いずれ天を刺す大賢者 1章 3節 |
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「おはよう、ユリルちゃん、ウィス君。よく眠れたかな」
「ばっちりです!」
「まあ、君はそうだろうね。ユリルちゃんは?」
「あたしも、問題なく眠れました。すごくいいベッドを用意してもらえて……ありがとうございます」
「ははっ、大したものではないよ。ロクにベッドメイクもできていなかったが、寝苦しくなかったのであればよかった」
翌朝。エルラさんの部屋に行って朝の挨拶をするのは、俺一人だった時から変わらない習慣であったから、俺からユリルを誘って行った。
今日のユリルは例の魔法使いの正装ではなく、私服姿でいる訳だけども、この世界風の俺からすると物珍しいデザインの服で、今の季節にふさわしい長袖の露出の少ない服装ながら、体のラインがよく出る生地のものだ。そのためか、彼女の体が年齢相応――いや、それ以上に成熟していることがよくわかる。
四つも年下の女の子に対し、こういう感想を抱くのはよくないこととはわかっているものの、異性として意識せざるを得ないほど、見事なものだった。
……本当、彼女が男嫌いな理由もよくわかる。男絡みのトラブルを十五歳という幼さから何度も経験していれば、男嫌いになったとしても仕方がない。
「朝食の後は早速、修行を始めようか。何をすればいいのかについても、ある程度だけどもう考えてあるんだ」
「はい、わかりました」
「俺は何かすることはありますか?」
「もちろんだよ。資料庫から運んでもらいたい物を部屋の前に出しておくから、それをエントランスホールまで持ってきてもらいたい」
エントランス、その言葉に引っかかりを覚える。
「えっ、エントランスで魔法を使うんですか?」
「一番広い場所だからね。本当は屋外が一番なんだが、私も付き添うからね。万が一にも私のことが他人に知られるといささか……いや、ものすごく厄介だ。なに、この屋敷自体は魔法で破壊されないように対策をしてあるから、暴発することがあっても被害は出ないよ」
「……ちなみに、俺に魔法が飛んでくる可能性については?」
「私が守るよ。そもそも、バルトロトが得意とする魔法は“現状の維持”について。防御系の魔法は最も得意とするものだから安心してもらっていいよ」
「初代のバルトロトは大結界を張って災厄を封じ込めた……と伝承にありましたよね。その災厄の正体については、今はもうわかりませんが……」
「さすが、よく勉強しているね。災厄の正体については、当時、大きな力を持っていた今で言う魔女とも、より概念的な、たとえば外法だったともされているね。しかし、肝心の我が家にもそれについての記録がない以上、詳細について知ることはできない。――知られたくはない何かか、と予想することもできるけどね」
エルラさんは不敵に笑った。当たり前だけど、この世界でよく知られる歴史について、俺は全く無知だ。エルラさんについても、なんとなくすごい人だ、とは理解できるものの、実際そこまでの実感は持てていない。俺の知る魔法使いは、彼女とユリルの二人だけだから、二人とも俺には絶対に使えない特別な力を持っている、という見方をしてしまっているのだし。
でも、ユリルが彼女を見る時の瞳の色には、尊敬、畏怖、それからコンプレックス……色々なものが混ざり合っているような気がする。だから、エルラさんは本当にとんでもないレベルの人物なのだろう。いくらユリルが見習いとはいえ、彼女の性格を考えれば、本当に圧倒的なほどの能力を持つ人物以外にそんな目は向けないだろうから、確信できる。
「さて、ユリルちゃん。第一に、これから私が君のどのようなことを教えるのか、宣言させてもらおう。やはり、修行をするにしても目標は大事だからね。あらかじめゴールを設定しておくから、君はそこに向かってがんばって欲しい」
「はい……!」
食事の後。それなりに重い道具類をエントランスに運び終えると、授業が始まった。俺も近くで二人の様子を見ている。
「……と、言いたいところだけど、一方的に押し付け、押し付けられてばかりで、教えた気、教えられた気になるのもいけない。君の目標は、君自身で見つけてもらいたい。……いや、私の中でもう決めているから、それを自分で導き出して欲しい、といった方が正しいか。
これは考え方の例だが、ざっくりと魔法の分野を五つに分けるとして、それぞれの能力を五つのランクに分けるとする。……私はこういう評価は好きじゃないけどね、便利だから仕方がない、今ここでだけ使わせてもらうよ。……それで、全ての分野において、3の能力を持つ魔法使いと、ひとつだけの分野で5の能力を持つが、他は全て1の魔法使いがいたとする。君はどちらが優れていると感じる?」
「えっと……」
ユリルは少しだけ悩んで。
「前者、と思います。一つの魔法に特化しているのは……ある限られた場面においては非常に強力だとは思います。でも、魔法使いとして生きていくのなら、広い範囲の仕事を請け負えるようにならなければ、難しいと思います。だから、全てにおいてそこそこの実力でも、苦手がないのが大事かと」
「現実的な意見だ。……と、言いたいけどね。残念ながら、その考えの方が夢見がちだよ」
「えっ……?」
ユリルは目を見開いて驚く。狐につままれたような表情、というのはこのことだろう。本人としては絶対に正解しているつもりだったみたいだし、俺も彼女の意見が正しいと思っていた。
