真・恋姫無双 新約・外史演義 第08話「虎銅鑼・前編」
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 「全体、整列! 虎豹騎はこれより偵察行動に移ります」 

 

 曹純の凛々しい声に呼応するように、三十からなる騎馬が規則正しい隊列へと変化。一糸乱れぬその動きは、部隊の錬度の高さをうかがわせる。

 

 「今回の任務は洛陽周辺の集落での情報収集です。先の通達どおり、機動性を重視した隠密偵察装備に変更はありません」

 

 虎豹騎。曹操直下の騎馬隊であり、曹操自らが選抜した精鋭部隊でもある。偵察行動から騎馬の速度を生かした機動戦。親衛隊としての曹操の護衛任務など、その用途は多岐にわたる。現状、自陣営で騎馬を使った部隊運用をしているのは将軍格の夏侯姉妹と曹純子和の三武将のみ。

 

 「各員、装備と馬具の最終点検をしてください」

 

 隊員たちが曹純の指示に対してすぐに行動を取る。手持ちの武器や馬に備え付けられた馬具を指差し確認ですばやくチェック。

 

 「最終点検を終了!」

 「はい、ご苦労様です。それでは各員騎乗してください。洛陽に向けて出発します」

 

 真・恋姫無双 新約・外史演義 第08話「虎銅鑼・前編」

 

 話は半日ほど前に遡る。

 執務室に呼び出された曹純が曹操からある指令を預かった。

 内容は以下の通り――

 

 一つ、洛陽周辺に出没する賊たちの情報を集める事。

 二つ、洛陽まで赴いて、賊の討伐を依頼されたと思われる他の勢力の動向を探ること。

 三つ、最近、丞相の位に就いたという董卓仲穎なる人物についての情報を集めること。

 四つ、天の国から来たという北郷一刀を同行させ、ケ艾士載と名乗る少女との関係を探ること。

 

 以上、四つの指令を受け取る。

 賊の情報収集は以前から行っていたが、予想以上に事が大きくなっているらしい。

 何でも、丞相名義で賊討伐依頼の書簡が届いたそうで、領主同士の諍いや異民族との戦争ならともかく、賊程度で宮廷が動くのは前代未聞の事態。

 この件を我が主が一体どう捉えているのか? 他勢力にもこちらと同じように捉えている人物がいるのだろうか?

 そして四つ目の内容に含まれる案件。先日の偵察任務で見つけた北郷一刀とケ艾士載と名乗る二人。

 陳留から盗まれた『太平要術の書』を追った先で目にした光景――

 

 『太平要術の書、盗難に関連した報告書 其の八』

 太平要術の書を盗んだと思わしき三人の賊が五人組の男女の前で倒れていた。それぞれ、頭部、頸部、胸部に刃傷があり殺害されたと思われる。(下手人はケ艾士載と後に判明)

 全裸(なぜ?)の北郷一刀を庇いケ艾士載が三人組の少女たちと対峙する。争いの理由は不明だが、様子を見る限り二人は仲間であると推測する。

 ケ艾士載が三人組の少女の一人の槍による攻撃を手甲で防ぐ。遠目に観察してもかなりの精度と威力がある一撃を受け止める力量から一定以上の戦闘力を有していると推測。(北郷一刀は反応できず)

 

 ―― これがその時の状況をもとに作成した報告書の内容。

 二人とも軍で登用することは決定済みとのことだが、更なる裏づけを取るために二人を離して観察するそうだ。軍で使うには疑しさが残る二人であるが、力量を試したところ非常に有能であることが判明したそうで不審な点には目をつぶっての登用となった、と……。

 

 「有能な人物をすぐに欲しがるところが華琳お姉さまの欠点だわ。でも……そこが良い所でもあるのかしら?」

 

 自らの主であり、愛すべき従姉についての愚痴をこぼしつつ、曹純は与えられた任務を遂行するための準備に取り掛かる。

 

