうなの?そして息子はなんなの?

ボクがギブアップ宣言を出すとフロウはクスクス笑い「あくまで聞いた話です」と締めくくった。

ここまでみなに話てしまうと「魔王の子供で魔物の血が流れている、そんな危険な化け物兄妹とっとと殺そう」となりそうだったので黙っているらしい。

 

何しでかすかわからないモノを殺しに行って、こちらに被害が出たら大変でしょう?

 

そう言って、フロウはまた笑った。

 

■■■

 

ボクはゆっくりと?み砕くようにフロウの話を纏める。

魔王は、元人間。人魚という魔物に狂わされ魔王にまで堕ちたモノ。

神殿にいる子供たちは、魔王が人間だったときに人魚との間に作った。

魔王も人魚も、己が悪いことをしたとは微塵も考えず、謝罪も反省もしていない。

そのせいなのか、彼らの子供も自らの立ち位置を疑問に思わずのうのうと生きている。被害者ぶって。

親のいた場所を守ると、勝手にも神殿に居座っている。

 

こんな感じかな、とボクが首を傾げればフロウは「まあ大体そんな感じです」と苦笑した。

兄妹側から見たら「両親は別の何かに呪われおかしくなってああなったのだあら責任能力はない、だから悪くない」かもしれないが、現実に国を滅ぼされた身としては「せめて謝れ、誠意を見せろ」という気持ちになる。

元々の原因は自己中な人魚。実行犯は自己中な魔王。それを慕う自己中な兄妹。

なんだこの自己中家族。

ボクは呆れたようにため息を吐いた。これが「良い家族」ならばこの世に「良い家族」は存在しない。

 

フロウが例の兄妹を討伐対象にしていないのは「兄妹そのものは現状大掛かりな被害は出していない」からのようだ。

魔王の被害にあった民の心情としては「あの魔王の子供でそれを慕っておりかつ住処を手放さない」という現状だけでも十分討伐対象になるのだが、一応様子見をしているらしい。

何かやらかしたら処断対象ですけどね、とフロウは苦笑した。

 

「甘い、のかなあ?」

 

「外に出たら石を投げられるような状態が甘いですか?」

 

ボクの呟きにフロウが首を傾げる。

フロウの忠告を無視してフラフラ出歩き顔が割れ、大陸全体から敵と認識されている状態は、辛いか。自業自得、厳密には親のせいだけど。

そうなるように仕向けたのはフロウだし。

ボクが頭を掻くとフロウは困った顔で「あそこで大人しく籠っててくれれば黙ってましたよ」と呟いた。

なら子供は無関係だから、と言えば良かったんじゃないだろうか。

それを漏らせばフロウは呆れながら「敵だろうと親の仇だろうと慈悲深く受け入れろと?宗教かなんかですか?ケルーはカルト教団国家がお好みですか?」とつらつら並べ立てる。

 

「それに、親の仇で国の仇である魔王の血縁者に、慈悲や好意を持つほうが狂ってると思いますよ」

 

そう言って、フロウはまた笑った。

僕は嘘偽りは一切言っていません、と。

あの兄妹が魔王の子供であることは、事実。

フロウはそれを話しただけ。

 

■■■

 

もしもまたこの親が現れたとして、謝罪すらせず不気味に笑うだけだったり、

突然この兄妹が海の守護者や番人を名乗り始めたりしたら、

街の人たちはどう思うだろうね?

まあ、個人的には 何様だと感じると思うけど。

 

現状に気付いた兄妹が親の幽霊にでも唆されて、過去に行ったら面白い。

悪いのはうちの家族ではなく、魔皇と神海帝だと自己中にも責任転嫁し殺しにでも行きそうだ。

どこまで己のことしか考えないのだろう。

自分の欲望のままに過去を変え未来を変えるなど、どこぞの愚か者と同じ。

まあどうやら現状どうにもならないからと決め付けて過去に逃げ歴史を崩すアレが「勇敢な戦士」らしいのだけれど。

勇敢という単語をもう一度辞書で調べて頂きたいものだ。

 

 

■■■

 

-3ページ-

【2章新2章・Nothing】

(正直、ダルタンのせいで世界が狂いまくりロックは監獄から出られず不屈化する話に書き直したい)

(2章話からの継続世界で書き直したい)

 

悪人を気取ると楽。

何をしても「自分は悪人だから」で済ませられるから。

狂人を気取ると楽。

何をしても「自分は狂っているから」で済ませられるから。

正義の味方を気取ると楽。

「正義」の一言で全てをねじ伏せられるから。

 

