Nursery White 〜 天使に触れる方法 7章 5節
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「さ、そろそろボイスドラマを流すわよ。まあ、ヘッドホンで聴いてもらうんだけど」

「こ、この格好のままで、ですか?」

「ええ、もちろん」

「……会長さんは着替えないんですか?」

「なんであたしがそんなことしないといけないのよ」

「…………大千氏ちゃん、あれでいいの?」

「んー、常葉さんのコスプレって見たいですか?」

「ま、まあ、十分、現役時代に色々な服着てたけど……やっぱり生で見るのは違うんじゃない?」

「ボクも、会長さんの着替えた姿、見たいです」

「――と、いう感じの要望が出ているのですが、常葉さん?」

「面倒だから却下。あたしの家にある衣装であたしが着替えるのには、何も面白い要素がないじゃない」

 そう聞いて、私の頭の中に、ある邪な思考回路が生まれたのであった。

「じゃあ、会長さん。自分じゃない服なら、どうですか?」

「そんなものあるの?今から買いに行く、なんてのはイヤよ」

「あるじゃないですか、ここに二着。常葉さんのじゃない、常葉さんに合うサイズの服が」

「……お、おおっ!?」

「あっ、わかりました、ゆたか。ボクと未来ちゃんの服ですね?」

「そういうこと。どうですか?」

「……恐ろしく胸がきつそうね。不格好な着こなしになるわよ」

「いいじゃないですか。別にかっちり着なくても」

 すごく個人的な話になるけど、今日の悠里の服はすごくお気に入りだ。

 シンプルな白いブラウスと、薄水色のロングスカートという、悠里の服装としてはすごくオーソドックスなものなんだけど、裾のフリル具合がすごくいい。後、胸元を飾るのは青チェックのリボンタイ。これまた最高によく効いたワンポイントで……。

「はい、着てみたけど、どう?」

「コレジャナイ」

「あなたねぇ!?」

「私はそのリボンタイ、すごく可愛いと思ってたんですよ!?」

「可愛いじゃない!!あたしが着たらダメって言うの!?」

「だって、ネクパイ状態じゃないですかっ!!!私が求めてたのはエロではなく、カワイイだったんです!!KAWAII!!!」

「仕方がないでしょう!?」

 ちゃうねん。違いますねん。私は可愛い子が好きなんです。お人形さんのような子が。女の子ではなく“女”が出てきた時点で、不可、落第……!

「でも、会長さんとっても素敵だとボクは思います。同じ服なのに全然感じが違って見えるって、すごいじゃないですか」

「白羽さん……あなたはあたしに優しくしてくれるのね……そこの幼女狂いとは違って」

「ようじょっ!?」

「ゆたかはボクみたいな幼児体型が大好きな、ちょっと人と違った感性の持ち主なので、仕方ないですよ」

「悠里さん!?」

 ま、待ってください。お待ちください。あなた、そんなこと考えておられたので……?私のこと、つまり、いわゆるところの、ロリコンだと……?

 ちゃうねん。ロリータ系が好きって意味ではそうだけども。幼女だから好きなんじゃなく、好きな人が幼女っぽいってだけで……そう、光源氏……!!源氏は紫の上がロリだから好きになったんじゃない、藤壺、もっと言えば桐壺に似ていたから……!別に源氏は紫の上にバブみを感じてオギャった情けない奴じゃない……!私にはその気持ちがとてもよくわかる!

「……立木先輩」

「大千氏ちゃん、慰めてくれるの……?」

「私は幼女趣味の先輩から見ても魅力を感じない程度のモブなんですね……」

「だから違うの!!私は悠里だけが好きなんで!」

「お、おお……これまたお熱い告白をいただけました」

「……大千氏ちゃん」

「は、はい?」

「正直、悠里と比べた時のキラキラ度は足りないけど、私の好みの方ではあるよ」

「それを聞いて喜ぶとお思いで!?むしろ、よりやべーやつ感が増したのですがっ」

「い、いや、一応フォロー的な……」

「フォローと言いつつ、ナイフ突き付けてる自覚をお持ちにならないでいらっしゃる!?」

 

 

 混沌はその辺りで、本題へ。

「さ、聴いてみて。あたしたちの自信作よ」

「ちゃんと音声編集も入れてますからね。結構、響くと思いますよ」

 二人の自信作。まだ世に出ていない声優の卵と、既に活躍しているナレーターが作り出した声によって紡ぎ出される物語。

 ドキドキしながら、悠里と一緒にパソコンの前に座ってヘッドホンをかける。

 横から会長さんが音声ファイルの再生を始めて――私たちは一時、現実世界のことを忘れることになった。

 