 話は冒頭に戻り、現在は洛陽へ向けての行軍の真っ最中。

 陳留から出発してすでに八刻ほど過ぎただろうか。目の前に見えるわ、陳留と洛陽を結ぶ山間の関所。陳留付近は治安が良いとはいえ、行軍スケジュールは極めて順調。不安要素の一つだった一刀の騎乗に関しても、今のところは問題なく隊列に遅れること無くついて来れている。

 

 「馬にも、だいぶ慣れたみたいですね」

 

 三列横隊で行軍中の虎豹騎。先頭で指揮を取る曹純が隣の一刀に声を掛けた。

 

 「最初はどうなるかと思いましたけど中々の馬捌きですよ」

 「あはは……。教官の教えが良かったおかげかな?」

 

 全くの素人だった彼が、曲がりなりにも騎乗をこなせているのはケ艾士載の指導の賜物だった。マンツーマンの特訓の末、短時間でそれなりの速度を出せるまでに成長させたのだから大したものだ。有能だと聞いていたが、兵としての戦闘力だけではなく教導官としての指導力も持ち合わせているとは。

 もしかしたら、この才能を見抜いていたのかも。だとすれば―― さすがお姉さま!

 

 「ケ艾ちゃんでしたっけ? ずいぶんと親身になって教えていたようですけど…………もしかして北郷さんの恋人ですか?」

 

 この機会を一刀とケ艾の関係を探ることに利用する。任務に含まれていたことでもあるし、特訓中の仲睦まじい姿はかなり近しい間柄にも見えた。それに、年頃の乙女としては任務とは別に、個人として男女の恋愛事情について興味が沸いてくる。

 

 「え! 恋人って……いやいや、そんなんじゃないよ。そもそも出会ったのも昨日だし」

 「そうですか? 二人で馬乗りなんて親密な間柄じゃないと出来ないと思いますけど。ああいうのって女の子の憧れだったりするんですよ」

 

 ケ艾がマンツーマンの特訓中、相乗りで手取り足取り指導をしていたのはすでに皆の知るところ。前半は一刀の前に座って実際の手綱さばきを見せながら技能を教え、後半に入ると自分の位置を後ろに入れ替えて試験官として一刀の騎乗を後ろから見守っていた。まあ、事情を知らない人から見れば恋人たちのラブラブな相乗りと見られてもおかしくはないのだが――

 

 「へえ、そういうものなんだ……いや、ご期待に添えられないようで悪いけど本当にそんな関係じゃあないよ、俺達は」

 

 きっぱりとした否定の言葉。何がしかの繋がりがあるのでは?という疑念は解消されず、色恋話にならずに残念と思う乙女心もあった。が――

 

 「でも、感謝をしているよ。ケ艾ちゃんとは少しの間の仲だけどね」

 「感謝……ですか?」

 「日本から……いや、天の国からこの時代に来て、殺されかけていたところを助けてくれたのがあの子だったんだ」

 

 殺されかけていた? それは初耳だ。

 という事は彼はあの賊たちに襲われていたところを彼女に助けてもらい、それが切っ掛けで縁を持ったという事か。では、三人組の少女達に襲われていたのは一体何だったのだろうか? それに何故、ぜ、全裸になっていたのだろう?

 

 「こっちに来てからロクな目にあってないけど、ケ艾ちゃんが何度も助けてくれた…………赤の他人の俺なんかを」

 「そう……ですか。とてもいい子ですね、ケ艾ちゃんは」

 「だろ!」

 

 自分の事の様に誇らしく相槌を打つ一刀。言っていることが本当ならば、こちらが危惧しているような不審な繋がりないことになる。他勢力の間者という当初の危惧が全て消えたわけではないが、彼の言葉には嘘がないように思える。だとしたらケ艾士載という少女は本当に流浪の旅人だったということなのか?

 

 「そうですね。だったら――」

 

 真偽はともかく、これ以上拾える情報はないように思えた。洛陽に繋がる関所に到着したので、二人の関係を探るのはここまでにしよう。だけど締めに一言物申そうか、乙女としての一言を!

