二日月の繊月に(完成) |
「困りました。いえ、私は全くちいとも困らないのですけれど…私以外の全ての者が困る事態なのです。」
「なるほど、それで相談に来たのだね。珍しいなあと思ったんだよ」
学生寮には何棟か団地のように建っており、私達の住む寮とは別棟に住む友人に会いに行きました。
私達の関係性は、そう、道場の稽古仲間、同門の兄弟弟子関係というのがとてもピッタリだと思います。
私達と同じ刀派三条の石切丸の穂積有成。
彼に会いに私達はここへ来たのです。
「外的ストレスによる記憶喪失、記憶後退は、脳が嫌な記憶を消し去ろうとして記憶障害になっている。ストレスによって記憶喪失になってしまったので、そのストレス原因を取り払うことで記憶が戻る可能性があがるんだが…君の事だから一日中まぐわっていたんだろうけど、それが脳下垂体への度重なる刺激によりストレスが軽減され、わずか一日で回復したのだろうね。今回も同じような事をして治せば治るだろう?何をそんなに焦る必要があるんだい?」
「だって二度目ですよ?!完治とかそういった事が無いという事でしょう!いつまた朔になってしまうのかとても危ういんですよ!!」
「ああ、そういう事…」
私達の審神者である上野統殿が時空の彼方へ消えられたので、葬儀は神葬祭で執り行われました。
霊前日供の儀が終わった所で、三日月は主が亡くなられた事実を受け止めきれなくなり、自身の9歳の頃である朔に記憶退行されてしまわれました。
その時は1日で回復したのですが、なんという事でしょう、仏式葬で四十九日にあたる五十日祭を終えた後…
また三日月は、朔になってしまったのです!
「昨日はずっとエッチな事してた〜」
「朔、違います!それは五十日前の事ですっ!昨日は遅かったから一緒に眠っただけでしょう!」
「そっかー、でも昨日はキスしたよな?」
「そりゃあ君達恋人同士なんだから、キスくらいしないと可哀相だろ?言動が幼いだけで身体は二十歳のままなんだから。君は小狐丸とキスしたくないの?」
「えっ、そ、そういうわけじゃない…」
朔は少し照れて口ごもりました。
流石に石切丸は、三日月の扱いに慣れていますね。
「まあねえ、君もなかなか殺伐とした人生を送っているからねえ多少疲れて病んでも仕方の無い事だとわたしは思うけどね。」
胡坐の姿勢で向き合うと、朔を座布団に座らせました。
「今時僧侶も精神学を学ばないとモグリ扱いされてしまうからねぇ君のような軽度のものよりずっと重度のものたちを救うために宗教はあるんだけど…まあ、よしとしよう。」
「ねえ、なにするの?」
「別に、少々質問するだけだよ。君は回答してくれればいいさ。刀剣はねぇ、審神者が居ないととても不安定な人間なんだよ。特に天下五剣は刀剣の攻撃力に全てを振り切っているからまともな日常生活なんてほとんどおくれやしないのさ。まあ、その為に君や私達刀派が居るんだけどね。自分のことだけなんとかして生きれれば良いが、他の者もどうにかしようとすると少々手が少ない。その時の為の我々兄弟刀剣なんだよね」
「困ったときにたよれって事?」
「そう。それに神道は民族宗教さ。仏教やキリスト教などには経典というような「教え」が存在していて、その「教え」を信じるのであれば人種や国など関係なく、誰でもその信徒になることが出来るよ。それに対して「民族宗教」にあたる神道には伝説や言い伝えなどはありるが、明確な「教え」というものが無いんだ。日本で例えてみるならば「八百万(やおよろず)の神」というように自然や自然現象を神格化した神、思考・災いといった抽象的なものを神格化した観念神と数多くの神々が存在する考えはあるが、そこには経典や教えは存在していないんだよね。そのため人種や国などが違えばなかなか理解しづらい。」
「彼方の所は、石切さんの教えとかあるじゃないですか」
話が長いのでツッコミを入れましたが
やぶ蛇でした。
「だから解かりやすく工夫している所もあるっていう事だよ。古事記が「教え」という所もあるだろうさ地上の森羅万象は神々によって生み出され、神々の司るところとされ、すべての自然には神が宿る。全ては神様によって生み出され、人間も自然も元をたどれば全ての神々に通じている。「人はみな神の子であり、神のはからいによって母の胎内に宿り、この世に生まれ、この世での役割を終えると神々の住まう世界へ帰り、子孫たちを見守る」」
ああ、長い!
なんて長さでしょうしかも中身が無い!
