外伝『魔弾と聖剣〜竜具を介して心に問う』―前章
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これは、一人の傭兵の物語だ。

ヴィッサリオン――大陸が戦争の最中にある時代の末に、一人で傭兵団を立ち上げた男。齢30代に差し当たる前までは、ジスタート運河ヴァルガ大河における防衛戦の英雄となり、また、王都主催の問筆記学会においてもその文才を発揮し、太陽際(マースレニツア)での武芸大会では多大な称号を授与された経歴を持つ。だが、光華のように輝かしい彼の道筋はそれで終わらない。数ある傭兵団でも指折りの人脈を持つと同時に、誰もが認める稀有の人格者でもあった。

彼こそは英雄。奴隷、民、商人、貴族、騎士、王族問わず受け入れられ、ヴィッサリオンの類まれなる親和性は遺憾なく発揮される。勢力圏紛争止まぬご時世、傭兵の需要が一層高まる時代の中だからこそ、彼のような、能力のみならず秀でた外見でも、大陸中の民衆は幻想の中の「勇者」を求めたのだ。

英雄の中の英雄。そして、立ち上げるであろう『|白銀の疾風《シルヴヴァイン》』の名をあやかって、やがてこのような二つ名で呼ばれるようになった。『銀閃の勇者―シルヴレイヴ』と――

歩む戦歴が正統であると同時に、彼は傭兵の矜持としての異端さえも歩んでいた。

 

――戦場であっても人は殺さず。『不殺の傭兵』として――

 

――これから語られる男の物語は、まだヴィッサリオンが『星』を集めて『丘』を目指していた、若かりし一人旅の頃のものである――

 

 

 

 

 

『数年前・ジスタート領海警戒区域』

 

 

 

 

 

ジスタートに訪れた――未曾有の危機。カヴァクなる機械文明の到来、すなわち『黒船来航』。

ジルニトラ……黒竜の動脈たる『ヴァルタ大河』に接する3国は、真っ先にその黒船の標的とされた。

 

一つは、黒竜の顎熱たる『レグニーツァ』――

一つは、黒竜の眼光たる『ルヴーシュ』――

最後は、黒竜の逆髪たる『オステローデ』――※1。

 

黒竜の誇りを象徴する顎熱(あぎと)をくぐり、眼光を誤魔化し、逆髪をなでまわした後の到達すべき最終目標は、黒竜の心臓たる『王都シレジア』。へ――

東の『獅子』がその獲物を狙う『眼光』を研ぎ澄ませ――

西の『黒竜』が略奪者に対して『天鱗』を誇示させる――

のちに『ヴァルタ大河攻防戦』とよばれる戦いが、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「違う!そうじゃない!操舵は基本的に――」

「いや!そんなことない!敵と遭遇した時、こいつはこうで――」

 

さっきから、マドウェイとパーヴェルは船操術について『ああでもない』、『こうでもない』と口論している。まだサーシャを主と仰ぐ前にして、見習いである若かりし二人を面白く見守るのは、熟練の先輩方や後輩の船兵である。

やがて二人の差しでぐちに、「なにをやっているんだい?君たちは」と声をかけた者がいた。その声の正体は、この旗艦にして指揮官、そして、当代の『煌炎バルグレン―討鬼の双刃』が主、レグニーツァ公主様だった。マドウェイ、パーヴェル両名は戦姫を前にして、紀律を正し、姿勢をぴしりとなおす。

煌炎の戦姫の問いに、かすかながら緊張が走る。戦姫の口調は暖炉のたき火のように、穏やかであったにもかかわらず。

 

「戦姫様。どうもこいつらが『索敵・探知』での船操術についてもめているようで……」

 

このような両者のもめごとは何も珍しいことではない。二人が船上で居合わせてあーだこうだいうのは、レグニーツァにとって風物詩となっている。むしろ、切磋琢磨して互いを『競生』している光景は微笑ましいものでもある。

二人は、必ず将来のレグニーツァで必要になる。まだ見ぬ未来の『煌炎』へ、その聖なる火を中継して明け渡すその日まで。

本来なら騒ぎを起こしたとして、罰を与えなければならない。だが、この戦姫はしかりつけるだけに留めるのだった。あきれたため息を、前置きにして。

 