 

 「わざわざ、お見送りに来てくれるような娘なんですから、ケ艾ちゃんの事を大切にしてあげてくださいね」

 「え? ああ、うん」

 「本当にですよ! わたしが男の子なら、あんな可愛い娘を放っておきませんよ。あんなに健気に慕ってくれる娘なんて……北郷さんは果報者です!」

 「ええっと……曹純さん? 何の話ですか? さっきも言ったように、そういう感情は今のところは……」

 「わたしのおっぱ……む、胸ばかり見ていないで、ケ艾ちゃんのことをちゃんと見てあげてくださいって事ですよ」

 「あ、いやですね。ですから、俺とケ艾ちゃんは――「隊長命令です! きちんと復唱してください!」

 

 後の世でスイーツ(笑)脳と呼ばれるであろう、女性特有の恋愛狭窄思考はどこの時代でも普遍なり! そして、軍特有の上官による理不尽な命令もまた普遍なり、か――

 

 「イエス、マム! 北郷一刀伍長は曹純さんのOPAAI!ばかり見ていないで、可愛いく健気なケ艾ちゃんを大事にします。マム!」

 

 誰かの先取りをしてしまった気もするが、上官殿に対して某超大国海兵隊式に大きな声で復唱をする。その声は山間の関所に大きく響き渡ったという。

 

 

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 拝啓、天国(天の国)のお父さん、お母さん、おじいちゃん、そして妹よ、お元気ですか。

 ある日突然に居なくなって驚いていると思います。ご心配をかけて申し訳ありません。

 信じられない話かもしれませんが、俺は今、三国志の時代の中華的な国にいるみたいです。

 え、中華的ってどこだって? まあ、あの国のようなそうじゃないようなはっきりと分からない状況なのでご了承ください。

 こっちで黄巾党と思わしき集団に裸にひん剥かれるわ、なぶり殺しにされるわ、あの曹孟徳たち(美少女)に首を跳ね飛ばされそうになるわ、と――

 色々あったけど、俺(わたし)は元気です!

 本当ですよ。それはさて置いて、吉報と言うべきなんでしょうか。お父さん、お母さん、どうやら俺は――

 こっちで就職することになりました。軍隊に入隊しました。公務員ですよ、公務員。褒めてくれますか?

 入隊したてで、斬った斬られたという物騒な任務にはついていませんが何時かは俺も、と覚悟しなければならないのでしょうか。

 じゃあ、今、何をしているかって?

 はい、俺は今、偵察任務の真っ最中です。洛陽に向う道中にある集落での情報収集です。任務は順調で後二つほど立ち寄れば洛陽に到着します。

 話は変わりますが、軍隊と聞いてどういう想像をしましたか? プ●イベートライアンや地●の黙示録のような男たちの男たちによる男たちのための血と汗と硝煙が飛び散る死臭漂う戦場で『今すぐ国に帰らせてください。弟たちに会いたい』と某一等兵のように泣いてると思っていますか?

 いいえ。結論から言えば、ここば女の子の良い香りしかしません。比喩ではなく本当に女の子の良い香りしかしません。

 だって、俺の所属している部隊は女の子しかいませんから。

 え、それはおかしいって? いえ、これには―― おっと、お祈りの時間は終わりのようです。そろそろ現実に戻らねば。

 お父さん、お母さん、おじいちゃん、そして妹よ。いつ帰れるのかは分からないけどこっちでしばらく頑張るから、みんなお元気で。

 

 あ、追伸です。妹に会いたいと泣いてはいませんが別の意味で毎日泣いてます。早く虎豹騎から異動したいよ、女の子は……女の子はもうイヤァああ!

