【閑話休題・5】
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[あかいゆうしゃのはなし]

 

空は漆黒に染まり、瞬く星と大きな月が浮かんでいた。

この時間になれば客足は途絶え、表通りからも人は消える。

そろそろ店を閉めようかと遅い時刻を示す時計を眺め、ボクはカウンターから立ち上がった。

今日の売り上げは上々だと満足げに微笑み、在庫の確認をして足らないものをメモしていると突然カランカランと店のベルが鳴る。

反射的に自分の口から「いらっしゃい」と言葉が飛び出て、顔は入口へと向き直った。

 

「まだやってるか?」

 

入口には、赤い炎のような鎧を身に付けた騎士さんが店内を覗き込むように立っている。

大丈夫だよと手招きすれば、嬉しそうな表情で赤い騎士さんが入店してきた。

この人は近くのお城にいる騎士のひとりで、見回り担当なのか結構頻繁に街に来る人だ。

その城とはついこの間少しばかりトラブルがあって、白い騎士さんに土下座されんばかりの謝罪を受けたがまあ概ね良好な関係を築いている。

件の穴埋めなのか大口契約ゲットしました概ね良好な関係ですラッキー。

そのせいか騎士さんたちからの利用率が以前よりも増えていて、ボクとしても嬉しい悲鳴を上げているのだけれど、それ以前よりもこの人は頻繁にウチの店を利用してくれている。

彼はバーンという名前なのだが、所謂「常連さん」というカテゴリーに入るのだろう。

そんな常連さんに対してさし当たりのない話題を投げつつ、ボクは棚の奥から小さな包みを取り出してバーンさんに差し出した。

 

「こちらでいいかな?」

 

包みを開いて中を確認してもらえば、バーンさんは嬉しそうに顔を綻ばせコクコクと頷く。

店のものがこんなにも求められて買われていく様は商人冥利につきるというもの。自然とボクも笑顔となって、いつもの通り、品物に厳重なラッピングを施そうと手を伸ばした。

今日の包み紙はこれかなといくつか見比べ選び出し、パタパタと品物を包んでいく。

そんな作業をしている最中、ウキウキしながら待っているバーンさんに向けてボクは軽く問い掛けた。

 

「見回りついでに買いに来れば良いのに。こんな遅くに出て来るのも大変でしょ?」

 

利用頻度が高いとはいえ、バーンさんが来るのは毎回毎回夜遅く。そろそろ店じまいをするかな、というタイミングで訪れる。

まるで人目を避けるように。

まあ毎回毎回買うものに厳重なラッピングし、何を買ったかわからないようにさせるのだから心情はだいたい把握してはいるけども。

ちらりと顔を上げバーンさんを見れば、彼は少し顔を赤くして目を逸らしながら「だって」とモゴモゴ言葉を濁した。

 

「…恥ずかしいじゃないか、こんな子供向けの本を読んでいるなんて」

 

はい、彼が夜中にこそこそ買い物に来る理由はこれです。

店をやっているこちらからすれば、別に男性がベッタベタな少女漫画を買おうが、女性が凄まじいエロ本買おうが、御年配の方がお洒落グッズ買おうが、子供が…あ、これは流石に止めるな、まあとにかく、誰が何を買ったかなんてあまり気にしないのだが。

当人としてはかなり引っかかるものがあるらしい。

しかしながら、

 

「…男児向けのヒーローものの本なら、他人に見られても別に平気じゃないかなあ」

 

「それ本当に子供向けなんだよ。ひらがなが凄く多いタイプの」

 

と恥ずかしそうに困った顔で頬を掻くバーンさん。

そう、バーンさんが毎回毎回注文し夜な夜な買いに来るのは、子供向けの英雄が活躍する物語の本。最近の流行り物から古い童話に至るまで、複雑さはあまりないタイプの「強い英雄が悪を倒し伝説になりました」系のベタな話。

恥ずかしそうにしているがバーンさんは、それでも目がキラキラしていた。

第三者から見たら「ああ本当に好きなんだなあ」「本当に好きで確保したいんだなあ」と思うくらいは。

前は『選ばれし少年たちの冒険』、その前は『少年騎士王』、その前は『ナントカ戦記』だったかな。

ボクも、バーンさんが注文してくるようになって初めて「あれ、英雄系の本ってこんなにあったのか」と気付いた。

さて、今回のは何だっけ。

 