ぜんぶおんなじ。

迷惑なのは変わらない。

 

 

-4ページ-

【3章新3章・Another】

[くろいりゅうのはなし]

 

目が覚めた時、見知らぬ土地にいた。

どうやらここはリゾート地のような浜辺。

傍には大きな黒いタマゴ。慌てて飛び起き無事かどうかを確認する。

タマゴにはヒビや傷はひとつもついておらず、ほっと安堵の息を吐いた。

ああ、俺の相棒はどこだろう。

怪我などしていないだろうか。

タマゴは丈夫だから無事だったのだろうが、竜は普通に傷を負う。

怪我をしているならば早く手当をしてあげないと。

そう思い俺は指笛を吹いた。

しかしいつもならばすぐに来てくれる相棒が、不思議なことに全く気配を現さない。

何回吹いても、声を上げても、姿を見せることはなかった。

もしや呼び出しに応えられないほど衰弱しているのだろうか。

心配だ、早く探しに行こう。

大きな黒いタマゴを抱え、身体の痛みを振り払い、俺は浜辺を彷徨い始めた。

 

竜のタマゴは非常に丈夫。

親竜の助けか竜騎士が手伝いでもしないと割れないのだ。

この仔は俺が孵してやらないと。

 

しばらく浜辺を彷徨いたが、相棒の姿はどこにもない。

ため息をついて、俺は近くの岩に寄りかかった。

タマゴを撫でつつ俺はまたため息を吐く。

相棒はどこにいるんだろう。

心配だ。

もう陽は落ち、辺りは真っ暗。

土地勘のわからない場所を夜歩き回るわけにもいかない。今日はもう休もう。

早く相棒に逢いたいと、俺はそのまま眠りに落ちた。

 

朝起きて、俺は再度確認のために指笛を吹く。

やはり相棒は応えない。

自然と頭は俯き悲しげな息が口から漏れた。

どうしたんだろう、大丈夫だろうか。

早く見付けてやらなくては。

今日もまたタマゴを抱え、俺は相棒を探して始めた。

 

ウロウロしていたら森の中に入ってしまったらしい。

四方八方木々に囲まれ迷いそうだ。

あまり深入りしないほうが良いだろう。

ガサガサと草を掻き分け森の中を軽く散策した。

相棒はここにもいないようだ。

残念そうに俯く俺の目に、小さな動くものが入り込んだ。

ヘビのようなまるっこい小さな竜。

あのタイプの竜は東の大陸にいるはずだ。

ならばここは東の国か。

流されたのだろうと推測し、ならば相棒も浜辺にいるかもしれないと思い立つ。

俺は目の前の小さな竜に話し掛けた。

 

「この辺りで赤い竜を見かけなかったか?俺の相棒なんだ」

 

しかし小さな竜はぷいとそっぽを向いて去っていく。

そんな態度を見て、俺は目をパチクリさせた。

おかしい。

竜は話好きだ、話し掛けられて無視をするなんて有り得ない。

おかし、い

 

そうだここが東の大陸ならば

竜が多くいるはず

誰、か、

 

森の中を駆け抜けて竜を求めて表も裏も、端から端まで回っていく。

小さな角が愛らしい竜に出会った

赤色と青色の小さな竜に出会った

灰色でよく泣く竜に出会った

植物のような竜に出会った

風の竜に出会った

雷の竜に出会った

花のような竜に出会った

 

しかしその竜全てから

声を聞くことは出来なかった

聞こえなかった

 

人に慣れているのか、すり寄って来てくれる竜もいたんだ。

めっちゃ可愛かった。いやそうじゃない。

寄ってきて目を合わせてくれたのにも関わらず、

俺は、その仔の鳴き声しか、聞き取れなかった。

 

こんなこと、今までなかった。

竜たちの声が聞こえないなんて、生まれてこのかた初めてだった。

どの竜も話し掛けてきているのはわかった。

俺はその言葉がわからなかった。

俺が言葉を話しても、伝わらなかった。

 

なんで

 

声が聞きたい

竜の声が

なんで全く聞こえないんだ

 

半狂乱になりながらも、俺は指笛を吹いた。

一番聞きたい愛しい声を求めて、必死に息の続く限り合図を送る。

他の竜の声が聞こえないのでも構わない。

せめてあの声だけは、

相棒の声だけは

相棒の声だけでも

聞きたい

 

何回も何回も

指も喉も痛むまで息を送ったが

相棒は応えなかった。

 

■■■

 

