鍼・戦国†恋姫†無双X  幕間劇その四
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鍼・戦国†恋姫†無双X  幕間劇その四

 

 

 足利衆は本隊を離れ岐阜城から舟で長良川を下り、今は合流した木曽川を河口に向けて進んでいた。

 

「冬の川下りというのも詫びた風情が有って宜しいですな。」

「うむ。四季折々を在るがままに楽しめるのは良いの。」

 

 幽と一葉は流れる風景を優雅に愛でている。

 体を鍛え抜いた二人だから余裕だが、真冬の川風は身を切る程の冷たさだ。

 護衛の足利衆は寒くて仕方ないが、将軍直属であるという矜持で必死に耐えていた。

 

「これで具教に会いに往くのでなければもっと心が晴れておるのじゃがの………せめて主様が一緒であればこの風景をもっと楽しめたでろうに………」

「長良川で見た墨俣の話もお聴きしたかったですな。ですが全ては鬼を根切りにしてからの楽しみと取って置きましょう♪」

「鬼を根切りにする前に、今は修羅をどうにかせんとならんがの。」

 

 これから会う北畠具教の事を考えると、一葉の眉間に皺が寄った。

 出来る事なら一生会いたくない相手だが、自分にしか出来ない事だと判っているので、祉狼の為にもと決意を新たにする。

 

「一葉さま。長島が見えて参りましたぞ。」

 

 船団の前方に木曽川の流れを分ける中州が行く手の視界に現れた。

 いや、中州と言うより島と呼ぶべき大きさだ。

 長島とはその昔は七島と呼ばれ多くの中州の総称であり、いつしか言葉が訛って長島となったと言われている。

 その島のひとつが一行の前に姿を見せたのだ。

 

「これが久遠の頭痛の種か。…………成程、風景にそぐわぬ無粋な姿をしておるわ。」

 

 長島には塀が巡らされ矢狭間鉄砲狭間が無数に確認出来、その塀の中に物見櫓が幾つも建っていた。

 塀の周りは枯れた葦が覆い被さっているが、その下は深い((泥濘|ぬかるみ))で迂闊に上陸すれば足を取られ身動きが出来なくなる天然の罠でとして長島の守り担っている。

 一向宗願証寺を中心にした一向一揆の拠点である長島の様相は、川に浮かぶ巨大な城と言っても過言では無い。

 

「先に使いを送り我らが通る事は了承させております。ですが油断は禁物。」

「仕掛けて来たら三千世界で返り討ちにしてくれる♪」

 

 一葉は明らかにひと暴れして憂さを晴らしたいという顔をしていた。

 

「一葉さま。中には行く宛ての無い無力な女子供も大勢居るのですぞ。そこをお忘れ無きように。」

「むむむ………そうであった………」

 

 一向宗が行っている民の救済は一葉も認めている。

 長く続く乱世の中で、自衛の為に武力を持つ事も理解出来る。

 しかし、これから九州で鬼との大決戦をするのに、背後に叛乱の火種を残すのは不安だった。

 

「願証寺は所詮枝葉に過ぎません。大樹の根を押さえてしまえば大丈夫でございますよ♪」

「主様を顕如に会わせねばならんか……………本心を言えば会わせたくはないの。」

「そこは他の正室の方々が祉狼さまを守って下さいますよ♪」

 

 連合は祉狼が日の本の王だと広く認めさせる為にも一向宗を味方に付ける必要が有る。

 それは一向宗には『王法為本』という統治者を助ける為に協力する教えが有るからだ。

 つまり一向宗が協力すれば祉狼を日の本の王だと認めた事を意味するのだ。

 尤もその見返りに、顕如が祉狼の正室になると言って来るかも知れないと一葉は懸念していた。

 そんな事を悶々と一葉が考えながら長島を眺めている時、塀の向こうから歌声が聞こえて来る。

 

『『『かーわるんだ!変わるんだ!優しい国にーー!ゆーくぞ僧侶戦士!((下間ョ旦|しもつまらいたーん))!!』』』

 

 冬の寒空の下の物々しい砦から聞こえた場違いな明るい歌声に一葉の目が点になった。

 

「なんじゃ、この歌は?」

「下間ョ旦は本願寺の将でございますな。噂では剛力で有りながら智にも優れ、下々にも慕われる良き将だとか。あの歌はョ旦を称える民の声なのでしょう。………しかし、長島に派遣されていたとは………」

