Nursery White 〜 天使に触れる方法 8章 6節
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「悠里って夜はどれぐらいに寝てるの?」

「うーんと、日付が変わるぐらいには寝てます。しっかり寝ないと朝、辛いので」

「そっか、それじゃあ、今日も遅くならない内に寝ないとね」

「ゆたかはもっと遅寝なんですか?」

「日にもよるけどね。――それに、今夜は悠里がいるから緊張して寝れないかも」

「あははっ、それはボクもそうかもです。……初めて、友達の家にお泊りして、一緒に寝ますから。……というか、あんまり経験することじゃないですよね」

「まあ、そうかもね。私もいまひとつ一般論としてどうなのかはわからないけど」

 食事を済ませ、お風呂も入ったとなれば、後はもう寝ることしか残っていない。

 ただ、修学旅行の夜よろしく、すぐに眠るのはもったいなくて、普段はできないような会話に花を咲かせる……というのも王道の展開だろう。

 とはいっても、恐らくこういう時に王道であろう“恋バナ”は、正に私たち自身がそういう間柄だということもあって、なし。結果としてまあ、いつも通りのぐだぐだした感じで話すことになる。

「寝ると言えば……昔は、電気を消して寝るのがすごく怖かったのを覚えています。今は完全に消して寝ないと全然寝付けないぐらい、明るいのはダメなんですけどね」

「あー、小さい頃ってそういうのあるよね」

「ゆたかもですか?ただ、小学校の……三年生ぐらいに、何かきっかけがあった訳じゃないんですが、暗くないとダメな派になったんです。初めはわからないので、明るい部屋で寝ようとしてたんですが、いつまで経っても眠れなくて。なので、思い切って電気を消してみると、不思議と怖くなくて、むしろ落ち着いて……そうして、眠ることができました。……あの時は、ちょっと大人になれた気がして嬉しかったです」

「あははっ、可愛いなぁ、なんかそれ」

「ゆたかはそういうのってないんですか?」

「う、うーん……ちょうど悠里が大人になったのと同じぐらいにさ、ほら……」

 無言で自らを指差す。……まあ、そういうことだ。

 女子の方が成長は早いと言うけれど、私の場合はそれはもう、とんでもない急成長をしたものだから、自分も驚いたし、周りも驚いた。……信じがたいことに、急成長までは背の順では前の方だったのに、一気に最後尾になったのだから、なんというか……。

 ただ、その頃から親しい友達(莉沙以外にも一応はいる。ただ、高校は離れた子が大半だ)によれば、小さい頃から顔立ち自体は可愛いというよりは、大人びた感じで、ある意味でそういう成長は順当だった、と言われることが多かった。確かに今になってアルバムを見返してみると、昔の私は割りと大人びた感じだった、と思う。

 けど、体格的には可愛らしい服を着こなせていた。そう、今の悠里のように。

「もう一度、あの頃みたいな服、か……」

 悠里は言ってくれた。私だって、お姫様の服を着ていいのだと。……そしたら、単純かもしれないけど、自分に自信を持てるようになってきた。

 私だって。……自分の夢の全てをドールと悠里に託して、それで完全に満足できてた訳じゃない。

 むしろ、他のものに夢を託すということは、苦しいし……悔しい。本当は私自身が夢を達成できたら一番なのに、それが私にはできないことなんだ、と諦め続けてきた。……でも、もう、そんなことをしなくていいんだ。

 皮肉なことに。……いや、そんなネガティブな表現は似合わない。嬉しいことに、私は私の理想を悠里に見ていたのに、その悠里から自分自身がもう一度、理想に近づくことのできる自信をもらえた。

 でも、きっと悠里自身は自分がどんなことをしたのか、あまり理解できないまま、ただただ私を好きでいてくれている。……なんだかなぁ、と思いつつも、むしろそんな自然体であることが嬉しかった。私はひねくれた、めんどくさい人間だから、露骨な優しさを受けると恐縮してしまうし、どんどん自分を卑下していってしまう。優しくされる時点で、なんで自分が弱い人間なんだろう、と。