結局朔に何を話したいのかさっぱり解からないではありませんか
「うん…」
朔は神妙な顔で聞き入っています。
常々不思議なのですが子供は何故この世にあらざるもののお話が大好きなのでしょうか?
「ストレスホルモンは脳のなかで短期記憶をつかさどる海馬を縮ませてしまうんだ。何かの拍子に必ず君になってしまうというのは君の身体にも確かに良く無い事だよ。原因を避けるのか、違うものを追加するのか、それとも環境自体を変えてしまうのか…まあ君と話し合って決めてみようか」
「そんなに身体に負担がかかっているんですか?」
「まあ脳梗塞が原因の記憶障害もあるのだよ。一応医者にかかったようだからまあこのケースではないかな?それに2回目ともなると多重人格障害(解離性同一性障害)じゃないとも言い切れないんじゃないかな?」
「やはりそう思います?」
「ああ、だって記憶が継ぎ接ぎなんだろう?それは多重人格じゃないとも言い切れない」
なるほど
最初のお医者さんは一応全て検査した上での診察でしたが、たぶん今はすぐに回復する程度である三日月については今診察しても最初と同じ結論しか出さないでしょう。
専門家である石切丸の意見の方が確かの様な気もします。
彼は一応僧侶で哲学専攻ですから人の悩みは得意分野でしょう。
「そうだな、私は君が中学生の時からしか面識が無いんだよね。君は9歳だから、私の事は知らないだろう?そこの所はどうかな?」
「うん、しらない!」
ぷるぷると首を振ります
「それにー、ここどこなの?三日月が住んでる所ってマンションなのか?」
「ここは学生寮だよ。ここは私の自室。上級刀剣は希望がなければ大体シングルタイプの個室を割り当てられるよ。君達はツインタイプなんだろう?」
「そうなのかー!」
「では、次だね。君は何処に住んでるの?」
「いまはねー。陸奥国!今何月?きっと雪振ってる!」
「では次、君の審神者は今は誰かな?」
「…審神者ってなに?」
「君の主だよ。ひょっとしてまだ刀剣として所持者が決まってないのかな?」
「ん、と…刀剣だけど、何の刀剣かはわかんない!主ってどうやって決めるの?俺わかんないぞ!」
「刀剣の所持権は主にのみ有るよ。刀剣に成りたくても審神者の申請が無ければ刀剣化されないで卒業する事も良くあるかな。上位刀剣の場合銘が何になるかは政府が決める。10歳位までの全刀剣能力検査で刀剣か否かに振り分けられるのはどの国でもやっている事さ。能力的に分析されるから五輪選手みたいな勝ち上がり戦ではないんだよね。刀剣に成ってからは勝ち上がり戦になるんだけど…銘や刀剣化の時点では関係無いかな。銘だけ決定しても主が決まらないで刀剣化出来ない者が多いよね」
「あっじゃあ俺きっと主とかが俺の名前変えちゃったのかなー?」
「多分そうなんじゃないかな?」
「でも俺ここの学校に住んでないよ?」
「陸奥国だよね?」
「うん」
どうも何か混乱してきているような・・・
三日月は上野統殿に引き取られる直前は、身寄りが無かったので一時的に施設暮らしでした。
審神者に引き取られてからは、上野統殿が三日月を構う暇が無かったのか以来ずっと学生寮暮らしです。
一時期私が入学していなかったので私の実家に住んでいましたが、高校入学以降はずっと学生寮暮らしです。
朔の言う年齢だと上野統殿に引き取られる直前なので、陸奥国に住んではないはず…
今の朔は大体状況的に6〜7歳位の記憶が主でしょうか?