「…『でんせつのゆうしゃ』、ああ本当だタイトルからしてひらがなばっかだねー」

 

「…口に出さないでくれるか…?」

 

絵本に近いタイプの本かなとボクが言うと、バーンさんは顔を手で覆い隠しつつも、ちらりと見える場所から判断するに身に付けている鎧に負けないくらい顔を赤くしている。

しまったお客さんに恥をかかせてしまった。

ヤベーと心の中で思いつつも表情は崩さずボクは言葉を探す。どうフォローしようかと頭を回転させ、飛び出た言葉が

 

「…そう?面白そうじゃない。どんな話なの?」

 

だった。

ボクはこの言葉を後悔することとなる。

何故って、この言葉を聞いたバーンさんはキラリと目を輝かせ前のめりになりながら本の内容を語り始めたからだ。

こっそりと子供向けの本を読んでいるせいか、それについて語り合える仲間がおらず、日々モヤモヤしていたのだろう。

たまりにたまった語りたい欲が爆発したらしい。

怒涛の語りに押されながら、お得意様の話だしとボクはのんびり耳を傾ける。

でもこう1から10まで語っちゃうとボクその本読まなくてよくなるんだけど。

良いのかな?

 

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バーンさんの布教に近いナニカは予想以上に長く続き、今ではボクも読んだことのない本の主人公名やあらすじが暗唱できるくらいになった。

これ前バーンさんが買ってった本の続編だったのか、とかいうどうでもいい知識がインプットされました。店に並べるときはPOPつけてわかりやすくしとこう。

まだ語りたそうなバーンさんを遮るように、ボクは引き出しを開けメダルをひとつ取り出した。

これ以上は明日の仕事に支障が出るので勘弁願いたい。そう暗に含めつつ、取り出したメダルをバーンさんに手渡し、本の挿絵を示しながらボクは笑う。

 

「これあげるよ。この本の主人公のペンダントと似てるでしょ」

 

突然メダルを手渡され戸惑っていたバーンさんだったが、ボクが「お得意様サービス」だと言えば納得したように受け取った。

また欲しいものがあったら取り置いとくから今後ともご贔屓に、と付け足せばバーンさんは物凄く良い笑顔で頷き「タンタの部屋にペンダント用のフレームあったかな」と呟く。

どうやらこのメダルをそのフレームにはめ込んで、本当にペンダントにするつもりらしい。

…、まあ満足そうだからいいか。

嬉しそうなまま礼を言い帰っていったバーンさんを見送って、ボクも店を閉め看板をcloseにひっくり返した。

早く寝ないと明日ヘマをやらかしそうだと頭を掻いて、ボクは夜風の舞う真っ暗な街に背を向ける。

しかしまあ、どうやらバーンさんは、本に影響されてなのか割と本気で伝説になることを目指しているらしい。

 

「あの人なら本当になれそうだなあ…」

 

憧れに真っ直ぐな瞳で熱く語った常連さんの姿を思い出し苦笑しながら、ボクは店の扉に鍵を掛けた。

明日はどんなお客さんが来るかなと、少しばかり期待しながら明かりを消して仕事終わりの伸びをする。

 

欲しいものが何でも見付かる「アリバの店」

お得意様にはサービスします

お気軽に、どうぞ

 

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[あおいゆうしゃのはなし]

 

サザンと波が打ち寄せる白い砂浜で、木陰に座り込みながら、ぼくらはのんびりと情報交換をしていた。

ぼくの横に座るのは、魔王に国を滅ぼされた亡国の王子。

国は見るも無残な姿となったが、生き残った彼は仇を討ち、未来に向かって歩き出した。

「国を立て直す」と。

滅んだ国の再建だよ?凄くない?

