夜摩天料理始末 26 |
再生しようとする殺生石の力を宿す血肉が、あの大天狗の炎が片端から焼き払われていく。
傷は治らない。
逆に、傷口から、意思あるが如く、炎が彼の体を徐々に焼いていく。
この穢れ切った体の一切を残すまいとするかのように、念入りに、隅々まで。
死ぬ。
私が完全に滅ぼされる。
力を失った体が、落ちていく。
このまま大地に叩き付けられ……私はみじめに焼け死んでいくのか。
野心に手が届くかと思われた、この時に。
私は、何もこの世界に足跡を残せぬままに……。
憎い。
式姫ども。
私は滅ぶが、せめて。
せめて最後に、何か一つでも。
この憎しみを。
私が居た事を、戦った事を、この世界に刻んでいきたい。
細い目を一杯に見開く。
血走った目で大地を、空を見る。
何か。
何か。
何か。
……あった。
「やったぜ!」
「流石……」
空を見上げて、おゆきは安堵の息を吐いた。
月明かりの中、あの巨獣が三角に斬られて地に落ちていく。
流石に、おつのの炎に斬られては、あの化け物と言えど、命永らえる事はあるまい。
おつのの全力を使って呼ぶ明王の炎は、此の世ならざる炎。
一切を浄化し、焼き払う。
だが、神を降ろし化身するあの術は、並ならぬ力を要する。
おつのにも、これ以上戦う力は残ってはいまい。
もう、みんな限界だ。
(これで終わって)
祈るように見上げる、その隣で。
「……妙じゃな」
いつの間に起きたのか、半身を起こして空を睨む仙狸の声が堅い。
「……何がよ?」
「どうしたってんだよ、姐さん」
「形がおかしく無いか?」
「何だって?」
「言われてみると……」
落ちてくる。
その影の輪郭が、妙な膨れ方をしていた。
だが、それより。
「やばい、こっちに」
「嘘でしょ、押しつぶすつもり?」
「皆、散れ!」
おゆきの治療が奏功したか、未だ痛む体ながら、三人は、それぞれが居た場所から跳び退った。
だが。
「違う、あの野郎」
羅刹が呻いた。
鵺の体には雲の残りが纏いついている。
時折青白い光を周囲に放ちながら。
奴は、ウチらを押しつぶすつもりじゃねぇ。
その雲が目に見える程に雷を帯びる。
奴は、最後の攻撃を仕掛けようと。
我が道連れになれ、式姫共よ!
雲が今は眩いばかりに帯電し、解き放たれるのを待つばかりとなっていた。
だが、三人は。
仙狸は身を起こし、砕けた槍の柄を手にして、跳躍の姿勢を取った。
羅刹は拳を握りしめ、鵺を睨みつけた。
おゆきは、残る力を振り絞り、再び氷の盾を作ろうと手を翳す。
見事です、軍神の加護受けた庭に集いし式姫達よ。
私は、その誇り高き魂を嘉し。
一時、我が手を貸しましょう。
三人の後ろから三筋の光が差した。
一つは、鵺の額に。
一つは、雲に。
一つは、目に。
その光が過たず吸い込まれた。
「何じゃ、これは」
鵺の襲撃にも冷静さを失わなかった仙狸が、慌てて振り向いた。
その、常に泰然とした声が、僅かに震えを帯びる。
わっちにすら、気配を悟らせずに、あのような矢を放つなど……何者か。
緑色の光を帯びた矢が、鵺の目に矢羽までめり込む。
貫いた雲を、次いで発生した衝撃波が吹き散らす。
そして、額を射抜かれた鵺が、顔をのけぞらせ、その巨体が空中で吹き飛ばされ、地に落ちた。
「嘘でしょ……」
あの矢には、鬼神の斧以上の力が籠もって居たとでもいうの。
「羅刹さん、札を!」
彼女たちの後ろ。
矢の飛来した方角から、涼やかな声が聞こえた。
「札?!札だって?」
当惑する羅刹に、声は更に続けた。
「冥王より授かりし使命、今こそ果たしなさい」
冥王。
ああ、そうだった。
羅刹は懐から、札を取り出した。
夜摩天より預かった、彼女が地上に戻った本来の目的。
悪い……大将。
遅くなったけど、まだ間に合ってくれるよな。
「シ……キヒ……めぇ」
地に叩き付けられ、ちぎれた体から火を吹き、片目を潰されて尚、鵺は彼女たちを睨み据えた。
妄執。
片方だけ残る手足を動かし、彼女たちに向かって身を起こし、這寄ろうとする。
その前に、羅刹が立った。
「良く戦ったと褒めてやるけどよ、そろそろ年貢を納めやがれ」
札を翳す。
「汝に出廷を命ず」
「コロ……ス」
嘘みたいに真っ赤な顔を持ち上げた鵺に、羅刹は札を差し付けた。
「疾く来よ!」
札が羅刹の手から跳んだ。
それが、鵺の額に張り付く。
「こいつぁ」
冥府の住人の羅刹には確かに見えた。
その札から、三匹の虫が飛び出し、鵺の中に入り込み、程なくして一人の男の霊を引きずり出した。
「……三尸」
人の裡に潜み、その行動を天帝に報告すると言われる、蟲。
羅刹の眼前で、声なき悲鳴を上げる男を、その身で縛りながら……野望を抱いて乱世の闇に蠢いた一人の陰陽師の魂と、冥王の使役する三匹の虫が、地中に溶けるように消えた。
説明 | ||
式姫の庭二次創作小説になります。 これにて、対鵺戦が終わり、舞台は冥府メインに切り替わります。 後、神様は無駄に強く描きたい派。 承前:http://www.tinami.com/view/892392 1話:http://www.tinami.com/view/894626 2話:http://www.tinami.com/view/895723 3話:http://www.tinami.com/view/895726 4話:http://www.tinami.com/view/896567 5話:http://www.tinami.com/view/896747 6話:http://www.tinami.com/view/897279 7話:http://www.tinami.com/view/899305 8話:http://www.tinami.com/view/899845 9話:http://www.tinami.com/view/900110 10話:http://www.tinami.com/view/901105 11話:http://www.tinami.com/view/902016 12話:http://www.tinami.com/view/903196 13話:http://www.tinami.com/view/903775 14話:http://www.tinami.com/view/905928 15話:http://www.tinami.com/view/906410 16話:http://www.tinami.com/view/915001 17話:http://www.tinami.com/view/915625 18話:http://www.tinami.com/view/921410 19話:http://www.tinami.com/view/927698 20話:http://www.tinami.com/view/929073 21話:http://www.tinami.com/view/929885 22話:http://www.tinami.com/view/931139 23話:http://www.tinami.com/view/931661 24話:http://www.tinami.com/view/935100 25話:http://www.tinami.com/view/935102 |
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