【閑話休題・3】
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[あかいてんしのはなし]

 

あ、オレ天使。

毒で濁ったこの大地、飛ぶと自慢の赤い羽根が汚れるのが少ーーしばかり不快だが、まあ天命なら仕方ない。

大地を汚す毒と屍体を浄化するため、今日もオレは赤い髪をなびかせて狭い地上をパトロール。

 

ふよふよと上から下界を見回りながらふと思う。

不思議だな、人間なんて弱くて脆くてちっぽけなものだと思っていたのに、なかなかどうして、毒にもアンデッドにも耐えてやがる。

まあ流石に耐えるくらいしか出来ないのか、じわりじわりと追い詰められているようだけれど。

ほら今も、青色の聖堂の騎士と緑色の僧侶が毒まみれになりながら背中合わせで大ピンチ。ゾンビに囲まれ絶対絶命。

そんなところに颯爽と現れて、聖なる光でゾンビたちを一掃したオレは真面目に仕事してるだろ?

目の前から一瞬でゾンビが溶けて、ぽかんとしている人間たちにオレが「よっ!」と明るく挨拶すれば、ふたつの呆けた顔がこちらを向いた。

 

「…え?何?何です?何が、起こっ、た?」

 

「誰、って羽根?何?天使?」

 

「そう天使ってやつだ。所謂エンジェル。オレらが来たからにはもう大丈夫!」

 

オレが笑顔を向け胸を張ったのにも関わらず不思議そうな顔が返される。

言葉通じてないのかな。一応音は人間に合わせたつもりだったんだけど。

オレが首を傾げれば、ふたりも首を傾げ返し「?」が3つ並んだ。

ラチがあかないとオレは頭を掻いて、ふたりに向けて手招きをする。ジェスチャーならば通じるだろう、ってジェスチャーも土地や種族で違うんだっけ?もしやこれも伝わらない?

 

「えっと、こっち、来い。…You know?」

 

「あ、言葉わかります大丈夫」

 

緑色の僧侶が頷きながら寄ってきた。意思疎通は出来ていたらしい。

無防備にも近寄る緑の僧侶を見て、青い騎士は慌てて僧侶の外套を掴み引き止める。

どうやらこっちはオレを警戒しているようだ。助けてやったのに失礼な。

むうと頬を膨らませ、オレは少し考えてこの場一帯に聖杯の水を振りかける。

大地の浄化のついでに、人間も浄化。

泥で汚れた人間の身体はすぐさま綺麗になっていった。

 

「…えっ?」

 

声を揃えて戸惑うふたりに、オレはこの地を浄化するために来たと伝えれば合点がいったように頷かれる。

まあ目の前でゾンビを浄化し、毒を取り去った上に怪我も治してやったんだからどんな頑固者でも信じるか。

このことで青いヤツの警戒もとけたらしい。さっきの失礼な態度を謝罪してきた。

それでいい。オレは笑みを浮かべゆっくりと頷く。

そのままふたりは名前を名乗ったが、オレとしては興味がない。

 

「よっし大丈夫そうだな!んじゃオレは別んとこ行くから」

 

「あ、えと、ありがとうございました」

 

ふわりとふたりに背を向け飛び去ろうとしたオレに、緑の僧侶が声を掛けてきた。

礼の言葉を背に受けて、思わず己の頬が緩む。

うん、やっぱりお礼言われると嬉しいな。

 

■■■

 

機嫌の良いまま空中散歩。違ったパトロール。

荒野と毒沼が広がるこの地、いくらオレらが浄化してもキリがない。もうあれだよな、大地そのものを一気に壊して造り直したほうが早そうだ。

そんな事を考えながら飛んでいると、友人の姿が目に入った。

ぼんやりと地上を見下ろす友人の姿を不思議に思い、オレは首を傾げ声を掛けた。

 

「クレイじゃん。こんなとこで何してんだ?」

 