「君たちはまだ若い。多少の口論は良しとしよう。だけど、時と場所をわきまえたほうがいい。もうすぐ……『戦争』になるからね」

 

時と場所。これから訪れる未来の時と、戦場へ変貌する場所を己が主に再認識させられ、二人の背に再び脅威が走る。

ひたひたと迫っているのだ。この揺れる木造船は、確実に戦場へ近づきつつある。

見習いたる二人をあえて指揮官の、それも戦姫の船に同乗させる理由はいかなるものか――

まだまだ未熟な船員とはいえ、威圧せし剣腕と人を惹きつけることをやまないカリスマ性は、将来、次代のレグニーツァで大物になるだろう。

例え『聖火』といえど、それ単体では何も灯すことはできない。導き手たる戦姫と、聖火の風下として手助けする『松明』が必要だ。

だからこそ、『種火』たる二人には、――戦姫の戦い――その瞬間という貴重な場面に立ち会って経験を積んでほしいのだ。

 

「ところで戦姫様はどうしたんですか?一人なんて珍しい。船長は一緒じゃないのですか?」

「追い出されたよ。合流するまでの間はゆっくりしてこいって」

 

部下の問いに対し、長い黒髪の戦姫は苦笑い気味に答えた。

 

「確かに、今この時は主様に休息が必要ですな」

 

微笑まじりに、武官の一人がそういった。それは、皆が共通に感じていたことだった。

ルヴーシュ・オステローデと合流した後は、対黒船の軍議が待っている。この戦における標的『黒船』について意見交換するために。これから起きるであろう厳しい戦いを想定すればこそ、主には今のうちに休んでほしいところだ。

黒船――外見だけ言えば、文字通り常闇一色に塗りつぶされた船。

わざわざ『黒』なのは、黒竜を始祖とするジスタートへの、悪意を込めた皮肉なのだろうか?それとも、単なる偶然なのか?

何も、黒船襲来は今回に限ったことではない。過去にその姿を、ジスタートの海域にちらつかせていた。

我々より一段階上を行く戦術理論。我等より一手奥の深い武器兵装。我が国より一歩先を行く『概念』を以って――

 

(……カヴァクなる敵……ヴィクトール陛下はそうおっしゃられていたな……)

 

鉄の文明の別呼称に、思わず不愉快な気分になる。

ふいに、両腰に装着(マウント)しているバルグレンに、視線を見やる。熱が伝わる様を考えると、どうもバルグレンもやる気満々みたいだ。

 

(お前も、本当に人の気持ちを察しないんだね)

 

やんちゃな人格(パーソナリティ)の意志をもつ竜具に対し、黒髪の戦姫はやや苦笑い気味になる。熱暴走する心配のあるこの子は全く……そう思ってしまう。ただそれは、裏を返せばバルグレンなりの、戦姫への励ましともとらえられる。

 

「やはり黒船というのは、それほど脅威なのでしょうな。3公国の戦姫様に出兵を強いる位だとすると……」

「戦姫様が倒れたりでもしたら……我らはどうしたらいいか……」

 

戦う前から先入してしまう、暗い思考が周りを包む。しかし、暗くなった道を照らすかのように、戦姫は告げる。

 

「そうならないために、他の戦姫にも協力を要請した。……まあ、この私が君たちを置いて倒れる気はないし、死なせるつもりも毛頭ないけどね」

 

にこりと片方の口角を釣り上げて笑い、堂々と言い張った。堅固な意志と誇りに満ちた自信。力強い言葉に対して、武官たちはなんとも言えない、熱くたぎる気持ちになった。彼らは先代の戦姫、若しくは、他の公国の戦姫にも仕えていたが、彼女ほど気高く高潔らしい戦姫には会ったことがない。一同は思った。目前の主の為ならば、この身を散らせても悔いなどないと――

