紙の月9話 |
今日はこの都市国家が国から独立したことを祝う大事な日だ。見苦しくないようにフェリオ・カーボンは鏡を見ながら、何度も身だしなみを整えた。専属のデザイナーに見てもらったばかりだが、やはり気になってしまうのが人間の性という物だろう。
もし他の者が今の私の姿を見たらどう思うだろう。秘書のホースラバーなら仕方のない人だと、呆れるだろうが、彼の事だからきっと一緒に見てくれるだろう。
都市議員長のゴウマならすぐに察し、他の者に連絡を入れてパレードの時間を遅らせてくれるはずだ。
そしてヴァリスなら、きっと私のやっていることが無意味なものであると淡々と言ってくるに違いない。
皆、私とこの街のために尽くしてくれた者たちだ。上下関係こそあれど、私からすれば彼らは友人である。勿論、この都市の市民たちも。まだ、至らぬ事もあったけれど、彼らと力を合わせれば、この都市国家はもっと素晴らしい物になる。
この独立を祝うパレードも、この都市国家の方針を発表するために、ゴウマが企画してくれた物だ。
この都市国家が目指すのは『高度環境保安情報知性体ヴァリス』による都市国家の治安保全。そして、人間の手による生産活動。ロボットと人間が共同して生活する都市国家。それがこの都市国家の目指すものだ。この都市国家独立記念パレードの最後に、市長であるフェリオが全市民にこの方針を発表する取り決めになっている。
思いの外、すぐに自分が納得のいくネクタイの形に締められた。幸先がいいぞ。この都市の未来のようじゃないか。この都市国家の未来は明るいな。暗い夜を明ける太陽が昇る。そう、この都市は夜明けを迎える太陽だ。いいじゃないか、うん。
市長であるフェリオは頭の中でまとめた声明を暗唱しながら、市民たちが待つパレードへと急いだ。
その数時間後、太陽都市の市長フェリオ・カーボンはパレードの最中、一人のセーヴァの少年に殺され、彼の理想は日の目を見ることなく消えていった。
日は沈み、太陽都市に夜が来る。最も、変わることと言えば外を歩く人間の顔と、そこに子供の姿がほとんど見えなくなることくらいだ。居住エリアからさらに内側の繁華街エリアは昼間と変わらず、退屈な事務労働を終えた一般人、辺りに目を光らせる都市治安維持部隊の隊員、そして、彼らの目を逃れるように仲間と連絡を取るアンチ……多くの人間がすれ違い、それぞれの思惑を胸に行き来している。
太陽都市の市長ゴウマは、太陽都市の中心都政エリアにそびえ立つ市議会から、その様子を見下ろしていた。
自身の執政室から繁華街エリアを見下ろしながら、ゴウマは自身の中指と人差し指の二本を、何度も親指に打ち付けていた。
この行為はゴウマの癖であり、考え事をしている時や高ぶった気持ちを落ち着かせるときなどによく見られた。彼の秘書ホースラバーから入った情報が、彼を悩ませていたのだ。
都市国家の外を探査していたドローンが、都市国家の外壁周辺にセーヴァらしき少年たちを多数確認。送られてきた映像の中には、アンチの一員であるフライシュハッカーの姿も確認された。
脱走したセーヴァの子どもの動向を調べたら、まさかこのような問題が見つかるとは……近々行われる選挙に影響するのではないかと、ゴウマは懸念していた。
この役職に着いて以来、都市の治安維持のために多くのアンチを始末してきたが、その結果、アンチについては様々な情報を得ていた。
アンチ集団が従えてるセーヴァをまとめているのは、フライシュハッカーと言うガキだ。強力な念動波らしき物を使い、奴一人によって、小さな都市国家が一つ滅んだという情報がある。
まさか、同じような能力を持つ者が他に何人もいるとは思えないが、早く手を打たねばと、ゴウマは思案していた。
『研究所』にいるセーヴァどもを使おうか? だが、同じセーヴァとして触発され、逆に敵に回る危険性が高い。
ならば、化学兵器は? 都市国家の周囲に毒ガスを散布すれば、生物はほぼ全て死に絶える。いくらセーヴァと言えど、無味無臭の毒ガスでは気付く前に殺せるはずだ。あの危険な超能力を使わなければ、ただのガキどもに過ぎない。