オレの声に気付いたのかクレイは振り向き、思い悩んだような顔を見せてくる。

ああまたこいつはよくわからんことで悩んでいるのだろうな。

見慣れた顔に呆れた顔を返し、オレは「どうした?」と一応聞いてやる。

小さい頃はクレイもここまで思い詰めた表情はしてなかったんだけどな。

最近妙にこの顔をする。下手すりゃ四六時中この顔だ。

真面目すぎて思い悩むことが多いのが、こいつの悪い癖。

今日はどんなわけわからんことで悩んでいるんだろうな。

一応聞いてやるという態度を見せればクレイはぽつほつと悩みを吐露しはじめた。

 

「街を愛する人々のために、私に何が出来るのだろうか…?」

 

大地の浄化とかアンデッド浄化じゃないのか?

他に何かする必要があるのか?

何に悩んでいるんだ。

 

「いつの日か地上に蔓延する毒を、浄めることは出来るのだろうか?」

 

そのためにオレらが来たんだろ。

出来るのか、じゃなくて、浄める、だろ。

何で疑問系?

 

「何故、彼らの目から光が消えることはないのだろう…?大地はこんなにも荒廃しているというのに…」

 

…?

 

…うん、さっぱりわからない。

相変わらず変なヤツだ。

何故そこを疑問に思うんだ?

人間がまだ諦めていないのは、ただ単に生きたいという感情のみで動いているからだろう?

だからなりふり構わず、汚染されていようが構わず、根付いた大地に見苦しくもしがみついているだけだろう?

だからオレらが来たんだろうに。

そこまで生きたいと願うなら手助けしてやろうと。

地上にアンデッドが巣食うのは、オレらとしても好ましくはないし。

 

アイツらに光は必要ない。

それはつまり、オレらが必要ない。

逆に、人間には光が必要だ。

オレらが、必要。

お偉いサンは詳しく語りはしないが、結局のところ自分たちの存在意義のためだろ、今オレらが必死になって浄化し回ってんのは。

オレらを不要とするアンデッドよりかは、オレらを必要としてくれる人間のほうか幾分かマシ。だから人間が生きやすいように手助けしてる。

それが大地の浄化。んでこれがオレらの使命。

それだけだろうに。

 

そう言ったら、クレイに凄く悲しそうな顔をされた。

何でだ。

間違ったことはひとつも言っていないだろ。

 

首を傾げるオレに対し、クレイはぽつぽつと、ゆっくりと、言い聞かせるように、語る。

さっきのオレの考えは予測の域をでないから置いといて、と前置きして。

…酷くね?

 

「このままだと、アンデッドの勢いも激しくなってきているし、いつか人々を巻き込んでしまうのではないかと、思って」

 

「?おう」

 

「今でもアンデッドに対抗しているからか怪我人が絶えないし」

 

「??? そりゃオレらみたいな力も無いのに戦えば怪我するだろ」

 

人間なんざ脆いもんだ。

ごく当たり前のことをいやに深刻に告げるクレイの言いたいことがよくわからない。

「いやだから、」と尚も食い下がるクレイに首を傾げ返せば言葉を探すように唸り始めた。

 

「よくわからねーけど、人間を巻き込みたくないってことか? …ならいっそ、街を棄てて引っ越してみるのもアリなんじゃねぇ?みんな天界に来ちゃえばいいじゃん!そうしようぜ!」

 

そう言ったらひどく微妙な顔をされた。

何故だろう。

というかなんでこいつはこんなに人間を気にしているんだ。

オレらは別に人間をどうこうしろとは言われてないだろ。

まあ確かに感謝されると嬉しいから人間助けるのは好きだけど。オレも前もやったし。

首を傾げるオレを見て、クレイはため息ひとつ吐きながら小さく言葉を落とす。

街を愛する人々のために、と言っているのに、街を捨てさせたら意味がないだろ、と顔を伏せた。

 

「…自分じゃない他の誰かに理解を求めること自体が不毛か…」

 

いやなんか酷いこと言われてね?