だが、それをあえて口にしない。これほどの部下想いの戦姫へ、自己犠牲の言葉を口にしてしまえば、彼女は烈火のごとく怒るだろう。

海のように広く、深く、穏やかな母性を持つ戦姫の考えは、彼らには到底つかめるものではなかった。

 

「戦姫様。到着しました。ルヴーシュ、オステローデの船団です」

 

間違いない。黄地に煌炎・紫地に雷禍が見えるということは、あれが戦姫の旗艦だろう。

そう部下が告げると、戦姫は海原の線先を見据える。

長い船旅の末、予定通りレグニーツァ船団はオステローデ、ルヴーシュ両船団との合流を果たした。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

大陸としての長い履歴を顧みると、国家間の争いはもっぱら陸地で行われることが多い。

人間は平面以外の移動を可能とする両足と、繊細かつ豪胆な作業を併立させる両手と、それらを統合する高い知能を有する。

そうした『陸地』での戦いが、古来より重んじられてきた。極端にわかりやすい例が『弓を蔑視するブリューヌの騎兵達』だ。足たる馬と、腕たる槍を併せ持つ彼らの突貫力は、古きにわたるその模範であり必勝であり伝統であった。

他にも、箱庭のような大陸の中で各国家の領地が隣り合っていること、船迫の利用方法が交易以外に無かったことから、陸地を戦場とした近接戦闘の原様式(デフォルト)は現代にいたるまで変わっていない。

過去の戦の歴史をさかのぼっても、海から侵略者に攻められるという事例などほとんどなかった。その証拠として、大陸に拠点(ターミナル)を構える海港は、どこもかしこも防人が手薄である。本当に交易のみを念頭に置いた機構しか存在しない。

島国であるアスヴァールは例外であったが、過去のジスタートは例外ではなかった。

3国の戦姫が合同で軍議中、オステローデ軍船で一人の『客将』がゆったりの窓を除いた。

黒髪の『客将』の隣に、戦姫腹心の船長がいた。

 

「いよいよ『黒船』のお出ましですか……」

「やはり、ヴィッサリオン殿でも『黒船』はいささか脅威ととらえますかな?」

「確かに、『黒船』以上の脅威は類を見ません。私が最後に見たのは『軍国』の南東港ですが……」

 

かつての古巣である『東』の地に、思いをはせる。『元』独立交易都市・三番街自衛騎士団所属。ヴィッサリオン。

彼は『代理契約戦争(ヴァルバニル)』の世代ではないが、その戦争の爪痕というべきか、黒船に対して強い警戒心を抱いていた。

ちなみに彼のいう『軍国』は、この独立交易都市より南東に位置する港町を指している。

 

(でも……『丘』を目指すまではあきらめないさ。俺を推挙してくれたハンニバル団長殿の為にも……)

 

脳裏によみがえるは、禿頭の偉丈夫の上司。『大陸最強』の二つ名を持つ『代理契約戦争(ヴァルバニル)』の生き残り。ついでに補足すると、『人間|投石器《カタパルト》』。出鱈目な異名を複数持つ戦士の名は、ハンニバル=クエイサー。

過去の記憶をさかのぼったところで、ヴィッサリオンはかすかに苦い表情をつくる。無理もない。決して短くない出来事とはいえ、黒船ほど『概念』人を揺るがすものはない。

 

深紅のほうき星を打ち上げる『首長竜筒砲(アームストロング)』。まるで蜂の大軍が如く、鉄の飴玉を絶え間なく吹き付ける『蜂巣砲(ガトリングガン)』。そして、鉄の甲冑を着こなした豪華軍船『黒船』だ。

 

やがてぎこちなくなったのか、船長は黒船の話題をそらすためにも、ヴィッサリオンの腰に据えられた『得物』に視線を配って助け舟を要請した。

 

「ところでヴィッサリオン殿。その腰につけてある『カタナ』は見事なものですな。ヤーファのカタナを何度か見たことあります」

「確かに、刀ではありますが……少し違いますね」

「違うのですか?」

「聖剣の刀鍛冶(ブラックスミス)殿が打ち込んでくれた……禍払いの刀である『聖剣』です」

「せい……けん?」

 

