2つの小さなお話
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睡蓮の人

 

 

 

「ほらダメだって、放しなさい。」

 

庭園の方から声がして、瞑想に入っていたシャカはふと目を開けた。視線を向けると、白い階段を降りてくるサガと、彼の両側にまとわりつく2頭のユキヒョウが目に入った。バターの強い香りに誘われ、サガが持つ菓子皿に我先にとびつこうとしている。まだ幼さが残る彼らは、ムウから譲り受けたものだ。ジャミールの高山に住む彼は、弟子の貴鬼とよく二人で動植物を観察し、密猟者に親を殺されたユキヒョウの子を保護することがあった。以前、たまたま捕獲した直後にムウを訪れていたシャカは、この2頭のヒョウを初めて間近に見て、その神秘的な美しさと愛らしさに驚いた。別段、シャカは動物好きではなかったが、この子たちの深い青緑色の瞳に魅了され、引き取ることを申し出た。

 

散々じゃれつくヒョウたちに根負けしたサガは、笑顔でため息をついた。

 

「さっき、たくさんご飯食べただろう?…………少しだけだぞ。」

 

睡蓮の池のそばにあるテーブルの上に皿を置き、サガはシャカが見てないと思って、ローティを小さくちぎり、ひとかけずつ彼らの口へ入れた。食べ終わった後も、サガの手を舐め続けておねだりをしている。ふさふさした銀色の毛を撫でるサガの表情はとても穏やかだ。シャカは笑みを浮かべ、庭園へ入っていった。

 

 

黄金聖闘士はそのほとんどが生還したが、サガの最も想う人物は未だに現れない。サガが笑顔を浮かべていれば周囲に仲間が集まったが、一人でいる時には皆遠慮をして彼に近づかなかった。しかし世の中には無神経な者もいて、「優れた力を持っている故、ぜひサガを召し抱えたい」という富豪も少なくなかった。彼の類い稀な美貌を思うと、シャカには「召し抱えたい」という言葉が「愛でたい」としか聞こえず、心の中で嘲笑していた。シャカには、仏への強い信仰心のために一生を不犯で貫く心構えがある。そんなシャカにとって、こういった俗っぽい話題は実にくだらない戯言にしか感じない。色恋沙汰など穢れ以外の何物でもない、そう決めつけていた。

 

ある時、シャカは池のそばに一人でいるサガを見かけた。崩れた遺跡の柱に腰掛け、夕暮れの淡いオレンジ色に染まっていく睡蓮を眺めている。その様子はどこまでも孤独で、悲しげだった。いつものライラック色の普段着ではなく、法衣のような濃紺の長衣を身につけている。白い横顔が幻のように美しい。シャカの足は自然にサガの方へ向かった。

 

「睡蓮がお好きなんですか。」

 

「え?」

 

「睡蓮がお好きでしたら、もっと良い場所を知っています。案内しましょうか。」

 

冷静沈着だったはずの自分の鼓動が、早鐘のように聞こえる。静かな場所で初めて二人きりになり、サガが今までとは全く違う特別なものに見えた。自分はなぜサガを誘うのか…

そんな不安をよそに、サガは素直に頷いた。

たったこれだけの会話で、シャカはいとも簡単にサガを聖域から連れ出し、インドに構える邸宅に招き入れた。それからずっと、サガはここで思いのままに暮らしている。

 

ティータイムのあと、二人はそれぞれ別に過ごした。寺院へ出向いていたシャカが戻ってくると、サガの姿が見えなかった。庭園にもプールにもいなかったので、屋敷の奥へ入っていくと彼はそこにいた。開け放した窓から気持ちのよい風が流れてくる。広間に敷かれた緋の絨毯の上で、ユキヒョウたちと一緒にサガは眠っていた。シャカが近づくと、ヒョウたちはすっと顔を上げた。手で合図すると、彼らは伸びをしながら起き上がり、追いかけごっこでもするように足早に部屋から出ていった。横たわるサガに寄り添って座り、その豊かな髪を撫でる。サガは目を覚ました。

 

 

「ああ、お帰り。つい眠ってしまって……」

 

「構いません。ゆっくり休んでください。昨夜もあまり寝てないんでしょう?」

 

「……知ってたのか?」

 

「夜半に庭園を歩いているのを見ましたから。」

 

「そうか。すまないな、起こしてしまったようで…」

 

