Nursery White 〜 天使に触れる方法 7章 8節
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 いわばそれは、私の心の扉だった。

 別にそれを締め切っていたつもりはない。

 だけど、それを開くというのはとても緊張することで、本当に今まで見せたことがある人は、莉沙一人。

 逆に言って、なぜ莉沙には見せられたのかと言えば、昔からの友達だというのもあるし、自分とはかけ離れている人だから……という面が強いのだと思う。

 それを言ったら、悠里も私とは大きく違う。だけど、どこか似ている場所もある――だからこそ、同族嫌悪のようにして、自分の全てを見せることには抵抗があった。

 でも、今は彼女に見せなければいけないと覚悟を決めたから――。

「わぁ、すごいです……!」

 こういう反応が返ってくるって、予想はついていたんだけどね。

 ただ、予想ができていたからといって、それに上手く対応できるのか、というとそれはまた別な問題な訳でして。

「そ、そう?なんていうか……引いたり、しないかな?」

「引く、って、どういうことですか?別に何かおかしいとか、思いませんけど……」

「いや、だって……さ?」

 目の前に広がる、私にしてみればなんともない、だけどきっと、普通の人からすれば異様な光景。

 1/6サイズのミニチュアの机や椅子、そしてそれに座る同スケールのドールたち。数は八体と、まあ標準をそこまで大きくは上回っていない……と思う。

 とはいえ、“連れ歩く”のは数体だけだから、ここまで所有しているということを知っているのは、本当に極限られた人だけだ。具体的には、両親と莉沙。……いや、たぶん親も具体的な数は知らないと思う。完全にドール関係への費用は自分で稼いだお金を使ってるし、部屋の掃除も自分でするから、親も滅多なことでは部屋に上げない。

 後、莉沙が最後にこの部屋に上がったのは中二の時だったから、あの時から更に二体増えていることは、莉沙にも話していないから、正真正銘、私の最新のドール事情を把握しているのは悠里一人だけということになる。

「ボクの家のこと、ゆたかは覚えていますよね」

「う、うん……すごかった」

「楽器がいっぱいありましたよね。ボクの使ってるフルートは、究極的には一本だけです。それなのに、もう使っていないものも含めて、たくさんありました。家族も別にあれらを使っているという訳ではありません」

「うん……けど、楽器とドールはまたちょっと違ってくるでしょ?」

「いいえ、変わりませんよ。ボクは楽器を大切にしていて、ゆたかはドールを大切にしています。そこに大きな違いなんてない、ってボクは思っています」

「……悠里」

 なんていうか、こういう子だから私は悠里のことが好きなんだろうか。……いや、ファーストインプレッションはもっと単純で、九割九部九厘、顔だったのに。

 知れば知るほどに、悠里のキャラクターというものがわかってくる気がする。そして、そのどれもがいちいち魅力的だ。

「……なんか、悠里がそう言ってくれるほどに、今まで隠すみたいなことしてた私がバカみたい」

「ええっ、そんなことないですよ。……ボクも割りと、自分のことってどうかな、って思ってましたし」

「どうして?……あっ、いや」

「そういうことです」

 フルートの音色だけが注目されていた悠里。彼女が評価される舞台に、白羽悠里という人物はあまり関係がなく、ただただフルートの音だけを誰もが聴いて、聴き惚れている。……それでいて、具体的にどういったところが優れているのか。ファンだという人は、どんなところに惹かれたのか。誰も言うことができない。そんな、不思議な評価を今に至るまで続けられている、どこかが“普通”からかけ離れてしまっている天才。

 悠里というのは、そういう人だ。それゆえに、自分自身には自信を持てていなかった。

 人と違うことを理解していて、浮いていることだって理解していて。でも、自分にとって都合がいい場にこもっていたせいで、自己肯定からかけ離れたところにいた私と、よく似ている。

「ゆたか。よければ皆さんを紹介してもらえませんか?」

「え、えっと……」

 だからといって、うん……ここまで受け入れられてしまうと、大いに戸惑ってしまうのですよ、ワタクシ。

「えっとね、まずこの子が姫芽(ひめ)。私が最初に買ったドール。……だからね、正直言うと、デカールの貼り方とか甘いし、髪のカットも上手くいってないの。ほら、こことか思いっきり斜めになってるし」

「あっ、そうですね」

「……でも、やっぱりこの子は特別。今でも一番多く連れ歩いてるし、新しい衣装を作る時には、最優先してるの」

「すごく、可愛いですね。ゆたかに愛されているのがよくわかります」

「ほんと?そういうのって……わかる?」

「はい」

 申し訳ないけど、こういうことを言ってくれたのが莉沙、あるいは常葉さんなら、あんまり私は信用しなかったと思う。

 たぶん、本人たちに悪気はないんだろうけど、多分に社交辞令と「なんかノリ的によさげだから、褒めとけ」みたいなものを感じ取ってしまうから。そしてたぶん、実際にそれは大きく間違った考えじゃない。