彼は元々幼い頃からしっかりしていたタイプだったけれど、色々経験したせいか更にしっかりしてきたみたいだ。頼もしい。

頼もしすぎて逆に心配になるくらいは、頼もしい。

だから昔のぼくのように肩肘張りすぎて無茶をしないようにと、たまに今日のように息抜きに連れ出してはいるのだけれど。

 

「フロウはカキ氷、いちごとメロンどっちが好き?」

 

「味は同じでしょう?」

 

そう言いながらぼくの手から緑色のカキ氷を受け取り、フロウはしゃくとカキ氷を口に運ぶ。

「そうだけどさ」と苦笑し残された方を確保しながら、ぼくもカキ氷の冷たさを味わった。

なんというか、あれだよね。昔死ぬほど足下にあった氷が、こんな美味しくてさっぱりした甘い食べ物になるなんて不思議だよね。

時折氷の山を崩しつつのんびりとカキ氷を食べていると、フロウが思い出したようにぼくの方に顔を向けた。

 

「あ、そうだ父上…」

 

「はいはい、パパですよー」

 

パパと言われるほど年は離れていないが、彼の間違いにノッてみた。

さらりと返したせいかフロウは一瞬「あれ?」と不思議そうな表情となり、妙な間を空けたのちに間違いに気付いたのかじわじわと顔が赤くなる。

ユデダコのようになりながら「間違えました…っ」と声を絞り出す元王子を笑い背中を叩けば、フロウは顔を隠し「恥」と言わんばかりに耳まで赤く染めぷるぷると震えだした。

この子がここまで取り乱すのは珍しいなあと微笑ましく思っていたら、フロウは更に死にそうな表情となる。

しかしながら若干からかいすぎたらしい。その後たまたま高波が訪れたのを見て「ちょっと頭冷やしてきます」と飛び込もうとしたフロウを「いやいやいや落ち着いて落ち着いて」と慌てて引き止める羽目になった。

なんとかフロウの入水自殺を引き止めたぼくは、フロウを木陰に戻し深呼吸を促してみたがそれどころではないらしい。

放っとくと砂浜をのたうち回りそうだったので、気を逸らすためにぼくは彼の目の前にメダルを突き出した。

 

「パパから、頑張ってるフロウにプレゼント」

 

「だから…っ、って何ですかこれ」

 

「友達の泥棒からもらった。拾ったって」

 

「ドロッ!?」

 

気を逸らすのは成功したらしい。が、盗品横流しだと思われたのか、フロウに非常に驚いた顔をされる。

泥棒といっても悪いやつじゃないよ?と首を傾げれば「貴方から泥棒という単語が出ることに違和感が」とフロウは微妙な顔を向けてきた。

そうかなと首を傾げ返し「昔ゴタゴタしてたからね」と笑えば、フロウは察したように表情を曇らせる。

ぼくから当時のことをあまり詳しく話した記憶はないが、勉強熱心な王子さまは昔の騒ぎをちゃんと把握しているらしい。

昔は昔でゴタゴタしたし、ぼくも迷走しまくったけれど今はまあ良い思い出。というか今なら言えるけど当時のぼく若かったよね、迷走っぷりが異常。

今ではぼくも落ち着いて、色々と立ち回り方がわかるようになってきたけど。一応多分。たまに友達に突っ込み食らうけど。違うぼくがトロいんじゃなくて、きみがせっかちすぎるんだと思う。

…ちょっと脱線した。

まあ、そんな感じでぼくのほうは落ち着いたけれど、今は今でゴタゴタしていて少しばかり厄介事が残っていた。

この大陸で国を興そうとするフロウにとって、少しばかり厄介なことが。

だからぼくはメダルをフロウに押し付ける。

ぼくには必要ないだろうから。そして、フロウには必要だと思うから。

いいから受け取れとグイグイ押し付ければ、ようやくフロウは渋々といった風情でメダルを受け取った。

 

「ここら辺で何かあったら手伝うよ、そのメダルはそのあかし」

 

困った顔でメダルを眺めていたフロウは、ぼくの言葉に顔を上げ数回目をパチクリさせた後、何もないほうが嬉しいですが、と笑みを作る。

「雪の民の協力を得られるのなら僕としても心強い」とフロウは大事そうにメダルをしまい込んだ。

ちきんと受け取ってくれるようだ、よかった。

 

「では無くさないようにしなくてはいけませんね」

 

そんな事を言いながらフロウがやんわりと微笑む。

無くしても手伝うけどねと笑い返し、ぼくは大きく伸びをして眼下に広がる青い海に目を向けた。

太陽の光が反射してキラキラ輝く、広く大きな青い海。

昔見た禍々しい海とは似ても似つかない。荒らしていた化物たちが大人しくなったからだろうか。

色々と想いを含んだ息とともに、素直に海を賞賛する言葉がぼくの口から飛び出す。

 

