紫閃の軌跡 |
〜エレボニア帝国 センティラール自治州上空〜
『リヴァイアス』を見届けた後、アスベル達の乗る『メルカバ』参号機はセンティラール自治州上空にて待機状態にあった。久々の戦闘で高揚していた気分を鎮めるため、後部デッキで風に当たっていたアスベルに声をかける人物が一人。
「アスベル、こんなところにいたのか。明日はまた動くっていうのに」
「寝付けなくなりそうだったんでな。風に当たりたくなったのもあったが」
「そっか。けど、流石に寒いからな……ホットミルクでも入れてもらおうか」
「……そうだな」
流石に冬の空は寒い。とりわけセンティラール自治州は帝国の北に位置するため、外気温はかなり冷たく感じる。艦内に戻り、休憩スペースに座る二人。温かい飲み物で体を温めていると、話を切り出したのはルドガーからであった。
「なあ、アスベル。ぶっちゃけ聞くんだが、パートナーの話を二年前にしただろ? それって七耀教会としては、大丈夫なのか?」
「と言うと?」
「ああ。一般的には一夫一妻が広く定義化されているが……それだと諍いになりかねない可能性だって秘めている」
ルドガーの言いたいことは正直理解できる。妻を一人に絞った結果として、他に恋慕している人達が何らかの諍いを生じさせないか不安に感じているのだろう。とりわけルドガーの場合は正直何が起こっても不思議ではない面々なので。その内の一名がどうしてその感情を向けているか不明瞭な部分はさておいて、アスベルはカップをテーブルに置いて話し始める。
「以前、総長に守護騎士絡みのことも含めて『一夫多妻』について聞いたんだ。そしたら総長は何て言ったと思う?」
「もしかして、それを認めたというのか?」
「ああ。しかも、ご丁寧に現法王のお墨付きでな。流石に気になって法国にある聖典を含めた経典・外典をすべて調べ上げた……女神の残した言葉には『人としての在り方』は残されていたが、それ以外の定義は全て教会がその言葉を解釈して作り上げたものでしかない」
そもそも、星杯騎士団における誓いの言葉に関しても女神自身が関与していない。教会の人間が集団として律するための文言でしかない。現総長であるアイン・セルナートと初めて会ったとき、誓いの言葉に否定的だったのはそのことを理解していたためであった。
かなり長い時間でその聖典は膨大なものとなっていた。『一夫一妻』という定義がハッキリと生まれ出たのは一体どこなのかと探ったところ……それは奇しくも約250年前。エレボニア帝国で<獅子戦役>が発生した頃だった。
無論、そこに至るまでに一夫一妻の流れはあった。その中で一夫多妻を認める派閥も存在していたことは確かであり、外典にもその記載があったのは確かであった。ではそういった流れを決定づけたのは一体何なのかというと……それはアルテリア法国自体の問題ともいえた。厳密に言えば封聖省と典礼省、そして僧兵庁の権力争いに起因している。
「ルドガーも知ってるだろうが、封聖省と典礼省、ついでに僧兵庁については三者三様という有様だ。うちの上司が枢機院改革をしたからまだ風通しはいいが、彼らの共通認識は法国―――法王の権限による利を得られるかどうか」
「……宗教って聞くだけでも面倒なのに、よく付いていけてるよな」
「これでも『聖痕』に選ばれた人間だからな。そんなものがなければ、場合によっては教会ごと叩き潰していたかもしれない。ルドガーのところだって、ある意味似たようなものだろう?」
「まあな……」
その組織に身を置きつつも容赦のないアスベルの言葉はともかく、その三者が融和を図れず相容れない理由は法王の権威欲しさということもある。だが、それ以前に三者の元となった“宗派”もそれに拍車をかけている。
女神の教義と聖典を重んじる“正教徒派”の流れを汲む封聖省、外典を排除して経典の教えを頑なに守り続けようとする“懐古派”の流れを継ぐ典礼省、そして新たな解釈によって女神の教えを守ろうとする“新教徒派”を継承した僧兵庁。それらをまとめて今の形になったのが<獅子戦役>の最中であった。その際、典礼省が大聖堂の実績を強く主張したため、現在一般的に使われている経典は懐古派をひとまずベースにしている。
