人類には早すぎた御使いが再び恋姫入り 四十一話
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蓮華SIDE

 

思春に手伝われて、彼女は食卓の前に座り、私も同じ食卓の反対側に座った。

 

「蓮華さま、よろしいのですか」

「大丈夫よ」

 

私と一緒に彼女を連れてきた思春は、一応彼女が危険な人物ではないと判断しているはずだった。それでもやっぱり素性の知らない相手。心配になるのか再三私に尋ねてきた。

 

「それに、何かあったら助けてくれるんでしょう」

「それは無論です」

「なら私は大丈夫ね」

 

そう釘を刺した私は再び丁寧に私の前に座っている彼女を見た。

 

「そう言えば、名前もまだ聞いていなかったわね。先ず自己紹介からしよう。私の名は孫権。姓は孫、名は権。字は仲謀という」

「……?」

 

と、私は自己紹介したものの、彼女は良く分からないという顔をした。

 

「えっと…つまり…ソンさんお呼びしたら良いのでしょうか」

「い、いや、そうだな…仲謀と呼んでくれれば良い」

「あ、はい。判りました」

 

私がそう言うとやっと彼女の顔は晴れた。

 

「えっと、わたしの名前はヘレナ・チョイと言います」

「へれな?」

 

姓がチョイ(崔)ということは判ったが、へれなというのは聞いたこともない名前だった。いや、そもそも何故姓氏の方を後ろに付けたのだろうか。

 

「崔家の人なのか」

「はい。一応、もらった姓なのですが」

「もらった…?養女ということか」

「いえ、結婚したもので」

「結婚で…姓を変えた?」

 

どういうことだ。

 

「それとえっと…ミドルネームとは特には…へれなと呼んでくだされば結構ですう」

「…そ、そうか。なら以後はヘレナと呼ぶことにする」

「宜しくお願いいたしますう」

 

彼女は微笑みながら言った。さっきまでの乱れていた姿はあまり残っていなかった。

 

間もなく食事が運ばれ私たちは食事を始めた。崔家なら儒学者家門で有名なところだと思っていたが、食事をする彼女の姿を見てまた疑問が浮かんできた。とても礼儀正しい仕草とは裏腹に、彼女の箸の持ち方はなっていなかったのだった。最初何度か下手な持ち方で料理を運ぼうとしては道中で落とすことを何度か繰り返した挙句、彼女はとうとう箸を握りしめて串のように料理刺して口に運び始めた。

 

「すみません。あまり慣れていないもので…」

 

そんな彼女の様子を半分呆れて見ていた私に気がついたのか彼女は顔を赤らめながら言った。

 

「慣れていないって…箸を使うことがか」

「はい。前に一度チョイさん一緒に箸を使うお店で料理を食べたことがあるんですけど、どうしても慣れなくて…しまいにはチョイさんに食べさせてもらう始末で…」

 

これは…どう判断するべきなのだろうか。自分で料理を運ばずに食事をするほど裕福な家の出なのだろうか。体の不具合を考えれば長年身の回りのことを世話させた可能性もある。しかし不便なのは脚だけなはず……。

 

「うぅぅ…」

 

と、自分の箸の持ち方を指摘されたことで恥をかいてしまったへれなは、箸を置いてしまった。

 

「あ、す、済まない。責めるつもりはなかった。良いから食事を続けてくれ」

「でも……」

 

相当恥ずかしかったのだろう。へれなは置いた箸をなかなか持ってくれなかった。

 

「ほら、こう持てば良い。私に真似して持ってみろ」

「えっと…こうですか?」

 

へれなは私の手を真似して箸を持ち直したけど、とても雑で、あれでは何も摘めない形になっていた。

 

「違う。こうして上の箸を中指で支えて、人差し指だけで動かすんだ」

「う、うえ?ええっと……」

「はぁ…ほら」

 

彼女が中々出来ないから私は席を立って彼女の指を摘んで矯正してやった。

 

「ほら、こうすれば…」

「お、おお…」

「ここからこの指だけで箸を閉じて見て」

「こ、こうですああああああ指がああ!」

 

その時、慣れない箸の取り方に筋肉がつったのか彼女は箸を落としてしまった。

 