これから起こるであろう――機械仕掛の魔弾――には、――一子相伝の聖剣――が必要不可欠。

 

聖剣。これを打った本人は「なまくらのいいところだ」と言っていたが、ヴィッサリオンにとっては紛れもない『業物』である。

それは、後の『神剣の刀鍛冶(ブレイブスミス)』の父であるバジル=エインズワースの、処女作の刀。

『折り返し鍛錬』と呼ばれる、古来より伝わる製造法。一魂入刀で作られるそれは、何日もかけて槌を撃ち込まれる。

よみがえるは鍛錬の立ち合い、カタナの生まれ出でる瞬間。その声を。

 

水減し。ミズベシ

小割。コワリ

選別。センベツ

積み重ね。ツミカサネ

鍛錬。タンレン

折り返し。オリカエシ――

心鉄成形。シンカネセイケイ

造り込み。ツクリコミ

素延べ。スノベ

鋒造り。キツサキヅクリ

火造り。ヒヅクリ

荒仕上げ。アラシアゲ

土置き。ツチオキ

赤め。アカメ

焼き入れ。ヤキイレ

鍛冶押し。カジオシ

下地研ぎ。シタジトギ――

備水砥。ビンスイド

改正砥。カイセイド

中名倉砥。チュウナグラド

細名倉砥。コマナグラド

内雲地砥。ウチグモリジド

仕上研ぎ。シアゲトギ――

砕き地艶。クダキジヅヤ

拭い。ヌグイ

刃取り。ハトリ

磨き。ミガキ

帽子なるめ。ボウシナルメ

 

――柄収め。ツカオサメ――

 

 

 

 

 

 

聞きなれぬ言葉の羅列は、ヤーファで祈祷に用いられる神への文言に似ていた。だが、それ以上のことはわからない。でも――

 

――バジル=エインズワース殿……貴方が打ったこの『カタナ』で、流星たちを導いて見せます――

 

「もう一つ、お尋ねしたいのですが……腰に据えられているもう一つの『聖剣』もやはりカタナなのですかな?」

「いえ、これは『訳あり』なものでして……ちょっとお見せできないんですよ」

 

布にくるまっている『得物』は、まるで講義するかのように、ふわりと風を立てた。巻いていた布が『風船』のように膨らみ、「やばい、気づかれた」とヴィッサリオンは思ったが、常に気流立ち込める海上であったため、やり過ごすことができた。

 

(この悪ガキめ。少しは我慢しろってんだ)

 

こつんと、その『得物』のつばに、軽いこづきをお見舞いする。お調子者の『得物』は、どこ吹く風といった感じだ。

それは、まだ見ぬ義娘(エレオノーラ)への確かな愛情表現なのかもしれない※6

これより約半刻後、3公国の主たちは軍議を終え、黒船を迎え撃つこととなった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

当代のオステローデ公主、『封妖(エザンディス)』の戦姫は、一騎当千の武技を誇る『竜姫将』である。

戦姫が治める領土の中で、最も国力が脆弱とされるオステローデ。

北には『雪原の大地』と呼ばれるところから運ばれる流氷の海。

東には『成層圏』と呼ばれる大気の頂上世界までそびえる山々※2

それらは『文明』の交流を妨げるかのように、何千年も生きたる『自然』によって、立ちふさがれていた。

まるで、『機械文明』を忌み嫌う『自然元素』の袂を分かつ『七つの力学』が、それを望んでいるかのような――

だからなのだろう。ヤーファをはじめとする遠い東の国から、こちら側へ来ることは、物好き以外の人間が来ることなど滅多にない。

それは、ヴィッサリオンが現れてから、それらの『定説(ディオリア)』は『異説(ディシディア)』へ変わる――

生物の生存を許さないといわれていた東の岩山から、なんと堂々とやってきたというのだ。※3

 

――『黒船』の存在を警告するために、俺はこの地へやってきた――

 

その言葉は、戦姫を動かすに事足りた。一筋縄とはいかなかったが、右曲余折を得て、周りの配下の妄言など気にも留めず、王に直接進言して。

そして今、ここに『三国同盟』として集い、その盟主としてオステローデ公主が務める次第である。

ヴィッサリオンとの出会いを交わした過去を振り返って、太陽照り付ける紺碧の空を見上げる――

 