理解出来なくとも頷くことくらい、誰にだって出来るだろーに。

オレはやったのに。天命にない人間のことを一所懸命考えて答えたのに。

オマエがなんか気にしてるから、人間を巻き込まなくさせる案を出したのに。

オマエの意見に頷いてやったのに。

クレイの反応にオレは困ったように頬を掻き、しばらく無言の時間が続く。

ああもうわけわからん、やめ!

オレは話題を変えようと迫り来る赤い空を眺め、暗くなってきたから早く帰ろうとクレイを誘った。クレイが頷いたのを見てオレは先立って空を駆ける。

オレらが地上に降りてそこそこ経っているし、もしやこいつも毒されて来てるんかもなー、とオレは横目でクレイに視線を送った。

 

■■■

 

今日もお掃除。

毎日毎日お掃除。

浄化しても浄化してもアンデッドは減らないしむしろ増えているし、毒沼が綺麗になることはない。

終らない疲れた天界帰りたい。

終わるまで帰れない。

天界帰って寝たい。

センパイ元気かな。

センパイと遊びたい。

オレこの仕事終わったら天界でセンパイと昼寝するんだ。

地上での拠点である山の中腹にある神殿でオレがへばっていると、上司の光王が何やら満足げな表情で戻ってきた。

ご機嫌そうだったのでさりげなく聞いてみると、「光の力を与えた人の子が上手く動いた」とのこと。

つまりは現地調達した戦力がご希望に沿った働きをしたらしい。よかったデスネ。

しかしこの人が褒めるのは珍しいな、よっぽど気に入ったのか。

しかしまあ人の身に天界の力を与えるなんて、そいつはロクな人生歩めなくなるだろーな、かわいそーに。

なんでまたそんなカワイソーなことしたんだか。

今度見に行ってみよう。

あの人のお眼鏡に叶った人間には興味がある。

 

目を付けられた人間に少しばかり同情していたら、仕事行けと言わんばかりの圧力を向けられた。

ちゃんと仕事してましたー、今ちょっと休憩してただけですー、たまたま休憩時間を覗いただけでサボリ魔扱いするのやめてくれますかー。

と心の中で文句を言いつつ口では「いってきまーす」と素直な言葉を吐き出し、オレはいそいそと外へと逃げる。

上司と友人の両方が堅物真面目野郎だと、面倒臭くてやりにくい。

 

■■■

 

見回りついでに光の加護を付けられた人間を探すため光を辿ってみてみれば、その人間はどうみても幼い少女だった。

ふたつのおさげを左右に揺らし、モップ片手にちょこちょこ歩く少女。

ちまっこい、な。うん。

何故、あのひとは人間の幼体に加護を与えたのか。些か疑問が残る。

まああのひとにはあのひとの考えがあるのだろう、と深く考えないようにしてオレはその場から離れた。

確認はしたし、もうどうでもいい。

 

ふよんと空に戻ると、さっきの少女を見張るようにクレイが佇んでいるのを発見する。

ここ最近クレイの様子がおかしい。なんというか、毒され度が上がってきている。

あいつは一回天界に還すべきじゃないかなと思いつつ、オレはオレの仕事に戻った。

 

■■■

 

神殿に帰ると入口近くでウロウロしている人間を発見した。

驚き呆れ、オレはそいつに声をかける。

翼もない身でよくもまあこんなとこまで来れたもんだ。

ここは人間の街から毒沼を通り山を登りアンデッドを蹴散らさなくては来れない場所。

アンデッドに追われてここまで来ちまったんだろうな。

でもここから先は人間立ち入り禁止。

ここはオレらの拠点、人間が入っていい場所じゃない。

 