「だ、大丈夫なの」

「っ…もう大丈夫です。すみません。せっかく教えてもらったのに」

「……小さい頃にちゃんと学んでないからそうやって苦労をするのよ」

「も、もう一度やってみます」

 

と言ったへれなは落とした箸を拾って、再び私が教えて上げたとおりに箸を持った。

 

「ここから…こう」

 

そしてやがてちゃんとその箸で料理を運んで口にまで入れた時、へれなは料理を噛みながらとても嬉しそうな顔で私を見上げた。

 

「んんんんん!!!」

「そう、良かったわね」

 

本人がとても嬉しそうに目を輝かせながら喜んでいたので、もうお行儀なんて指摘するほど無駄だった。

 

そして彼女との食事は一つ一つ料理を箸で摘み、食べるという行為に感動を覚える彼女のおかげで、相当長引いてしまうことになった。

 

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「ふう…少し食べ過ぎてしまいましたー」

 

食器を片付けさせた後、また三人だけになった個室でへれなは言った。

 

「料理が口に合ったようでなによりね」

 

敢えて箸の件については触れてやらないことにした。

 

「人に教えるの、お上手なんですねえ」

「そ、そうかしら」

「はい、チョイさんに、箸の持ち方教わったんですけど、中々要領がつかめなくて結局諦めてしまいましたあ。でもチュウボウさんに教わって、なんと二回で完璧になりましたあ。ありがとうございます」

「ど、どういたしまして」

 

と、いけない。いい加減彼女のことについて聞かなければ…。

 

「それじゃあ、さっきの話に続いて、あなたについて聞きたいのだけれど…先ずはどこに住んでいるのかしら」

「えっとお………その前にですが、地理の参考までに、ここは今どこなのでしょう」

 

住処を聞いた所、へれなはとても困った表情で少し悶々と悩んだ挙句問い返した。

 

「そうね…ここは豫洲許昌城から南西に百里ぐらい離れた、名もない平原なのだけれど。あなたを見つけた場所はここからまた西に十里ぐらい離れた荒野だったわ」

「……」

 

が、答えてあげても彼女の顔は前みたいに晴れることはなく、更に困惑へと落ちていった。

 

「へれな?」

「聞いたことが…ありません」

「え?」

「今仰った地名が、一体どこなのか…全く判りません」

 

彼女はまた不安になって来たのか頭を俯いた。

 

「と、とりあえずあなたの住んでいる所を出来るだけ細密に教えてくれない?」

「…フロリダ州のオーランド、オレンジアヴェニューの25-7番地にある孤児院です…」(※住所は適当です)

「……」

 

これで私も彼女並に困惑するようになった。

 

先ず州の単位からどこかのか判らなかった。ふろりだとは一体どこだ。というより何なのだふろりだとは。最後の孤児院という言葉以外に何も理解出来なかったに等しかった。

 

「えっと…その…孤児院で住んでいるの?」

「はい…孤児院の院長をやらせて頂いています」

「院長を?」

「はい……皆さん、無事でしょうか」

 

彼女はやがてまた感情が込み上がってくるのを我慢できず泣き始めました。慰めてあげたかったけど、今度こそ私に出来ることが見つからなかった。てっきり近くに住んでいるどこかの商家の病弱な娘さんとばかり思っていたのに、どこに住んでいるのかもさっぱり分からない上に、孤児院の院長というかなり重要な人物であったのだ。彼女が居なくなって今頃孤児院はどうなっているのだろう。

 

少し時間が経って、ヘレナは気を取り直したが、状況が悪いことに変わりはなかった。

 

「すみません」

「あなたが謝ることはないわ…あなたが居た孤児院から、どうやってここまで来たのか説明してくれる?」

「判りません。孤児院の皆さんと一緒に博物館に来ていたのですけど、あそこに展示されていた銅鏡を見ていたら、突然白い光が出てきて、気がついたらここに…」

 

へれなの説明は理解できない話で、とても信じられない話だった。だけど彼女に虚言症でもあるのでなければ、こんなウソをつく理由なんて全くなかった。

 

「光が消えたら、いきなりあの荒野に居たわけね」

「はい、車椅子から離れてしまって、なんとか車椅子まで這いずって辿りついた所にあの三人の男性が……」

 