「一般的に、一人の魔法使いが持つ魔法の資質は一つ、あるいは二つだけだ。アーデントが熱、バルトロトが結界、といった具合にね。もちろん、偉大な魔法使いは自身の専門以外も非常に高いレベルで扱える。だが、それができるのは一握り程度の本当の“天才”だけだよ。私も、申し訳ないが当代のアーデントの魔法使いのその全ても、その天才には該当しない。広い範囲を網羅しているように見えても、それは騙し騙しやっているだけだ。……きっと、私は一年後の君に攻撃系魔法の能力で劣っているよ。そういうものだ」
「……あたしには、そうは思えませんけど」
「平地から見上げれば、低い山も高い山も、等しく“山”だ。君自身が高台に登れば、山の高さの違いがよくわかるようになる。より開けた、正しい視界を得るためにも君は、知識と経験を積み重ねて高みに登らなければならない。よって、答えは後者。ユリルちゃん、君はまず、アーデントの魔法を極めるんだ。もう攻撃魔法において誰にも負ける気はしない、というところにまで達した時、自然と君は他の魔法も得意ではないが、扱えるようになっている。それが君だけの魔法の扱い方を知るということだ。
学校で教わる一般的な方法では魔法を上手く使えなかった以上、自分でそれを見つけるしかない。そして、そのためには一分野だけであったとしても、超一流にならなければならない。……なに、私ができる限りの協力はさせてもらうよ。そのためにこの屋敷には様々な道具があるんだ。それに、私の頭の中にも色々な経験が入っている。その全てを君のために注ぐよ」
エルラさんは、実体のない体でユリルの肩をぽん、と叩いた。それを受けてユリルは……目を伏せ、声を震わせたが。
「……わかり、ました。ありがとうございます」
「ふふっ、今は泣いてくれていいよ。私が価値を感じないのは、泣き落としのための涙だ。……君が私の言葉を受けて、嬉し涙を流してくれるのであれば。私はそれを受け入れるし、一緒になって喜ぶよ」
「ステラ、さん。…………いえ、今は泣きません。ここで泣いたら、ずっと泣いてばかりな気がするので」
「そうか。……強い子だね、君は。さ、そんな子にはプレゼントだ。先に話した通り、私はあまり攻撃魔法は得意じゃないし、使える攻撃魔法は水や氷、つまるところユリルちゃんが得意とするものとは真反対だ。だからこれといって有力なアドバイスはできないのだが、使うアテのなかったこれがようやく役立つ時が来たとも言える」
俺が運んできた道具の内、唯一の魔道書が宙に浮かび上がり、そのままユリルの手元にまで飛んでいった。見るからに年代ものの、赤い革で装丁された本だ。
「世間一般では、有力な魔法使いのことを、才能溢れる人間だと勘違いしている。しかし、実際のところ才能とは、自身の力が強いことを示すのではなく、力をしっかりと操れることを示す概念だ。この魔道書は、この屋敷にある炎の魔道書の中で一番のもの。私にも扱い切ることはできない。だが、アーデント家の末裔である君ならば扱えるだろう。これをひとつの淀みもなく扱い切れるようになる、その時。君は一人前の魔法使いとなっているはずだよ」
「熾天の書……」
「燃え盛る空を意味するこの魔道書は、先祖の誰かがアーデント家の友人より譲り受けたものらしい。つまり、本来の所有者は君の血族だ。これほど君に合う触媒もないと思う。無論、今の君では、魔道書の力を全て引き出すことはできない。その方法を今から、学んでいこう」
「ありがとうございます!……あの、えっと、その」
「うん?」
「先生、って呼んでもいいですか?」
「いいけど、私は別に呼び方は気にしないよ」
「……一応、けじめとして、ステラ先生と呼ばせてもらいたいかな、と」
「ふふっ、君は本当に形式的な人間だね」
「あっ……!ご、ごめんなさい。そういうのはもうやめにするんでしたよね……」
「いや、先生と慕ってくれるのであれば、それに異を唱えはしないよ。君がそう呼びたいのなら、それにしよう。私は今まで通り、ユリルちゃんと普通に呼ばせてもらうけどね」
ユリルは顔を赤らめながら、正しく、宝物のように魔道書を胸に抱いて嬉しそうにしていた。
俺は学生時代の彼女を知らないし、魔法学校というのが俺の知る学校(年齢的には中学相当か)と同じようなものなのかも知らない。でも、今この時になって初めて、ユリルは恩師と呼べるような先生を得たんじゃないか、と思った。
「さ、それでは早速始めようか」
「はい……!」
こうして、ユリルとステラさん(もうずっと子どもの姿を取るようになったので、それに合わせて俺の呼び方も変えた)は毎日毎日、魔法の修行に精を出すようになった。
正直な話、今まで俺が知っていたステラさんは日々ぼーっとしているだけだったので、ここまできちんと弟子に対して指導をするというのは予想外のことだった。でもその成果はあったようで、ユリルはあっという間に高位の魔法をも扱えるようになっていった。
日本ほど明確な四季がこの街にはないが、春と呼べるような気候の季節が終わり、半袖じゃないと過ごしづらくなって来た頃には、少なくとも炎の魔法においてユリルは、プロの魔法使いと並び立てるほどの実力になったという。
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ゲームで言うなら、少しずつ主人公と一緒に育っていくタイプの武器を入手 ※毎週日曜日(時刻不定期)に更新されます 裏話も読めるファンクラブはこちら https://fantia.jp/fanclubs/425 ツイッターでは投稿告知をしております https://twitter.com/konjyo_suityo |
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