恋する曲線と旅する直線
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恋する曲線と旅する直線

 

 

 

 古池夏海。彼女との出会いは、最悪のそれに近かった。それも、私の方から一方的に。

「お、来たな」

「あっ……初めまして!花巻香(かおる)っていいます……!」

「おー、新入部員さんだ!よっろしくー!」

「よろしく!それにしても、妙な時期に入ってきたね?」

「あ、ははっ…………」

 六月。新入部員も五月までには所属するべき部活を選び。あるいは帰宅部を決意して。既に人間関係も出来上がった時期での新入部員。

 ……目立ちたくはない私としては、最悪なタイミングに入部したものだと思う。

「今までは漫研にいたんだもんな。んで、そっから移ってきたんだ。……痴情のもつれか何かか?」

「はっ……!?」

 部長はいやらしいというか、なんというか、すごく微妙な表情で聞いてきた。

「ち、違いますっ……!」

「わかってるよ。漫研の部長からは事情を聞いてるから。……大変だったな、お疲れ」

「…………ありがとうございます」

「ははっ、ま、そんな肩肘張るなよ。我が美術部は、腕を競うことも、何か一緒のことをやれと強制することもしない。絵を描くのが好きなやつが勝手に描いてるだけの部だ。まあ、仲良くなった部員同士でコラボなり、競い合うなりするのは勝手だけどな。……だから、そう緊張しないでくれ」

「はい…………」

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 私が前の部活……漫画研究部をやめたのには、理由がある。

 漫研は、月に一冊、部誌を刊行していて、そのための八ページほどの原稿を毎月提出するのが、絶対にしなければならない部員としての活動だった。

 逆に言えば、その原稿さえ出すことができれば、部活に顔を出す必要はないし、その内容も公序良俗に反するものでなければ、なんでもない。絵が上手くても下手でも。話が面白くてもつまらなくても。どんなものでも、並列に部誌には掲載してもらえて、まあ、後からそれを元に交流することはあるけど、原則的にけなし合うことはないように、というのが活動内容だった。

 私は、別に絵が上手いとも話が上手いとも思ってなかったけど、四月にすぐに入部して、初となる掲載原稿には、王道のスクールラブストーリーを書いた。

 本当にご都合主義的なもので、大して可愛くもない、お金を持っている訳でもない女の子が、その優しさと健気さだけで、クラス一のイケメンと結ばれる……そんな、稚拙な物語。

 もちろん、お話には山あり谷あり、下げて上げるからこそ、盛り上がりが生まれるのだということはわかっている。

 だけど、少なくとも今の私は趣味で書いているのだから、私が書いた女の子が辛い思いをしたりするというのは、可哀想過ぎて我慢できなかった。だから、ものすごくご都合主義なお話を書いたんだった。

 五月。部誌の掲載作を見た同じ一年生の部員が、感想を言ったり、好きな漫画の話をしてくれたりした。

 同じ雑誌の同じ漫画が好きな子もいて、そのことで盛り上がって……実はヒーローが、その漫画のヒーローの親友である弘樹君モチーフであることを話したりもした。……その子も、弘樹君推しだったみたいで、サブキャラ同士のカップリングの話題について盛り上がった。

 そして六月。私は、漫研をやめた。

 原因は、五月の部誌だった。

 私は、さすがに二回も同じような話だから、と女の子二人が主人公の、いわゆる百合っぽいものを書いてみた。

 正直、男の子よりは女の子の方が書きやすいので、結構可愛く、やっぱりストーリーは稚拙だっただろうけど、中々いいものを書けたと思う。

 だけど、ちょうどその次に載っていた漫画に、驚愕した。

 ……そこでは、私が前号で書いた漫画のヒーローそっくりの男の子が、お金持ちで見た目もすごくいいクラスの女王的な女の子との恋愛を繰り広げていた。

 いや。たまたま男の子の顔が似ていただけなら、私だって弘樹君を真似して書いたんだから、同じ漫画を好きな子が書いたのかも、と思う。

 だけど名前まで一致しているし、しかも会話の中で、私の書いた漫画のヒロインをバカにするような発言を、ヒーローもヒロインも繰り返していた。

 私の書いた幸せな物語へのあてつけ……?