「……『東』からの来訪者……ヴィッサリオン」

 

意味深く、その名をつぶやいた。

その黒髪の風様から、思わず東方国家、ヤーファかと思っていた。しかし、彼の出自はその島国ではなかったという。

 

「確か、彼は『独立交易都市(ハウスマン)』からやってきたと言っていた。オステローデの東にある山を越えた先にある『同じ内大陸』だったとはね」

 

幻想ともとれるそれは、彼の言葉を虚言かと疑っていた。『|虚影の幻姫《ツェルヴィーデ》』の二つ名を持つ戦姫に対する嫌味かと思ったくらいだ。四民平等?市民主権?そのような都市国家など聞いたことなどない。

しかし、現実味を帯びたヴィッサリオンの発言は、戦姫の耳をやがて説き伏せていく。彼の生まれ持った親和性もさることながら、何より、『黒船』に対する危機感を、いち早く抱いてほしいという想いが、戦姫への説得を加速させたからに違いあるまい。

そんな過去を振り返りながら、気晴らしに足を運ばせていると、一つの人影を見つける。

それに気づいたのか、ヴィッサリオンはやんわりとほほ笑んで、戦姫に振り向いた。

 

「いかがなさいました?戦姫様」

 

その口調は、そよいで撫でる風を思わせるほど、優しいものだ。先ほどの話し相手だった船長と別れたばかりで、ヴィッサリオンは潮騒の風を浴びて涼んでいる最中だった。

 

「何を……していた?」

 

猛者ともとれる戦姫が、何か儚げに聞いてくる。すると、ヴィッサリオンは鼻をくんと鳴らす。

 

「少し、海の風をかぎたくなりましてな。やはりこっちは潮の香りが濃い」

 

黒目黒髪。左ほほに浅い傷跡の目立つ顔つき。だが、その瞳は意志の強さが伺えるほど光り輝いている。中肉中背だが、筋骨のたくましい体格をしており、身なりも傭兵のそれに似通っている。

 

「本当に不思議な男(ヤツ)だな。ヴィッサリオンは――」

「よく言われます」

 

まるで、絶えず流れる『大気』のように、同世代の煌炎の戦姫と同じく、ヴィッサリオンの性格はつかみどころがない。

だが、そんな彼の鼻をかき鳴らす仕草が、先ほどの軍議で堅くなりがちな戦姫の心をくすぐった。

戦姫は思わずクスリと表情を崩した。

 

「戦姫様。笑ってはダメですよ。船員が怖がります。ただでさえ『竜姫将(ドラグレイヴ)』とか『戦鬼(イクサオニ)※7』とか『遠呂智(オロチ)』※8とか呼ばれて皆怖がっているのに!」

「余計なお世話だ」

 

そういって、『闇竜の聖具』たる刃を、ヴィッサリオンの前に突き立てた。

『竜姫将−ドラグレイヴ』……そう揶揄されるほど竜神のごとき荒ぶる勇者の象徴。

『戦鬼−イクサオニ』……そう比喩される鬼神のごとき武威。

ついでに言うと、その大鎌(ハーケン)という形状と紋様も相まって、東洋魔王の敬称『遠呂智−オロチ』とさえ呼ばれる始末。

そんな色気のない異名が、このオステローデの現主には、常にまとわりつく。唯一あるとすれば、『|虚影の幻姫『ツェルヴィーデ』』くらいしかない。

この戦姫、戦場に出れば鬼神のごとき働きで、あるがままに星の数ほど武勲を得たそうだ。※4

しかし、戦場でいくら功績を積み重ねようが、彼女の望むような『流星』は一向に現れない。――ヴィッサリオンが現れる迄は。

 

「不敬罪で死刑を言い渡してもいいんだぞ」※5

「すんませんでしたー!」

「……全く!これから『黒船』と一戦交えようというのに……神経が太いというか、何というか……」

 

戦姫の竜具なのか、それとも彼女自身の武威による畏怖なのかはわからない。ヴィッサリオンはひとまず謝ることに専念した。

 