彼女の言葉はそこで一度止まった。何があったか今やっと思い出したのか顔から血が引いていた。

 

「あ、あの男性の方達は…」

「ああ、あいつらならその場で処分したわ。心配は要らないわ」

「処分……ってまさか本当に殺したのですか」

「奴らは黄巾党という盗賊の居残りだった。気を留める必要はないわ」

「……」

 

私はそう言ったけど、彼女は小刻みに震えていた。気に留めるなとは言ったが、人の死を初めて間近で目にした時、私だって平然としては居られなかった。今でこそ人を殺すという行為の反感を顔に出さないが、かと言って姉様のように自ら進んでするというほどではなかった。

 

「それじゃ、例の光があなたが居た所からここにあなたを移したとしたら、他にその光を浴びた人は居なかったかしら」

「…多分、夫のチョイさんが一緒に居たと思います。でも、あの光を浴びてる間に何かに引っ張られる感じがして、その時夫と離れてしまいました」

「なら、あなたの夫もあそこの近くに居たかもしれないわね」

「判りません。わたしも起きたばかりで、周りを見ても何も見えなくて」

 

私たちも彼女とあの三人以外には見ていない。というのも詳しく探索していたわけでもないから分からないけど…。

 

「朝になったら、何人かあの周りを探索するようにするわ」

「はい……チョイさんはとてもしっかりしている方です。きっと大丈夫です」

 

へれなの顔の笑みは明らかに造られたものだったけど、少なくとも希望は持っていた。それに反して、彼女の夫がもしあの荒野のどこかで一人になっているならまだ生きている可能性は本当に少なかった。夜になったら、あんな所には狼などが現れる。武器も持たない人間が一人だけでなんとか出来るとは考えにくかった。もちろんへれなにはこんなことは口にせず私は話を続けようとした。

 

「ちょっと待って下さい」

「な、何?」

「あの、さっき、わたしを襲うとした男性の方々をなんと呼んでいましたでしょうか?」

「黄巾党のこと?」

「黄巾党…黄色い布の群れ……いや、でも…」

「何?何か判ったことでも?」

「それと貴女の名前はソンケン・チュウボウ…すみませんが、ご兄弟がいらっしゃいますか」

「え?ええ…姉と妹がいるわ。姉の方はあなたも見ているわ。あなたの手前に居た賊をやったのが私の姉、孫伯符よ」

「ソン…ハクフ……すみません。とても変な質問ですけど…今は何年ですか」

「……初平7年だけど」

(※年号に関しては適当なので気にしないでください。ちなみに正史だと曹操が献帝を擁立してから建安元年が始まるんですがその辺まだ決まってないタイミングだと思うので建安にはしませんでした)

 

私が質問に答えるの連れ、へれなの顔はどんどん困惑の色が深まっていった。

 

「えっと…重ね重ねすみません…本当に失礼な質問なのですけど……もしかして…男性の方だったりしますか」

「……へ?」

「貴様、さっきから聞いていれば」

 

これには流石に思春も聞き流せなかったのか剣を抜いてへれなに襲いかかろうとしたけど、

 

「やめなさい、思春!」

 

驚いていた私はなんとか彼女が過ぎた真似をする前に止めることが出来た。

 

「しかし、蓮華さま、さっきからこの者の態度はあまりにも…」

「どこかも知らない場所に夫と逸れて一人で居るのよ。聞きたいことが多いのも当然でしょう」

「しかしさっきからこの者が聞いていることは自分の状況とは何の関係もありません」

「……良いから、話は私に任せてちょうだい」

 

確かにへれなが状況を理解するのに私の家族関係や、姉様の名前…そして私の性別が関連しているとは思えない。

 

「どうしてそんなことを聞いたのか知らないけど、見ての通り私は女よ」

「……そうですよね」

「どうしてそんなことを聞くのか、聞いてもいいかしら」

「…ありえない話だとは思いますけど、性別の話以外には見覚えがあります」

「どういうこと?」

「……すみません、もう一つだけ答えて頂ければ確信が付くと思います」

「……言ってみて」

「姉の方の身近に、『しょうゆ』という名の方がいらっしゃいますか」

「っ!」

 