そこからさらに施設に居た記憶を空白にして三年間記憶を水増ししている…
これは審神者以外にも原因はありそうです。
「うーん、別にコレは、このままでもいいような気が私はするんだけれどね。三日月と朔に変化するのが身体に負担がかかるだけで、日常生活に支障が無いなら人格なんてそのまんまでいいんだよね」
「また無責任な事を…確かに私は全然困らないですけれど、三条派の者以外は困るでしょう。他の刀剣達への対応や式典の受け答えなんてどうしますか?」
「むずかしのは俺よくわからん〜」
朔のこの状態で、三日月と同じ任務がこなせるとは、到底思えませんでした。
確かに日常生活は支障無いでしょうが…
「三日月の方が朔の記憶を持っているかどうかも気になるよね。君には何も教えてくれなかったのは、三日月本人も朔だった事を忘れていたかもしれないだろう?」
「ああ…なるほど」
そこまでは思いつきませんでした。
そうですよね、名前が違うなんて重要な事私に話さないのはちょっとおかしいですよね・・・
「「記憶喪失」は健忘とするのが正しく、主にストレスに起因する健忘であり、これで非陳述記憶や意味記憶が失われることはほぼない。自伝的記憶の一部が失われた状態を、「記憶喪失」と紹介するドラマは良くあるだろう? 自伝的記憶は、自分に関する印象的なエピソードだから、これが一部思い出せなくなったとして、言語や知能に大きな影響は出ないんだ。自伝的記憶は、失われているわけではなくて、その記憶にアクセスできなくなっているわけだよ。今の朔のように幼児退行の場合子供のようになって周囲との意思疎通が困難になり、本人が現状を理解できなくなる記憶障害も起こっている。原因は過去の精神的トラウマに起因することが多い。過去の忌まわしい状況を再体験したり、現状打開ができず耐え難い状況に陥った場合、「現実逃避という防衛機能」として子供に戻ろうとして起こるとも言われている。今回の三日月のトラウマは審神者が亡くなった事が本人の認識の上限を超えるとなるようだね 」
「でも、既に亡くなった人を蘇らせる事なんて誰にも出来ませんよ。これから何回も三日月はこの事実に直面するでしょう?そのたびに朔になると言うのですか?」
「ああ、そうだろうね。人間というのは理屈で出来ていないんだよ小狐丸。文字の発明は紀元前3500年頃とされており、生物学上の人類史ではごく最近で、しかも初等教育が普及し多くの個体が識字能力を得るようになったのはこの100-500年程度だよ?」
「それがどうかしましたか?」
「真核生物動物界真正後生動物亜界左右相称動物新口動物上門脊索動物門脊椎動物亜門四肢動物上綱哺乳綱真獣下綱 真主齧上目真主獣大目霊長目直鼻猿亜目真猿亜目狭鼻下目ヒト上科ヒト科ヒト亜科ヒト族ヒト亜族ヒト属ヒト。我々ヒトを生物分類学で称すとこんなに長いものさ。我々刀剣も人より少しは優れているが、所詮はヒトなんだよ。」
私は別に三日月を超人の様には思っていませんけど…
刀剣としての能力に全振りしていますから、身の回りの事は何一つ満足に出来ませんし…
「とはいえ、次代刀剣を用意もしないで、はい引退です、とはいかないだろうからねぇ何か考えないとねえ…」
「空席には出来ませんからね」
天下五剣は常に揃えて備えねば成らぬ。
それは絶対的な決まりでした。
しかし、今から探し始めても数年は次代候補刀剣なんて出てこないでしょう。
天下五剣は揃えの刀剣もありますから、次の私の刀剣も探さねばいけません
「うん、そうだ、君達の部隊の次の審神者探しを急いでもらう、これでどうだろう?新しい審神者が居れば、三日月も刀剣として多少は安定するだろうし前代の審神者の血縁関係者から探してもらえばすぐに候補は上がるだろう?審神者に多少は似てる可能性も高いんじゃないかな?」
「確かに、我々の部隊の次代にと、倍率が凄くて全く決まる見込みは無いのですが、三日月の所持条件に前代の主の血縁のものというのが推薦されれば決着は速そうですね」
「名案だろう?まあ、相当若い子になるだろうけど・・まあそこは本人の努力でなんとかしてもらおうかな」
なるほど、これで三日月が心を痛める可能性は多少少なくなりました。
上野統殿は親戚関係も薄く、本人の事情は三日月ですらわからない謎の多い人でしたが悪い人間ではありません。
彼の縁者ならばそんなにまずい人間になる確率も少なそうです。
「ヒトかヒト・・?ヒトあか??」
朔は石切丸の長い分類とやらをかわいく復唱しています。
朔、それは別に覚えなくても良い事ですよ。と、言おうと思いましたが、かわいかったのでそのまま眺めていました。
「分類が長いだけで、人間は「ホモ・サピエンス」という名前が付けられてる生物なんだよ。文明社会で生活していると忘れてしまうが、こういった大病などの時にひょいと顔を出してくるのさ。哲学的考察から近・現代の実証的な研究までを対象として「人間学」と呼ばれる学問分野がある。これはもともと、宇宙、世界の中での人間の位置づけ、人間の身体、気質、精神、魂などの在り方を研究するものなのだよね。まあ医学に携わるか私のような僧でもなければ無用の長物なんだけど…」
「ほもー!ほもー!」
「言うと思いました。」
石切丸は一通り解決方法を指示すると、後は睦み合えば戻るんじゃないかなぁと言うので私達は自分達の宿舎へ戻る事にしました。
まだ昼下がりなので、どこかの店にでも行き休憩するのも良いかもしれません。
ああ、朔は本当にかわいいので一日といわず暫くこのままで居て欲しい位なのですがそういうわけにもいかないでしょうね…
それに私が近くに居ないとすぐ喧嘩したりする位わんぱくな少年ですし…
元々野山を野駆けするのが趣味だった三日月ですから、引退したら私の実家で昔のように過ごすのが良いのかもしれないと考え始めました。
家族の居ない悲しみも、もしかしたら私のととさまやかかさまに癒されていたのかもしれません。
三日月の友人は近所に居ませんでしたが、両親に天下五剣を逃がすまいと必死に機嫌を取られてたくらいです。
あの家はさぞかし快適だったのでしょう。
今の朔の言動は三日月が本来思っていたことを正直に言っている状態です。
本来は朔みたいな人なんですよね。
それが審神者により何故か言葉遣いが老人言葉になり、私のお家でかなりおっとりした性格になった…
んん?上野統殿は別にジジイのような言葉遣いではなく、ビジネスマンのような言動でした。笑い方と変な思考回路は三日月に似ていますが言葉遣いは全く違います。
はて、ひょっとして朔の水増しされた三年間の記憶の中に老人言葉で話す人間が居たという事でしょうか?