「連合が長島を攻めるのではと本願寺が警戒したか………」

 

 だとすれば自分達は誘い込まれたかと一葉の目が鋭くなる。

 視界の先に長島の塀が途切れた船着き場と見える場所を捉え、そこに大勢の人影が確認出来た。

 しかし、一葉は全員が非武装であり、僧侶は全員が法衣を着て袈裟を掛けているのを見て警戒を緩める。

 

「旅の御方に申し上げるっ!」

 

 僧侶の中で一際背が高く筋骨隆々とした、敢えて言うなら貂蝉の様な体つきの尼僧が声を高らかにした。

 

「我が名は下間ョ旦!先日は御方の良人君にこの長島に蔓延した風邪を治療して頂き!誠にっ!深く感謝を申し上げるっ!!」

 

「なんじゃとっ!?」

「これはまた…………」

 

 一葉と幽は初めて聞かされた話に目を丸くして驚いた。

 

「まあ……我らが良人殿であれば病人と聞けば何処へでも飛んで行きますからな。岐阜城からここまで良人殿の脚ならばさほどの距離でも有りませんし………」

「主様にはこの木曽川の流れも平地と変わらんしの…………」

 

 そして、祉狼がいつもの様に川面の上をその身ひとつで渡り、人々の病を次々と治して行く姿を想像して納得した。

 

「更に此度は薬と糧食まで頂きました事!皆深く感謝しております!」

 

「その様な物を贈ったのか?」

「ひよ殿の手配でございますよ♪書状にはひよ殿の名が記されておりませんでしたので、それがしが代わりに愛妾筆頭木下藤吉郎秀吉と書き加えておきました♪」

「うむ!でかした!」

「お褒めに預かり光栄の至り!」

 

 こうしてひよ子の与り知らぬ所で勝手に評判が上がっていくのだった。

 

「それでも向こうは余が何者から気付いておるようじゃの。」

「川を下るのは連合盟主の奥方で南禅寺の方とその護衛と伝えておりますれば、下間殿ならば気付かれましょう。」

 

 南禅寺とは一葉が幼少期を過ごした寺で、世情に明るい者ならば『南禅寺の方』で誰の事か察しが付いた。

 良将と聞こえた下間ョ旦が知らぬ筈が無いのだ。

 そんな会話をしている間に船団は長島の横を抜けて行く。

 

「旅の無事とご武運を祈願しております!いつか虹色の街道を共に歩める日を願っておりますぞ♪」

 

 下間ョ旦の声に合わせ、一同が合掌して深々と頭を下げた。

 

「ふむ、虹色の街道とは面白い事を言うの♪」

「これは長島から石山に連合への参加を進言するとの事でしょうな。」

「本に主様とひよの手柄じゃの♪ひよには余から褒美として業物を渡すとするか♪」

「それは良うございますな♪改姓の祝いにもなりますので、ひよ殿も今度は快く受け取ってくれるでしょう♪」

 

 以前ひよ子に脇差しを贈ろう賭したら泣きそうになりながら断られたので、今度こそはと一葉は妙な闘志をも燃やしていた。

 その時、背後の長島からまた歌が聞こえて来る。

 

『『『正義を秘めてー!勇気に燃えてー!ゆーくぞ!浄土真宗っ!南無阿弥陀仏っ!!』』』

 

「……………………………色々と大丈夫なのか?一向宗は………」

「民に判り易くが顕如殿の考えみたいですから宜しいのでは?」

 

 幽は一葉の問いに笑って応え、二人を乗せた船と足利衆の船団は河口から海へと漕ぎ出して行くのだった。

 

 その姿を見送った一向宗の僧侶と門徒の中、下間ョ旦は願証寺住持の顕忍に語り掛ける。

 

「あの御方が剣聖と謳われる公方様にあらせられます。いかがでしたかな?」

「はい………美しい………まるで炎の様な方でした。」

 

 振り返った顕忍は祉狼よりも年下の少女だった。

 剃髪はしていないが髪を短く刈り込んでいる。

 

「わたくしもあの方の様に祉狼さまの妻になれるでしょうか………」

 

 頬を染めて伏し目がちに呟く姿は、今目の前を通り過ぎた一葉の妹の双葉とよく似ていた。

 先日祉狼が治療にやって来た時に顕忍も風邪の治療をして貰っており、その時に一目惚れしてしまったのだ。

 一向宗の戒律には婚姻の禁止が無いので、顕忍が祉狼の妻になる事も可能である。

 