 だけど、悠里が言ったのなら、同じ言葉でも重みと「真剣さ」が違って感じられる。

 悠里は、たとえ自分の専門分野からかけ離れたことでも、適当なことは言わないし、思ったままのことを口に出しただけだとしても、それが不思議と真理を突いているような鋭さがある。私はそれを知っているから、悠里に褒められるとすごく嬉しいし、彼女の意見は真剣に受け止めたいと思う。

「演奏でも、やっぱり演奏者の心と言いますか……気の持ちようって、わかるんです。申し訳ないですが、半端な気持ちでコンクールに来ている人は、それなりの演奏しかできていないと、わかります。でも、たとえ技術的には他との開きがあったとしても、真剣な気持ちで来ている人の演奏はいいと思います。――演奏を心から楽しみ、楽しく聴いてもらいたい。そういう気持ちが伝わるんです。……だからこそ、ボクはボク自身の演奏をあんまり高く評価できないんですが。

 ……あっ、でも、ゆたかに会ってからは違いますよ!ボク、すっごく楽しく、真剣に演奏できてます。別にそれは、ゆたかのために演奏している時だけではなくって。普通に吹奏楽部で演奏している時も、家での自主練習の時でも」

「それはわかるよ。だって演奏している時の悠里、楽しそうだもん」

「わかりますか!?」

「もちろん」

 ……こうなってくると、どっちが自分をさらけ出して語っているんだか。

 私も、オタク特有のアレで熱くなると早口でまくしたてちゃうけど、悠里もそれと同じぐらい、音楽のことになると元気になる。普段から元気だから、元気さがインフレしてえらいことだ。

「えっと……ですので、姫芽ちゃんにはゆたかの真剣さがよく出ている風に感じました。技術的には未熟でも、それを補って余りあるほどの情熱があります。だからこそ、見ていてすごくドキドキします」

「……ドキドキ、か」

「はい。ボクは正直な話、あまりドールや二次元の女の子の可愛さって、理解できていないところがあると思います。でも、彼女は見ていて、すごくドキドキできるんです。彼女を通して、ゆたかを見ることもできるから、でしょうか」

「そっか。なるほど。…………あっ、なんかごめん。私、今、ちょっと普通に泣きそうかも」

「えっ!?ど、どういうことですか!?」

 本当、私は情緒不安定か。

 ああ、でもなんか……本当にいい意味でしんどい。なんだよ、この子。最高かよ。尊いかよ。

「ね、悠里。調子に乗って、他の子たちの萌え語り、してもいい?はっきり言って、一人につき一時間以上語っても、まだまだ語り足りないぐらいなんだけど」

「い、いいですよ……!どんとこいです!」

 ……まあ、本当にそれぐらいずっと語っちゃう訳じゃないけども、意気込みとして、ね。

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 そんなこんなで、普通に小一時間ほど、語ってしまいました。

 いやー、なんというか、思いっきり語れますわね、ワタクシ。それに、悠里もただ相槌を打つ係をするってだけではなくて。

 

「この子はちょっと、他の子と違う感じがしますけど、意味があるんですか?」

「わかる!?そう、この子はね、初めてちょっとボーイッシュ路線でカスタムしてみた子なの!!短めの髪の子は他にもいるんだけど、この目のデカールね、これがちょっといつも使ってるやつとは違っててね……!」

 

「あっ、この子、もしかすると一番好きかもしれません。姫芽ちゃんはもちろんいいと思いましたが、ボクの好み的には一番かも」

「皆まで言うな、すっっごいわかる。もちろん、このドール自体は悠里と出会う前にお迎えしてたんだけど、めちゃくちゃ悠里っぽいと思ってた。髪の色は金だし、瞳の色も赤。悠里とは全然違うんだけど、雰囲気がドンピシャで悠里なんだよね」

 

 ……といった感じに、実に親心をくすぐることを言ってくれるんですよ。

 いやー、ほんと、気立てのいい、最高の嫁さんになりますわよ、この子。まあ、この私が嫁になんか出さないんですけどね!がっはっはっ!!

 ――なんやこの流れ。

「今日のゆたか、すっごく輝いてます」

「えっ!?」

「ずっと笑顔で……。あっ、いえ、いつものゆたかも笑ってくれてますけど、今は満面の笑みと言いますか。本当に全力で笑って、輝いてますよね」

「そ、そうかな……全然、自覚なかったけど…………」

「今のゆたかは、ちょっと幼くて……すごく可愛いです」

「かわっ……!あ、あの、悠里さん?それを言っちゃあ、あなた、おまかわっていうか、可愛いの化身が言っちゃアレといいますか」

「……前から言ってるじゃないですか。ゆたかはすっごく可愛い人ですよ。今はそれが特に際立っています。なんていうか……ドールを相手にしている時のゆたかは、お姫様ですよね」

「っ…………!!!」

 絶句という言葉が最適な状況。

 今までの私の人生の中の絶句した場面を全て、鼻で笑ってやりたいぐらいの、いい意味での絶句。

 しかも、その言葉を私の理想の“お姫様”から言ってもらえることの幸福。今まで生きていてよかったと、割りと真剣に思うほどの嬉しみ。

 もう一度言わせてください。悠里、尊いかよ……!