 

 そろそろ、みんな寝静まった頃だろう。日課となった祈りの時間を終えてあたりの風景を見回す。

 大気汚染が激しい現代と違い、空が澄んでいるこの時代の夜空には星星の煌めきがある。うん、とても美しい。

 虎豹騎は現在、陳留と洛陽を結ぶ街道沿いの一角に駐屯陣を敷いて宿泊中。陳留から出発してから八日目の夜だった。

 

 「はあ。そろそろ寝ないとな……今日はどこで寝ようか……はあ」

 

 ため息が止まらない。素直に眠れそうも無い憂鬱な気分だが、体力勝負の軍隊において睡眠も必要な仕事。

 とにかく、今日の寝床を確保しないと明日の仕事に支障をきたす。風があまり当たらないような障害物がありそうな場所を探さないと。

 さてさて、駐屯陣を敷いているなら陣の中に入って睡眠をとればいいだけの話なのだが、それが出来ない理由が一刀にはあった。

 

 「いっそ、森の中に入って草に包まれて寝るかな…………はぁ〜〜」

 

 話は八日前、つまりは洛陽へ出発したその日に起きた出来事から始まる。

 『イエス、マム! 北郷一刀伍長は曹純さんのOPAAI!ばかり見ていないで、可愛いく健気なケ艾ちゃんを大事にします。マム!』

 この発言を機に虎豹騎内で一刀いじめが始まった。

 具体的な方法は無視、そして、無視であった。どうやら、OPPAI!発言を曹純に対してセクシャルハラスメントと取られたらしく、曹純シンパの女性隊員から総スカンを喰らうハメに。ちなみに虎豹騎は隊長の曹純と一刀を含めて総員三十一名。曹純シンパの女性隊員は二十九名であり、虎豹騎内で完全に孤立しているというなんとも泣きたくなる様な状況。いや、実際に半べそをかいてしまったわけだが―― いや、もうなんていうか女の子は怖い。結託した女の子たちの嫌がらせとか地獄以外の何者でも無い。

 

 集落で賊たちの情報収集に入るも、三人一組行動のはずがいつの間にか一刀はポツンと一人置き去りにされる。

 駐屯陣の歩哨に立つも、交代の時間になっても変わりの隊員が来ずに気がつけば一刀は寒空の中、一晩中一人でつっ立っていた。

 配給の食事を貰いに行くも「はあ? あんたはもう食べたでしょ! 意地汚いわね!」と一刀は理不尽にも大声で批難される。

 居たたまれなくなり駐屯陣の外に飛び出したが最後「時間厳守! 入れると思ってんの」と一刀は泣く泣く野宿するハメに。

 さすがにこれは酷いと曹純に相談しようとするも、この動きを察したのか完全ブロック。気がつけば隊列の殿が一刀の定位置に。

 

 細かいことを上げればきりが無い…………本当に祈らなければ(家族に愚痴をこぼす)やってられないわけですよ。

 そういえば、初日に「虎豹騎は男性の方の定着率が思わしくないんですよね。ですから北郷さんには是非がんばってもらわないと!」と曹純さんは仰ってましたけど、原因は明らかですよね。俺以外の男性隊員たちもコレにやられてきたわけでしょうから。

 

 「及川……お前に会いたくって仕方が無い日が来るなんて思わなかったよ。ああ、男が恋しい」

 

 ―と、人に聞かれたら誤解されそうな危ない発言をしながら、大陸の中心で今は会えない悪友の名を口にする一刀だった。――カサッ!

 

 「んん? ん――――……気のせいかな」

 何だろう。今、人の気配と物音が聞こえたような気がしたけど……まさか、ここまで嫌がらせにくるなんてことは無いよな?

 

 ノイローゼ気味の一刀は女の子の影に脅えながらも、あたりを見回して何も無いことを確認してほっと一息。

 

 「……寝るか。今日も疲れたよ…………はあ、今すぐ天の国に帰らせてください。妹に会いたい……ぐすん」

 

 ノルマンディーの某一等兵のように泣きながら、一刀は原っぱで大の字になりながら眠りに就いた。

 

 

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 翌日、駐屯陣を片付けて朝早く出発した虎豹騎一行は、次の集落まであと二里という位置で立ち止まっていた。

 

 「ん――……? 何でしょうか、少し違和感を感じますね」

 

 行軍を止めた曹純が部隊の先頭で遠目で集落を観察する。何か様子がおかしい事に気付いたのか鞍の上に立って必死に目を凝らして眺めている。

 待機を掛けられた虎豹騎の隊員たちは、緊張した面持ちで次の指示を待つ。だが、曹純からの次の声は上がらない。

 三十分はたったであろうか、無言で必死に集落を観察している曹純に、さすがに長すぎるのではと声を掛ける少女。彼女は虎豹騎の副官だ。

 