 漫研は、部室にあまり顔を出さない部員も半分ぐらいいる、合計で三十人近くからなる結構な大所帯だ。だから、その漫画の作者を私は知らなかった。だけど、すぐに私は部長に聞いた。この漫画を書いたのは誰か。そして、なぜ部長も掲載を許可したのか。

「……正直、あたしもこれはちょっと、とは思ったんだけどね。ただ、伝統的に出された原稿はどれだけよくても悪くても載せるって感じだから、止められなくって。……でも、まさか花巻ちゃんの直後に掲載されるとは。今回の掲載順にあたしは関与してなかったんだけど、ちゃんとチェックするべきだった……ごめん」

「いえ、部長に謝られても…………」

「だよね。……この漫画を書いたの、一度も部室に顔を出してないけど、二組の藤岡って子でね。画力はあるでしょ?……ただ、なんて言うか。バドエン厨……NTR厨……とにかく、そういう系の嗜好を持ってるっぽいんだよね。ほら、前号の漫画にもあったでしょ?そっちは男の子が寝取られる方の、胸糞系のやつ」

「ああ……『黒鴉の罠』でしたっけ」

「そう、それ。まあ、人の嗜好には文句言わないけどね。話の構成力もあったし、それを読ませるだけの絵の力もあった。……けど、まさか別の子の作品のヒーローを寝取るとは」

「私の漫画が……あんまりにひどかったからでしょうか?」

「わからない。あたしは、好きだったよ。今月のも好き。……絵はまだまだ伸びるだろうし、お話も、もっと考えてもらいたい。だけど、こういう方向性で突き詰めていけば、絶対上手くなるよ。だから、続けてもらいたいんだけどさ」