「海キレイだねー」

 

「海が綺麗に見えるのは、貴方の心が綺麗だからですよ」

 

他愛もない言葉に対してさらっとそんなことを言われ、ぼくは思わず固まった。

今なんか普段聞かないようなロマンチックな台詞が聞こえたんだけどと声のしたほうに首を回せば、そこにいたフロウは普段と変わらない表情で座っている。

妙な顔となっているぼくをキョトンとした顔で迎え、「なんです?変な顔して」とゆるりと首を傾けていた。

冗談とかではなく、素で言ったらしい。

からかったとか、ふざけてとか、そんなんじゃないらしい。

この子素で言えるのかあんな言葉が。

口説き文句に限りなく近いと思うんだけど今の。

こんなのがさらっと言えるなら、そりゃ女性から人気出るよなあ。まあ同時に変なヒトからも執着されそうだけど。

うん、なんというか、

 

「…きみ本当に根っから王子だよね…すごいな…」

 

「? スノーさんも集落の長でしょう?」

 

集落の皆さんを守っているのだから貴方も凄いですよと微笑みながら言われたが、違うそうじゃない。そこじゃない。

元王族怖いと呆れつつ、ぼくはもう一度潮風の香るキレイな海に目を落とす。

心がキレイかはわからないけれど、昔と比べて心に余裕が出てきたのかもしれないなと、波の音に耳を傾けながらぼくはふとそんなことを思った。

 

 

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[きいろいゆうしゃのはなし]

 

夜、砂縛は寒さに包まれる。

普通の生き物であるならば活動は控え、次の日の暑さに耐えるための体力を温存するもの。まあこの砂縛は普通でない生き物も多いせいか、生き物の気配が消えることはないけれど。

ほらまた外からカラコロと骨の鳴る音がしている。骨の竜が活動しているのだろう。

 

そんな夜更けの隠れ家で、ガサゴソと雑音が響いていた。

泥棒でも入ったのだろうか、それともこの隠れ家が魔王軍に見つかったのだろうかと、ドキドキしながらあたしは武器を片手に頑張って気配を消しながら音のする部屋を探る。

音がしているのはこの隠れ家のリビングのような場所からだ。みんなで食事をしたり話し合いをするため、大きな机のあるところ。

薄っすら隙間の空いた扉から中を覗き込むと、部屋の中心が怪しくぼんやりと光っていた。どうやらランプの灯りのようだ。

そのランプの前で、怪しい影がちらちらと動いている。

もう少しで顔が見えそうだと、あたしは真っ暗な部屋でランプの灯りだけを頼りに不審な動きをしている人影を注視した。もちろん、武器を握り締めて。

じっと見つめていると、ぼんやりとした灯りの下で、怪しい人影の輪郭が浮かび上がる。

それを認識した瞬間、あたしは思わず扉を開けて、大きな声で怒鳴りつけていた。

 

「誰かと思えばロック!?こんな夜中に何してんの?!」

 

「うおあああ!?」

 

あたしの大声に負けないくらいの大声で、夜中にひとりでコソコソとしていたロックが悲鳴を上げる。

そんな大声出したら寝てるみんなが起きちゃうじゃない!

あたしはロックに詰め寄りながら口の前で人差し指を立て、静かにしろと仕草で示した。どうやらロックも気持ちは同じだったようで、あたしと同じように詰め寄りながら同じ仕草で「しーっ!」と声を漏らす。

薄暗い部屋の中で同じ格好をしてお互い注意し合う姿というのは、かなり滑稽だと思った。

 

みんなぐっすり眠っているらしく、先の騒ぎには気付かれなかったらしい。

また静かな夜に戻ったのを確認した後、あたしはロックに「何してたのさ?」と呆れたように問い掛けた。

何をしていたか、というよりは、何散らかしてんのさ?と言いたい気持ちにはなったけれど。

なんせ部屋の机の上は、ごちゃごちゃとガラクタが並べられていたのだから。

 

「ガラクタじゃねーし。魔王んとこからパチってきたやつだよ」

 