 「あの、曹純さま。あの集落に何か不審なところでもあるのですか?」

 「おかしいです」

 「――おかしい? それは一体……」

 「こんな時間なのに煙が一つも立っていません。朝食の時間に指しかかろうというのに……」

 

 麦にしても米にしてもお湯を使って煮るわけだ。当然、お湯を沸かすのには火が必要であり、火を起こすには蒔を燃やさなければならない。当然、ご飯時には煙が立ち上がるわけだ。例外的に米や麦を食べない家があったとしても百人以上が生活している集落で全員が例外に当てはまることは考えづらい。

 

 「それに集落の周りのにある畑に誰もいません。農民ならば畑に出ていてもおかしく無い時間なのに……」

 「廃村という事は考えられませんか?」

 「ここは首都の洛陽に近い集落です。集落の規模からしても廃村というのは考えづらいでしょうし……さて、どうしましょうか」

 

 何かおかしい、何か不自然、賊が潜んでいるかも? 

 曹純は自らの経験から不穏なものを感じ取っていた。だが、戦場でならともかく、今は平時における偵察任務中であり無理はしたくない。それに現在の武装は隠密偵察装備のみで万が一、戦闘行為が起こった場合に対応しきれるか分からない。いや、さすがに慎重すぎではないか? 集落の状況を見るだけなら偵察隊を編成しての高速接近からの即時離脱が定石なのだが――

 

 「何か嫌な予感がします…………ここは迂回して後回しにするのも―― 」

 「曹純さま! ここは偵察を出して集落の中の様子を伺うべきではないでしょうか」

 

 ここで曹純に対しての進言が入る。発言者は副官の少女であり、強気な態度を崩さずに曹純と向かい合う。

 

 「嫌な予感とはあの集落が賊どもに占領されているとの考えからでしょうか?」

 「え? ええ、今の集落の様子を見る限り、その可能性が捨てきれないかと―― 」

 「では、尚更のこと偵察を進言いたします!」

 

 さらに語気を強めて曹純に偵察を出すように促す。それに対して「えっ?」という言葉――

 

 「洛陽に近い場所に賊が潜んでいるとあらば一大事です。ここは多少無理をしても様子を探るのが良いかと」

 「ん――…、たしかに、そうですけど……」

 「それに、ここは見晴らしの良い平野。何かあっても虎豹騎の足なら逃げきれるでしょう」

 

 本気の言葉には相手に伝わるものだ。副官の少女は強い意志を持って、偵察の必要性を曹純に説く。そして――

 

 「――わかりました。偵察隊を編成して集落の調査に向わせましょう」

 「は! ありがとうございます」

 

 曹純は最終的に進言を採用した。不安要素が多い状況には変わりないが、首都洛陽までの距離を考えれば見逃せない問題でもある。それにここは見通しの良い平野で賊たちが沸いて出るようなことがあっても逃走経路をいくつも確保できる算段が立つ。

 ここから洛陽までのルートは大きく分けて三つ。

 

 一つ目は街道を東に直進して全速力で馬を走らせれば半日で到達できる距離だ。((反 | かえ)) す刀で援軍を引き連れて戻れば一件落着だ。

 二つ目は直進コースを外れて南側に向って走る。街道ほど道は整備されていないが、馬足が鈍るような荒れた道ではないはず。全力で飛ばせば一日と言ったところ。

 三つ目は街道を五十里ほど戻ってから二手に分かれる街道とは別の道を通って洛陽まで走る。この道は十分に整備されていない。これは保険だ。洛陽まで、おそらく三日はかかるだろう。

 

 いざという時の撤退路は確保した。さて、次は偵察隊の編成だが、これは――

 

 「曹純さま! 偵察隊に本郷一刀殿を強く推薦します!」

 「――っ! はい! わたしも北郷さんが良いと思います!」

 「わたしも北郷さんが偵察隊に適任だと思います! ぜひ彼をお選びください」

 「お姉さま! わたくしもそう思ってましたわ!」「わたしも!」「北郷さんを!」「やっぱりこういう任務は男の人でないと!」「「「ぜひ!」」」

 

 

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 さて、どうしたものだろう。

 目の前で湧き上がる“北郷さん”のシュプレヒコールに俺はうんざりとしていた。だってさあ――

 何なの、この茶番劇?