「その為にも顕如上人に連合への参加を進言せねばなりませんな♪尤も祉狼さまとお会いになれば首を横に振る事はありますまい♪」

「そうですよね!世間では祉狼さまを薬師如来の化身と言われていますが、わたくしは阿弥陀如来の化身と確信しております!南無阿弥陀仏とは阿弥陀如来に帰依するという意味!浄土真宗の門徒が祉狼さまに従うのは当然のことなのですっ!」

 

 下間ョ旦は顕忍の言葉が恋する少女の妄信的な考えだと判っている。

 それ故に微笑ましく、力になりたいと思った。

 石山本願寺から対信長として顕忍を補佐する為に派遣されたョ旦だが、今ではこの歳で両親を亡くし住持を継いだ顕忍を妹か娘の様に思っていたのだった。

 

「それではその想いの丈を文にしたため、顕如上人へ送りましょう♪」

「はい♪」

 

 二人は希望に満ちた心持ちで願証寺へと戻って行く。

 それは長島の一向宗門徒全員も同じ気持ちであり、皆が祉狼に傾倒していた。

 長年に渡って久遠を悩ませてきた問題を、祉狼は自覚無く解決していたのだった。

 

 

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 一葉と幽、そして護衛の足利衆五十人は大型の船に乗り換え、伊勢湾を伊勢松坂の湊へと進み、そこから馬で大河内城へと向かった。

 

「ここまで来たのなら伊勢神宮も詣でたいところですな。」

「それは主様と双葉もおる時の楽しみに取っておく。今はさっさと具教の事を片付けて主様の元へ戻りたいわ。」

「それもそうですな…………どうやらそれがしも無意識に現実逃避しておりますようで………」

 

 幽には珍しく憂鬱な表情で本気の溜息が出た。

 それでも冬の田畑や山々の風景の中を大河内城へと優雅な手綱さばきで進んで行く。

 

「おそれながら、細川様。」

 

 足利衆のひとりが幽に馬を寄せて来た。

 それは京の山で祉狼と一葉に助けられた元野武士の者だ。

 

「どうしたでござるか?」

「いえ、その………本当に先触れを出さなくて宜しいのでしょうか?」

「大丈夫でござるよ。何しろ北畠具教殿は…」

 

 幽が言い掛けた所で、突然周囲の林から鳥の群れが一斉に声を上げて飛び立って行った。

 

「もうこちらに気付いて向かって来ておりますからな。」

 

 肩を竦める仕草をして道の先を見ると、朦々と上がる土煙が近付いて来ていた。

 

 

「かぁああああ!ずぅううううううっ!はぁああああああああああああっ!!」

 

 

 その大音声は土煙の方角から聞こえた。

 まだ結構な距離が有り、護衛の武士達にはその姿が判別出来ていない。

 一葉と幽には当然見えており、それは太刀を手にした袴姿がこちらに向かって走る人影。

 二人より少し年上の女性が件の北畠具教本人だった。

 

「お前達は下がっておれ。」

 

 一葉はそう言うと腰に佩いた愛刀大般若長光をスラリと抜き放つ。

 

「公方様!我等足利衆は公方様の護衛にございます!それがどうして退く事が出来ましょうっ!」

 

 食い下がったのは先程馬を寄せた武士で、名を((下津権内一通|しもつごんないかずみち))といった。

 

「権内、心配は無用♪今は公方様のお言葉に従いなさい。こんな所で其方達を失う訳にはいかないのですからな♪」

「はっ………」

 

 権内は幽の自分達を気遣う言葉に感動して、目頭を押さえながら頭を下げて退いた。

 

「さて、どうした物かの、幽よ。流石に一之太刀をいきなり使って来るとは思わんが……」

「秘剣一之太刀をこの目で見とうございますが、如何に我が侭な姉弟子とは言え卜伝様の言い付けを守る分別くらいは有りましょう。」

 

 幽が澄まして述べると一葉の心が決まった様だ。

 

「うむ。ならば………………三千世界っ!」

 

 一葉は走って来る北畠具教に対して容赦無く異界から呼び出した刀剣を百本近く叩き込んだ。

 

「ぎゃぁああああああああああーーーーーーーーーーーーーっ!!」

 

 

 