サガは困りつつも笑顔を見せた。以前よりもっと自然な、優しい笑顔。憂いた視線が柔らぎ、潤んだ瞳を取り戻しつつある。

 

「私もここで休んで良いですか?」

 

「もちろんだ。ここはお前の家なのだから。」

 

サガらしい返事にシャカはフフッと笑いながら横になった。

 

サガとの関係にこれ以上望む事は何もない。サガ自身も一切シャカに求めていない。恋人同士がつむぐ愛の言葉は、二人には無縁のもの。今までもこれからも、何ら変化のない関係だ。

それでも今、サガはここにいる。未だ戻らぬ「あの男」のそばではなく、シャカのもとに。

 

しばらくして安らかな寝息をたてはじめたサガを、シャカはじっと見つめる。波打つ蒼い髪を少し手にとり、唇に持っていったが、何もせずそのまま離した。夢を見ているのか、サガの口元が微かに動いた。名前を呼ぶような唇の動きにシャカは目を細める。青ささえ感じるほど白いその顔を眺めているうちに、ふとシャカは、深く広い緑の水面に、一人ぽつんと咲く睡蓮の花を思い出した。

 

 

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DAPHNE

 

 

 

「待てよサガ!」

 

アイオロスは走りながら目の前を猛スピードで逃げるサガに呼び掛けた。青銀の長い髪を優雅になびかせ、時折、振り向きざまにアイオロスに光球を投げつけてくる。いたずらっぽい笑顔は浮かべているが、その攻撃はなかなかの鋭さで、アイオロスが交わすたびに岩山が砕けて大きな音を立てた。

 

少年たちの鬼ごっこが始まったのは、些細な一言が原因だった。

 

「アイオロス、私を捕まえられるか?」

 

練習試合を終え、木陰で休んでいたサガは、横で寝そべってサガの髪をいじっていたアイオロスに突然聞いてきた。

 

「簡単だよ。捕まえるどころかそのまま抱きしめてやる。」

 

「いいよ。お前の好きにしていい。」

 

サガは笑いながら立ち上がると、急に走り出した。慌ててアイオロスは飛び起き、この美しい幼なじみを夢中で追いかけた。物心ついた時から、サガの事がずっと好きだった。サガもまた、そんなアイオロスに惜しみない愛情をもって接した。それでも二人は、ある境界線を超えた事はなく、常に相手を尊重し、大切に友情を育んだ。

 

「それにしても、あいつ早いな…」

 

意外に本気なサガの速さにアイオロスはスピードを上げた。黄金聖闘士としての意地もある。サガはまるでカモシカのように岩場を軽々と越えていく。あと少し、というところで、彼はいとも簡単にスルリとアイオロスを交わした。やがて、ひときわ大きな岩山が現れると、サガは一飛びでその向こう側に姿を消した。

 

「サガ!今日は降参だ。出てきてくれ!」

 

アイオロスはサガを呼び止めた。しばらくすると、岩山の頂上にサガの姿が現れた。楽しそうな笑顔に、アイオロスも思わず笑みがこぼれる。

 

「今日はこれぐらいにしよう。そろそろ帰ってアイオリアに食事を作ってやらないといけない。」

 

「いいよ。またやろう。」

 

「明日はシオン教皇に謁見する日だ。一緒に行こうな。9時に闘技場で会おう。」

 

「わかった。じゃあなアイオロス!」

 

サガは手を振り、再び姿を消した。

 

 

翌日、二人はそろって教皇の間を訪れた。この呼び出しの数日前、230年ぶりに女神が赤子の姿で降臨したという話をシオンから聞かされていた。女神の降臨は聖戦の兆しであり、その前兆は北極星の動きにも現れている。おまけにシオン教皇は前聖戦に参加したほどの高齢だ。この状況から、今回の呼び出し理由について、黄金メンバーでも年長者の二人には何となく察しがついていた。

 

「仁・智・勇を兼ね備えた射手座のアイオロス。これよりはお前に教皇の座をまかせることにする。」

 

シオンの言葉に、やはりこの事かと二人は思った。正直、アイオロスの方は新教皇が自分ではなくサガの方だと思っていたので、複雑な心境だった。謁見を終え教皇の間を出ると、すぐにサガは嬉しそうにアイオロスの顔を見た。

 

「おめでとうアイオロス!新教皇はお前でなくてはならないと思っていたんだ。」

 

「……サガ……私は……」

 