 部長はそこで言葉を区切る。

「ウチにはもう、いない方がいいのかも。もしも、来月号でも花巻ちゃんの漫画をターゲットにでもしたら……」

「その時は、私も考えます。……たまたま今回、私が標的だったのかもしれませんし」

 それならそれで、その藤岡さんを部から排除した方がいい気もするけど。

 でも、私はまだしばらくは漫研にいた。退部を決意したのは、次に部長に呼び出された時だった。

「……花巻ちゃん、ごめん。藤岡は私が退部させたよ」

「えっ……?」

「見せない方がいいと思ったから、原稿は持ってきてない。というか、原本は本人に返したんだけどね」

 嫌な予感がするどころの話じゃなかった。

「六月号の部誌の原稿で、あなたの作品の子が、いじめられてた」

「……そう、ですか」

「ごめんなさい。……最初にあなたが標的になった時、ちゃんとあたしが言って。それでも改めないようなら、すぐに退部させればよかった。……本当、ごめん」

「いえ……仕方ないですよ。部長だからって、部員になんでも言える訳じゃないですし、ウチは部員も多いんで、部長の負担が大きいのは知ってますし」

「けど、花巻ちゃん。……漫画書くの、やめないよね?」

「……わかりません。あの、コピーがあるなら、見せてくれませんか?」

「えっ!?……で、でも、本当に結構ひどくって……」

「どんな内容なんですか?」

 私の心に、暗い青い炎が灯っていたのを感じていた。

 冷たく、しかし異様に広く、速く延焼していくそれは、一気に私を焦がしていく。

「いじめ系、でね。千佳ちゃんの方がいじめられるんだけど、首謀者は春ちゃんで……千佳ちゃんの幼馴染を寝取ってる、みたいな」

「――なるほど、そうですか。幼馴染ってオリキャラですよね。あの漫画に男の子の主要キャラっていませんでしたし」

「うん……」

「わかりました。ありがとうございます。……あ、後、ごめんなさい。私、今日退部していいですか?」

「えっ――――」

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 私は、漫画を諦めたつもりはない。

 だけど、私は私の書いた漫画の浅さを。愚かさを知ってしまった。

 ――私が下手だから。私が隙しかない物語を書いていたから、その隙に付け込まれてしまった。幸せになった子たちが、不幸せの中に叩き込まれることになってしまった。

 私は。漫画の作者というものは、そうならないように完璧な物語を作り出す必要がある。

 私だって二次創作はしてきた。だけど、二次創作の余地がないような、燦然と輝き続けるひとつの完璧な物語――それこそが、私の求める漫画なんだ。思えば、私の本当に好きな漫画は、あまりの存在感に圧倒されてしまって、二次創作しようという気持ちも起きなかった。公式こそが最高なんだと。そう思っていた。

 だから、まずは第一に画力を磨く。誰も私より可愛く書けないような、最高の絵柄を手に入れてみせる。そのために、美術部でとことん一枚の絵をていねいに描くことに決めたんだ。

「えーと、花巻。別に課題とかは出してないんだけど、とりあえず静物デッサンでもやってみるか?そこの箱の中に題材となる食品サンプルとかオブジェとか入ってるから、適当に出して描いてみろよ。俺も花巻の絵、見てみたいしさ」

「はい、わかりました。えっと、画用紙とかはもらえるんですよね?」

「ああ、それならそっちの箱だ。イーゼルはそっちで、画材も一通り揃ってるぞ。まあ、大体はマイ画材を用意するもんだが」

「今日は特に持ってないので、鉛筆、借りますね。筆箱にあるのはシャーペンだけですし」

「好きにやってくれ。……元気そうで安心したよ」

「そりゃ、落ち込んでいられませんから……!」

 そう。落ち込んで立ち止まっている暇はない。

 私は、上達する。誰も歯牙にもかけないぐらい、上手くなる。藤岡さんだって圧倒するだけの漫画を書いてみせるんだ……!

 第一の題材には、小さなミニチュアの玉座を選んだ。……なんとなく、お姫様や王子様が出てくる漫画でも書いてみたいな、なんて思いながら。

 もちろん、華美な装飾の玉座は、そう描きやすい題材じゃないし、日常から離れたものなので、結構苦戦はする。

 だけど、美術部デビュー一作目として、悪くはないものを描けている実感がある。

「花巻さん、だよね。今、ちょっといいかな?」

「あっ……うん、大丈夫です」

「あははっ、そんなかしこまらなくてもいいよ。私もあなたと同じ一年、古池だよ。古池夏海」

「古池さん。よろしく」

「ん、よろしくー!」

 デッサンも終盤。突然、見知らぬ部員が近づいてきた。

 美術部は漫研に比べると、かなり部員は少なくて、私を含めて十二人。その内の一人だから、すぐに顔も覚えられると思うんだけど。

 古池さんは、髪をポニーテールにした、陸上部にいてもおかしくない元気そうな子で。失礼ながら、あまり美術部には似つかわしくない人だと思った。

「素敵な絵だね。ただ、ちょっとだけ、いいかな?」

「うん……?」

「えっとね、ここ、ちょっとだけおかしいかな?ほら、パース的には……」

 そう言って古池さんは、自分の持っていた画用紙に私のパースのおかしかった部分を描き直して見せてくれた。

「そっか――!うん、そうだね。ありがとう!」

「ううん、そこを直せばよりよくなるから、やってみてね」

「ところで、古池さんの作品は?今は休憩中?」

「んー……とねぇ」

 当然の疑問を口にすると、古池さんは困ったように曖昧な笑みを浮かべた。まだほんの短い時間しか触れ合ってないけど、はつらつとした彼女には珍しい、と感じる。

「古池はいいんだ。ウチのご意見番だからな」

 そうすると、助け舟を出すように部長さんが言葉を飛ばした。

「ご意見番……?」

「うん、私ね、専門はデジ絵なんだ。でも、いつも使ってるソフトをノーパソに入れて持ち運ぶのも大層だし、割りと社外秘もあるから、学校では製作できないから。だから、部ではみんなのアドバイス役なんだよ」