 刀剣の群れが異界に戻った後には、北畠具教が田んぼのあぜ道に潰れたカエルの如く倒れていた。

 

「おお!あの攻撃を凌ぎきるとは流石、師より奥義を相伝されし者じゃ!」

 

「阿呆かぁああああああああっ!危うく死にかけたわっ!!」

 

 具教は跳び起きてツッコミを入れた。

 

「久しいの、鈴鹿♪」

 

 一葉はそのツッコミを笑顔と具教の通称を呼ぶ事で受け流す。

 

「和やかな顔して誤魔化すなっ!この色ボケ公方がっ!!」

「色ボケ………?」

「おう!聞いておるぞ!田楽狭間の天人とか言っとる孺子に惚けておるそうじゃな!」

「鈴鹿の耳にも届いておったか♪山に入って鬼退治をしておったと柚子から聞いていたから知らぬと思っておったぞ♪」

「その柚子から聞いたんじゃっ!しかも色ボケのくせして剣聖将軍だと!?剣聖とは我等が師、塚原卜伝様の称号じゃ!」

「剣聖将軍?…………剣豪将軍なら耳にした事はあるが、それは余も初耳であるぞ?」

「色ボケは否定せんのか!」

「おお!そうじゃな♪余は主様惚けではあるが、色ボケではないぞ!」

「今更取って付けた様に否定するな!大体、その『ぬしさま』が問題じゃっ!聞けば六角承禎の様な婆から長尾や松平の次期当主の童まで嫁にしておると聞いたぞっ!ただの色餓鬼ではないかっ!」

 

 一葉の顔から和やかさが消え、剣呑な凰羅が全身から滲み出す。

 

「北畠具教…………余をどう蔑もうと構わぬ…………しかし…………」

 

 カッと目を見開き憤怒の形相で鈴鹿を睨んだ。

 

「主様を侮辱する事は例え姉弟子であろうと決して許さぬっ!」

 

 言うが早いか、一葉は大上段から大般若長光を鈴鹿の脳天を割る勢いで振り下ろした。

 

ガキィィイイイイイイン!!

 

 一葉怒りの一撃を太刀の鍔元で受け止め、鈴鹿はニヤリと笑う。

 

「そんな一撃で我に届くと思うか!」

 

 ここからは激しい剣の応酬だった。

 遠巻きに見ている足利衆には刃のぶつかり合う音は聞こえど剣捌きはおろか二人の動きすら目が追い付かず、ただ唖然とするしかなかった。

 その中で幽ひとりが落ち着き払って二人の剣戟をまるで花を愛でる様に眺めている。

 

「こうしてお二人が刃を交えているのを見ていると、卜伝先生から教えを頂いていた頃を思い出しますなあ♪」

「あのぅ………このまま黙って見ていて良いのでしょうか………」

「大丈夫ですよ♪何のかんの言っても公方さまは楽しんでおいでです。北畠どのも己と同格の者と打ち合う機会を喜んでますし♪」

 

 言われて権内は己の未熟さを恥じ、自分も一葉の心情を読み取れる様にならねばと二人の剣豪の表情に注視する。

 

「そもそも一葉の御家流は卑怯だろうがっ!無数の武具を呼び出して飛ばしてくるとかっ!」

「足利の御家流は戦用じゃ!一騎討ち用ではないわっ!」

「さっき我ひとりに向けて放ったではないかっ!」

「全て峰打ちじゃ!それに大した怪我なぞしておらんではないか!鬼でも死んでておかしくないのに貴様は鬼以上の化け物かっ!」

「殺す気満々かっ!やはり一之太刀で真っ二つにしてやればよかったわっ!」

 

 剣戟を繰り返しながら口喧嘩も止めない二人を、権内は幽が言った様に互いに楽しんでいるとは全く思えなかった。

 

(う???ん………お上の方々は本心を隠して言葉を交わす物だが…………あの言い合いはどっちも本心に聞こえるんだよなぁ………)

 

 そんな外野の感想などお構い無しに一葉と鈴鹿の口喧嘩は続く。

 

「卜伝師匠から相伝されし一之太刀!この目でしかと見届けてやろうではないかっ!」

「幽が見ている前で出せるかっ!一葉を斬ってもあやつが見て覚えたら我が師匠に怒られるわっ!」

「そんな簡単に覚えられるのか?一之太刀とは?」

「お前と幽だからだっ!同門で同じ修行をしてきたお前らなら一度見れば察しが付くに決まっておろうがっ!お前が若い男と乳繰り合っている間も鬼を相手に磨きに磨いた我が秘剣…………チクショウッ!!我だって男と愛を語らってみたいわっ!」