私は思わず顔を逸らして咳込んだ。

 

「あ、あの!大丈夫ですか!」

「いえ、大丈夫だから…気にしないで」

 

とても真剣な場面だったのに…何故調味料の名前が出てきたのよ。

 

「えっと…ぐふっ!そうね…確かに姉様には『周瑜』という名の軍師が居るわ」

「しゅうゆ‥…やはり、そうなのでしょうか」

「もう教えてくれないかしら。あなたは何を思ってそんなことを私に聞いているの?」

「…わたし、自分がどこに居るのか判りました」

「そう?それは良かった。じゃあ、あなたの住処も判るの?」

「はい、でも、恐らく行けないと思います」

「それは…どうして?」

「私の住んでいた場所は、ここからずっと東に居ます」

「東……?江東のこと?」

「いえ、江東…呉を越えて、海を渡って、ずっと先です……そこから、また1800年ぐらい後にあります」

「…は?」

「チュウボウさん、今からわたしが話すことがどれだけとんでもなくウソに聞こえて…わたしがどれだけ怪しく見えてしまっても、最後まで聞いてくださいますか」

 

私が何も言わずに頭を頷くとへれなを説明を始めた。

 

自分が思っている全てを。

 

彼女は私に説明してくれた。

 

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ヘレナSIDE

 

一刀さん…社長さんが孤児院の権利を乗っ取った後初めて孤児院にしたことの一つが、孤児院に本を置くことでした。孤児院にある本は昔寄付されたらしき古びれの子供用の童話集などが置いてありました。でも孤児院には小さい子供たちも居る一方、高校に通い始めた少年たちも居ましたー当時は社長さんもその一人だったわけですけどねー。それで社長は色んな種類の本を買ってきて、その中には歴史小説の類もありました。古代中国にて英雄たちが統一された国のために覇権を争う物語『三国志』もその一つでした。三国志は子供たちにとても不人気な本でした。名前も中国の人たちの名前はとても覚えにくく、沢山の人たちが出てくるのでとても難しい本だったからでした。

 

一方、わたしは孤児院に置く本なので、院長として子供たちが読んではいけない内容が入ってる本がいたらいけないから孤児院に社長さんが持ってきてくれる本は全部読んでいました。もちろん三国志もその一つでした。三国志にはとてもいろんな内容があって、その上孤児院の皆さんはその内容をほぼ知らなかったので、何度か三国志に出る物語で孤児院に見せるための紙芝居を作りました。その紙芝居は孤児院の皆さんにとても人気があって、特に『セキヘキ』の話は皆さんとても気に入ってくれました。その影響でちょっと年の取った子たちが三国志を読み始めることもありました。わたしが知っている限り完読した子はいませんでしたけど。

 

チュウボウさんとの会話から、最初に思い出したのは黄巾党という名前でした。それは三国志で初めて出てくる飢えた農民たちの大きな一揆でした。そして次にチュウボウさんの名前がその三国に出る有名な呉の皇帝の名前だったことを思い出しました。次に姉妹にハクフさん、そして某師のシュウユさんが居ることも。おかしなことにわたしが見たハクフさんもチュウボウさんも女の人でしたけど、それ以外には全部私が知っている通りでした。

 

確信がついたわたしはわたしが知っている限りを言い始めました。先ず書くものを用意してもらって、筆で荒っぽいながら紙の片方にアジアの大陸を描いて、そこから反対の端にアメリカ大陸を描いて、私はその間の海を越えて来ていると話しました。ここからもう既にあり得ない話だと思うはずなのに、チュウボウさんは私がお願いした通り何も言わず私の言うことを聞いてくれました。

 

そして私は孫家に付いてお話しました。孫堅という人が居て黄巾党の乱で活躍して、反董卓連合軍という事件が起こり、以後孫堅は死亡、その後孫策が袁術の下に入り、江東を制覇して袁術から独立するも

 

『短命、以後チュウボウさんが孫呉の王になる』

 

という話しをした所で私は自分が話しすぎていることに気がついてしまいました。まだハクフさんが生きているというのに、その妹さんがその後を継ぐと言うべきではなかったのでした。

 

「話は、それで終わりかしら」

 