その<獅子戦役>では皇太子の死去後、5人の皇子が即位を宣言する事態になった経緯……それは、皇太子も含めたヴァリウスX世の子息全員の母親が違う、ひいてはその支持基盤がそれぞれ異なったということに起因する。庶子の第三皇子ドライケルスを除いたそれぞれの支持基盤を以て対抗しようとした……その結果として五年にも及ぶ<獅子戦役>は起きてしまった。
そこに付け込む形で典礼省が強く主張したため、<獅子戦役>以降のエレボニア帝国では公的に重婚が認められていない。それが例え皇族や貴族であったとしても。
だが、それを公に打ち破って重婚をしたものがいた。エレボニア帝国の前皇帝であるウォルフガング・ライゼ・アルノールT世である。彼はアルノール家が先細ってしまう懸念を鑑み、複数の妻を娶った。その際に正式な皇位継承権は正妃の直系とし、それが断絶した場合は妻の序列に従って下がる形となる方式。結果的に正妃の嫡男であるユーゲントが即位している。
ただし、これは家の事情と皇帝という国の国家元首たる権威、それと先帝の評判が合わさって初めて成し得たこと。現皇帝のユーゲントV世がそれを真似できなかったのは皇帝としての器の差だろう。
「で、さっき言った改革によって正教徒派の人間でほぼ埋め尽くしたらしい……」
「でも、教会によっては星杯騎士団に協力的な連中もいるだろ? 単純に懐古派とは言い切れないと思うんだが……」
「誰の目から見ても戒律が厳しすぎるんだよ。そのせいで一気に信者数を落としたからな。典礼省に所属しながら星杯騎士団に協力的な人間が増えたのは主に派閥の鞍替えによるからだ。まあ、普通に暮らしている平民からしたら、派閥の違いなんて経典が大幅に変わらない限り解るわけもない」
そもそも、七耀教会自体一神教でありながらも他の土着神や精霊信仰を認めている。流石に派閥は違えども、その根底を覆せば女神の教えに反することとなる。だからそれ以外の部分で厳しく律しようとした結果、自滅する形で懐古派としての力を落としていった。完全な自業自得である。
現在、経典の扱いに関してはそれこそ各々の聖職者達の裁量に委ねられており、基本の女神信仰は同じであれど、地域によって細かいところのあり方が違うのは言うまでもない。
当時は星杯騎士団の活動もかなり難しかったが、現在となっては典礼省に表向き所属しながら星杯騎士として活動できるほどにまで勢力を伸ばした。それでも典礼省の上層部は星杯騎士団の存在を快く思っていないのが実情。こればかりは元々の宗派の問題でもあるので、完全に解消するのは難しいと見ている。
「それでな、レグナートやツァイト、それとローゼリアにも一応確認してみたんだ。女神の教えに一夫一妻の考え方はあるのかって?」
「なんて答えたんだ?」
「それがな……『できれば一夫一妻のほうがいいけど、女性の恨みは買いたくないし、夫を悩ませたくないから教義や聖典に入れない』と呟いていたらしい。その結果、七耀教会にある女神の教義は『汝、何時如何なる時も、寄り添う者や隣人を大切にせよ』としかなっていない。つまり、だ。女神の眷属という一番近い存在がそう言うってことは……」
「歴史は繰り返す、か……言い得て妙だと思うわ。ロイドとリィンはその典型かな」
「人のことは全く言えないけどな、俺もお前も」
この証言は一応録音した上で総長であるアイン・セルナートに報告した。特殊なアーティファクトだったので、レグナートの念話まで録音できたのは末恐ろしいと思ったが。その結果、星杯騎士団としての判断は『分を弁えれば、その辺は柔軟に』という結論となった。
しかも、その証言はアルテリア法王やリベール王国のアリシア女王、レミフェリア公国のアルバート大公にマリク・スヴェンドもといクロスベル帝国のリューヴェンシス・スヴェンド皇帝にまで伝わっている。この人選にした理由は彼女曰く『伝えたとしても、一部の人間でない限り難しい』ということだった。