子どもというのは『まだ、人間じゃない』野生の獣のような物だ。野蛮で消費することしか考えない。自分もああいう存在だったのかと思うだけで、おぞましくてゾッとする。そんな奴らが、人間を簡単に殺せるような恐ろしい超能力を持っている。この私があんなガキどもに命を脅かされるなんて絶対に御免だ。危険な存在は残らず排除しなければならない。
あの老いぼれ……都市国家市長、フェリオはやたら子どもに執着していた。そのせいで、太陽都市の大切な金を、市民たちの教育なんぞに使い込んだ。おかげで、都市の発展が一〇年以上遅れる事になった。
いくら知識をつけさせた所でクズはクズのままだというのに。だから、我々のような者たちが、余計な事をしないように監視しなければならない。その権利があるのだ。
奴らに与えるものは知識や権利ではなく、エサと玩具だけでいい。それを、あの老いぼれは分かっていなかった。
「くそっ、化学兵器の使用はヴァリスが許可しないだろう。未だフェリオの残した物が、私の邪魔をする……」
太陽都市は元々、環境保全、促進のための機械や人工知能を作る企業によって独立をした都市国家だ。フェリオが都市国家内の生活環境、治安改善のために、作らせた都市環境保全システム『ヴァリス』。意志を持ったその人工知能を必ず都市の行政に関わらせる事を義務としているために、私でも迂闊に命令や行動を起こすことが出来ない。
「上手くフライシュハッカーたちとヴァリスを、争わせる手段を講じなければならないか……」
フェリオをアンチの連中に殺させた時のように。
あの時は上手くいった。アンチの連中に孤児を売り渡していた孤児院に、セーヴァとなった孤児を送る手配をし、アンチ共ははその孤児を殺人マシンに育て上げた。
そして子ども好きのフェリオなら、パレードの最中でも警戒されることなく、近づくことが出来ると想定していた。セーヴァの超能力でフェリオの頭が弾けた瞬間、私は得るはずだった権利がようやくこの手に収まった。能力ある者が得るはずであった、無能な者を支配する権利を。
あの事件があったからこそ、あの時フェリオを守れなかったヴァリスを、都市の工場エリアでの労働担当へと追いやり、セーヴァの駆除や治安維持部隊の設立をすることが出来たのだ。だが、まだ名目上は市長の次である、議員長の私と対等の地位を持っている。
あいつさえいなければ、この都市はすべて私の物になるのに……。
指を打ち鳴らすのをやめたゴウマは通話機を取り出し、ホースラバーに命令を送った。
「私だ。生産工場エリアで、セーヴァがいた場所に一番近い工場はどれだけある? 食品を製造、輸送している工場だ。奴らが狙うとしたらまず食料だろう。それで、ヴァリスが直接管理している場所は? ……分かった。そこに都市の治安維持部隊を送れ。アンチ共の調査とでも言っておけ」
通話を切り、ゴウマは深々と椅子に腰を下ろした。
恐らく外のセーヴァどもは都市内に潜伏しているアンチから食料などの支援を受けているはずだ。だが、都市内の食料は他の都市国家よりも徹底して管理している。余計に集めている所があれば、すぐアンチ共と分かる。だから、外のセーヴァ達への支給はすぐに無くなる。とすれば、都市に出回る前の物を狙うしかない。
物の出入りは厳しいが、人間であれば太陽都市は生産工場のエリアまでなら、入ることも出ることもそう難しくはない。だが、居住エリアから工場エリアは検問を通らねばならないから、アンチ共は生産工場へ行くことはできない。ならば、外のセーヴァのガキ共が直接、食料を奪いに侵入してくるはずだ。
そこで、奴らの能力がどれ程か調べ、そしてヴァリスの対応も治安維持部隊を通して同時に監視する。
ヴァリスのセーヴァへの対応はよく分かっていない。だが、これで奴を太陽都市の政治から遠ざける手段が見つかれば、超能力を使うガキ共など何ら問題でなくなる。
そして、この太陽都市も真に私の物となるのだ。
ゴウマは太陽都市を見下ろして笑みを浮かべた。外では繁華街エリアが煌々と光り続けている。
夜の闇を照らす太陽都市の光。その陰に隠れて、アンチ達は都市国家の破壊活動を目論んでいる。そして、都市の中央には目に見えない邪悪な意志が、太陽都市全体に深く影を落とし続けていた。
説明 | ||
久しぶりの更新。舞台の歴史説明が主な内容。 今後も細々と続けていきます。 |
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