私が慌てて口を閉じてしばらく何も言わないと、聞いていたチュウボウさんが聞きました。

 

「はい」

「本当に?もっと話せることがあるんじゃないの?」

「これ以上は…言えません」

「そう。あるけど、言わないのね」

「……」

 

チュウボウさんの顔には最初に心を乱して居た私を接してくれた優しい顔は消え去り、とても固く、引きつった顔のチュウボウさんが座っていました。

 

「…以前、一人だけ、私が孫呉の王になると言った人が居たわ。北郷一刀、この名を知っているかしら」

「!……はい、知っています。わたしの孤児院の出で、今孤児院の主でもあります」

「やはり…どうやらあなたはあの男と同じ所から来たみたいね」

 

そしてチュウボウさんは私が描いた世界地図の一部を見ながら言いました。

 

「この地図だけど、つまりこの地が中国で、海の向こうに中国ほど広い大陸がまだあるということ?」

「…いいえ、中国の大きさは…はっきりとは判りませんが、これぐらいでしょうか」

 

わたしは東アジアを描いた地図の片方でまた小さい丸をつけました。

 

「…これだけなの?」

「はい」

「…小さいわね。…ここからまた江東を切り取ればまたどれだけ小さくなるのかしら」

 

そこまでははっきりと判らなかったわたしは答えられず黙っていました。

 

「そう。天下と言っても、この世の全てでない。中国の外には山越や五胡、東には高句麗、海を越えての倭、遠くに西には羅馬だって居た。それに海を越えてよりも遥か遠くにはそれよりも大きな大陸…なのに私たちはこんな小さい地を置いて『天下統一』なんて言いながら争ってるわけね」

 

一人でそうぶつぶつ言っていたチュウボウさんはわたしが描いた地図を部屋の中を灯す灯火に持って行ってその中に放り投げました。紙はあっという間に焦げて消えてしまいました。

 

「へれな、あなたが言った事、他の誰にも絶対話しちゃいけないわ。もし話したら、あなたは殺されるわよ」

「は、はい」

 

チュウボウさんの様子を見て、このままチョイさんに会えなくなってしまうのではないかと不安になって来ました。必要もない遠く未来のことまで話してしまったことを後悔しましたもう遅かったです。

 

「思春、外に聞く耳は居ないか確認して頂戴」

「……御意」

 

少し遅れて答えた護衛の方が外に出て行ってしばらく沈黙が続きました。

 

「あの…チュウボウさん」

「今は黙って」

「……はい」

 

少し時間が経って、護衛の方が戻って来ました。

 

「誰も居ません」

「…思春、今から私が彼女と話すことは誰も知ってはいけないわ。…姉様や…特に冥琳には」

「蓮華さま」

「時が来るのならば…準備すべきよ」

「しかし……」

「……」

 

またしばらくの間の沈黙。

 

「………黄泉路までもお供いたします」

「…ありがとう、思春」

 

そしてやっと、固まっていたチュウボウさんの顔は晴れました。

 

「へれな、正直に言いましょう。あなたは言っていた言葉の大半は私が知っていることと間違っているわ。例えば、私の母、孫堅は黄巾の乱が始まるとっくに前から既にお亡くなりになっている。そして、母様が参加したという半董卓連合軍から私たちはたった今帰ってくる途中。そして結果は…連合軍の盟主、袁紹を逆賊として討伐されることで終わった。本来なら、あなたの言っていることを私は信じるべきではない」

「…それならどうしてわたしの言う事を聞いてくださったのですか」

「あなたは私は孫呉の王になると言ったわ。前に私にそんなことを言った人が一人居た。北郷一刀……あの男は今回の戦いでとんでもない嵐を続々と起こした。そしてあなたがその友人というのなら、悪いけど、あなたをこのまま返すわけには行かないわ」

「そんな…!」

「ごめんなさい。だけど安心して頂戴。あなたの夫の行方は探すし、北郷一刀にもこの情報を流すわ。そしたら彼もあなたの夫の行方を探すでしょう。でもあなたをこのままあの男の元へ行かせるわけには行かないわ。あなたは私の姉の死、そして私が王になると予言した。もし姉様があなたがこのような事を話したと知ればあなたを殺すに違いないわ」