「お前でなければダメなんだアイオロス…お前ならきっと女神も仲間も守ってくれる。聖域はお前が救うんだ。」

 

「それはどういう意味だ?」

 

サガは黙った。悲しそうな笑みを浮かべると、アイオロスに構わず、突然走って階段を降り始めた。

 

「おい!待てよサガ!」

 

十二宮で不要な攻撃は禁止されているため、サガは光球を撃ってくる事はなかったが、アイオロスが追いかけてくるのを知ると更にスピードを上げた。

 

「こんな時に昨日の続きをやるのか?!」

 

アイオロスは呆れて叫んだ。明らかにサガの様子がおかしい。全力で走ったが距離がなかなか縮まらない。やがて獅子宮が見える頃になると、アイオロスは焦りだした。このまま双児宮の自室に入られたら終りだ。彼は絶対に扉を開けないだろう。

きっと、彼は私から逃げているわけではない。何か…もっと大きなものからだ。

言葉に表せない、とてつもなく大きな不安…

 

双児宮の裏口で、アイオロスは構わずサガに飛びかかり、ようやく彼を捕まえた。勢いがつきすぎて、二人は暗く冷たい廊下に叩きつけられ、組み合ったまま転がった。アイオロスはすぐにサガの顔を見たが、その瞳からは涙が溢れ出していた。

 

「すまない…痛かったか?」

 

「……痛くない…」

 

「なんで逃げるんだ?…ほら、約束通り捕まえたぞ。もう走るなよ。」

 

サガはアイオロスにしがみついて泣き続けた。サガが何も言わないので、アイオロスにはこんなに甘えるサガを不思議に思ったが、彼から感じる不安が拭えず、無言のまま抱きしめた。乱れた髪を撫で、柔らかな頬に何度も唇を押しあて、ただ静かに彼を慰める。今はこうしていなければならない。でなければ、サガが遠くへ行ってしまいそうな気がする。離したくない。どんなことがあっても、サガとは最期まで一緒にいるんだ…

 

アイオロスは顔を上げると、サガの涙を指で拭い、ささやくような声で言った。

 

「…………お前の部屋に行こう。」

 

 

 

外へ出ると辺りは真っ白だった。いつもは見えるスターヒルが全くわからない。

 

「今日は珍しく濃い霧だな。」

 

聖域でも高い位置にある教皇の間では、時折ミルクのように白く深い霧が立ち込める。裏手にある広場に出た二人は、足元に見える芝生を手を繋いで進んだ。お気に入りの場所に来ると、サガが先に腰を降ろし、アイオロスはサガの膝に頭を乗せて横になった。摘んだ花をもてあそび、そんなアイオロスの髪をサガは優しく撫でる。

 

あれから13年。聖戦の後、二人はそろって教皇職を継ぎ、現在は教皇の間で暮らしている。アイオロスは金の玉座、サガは副官として銀の玉座にあり、聖域は二人の統率によって平和な時代を迎えた。長く壮絶な争いを越え、二人もようやく幸せな日々を取り戻している。

 

「昼の休憩時間、もっと長くしたいと思うんだが、どうかな?」

 

「却下。」

 

サガは笑いながらやんわり断った。

 

「副官の同意が得られなかった。この案件は取り消しだ…残念だな。」

 

アイオロスは花の香りを楽しみながら目を閉じた。サガは愛しそうにアイオロスの髪をすいている。

 

「……あの時、お前とすべてを分かち合ってなければ今の私はなかった。アイオロス……お前の愛、お前の記憶が、悪霊に捕らわれた私の心を最後には必ず守り、助けてくれた。お前がすべて救ってくれたのだ。」

 

「私たちはお互い暗闇をさ迷った……しかしその分、こうして巡り会えると掴んだ喜びも大きいものだな。想いが強ければ、私たちは何度でも巡り会える。何度でも愛し合えるんだ。」

 

アイオロスの強い言葉に、サガは微笑んだ。その顔を見て身体を起こしたアイオロスは、深くサガに口づけた。蒼銀の髪を撫でながら、手に持った白い花をサガの耳元に差し込んだ。

 

「可愛いなあ……午後の会議、ぜひそのまま出てくれ。」

 

二人は額をこすり合わせ、もう一度深く唇を合わせた。

 

 

 

 

説明
睡蓮の人(シャカ×サガ)、DAPHNE(アイオロス×サガ)です。
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サガ受 腐向け シャカ×サガ アイオロス×サガ シャカサガ ロスサガ 

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