というわけでその人間の手を掴み、街まで送り届けようとオレは翼を動かした。折角帰ってきたのに、また逆戻り。

これ残業代出ますかねー、出ませんよねー、元々金銭なんざ貰ってねーけどさー。余計な仕事増やさないで欲しいわー。

迷子の人間を吊り下げながらオレはひよひよと空を泳ぐ。

暇だからとその人間に話し掛けてみたのだが、何故だか妙な反応ばかりが返ってきた。

大地の毒沼に驚き、アンデッドに驚き、まるで初めて知ったと言わんばかりの反応。

不審に思って吊り下げている人間を見下ろすと、服のどこにも汚れがなかった。

おかしいだろ?毒沼だらけの空気すら淀んだこの地で、泥や瘴気のカケラすら纏わないだなんて。

ここいらではあまり見ない服装だし。なんだこの帽子のフサフサ。すぐ汚れるだろこんなもん。

違和感に気付き疑問を口に出せば、吊り下げた人間は慌ててオレの掴んでいた手を振り払った。空にいるのに、だぜ?信じられないだろ?

支えを無くした人間の体は重力のままに下へと落ちていく。

流石にこれには驚いたが、確かこの辺は沼地。泥がクッションになってくれるだろう。

ただ沼地とはいえ毒沼だ。落下で死にはしないだろうが、毒のせいで死ぬかもしれない。

でもオレの仕事は大地の浄化だし、人間は別にどうこうしろとは言われてないし…。とそこまで考え、ちょっと前に己がしたことを思い出した。

 

大地の浄化を名目に、真下にいる人間にも当たるようにと聖杯の水を地上へ落とす。

 

運が良ければ助かるだろう。落としたのはオレだし、妙なヤツだったけどあのまま死なれても目覚めが悪い。

落ちちゃったら礼を言ってもらえないのが面白くないが仕方ない。

頭を掻きつつ地上を見下ろし、オレはふわりと飛び立った。

ああもう疲れた、とっとと帰ろう。寝よう。

 

 

■■■

■■

 

 

希望が歩を進め、絶望が歩みを止めるなんて嘘っぱちだ。

そんなこと、誰も全然言ってなかった。

前を見て進むためには「前を向く」という意思が必要で、絶望しようが希望があろうが意思が無くなる、つまり諦めた時点で先に進めなくなる。

それだけの話。

私は絶望したからこうなった、なんてただの言い訳ただの甘え。連呼すればするほど安っぽくなるのに気付かないのか?

絶望してようがなんだろうが、諦めなければちゃんと前に進む。

人間は、そういう風にできている。

 

だから、この沼地に住まう人間はどんなことがあろうとも対抗出来るんだ。

諦めていない、から。

諦めない、から。

もしかしたら既に絶望はしているのかもしれない、キリがないと。

けれども人間たちは諦めない。

生きるために、喰らいつく。

 

アンデッドだろうと

天使だろうと

己の住処を奪おうとするもの全てに

ただただ喰らいつく。

自分たちがここで生きたいがために。

 

ならば、おそらく

人間は

獣と変わらない

 

あの娘は言った

「光に見放されても生き抜く」と

裏切り者は言った

「たとえ光が消えようとも、大地とともにあることを選ぶ」と

 

光を、

オレたちを

否定した

 

ああならば、オマエらはそこら中にいる死に損ないと変わらない

((光|オレら))を不要と言うのなら、

オマエらは、

 

 

 

((アンデッド|はいじょすべきもの))と同じ、だ

 

■■

■■■

 

耳鳴りが、酷い

あたまもガンガンする

見える世界は赤い紅い朱い緋い

 

なんで、

なんで?

あれだけ頑張って浄化し回ったのに

なんですべてよごれているんだ?