「その結果、昨年リベール王国で施行された民法改正において、王族・貴族のみに重婚を認める文言が盛り込まれた。当然カラント大司教から抗議は来たが、アルテリア法王の書状で完全に沈黙した。これ以上揉めれば女神の眷属の言葉を疑う―――即ち女神の言葉を疑うってことだからな」
「あれ? そうなると、アスベルって平民だから……」
「ああ、そういえばルドガーに話してなかったな。うちの家のルーツを辿るとアウスレーゼ家の遠縁にあたる。おまけに、綺麗に男系の血筋を残していたから……シオンがいなかったら、国王に担ぎ上げられていた可能性が高かった」
「マジか……」
さらにクロスベル帝国からその栄誉を称えて“伯爵”の爵位を受け取る羽目となっていた。領地なんていらないのでそこだけはなんとか固辞した。
その代わりにリベール王国からも同じ伯爵の爵位が贈られた。元自治領を治めている元帝国貴族ならまだしも、表向き平民である自分が貰えば問題になると思っていたところ、アウスレーゼの名は名乗らない代わりという交換条件を突き付けられ、泣く泣く受け取ることにした。“遠い昔に分かれたリベール王家の末裔”という理由づけまでされた上で……間違っていないから余計に悲しいものである。
現状『カシウス・ブライトの養子』ということでフォストレイトの名を名乗っているため、ブライト家がその末裔ということまでは知られていないのが唯一の救いかもしれない。そして、王位継承権についても万が一の事態にならない限り発生しないという条件がある。なので、何が何でもシュトレオン王太子に国王となってもらい、子宝に恵まれて国を安泰にしなければならない。
これはアスベルの自由に関わる重大な命題ともいえた。その代わりにシュトレオンの自由が犠牲になることは目を逸らした。彼は犠牲の犠牲になるのだと……それを悟ったルドガーが深い溜息を吐いた。
「お前はいいよな……俺なんて、一人に絞ったところで……」
「……ルドガー。そんなお前にリューヴェンシス皇帝からの預かりものだ」
「へ………はいいっ!?」
その預かりものは一枚の証明書。そこに書かれた文言は、ルドガー・ローゼスレイヴに男爵の爵位を与えるというもの。理由は先日のクロスベル解放において今後悪用されないために古代遺物である“鐘”を破壊したという理由だった。
本人はついカッとなって<道化師>ごと吹き飛ばしただけなのだが、それによってルドガーにも爵位が贈られることになった。アスベルの爵位が高いのは二人の出自の差であると皇帝は述べていた。
そして、クロスベル帝国における民法でも特定階級における一夫多妻についての制限は外されている。その結果……ルドガーにもその法が適応されることとなる。更にそろそろ正式な戸籍としてルドガーは以後クロスベル帝国に身を置くことになる。
「まあ、あとは序列決めってところだろうな。頑張れ」
「これはこれで、また争いになりそうだがな……あっちのリィンみたいになりたくないし、腹括るわ」
そんな会話の陰で、盛大なクシャミをするクワトロの姿があったことはここだけの話である。
正直に言います。
宗教絡みってホント面倒だと思います(直球)
教会の組織対立を考えた場合、一番考えられるのは派閥というか宗派かなと。何らかの形で七耀教会として一つに統合した結果、組織同士で権力争いをしているというイメージからこの設定にしました。今後公式設定が出てきたら本作・前作のオリジナル設定ということでお願いします。
<獅子戦役>のあたりは完全に憶測で書きましたが、改めて黒の史書関連調べたら、まさかの事実そのもの……笑えよ、ベ○ータ。女神の教義とかは記憶の限りだと殆ど出てこないため、本作オリジナルとしてください。エレボニア先帝のくだりは前作からの引継ぎと理由づけです。
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第141話 逃げ道など最初からなかった | ||
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