「ああ、デジタル……って、社外秘?」

「にゃははぁっ……まあ、色々とあるんですよ」

 そう言って、いきなり古池さんはスマホを取り出すと、いくらか操作してから画面を私に見せてくれた。

「ドラゴンズウォリアークライシス……?これ、よくテレビとかネットでCMとか広告やってる、スマホゲームだよね」

「うん、このキービジュアルにもあるメインキャラ“水竜の巫女ミズハ”が私の担当したキャラ。他にも色々なイラスト描いてるよ。今月ピックアップしてるこの子もそう」

「えっ、えぇっ……!?」

 見せてもらったキャラクターは、日本風の巫女装束の女の子の傍らに、水で作られた荒々しい威容のドラゴンが飛んでいるという、この手のソーシャルゲームではよく見るけど、すごく迫力があるし、女の子もすごく可愛いイラストだった。

「これ、女の子だけでなく、ドラゴンも古池さんが?」

「うん。元々はキャラクター専門のつもりだったんだけどね。クリーチャー系ダメな人は、そっち専門の人と合作みたいな感じになるんだけど、人の絵が自分の絵に混ざるのってどうにも慣れなくて……これを機に勉強して、見よう見まねでやってみたんだ。まあ、これは最初期の絵だけど、ミズハちゃん、割りと人気で恒常カードも何枚もできてるし、イベント限定で水着、クリスマス、バレンタインバージョンと出てるから、その度にこなれて行ってて、最新のだともっと上手くなってるよ。ほら、これとか」

 そう言って見せてくれたのは、確かに最初のイラストよりも、更に格好良くなったドラゴンのイラストだった。……というか、女の子はどんどん露出度高くなっていってて、バレンタイン仕様に至っては裸エプロンになってるのに、きっちりドラゴンはいるんだ……なんだか保護者みたい。

「と、とにかく、古池さん、もうプロってことだよね?」

「まあ、そうなるかな?中一の時に投稿サイトにイラストを載せ始めて、中二にはお話しもらって、中三からこのゲームが稼働してるからね。と言っても、どこかの企業に入ってる訳じゃない雇われの身だから、いつ首をばっさり斬られちゃうかわからないけどねー」

「ク、クビになんてならないよ……!こんなに上手いんだよ!?」

「は、花巻さん……」

 私はなぜだか、興奮して言ってしまっていた。

 ……もしかすると。もしかするとだけど、古池さんが何気なく話した経歴が。本人としては、そんなつもりはないんだろうけども、イヤミのように聞こえてしまったからかもしれない。――彼女でクビになるなら、私なんて一生プロデビューできないじゃない、と。

「でも、なんで美術部に?」

「うん……まあ、私ってネット上でスカウトされたし、同じゲームの他のイラストレーターとも、あんまり交流ってないんだよね。あんまり露骨じゃないけど、割りとピックアップごとのセルランで競い合ってるっていうか……ギスギスするってほどじゃないけど、私と話す人ってあんまりいない感じ。……だから、同じ絵を描いてる友達が欲しくって」