 

そこら中全てが穢れた場所で、オレはぼんやりと困ったように首を傾げ辺りを見回した。

なんでだろうなんでだろう

あんなに頑張ったのに

アンデッドの皇とも闘ったし

人間も手伝ったし

大地も綺麗にしたし

裏切り者とも闘ったのに

頑張ったのに

なんでだろう

光がどこにもない

 

どうにも上手く動かない身体を必死に動かし光を探す。困ったことに手足に力が入らない、オレ働きすぎて壊れちゃったのかな。

真っ赤に染まった世界が怖くて、上手く動かない身体が不安で、必死に必死に光を探した。

 

しばらくふらふらと彷徨っていたオレの目に、ようやく光が映り込む。

 

嬉しくて叫びたかったのだが、オレは口すら上手く動かなった。手足だけでは飽き足らず、口も壊れちまったのだろうか。

なんせ口から漏れたオレの声は不気味に掠れた不穏な音で、こんな音ではやっと見付けた光にも逃げられてしまう。

それでもやっと見付けた安らぐ光、縋るように視線を向けて、離れないでと訴えた。

 

オレの願いは通じたらしい。

光は少し戸惑うような動きをした後、ふわりと近寄ってきてくれた。

それだけでも嬉しかったのに、その光が伸びてきてオレの頬を優しく撫でる。

 

暖かい、のかな

よくわからない

なんでわからないのかわからないけど

でもやさしくてうれしい

 

嬉しい気持ちそのままに光に頬を擦り寄せると、固まった自分の顔が少し緩んだように感じた。

柔らかい感触に安堵していたら不意に光が移動して、今度はオレの頭が照らされる。

これはあれだな

センパイに褒められたときに似てるな

あのときは、そうだ

『大変な仕事に行くと聞いたから』とセンパイが加護をくれて

ああそうだあの時も

こんな感じで照らされて…。

 

「あ、れ?」

 

「…もう良いか?私は天界に戻る」

 

目の前にいたのは聖帝だった。

聖帝の大きな手がオレの頭に乗っていて、今まさに離れようと宙を動いている。

というかあれ?大地の浄化はもういいのだろうか。

まだまだ穢れているのに。むしろ前より悪化しているのに。

目をパチクリさせながら、己から離れて行く手を見詰めていると違和感に気付いた。

聖帝もだが、前よりは世界がマトモに見える。穢れているのには変わりはないが。

驚いて辺りをキョロキョロ見回すオレに、聖帝が言葉を掛けてきた。

 

「…お前は、どうする?戻りたくないならば、多少ツテがある」

 

不思議なことを聞かれた。

天界に戻りたくないなんてこと、あるはずないだろうに。

首を傾げ、帰ると口を動かせば「わかった」と聖帝はオレに向けて導くように手を伸ばす。

 

「おいで、カマエル」

 

あ、もしかしてオレ初めてこの人に名前呼んでもらったかもしれない。

ちょっと嬉しい。

 

導くような聖帝の手に逆らう道理もない。

素直にその手を追い掛けて、縋るように手を伸ばした。

失礼かなと少し思ったが、伸ばした手は優しく包まれる。

暖かかった。

そりゃ当然だ。

だってこの手は救いの手なのだから。

 

 

 

■■■■

 

■■■■

 

 

聖帝たちが天界に戻りしばらく経った頃、ようやく周囲を落ち着かせた聖帝の部屋に大天使が訪ねてきた。

大天使の突然の訪問に睨み付けるような目を向ける聖帝だったが、大天使は意にも介さず軽く微笑む。

 

「苦情を言いに来たわけではないのだから、睨まないで頂けると助かるのだが」

 

確かに今回の件は多少問題だが、と大天使は羽根を揺らした。

ラファエルがアレを気にして困っているとクスクス笑う。

 

「アレを癒したいが癒したら怪我をすると戸惑っていたな。ラファエルは能天使の時に何回か関わっていたから特に目につくらしい。他にも微量の瘴気に反応して混乱している者もいたか。他にはー…」

 

「…苦情を言いに来たのではないと聞いたが?」

 

トントンと不機嫌そうに机を叩きながら、聖帝は大天使の言葉を遮った。

そんな聖帝の態度に柔らかく笑いながら大天使は「貴方の加護で緩和されているとはいえ、あまりアレを外に出すな」と忠告を入れる。

 

「アレはアンデッドだ。生きた屍体、この世の道理に添わぬ者。ふらふらさせておけば迂闊な天使に斬られるかもしれん」

 