「何じゃ?貴様も未通女を拗らせた口か?まあ、碌でもない白塗りのバカ息子を押し付けられれば断る気持ちも判るが……」

 

 激しかった攻防が、突然鈴鹿が退いて止まった。

 しかも鈴鹿は顔を伏せ、攻撃の意思が完全に消失している。

 

「……………………ナインジャ…………」

「あ?よく聞こえんかったぞ。」

 

「我には縁談の話が一度も来た事が無いんじゃっ!!」

 

 思いっ切り涙目になって叫ぶ鈴鹿に、一葉は返す言葉を失った。

 

「子供の頃は確かに我より強い男でなければ婿にしないと言っておったがあんな物は子供の戯れ言ではないかっ!それを真に受けて全く縁談を持って来んとはどういう了見じゃっ!妹の柚子はもう何十と縁談が舞い込んでおるし織田信長まで我を避けて柚子に同盟の話を持って行きよるっ!何じゃっ!我のどこが気に入らぬのじゃっ!」

 

 食って掛かる鈴鹿から顔を背け、一葉は幽に視線で助けを求める。

 幽はやれやれと肩を竦めてから鈴鹿に言葉を掛けた。

 

「鈴鹿どの。織田弾正忠どのは繋ぎを頼まねばならぬから先に柚子どのに接触したのでございますよ。それに織田どのがいきなり鈴鹿どのの所に家臣を使いとして寄越したらどう思われますか。」

 

「成り上がりの礼儀知らずの田舎者と………………」

 

 反射的に出た答えを皆まで言う前に固まって冷や汗を垂らす。

 自分でも理不尽な対応だと気付いたらしい。

 

「お判りになりましたかな?少しは柚子殿を見習いなさいませ。」

「それでも気に入らんのじゃっ!」

「…………はぁ………ホント我儘なんですから…………何で卜伝先生はこんな人に一之太刀をお教えになったのやら………」

 

 幽も呆れて溜息が出た。

 

「それは我がお主等より剣の腕が上だからであろう。」

「我儘が通らない鬱憤を修行で発散してただけでしょうに………それでそれがしや一葉さまより強くなっちゃうんですから、どんだけ我儘なんだか………」

「はっはっは♪我儘も心の強さの表れよ♪力も強くなければ我儘も通らんからな♪」

「そんなだから誰も縁談を申し込まないんですよ。」

「う……………」

 

 ちょっと良くなった鈴鹿の気分が幽の辛辣な一言でまた奈落に落とされる。

 

「し、しかし我儘なのは一葉もであろう!何故一葉には良人ができて我にはできぬ!理不尽じゃ!」

「人の出会いは運でございますからな。それに鈴鹿どのは先程我等が良人殿を孺子と貶められた記憶しておりますが?」

「仕方無かろう!我は噂程度しか耳にしておらんし、噂を鵜呑みにするほど我は愚かではないぞ!」

「それは当主として正しい判断ですが、草を放って情報は聞いておいででしょう?」

「山に隠って鬼退治に明け暮れておったからその辺りは柚子に任せっきりじゃった。」

「いやいや、その柚子殿から聞いているしょう!京の異変も聞いて帝の仇討ちに九州へ向かおうとしていると柚子殿がおっしゃってましたよ?」

「我が信じたのは京の異変だけじゃ。三好のクソ三人衆が鬼になって二条を攻めたのも聞いておる。その裏にザビエルという南蛮人がおったのもな。じゃから今回の京の異変もザビエルの仕業であろうと我は察した!更に九州が鬼ヶ島の様に成り果てておると聞き及べば、ザビエルが九州に居ると見るのは当然であろう!」

 

 得意気に胸を張ってドヤ顔をしている鈴鹿を幽と一葉は疲れた顔で見て溜息を吐くしかなかった。

 

「幽よ。この独り善がりの判らんちんに主様の偉業を説明してやれ。」

「はあ…………致し方ありませんな。宜しいですかな、鈴鹿どの。我等が良人君華?伯元祉狼さまは……」

 

 幽はまるで子供にお伽噺を聞かせる様に鈴鹿へ語って聴かせた。

 初めは胡散臭げにしていた鈴鹿だが、次第に幽の語る祉狼の活躍に引き込まれ、いつの間にか目を輝かせ前のめりになっていた。

 