突然暗闇の中に放り込まれたかのようだ。

目は見える、竜の気持ちだけ見えない。

耳も聞こえる、竜の声だけ聞こえない。

指笛は鳴らせる、ただ相棒に通じない。

竜に関することだけが、俺の中からすっぽりと抜け落ちていた。

世の中にはそういう人間のほうが多いらしい。

竜の気持ちは見えなくて、竜の声は聞こえない、そんな人のが多いと聞く。

つまり、俺は普通の人と変わらないはずだ。

なのに、苦しい。

なのに、辛い。

めげずに何度も竜と接触し会話を試みた。

ただ苦しいのが増えただけだった。

何度も相棒を呼んだ、相棒を探した。

ただ辛くなるばかりだった。

会いたい。

逢いたい。

声が聞きたい。

俺のその願いは、叶うことはなかった。

 

途方に暮れたまま放浪していると、見覚えのある場所に辿り着く。

東の大陸の詰所。そういえばここにはレオンがいるはずだ。

俺が見付けてスカウトして、立派な竜騎兵に育てた子。

新入りが入ったと喜んで、俺の相棒と血を繋いだ仔を相方にしたときは嬉しかった。

独り立ちするときには餞別を渡して、笑って見送ったけれど寂しくなって、師団長をからかったっけ。

レオンとあの仔はどうしてるかな。

俺はタマゴを抱いたままふらっと詰所に近寄る。

こっそりと覗きみれば丁度レオンが外に出ていた。体躯はあの時よりもぐんと伸び、立派な青年となっている。

レオンはこのまま出掛けるらしい。

隣に友人であろう同い年くらいの青年と、赤い竜を連れていた。

レオンの相棒も立派に成長したらしい。

俺の相棒とそっくり、ああでもどことなくレオンに似てやんちゃそうな顔だ。

辛かった心が少し癒える。が、それはすぐさま消え去っていった。

 

レオンが、相棒と、楽しそうに、会話をしている。

レオンの相棒が喋り、それにレオンが笑い返した。

俺には、鳴き声にしか、聞こえなかった。

 

少しだけ、期待していた。

相棒と血を繋いだあの仔の声なら聞こえるかもしれないと。

竜騎士の竜ならば会話に慣れているから、聞こえるかもしれないと。

けれども俺の耳には、鳴き声しか届かなかった。

 

なにか割れたような音がする。

トドメを刺されたような気がした。

他でもない、可愛がっていた後輩に。

目の前が暗くなり、足元がおぼつかない。

それでもなんとか足を動かし、俺はこの場から離れようと模索する。

もう、見ていたくなかった

聞いていたくなかった

楽しそうに、相棒と一緒にいる、竜騎士になんて

楽しそうに、相棒と話をする、竜騎士になんて

近付きたく、ない

近付け、ない

 

■■■

 

周りを見ずに足を動かし、木の根に躓き倒れたところで俺の逃亡劇は止まった。

ここは、どこだろう

ああそうか、東の大陸だっけ

相棒はどこだろう

はぐれてしまったのだろうか

呼ばなくては

呼ば、なくちゃ

あいつはとても寂しがりやなのだから

 

ぼんやりとしたまま身体を起こし、「来てくれるか?」と言葉を紡ぎ、いつものように指笛を吹く。

寂しげな音色が辺りに響き、

俺の相棒が来てくれた。

 

どうした?

ああはぐれてしまったから怒ってるのか?

まったく、お前は起こると口を聞いてくれなくなるからな

早く機嫌直してくれよ

もう、離れないからさ

なんか喋ってくれよ

さみしいよ

 

そう言葉を並べ

俺は

呼び出された相棒のような形をした黒い靄に向かって

微笑み掛けた

 

■■■

 

相棒と一緒に俺は森の中を歩く。

 

まだ機嫌直してくれないのか

相変わらず頑固だな

ああそうだ、お前これ好きだったよな

久しぶりに一緒に聞こう?

 

そうすればきっと相棒は機嫌を直して喋ってくれると思い、俺は黒いオルゴールを取り出した。

はぐれたときの衝撃であちこち傷だらけ、ボロボロになったオルゴール。

それでもなんとか音は鳴る。

オルゴールを手のひらに乗せて、俺は音を鳴らそうとネジを巻いた。

 

あれ、こんな音だったかな

こんな悲しげで寂しい音だったっけ

これではまるで

鎮魂歌のようじゃないか

 

ぽたりとオルゴールに水滴が落ちた。

自分が泣いているのだと気付くのに時間が掛かった。

 

おかしいな

相棒は俺の目の前にいるのに

手を伸ばせば届く距離にいるのに

寂しくてさみしくてたまらない

 

手を伸ばせば届くんだ

相棒を撫でてやらないと

なんで手が動かないんだろう

なんで

 