「でも――――ありがとう。ヴィッサリオン」

「戦姫様……」

 

思わずヴィッサリオンは聞き返してしまう。その感謝の言葉は困惑気味にも、どこか儚げにさえ聞こえる。そして、透明な笑みを浮かべる。

 

「そういえば、戦姫様は一度『黒船』と交戦したことがあると、おっしゃっていましたね」

 

黒髪の傭兵は、黒髪の戦姫を気遣うように言いやる。戦姫は何も言わず、コクリとうなずいた。

きっと、怖いはずだ。たとえ一騎当千と称えられたところで、『黒船』との差を埋めるのは容易ではない。一度はその尊厳と恐怖を同時に知ってしまった彼女だからこそ、先ほどの気が緩むようなやり取りはありがたかった。

臣下や他の水夫では当然無理だ。戦姫という立場が前提にあるわけだから、不遜な態度として軍紀が乱れるに違いない。だからこそ、ヴィッサリオンのような立場に縛られず、同じ目線で隣に寄り添える人間が適役だと。

 

「もう決めてしまったんだ。統才のない私がオステローデにできることは、『戦う』だけだから……」

 

笑顔の穏やかさに、ヴィッサリオンは息をのんだ。陽の光を受けて、こぼれる砂のように輝く姿もそうだが、なにより、彼女自身の《想い》に――

 

「オステローデは私のものではなく、戦姫のものだ。私が戦姫でなくなれば、オステローデは私のものではなくなる」

 

どこか……捨て鉢に吐いた台詞は、感情を帯びているように、風に乗ってヴィッサリオンの耳に届けられる。

自分には、統治の才能がない。何もしないほうが、むしろ最善とさえ思えてしまう。

せめて、次代の戦姫が、竜具が、私の『面影(かわり)』を求めてくれたら――

 

ヴィッサリオンは思う。意志を持つ竜具が、意味もなく現れることはないと。

『新世界』は、常に民を必要とするように――

『新時代』もまた、新たな指導者を必要とする――

竜具は新時代の先駆けとなって、戦姫の前に現れるとしたら――

自然は意志の働かない『力学』によって動いているが、竜具は意志の働く『王学』によって動いている。それは、竜具にとって、『人の心』を学んでいく上では、避けて通れない道。

だからこそ、この『二人』に竜具があることは、絶対に意味のあるはずだと、ヴィッサリオンは――

 

「それでも、竜具はあなたを必要としているのです――――アリファールが『黒船』という時代の苦難から、民を救うために、私のところへ助けを求めたように――」

 

『得物』にくるまっている布をかすか外して、その美しい『翼を模した鍔』を、戦姫に見せる。見覚えのある鍔に、|虚影の幻姫《ツェルヴィーデ》は見覚えがあった。

 

「それは!まさか!?」「おっと、黒船の登場のようですな」

 

聞きたいことをごまかされたのか、それとも、目の前の脅威に迫られたのかはわからない。ヴィッサリオンに促されて、戦姫は前を見やる。

海の地平線の彼方から、黒い物体が次々と姿を現していく。

 

ついに始まる機械仕掛の『魔弾』と、一子相伝の『聖剣』が織りなす武勇伝。

『人』が寄りすがる『力』の表裏化『魔』と『聖』

『人』の生み出した『技』の具現化『弾』と『剣』

竜具が選ぶのは『戦姫―ヴァナディース』

竜具が求めるは『勇者―ヴァルブレイヴ』

独立交易都市出身、初代『|銀閃の勇者《シルヴレイヴ》』ヴィッサリオン。ここにつかまつる!