憤慨したように堂々と窃盗の告白をするロックをひとまず殴り、あたしはガラクタたちに目を落とす。

まあなんと言うか、ガラクタにしか見えない。何に使うの、というか何コレ、みたいな。

ジェイルあたりなら「お宝の山」とか言いそうだけどと、あたしはガラクタのひとつを手に取り首を傾げた。

空色の宝石が埋まった石。確かに綺麗だと言えなくはないが、飾るくらいしか用途が見出せない。

似たような赤い宝石の埋まった石もあるのねと、手に取った空色の石を横に並べた。うん、並べると綺麗かも。

あ、こっちの剣は使えそう。手持ちの部分が変な形してるけど。そして有り得ないほどボロボロだけど。

変なカタチのネックレスもある。真ん中の宝石が綺麗。小さくて可愛いし、こういうの欲しいな。

これは本かな、分厚いな。青色と緑色と紫色。古いせいか薄汚れていて、表紙の文字も読めやしない。

他にもまだごちゃごちゃあるけど、こんなものどうするつもりなのかしら。今は必要ないでしょうに。

そう呆れた目を向ければ、ロックは「テキトーに掻っ払っただけだし」と目を逸らした。

無計画にガラクタ増やすな。

しかもこんな古そうなもの。

呆れながらあたしはロックに言う。

 

「んでなんでこんな夜中にコソコソとドロボウの戦利品眺めてるの?」

 

「なんかトゲがあるな!…昼間出したらジェイルにソッコー取られるだろ?」

 

頭を掻きながらロックは言い訳を始める。つまりは邪魔されずに戦利品の確認をしたかったのだろう。

まあ確かにとあたしも苦笑しながら頷いた。

鉄格子の欠片から鍵を作り出し、収監中で自由がなかったくせにツギハギだらけとはいえ鎧やマントも作り上げた男だ。用途不明の石やボロボロの剣すら得体の知れないものに変貌させられるだろう。

あの馬鹿そのうちピラミッドの壁を壊すため、物凄く燃費の悪い大砲とか作りそう。

今部屋でグースカ寝てるであろう元囚人の姿を思い浮かべ、あたしは小さくため息を吐いた。

 

ガラクタだらけの机の上に再度目を落とすと、ひとつだけ、他のガラクタと比べるとピカピカしているものが目に入る。

他のガラクタはあからさまに「古い物です」と主張しているのに対し、これだけは「そんなに古くないです」とアピールしているかのよう。

少しばかり興味を惹かれ、そのピカピカしているもの、見た目的にはコインのようなものを手に取った。

触れてみるとコインというよりはメダルと称するのほうが正しいと感じた。コインと比べると中心が少し盛り上がっている。

 

「これだけ綺麗ね。何コレ」

 

「ん?あー、ソレな。昔、勇者って呼ばれたヤツが持ってたとかなんとか」

 

眉唾モンだけどさとロックは笑い、「やんねーぞ」とあたしの手からメダルを取り返した。

いや欲しくないけど、そんな役に立たなそうなもの。

どうやら意外にもピカピカしている綺麗なものが好きらしいロックは、ピカピカしたメダルを手で弄びながら、真ん中の青い宝石がイカすと笑みを浮かべている。

勇者ねえとあたしはロックの手元にあるメダルを目で追った。いるなら助かるのに。

 

「勇者なんてもんがいるなら、ココはもーちょいマシになってただろ」

 

いるならお目にかかりたいわとロックはメダルを宙へ打ち上げ、パシンといい音を立ててキャッチする。

昼間は暑く、夜間は寒く、地面の砂は作物を育てるのに向いていない。水場すら、申し訳程度のオアシスがそこらに点在してるだけ。

おおよそ人が住むには向いていない土地。天に見放されたと言われたならば、信じたくなるような悪環境。

 

「ま、それでも檻の中よりかはマシだけどな」

 

ケラケラ笑ってロックは机の上を片付け始めた。戦利品鑑賞は終わりらしい。

もう遅いしランチュラも早く寝ろと、ロックはあたしを追い出すように手を動かす。

 

「ララでいいわよ、って言ってるのに。長くて言いにくいでしょ?」

 

「あー、遠慮しとく」

 