駄目だ

まだいかないでくれ

お前がいなくなったら

俺はどうしたらいいんだよ

 

なんで

やめて

いやだ

 

 

相棒がいなくなったから、竜の声が聞こえなくなった

相棒がいなくなったから、竜の気持ちが見えなくなった

相棒がいなくなったから、

俺は

あいつは

俺の

 

俺は

 

辺りには相棒の大好きだった音が流れ、

その場にいる俺はひとり、

ただ涙を流し続けた。

 

■■■

 

相棒がいなくなったなら、俺はもう竜騎士じゃない。

竜の声が聞こえないならば、俺はもう竜騎士に戻れない。

 

ふらりふらりと俺は東の大陸を放浪する。

竜騎士団には戻れない。

北も南も東も西も、竜がいるからいられない。

ただ辛いばかりだから。

相棒を思い出して、苦しくなってしまうから。

それでもこの地を離れないのは、竜人の郷がこの辺りにあるかもしれないと思い出したからだ。

死ぬならそこで死にたい。

そうすればきっと相棒に逢える。

竜人の郷、竜の郷。

それを求めてただ放浪していた。

 

そんなとき、声が聞こえた。

人の声じゃない、獣の声じゃない

求め続けた、一番聞きたかった声。

竜の声が頭に響いた。

驚きに目を見開いて顔を上げればそこには大きな白くて金を纏う竜。

その美しさに、そして神々しさに見惚れ俺は言葉を失った。

しゃらしゃらと鳴るような綺麗な声は己を神竜だと名乗り、優しく俺を見下ろしている。

 

「…竜の声…俺はまだ、聞こえるのか?」

 

聞こえなくなってからどのくらい経っていたのだろう。

久々に聞いた竜の声は静かに俺の身を包む。

心地良い。もうこのまま死んでもいい。

穏やかな気持ちで目を瞑れば、神竜は優しい声色で俺に問い掛けた。

「横にいる仔を見捨てる気ですか?」と。

横?と不思議に思いながら、俺は首を横に動かす。と、そこには小さな黒いドラゴンがふよふよと飛んでいた。

驚いて目をパチパチさせていると、神竜は「貴方が孵した仔です。ずっと傍にいましたよ」と笑うように言葉を落とす。

時には後ろからのんびりと、時には黒い靄に扮して。産まれたときからずっと、ここにいた。

 

あのときの仔だとすぐに思い当たる。

王国から避難させるため連れて来た黒いタマゴ。

落とされ流されたときも片時も離さず抱いていた仔。

いつから俺はタマゴを抱いていなかった?

いつこの仔は孵った?

それすら記憶がままならない。

 

そんな俺がこの仔を傍に置いていていいのだろうか。

そんな疑問を口に出す前に、黒い仔竜は笑顔を向けて俺の胸へと飛び込んできた。

「やっとこっちを見てくれた」そう言いたげな気持ちを纏わせながら。

 

「ごめん…ゴメンな、ゴメン…」

 

パタパタ尻尾を振るその仔に謝罪の言葉しか出てこない。

頭を撫でられその仔竜は「ゆるさないけど、これからずっと構ってくれるならゆるす」と声を出した。

声を、出した。

 

きこえた

 

聞こえた。

 

仔竜は言う。

「まえ聞いたあの曲すごくすき」と。

「でもかなしいならがまんする」と。

「だってあのとき泣いてたから」と。

俺は答えた。

「大丈夫。悲しいけど大丈夫」と。

「忘れないためにも、お前のためにもまた鳴らそう」と。

「一緒に聞こう」と。

 

仔竜が嬉しそうに鳴いたのを聞いて、俺はようやく笑顔になれた。

気付けば神竜の姿はどこにもなく、空は夕暮れの赤に染まっている。

相棒と同じ空の色を見て、俺は新しい相棒に向けて言った。

 

「行こう、再び空へ」

 

一緒に、あのとき相棒と見た空を、新しい相棒と共に。

相棒と見た景色を、新しい相棒に教えよう。

俺は思い出すだろう、

曲を聴くたび、空を見るたび、相棒のことを。

忘れてたまるか。

けれどもこの仔は俺が育てなくちゃいけない。

だから、許してくれ。

お前以外の相棒を作ることを。

 

■■■

 

「…鎧、お揃いにしようかな」

 

無邪気にはためく小さな黒い相棒を見て、俺はポツリと呟いた。

黒ベースで、赤もいれよう。

赤と黒、相棒たちと、同じ色。

 

この日、漆黒の竜騎士という割には赤色の割合もそこそこ多い、妙な竜騎士が誕生した。

 

相棒には、逢いたいと今でも思う

それは相棒にも新しい相棒にも悪いことだけど

それでもふとした瞬間に思うのだ

逢いたい、と。

それをつい漏らしたら、とある奴は笑って言った。

 

「いいんじゃないですか?