「そっか。そうなんだ……」

「うん、だから、花巻さんとも友達になれたらな、って!色々教えてあげられれば、って思うし、どうかな?」

 私は、ひどく後悔することになった。

 どうしてこの時、私は古池さんの伸ばしてくれた手を握れなかったのか。

 だけど、私には伸ばされた手が「伸ばしてくれた」ように感じられてしまった。だから、ダメだったんだ。

 情けはいらない。

 古池さんは私の事情を知らない。それはわかってる。

 そしてたぶん、これだけ絵が上手いんだ。イヤミとか、自分より下の者に優しくして愉しむとか、そういう邪念は一切ないのだと思う。

 だけれど。だけれども。

 手負いの私は、必要以上にデリケートだった。流動食すら受け入れられないほどに、弱りきってしまっていたのだと思う。

「……考えとくよ」

「ありゃ、保留?まあ、私はいっつも部室には顔出すようにしてるから、これからもよろしくね!」

 私は、見なけりゃいいのに、わざわざ古池さんの顔を見てしまったから。彼女が露骨に悲しそうに眉をひそめるのを見てしまった。

 それがずっと、喉に引っかかった取れない小骨のように「疵」であり続けて。

 その疵が与え続ける痛みからか、私は古池さんを避けるようになってしまった。

 そして、時間は流れていく。

 夏が来て、どんどん涼しくなっていって。

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「花巻、今日もがんばるな。お前一人か?」

「あっ、部長。はい、来てくださらなくっても、勝手に一人で閉めていきましたよ?」

「いや、今まで文芸部の編集作業だったからな。ついでに寄っただけだ、気にするな」

「そうですか」

 部長は、美術部の部長と文芸部の平部員を兼ねている。

 そもそも、絵を描き始めたきっかけが自分の小説に、自分自身の挿絵を載せるためだったのだから、なんというかすごい。

「お前、この数ヶ月で本当に上手くなったよな。元からよかったけど、本当にすごい成長だよ」

「そうですか?」

「ああ、期待の一年ってところだな」

「……古池さんがいるじゃないですか」

「古池、ねぇ。あいつは別格だろ」

「別格も格付けの内です」

「……お前な」

 西日が差し込む教室で、手を止めて、部長と二人きりで話す。……もう、美術部内で緊張することはない。古池さん以外に関しては。

「そうだ、古池な。あいつ、退部届、出したぞ」

「そうですか。…………え?」

「だから、美術部やめるってよ」

「な、なんで!?」

 私は、思わず立ち上がって、部長に詰め寄っていってしまった。

「お、おいおい、興奮すんなって。お前、こういう時は割りと威圧感あんな……ちびっこいのに」

「ちびっこいは余計です!145あれば十分でしょう!?」

「……で、古池な。あいつ、美術部やめるんだよ。というか、もう退部届を受理して、生徒会にも出したんだから、もうやめてる」

「なんでですか!?あんなに絵の上手い、古池さんが……!」

「自分がいると、他の部員に迷惑をかけるから、ってよ。……退部理由は普通、知らせない決まりなんだけどな。明らかにお前のこと意識しての退部理由なんだから、お前にはいいだろ」

「なんで!?」

 頭が真っ白になっていた。白いカンバスは、その上になんでも描けるから好きだ。

 だけど、白い頭の上には、どんな色も乗せることができない。ただただ、なんで、なんで、という子どもじみた疑問しか出てこない。

「お前、あいつのこと避けてただろ?……気持ちはわからんでもないけどな。あいつは俗に言う天才だ。まあ、俺からすりゃお前も相当だが、頭抜けた天才の前じゃ、誰もが霞む。…………けどな、あいつはお前のこと、気に入ってたらしい。俺にはよくわからないけど、本当の天才には、自分ほどじゃなくても、才能あるやつのことがわかるのかもな。だから、お前に興味持って、友達になりたいって思ってたんだ」

「でも、私は、保留とか言って、ずっと……」

「避けていた。……お前を責める訳じゃない。じゃないけど、な……あいつにはそれが結構、効いてたみたいだ。仕事も手に付かない時期があったらしくて――」

「私っ!!!私、古池さんに謝ります!!古池さん、三組ですよね!?」

「お、おい。もうとっくに帰ってるっての。部活来てねーんだから。……いつも部室来るって言ってただろ。でも、最近は来てない。その意味がわかるよな」

「私っ……!!私、謝らないと!!古池さんの、番号とか……!住所でも……!!」

「……まあ、俺は知ってるけどな。そいつを俺から教える訳にはいかないだろ」

 部長さんは、視線を落として。

「あいつの友達になってりゃ、お前も教えてもらってたんだろうけどな」

 