「おおっ♪見事ザビエルを倒したかっ♪帝の仇を討つとは天晴れな少年ではないかっ♪」

「いえ………帝は亡くなられておりませんよ。」

「何じゃとっ!?………おおっ!連合が帝を京から落ち延びさせたのじゃな♪」

「いいえ、そもそも京は三好三人衆の二条襲撃以来、鬼の侵入を許しておりません。」

「しかし、柚子が京は荒れ野原となっていたと言っておったぞっ!」

「それはそれがしもこの目で見て参りました。荒れ野原と言うより全く手付かずの原野と言った方が的確でしたが。その理由も判明しておりますので、先ずは話の続きをお聞き下さいませ。」

「お、おう………」

 

 幽は祉狼がザビエルを倒した後に起こった罠の発動とその回避の顛末を語った。

 

「では消えたのは京ではなく我等であるのかっ!?」

「そういう事です。ですがこうしなければ我らの居た世は三千世界より消え失せていたのですから………鈴鹿どのは祉狼さまを責められますかな?」

 

 幽の懸念はそこだった。

 性格はともかく、鈴鹿は間違い無く超一流の剣術使いだ。

 祉狼の行いが許せないと正面から勝負を挑まれたら、祉狼は間違い無く受けるだろう。

 いくら祉狼が強くとも、正面から当たれば秘剣一之太刀で真っ二つにされるのは間違いないと幽は考えている。

 だからと言って幽と一葉が会いに来なければ鈴鹿は勘違いしたまま九州へひとりで鬼退治に向かい、圧倒的な数の鬼に囲まれて殺されるか、最悪鬼の毒を受けて武田信虎や佐竹義重の様に鬼と成ってしまうに違いない。

 無尽蔵な鬼の体力で一之太刀を振るい続けられるのもゾッとするが、姉弟子を鬼にしたくないという純粋な心配の方が幽と一葉には強かった。

 事情を話した結果、鈴鹿が祉狼を責めると言うのであれば是が非でも説得するつもりだ。

 場合によっては命懸けになる事も覚悟の上で。

 

「そういう事情で有るならば致し方あるまい。」

 

 しかし鈴鹿の反応は拍子抜けするくらいあっさりと受け入れる物だった。

 

「鈴鹿どのはそれで宜しいので?」

「おい、幽。貴様は我が英雄を讃える心を持たぬ狭量な小人者と思うておるのか?」

「今までの行いを鑑みれば然り。」

「ぬおっ!こんな時ばかり歯に衣着せぬ事を言いおって………」

 

 鈴鹿は幽の指摘に抉られた心の傷を押さえる様に胸に手を当て苦い表情で睨んだ。

 その程度の反撃には全く怯まず、真剣な顔で幽は更に問い掛ける。

 

「では、我ら連合は華?伯元どのを新たな日の本の王とすると決定致しましたがそれに否はございませんか!」

 

「それは即答できぬ。」

 

 きっぱりと答えた鈴鹿の顔は北畠家当主権中納言の顔であった。

 

「例え異界であろうともここは日の本である。天皇家の血筋に繋がらぬ者を王に迎えるなどご先祖様に申し訳が立たぬわ!」

「それでしたら問題ございません。華?伯元どのの御母堂は北郷二刃さまと申され、島津の流れを汲む北郷家の方。島津家はご存知の通り清和源氏の家系でございますから。」

「おお!なれば後は為人じゃな♪実際に会うて確かめてやろう♪」

 

 先程は厳しく言ったが本音は幽の語りを前のめりになって聞く程興味をそそられていたのだ。

 源氏の血を引くという情報は祉狼を認めるのにこれ以上無い切欠と鈴鹿は飛び付いた。

 しかし………

 

「いや、もう良い。お前はひとりで九州へ行け。」

 

 今度は一葉が不機嫌な顔で鈴鹿を突き放す。

 

「なんじゃとっ!?」

「ちょっ!一葉さまっ!?何を仰るんですかっ!」

「幽よ!此奴を連れ帰って主様に会わせてみい!結果なぞ考えるまでもないわっ!」

「…………それはまあ……………」

「いらぬ恋敵を増やすくらいなら本人の希望通りこの桃太郎を鬼ヶ島に見送った方がマシじゃっ!」

「いやいやいや!それでは万が一に鈴鹿どのが鬼の毒に冒され鬼となってしまったらどうするんですか!」

「その時は余を筆頭に連合全ての御家流を全力で浴びせて塵ひとつ残さず成仏させてやるわっ!」

「そうまでして我を亡き者にしたいかっ!だがそうはいかんぞっ!我は意地でもかの少年に会うてやるっ!」

 