なんでさとあたしが怪訝な目を向ければ、ロックは顔を逸らしながら腕を組み言った。

「ランチュラを愛称で呼ぶ男は、タクスだけでいいだろ」

と。

意味がわからず「は?」と聞き返せば、ロックは頭を掻きつつ言葉を続ける。

 

「だーかーらー、トクベツなのはタクスだけにしてやりゃーいいだろ!そっちのがタクスも喜ぶだろうし」

 

自分だけが愛称で呼べるってのは割と嬉しいもんなんだよ、とロックはそっぽを向いたまま微妙に頬を赤らめ主張した。

あたしがキョトンとしていると、ロックはもういいだろ早よ出てけと手で示し始める。

 

「つーか夜中にふたりきりでいたなんてタクスに知られたら俺殺されるわ!」

 

「タックはそんなことしないって。優しいじゃない」

 

言い返してみたがロックは聞き耳持たず、あたしを部屋の外に追い出しバタンと扉を閉めてしまった。

扉が閉まる瞬間に「お前な、あいつはあのコロシアムで勝ってたヤツなんだぞ…?」というロックの声が聞こえたが、それがなんだと言うのだろうか。

タックは強いし、闘技場くらいなら勝てるだろう。そんなに深刻そうな声で言うことなのだろうか。

よくわからないまま追い出され、少しだけ不完全燃焼気味だけど仕方ない。

結局不審者はいなかったことだし、大人しく寝ようと小さく欠伸をして部屋に戻ろうと廊下に足を向けた。

ふと外を見ると、黒風踊る白い砂縛が月に照らされ佇んでいる。

明日はタックと一緒に水確保に行こう。備蓄分がそろそろ少なくなってきていたし。

ついでに聞いてみようかな。

「タックはタックだけがあたしを愛称で呼べるほうが嬉しいの?」って。

くあともう一度欠伸をして、あたしは毛布に潜り込む。

明日もちゃんとみんなで生きられますように。

 

 

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[みどりのゆうしゃのはなし]

 

ザァと朝風が鳴り、鳥たちが声を揃えて森奥へと誘う歌を奏でた。

優しく肌を撫でるこの風は、日の出を告げる森の声。

その声に起こされ、オレは大きく伸びをする。

多少ぼんやりとしたあと、辺りを見渡しオレは小さく呟いた。

 

「さて、今日はどっちに行こうかな」

 

暑いところにも行った、寒いところにも行った。乾いたところにも行って、今は静かな森の中。右も左も木々が鬱蒼と生い茂っている。

世界は広いと知識はあったが、己の足で見て回ると尚更それを実感するなと、オレは木々の隙間から青い空を見上げた。

大陸ひとつとってもかなり広いのに、それが四つ。更には小島がちらほらあると来たもんだ。

空はどこも同じ青さが続いているのに、足元にある地面はそうじゃない。

不思議だなと今まで渡り歩いた場所を思い浮かべながら、とりあえず足を動かし始めた。

トコトコ森の中を歩き、オレは今まで行った色々な場所に住んでいた色々な人々のことも思い出す。

皆それぞれ思い思いに生きていた。どこも活気があるなと思ったものだ。

 

正義なんて人それぞれ。みんなの心の中にある。己にとって「これが正義だ」と思えばいい。

例えそれが独りよがりな物体だとしても、正義だと言い張れば誰でも正義の味方になれる。

魔王だのすら、己の正義に基づいて支配しようとしているだけなのだから。

 

「正義の反対はまた別の正義、とはよく言ったもんだよなあ」

 

結局のところこの世の中は、己の正義対己の正義で大騒ぎしているだけなのだ。

単なる正義の押し付けあい。

結論としては、まあ、勝ったほうが正義、としか言えない。

正義が勝つんじゃなくて、勝ったほうが正義。

いやはや、世の中本当に理不尽で面倒臭くて面白い。

 

もう一度大きく欠伸をして、オレはマントを翻し森の中を歩く。

朝早いため人に会うのは望み薄かと思ったが、どこの世界にも早起きの人間はいるものだ。

辿り着いた少し拓けた場所で、オレは切り株に座りぼんやりしている青年を見付けた。

 

「おはようー」

 