「……」

 

わたしは、脅迫されているのでした。チュウボウさんの言う事に従わなければ、わたしは何も出来ません。チョイさんや社長さんを探すことも、自分の命を守ることさえも出来ません。

 

「わたしに何をしろというのですか」

「条件はこうよ。あなたの夫の行方を探すわ。その代わりに、あなたが知っていることをもっと私に教えてちょうだい。なんでも構わないわ。あなたが知っている歴史のことでも良いし、あなたの世界で起きていること、あなたがどんなに些細なことだと思っていることでも構わない。私にあなたの世界のことを教えて頂戴」

「どうして…そんなことが知りたいんですか。わたしが知っていることなんか周りから聞いた詳細も分からない、チュウボウさんにとっては空回りするばかりの上の空の話です。そんなことを聞いて一体何の意味があるのですか」

「あなたは知っているからそんなことを言えるわ。あなたが当たり前だと思っていることが私には全く分からないことだってあるわ。私はもっと知りたいのよ。素性を知らない、天より来たという人間が二人も私に同じことを予言した。姉が早く死に、私がその跡を継ぐと。これはもはや偶然じゃないでしょう。その時がいつか来るのであれば、私だって精一杯に準備するつもりよ。だから私はもっと知っておかなければならない。あの男が言っていること。あなたが言っていること。私は半分も分からなかった。判らなければ、孫家だけこの先生き残れなくなる。未来を理解できなければ腐って消えてしまう。だから私はもっと聞いて置きたい。遅れれば分かれなくなる。理解できなくなる話たちをもっともっと知って置きたい」

「……」

「その代わりに、この軍に居る間、あなたの身の安全を私が必ず保証するわ。あなたの夫が見つかれば彼の命も。そしていつか無事に二人を北郷一刀に送ることも」

 

社長さんはチュウボウさんに一体どんなことを話したのでしょう。そしてわたしは、チュウボウさんに一体何をしてしまったのでしょう。

 

でも、悩んだ所でわたしに他の選択肢なんてありませんでした。

 

「わかり…ました」

 

・・・

 

・・

 

 

蓮華SIDE

 

「天の御遣い?」

「はい、彼女は曹操軍のかの男、北郷一刀と同じく、天から来た者。姉様が冗談まじりに言ったように、まさに天女でした」

 

翌朝、私は姉様と冥琳、そして呉の将たちが居る前でそう言った。

 

「蓮華さま、失礼であると承知の上でお聞きします……正気ですか」

 

冥琳は早速否定的な態度を取った。当たり前だった。今自分でも言っていることがどれだけ馬鹿げた事なのかは十分判っていた。

 

「私は本気だ。彼女、崔へれなは間違いなく北郷一刀と同じく天の国から来た者だ」

「一体何を以ってその事をご確認なさったのですか」

「先ず、彼女はこの地についてほぼ何も知らなかった。彼女の住処を聞いた所、私は聞いたことのない地名が出てきた。それで、彼女の身の回りのことを訪ねた所、曹操軍のあの男、北郷一刀の名前が出てきた。深く聞いた所、彼女は北郷一刀の雇用人だったらしい」

「あの男の部下だった人間であるということですか?」

「なるほどねー。だからあなたが興味を持ったわけね、蓮華」

 

話を黙って聞いて居た姉様はそこから冥琳の代わりに私に仰った。

 

「つまりあなたは、彼女をあの男に送って恩を売って置きたいというわけね」

「いいえ、逆です。私は彼女を人質にとるべきだと申し上げたいのです」

「…へえ?」

 

雪蓮姉様は私の返事に驚いたようだった。

 

「いつものあなたなら、例え私がそんな方法を使うと言っても絶対に反対したはずなのだけどね。一体どういう風の吹き回しなのかしら」

「姉様の仰る通り、普段の私ならこんな卑劣な真似はしたくありません。しかし、我々は北郷一刀が洛陽でやらかした惨事を目の当たりにしたのです。そんなことを平然とやってのける男。彼女はそんな男が天の世界で部下として使っていた程の人間です。利用する価値は十分あります」