「慣れさせろ」

 

大天使の言葉をズパッと叩っ斬り聖帝はぷいとそっぽを向いた。

話はそれだけかなら出てけと言わんばかりの聖帝の態度に困ったように頬を掻き、大天使は本題を切り出す。

 

「こちらも下に降りることになったのでな、多少の小言のついでに先人の知恵を頂こうかと」

 

「ああ、ならばあの地を見に行ってくれ。砂漠にでもなっているだろうが」

 

お前なら幻影体があるだろう?と聖帝が問う。

確かに大天使には仮の姿ともいえる地上に適した姿があるが、その仮の姿で光の王、もとい聖なる帝すら見放した地を見て来いとは人が悪い。

争いが絶えず大地も枯れた、世紀末のような荒廃した地になっているのは明白だろうに。

大天使が呆れていると、聖帝は不機嫌そうに言い放った。

 

「それをあの地の人間は選んだ。こちらに非はない」

 

人間の願ったようにしただけだ、と聖帝は己の髪を弄る。

全てを消し去りやり直すか、天から見放されたまま生き続けるか。その選択で後者を選んだのは当の人間だと言い、聖帝は笑った。

 

「そもそも私は加護を与えてやった人間に反発され、連れて行った天使の大半に裏切られた。そんな私の知恵など不用だと思うが?」

 

「貴方の例があるからだ。私も多少の天使を連れて行くが、離反されるわけにはいかない」

 

同じ轍を踏まないためには対策を立てる必要がある。

なんせ天界の光の王すら大半の天使を手放す羽目になったのだ。地上に無策で突っ込むわけにもいかない。

人間なんざ天使に比べたら脆く弱く頼りない生き物、大地とて大した問題もない世界に思う。

それなのに、地上に行った天使は大半が天を裏切り戻ってこない。

いったい地上には何があるのか。

難しい顔をする大天使に、聖帝は笑いながら答えを返した。

 

「なんてことはない、人間は不完全だから興味を惹く。大地も同じだ。不完全だから、離れられない」

 

天使とて感情がないわけではない。故に情を持ってしまえば最後、使命を忘れて人間に惹かれ寄っていく。

なんせ人間は天使には無いものを全て持っているのだから。

地上は天界に無いものばかりで溢れているのだから。

突然「人間かわいい」と言い出しふらふら寄っていった天使と、「頼りないから教えてやる」といらんことまで教え始めた天使を思い浮かべつつ、聖帝はため息を漏らした。

トドメは羽根も輪も、使命も仲間も全て捨て、我欲のままに人間となった阿呆の姿。

あそこまで人間に染まるとは。怒りを通り越して軽く呆れた。

"人間"としての言葉を放ち、それを正義とし、その価値観で天に反す。

反抗され戦う羽目になり、もうお前の好きにしろと諦めて帰ってきたのは記憶に新しい。

 

「地上に天使を盗られたくなかったら、感情を完全に消すか完全に割り切れば良いだろう。人間には不評だろうがな、偉そうだのなんだのと」

 

「それが出来る天使など、数えるほどしかいないだろうに」

 

また無茶を言うと大天使はため息を吐いた。正論なのだろうがそれを実行に移すのは難しい。

実体験からの事実だぞ、と聖帝は愉しそうに笑った。

地上はどこもかしこも穢れている、天使にとっては毒の空気を吸いに行くようなものだ。

だから聖帝は地上に残した者たちに言った。

『世界が汚毒に塗れる様』と。

天使たちにとっての毒に塗れる様を、と。聖帝が見放した時点で、その毒から逃げる術はもう存在しない。

地上にあるダークマターをインクと表現した者がいたが、天使にとって地上はそれと同じなのだろう。

少しでも染まれば、もう白い物には戻れない。

 

「あと大地の気質の強い天使は連れていくな。というかもう造るな。どうにも狂いやすい、地上に引っ張られる」

 

「本人が言うならば間違いないな」

 