その青年に向けて片手を上げて挨拶すれば、青年はくりんと首を傾げながら会釈を返す。

丁度切り株がもうひとつあったのでオレはそれに座り込み、笑顔で青年に話し掛けた。

コミュニケーションの第一は名前を知ること。オレは己の名前を名乗りこの森に来たばかりだと言うことを話す。

初対面の人間が横に座り込んだばかりか話し掛けてきたことに驚いていたらしい青年は、オレの自己紹介を聞いてなにか納得したかのように首を揺らした。

「キミは?」と名前を聞くと青年はハヤテと名乗り「…迷ったならば、導く」と切り株から立ち上がる。

オレを迷子だと思ったらしい。

当たり。

入ったはいいが出られなくなってしまい、困っていたところだ。この森広すぎ。

ありがとうハヤテ、朝早くに起きててくれて。

 

「…辿る先は」

 

「……。…ああ、街っぽいとこに出れたらいいかな」

 

恐らく目的地を聞かれたらしいので、ふわっと答えて見る。地名なんか知らない。

少し考えハヤテはこっちと指差し先導するように歩き出した。オレも慌てて後を追う。

無言で歩くのもつまらないと道すがら色々と話し掛けてみるが、大抵返答が一言二言で終わり会話が続かない。

例えば、

 

「この森はいいところだね」

 

「然り」

 

会話終了。

始終こんな感じでオレそろそろ泣きそうなんですがどうしたらいいですか。

会話の糸口が尽き、しばらく無言のまま森を歩く羽目となった。

その沈黙を破ったのは意外にもハヤテのほうで、沈黙に耐え切れずというよりはふと思い付いたからという様子。

なんというか、割とマイペースな性格らしい。

 

「巡るは何処から」

 

「…。ああ、南のほう」

 

南、と首を傾げられたので、南の大陸にある王国からだと答えれば不思議そうな顔をされた。

どうやらはハヤテはあまりこの大陸、厳密にはこの森からほとんど外に出ないらしい。そのため「南=海」という認識なのか、海洋の国?と何故か微妙に警戒される。

突然警戒度を上げたハヤテに首を捻り、オレは「そうじゃなくて」と故郷のことを語った。

ここから南西の方角に大きな大陸があり、そこに王国があるのだと。

気候としては少し暑い場所で森はあってもここより小さく、草原や岩場が主であること。

城下町も活発で、色々な所から色々な人が集まる場所であること。

旅に出てから久しいが、一度帰郷したときはガラリと様変わりしていて驚いたこと。

 

「賑やかなのは変わらなかったかな。…まあ少し殺伐してたけど、それは仕方ないし」

 

「殺伐…」

 

ひとつの単語にハヤテが反応した。この森も殺伐としていたのだろうか。

今はそんな感じしないけどと、周囲の木々を見渡しながら「色々旅したけど、どこもそんな感じだったよ」と今まで渡り歩いた場所のことを話す。

反応は薄いものの、ハヤテは興味深そうにオレの話に耳を傾けていた。

 

「ここら辺は初めて来たからよくわからないけど、…今向かってるとこはどんなとこなの?」

 

「……竜の郷」

 

ハヤテからの返答に思わず足を止める。

竜の郷ってなんだそれ。ドラゴンの巣かなんかか。竜騎士団が狂喜乱舞しそう。

というかこの大陸にはそんなところがあるのか。流石に怖いな。あ、もしやオレ餌として連れてかれる?

固まったオレを見てハヤテは「冗談、御伽噺」と悪戯っ子のような表情を見せた。

言い伝えのようなものがあるらしい。ここには竜の郷がある、竜はいつも見ている、悪いことをしたら食われてしまう、だから竜は大切にしろ、悪いことはするな、といった幼子に聞かせる類のものが。

そのためか、この大陸の人間は他の大陸の人間と違い、竜を怖がるというより、時には畏れ、時には隣人として接するらしい。

カミサマみたいな扱いだな。と首を傾げオレはふと気付く。

この大陸の人的には竜騎士団なんか嫌悪の対象なのではないだろうか。ハタから見たら竜を従えて酷使しているように見えるだろうし。

ああでも確かこの辺にも詰所があったような。大丈夫なのかな。

眉を下げつつオレが恐る恐る問えば、ハヤテは笑って言う。

 

「竜が倖せそうだから、良い」

 