「悠里さん」

「は、はい?」

「……大好き」

「わっ!?あ、ありがとうございますっ……!ボクもゆたかのこと、大好きですよ」

「うん、うん……本当にわたしゃ幸せもんですよ」

 なぜに若干おばさん化しているのか。私にもわからん。だが、いいじゃあないか。

「じゃっ、ちょっと遅くなっちゃったけど、おやつとかしよっか」

「わー、ありがとうございます」

「悠里にはしょっちゅう、紅茶を淹れてもらってるからね。そのお返しって訳じゃないけど、私の好きな紅茶、淹れさせてもらうね。……まあ、悠里からすればすごい安物だと思うけど」

「いえいえ、ゆたかの家庭の味がいただけるなんて最高ですよ」

「あははっ……ありがと」

 本当、あまりにも尊みに溢れている時間です……。もうさっきから、尊いしか言えてないけど、語彙力が崩壊してるんです、許してやってください。マジ尊い。

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 で。

「ところで、ゆたかってゲーム好きなんですよね」

「まあ、うん。色々とやってるよ」

 悠里の家に行った私が、自然と音楽、特にクラシック系の話題をかなり無茶しながらも振るように、悠里もまた、私の家に合わせた話題を振ってくれている……んだろうか。いや、悠里の場合はめっちゃ天然で、自然にこういうこと言ってるのかもしれないけど。

「ですよね。ボクは全然わからないんですけど、これって、どういうゲームができるんですか?」

「ああ、それ?色々とあるよ」

 ゲーム機はちゃんと片付ける方だけど、そこら辺に転がっているということは、今現在プレイしているゲームということで、普通に最新の携帯ゲーム機だ。二画面のやつ。

「今やってたのはね、ファッションのゲーム。後、最近買ったやつだと、アクションの……」

「ファッションのゲームって、どんなのですか?」

「おっ、そこに食いつくんだ」

「はい。前に常葉の家でファッションショーやりましたし!」

「ああ……あの恥辱の催しね」

 常葉さんと悠里はただただ楽しみ、私と未来ちゃんが心に大きな傷を負ったやつ。忘れんからな……アレは。

「えっとね、いわゆる経営シミュレーションゲームなんだけどね。プレイヤーはお店の店長さんになって、服を展示会で仕入れて、自分のお店で売る、って感じのゲームなの。お店にそれぞれニーズを持ったお客さんがやってくるから、そのニーズに合った服をオススメして買ってもらう、って感じだね」

「なんだかすごいですね。そういうのって、ゲームでできるもんなんですか?」

「まあ、やってる内に決められたパターンでお客さんは動いてるってわかるから、正直、作業じみてくるんだけどね。でも、その決められた枠組みの中で、いかにいい感じのコーディネートをするのかを悩んで、それが楽しいゲームかな、って思うの」

「へー……正にゆたかにぴったりなゲームですね」

「そ、そう?」

「はい。ドールの皆さん、本当に素敵な、ぴったり合った衣装を着ていますから。ゆたかのセンスなら、絶対に上手くやれるんだろうな、って思います」

「いやいや……そうでもないよ、割りとヘンテコなコーデしちゃって、相手はゲームだからそれで喜ばれちゃって微妙な気持ちになったり、とか」

「ふふっ、ゲームってわかってるのに、そう思っちゃうゆたかが可愛いです」

「……あ、あなた、今日はやたらと可愛い推しっすね」

「ゆたか、可愛いですから」

 ――まずい。なんかすごくこう、まずい。

 場所的には完全な私のホームなはずなのに、ものすごくアウェーな風向き。というか、悠里と二人で話していると、必然的にペースは掴まれがちなんだけどね。惚れた弱みといいますか、なんといいますか。それ以上に悠里の発言がいちいち想定外過ぎるんだけど。

「あっ、せっかくだったら、二人で遊べるゲームやる?」

「えっ、でも、ボクがゆたかと戦っても相手にならないと思いますけど」

「いやいや、二人で遊ぶと言っても、対戦ばっかりじゃないよ。協力プレイのやつもあるし、ゲームの上手い下手が関係ないのもあるから」

「それなら、やってみたいです!ゆたかにいっぱい迷惑かけちゃうかもしれないですけど、よろしくお願いしますね」

「――悠里。ひとつ、私がかつてプレイしていた協力プレイゲームで聞いた名言を教えて進ぜよう」

「は、はい……?」

「確かに、そこそこの腕前のプレイヤーにとって、下手なプレイは足手まといかもしれない。だが、極限までに鍛えた変態プレイヤーにとって、ビギナーは望んでは得られない最高のパートナーである。なぜか?――初心者は、熟練者に仕事を作ってくれるからである」

「な、なるほど……?」

「つまり、迷惑でもなんでもどんとこい!ぐだぐだになるほど、熟練者だけのプレイでは味わえない緊張感とか、わちゃわちゃ感を味わえるからね」

「ほ、ほー…………」

 緊張を和らげられたかはわからないけど、まあこれでよし。

 さあさあ、思いっきり楽しませていただこうじゃないですか。

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尊いかよ

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