世の中に愛を歌う曲は大量にありますが、一番多いフレーズは『逢いたい』だそうですよ。

愛してるでも好きでも欲しいでもどれでもなく、多様な愛の言葉の内で一番多いフレーズが『逢いたい』です。

死ぬほど好きならば、真っ先に想うことなんでしょうね」

 

その言葉を聞いて、少し照れながら俺は笑う。

あいつはそう想ってくれるだろうか

いつかそちらに逝ったとき

聞いてみたいなと思った

 

 

■■■

 

 

-5ページ-

【???・observe】

[あおいなにかのかんさつ]

 

彗星ならば流星ではなく

流星ならば彗星ではない

落ちてきたならもうすでに星ではない

なにがなんだかわからない

そんな生き物が大地を闊歩していた。

 

己で名前を星の騎士だと名乗り

光を自称している。

 

呼ばれたと言い干渉し

友だと言って干渉し

闇だと言って干渉する

 

この星の生き物ではないのに

この星を我が物顔で歩き回る

 

なんだろう、と不思議に思った。

 

これを「寂しいから干渉している」とした阿呆もいるらしい。

彼にそんな素振りは一切ないのだが。

 

「見守っていた」らしい。

ここ最近のこの星は結構な大惨事だっのだが、

それは干渉する気にならなかったのだろうか。

見守るとはいったい。

 

「彷徨っていた」らしい。

それにしちゃ来るのが早い。

呼ばれて来たというのが事実なら、

彷徨っていたのが事実なら、

もっと遅くなりそうなものだが。

 

彗星・流星・見守る・彷徨う・呼ばれた

多くの矛盾を孕んだまま

彼は闇の竜に接触している。

 

なぜだろう

 

ああそういえば

彼は闇の竜を呼ぶときに

無に還せと叫ぶらしい

 

それが本音ならば面白い

放った言葉は全て嘘

彗星でもない流星でもない

見守っていたわけでも彷徨っていたわけでも呼ばれたわけでもない

 

この星に、闇の竜が現れるのを待っていた

それを己の手中に入れるために

闇で全てを喰らい無に還すために

 

星が望めば彼は現れるという

星が願えば動くという

この星の帝は望んだ

「俺の星を還せ」と

彼がそう望んだのはいつだろうか

 

古い友人の想いが届き

彼はこの星に戻ってくる

久々に再会した友人は

怒り狂った友人は

何故か自分を罵った

 

「この星がそう願うなら」

 

友人が望むのなら。

 

「オレにはまだ、やることがある。星がオレを、必要としている」

 

友人は、失敗したから。

 

1回目は、間に合わなかったから

呼ばれたと嘘をつき

この星に留まった。

力尽きかけたこの星には

また闇の竜が現れるだろうと確信して。

そうして現れた闇の竜を見て

彼は言う嬉々として

「ここにいたのか」と。

利用するため

それを捕らえて使役する。

 

「闇よ来い。全てを喰らい、無に返せ」

 

崩壊した星からは

光でさえ逃げられない

全ては呑まれて消えていく

この星はもういらないと

そう望んだ貴方のために

 

全ては貴方の望みのままに

 

 

■■■

 

いろいろ逆転しますが、

これでも矛盾は少ないんですよね

まあどっちでもいいですが

 

子供の興味ってのは多種多様。

かなり複雑なものすら理解します。

手を抜いていいものではないんですがね。

 

彗星なんだか

流星なんだか

このふたつは全くの別のものなんですが

何故、同列に語られているんでしょうか。

何故、彼は星とされているのでしょうか。

いやはや非常に

不思議な話

 

 

 

はじめに言ってあります

騙る、と。

望み通りに騙る、と。

性分なもので

願い事は極力曲解したくなるんですよ。

 

小鳥のお喋りは電波より遠く世界を駆け巡ります

虫たちは噂話が大好きです

野を渡る風にはそういう声が満ち溢れています

それさえ聞ければいくらでも

話を繋げることは出来ますよ

 

まあそれすら出来なくて

ありもしないことを得意げに話すのもまた一興

 

わかっていながらひん曲げたものを

騙り出すのも、また一興

 

説明
適当にごった煮。続きもののようななにか。独自解釈、独自世界観。捏造耐性ある人向け
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無題

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