 その日、私は死人のような顔で帰った。

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 翌朝。三組の教室に行っても、古池さんはいなかった。

「古池さん?そういや、今日は遅いね……昼休みにでも、また来たら?登校してきたら、伝えとくよ。えっと――」

「花巻。花巻香」

「花巻さんね、おっけ。任せといて」

「お願い……!」

 三組の人に言伝をお願いして、昼休みに出直して。

「古池さん、いる……?」

「あっ、夏海。例の花巻さん!」

「……うん、知ってるよ」

 私が教室に顔を見せると、古池さんが立ち上がって……こっちに来てくれた。

「廊下で話そっか。部室棟の方の廊下。あんまり人来ないしさ」

「う、うんっ…………」

 そして、会話のないまま、まるで刑務所に連行される道中のように、部室棟へと向かう。

 辛い時間だったけど、これが私の“罪”に与えられた“罰”なのだと思った。

「ありがとね、会いに来てくれて。……花巻さんに、もう会えないかと思った」

「……古池さん。あの、えっと」

 私は、泣きそうな顔の古池さんを見て、私まで泣きそうになってしまっていた。

 だけど、泣いてはいけない。ここで泣くなんて、まるで私が被害者みたいだ。違う。私は加害者なんだ。加害者は、責任を持って罪を認めて、償わないと。

「…………ごめんなさい。私、嫉妬してた。古池さんの全てに。……私より可愛くて、元気で、それだけでも羨ましいのに、イラストレーターとして成功していて、中学生の時からもう大人と付き合っていて。……羨まし過ぎて、妬んでた。ごめんなさい、こんな、ちっちゃい人間で…………」

「花巻さん。……ううん、私の方こそ、ごめんなさい。私も、そうだったんだ」

「…………えっ?」

 古池さんは、半ば泣いていて、それでも笑顔を作ろうとして、ぐしゃぐしゃの笑顔で言った。

「私、花巻さんに嫉妬してた。……これから、どんどん上手くなっていける花巻さんに。……一ヶ月描き続けるだけで、ぐんと上手くなってたのを見て。私にはもうない、伸びしろを感じられて。それがすごく羨ましかった。……妬ましかった」

「そ、そんなの……!古池さんは、もう完成してるってことでしょ!?」

「そうかもしれない。でも、私、まだ十六だよ?十六でもう、後は絵柄のマイナーチェンジぐらいしかできないような“余生”に入っちゃったんだよ?」

「そ、それは…………」

「だから、妬んでた。花巻さんは、自分自身の成長を楽しめる。それが妬ましくて、いっそ自分と同じように、発展を見込めないようにしてしまいたくて、仲間に引き込もうとしてた。……よくオンラインゲームとかであるでしょ?高レベルの人に手伝ってもらって、無理やり初心者を高レベルに引き上げるの。そうしたら、私より未熟な、でも見た目だけは立派な仲間を作れる。…………ひどいよね。あなたを、破滅させようと思ってたんだから」

「…………ウソでしょ?」

「ホントだよ。私は、そんな悪い子。だから、花巻さんに避けられて当然だった。もう、会うこともないと思ってたのに、あなたって本当、真面目でお人好しだよね。そんなに人がいいから、前の部活ではいられなくなったんだよ。……だって、あんまり眩しすぎるもん」

「私、信じないよ。だって……」

 今の古池さんは。

「泣いてるもん。そんなに涙を流しながら言ってること、信用できると思う?」

「…………あっ、ははっ……。そ、そっか。そうだよね。バカだなぁ、私も。おバカ過ぎ」

「……ホントだよ。…………ね、美術部、戻らないの?」

「…………戻らないよ。正直ね、仕事が忙しいってのがホントのところなんだ。……だから、あなたを破滅させようぜ、企画なんかに時間使ってる暇ないんだよね。そういう訳で、花巻さんとはこれっきり。私は私の道を行きますんで」

「…………そっか」

「ん、そだよ」

 それ以上、私は何を言えば古池さんとの会話を続けられたんだろう?