クスクス笑う大天使に、余計な事を言ったと聖帝は顔を逸らした。

大天使はそんな聖帝の態度に苦笑し、『光は全てを許し、全てを受け入れ、全てを救う』という言葉は間違っていないなと小さく笑う。

なんせ当の光が、人間化した天使すら許し、アンデッド化した天使すら受け入れ、過去介入し拒絶された大地を気にかけているのだ。

気にかけていなけりゃ「見てきてくれ」なんて言わないだろう。

 

「…そうか。しかしそうなるとどうするか…。今、人間に近い思考の天使を育てている最中なんだが」

 

「…何故そんな摩訶不思議な事を」

 

大天使の言葉に聖帝は眉を顰める。

大天使としては人間に介入するならば、近い思考を持っていたほうが良いだろうと考えていたのだがどうやら悪手らしい。地上に捕らわれやすくなりそうだ。

天使が人間になってしまった前例もあることだしと困ったように口を結んだ大天使を見て、聖帝は言いにくそうに言葉を並べた。

 

「…手放したくないならば、一度堕とせ」

 

予想もしなかった言葉に大天使は目を見開く。

良い方法ではないだろうがと前置きし、聖帝は口元を隠しながらポツポツと「一度堕として、拾い上げろ。その後ちゃんとフォローすれば救われたと認識するのか、妙に懐く」と語り出した。

そうすれば思考が人間に近かろうが天界に意識が向くらしいと、バツの悪そうな顔で聖帝は言葉を締める。

聖帝の言葉にしばらく思案し、大天使はゆっくりと息を吐いて答えを出した。

 

「…仕方がないか。その天使の名前はウリエルと言うんだが、貴方からも加護を分けてもらえると助かる」

 

「構わんが良いのか?」

 

私が出来るのは光の加護を強める程度だがと首を傾げる聖帝に、「問題ない」と笑い大天使は件の天使を思い浮かべる。

あの子には、強くなってもらいたい。

聖帝から加護が付くならば光での裁きが扱えるようになるだろう。

現に今、聖帝があの地に残した天使の中に、光での裁きを扱える兄弟天使がいる。聖帝があの地を見放した後も気にかけ、ふたりに与えているのだろう。

それだけで十分だ。なんせ最近ルシフェルの様子がどうにも不穏。対抗する術が欲しい。

まあ向こうも同じ事を考えていそうだが。

ならばこちらにも、人間へと介入と反発者への対抗、両方こなせる天使が欲しい。

ふうと重い息を吐き、大天使は疲れたように笑いながら聖帝に言った。

 

「…お互い、上にいると余計な苦労も背負うな」

 

「それが上にいる者の務めだろう?」

 

さらりと返されては言葉もない。

「勉強になった」と言葉を残し、大天使は聖帝に別れを告げ部屋から去っていった。

やる事が山積みだと重い羽根を羽ばたかせ、天界を舞う大天使は「ただ単に、争いのない光輝く世界を創りたいだけなのに、そこに辿り着くまでに私はどれだけ手を汚すのか」と自重気味に笑う。

それは他の天使も同じこと。

ならば最後に罪を被るのは私だけで良いと、己の剣に静かに触れる。

我々は赦しを乞えと口に出すが、ならば我々は誰に赦しを乞えばよいのだろうなと、大天使は悲しそうに天を仰いだ。

 

 

■■■■

 

 

天と地が交わることは絶対にないのですが、

それでも天使は地上に介入しようと試みます

それは既に全ての天使たちが、

地上に惹かれているということなのではないでしょうか。

 

天使である限り、人間である限り、

交われることなど絶対に有り得ないというのに。

天使は地に惹かれ、

人間は天へと恋い焦がれる。

 

さあ、

のんびり両者を見守りましょうか

実らない片思い同士の物語

 

…そうとしか言いようがないでしょう?

 

END

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ちょっとしたSS。独自解釈、独自世界観。捏造耐性ある人向け
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