 だけど悠里はそういうところがないから、私にとってすごく心地いい時間を与えてくれた。

「……うん。やっぱりゆたか、変わりました」

「えっ?」

「最近。というか、今日から、ですね。すごくこう……雰囲気が柔らかくなったと思います」

「そ、それは逆に今までの私が殺伐としていたということなので……?」

「いえ、今までもすごくかっこよかったですけど。でも、すごく女の子として魅力的になった、といいますか。……友達には似てくるって言いますけど、もしかするとボクに似てきちゃったのかもしれません。……あっ、それだと、まるでボクが魅力的って言ってるみたいで、なんかですね……」

「そんなの気にしないよ。……でも、そうだね。私も悠里みたいになれるのなら、すごく嬉しい。……憧れ、だから」

 照れくさいような、でもやっぱり嬉しいような……そんな、甘さと酸っぱさの入り混じった複雑な気持ち。

 だけど、憧れの人にこんな風に言ってもらえるなんて、どれだけ言葉を尽くしてもその嬉しさを表現しきれない……だから、やっぱりそれを伝える手段は物理的な方法になる訳で。

「わわっ……!?お、おおぅっ…………キスかと思ったら、ハグでしたかっ……」

「今日はいっぱいしちゃったからね。だから、今はこっち」

「でも、ボクとしてはこっちもすごく嬉しいです……うふぅっ、背中にゆたかの柔らかさがっ…………」

「……な、なんか、私だけが損してる気がする」

「そんなことないですよー。ほらほら、ボクの髪とか、もふもふしてくれていいですから」

「悠里の髪はすごく奇麗だから触るのにも躊躇するよ。それに、髪は触れて愛でるんじゃなくて、見て愛でるものだからね。……なら、どうせだし悠里のも……」

「ボクは揉むほどありませんからっ」

「いやいや、大きさなんて小さな問題ですよ。えらい人にはそれがわからんのです」

「小さい人にとっては、小さな問題じゃないんです!!」

 興奮した悠里は体を震わせて、まるで猫みたいだ……なんて思った。

 気難しい、高貴な猫……みたいな。懐き方は犬そのものだと思うけど、お嬢様っていうのはやっぱり猫にたとえた方が、よりらしいのかもしれない。

「まあまあ、よいではないかー」

「ひゃあぁぁっ!!背中におっきいのを当てられながら、小さいのに触れられるのは屈辱ですって!!せめてゆたか、離れてくださいっ。前から触れてもらえれば……」

「変なこと気にするなぁ。ま、いいけど」

「ええっ!?諦めてもらえることを期待したんですがっ」

「今夜はね、なんかすっごいスキンシップしたい気分。べたべた指紋付けたい」

「う、うひゃぁっ……な、なんか、積極的なゆたかって……」

「可愛い?」

「は、はいっ…………」

 なぜだろう。自分の理性は、今の私の凶行をありえないと言っているのに、ストップはかけない。むしろ、なんてハレンチな!もっとやれ!!と言っている。

 正にそう……ひと夏のアバンチュール、からの火傷……!

「あ、あのっ……!ゆたかに好きにしてもらうのは、ボクとしてもやぶさかではないのですが、そのっ……」

「うん」

「優しく……して、くださいね?」

 なんて、ぷるぷると震えながら、私のことを見上げて言う。

 小動物的お嬢様の、上目遣い……!これ以上に破壊力のあるものがあるだろうか?いや、ない!!

「大丈夫。痛くしないから。私の大切な、大好きな人なんだから」

「ゆたかっ…………」

「んっ、んふぅっ…………」

「あふっ、はふぅっ、んふぁっ…………」

 そして、正面から抱きしめて、唇を重ねる。結局、またキスもしてしまった。でも、これからもっともっと、悠里のことを感じていたい。

 ……だって、恋人なんだから。

 憧れの人で。私の尊敬する人で。

 可愛くって、奇麗で。……そして、いつまでも傍にいたい。大切な人。

 強く抱いて、自分の感触を刻み込み、何度も触れて、自分の所有物であることを主張するようにして……そして、何度だって唇を重ねる。

 この関係は、期間限定なんてイヤだ。学校を卒業しても。社会に出ても。たとえ互いがそれぞれ、結婚をしたとしても。

 いつまでだって、一番、お互いのことを理解している人であり続けたい。

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「ね、悠里。前に……初めて、悠里の家でフルートの演奏を聴かせてもらった時さ。私、感想を言わなかったよね。アニソンを初めて演奏してもらって、それで私がどう感じたかって」