「朔、これからどうしましょうか、茶屋か喫茶店でデートでもしましょうか?それともまたあの公園をぶらぶらと散歩しますか?」
「喫茶店?!俺行った事ないから行きたい!あんみつ食べる!!」
「では茶屋にしましょう。公園に比べて少し遠いけど歩いて行ける距離ですからね。」
小さい頃から甘いものが好きだったのでしょう。
あんみつは蜜豆ではなくクリームあんみつを頼みそうですね。白玉も良いかも知れません。
私は何を頼みましょうか…
「いしきりまるは難しい言葉だらけで何言ってるかよくわかんなかったぞ!頭良い奴だなー!」
「まあ私でも分類名をしゃべり始めた時はついにおかしくなったのかと思ったほどですからねえ。朔にはもっとわけがわからないでしょうね」
「俺達はホモナントカって生き物ってところだけは覚えた!」
「ホモ・サピエンス。姿形は違えど、所詮私達は動物の一種でしかないという事ですよ。まあ姿形も犬の犬種みたいに種類が多いようなものではないでしょうか?」
「やっぱりむずかしいぞ!」
きゃははと笑って道を小走りに駆け回ります。
もう季節は冬。
少し残っていた枯葉も全て落ちて、今は道端に落ち葉が山のようになっています。
昼頃の日差しによって少しぽかぽかとした陽気ですが、吹く風はやはり寒い雪の気配がします。
もう少しすれば晦日になり、今年も終わりです。
ああ、あんなに悲しんだ審神者とのお別れももう一ヵ月半過ぎてしまいました。
こうしてどんどん年月が過ぎて、新しい審神者が来て、数年すればもう年季明け。
それまでのあと数年を騙し騙し勤め終えねばいけません。
もしかしたら三日月は年季よりも先に引退するかもしれません。
確かに審神者の上野統殿の目論見通り、私は三日月の支えとなるでしょう。
天下五剣がこんなに不安定な存在なら、ある程度の財力が無ければ全てを維持する事は難しいでしょう。
私の一族は天下五剣の稼ぎなどではなくそのブランドが欲しかっただけなので、天下五剣であるだけで良いのです。
私は三日月が欲しいだけなので、利害は一致しているのです。
天下五剣は、そもそも兵器を積む時点で、使い潰しは免れないでしょう。
それでもその地位は気高いから成りたい者が後を絶ちません。
三日月も、自分が朔だった事を忘れてしまっていた場合、朔だった頃が悲しいからなのかもしれません。
ああ、あにさま、私の愛と愛と愛で、癒して差し上げたいッ!!!
「小狐丸なんだそのきもちわるいポーズ〜」
私が感極まって自身の感情を抑えるために自分ごと鞄を抱きしめてると、朔がそんな事を言いました。
ひどいっ
私をこんな風にしたのは三日月なのですよ?
「気持ち悪くありません、これは貴方への愛のポーズです」
「あいのぽーず?抱っこしたいのか?別に抱きしめていいぞ、ほら」
そう言うと、朔が両手を私に向けて広げるではありませんか
そのまま朔を抱きしめると、朔は満足げに私の背中を叩くのです。
おわり。
説明 | ||
原稿修正がどの辺までやっていいのかわかんなくなってきたので 先にアップ。(×ω×) 同人でネットだとどのくらいまで適当かも自分次第だから加減が良くわからなんよね。まあフリーだしベタまでやらなくてもいいかなあとかその辺悩んでたら厳島が終わってしまったので先に。これも一区切りでまだ続きあるしなあ〜 |
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