 そう怒鳴ると鈴鹿は一葉と幽に背を向け走り出した。

 

「連合が目指すは無人となった京!そして次は大坂であろう!先回りしてやるわっ♪」

 

 更にそう言い残し、また土煙を上げて紀伊の山の中へ一直線に走り去って行く。

 

「皆の者!急げ!奴を追うぞっ!」

 

 一葉も足利衆に向かって叫ぶと馬に飛び乗り走り出した。

 突然の急展開に足利衆は驚くが、忠誠心の厚い彼らは即座に反応して一葉の後に続く。

 勿論、幽も一葉の後ろにピタリと着けて馬を駆け出していた。

 

「細川様!権中納言様はまさか……」

 

 権内は自分の考えが読み違えである事を願って問い掛ける。

 

「ええ!山中を突っ切って大坂、石山本願寺に向かう気です!」

 

 しかし、返って来た答えは自分の想像通りだった。

 

「そんなっ!鬼は………ご自身が根切りにされたんでした………ですが獣や落ち武者狩りもおりましょう!」

「獣は食糧、落ち武者狩りは路銀を運んでくる獲物だと思ってるんですよ。あの御仁は!」

「無茶苦茶な………」

 

 そう呟いてから権内は自分の主が京で行っていた事を思い出す。

 

(こんな性格じゃないと塚原卜伝様の直弟子になれないのか?いや、細川様も今川の姫様も姉妹弟子だから関係無いか………………って言うか、卜伝様は性格を無視して剣の才能だけで弟子を決めてるんじゃないのかっ!?)

 

 権内を始め足利衆の全員が同じ事を思いながら一葉と幽に従い、共に北畠の当主を追い掛け伊勢の山中に突入して行ったのだった。

 

 

 

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あとがき

 

 今回の投稿が大変遅くなりまして申し訳ございませんでした。

 実は父親が倒れ救急車で運ばれ入院してしまい、その看病などで時間的にも精神的にも執筆が進まない状況となっております。

 今後の投稿もペースが遅くなると思いますが、何卒ご容赦ください。

 

 

 

《オリジナルキャラ&半オリジナルキャラ一覧》

 

佐久間出羽介右衛門尉信盛 通称:半羽(なかわ)

佐久間甚九郎信栄 通称:不干(ふえ)

佐久間新十郎信実 通称:夢(ゆめ)

各務兵庫介元正 通称:雹子(ひょうこ)

森蘭丸

森坊丸

森力丸

毛利新介 通称:桃子(ももこ)

服部小平太 通称:小百合(さゆり)

斎藤飛騨守 通称:狸狐(りこ)

三宅左馬之助弥平次(明智秀満) 通称:春(はる)

蒲生賢秀 通称:慶(ちか)

蒲生氏春 通称:松(まつ)

蒲生氏信 通称:竹(たけ)

六角四郎承禎 通称:四鶴(しづる)

三好右京大夫義継 通称:熊(くま)

武田信虎 通称;躑躅(つつじ)

朝比奈弥太郎泰能 通称:泰能

松平康元 通称:藤(ふじ)

フランシスコ・デ・ザビエル

白装束の男

朝倉義景 通称:延子(のぶこ)

孟獲(子孫) 真名:美以

宝ャ

真田昌輝 通称:零美

真田一徳斎

伊達輝宗 通称:雪菜

基信丸

戸沢白雲斎(加藤段蔵・飛び加藤) 通称:栄子

小幡信貞 通称:貝子

百段 馬

白川 猿

佐竹常陸介次郎義重 通称:美奈

浅野寧 通称:ねね

木下長秀 通称:小竹(こちく)

加藤清正 通称:虎

福島正則 通称:檜(ひのき)

前田慶次郎利益 通称:似生(にう)

松風 犬

前田利久

柳生但馬守宗厳 通称:舟(ふね)

木造左近衛中将具政 通称:柚子(ゆず)

載斯烏越(さしあえ) 通称:撫子(なでしこ)

石田佐吉三成 通称:羽多(うた)