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

オステローデ船団から見える景色は、当然ルヴーシュ、レグニーツァ船団にも同じように見えていた。

左右の瞳が違っていても……『あの船』の『色』は相変わらず……か。

異虹彩色を吉兆と敬うルヴーシュとて、同じような皮肉を感じていた。もっとも、当代の戦姫は異虹彩虹色ではない。ただ、知識としてそう――知っていただけにすぎない。

黒。それはどこまでも飲み込んでいく闇。死を思い示す不安な化粧。

その黒い船は、米粒程度の大きさから徐々に大きく近づいてきている。戦姫は息苦しい思いで、刻一刻と迫る戦いに緊張を掻き立てている。

突如、その『黒船』が荒々しい重低音を立てて、白い煙――ジョウキを吹かす。まるで、クジラの『潮吹(ブロウ)』の、それに似ている

 

「来たわね!?黒船!」

 

ぴしりと、雷禍がはじける音がした。それに伴い、ルヴーシュの精鋭たちが雷禍の閃姫に駆け寄る。

 

「戦姫様!奴らが!」

「軍議で打ち合わせた通りです!各自、予定通りの配置に付きなさい!」

 

兵への戦意高揚の為に、ヴァリツァイフの弦を張り詰め天高く掲げたとき、『黒船』の船頭にあたる首長竜筒砲(アームストロング)から、『細長い砲弾』が放たれた。

 

(竜技が……間に合わない)

 

次の瞬間、その空間に、炎と閃光と轟音が満ち溢れる――

だが、黒船の牽制に対して、ルヴーシュ軍に被害が被ることなかった。何故なら、黒船から発射された

鉄塊の魔弾を聖剣で斬り裂く一人の『傭兵』の姿があったからだ。

 

これが……長く続く、機械文明たる魔弾の『科学』と、自然元素たる竜具の『力学』の紡ぐ戦い……その緒戦であった。

NEXT

 

解説――

ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

川口先生のエイプリルフールネタに120%信じ込んでいたgomachanです。(もっともらしいことをいうから、つい愚直に信じていました……川口先生うまいなぁと感心することもあったりして)

では改めて解説を――

 

本作のジスタート7公国は、竜の部位をあらわす表現にしています。冒頭の――

黒竜の顎熱たる『レグニーツァ』――

黒竜の眼光たる『ルヴーシュ』――

黒竜の逆髪たる『オステローデ』――

です。他はというと

黒竜の天翼たる『ライトメリッツ』――

黒竜の冑鱗たる『オルミュッツ』――

黒竜の粧髭たる『ポリーシャ』――

といった感じです。ブレストは今考え中です。

 

銀閃の勇者について――

実はアリファールが求めし勇者は凱が初めてではなく、ヴィッサリオンが初めてという設定を盛り込んでいます。凱は二代目銀閃の勇者ということになります。原作ではヴィッサリオンの出自が明記されていなかったので、本作では『独立交易都市』出身としています。ハンニバルともセシリーの父とも、ルークの父とも面識あるので、かなりのキーパーソンとなっています。(エレンの凱に対する『不殺』も、元々はヴィッサリオンの『不殺』を思い出させる一面もあるわけで、凱へそういった面影を見出してしまった結果ともいえます)

 

では※について下記に示します。

※1着想元はハーメルン様掲載中、『鬼剣の王と戦姫』の主人公、リョウ=サカガミから。

※2原作8巻にある一文より。※第0話「るろうに戦姫〜独立交易都市浪漫譚」から

※3ドラクエ3のネクロゴンドの洞窟より。

※4原作9巻の記述『ひとたび戦となれば、鬼神のごとき強さを発揮して〜』から。

※5原作5巻の記述『不敬罪で死刑ですわ』から

※6特典小説『風の運ぶ夢』より

※7原作者、川口士先生のデビュー作『戦鬼―イクサオニ』から

※8無双OROCHIの遠呂智もまた、無間という鎌状の武器を使ったことから

では失礼します。また次回もよろしくお願い致します。

gomachan

説明
魔弾の王と戦姫〜獅子と黒竜の輪廻曲〜

竜具を介して心に問う。
この小説は「魔弾の王と戦姫」「聖剣の刀鍛冶」「勇者王ガオガイガー」の二次小説です。
注意:3作品が分からない方には、分からないところがあるかもしれません。ご了承ください。
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コメント
RE:ありがとうございます!(gomachan)
すごく面白い!(匿名希望)
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聖剣の刀鍛冶 魔弾の王と戦姫 勇者王ガオガイガー 

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