「具体的にはどうやって?」

「皇帝より授かった勅書と同じです。孫家の軍が天の意志を授かりし天女のご加護の下に居る。そう伝え流せば民心を掴むことが出来ます。むしろ名の落ちた朝廷からの巻物なんかよりもこっちの方が民の心を得るには効果的だろうと思います」

「ふーん…冥琳、どう思う?私は悪くないと思うけど」

「…確かに、利用する価値はあるかもしれないな。使える手札なら今は全て使うべきだろう」

 

雪蓮姉様が好意的な意見を出すと、冥琳も同意する方に意見を変えていた。

 

「でも本人はどう言ってるの?そんなことこっちが勝手にすると言っても向こうが協力しないと出来ないわよ」

「彼女は結婚しているらしく、夫も同じくここに来ている可能性があります。彼を探すことと、我々に十分協力してくれれば北郷一刀の方に送ってやることを条件に協力を約束しています」

「既にそういう所まで話を進ませていたのね。私に断りもなく話を進めちゃって…」

「も、申し訳ありません」

「いいの、いいの。せっかく蓮華ちゃんが練ってくれた策だもの。お姉ちゃん嬉しいわよ?ご褒美に今日袁術ちゃんの所に行く大きな役割も蓮華に任せちゃおうかな」

「いえ、それは結構です」

「……冥琳、蓮華が引っかかってくれない」

「馬鹿を言う暇があるなら例の天女とやらに言って直接話をしたらどうだ。蓮華さまを通して話をしているとは言え、軍全体に関わる重大な策だ。お前が直接話をすべきだろう」

「そうね。蓮華、案内してくれる?」

「はい」

 

とは言っても、両側に話済ませている以上、特に問題になる点はなかった。強いてあったというなら、へれなが雪蓮姉様を見た途端身を震わせながら気絶したことぐらいだろう。どうやら黄巾党の残党を殺す際に血を浴びた姿が悪い方向に目に焼き付かれたみたいだった。とにかくなんとか雪蓮姉様たちと話を付けた私はヘレナのことを天女として紹介すべく、昨日冥琳と話した豪族の説得を兼ねて思春、へれなの三人で建業に向かうのであった。

 

 

 

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<作者からの言葉>

 

15年飼っていた犬がつい昨日天に召されました。昨日は韓国の中秋節の最後の日だったのでもっと辛かったです。家に戻ったらほぼ死にかけていましたね。癌が全身を覆って首からでっかい奴が出てきて居てもう長くはないと、中秋節頃には逝くと獣医の父から言われたんですけど本当容赦ありませんでした。もう見ているだけでも辛いので病院に連れて行ってそのままお別れしました。家の中が寂しいです。

 

外史の話をしましょう。

 

ヘレナさんを孫呉の留めているのが雪蓮ではなく、蓮華だと言うと皆さん以外だと思うかもしれません。

 

実は不思議なことに、最初にこの会話を書く時は自分もこんな風に書くつもりじゃなかったんです。ただヘレナから事情を聞いて、蓮華さまが北郷一刀の元へ戻そうと言うのを冥琳が彼女を天女と利用しようと提案し雪蓮がそれに同意、蓮華は反論できないという話にしようと思ったのですが、ヘレナさんが三国志の内容を知っているを書いた途端展開がこんな風に変わりました。おかげでヘレナと蓮華さまの最初のいい感じしてたのがぎくしゃくしていますが、これから嵐に飲まされる蓮華さまなのでこの方が良いかと思い突っ切ります。蓮華さまもヘレナも素がいい人なので直ぐにまた仲直りできます。

 

一方雪蓮ですが…あまりキャラを出せてません。雪蓮のキャラを出すには雪蓮に質問させるか、上に言ったように蓮華にいい人キャラやらせるべきだったのですが、蓮華さまに注目したいがために雪蓮さまはただのニートになりたい人に……。実は作者の中で雪蓮ってそういうキャラなんですよね。君主なら血に飢えた狂女で、君主じゃなければ酒飲むニート。アニメ恋姫シリーズのすべしゃる版に出る孫策の扱い作者はちっとも哀れに見ません。あの人はああじゃないと全部殺してます。実際アニメ版の孫策の政権の取り方ってマジえげつないですし。

 