「どうだった?」

「……月並みな感想だとは思いますけど、すごくよかったと思います。ただ……」

 私は、ちゃんとスマホにメモを取りながら聴いていた。悠里は、プリント用紙を一枚もらって、そこにシャーペンで何やら書き付けていた。

 ――そういえば、さらっと流していたけど、悠里は遂にスマホを買ってもらえた。まあ、ご覧の通りにアナログ慣れしてるから、本当にスマホは連絡用と、音楽を聴くためだけのツールなんだけども。

 なんでも、私という友達ができたことを両親に話したところ、友達と連絡を取り合うために必要だろう、とすぐに買ってくれたらしい。ためらいもせず最新のハイエンドモデルを。

 というか、本当に私が初めての友達なのか……。

「ボクも、ちょっと思うところがありました。やっぱり、会長さんは言い切りが少し弱くて――」

「大千氏ちゃん、この辺りちょっと無理して声を出してる感があったよ。裏返るってほどじゃないけど、ちょっと気になるかも」

「それから、会長さん――」

「えっとね、この辺りが――」

 正直、ここまでちゃんと出来上がったものに、二人してダメ出しをしていくのは申し訳ないことだと思う。

 なぜなら、これは別にお金を出して買ってもらう商品ではなく、個人活動の無料公開のものだからだ。そこに、商業作品をよく知っている私がダメ出しするのは、お門違いなんじゃないか、という気持ちが強い。

 それでも、二人はそれを求めてくれているから、と心を鬼にして、十以上に及ぶ問題点を全て伝える。悠里が挙げた方と重なる部分はあまりなく、かつ聴き直してみると、悠里の指摘ももっともだったので、結果的に二十以上の修正が出てきてしまった。

「……やっぱり、二人に聴いてもらえてよかったわ」

「そうですね。やっぱり、自分たちで作った手前、どうしてもひいき目っていうのは出てきてしまいますし」

「でも、本当によかったの?これ、録り直すんだよね……」

「クオリティアップのための延期はしゃーなしですよ!」

「な、なんていうか、際どい言葉知ってるね……」

「それが通じちゃう立木先輩も中々……」

「一応言っておくけど、一般ゲームでもそういう言い回しってあると思うんだけど」

 せやったですね。後、会長さんもいける口ですか。

「でも、これが初公開作なんですよね?それにしては、割りと大きい企画っていいますか……。私の常識、定石から言うと、まずは小さいものを作り上げて、そこからステップアップしていって……っていうのが堅実と思うんですが」

「まあ、その方が無難でしょうね。でも、あたしは思うの。小さいものから始めると、そのスケールに引きずられることになる」

「……なるほど?」

「たとえば、5のものから作り始めるとするわ。プロ、あるいはそれにかなり近い仕事を100だとする。5からステップアップして、二倍の10を次に作り上げたとする。その次、10を20に……としていく。でも、本当にそんな倍々ゲームが成立するかしら?いつか……たとえば、40のものを作った時。これを倍にするのは難しい。だから、50のものを……なんなら、もう一度40を作って技術を熟成させて……なんていう、ダメなサイクルに入るかもしれないわ」

「ありがちですね、割りとそれは」

「だったら、最初から70、なんなら80ぐらいのものを作る。そこから先は伸び悩むかもしれないけど、いつか80が90に。90が100へと至る。それを目指すため、最初から大きく始めたのよ」

「後、私は専門分野外れるとはいえ、既にプロですからね。私に合わせてるってところもあるのですよ。その分、常葉さんには無理を強いる形になってしまいましたが……ね?」

「あたしは、既に芸能界を知っている身よ?子役時代、文字通りに監督に泣かされたことだってあるわ。それに比べれば、未来の指導もあなたたちの指摘も、ずっと有情よ。あまりあたしのことを舐めないでもらえる?」

 そう言って胸を張る会長さんは……なんだかすごくかっこよかった。後、悠里のブラウスがはちきれそうでちょっと怖かった。

「そういう訳だから、いきなり本格的なものを作っているのよ。でも、未来がいてくれたから無茶なプランじゃなかった。あなたたちっていう、最高の音響監督も付いてくれたし」

「悠里はともかく、私は本当にただのアニメファン目線の指摘ですけども」

「いいじゃない、アニオタの意見ほど信用できるものもないわ」

「オタとは言ってません」

「じゃあ、ドールオタ?」

「オタとは認めません」

「いいじゃない、今ならマニアよりもソフトな表現にならない?」

「そ、それは確かに……」

 ただ、大きな声でオタクということを認めたくない、この正にオタク特有の心理……わかってください。会長さんは追いかけるよりも追いかけられる側だったから、その辺りがわからないのかもしれないけど。