大谷紀之介吉継 通称:小矢(こや)

下間ョ旦

願証寺顕忍

北畠権中納言具教 通称:鈴鹿(すずか)

下津権内一通

 

 

 

次の投稿は本編其の二となる予定です。

 

 

今回はPixiv版とtinami版共に同じ内容になっております。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8208670

 

 

説明
大変遅くなりまして申し訳ございません。
理由はあとがきにて説明させていただきます。

今回は一葉と幽のお話になります。

これは【真・恋姫無双 三人の天の御遣い】から続くシリーズです。
戦国†恋姫の主人公新田剣丞は登場せず、聖刀、祉狼、昴の三人がその代わりを務めます。

*ヒロイン達におねショタ補正が入っているキャラがいますのでご注意下さい。

戦国†恋姫オフィシャルサイト:登場人物ページ
http://nexton-net.jp/sengoku-koihime/03_character.html

戦国†恋姫Xオフィシャルサイト:登場人物ページ
http://baseson.nexton-net.jp/senkoi-x/character/index.html
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コメント
味野娯楽さん>ありがとうございますm(_ _)m 恋姫のラジオで心を癒したいと期待しています(*´∀`*)(雷起)
もう直ぐ恋姫のラジオが始まりますし、新作の恋姫も発売されますね、楽しみでしょうがありません。父親の回復をせつにお祈りしています。(味野娯楽)
殴って退場さん>イッパツマンもゴールドライタンと同じ山本正之さんの曲ですよね。自分も大好きです(*´∀`*) 山本正之さんと言えば「戦国武将のララバイ」という曲が有るのでオススメですよ(^ω^)(雷起)
匿名希望さん>ありがとうございますm(_ _)m 恋姫ラジオ楽しみっです。自分がネットラジオを聴き始めたのは真恋姫のラジオだったので特に感慨深いですね(*´∀`*)(雷起)
YouTube見て思い出しましたw。では次はリズムよさそうな懐かしいシリーズでイッパツマン当たりでww。(殴って退場)
お父様の快復をお祈りいたします。また、ご自身の健康にも十分ご留意ください。話は変わりますが、恋姫の新しいラジオ楽しみですね!(*^_^*) (匿名希望)
匿名希望さん>ありがとうございますm(_ _)m(雷起)
Ohatiyoさん>ありがとうございますm(_ _)m(雷起)
味野娯楽さん>ありがとうございますm(_ _)m(雷起)
匿名希望さん>ありがとうございますm(_ _)m(雷起)
神木ヒカリさん>きっとひよは崇められて涙目でアワアワするんでしょうねw(雷起)
終の竜さん>ありがとうございますm(_ _)m(雷起)
殴って退場さん>塚原卜伝は自分の中でキャラが固まったら出てくると思います。(雷起)
一向宗の歌はあとがきで説明できなかったのでここで補足させていただくと、古いアニメで『ゴールドライタン』という作品がありまして、そのOPの替え歌となっております。去年AT−Xで再放送をしてたのでついw(雷起)
殴って退場さん>一向宗の歌は機会が有ったらまた出したいと思いますw(雷起)
励ましのコメントを下さった皆様に先ずはこの場にてお礼申し上げます。本当にありがとうございました。(雷起)
親父さんを大事にしてやってほしいと願う反面、続きが見たいというジレンマ(匿名希望)
お大事にしてください。(ohatiyo)
色々大変な時に投稿お疲れ様です。看病しながらの投稿は正直無理せずに、マイペースで良いと思います、看病疲れにならない様にして下さい。(味野娯楽)
色々大変だな。まぁでも本編は見事完結したし、続きは急ぐ必要はない。リアル優先は当たり前だしな。(匿名希望)
民草に崇められて、戸惑うひよ子の図が想像できた。 お父さんの看病大変だと思いますが、介護疲れで倒れないよう気を付けてください。(神木ヒカリ)
今回のとても面白かったです。お父さんのことも大変ですが、雷起さん自身の体調も気を付けて無理を為さらないで下さい。(終の竜)
まずはお父さんの方を優先にして健康に留意して下さい。あと今回はまた面白い回でw歌は今後一向宗の歌シリーズ出来たりしてww鈴鹿のキャラはとても当主とは思えないほどの暴走キャラで、これで鈴鹿や一葉たちの師匠である塚原卜伝はどれだけ強いか想像出来ないww(殴って退場)
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