 この九日間の間、さんざん無視してくれちゃっていたのにイケシャアシャアとは正にこの事。いや、本当にさ。

 

 「えーと……北郷さんですか? いえ、さ、さすがに経験が浅い方には偵察任務は厳しいかと……」

 

 ですよねー。どこの世界に新兵同然の人間を偵察に使う指揮官がいるっていうんだよ。重要でしょ、偵察。

 

 「いいえ、お姉さま。それは北郷さんに失礼ですわ。お姉さまは彼の実力を過小評価しています(ちらっ)」

 「そうです。この九日の間で騎乗に関しては物凄い上達されています。それに――(ちらっ)」

 「なんと言っても男の方ですから〜。か弱い乙女としては北郷さんに甘えたいんですぅ〜(ちらっ)」

 

 ですよねー。君達はそういう人たちだもんね。しかも、何? この目線だけで言葉をつなげる見事な連携は。本当に年季が入っていることで。

 

 「あらあら、何と言うか、その、皆さん北郷さんのことが大好きなんですね」

 「「「「「はい! 大好きです!」」」」」

 

 ああ、天の国に帰りたい。及川に今すぐにでも会いたい。男の子に会いたい。会いたい。会いたい。会いたい。会いたい。会いたい。男。男。男。

 

 「気持ちはわかりました。ですが、やはり経験を考えればさすがに……」

 「いえ! 北郷一刀殿はこの中で唯一、鎧兜を着ていません。たとえ賊が潜んでいたとしても警戒される恐れは無いかと」

 

 この流れを炊きつけた副官が鎧兜を着けてなければ一般人に見えるから問題ないと“北郷さん偵察隊論“を強弁。

 いやいや、一般人ならよけいに賊に狙われるだろうが! どんだけ俺を危険な目に合わせたいんだよ!

 

 「うーん……ここまで強く推薦されると…………北郷さんはどうでしょうか? やれる自信とかは……」

 

 ああ、雰囲気に呑まれるってのはこういう事なんだ。正常な判断を失っているよ。女子の利他主義思想って本当に恐ろしい。

 そして、俺を取り囲んでいる女の子のたちは口々に「お願いします」や「頑張ってください」と声援を送ってきているわけだが――

 

 『まさか、断らないわよね? はいって言いなさいよ! 断ったらどうなるか分かってるんでしょうね?』

 

 ―と、目で訴え続けているわけで。はぁ……こいつら、同じ手で過去にも何人かを亡き者にしているんじゃあないのか? 現代なら査問委員会からの軍事法廷直行ルートだろう! いや、具体的な軍の刑罰とかは知らないから適当に言ったけどさ。でも――

 

 「わかった。そこまで自信があるわけじゃあないけどやってみるよ。こんなに頼りにされてるんだから男の子の意地ってやつを見せないとね」

 

 一刀はもうどうでもいいや、と諦めた。

 いままで通っていた聖フランチェスカ学園は共学だった。ゆえに女の子に全く免疫が無いわけではない。でも、攻撃的になった女の子がこんなにきつい生き物だとは知らなかった。正直、幻滅した。いや、全部が全部きついってわけじゃあないんだろうけどさ。

 ああ、でも、そう考えるとケ艾ちゃんって、たまに気取ったところを見せたりはするけど、本質的には気さくで付き合いやすいタイプのいい子だったんだなあ……。

 

 「……陳留に帰ったら、もっと優しくしてあげよう」

 

 イジメ、カッコワルイ。

 

 

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 現在、集落までの目と鼻の先といった距離まで近づいている。

 後ろにみえる小さな粒は虎豹騎の皆様。だいぶ遠くまで来たものだ。

 単騎での偵察任務、いや、賊と一戦交える可能性があるから強行偵察任務になるのかな? 