 わからないから私は、背を向けて……自分の教室へと向かった。すると、後ろから不意に柔らかい何かが当てられた。

 ……古池さんの体。私よりもずっと女の子らしい、ふわふわの体だった。

「いつか。いつかまた、会おうね……?」

「いつか。縁があったらね」

 後ろから抱きしめられて。抱きしめられ続けて。チャイムが鳴るまで、それ以上は何も言わずに、ずっと一緒にいた。

 そして、チャイムと一緒に解放されて。後はもう、顔を合わすこともなく、それぞれの帰るべきところへ帰っていく。

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 大学四年生。

 別にそれを望んでいた訳ではないけど、学生たちは就活をさせられて、五月ともなれば、本命の企業が決まったり決まっていなかったりする。

 私は、幸運にももう決まっていた。

 いや、半ば予定調和気味に決まっていたんだけど――。

 今日は、初めての打ち合わせの日。私は、あるゲーム会社のグラフィッカーとしての就職を決めていたのだった。

 そして今日、まだ本格的な仕事は始まらない(というか、大学を卒業してからだから一年近くある)けど、在学中から、外注扱いでいくらかのお仕事はさせてもらえるということで、その打ち合わせのために指定された喫茶店で、担当の人。つまり、会社に入ってからの私の上司となる人を待っていた。

 やがて、来た。

 私より20センチ以上は高い高身長。恐らく地毛なのだろう、こげ茶色の髪をポニーテールにした、あまりゲーム会社には似つかわしくない、体育会系っぽい容姿をした女性。名前は――。

「お久しぶりです。古池さん」

「――お久しぶり、花巻……じゃなくって、藤岡さん。藤岡香さん、でしたよね」

「はい。……あははっ、学生結婚しちゃいましたよ。それも、高校時代に漫研で揉めた相手と」

「そうなんだ。人生どうなるか、わからないよね」

「ホント。……まさか、高校時代に思いっきりフッた相手が上司なんて」

「そ、その話を今する!?」

「しちゃうなー、これが」

「…………なんでこんな子、人事は寄越したんだか。見る目がないよね」

「で、古池さんは彼氏でもいるの?」

「私は仕事と結婚したからいいの。後、私が描いたクリーチャーたち」

「……結局、そっち一本になったんだよね」

「萌え絵なんて誰でも描ける。だから、私にしか描けない子を描くことにしたの。……女の子はいくら描いても大して変わらなかったけど、クリーチャーはどんどん上手くなっていく実感があったもん」

「私、その萌え絵を提出して、萌え絵担当で採用もらったんですけど?」

「提出って言うか『星海大戦 〜 君と紡ぎ出す煉獄の誓い』のメインキャラデザ様をそれ以外で起用するってありえないでしょ。萌え豚をブヒブヒ言わせてる神絵師様をよー」

「……で、今日はどんなあざといキャラを任せてもらえるんですか?」

「見ていて軽く引くよ、これ。ロリ巨乳かつロリババアで主人公の幼馴染でヤンデレとかいう属性過多」

「ロリババアが幼馴染って新しいな……」

「主人公は魔王の転生体。転生前での幼馴染ってことね」

「……それ、幼馴染でいいの?」

「そういうことになってるから」

「はぁっ、今日もやりごたえのあるお仕事をいただけたようで、感謝しますよ、葉月弥生先生」

「こっちこそ、お願いしますよ。starly wing先生」

 

 そうして、私と彼女の新しい日々が始まっていくのだった。

説明
アナログ描きの美術部員と、デジタル描きのイラストレーターのお話
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タグ
青春 百合 GL 学園 美術部 

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