一方冥琳ですが、雪蓮のせいで一番苦労するキャラですね。マジで雪蓮のせいで死ぬようなもんですし。個人的には無印の冥琳が大好きです。あの蓮華とギクシャクする感じが最高にキャラ立ててます。無印の雪蓮は良い雪蓮だった‥‥

 

駆け落ちに行ってヘレナさんの設定とか探そうとしましたけど、割りとあまり設定とかしてませんでした。金髪伸ばしてて、孤児院の出身で、一刀が居る頃年長者だったぐらいですね。その意外には既に書いてる通り脚が弱くていつも車椅子乗ってるとか…そのぐらいですね。後は子供が直ぐに懐くみたいな……。三国志を知っているようにするのは、ちょっと無理があるんじゃないかとも思いましたが、一刀が直ぐ助けに行ったチョイと違ってヘレナはこうでもしないと話が無駄に長引くのでこうして話を縮めました…おかげで余計なことまで喋って話が大きくずれたわけですが後悔はありません。

 

思春がほぼ何も話してませんが、ご覧の通り思春がいちいち茶々を入れなくとも大変長くなってるので省略させて頂きました。この思春さんは我慢強い思春さんです。あと蓮華さまに対して忠義も深い。明命も出したかったけど、あまり抜けると袁術に疑われるので自重します。

 

<コメント返しのコーナー>

 

M.N.F.さん>>戦場ですからね。基本的に皆女であることを捨てて戦っているようなものです。少なくとも呉は生存組はシャオ以外に子供も生まれたし良い方でしょう。萌将伝なんて思春は二人目生まれるし、英雄譚でもほら。……そういえば実際に子供生まれていないのって蜀だけだ。一番雰囲気良い所なのに何故あそこの一刀だけ種なしなのか・・・

 

山県阿波守景勝さん>>袁術の場合、袁紹ほど直撃ではなかったのもまだ救い(?)でしたね。この時期の孫策はマジで自分の軍は一万にも満たない、劉備が義勇軍の時レベルの戦力なのでいくら袁術とは言え全面戦争は下策でしょう。呉は例によって地方の豪族が強い国ですからね。ウィキで見ると孫策はマジで自分が気に入らない奴、自分より人気がある奴は全部殺してますからこれはある意味呂布よりも質悪いですよ。そんな孫策だったからこそ江東を束ねたわけですが、次回にその当たりの話も書くつもりです。お気づきかもしれませんが、蓮華が本当に気をつけるべきは冥琳なんですよねー。

 

アルヤさん>>あれ、知りませんでした?この一刀ってクズですよ?(真顔)

 

ケフカ・パラッツォ>>お楽しみに

 

未奈兎さん>>否定しません(笑)

 

 

 

 

説明
物語が長くなると楽なのはキャラクターが勝手に刺激に反応してくれることです。自分の外史の蓮華さまはこう反応しました。
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コメント
愛犬のご冥福をお祈りします。一刀に会うことで一人の少女が決断した。成長には喜ばしい限りですが、これがどう動くのか、上の立場の人間が多すぎてどう歪んでしますのか楽しみです。(山県阿波守景勝)
さて、今後の一刀の動きに注目だな。(ケフカ・パラッツォ)
一人の家族のご冥福を陰ながらお祈りします、ホント雪蓮は無印の頃はかっこいい感じでしたね。(未奈兎)
原作で雪蓮が死んで一気に成長したしその可能性を事前に知って大幅に成長するのはありうることだから何の違和感もなかったなぁ(アルヤ)
愛犬さんのご冥福をお祈りします・・・。さて、異文化コミュに理解のチュウボウさんで良かったねヘレナさん。チョイと会えた時の反応も楽しみですねぇ。(kazo)
?この時代でも魚油とか有ったんじゃ? 中華○番はもっと先の時代だったのかなぁ?(marumo )
というより恋姫の世界では普通に味噌汁も作ってますから醤油だってあります、きっとw(TAPEt)
↓もちろんウィキで調べてから書いてますよ。豆を使う醤油はちょうどこの漢の時代から歴史書籍に現れたそうです。(TAPEt)
たぶん、この時代の大陸には醤油は存在しない……というツッコミは野暮かな?(アストラナガンXD)
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