 渡された武器は刀剣一振りだけ。剣道部で一般人よりは武術の嗜みがあるとはいえ、これで賊の集団に立ち向かえというのは無理がありすぎる。

 

 「はあぁ……最近、ため息ばかりついてるなぁ……」

 

 集落に近づくに連れて気は重くなる。曹純曰く、賊が潜伏している恐れがあるとの事だが、まさか一人でその中に行くことになろうとは。

 穀倉地帯だろうか? まだ青々とした麦畑を横目に馬を常歩で歩かせながら入り口を目指してゆっくり進む。

 たしかに畑には人っ子一人見当たらない。だが―

 

 「うーん……かすかにだけど、話し声が聞こえてくる」

 

 耳を澄ませば聞こえてくる喧騒。生活特有のノイズは近くは人の存在を表す。悲鳴や怒声のような不穏当な声も聞こえてこない。

 これは曹純さんの読みが外れたのかも? だが俺にとっては僥倖と言えるだろう。

 ほっと胸を撫で下ろし入り口に入ろうとした、その時だった――

 

 「ヒャッハァァアア! 水と食料をよこせぇぇええい!」

 「ひえぇぇええ!? で、出たーーーー! ぐわっ……」

 

 こわもての男達が、こちらに向って一斉に飛びついてきた。

 上半身はだかで独特の髪型をした男たち―― 目の前に広がる半裸の波に恐怖を覚える暇も無く、馬ごと地面に押し倒される。

 完全に油断していた。飛んで火にいる夏の虫―― まさか賊の群れの中に無防備に飛び込むことになろうとは。

 そう、間違いない…………こいつらは賊だ! この状況はマズイぞ!

 なんとか抵抗しようと試みる―― だが、数人がかりで組み伏せられて身動きが取れない。

 身体からあふれるひどい体臭に思わず吐きそうになる。顔にかかる生暖かい口臭に「うぇっ!」顔をしかめた。

 

 「ヒャッハハ、見ろ! あの必死な顔をよ〜〜!!」

 「とっとと犯っちまうか。おい、そいつの服を引っぺがせ!」

 

 乱暴に絹を切り裂く音が蒼穹の空に響き渡り、生まれたままの姿で乱暴に地に転がされる。

 ―― うう、寒いな。

 何十人という屈強の男たちに囲まれて、身動きすら取れない。もはや運命は決まったのかもしれない。

 ―― は、はははは。

 一糸まとわぬ一刀の身体の上に獣達の群れが次々に覆いかぶさる。そう、今の俺は生きたまま喰われるだけの生肉。

 ―― 痛いなぁ――……ああ、でも、もうどうでもいいや。あはあはあは――

 

 ああ……青い果実の散華。

 

 

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 ―― 何て展開も十分にありえるわけだから、最後まで油断しないでおこう。考えうるかぎり最悪な展開を想像して気を引き締める。

 馬の上から降りずに集落の中にゆっくりと突入する。左手でしっかりと手綱を握り、右手にはいつでも敵を迎撃でよう刀剣を握り締めた。

 

 「さあ、どこからでも掛かって来い。絶対に…………陳留まで帰るんだ」

 

 意気込み十分に集落の中に馬を進める。

 目に飛び込んできたのは、比較的きちんとした建物が立ち並ぶ街の風景。首都洛陽に近い場所にあるためか、今までの集落とは違い都会のイメージ。

 さらに驚いたのは――

 

 「あれ? 人がいっぱい……普通に生活している」

 

 目の前に広がるは人で賑わう活気的な街。子供達が集まって遊んでいるし、お店には引っ切り無しにひとが溢れかえる。

 まさに絵に書いたような平和な世界。賊に襲われている世紀末な村とは程遠いぐらいのやさしい世界――って、おかしく無いか?

 おかしい、お祭り騒ぎと言っても過言ではないくらい賑やかなのに何で外からこの喧騒がきこえなかったんだ?