竜騎士団の竜バカっぷりは既にこの地に根付いていたらしい。心配は無用のようだ。

「ああ併し、兄上を襲った時は驚いた」とハヤテは微笑み、その後すぐに目を伏せた。

え。竜騎士団の誰かがなんか馬鹿やらかしたの。

驚いて問いただせば「問題は無い」と首を振られる。「でも我はあの緑のやつキライ」と子供のように頬を膨らまされたが。

特に問題はないらしいが、子供の喧嘩レベルかそれ以下の諍いはあるらしい。

放っといてもよさそうだと、オレが安堵の息を吐くと目の前が少し拓けていた。

ようやく森の出口が見えて来たようだ。

 

「着いた」

 

「異国感やべえ」

 

今オレの眼下に広がっているのは、仙境とでも言うべきか、霞食って生きてる人間居そうというか、そんな感じの異国情緒溢れる場所。

書物などでしか見ない風景に目を丸くしていたら、ハヤテが遠くを指差して「街がある。武術場もあったはずだから行ってみるといい」とアドバイスをくれた。

 

「ありがとう。んじゃこれお礼」

 

そう言ってオレはハヤテにメダルをひとつ手渡し微笑む。

案内しただけだと受け取りを拒否するハヤテに「いいから」と押し付け、メダルを指差しオレは諭すように語った。

 

「これはね、相応しい魂を持つ人が持ってると勇気をくれる御守りみたいなもんだから。例えばこう、会いにくい人に会いに行く勇気をくれる、とか」

 

「…」

 

無言でメダルを眺めるハヤテに再度笑い掛け、オレはハヤテに別れを告げる。

「ホント助かったよ!ありがとう!」と手を振って、オレは教えられた方向に駆け出した。

 

仙境のような風景を目の端で送りながらオレは軽く頬を掻く。

さっきハヤテが目を伏せたのは兄上って単語を口に出したときだから、兄と何かしらあったんだろう。兄弟喧嘩かな。

兄弟ってのは近過ぎて、喧嘩を拗らせるとなかなか直らない。ならばどちらかが勇気を出して歩み寄れば良いだろうと今のデタラメを言ったのだけど、騙されてくれただろうか。

兄弟ならそんなもんだが人にもよるし、姉妹となると勝手が変わり、兄妹、姉弟だとまた変わるらしいから上手くいくかはわからないけれど。

まあお互い「死ね」レベルまで憎み合うのは同性の組み合わせの場合が多い気がする。やはりライバル感が異性の組み合わせと比べると違うのだろうか。

兄弟って面白いけど面倒だよなと、南にいるオレとよく似た白い騎士を思い出し、小さく笑った。

オレの場合はだいたい向こうがおずおずと歩み寄りにくる。その時にはオレは喧嘩の内容をこれっぽっちも覚えてないからすぐ元どおり。カンタン!

 

 

「さてさて!ここはどんなとこかな!」

 

眼下に広がるよくわからない形の建物を眺め、オレは楽しさを隠さず大声を出した。その声は天つ風に拾われ、青い空に溶けていく。

掻き消えた己の声の余韻に浸りながら、オレはひとり笑顔を浮かべた。

そういやハヤテが言ってた、御伽噺の竜の郷。

ホントにあるなら面白い。少し探してみようかな。

なんせ世界を見るのがオレの仕事。

 

勇者は難を避けず。

面白そう、いや、面倒臭い、じゃない、困難なことに自ら首を突っ込むのが真の勇者だよね!

 

 

-5ページ-

 

■■■■■

 

さてさて、

これで全員にメダルが行き渡りました

 

馴染みの店で、

先人から、

己の力で、

迷子から、

 

各々様々な方法で

それを手にしましたが、

先ほど真の勇者が言ったように

それに相応しい魂を得なくてはなりません

 

「ペンダント」「あかし」「勇者」「魂」「勇気」

 

大事な単語を

少しずつ入れてみましたが

伝わりましたかね?

 

さて、

彼らは運命に沿って

勇者と呼ばれるものになれるでしょうか

勇気あるひと

他者を救えるひと

困難に立ち向かえるひと

勇敢に闘えるひと

 

真の勇者を見習って

のんびり見守ることにしましょうか

 

 

END

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適当にごった煮。続きもののようななにか。独自解釈、独自世界観。捏造耐性ある人向け
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