「は、はいっ……それがずっと気になってました。……言って、もらえますか?恋人になった今……もうこれ以上の関係がない、となった今」

 ――なぜだろう。悠里の口からそう聞いて、少し悲しくなっている私がいた。

 私たちの関係は、恋人が終着点なんだ。

 わかっている。それ以上なんてないとは。……正直だけど、本気で悠里がその先もあると言ったら、私は拒否感を覚えていたかもしれない。……やっぱり“その先”というのは、たとえあったとしても語られずにいるべき領域だ。

 だけど、完全にその可能性を絶たれたのが……少しだけ、胸に痛みを与えた。

 でも、そんなことはどうでもいい。大した問題じゃない。もっと優先するべきことがある。

「わからなかったんだ」

 あの時、ちゃんと言えなかったのは、悠里に悲しんでほしくなかったから。

「確かに私が知っているはずの曲だったんだけど、それが悠里の手によって演奏されることで、全く知らない曲のような……ごめん、はっきり言って、よくわからない音の連なりとしか思えなかったんだ」

 でも、“これ以上”がないというのなら、これを伝えるべきタイミングは今しかない。

「――だからね。これからも、わかるようになるまで。ううん、わかるようになってからもずっと、一緒にいたいんだ。もっといっぱい、悠里の演奏を聴きたい。悠里の大好きなフルートを、私も大好きになりたい。……いいかな?」

 それは問いかけではなく、確認だ。

 女子がよくやるやつだという、ここで反論したらすごくキレるやつ。

「もちろんです。……正直に話してくれて、ありがとうございます。もしかすると、ですけど」

 悠里は、顔をくしゃっと歪ませて。

「あの時に同じことを言ってもらえてたら、ちょっとむっとしてたかもしれません。……ボク、すごくゆたかは特別な人なんだ、って思ってましたから」

 私こそ、と言いたいその感覚。

 あの頃の私たちは結局、相手にただ憧れているだけの状態だったんだ。

 それから、もっと仲良くなって、恋人という称号を得られる関係性になって……そうして初めて、ある意味で夢から覚めることができた。

 そして、夢のフィルターを取り去って見た相手の姿は、今までよりもずっと魅力的なもので。

 お互いに現実を生きる人。そして、現実の中にいる夢のような人として、愛し合う今。文字通りにどんなことだって言い合える関係になっていた。

「でも。ゆたかがそうやって言ってくれて、ボクがそれを嬉しく思ってるっていうことは、本当にボクたち……お互いのことが大好きなんだな、って思います。――だから、ゆたか。もっとずっと、いつまでも。一緒にいましょう。ボクの演奏、いっぱい聴いてください。ゆたかもボクに、なんだって言って、なんだってしてください。もっといっぱい、二人の思い出を作って、忘れちゃうぐらい、忘れられない思い出でいっぱいになって……それで…………」

「悠里」

 続ける言葉がわからなくなってしまった悠里に、少し吹き出してしまいそうになりながら。

「もうそこから先の言葉は、いらないよ」

 お互い、あんまり難しくて奇麗な言葉で話すことは得意としていないんだ。……だから、あえてそれ以上のことをしようと言うのなら、方法も変わってくる。

 ――抱きしめて、体を密着させる。

 お互いの服が擦れ合う、しゅるり、しゅるしゅる、という甘い音。さらり、と長く奇麗な悠里の髪が揺れる音。すりっ、と互いの肌が触れ合って鳴る音。

 どれも一人でいては気付けない、人と人が二人でいるからこそ感じられる大切な音。いわば、私たちだけで奏でられる音楽。

 それをいつまでも聞いていたくて、私たちはずっと身を寄せ合っていた。

 

 

 

 

 

最終部 おとぎ話のお姫様   完

説明
かくして物語は一度おしまい。しかし、それは永遠の別れなどではなく……

あっさりと続いちゃいますのだ!!
http://www.tinami.com/view/959860

※原則として、毎週金曜日の21時以降に更新されていました

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