「とにかく。あなたたちのお陰で、もっといいものができるわ。……ね、未来」

「はいっ……!……ただ、リアルなお話。このボイスドラマが広く楽しまれるという確信はありません。私もできる限りの宣伝はしますが、実質素人のこういう活動って、こじんまりとしたもので終わる確率の方がずっと高いのですよ。なので、もしかするとお二人ほど真剣に鑑賞してくれる人は出てこないかもしれません。……そういう点でも、お二人には心から感謝をさせてもらいたいです」

「……未来ちゃん。でも、本当に聴き応えがあるものだったよね、悠里?」

「はい。ボクは正直、こういうことはよくわかりません。でも、未来ちゃんと会長さんが高い水準でお芝居しているということはわかります。……たとえ誰にも評価されなくても、ボクらはお二人のがんばりと技術を知っています」

「あなたたちは、なんて言うか……優しいわね。もちろん、あなたたちの“本気”はわかってる。気休めに慰めてくれているんじゃないってわかるわ。だからこそ、それをきちんと伝えてくれたことが嬉しいの」

 未来ちゃんと、そして――会長さんも、瞳は少し潤んでいた。

 そんな、泣かれるほどなんて。

「当然のことをしたまでです。友達だから、当然じゃないですか」

「ふ、ふふっ……友達、ね。今になってこんなに素敵な友達ができるなんて、思わなかった。本当にいい出会いができたわ」

 会長さんは涙を隠すように目を細めて笑っていた。……目の端から、涙が一筋垂れていったのは、見なかったことにするのが元女優への配慮だろうか。……隣で未来ちゃん、顔を真っ赤にして笑ってるし。

「あっ……そういえば私、未来ちゃんって呼んでる」

「……ようやくっすね」

 未来ちゃんに泣きながら、思いっきりジト目で見られてしまった。

「ふふっ、よかったじゃない。じゃあ、便乗するようで悪いけど――あたしも、あなたたちのことを名前で呼ばせてもらえない?ゆたか、悠里、って」

「そ、それはいいですけど――」

「ボクも、問題ありません。じゃあ、ボクも会長さんのことを、えっと……」

「常葉よ。……覚えてなかったの?」

「は、はいっ……。えっと、常葉、とお呼びしてもいいですか?あっ、呼び捨てはやっぱりダメ、ですかね……?」

「あなたは呼び捨てが基本みたいね。ハーフ特有の、ってところかしら?」

「なんだか、そんな感じで……」

 珍しく悠里が、私以外の人相手に照れて、顔を赤くしていた。……客観的に見ると、すっごい可愛い。これ、ヤバイやつだ。めっちゃ抱きしめたい。

「ふふっ、どうぞ、常葉って呼んで。ゆたかは――」

「さすがに、常葉さんで」

「そうよね」

 純日本人である私が、年上の生徒会長を呼び捨てする勇気はございやせん。……なんかちょっと、憧れるけどね。

「では、私も流れ的に悠里さん、ゆたか先輩、って呼ぶ感じですか?」

「ボクのことは呼び捨てでいいですよ、未来」

「は、はわっ、未来っ……!な、なんだかこう、白羽さんに呼び捨てされることの背徳感……!!」

「割りとわかる」

 私も、初めてゆたかって呼ばれた時、嬉しいのとなんか緊張する感じがないまぜになってたし。

「で、でも、私は悠里さんと呼ばせてください。ちゃん付けもなんだか慣れていないので、さん、で」

「別にいいのに。未来は、すごく礼儀正しいんですね」

「あ、あわわっ……悠里さんに、呼び捨てで、でも丁寧語で話してもらえる、このアンバランス感……!ゆたか先輩の手前、口にするのはどうかと思いますが、萌えを感じてしまうのですがっ……!!」

「いいよ、すっごいわかるから。ウチの悠里にどうぞ萌えてってください、未来ちゃん」

「……う、うぅっ……なんか今日のゆたか先輩の絡み方、このコミュニティで唯一の気軽に話せるオタ仲間ってこと意識したそれですよね!?」

「いやいや。そんなことないよ、未来ちゃん」

「そんな未来ちゃんって連呼しないでくださいっ……!辱めですっ……!!」

 未来ちゃんは顔を真っ赤にして、ぷりぷり怒る。……まあ、確かに悠里は非オタだし、年上の常葉さんに全力で絡む訳にはいかないから、未来ちゃんが犠牲者になるよね。

 でも、こうしてより打ち解けた感じで話していると、彼女や、常葉さんの魅力がよりわかってくる。

 

 ……この調子で、ここに月町先輩も加えて話すことができる日が来るんだろうか、なんて考えてみた。

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呼び名改め回。こういうの好き

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