 それに、これだけ人が居るのに誰一人として街の外に出ないなんて不自然だろう。村人全員引き篭もりとか……いやいや、さすがにそれは。

 

 「すいません。ちょっとお聞きしたいんですけど……」

 

 情報収集の基本は住人と『はなす』だ。RPGよろしく現実でも有効な手段。一刀は目の前を歩いていた老人を呼びとめ、話を伺う。

 

 「ずいぶんと賑やかな様子だけど、何か催し物でもあるんですか」

 「うん? あんた、旅の人かい」

 「そんなようなところです。それと、集落の外に人が見当たらないようだけど……」

 「そうかそうか。お前さん、ずいぶんと良い時期に訪れたものだね」

 

 そう言って、老人は愉快そうに話を続ける。

 

 「三日ほど前になるかのう〜……旅芸人のおなごがこの街に来て催し物をしていたんじゃが」

 「旅芸人の女の子?」

 「それがまた素晴しい芸でのう、噂を聞きつけた者たちもこの街に集まってきて今日までお祭り騒ぎというわけじゃよ」

 

 この街が賑やかなのはお祭りとその旅芸人が盛り上げているから、ということらしい。

 だが、それでは余計におかしい。これだけ騒がしい人の声が二里離れているとはいえ虎豹騎がいる場所まで届かないなんてありえない!

 それに、街の様子を見ているとある事に気がつく。それは――

 

 『こんな時間なのに煙が一つも立っていません。朝食の時間に指しかかろうというのに……』

 

 曹純が不審に感じた原因の煙―― 繁盛しているお店の屋根から引っ切り無しに煙が上がっているのだ。

 一刀は老人に礼を述べて、入り口に向って引き返す。

 おかしい!―― この集落がじゃない。この集落の内側と外側がまるで“別世界”のような感覚がおかしいのだ!

 頭に思い浮かんだ言葉は―― 不気味。

 一刀は楽しそうに賑わう人の群れを掻き分けて入り口を目指して馬を走らせる。周りから罵声が飛ぶが知ったことじゃあない!

 とにかく、ここを離れて曹純さんに知らせなければ。

 

 そして―― やっとの思い出で外に飛び出た一刀。

 その耳に飛び込んできたのは――

 

 ―― ジャーン! ジャーン! ジャーン! ジャーン! ジャーン! ジャーン! ジャーン! ジャーン! ジャーン!

 

 規則正しく響き渡る、銅鑼の音だった。

 

 

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 【人物・用語・解説】

 

 第09話にまとめて載せます。

 

 【あとがき+おわび】

 

 虎銅鑼を上手くまとめることができずに三分割に……(;´Д`) その煽りで07話のタイトルも変えることになってしまいました。

 フラグ組み立て回は難しいな…………もっとバランス良くバラして書けるようになりたい。

 

 08話までの一刀くんのフラグ(裏チート)

 『女の子恐怖症LV50』『漢女繚乱LV??』『トウがえも〜んスキルLV05』『騎乗スキルLV02』『刀剣スキルLV01』

 

 08話までのその他のフラグ

 『太平要術TV版なみに万能説』『月と詠のLOVE度増量』『乱世の奸雄』『華琳さまのツン増量』『お強い麗羽さま』

 

説明
【一刀くんがかなり苦しみます回その@】
偵察と現地での情報収集をします。
※07話のタイトル変更。08話を改めて前編とします。
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コメント
コメ&ご支援を今回もありがとうございます。例の三人組についてですが、あの方たちは序盤のBOSSキャラ的な位置づけなので詳しいことはノーコメで。ただ、原作とTVアニメ版のいいとこ取りでかなり強いことだけはお約束します。(koiwaitomato)
三人組は例の被害者面してのうのうと生き延びてる上にわがままだらけの恥知らずのあの腐れビッチ三人姉妹ですね?吐き気するぜ(鼻癒える)
つまりこの街に妖術がという事か…ならば、三人組はもしかしなくてもあの方々ですね。(mokiti1976-2010)
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